もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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ここまで長かったけど、ようやくループをすすめられて嬉しいです。


エミリアは許さない

「ごぼぉッ!! ゴホッ!! げほっ……ッ!!」

 

 エミリアは、泥に伏せるスバルの上体を力任せに抱き起こすと、その細い背中を何度も強く叩いて、喉の奥にへばりついていた砂泥を無理やり吐き出させた。

 気道をせき止められていた二酸化炭素と、悍ましい異物の感触を一緒にぶちまけながら、スバルは激しく咳き込む。

 

「ごめんねっ……! ごめん、本当にごめん、ごめんごめん、どうして……どうしてあんなこと……っ!!」

 

「ごほっ……うっ……、げほぉッ!!」

 

 あれほど死に物狂いで逃げ出したかったはずの、全身を焼く大火傷の激痛。けれど、今のスバルはむしろその痛覚の復活を狂おしいほどに求めていた。生きるということは、つまり人体の感覚を、どれほど辛くともその神経の苦しみを受け入れるということだ。この凄惨な苦しみだって、生きてさえいれば、いつかは解放される時が来る。

 

 それでも、エミリアが背中を叩き続けてくれたおかげで、何とか最低限の空気の通り道だけは確保できた。けれど、おぞましい不快感が波のようにスバルを襲う。喉の奥にこびりついた砂利のせいで、内臓のすべてを今すぐ地面にぶちまけてしまいたいほどの強烈な嘔吐感が、スバルを激しく追い詰めていた。

 呼吸のパニックの最中、いつの間にか掌に握りしめていたはずの、あの夢の世界の『憤怒の書』である赤い本を砂利の上にポロリと落としてしまう。だが、そんなことに気を留める余裕すらなく、スバルは胃液を吐き散らしながら、目の前の川へ向かって必死に左手で這っていこうとした。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい……私、こんな……こんな酷いことを……っ!」

 

 酸素を求めて息を吸っても吐いても、気管に侵入した細かな砂が鋭い激痛となってスバルの胸を内側から掻き毟る。それでも吸わなければ、心臓の鼓動を維持することはできない。このもどかしい生き地獄の感覚をすべて洗い流すまでは、耳元で再び聞こえるようになったエミリアの悲痛な泣き声にすら、まともに気を配ってやることができなかった。

 

 エミリアは焦燥に駆られながら、スバルの口の中にその細い指を入れ、取り除けるだけの泥や砂利を必死に掻き出そうとした。けれど、それが非効率だとすぐに悟ると、今度はスバルのボロボロの身体を優しく抱きかかえ、川のすぐ波打ち際へと強引に引っ張っていった。

 バシャバシャと、彼女は何度も、何度も冷たい川の水を血まみれの右手ですくい上げ、スバルの泥まみれの口元を必死に洗い流していく。

 

「……ぐっ、げほっ!! ……ゴホッ、おがっ……!!」

 

 冷たい川の水は、激痛で限界まで発熱していたスバルの肉体にとっては、血管がショックで弾け飛びそうになるほど冷たかった。けれど、今の彼にとってはそれこそが唯一の救いだった。不快な異物を川の水で何度も何度も漱ぎ、うがいを繰り返すことによって、あの窒息の絶望感から確実に解放されていく実感が得られたからだ。

 

 だんだんと、口の中の泥以外にも脳のリソースが回るほどに苦しみから解放されていき――スバルは、自分の背中を壊れ物を扱うように抱きしめているエミリアの両手が、痛々しいほどに激しく震えていることに、ようやく気づいた。

 

「……私が……この手で……っ。どうして……最後まで、止められなかったの……っ」

 

 完全に我を忘れた様子で、エミリアは涙を流しながらぶつぶつと小さく呟いている。その声量はあまりにも小さく、水音に掻き消されてスバルの耳にはよく聞き取れなかった。

 エミリアが何度も川の水をすくってはスバルの顔に運んで洗い流してくれるため、その水膜が耳を覆うたびに、周囲の音が遮断されて遠のいていく。

 

「ごほっ……!! ……も、もう自分でやる……から……っ。それより、お前……その手、治せ……っ」

 

 声を大にして出そうとすると、まだ気管の奥に残る砂のせいで、喉が焼けるように苦しかった。それでもスバルは、ようやく正気に戻ったエミリアに向けて、最初の言葉をかけることができた。

 

 エミリアがすくって俺の顔に運んでくれた川の水には、うっすらと赤い血の味が混ざっていた。

 見れば――あの橋の石柱を、痛覚を失った状態で無防備に殴りつけて砕いてしまった、彼女の壊れた右拳。あれから、一度も再生することはなく、正気に戻った今でさえ、彼女は自分自身 に治癒魔法をかけることすら忘れていた。

 そんな骨の砕けた痛々しい手のまま、エミリアはただ、スバルをこの窒息の苦しみから一秒でも早く助け出したい一心で、水をすくい続けてくれていたのだ。……ありがとう、エミリア。

 

「ありえない……なんで……なぜ、なぜ、なぜなの……っ」

 

 だが、続いて聞こえてきたエミリアの壊れたような声音に、スバルは自分の気遣いの言葉が、今の彼女のパニックになった脳には全く届いていないのだと察した。

 けれど、それをまた言葉を尽くして訂正するには、まだ口内を限界まで濯がないと苦しすぎる。スバルは一度彼女の手を優しく振り払うと、川の水面へと顔ごと豪快に突き入れた。

 

「がはっ!! ぷはっ!!」

 

 破壊されてどろどろに熱を持っていた左目の激痛が酷かったこともあり、顔面ごと冷たい川の水で物理的に冷やすのは、死の淵から生き返るほどに気持ちよかった。

 折れた右腕はピクリとも動かないため、残された左手だけでスバルは必死に顔を洗おうとした。だが、指が三本も足りない不自由な手では、水をまともにすくうことすらまともにできない。結局それを諦め、スバルは何度も何度も、顔面ごと直接水面へと飛び込ませる行為を繰り返した。

 

「どうして……こんなひどいこと……っ。止められなかった……私、なんてことを……っ!!」

 

 その時、スバルの背後から響き渡った、胸を引き裂くようなエミリアの悲痛な叫び声。その絶望の深さに打たれ、スバルは必死に顔を水へと突っ込む行為をぴたりと止めた。

 気づけば、エミリアを忘れ、自分自身の「生」にしがみつくことだけに必死になってしまっていた。

 エミリアは、スバルの背後から、彼がそのまま力尽きて川底へと落ちていってしまわないよう、その華奢な両腕でスバルの身体を必死に抱きしめて支えてくれていたのだ。その白い手は、いまだガタガタと震え続けたままで。

 

「ごめん……なさい……っ」

 

「大丈夫、だ……。もう、だいぶ楽になって、きたから……っ」

 

 スバルが彼女の震えをなだめようと、掠れた声でそう応じた、まさにその瞬間だった。

 

 ――グサッ!!! と、スバルのすぐ背中側の至近距離から、明らかな、肉を鋭利に貫くおぞましい硬質な音が響いた。

 

「ぐっ……!!」

 

 エミリアが、喉の奥から短く苦しげな悲鳴を上げる。

 次の瞬間、彼女のホールドが解け、スバルのボロボロの肉体は砂利の地面へと優しく寝かされるようにして手離され、彼女は弾かれたように立ち上がった。

 

 スバルは倒れ込んだ体勢のまま、必死に横目で何が起こったのかを視界に収めようとした。スバルの肉体には、何の新しい傷も増えてはいない。

 だが――立ち上がったエミリアの背中には、一本の、鋭利な針のような暗器が深く突き刺さっていた。

 あれには、嫌というほど見覚えがある。前のループで、エミリアに手渡され、スバルの首を無数に抉った――あのエルザの、投擲用の武器だ。

 

「お……おい、っ……!」

 

 スバルは思わず、このあまりにも不条理な地獄の継続に、呪詛じみた不満の声を漏らした。

 躊躇なく周囲の空間を凝視し、犯人の姿を探す。

 ――そして。すぐ近くの橋の上、その欄干に優雅に腰掛け、こちらを見下ろしている漆黒のドレスの女――『腸狩り』エルザの姿が、スバルの残された右目の視界にハッキリと飛び込んできた。

 

「あら。とても滾るものを見せてもらったわね、お二人さん。……でも、どうせなら、最後まで完全にいくところを見届けたかったのだけれど。そこは少し、残念ね」

 

 エルザは、妖艶に細めた瞳をこちらへ向け、自身の唇を真っ赤な舌で艶めかしく舐めまわしながら、底の知れない笑みを浮かべてそこに佇んでいた。

 

「お……お前はそういう奴だって……とっくに、知ってたよ……」

 

 スバルにはもう、立ち上がって戦えるだけの余力も、その場から這って逃げ出す余力も残されてはいない。そして最悪なことに、エミリアは不意打ちで背中を深く刺されてしまった。

 この『腸狩り』は、最初からあの酒場に潜み、スバルとエミリアがシリウスと命を削り合って戦うところを観戦し、さらにスバルが『魂の鎖』を暴走させて憤怒の呪いに感染したエミリアの心を取り戻すために泥をすする所までをもずっと見届けていたのだ。すべては、確実に漁夫の利が成立する最悪のタイミングをハイエナのように待つために。

 

 スバルはサテラに見せられたあの傲慢の予知夢のなかで、このエルザという殺人鬼と、それこそ歪な疑似家族と言っていいほどに長い時間を共にした記憶があった。だからこそ、彼女の底の割れない残虐な人間性は嫌というほど知っている。エルザ・グランヒルテの敵に回ってしまった人間は、その時点で人生の幸運を使い果たした心底不幸な存在だ。いま、まさにこの場所で血だまりに伏せるスバルたちが、その最たる被害者だった。

 ただ、憎たらしいという生温い言葉では到底足りないほどの、ドス黒い憎悪を込めて、スバルは橋の上のエルザを激しく睨みつけた。

 そんなボロボロの少年の視線と真っ向から目が合ったエルザは、それを愉しむように、より一層妖艶にその口角を吊り上げた。

 

「――良い目ね。あなた、今本当に『死に物狂いで生きたい』って、とても素敵な目をしているわ」

 

 エルザを激しく憎み、呪っている間だけは、不思議と死の恐怖を忘れていられた。だが、今のエルザの甘やかな声音に脳髄を撫でられた瞬間、スバルの心は再び、生々しい致命的な『死の恐怖』へと強引に引き戻されてしまう。

 

「お前は……心は、痛まないのかよ? こんな俺達を狙って……っ」

 

「ええ。痛むどころか、救われる気分よ」

 

 一秒の考えるそぶりすら見せることなく、エルザは淡々と、至福の吐息を漏らすようにそう答えた。

 エルザの異常な人間性をスバルは最初から分かっていたはずなのに、絶望のあまり、聞いても無駄なことを聞いてしまったと激しく後悔する。例えサテラの予知夢のなかでエルザがどんな予知夢を歩んでいようとも、彼女が抱える「腸を狩ることでしか生を実感できない」というおぞましい本質だけは、世界がひっくり返っても変わらないのだと冷徹に悟らされる。

 

「――許さない」

 

 だがその時、背中に刺さっていた冷たい鉄針を、力任せに引き抜く肉の音が響いた。

 それと同時に戦場に木霊した、エミリアの酷く低く、凍りついた声が、その場の空気を一瞬にして完全に氷結させた。

 不意打ちの針が背中に刺さろうとも、エミリアには治癒魔法の心得がある。だが、その大怪我を完全に治癒するには物理的な時間が必要で、その間をあの冷酷な殺人鬼が大人しく待ってくれるわけがない。それに、例えエミリアの肉体が万全な状態であったとしても、近接白兵戦のプロフェッショナルであるエルザとの一騎打ちはあまりにも分が悪いと、スバルの脳裏には最悪の計算がよぎってしまう。

 けれど、魔法を捨て、権能を失った今のナツキ・スバルには――エミリアという一人の少女の背中に、この命を託す以外の選択肢など、残されてはいなかった。

 

「許さないで、ずっと私のことを恨んでちょうだい。あなたのその純粋な憎しみ、とても暖かくて心地いいもの。……でもね、お嬢さん。あなたがさっきまで熱心にやっていたことの方が、よっぽどそこの男の子には『許さない』と言われるべき行為だと思うのだけれど?」

 

 エルザに対して、命乞いや恨み言の類が一切通用しないことは傲慢の予知夢で知っている。だが、彼女が最後に放った、スバルを値踏みするような発言だけは、ナツキ・スバルという人間のプライドが絶対に聞き逃すわけにはいかなかった。それはスバル自身の問題であって、エルザのような殺人鬼が勝手にエミリアの心を揺さぶるために言っていい筋合いなど、一ミリだって存在しない。

 

「許すもクソもあるかよ……っ!! 俺はエミリアを恨んじゃいねえ、一ミリだって恨んでなんかねえよ……っ!! エミリア……っ、ここまで、ここまで何とか繋いできたんだ! あと一押しだ……死ぬ気で踏ん張ってくれ、お前ならできるッ!!」

 

 いつの間にか、先ほどまでスバルの背中を抱いていた時のエミリアの手の震えは、完全に止まっているように見えた。

 だが、その表情はいま橋の上のエルザと真っ向から向き合っており、血だまりに倒れ込むスバルの位置からは、彼女がどんな顔をしているのかを見ることはできなかった。

 

「――許さない」

 

「あら、あなた、完全に話が通じなくなってしまったのね。今のは彼からの精一杯の『気遣い』だと思ったのだけれど。……仕方ないわね。それなら、今すぐ天使に会わせてあげるわ」

 

 エルザは愉しげにそう囁くと、漆黒の外套の内側から、妖しく湾曲した一対のククリナイフを流れるような動作で取り出した。

 エルザがその武器を抜くという行為が、確定的な『死の宣告』であることを知っているスバルは、その瞬間、顔面を絶望の土気色へと染めてしまった。今のエミリアは、自分が犯してしまった罪の重さに激しく動揺していて、まともに戦える状態じゃないかもしれない。彼女の背中には、いまだ痛々しい刺し傷と、そこからどくどくと流れ落ちる鮮血がハッキリと見えている。

 

 だが、エミリアの華奢な五体は、もう一切、微塵も震えてはいなかった。

 

「許さない……。私は……私を、絶対に許さない」

 

「えっ……?」

 

 ああそうだぜ、エルザの野郎なんて、たとえ今さら土下座して謝ってきたって絶対に許してやるものか――と、スバルは最初、エミリアの言葉をエルザへの敵意だと同意しかけていた。だが、違った。

 エミリアの内に渦巻くその烈火のような憤怒は、眼前のエルザではなく、他ならぬ『エミリア自身』へと、その刃が真っ直ぐに向けられているのだと気づき、スバルの背筋に冷たい戦慄が走る。

 そして、同じく彼女の自罰的な本質を瞬時に理解したエルザが、これ以上ないほど悪辣で、愉悦に満ちた笑みをその唇に浮かべた。

 

「ふふ、私はそれは少し違うと思うのだけれど? だって、その男の子を窒息させて半殺しにしたのは、あなたの自由な意志ではないでしょう? あなたは今、ただ自分の行き場のない怒りを自分に吐き出したいだけ。……どうせなら、その素晴らしい怒りのすべて、私に向けて細切れにしてほしいのだけれど」

 

 エルザは刃を交差させながら、我が物顔で自らの狂った価値観をエミリアに語りかける。

 

「エミリア……っ。助けてくれ。 俺はもう、完全にダメだ。魔法も権能も全部使えなくなっちまったんだよ……。あの、あの化け物から、俺の命を、お前の手で守ってほしいんだ……っ! 」

 

 もう、ナツキ・スバルには何もできない。それは覆しようのない冷徹な事実だ。

 だったら、今の自分にできる唯一の足掻きとして、少しでもエミリアの戦う力になる言葉を、彼女の魂を繋ぎ止める言葉を全力で叫んでやりたい。その言葉がどれほど格好悪くても、男として情けなくても、プライドなんて知ったことか。

 ナツキ・スバルは、最初から何でも一人で解決できる完璧なスーパーマンなんかじゃない。限られたお粗末な手札で必死に勝負するしかなくて、それをすべて使い尽くしたのなら――あとは、自分が心の底から信じたいと願った大切な人に、全力で甘えて、頼るしかないんだ。

 

 そこで、スバルの脳髄に、さっきの夢の世界で出会ったあの『憤怒のエミリア』の狂気的な囁きがフラッシュバックする。

 ――スバルが弱いままでいることで、エミリアは救われる。

 そうだ。スバルが今の自分自身の圧倒的な『弱さ』を受け入れ、彼女を心から頼ることこそが、今この瞬間、エミリアのためにできる最大の支援なのだ。エミリアがこの最悪な殺人鬼に絶対に勝つと、誰よりも強く信じるべきなのだ。

 スバルは激痛に塗れた左手を泥まみれの砂利の上へと必死に伸ばし、そこに転がっている、あの夢の世界から現実へと何故か持ち越されていた『憤怒の書』である赤い本の表紙を、指が足りない左手で泥臭く掴み取ろうと手を伸ばしていた。

 

 スバルの必死の叫びを、その背中で受け止めながら。

 エミリアは、自らの血に染まった折れた右拳をじっと見つめ、消え入りそうな声で、けれど確かな決意を込めて呟いた。

 

「――スバルを傷つける、あの酷い手の感触も。……見たくなかった、真っ赤に染まった景色も、音も、あの血や土の匂いも……。私の頭の中に、全部、全部はっきりあったの。身体が勝手に動いて、私は、自分の意志じゃ全く止められなかった。……ただ、最後に心の中で、叫ぶことしかできなかった」

 

 スバルは這いつくばったまま、泥まみれの『憤怒の書』を左手でどうにか掴み取った。だが、そこから先、指先を動かすことも忘れて、大きく目を見開いたまま完全に硬直してしまった。

 

 意識が、あった、だと。

 

 あの『憤怒』の魔女因子に脳髄まで汚染され、殺戮の自動人形として暴走していた最中、エミリアの心は完全に眠っていたわけではなかったのだ。

 意識があるまま、自分がスバルを探して見つけ出し、殴りつけようとし、腕をへし折り、あろうことか指を食いちぎり、喉の奥に泥を詰め込んで窒息死させようとする我が身を――内側からずっと、ずっと泣き叫びながら抑えようと、一人きりで孤独に苦しみ続けていたというのか。

 

 それは、あまりにも――あまりにも、残酷すぎる。

 

 もし、自分とエミリアの立場が完全に逆だったとしたら。愛する人間を自分のこの手で、意識がハッキリとあるまま無残に損壊させられるのだとしたら、それは傷つけられる側の痛みなど比較にならないほど、傷つける側の心にとっても到底受け入れられない、地獄だ。

 彼女がどれほどの絶望のなかで自らを「許さない」と断罪していたのか、その悲痛な叫びの意味が、今、強烈なリアリティを伴う実感となってスバルの魂に伝わってきた。

 ボロボロに潰された顔の、残された右目から、熱い涙が止めどなく溢れ出していく。流さずには、いられなかった。

 

「生きよう……、エミリア…… 生き延びれば……俺たちは救われるはずなんだ……」

 

「――へぇ……。あなた、今本当に美しいわね。私はね、心の底から『生きたい』と願う人の腸を狩るのが、何よりも大好きなのよ。だから、あなたはとても私を楽しませてくれると思うわ」

 

 どす黒いほどにおぞましい殺意の賛辞を、エルザは橋の上からスバルに向かって容赦なく言い放った。スバルが必死に紡いだ生への執着の言葉が、皮肉にもこの『腸狩り』の異常な殺人衝動の導火線に、最悪な形で火に油を注いでしまったらしい。

 

「――すごーく、ありがとう。スバル」

 

 ふわり、と銀髪をなびかせて、エミリアが静かに振り返り、スバルの方を真っ直ぐに見た。

 その優しい表情から、眼前の殺人鬼と同じように――エミリアもまた、ナツキ・スバルの情けない剥き出しの叫びによって、その心に、戦うための絶対の力が湧き上がってきてくれたのだとハッキリ伝わり、スバルの胸の奥が熱く焦がされる。

 

 だが。ゆっくりと、その首をエルザのいる方向へと戻した瞬間。

 エミリアの華奢な全身から放たれたのは――この戦場のすべてを物理的に完全凍結させるかのような、底の知れない、恐ろしい絶対の『殺気』だった。

 

「――あなたは、絶対にダメだわ。……私たちに手を出したんだから。……後悔させないと」

 

「素敵ね……。ええ、これは本当に――愛さずにはいられないわッ!!」

 

 次の瞬間、ドンッ!!! と大気が爆裂した。

 エミリアとエルザ――二人の規格外の怪物の身体は、同時にその場から完全に『消失』し、魔法を失い、目を片方破壊されたスバルの貧弱な右目の動体視力では、到底捉えることすらできない次元の、凄絶極まりない神速の死闘が、ルグニカ王都の川沿いで激しく幕を開けていた。




次回で倍返しを決めて、その次の話で1章終えられそうです

書くスピードが上がっているきがします・・・
これからは17:00に予約投降していこうと思います

やり直せるなら報われてほしい方

  • オボレルラム
  • カサネルオットー
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