もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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スバルとエミリアがタフすぎるのは主人公補正ってことにしてください・・

アンケートのカサネルオットーの票が少なくて悲しい
救われてほしい・・


取り戻し、奪い返した勝利

 エミリアとエルザの、人知を超えた凄まじい戦闘がルグニカの川沿いで吹き荒れる。それを、スバルは湿った砂利の上に倒れたまま、ただ見守るしかなかった。

 今のエミリアの状況はどこまでも苦しい。右手は血まみれで砕け、さらに背中にはエルザの暗器が刺さった直後で、治癒魔法をまともに編み上げる余裕すら与えられていないのだ。何よりも最悪なのは、対峙する『腸狩り』は最初からずっと高みの見物をしていただけで、その体力は有り余っているという点だった。

 さらにエミリアは、地面に倒れている無力なスバルを、その細い身体で物理的に『庇いながら』戦わなければならない。あの老獪で残虐なエルザのことだ。隙さえあれば、容赦なくスバルへとククリナイフの刃を投げつけ、エミリアの防衛を揺さぶってくるに決まっていた。

 

 ――もう、あの『傲慢の権能』は使えなくなってしまった。

 スバルがどれだけ必死に自らの内側から力を発動させようとしても、そもそも権能という器官そのものを根こそぎ喪失してしまったかのような完全な虚無感が広がるだけで、発動できる感覚は一ミリだって残されていなかった。エミリアの傷を代わりに引き受けたり、彼女の魂に力を送るサポートは、もう絶対に不可能なのだ。

 

「俺に……っ。俺に、何かできることはねえのかよ……」

 

 スバルは親指と人差し指、たった二本だけが残された血まみれの左手を震わせ、必死に砂利の上から赤い本――『憤怒の書』を引き寄せ、その頁を乱暴にめくった。

 あの不気味な夢の世界で、この不気味な本を自分に手渡してくれた『憤怒のエミリア』は、確かに言ってくれた。ここには、スバルが誰からも「怒られないために何をすればいいか」が書かれているのだと。

 めくった頁が、今まさに目の前で凶刃を振るう『エルザ・グランヒルテ』の項目でピタリと止まる。

 そこには、異世界のイ文字などではなく、スバルにしか識別できない地球の日本語で、短く、ハッキリと、今のスバルが取るべき行動指針が書き記されていた。

 

 ――”死を恐れ、命の熱量と執着を全力で示す。”

 

「これだけ……? これっぽっち、だけなのかよ……っ」

 

 思わず、激痛のなかでそう呟いてしまうほど、そこに刻まれていた情報はあまりにも少なすぎた。まず、エルザが今スバルたちに対して「どんな怒りを抱いているのか」という理由はどこにも記述されていない。この書かれている一文は、あくまで『スバルが今すぐに取るべき行動』の提示だ。この導き通りに行動することで、エルザのなかに燻る憤怒の感情を強制的に鎮めることができる――それこそが、この『憤怒の書』がもたらす新たな権能の全貌だった。

 冷静に考えれば、これは恐るべき能力だ。相手の視点になって考えてみれば、自分が抱いている怒りを自然と、相手が最も完璧な立ち回りで沈めてくるということだ。

 この本に書かれている一文を深く読み解けば、相手の怒りを鎮めるための最適解が分かるだけでなく、「相手が今、何に対して怒っているのか」という裏側の本質を逆算して推測することもできるかもしれない。

 

「ゴホッ……! げほっ、ゴホッ!」

 

 横身になって倒れていたのだけは幸いだった。今だにスバルの呼吸は焼けるように苦しい。まだ気管の呼吸を妨げる砂の異物を完全に洗い流せておらず、大火傷と失われた指からの出血もひどかった。

 エミリアとエルザの超高速の戦闘は、視覚を半分破壊された今のスバルには到底目で追える余裕なんてなかった。次の瞬間には、戦闘の余波に巻き込まれて首を撥ねられていても何らおかしくはない状況だった。けれど、そんな迫る死に怯えて震えるくらいなら、目の前の戦闘から完全に視線を外し、この手の中の本から打開策を探していた方が一万倍マシだ。

 

「死を恐れ、命の熱量と執着を全力で示す……」

 

 スバルはもう一度、エルザの頁に書かれていた、スバルがやれば彼女の憤怒が静まるという絶対の導きを口に出して読んでみた。

 けれど――その内容は、すでにナツキ・スバルが今この場所で、100%全力で体現していることそのものだった。スバルは今、死ぬのが恐ろしくてたまらない。五体を苛む死の恐怖にガタガタと震えている。命の熱量と生への執着は、すでにエミリアに向かって「助けてくれ、守ってくれ」とみっともなく叫んだあの瞬間に、全力で示しきったはずではないか。

 

「……そうか。エルザは、今……俺たちに『怒っている』わけじゃ、ないんだ……」

 

 この『憤怒の書』の権能は、これからのループにおいて、間違いなくナツキ・スバルの生存武器になる。その不条理な恩恵に対して、夢の中の憤怒のエミリアには心から感謝する。だが――今この瞬間、純粋な戦闘を楽しんでいるだけのエルザ相手には、この「怒りを鎮める」ための権能を使ったところで、現状の戦況を打破する対抗策としては致命的に噛み合っていなかった。

 この導きから逆算して、スバルはエルザのなかに眠る『憤怒』について思考を巡らせる。この導きの一文と、完全に『真逆のこと』をスバルが仕出かした時、エルザは初めて激怒する、ということだ。

 すなわち――もしもスバルが、死を一切恐れず、命の熱量も生への執着も何一つ持たない『死体のような状態』になれば、エルザは酷く激怒し、興ざめする。それは紛れもない事実であると、傲慢の予知夢のなかで彼女と長い時間を過ごしたスバルの記憶が、確固たる真実として告げていた。

 

 エルザ・グランヒルテという殺人鬼は、生物の『生』に対して、彼女独自の異常な美学を持っている。死に物狂いで生にしがみつき、腸をぶちまけられながらも生きたいと願うその命の熱量を狩ることにしか、彼女は至上の恍惚を見出せない。だからこそ、生に一切執着しない得物や、死ねばどうせ『死に戻り』でリセットできるからと命を軽んじるような退屈な態度をスバルが見せれば、エルザは間違いなく酷く激怒し、不快感を露わにするだろう。

 けれど、今のスバルは生に執着しすぎている。それに、あえてその本質を偽ってエルザを激怒させたところで、それがこの絶望的な戦闘の打開策になるとは、どうしても思えなかった。やはり、ここは『憤怒の書』の出番ではなかったのか――。

 

 あまりにも手詰まりな現実に、悔しげにスバルが苦悶の表情を浮かべた、その時。

 先ほどまで岸辺を震わせていた、あの凄まじい肉撃と鉄の戦闘音が――唐突に、静まり返った。

 

「――はい、おしまい。これをこのまま、上に向かって引き抜けば、あなたは死ぬわ」

 

 エルザの、世界で一番残酷な死の宣告が、スバルの鼓膜へとハッキリと滑り込んできた。

 スバルは思わず、恐怖に心臓を跳ね上がらせて声の方向へと視線を走らせる。残された右目の視界が捉えたのは――エルザの妖しく湾曲したククリナイフが、エミリアの華奢な腹部へと深く、深く刺し貫かれ、そのまま肉体の自由を奪うように静かに固定されている最悪の情景だった。

 

「くっ……、あ……っ」

 

 か細い、エミリアの押し殺したような苦しげな呻き声が漏れる。スバルは、その絶望的な光景に血の涙を流すように右目を限界まで見開いた。

 

「エミリア……っ!! 」

 

 まずい。まずいぞ、そんなの嘘だろ。このままでは、エミリアが確実に殺されてしまう。ゲートを失い、魔法も使えない俺は、ただ見ていることしかできないのか。

 

「最後に、あなたは私に、どんな美しいものを見せてくれるのかしら? 命が消え果てる最後の瞬間をね、私は一番期待しているのだけれど」

 

 スバルは、エミリアの腹に刃を突き立てるエルザの全身の肉体が――先ほどエミリアから受けたはずの傷が、彼女の持つ異常な『不死身性』によって、すでに何事もなかったかのように全回復している様子を突きつけられ、心に更なる深い傷を負わされた。回復なんて、もう本当にうんざりだ。なんでこんな、どれだけ傷つけても蘇る化け物と、エミリアが戦わされなければならないんだ。

 エルザは、今すぐにでもエミリアの命を完全に奪える圧倒的な優位に立ちながら、ただ自らの歪んだ趣味嗜好のためだけに、エミリアの『生の燈火が消えゆく最後の瞬間』を、極上のご馳走を前にしたかのように味わおうと、わざと刃の駆動を止めているのだ。

 

「お……終われない……っ。ス、スバルに……こんな、こんなところで……っ」

 

 腹を貫かれたまま、エミリアは血を吐きながら、必死に、必死にその紫紺の瞳をスバルの方へと向けてそう足掻いていた。

 

 血を吐きながら、苦悶の表情を浮かべているエミリアと、地面に伏せるスバルの右目が真っ向から合致した。今まさに命の燈火が消えかけようとしている瞬間に交わされた、二人の悲痛なアイコンタクト――それは不幸にも、極上の『生の執着』を求めるエルザを、最高に満足させてしまった。

 

「殺してから、初めて貴方を愛すわ。エミリア」

 

「まって……!! 」

 

 スバルの喉を引き裂くような悲痛な叫び声も虚しく、エミリアの腹部に深々と突き刺さっていたククリナイフを、エルザは力任せに、一気に引き抜いた。

 ドク、と悍ましい音を立てて大量の鮮血が吹き荒れ、エミリアの華奢な肉体を染め上げていく。それは、決定的な『死』を告げる致命の損壊だった。

 その、この世で最も見たくなかった最悪の光景を目の前で突きつけられ、スバルの奥歯がガタガタと恐怖と絶望で激しく痙攣した。

 

「エミリア……っ!! ――ゴホッ、おがっ……!!」

 

 大声で叫ぼうとした反動で気管の砂が暴れ、再び激しい呼吸の苦しみに襲われる。

 けれど、最早そんな苦痛は何の意味も持たない。エミリアが生きていないのなら、この現実のすべてが完全な失敗だ。ナツキ・スバルの完全なる敗北だった。

 例えここでスバルが敗北を認めたところで、目の前の殺人鬼は決して見逃してはくれない。大好きな少女を目の前で失ったスバルの極上の絶望を、心ゆくまでゆっくりと味わい――その後に、今度はスバル自身を美味そうに食いつくすつもりなのだ。

 

「――けれど、あなたには一つ、感謝を言っておくわね、スバル。あの時……私の見たあの夢の中で、ガーフィールを私に向かわせてくれて、ありがとう」

 

 エルザの口から滑り出た奇妙な言葉に対し、スバルが血を吐きながら何か言い返そうとするよりも前に――スバルの右目は、泥の上に倒れ込んだエミリアの胸元が、まだか細く、けれど確かに上下して、必死に生きようともがいているのを捉えた。

 まだ……まだ、息がある。エミリアは、まだ死んでいない。

 

「……知らない、っ。俺は……俺はそんなこと、した覚えはねえ……っ。もし本当にお前が、俺に一ミリでも感謝の気持ちを持ってるって言うなら……お願いだ、エミリアを助けてくれ……っ!」

 

「そうね。これは私の見た予知夢のなかでの話だもの。……それでもね、あれは私にとって、凍えた身体に温もりを与えてくれる、本物の『愛』だったのよ」

 

 何を、敵に向かって惨めに命乞いなんてしているんだ、俺は。

 スバルは、自らのどうしようもない無力さを魂の底から痛感する。それでも、今の自分にはそれを覆すための『傲慢の権能』はもう残されてはいない。それは、この場所へたどり着くために、エミリアを怪物から引き戻すために、自らの意志ですべて捨て去ってしまった手札なのだから。それを捨てなければ、そもそもエミリアを正気に戻すこの瞬間までにすら、絶対にたどり着けなかった。

 

 ザッ、と砂利を踏みしめる音が響き、エルザが一歩、また一歩と、獲物を確実に仕留めるためにスバルへと近づいてくるのが分かった。

 

「あら……? ――どういうことかしら。あなた、私に……まだこれほどの、重苦しい『愛』を与えてくれるのね」

 

「何、言ってんだよおいッ!! 俺が……俺がお前みたいな殺人鬼の野郎を、愛してやるわけねえだろっ……!! ――え、っ!?」

 

 エルザがまた頭の狂ったふざけた世迷言を言い出したと、激怒して声を荒らげたスバルだったが――まじまじと迫り来るエルザの顔面を見上げて、その罵倒の叫びを完全に止めてしまった。

 見れば――エルザのあの凍てつくような黒い瞳が、いま、悍ましいまでのまばゆい輝きを放つ紫紺の瞳へと変貌していたのだ。

 それは、ナツキ・スバルという支配者から、勝手に『傲慢の権能』を引き出し、力を毟り取っているという、証拠だった。

 

「ううっ……っ、あ、あッ!!! 殺す、殺す殺す……っ!! お前を殺したい……っ! 腸をズタズタにして殺してやりたい……お前は、お前は、この俺が、俺の手で殺さないと絶対にダメなんだよ……っ!! いつか、……いつか絶対に……ゴホッ、げほっ……っ!!」

 

 気持ち悪い。悍ましい。胸が、どろどろとしたドス黒い何かで埋め尽くされていく。

 スバルは、突然自らの『正気』が強制的に他者へと使い潰され、脳内のエルザに対する殺意を孕んだ執着が、際限なくどんどん肥大して重たくなっていっていることを自覚した。

 夢の中で傲慢のスバルが警告した通りだ。権能を失ったスバルの魂は、エルザという強大な怪物がスバルに向けて放った巨大な感情の言葉をキッカケに、勝手に魂の鎖を繋ぎ変えられ、その精神の正気を一方的に吸い尽くされているのだ。

 

「素敵っ! 素敵だわ、スバル……っ!! この引きずり込まれるような力は……私をどこまでも、心地よい奈落へと連れて行ってくれそう。……それに、これほどの、魂が焦げるような純粋な殺意を私だけに向けてもらえるなんて。――あなた、今すぐ殺してしまうには、あまりにも惜しいわね」

 

「ふざけんなっ……!!! やめろっ……やめろ、やめろやめろォオオッ!! 俺の、俺の魂に、勝手に踏み込んでくるんじゃねえ……っ!! 殺してやる!! 俺の、俺のこれからの全人生を、すべてを懸けて……お前を絶対に殺してやるッッッ!!!!」

 

 スバルは爛れた顔から血の涙をボロボロと流しながら、理性を失った狂人へと変貌していく。このままエルザに正気を吸い尽くされ続ければ、遠からずスバルの脳内は、世界で一番憎いエルザのことだけで埋め尽くされ、彼女の奴隷にされてしまうだろう。

 

「スバル。あなたは、私が『殺すには惜しい』と思った、人生で二人目の人だわ。私にそこまでの執着を抱かせてくれるなんて、ちょっと私の美学としては癪に障るのだけれど。……せいぜい、これから私を楽しませて頂戴ね」

 

 エルザは、妖艶にククリナイフを漆黒の外套の懐へとしまい込むと、身動きの取れないスバルの元へとさらににじり寄ってくる。その余裕に満ちた様子は、今この場でスバルを殺すつもりが全くないことを示しており――それはスバルにとって、これ以上ない最悪の展開だった。いっそ、この場で今すぐ俺の心臓を貫いて、死に戻りでこの最悪をなかったことにしてほしかった。

 

「俺に……触るな、っ……。俺の魂に、触んじゃねえよ……っ。ああ……クソっ、クソがぁあああっ!!」

 

 どこまでも滑稽で、どこまでも惨めな姿。

 戦いに完全に負けたくせに、いいように弄ばれて当たり前のはずなのに、それがどうしても受け入れられないと、子供のようにみっともなく駄々をこねて地を這っている。

 傲慢の権能を使う権利を喪失し、逆にこうして誰からも都合よく使われるようになってしまった、正に大罪の奴隷。

 スバルを傲慢の権能で縛るトリガーとなるのは、スバルへの強烈な感情を、言葉を以て宣言することだったのだ。エルザがスバルに「愛」という名の歪んだ執着を放った直後、魂の防衛線が勝手に突破され、鎖が繋げられる最悪の感覚が確かにあった。

 今すぐ舌を噛み切って死んで、あいつに踏み荒らされた魂の領域を、完全なゼロへとリセットしてやりたい。

 

「――愛してる」

 

 だが、その血だまりの底から響いた、細く、掠れた、けれどどこまでも凛とした少女の言葉と共に。

 明らかに、この戦場周辺を支配していた空気の密度が、一瞬にして完全に一変した。

 

「あら……っ?」

 

 エルザの双眸から、あの悍ましい紫紺の輝きが霧散するように失われ、元の凍てついた黒色の瞳へと強制的に引き戻された。それは、つまりエルザがスバルの魂から引き出していた、あの『傲慢の権能』の効果を完全に切断され、喪失したということを意味していた。

 

「……ゴホッ! げほっ、……また……お前が、……っ」

 

 呼吸が苦しくて、残された右目を開けていられない。

 けれど、スバルの鼓膜を打ったそのあまりにも愛おしい声音には、確かな聞き覚えがあった。目を閉じ、激しく砂利の上で咳き込みながらも、その言葉の裏に宿る絶対の「愛」の質量は、確かにスバルの壊れかけた魂へと届いていた。

 

 サテラ。お前なのか? ――いや、違う。

 スバルは、最初はその強烈な愛の気配に勘違いしかけた。だが、すぐに自分の脳が起こした錯覚に気づく。そして、驚愕のあまり、残された右目を大きく見開いた。

 

 今、この絶望の底で、ナツキ・スバルに向かって「愛してる」と告げたのは、あの魔女サテラでは、断じてなかった。

 

「え……っ、エ……エミリア……っ!?」

 

 腹部を貫かれ、血だまりの中に倒れていたはずの銀髪の少女が――その深い、深い紫紺の瞳をかつてないほどに力強く燃え上がらせて、スバルの魂を縛るエルザの鎖のすべてを、その手で 強引に引き剥がすように、そこに気高く立ち上がっていた。

 

 倒れ伏すスバルの右目が、暗黒の絶望の底で眩い希望の光に輝いた。

 視界の先、そこには本来の気高い紫紺の瞳をかつてないほどに強く輝かせ、全身の悍ましい刺し傷から白い治癒の蒸気をシュウシュウと立ち昇らせて、急速にその肉体を驚異的な速度で超回復させていく銀髪のハーフエルフの姿があった。

 

 ――『傲慢の権能』を引き出すトリガー、それはナツキ・スバルという一人の少年に対する、狂おしいほどに強い感情の吐露。

 そして今、この最悪な戦場のなかで『腸狩り』エルザがスバルへ抱いた歪んだ執着を、遥かに、それこそ天と地ほどの圧倒的な質量で上回るほどの「重すぎる愛着」を以て、エミリアがその権能を完全に上書きし、この場の最優先支配者として君臨したのだ。

 

 自分の手元から権能のパイプが強制切断されたことを察知し、エルザが即座に両手へ漆黒のククリナイフを構え直す。獰猛な肉食獣の挙動で、猛然とエミリアの方へと振り返った。

 

「――ゾクゾク……しちゃうわ……っ!!」

 

 もはや歓喜を堪えきれずに、喉の奥からどろりとした本音の吐息が漏れ出たようにエルザはそう零すと、その五体のバネを爆発させて、今度こそエミリアの胴体を刎ね絶つべく狂気的に斬りかかった。

 だが――対峙するエミリアの心には、先ほどまでの自罰的な動揺など、もう一欠片も残されてはいなかった。彼女は何事にも焦っておらず、ただひたすらに、深く、恐ろしいほどに落ち着き払っていた。

 ただ冷静に、スバルの魂へと繋がった鎖を通じて、ナツキ・スバルの熱い正気のエネルギーをその身へと取り込み、自身の魔力の回路を限界を超えて最適化させていく。

 

「――ありがとう。スバル。私を助けてくれて」

 

「……う、あ……っ!」

 

 その穏やかな感謝の囁きの、まさに刹那だった。

 エミリアの掲げた両手の先から――周囲一辺を完全に消し飛ばすほどの、鋭く、鋭く、眩い絶対零度の光が爆裂した。

 それは、エルザを圧倒するために生み出された、氷の絶対魔法。あまりの光量の凄まじさに、視界を半分破壊されていたスバルの右目は、耐えきれずに固く閉じられてしまう。

 

 そして――その光の直後に再開されたであろう、凄絶な戦いの結末をその目で見届けることもなく。

 心身ともに完全な限界を迎えていたナツキ・スバルの意識は、すとんと、深い、深い眠りの底へと心地よく落ちていった。

 

 それが、今のエミリアがあまりにも頼もしく、もう恐れる必要なんてないのだと魂が安心して眠りについたからなのか。あるいは、ただ単にボロボロの肉体が限界を迎えて意識が千切れただけなのか、気を失う直前のスバル本人には判別がつかなかった。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 ――それでも。

 確実な真実として、あの『腸狩り』エルザ・グランヒルテは、このルグニカの川岸の決戦において、ナツキ・スバルという弱者の執念に、そして本当の覚悟を決めたエミリアの愛の力に、完膚なきまでに敗れ去ることになる。

 あと少しでその手に入れかけた、スバルの魂を毟るという新たな『歪んだ愛』を無残に奪い返され――彼女はその狂った人生のなかで、初めて、後悔の煮汁を飲まされる結末へと叩き落とされたのだ。




エルザ戦は早く終わってよかった・・アヤマツルート回避!
ストック完成して、次回でやっと1章終わります・・・ここまで読んでいただきありがとうございます。

やり直せるなら報われてほしい方

  • オボレルラム
  • カサネルオットー
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