もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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1章やっと終わりました・・・
最後までスバ虐で申し訳ないです


異世界召喚の初日は、英雄となって終わる

 意識を完全に失い、再び訪れた深い眠りのなか。ナツキ・スバルの意識は、あの不自然なまでに真っ青な昼の青空が広がる箱庭の夢へと戻るはずだった。不敵に笑う傲慢のスバルや、悲しげに微笑む憤怒のエミリアが待つ、あの領域に。

 

 ――だが、世界の色彩は、完全に、残酷なまでに塗り替えられていた。

 

 頭上にどんよりと広がっているのは、不自然なほどに濃く、どろどろとしたドス黒いオレンジ色の夕焼け空。夜は決して訪れる気配を見せず、世界の境界線のすべては、血の赤をねっとりと混ぜ合わせたかのような禍々しい橙色に染まりきっている。

 地面はどこまでも冷え切った大理石のタイル。その白と黒の幾何学的な市松模様の床には、ところどころに「赤黒い水たまり」が鏡のように澱んでおり、歪んだ夕映えの光を不気味に反射させていた。

 

 さらに異様なのは、空間のあちこちに見える真っ白な額縁がいくつも、まるで意思を持つかのように虚空をゆらゆらと浮遊していることだった。しかし、その額縁のなかに飾られているのは美しい絵画などではない。新鮮なまま時間が完全凍結された、瑞々しく、美しく艶やかな――人間の「腸」だった。

 

 この閉ざされた夢の世界には、スバルの知っている現代世界のBGM『Fallen Down』が、どこか壊れて歪んだような音像で、静かに静かにループして流れている。スバルの脳が、この悍ましすぎる精神風景に恐怖し、無意識のうちにその曲を割り当ててしまったのだ。

 漂う大気には、生々しい「血の臭い」と、あの女が纏っていた「甘い香水の匂い」が混ざり合い、ただ呼吸をするだけで肺の奥が詰まるほどの濃度で充満していた。

 

 そこに、ナツキ・スバルはぽつんと一脚の椅子に座らされていた。

 前回の夢とは違い、五体を縛り付けていたあの頑強な鉄鎖の拘束はない。だが、スバルは本能的な直感で理解していた。――もしこの椅子から安易に立ち上がり、この拠り所である「椅子」を一度でも見失えば、二度とこの夢から現実へ戻れなくなるという、絶対的な恐怖。

 なぜ、傲慢のスバルと憤怒のエミリアの夢のときには強固な鎖があったのか。それは、彼らが歪んだ形であれ、現実世界へとスバルの魂を繋ぎ止めていてくれたからなのだと、失って初めて理解させられてしまう。

 つまり――いまのこの目の前の夢に現れる存在は、スバルを現実へ優しく縛りつけてくれるような味方では、断じてないということだ。

 

「エミリア……っ!! 傲慢の、俺……っ!! どこにいやがるんだよ! 出てこいよッ!!」

 

 

 この夢の空間はなんだか頭をぼんやりさせる、切なさや懐かしさ。そして寂しさを感じさせた。

 スバルは声を枯らして叫んだ。本来なら、ここに堂々といるはずの二人を必死に求めて。

 だが、その不気味な地平線の向こうから、冷たい大理石のタイルを踏みしめて妖艶に歩み寄ってきたのは、そのどちらでもなかった。

 

 漆黒のドレスの裾を蝶のように揺らし、ククリナイフの刃を夕映えの橙にギラつかせた、あの現実の殺人鬼――『腸狩り』エルザ・グランヒルテだった。

 

「あら……。ここにいるはずの可愛いお嬢さんたちに会えなくて、とても残念そうな顔ね。……ほんの少し、腹が立つのだけれど」

 

「な……っ!? なんで、なんでお前がここにいるんだよッ!! 」

 

 スバルは全身の毛穴が総毛立ち、椅子を掴む左手がガタガタと激しく震え出した。

 ここは俺だけの精神世界のはずだ。なのに、なぜ現実世界で敵だったはずのエルザが、我が物顔でこの夕闇の箱庭に立っているのだ。

 

「どうしてかしら? でもね、あなたがさっき、私にあなたのとても素敵な『魂の繋がり』をくれたでしょう? あの傲慢な権能の鎖が、私の奥底に深く、深く触れてしまったから……。だからかしら、あなたの壊れた脳内が、私のことをこうして妄想で登場させてくれたようなの」

 

 エルザは妖艶に微笑みながら、スバルの座る椅子の背後へと足音もなく回り込み、その冷たい指先で、スバルの無防備な首筋をゆっくりとなぞった。

 スバルは心臓が内側から凍りつくような、絶望的な嫌悪感に襲われる。――他人に魂の主導権を踏み込まれるということは、自分だけの絶対の聖域であるはずの夢の世界すら、これほど理不尽に、暴力的に侵害されてしまうということなのか。

 それでも、恐怖に五体を硬直させながら、この椅子から立ち上がるわけにはいかない。

 

「やめろ……っ。教えろよ……この夢の世界は、一体どうなっちまってんだよっ!」

 

 恐怖を必死に押し殺し、今後の生存のためのヒントを求めるようにスバルが叫ぶと、エルザは彼の耳元にその唇を寄せ、甘い香水の匂いと共にクスクスと愉しげに囁いた。

 

「いいわ、教えてあげる。簡単な仕組みよ。あなたがこれから先の現実世界で、他人に感情をぶつけられて魂を侵食されるたびにね……この夢の箱庭にあなたの妄想で登場する『お客様』はどんどん多くなっていくわ。そうして、あなたが本当に会いたい相手――あの銀髪のお嬢さんや、もう一人のあなたに、二度と会えなくなるの。私たちがね、順番を待つようにあなたの夢に押し入って、あなたの邪魔をしてあげるんだから」

 

「そんな……っ、じゃあお前らは、俺の夢の中でも……俺を苦しめ続けるって言うのかよ……っ!」

 

「ふふ、そういうことね。……でも、そんなことより、まずは一つ、あなたに『お祝い』を言わなきゃいけないわね。おめでとう、――現実の私は、あのお嬢さんに完膚なきまでに敗北してしまったわ。あなたの勝ちよ。私は、あなたが手に入れかけたあの『新しい愛』を強引に奪われて……生まれて初めて、後悔させられたもの」

 

 エルザはひどく悔しげに、けれど自らの敗北すらも愛撫するようにどこか恍惚とした表情を浮かべてそう告げた。

 現実のエミリアが勝ち、自分の肉体も辛うじて生き延びたのだ。その覆らない勝利の事実に、スバルの胸には一瞬だけ、確かな安堵の光が走る。

 

 ――だが、その一瞬の安堵こそが。

 この悪夢の、本当の引き金だった。

 

 スバルの胸の奥底で急速に膨れ上がる「エルザへの絶対的な恐怖」が、鏡のような精神世界へとダイレクトに反映されていく。無意識下の底知れない不安が、このおぞましい夕闇の箱庭を、爆発的な『悪夢』へと変貌させていく。

 

「――っ、ひ、あ……っ、やめ、ろ……っ」

 

「でもね、現実の私が無様に負けたからって……この夢の中の私が、あなたに優しくしてあげる理由なんて、どこにもないのだけれど」

 

 エルザの濁った黒い瞳が、夕映えのなかで不気味に爛々と歪んだ。

 ――キィン、と冷徹な金属音が鳴り響き、ククリナイフの冷たい平刃が、逃げられないスバルの下腹部へと無慈悲に宛がわれる。

 夢の世界のはずなのに、皮膚が裂ける生々しい痛覚と、自身の腸をねっとりと裂かれる最悪のイメージが、ダイレクトにスバルの脳髄を直接破壊していく。

 

「嫌だ……っ、やめろ、来るなアアアアッッッ!!!!」

 

「いい声ね。これからはね、あなたが現実で眠りにつくたびに、私がこうしてあなたの腸を優しく狩りに来てあげる。……せいぜい、毎晩私を楽しませて頂戴ね?」

 

 椅子から立ち上がって逃げることもできず、ただ淡々と、何度も、何度も、その冷え切った大理石のタイルの上で、ドロドロの夕焼けに染まる己の腸を抉り出され、引き摺り回される終わりのない拷問。

 それでも、もしこの椅子から完全に離れて見失ってしまえば、今度こそこの終わらない悪夢の檻から永久に出られなくなると魂が分かっているからこそ、ただ肉の破壊を受け入れ続けるしかない。

 壊れたBGM『Fallen Down』の狂ったメロディが、スバルの脳髄を嘲笑うように、終わりのない絶望の永久ループを奏で続ける。

 

 これから先、ナツキ・スバルが「眠ること」そのものに対して狂気的な睡眠恐怖症を抱くほどの手酷い恐怖と、決して逃れられない大罪の奴隷の呪縛をその魂に完璧に植え付けられて――。

 

 スバルの夢の意識は、喉を千切るような最悪な悲鳴と共に、現実の世界へと力任せに叩き起こされた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

「――ッ、……あっ……あ、が、……あ……っ!!」

 

 飛び起きるようにして目が覚めたスバルは、見知らぬ豪奢な部屋のベッドの上に寝かされていた。背中にべっとりと張り付いた冷や汗を感じながら、あの終わらない悪夢の連鎖からようやく目覚められたことに心底安堵し、肺の奥の空気を深く、深く吐き出した。

 もう二度と、何があっても絶対に眠るものかと魂に誓う。だが、人間という生き物は生きて活動している以上、いつかは必ず眠気に襲われるものだ。その抗えない生理現象としての眠気が、今のスバルには狂おしいほどに恐ろしくてたまらなかった。

 

 次に寝てしまった時、あの夕闇の箱庭には一体誰が現れるか分かったものではない。エルザのあの悦びに歪んだ顔なんて、もう一秒だって見たくない。

 

「――スバルッ!!」

 

 戻ってきた生々しい現実の感覚を噛みしめていたスバルに、ベッドのすぐ近くの椅子に腰掛けていたエミリアが、弾かれたようにその身体を投げ出してきた。

 スバルがこうして生きて目覚めてくれたという事実を、魂のすべてで愛おしそうに強く強く噛みしめるような、あまりにも熱い抱擁だった。

 

「エミリア……! 無事、だったんだな……!」

 

 スバルもまた、あの最悪の事件が本当の意味で解決したのだということを身体の温もりで噛みしめ、生き残れた喜びを全力で分かち合う。あの暗黒の絶望から、俺たちは確かに生き残ったのだ。

 そして、彼女の背中に回した自身の左手を見れば、あのおぞましい泥仕合のなかで無残に食いちぎられて無くなっていたはずの指のすべてが、何事もなかったかのように綺麗に元通りに戻っていた。全身を苛んでいた凄惨な大火傷の痕も、完全に消え失せている。

 

「あの後……一体、どうなったんだ……?」

 

「私はスバルの力をたくさん借りて、あの『腸狩り』を完膚なきまでにやっつけたわ。スバルのその酷い怪我もね、あなたが寝ている間に、ぜんぶ綺麗に治してもらえたのよ」

 

 スバルは張り詰めていた肩の力を抜き、心底安堵した。他ならぬエミリア本人の口から、はっきりとあの殺人鬼を撃退したのだと言ってもらえたことが、今の俺にとっては最高の救いだった。

 

「治して、もらえた……?」

 

「ええ、この王城にいる凄腕の治癒師の方よ。私も、スバルのあの力を借りたままなら、自分の治癒魔法ですぐ治せたんだけど……。これ以上、スバルのあの不思議な権能の力を使わせちゃ絶対にダメだわって思ったから。急いでここまでスバルを運んだの」

 

 エミリアのその、どこまでも自分を真っ直ぐに気遣ってくれる優しい言葉を聞いて、スバルは胸にこみ上げる愛おしさを抑えきれず、思わずエミリアの両手をガチリと掴んでベッドの上に勢いよく立ち上がった。

 

「エミリアたん、マジ、天使すぎる!! よっ、これぞ我が最愛の、EMT(エミリアたん・マジ・天使)だッッ!!!!」

 

 これほどまでに、胸の底からの喜びを全力で体現できたのは、一体いつのループ以来のことだろう。不条理な地獄を乗り越えた実感が、スバルの声を弾ませる。

 ――だが、叫んだ直後。脳の髄がぐらりと揺れるような、酷い立ち眩みと猛烈な目眩がスバルの五体を襲った。

 

「ダメよ、スバルっ! 治癒魔法で傷口は塞がっているけれど、身体の体力はすごーく消耗しちゃっているんだからっ!」

 

 エミリアに慌てて肩を押さえられ、それを言われて初めてスバルは、悪夢の睡眠から覚めたばかりだというのに、肉体の芯に泥のような強烈な疲労感が残っていることに気づかされた。

 エミリアに絶対安静を促されるまま、スバルは情けなくベッドへと再び寝かせられてしまう。

 

 これが、強引に肉体を再生させた治癒魔法の強烈な反動なのだと理解する。そして――それと同時に、身体の衰弱の隙を突くようにして、あの悪魔のような『眠気』が再び脳裏のすぐ近くまで迫り込んできている気がして、スバルの背筋に冷たい不安が走った。また、あの夕焼けの箱庭に引きずり戻される。

 

「スバル……?」

 

「え……っ、あ、いや……! エ、エルザの野郎は……結局どうなったんだ? あいつ、……まさか、またどっかに逃げおおせたのか……っ?」

 

 スバルは眠気の恐怖から逃れるように、エミリアの制止を無視して勝手に上体を起こし、壁に背中を強く預けた。

 その往生際の悪い行動に、エミリアはぷっと頬を膨らませて、また無理やり寝かせようと布団を頭からかぶせようとしたが――スバルの顔面をまじまじと見つめた瞬間、ぴたりとその手を止めた。

 スバルの表情が、傷が治った今でもなお、現実の死の恐怖から全く解放されていない凄惨な色に染まっていたからだ。

 

「エルザはね……もう、どこにも逃げられないわ。私がこの手でカチコチの氷漬けにして、今はここの一番深い地下牢に幽閉させたのよ。だから……だから、もうすごーく安心して、スバル」

 

 怯えるスバルを優しく落ち着かせるように、エミリアはスバルの左手に自らの白い手をそっと重ねながら、静かにそう語りかけた。その静謐で、どこか冷徹なまでに低い声音は、あの恐ろしい『腸狩り』を言葉通り完膚なきまでに叩きのめしたのだと、周囲を安心させるのに十分すぎるほど頼もしい質量に満ちていた。

 

「エミリア……ありがとう。……ああ、お前のおかげで、本当の意味で安心したよ……」

 

「――――スバル」

 

 スバルはエミリアの圧倒的な完全勝利に対して、心からの感謝の言葉を惜しみなく送った。

 だが――安堵を見せようとするあまり、最後に「嘘の、いらない一言」を付け加えて微笑んでしまった。その、スバルの魂の防衛反応の揺らぎを、目の前のハーフエルフの少女は見逃さなかった。

 

「え……っ?」

 

「全然、これっぽっちも安心していない顔をしながら……『安心した』なんて嘘を言うのは、すごーくダメよ、スバル。……まだ私が気づいていない、『敵』がいるの?」

 

 エミリアは今、明確に『敵』を求めていた。ナツキ・スバルを理不尽に怯えさせる元凶を、その圧倒的な力で粉砕し、彼を助けられる正当な理由を欲しているのだ。

 激しく燃え盛る彼女の紫紺の瞳が、スバルの表情の、呼吸の、そのすべてを見透かすように完全にロックオンしていた。それは、今のスバルに対して、いかなる隠し事もやせ我慢も決して許さないという絶対の重さ。

 スバルはそれを瞬時に理解した。そして同時に、自分一人の胸の内にだけこの底知れない悪夢の恐怖を溜め込んでいては、とてもじゃないが正気がもたない、今すぐエミリアに相談しなければやってられないと、心が悲鳴を上げていた。

 

「――ごめん。もう、やらない。……夢にさ、あのエルザの野郎が現れるんだ。あの最悪な変態野郎が……夢の中で俺の腹を抉って、何度も、何度も俺を殺すんだよ」

 

 スバルは両手の掌の腹で、自身の両目を強くほぐした。少しでも脳を覚醒させ、この抗えない眠気から解放されたかった。

 スバルが血を吐く思いで打ち明けた最悪の真実を聞き、エミリアは小さく息を呑んだ。そして、痛ましく眉をひそめながら、何事かを深く考え込み始める。

 

「……あの氷を、今すぐ解除すれば……エルザは生き返るわ。私が間違えてバラバラのカチコチにしちゃっていても、あの人は死なないもの。……それで、私が地下牢に行って、夢の中でスバルをいじめないでって、力いっぱいお願いすれば……っ!」

 

「ダメだ…… やめろ、エミリア……」

 

 エミリアの紫紺の瞳は、再び世界を凍らせるほどの深い怒りに染め上げられていた。だが、その激しい怒りはあまりにも虚しく、夢という実体のない精神世界のなかに潜むエルザには、彼女であっても物理的に手が届かない。

 

「でも、やってみないと……」

 

 それでも、スバルを苦しめる元凶を前にして、何もせずに手をこまねいていることなど到底我慢がならないのか、エミリアはスバルに向かってその頑なな意思を曲げようとはしなかった。 その一度決めたら梃子でも動かない頑固さは、スバルでもどうしようもできない。

 目の前で、エミリアの呼吸が荒くなり、ギリギリと震えるほど強く白い拳を握りしめているのが痛いほどに分かった。

 

「あの時、エルザの野郎が俺の権能を強引に引き出して、俺の魂の奥底に踏み込んできたから……だから、あいつが夢に出てきちまうんだよ……。悪夢を見てしまうのは、俺の心の問題なんだ。……だから、現実のエルザなんて、もう二度と、死ぬまであの氷の中から出さないでくれ……」

 

「――そうなのね」

 

 スバルは一の事実も一切隠さなかった。取り繕わずにすべてをありのままに白白したおかげで、現実のエルザをどうしたところで悪夢は消えないという残酷な事実を、エミリアの理性に納得させることができた。

 

「だから……エミリアが俺の回復を治癒師っていう専門の人に頼んで、俺の壊れた権能をこれ以上使わせないように、温存してくれたのは本当に助かったんだ。……ありがとう、エミリア」

 

 スバルはベッドの上でエミリアに向かって深く頭を下げ、心からの感謝を表明した。ありがとうという感謝の言葉は、心で思った時になんどだって、惜しみなく伝えてあげたい。

 スバルの真っ直ぐな言葉を受け、エミリアの深い紫紺の瞳にようやく温かい光が宿り、渦巻いていた烈火のような怒りが静かに静まっていくのが分かった。

 

「……私にできることがあれば、どんな小さなことでもぜんぶ教えて。……私、すごーくスバルを助けてあげたいって、心の底から思うの」

 

 自身の胸元にそっと手を当てて、エミリアが本心からの祈りを込めてそう告げる。その言葉が持つ、逃げ場のないほどの重さを、スバルは誰よりもよく知っていた。

 あの、憤怒の権能に脳髄まで汚染されたエミリアが、スバルの指を食いちぎり、泥を詰めて殺そうとしていた最悪の時間――彼女にはハッキリと意識があったという、あの恐ろしすぎる事実。

 それは、これから歩む彼女の人生にとって、あまりにも深すぎる一生の傷になる。スバルの側から「俺は恨んでないよ」とか「あれは仕方がなかったんだ」とどれだけ綺麗事を並べ立てて宥めたところで、彼女が背負い込んだその重さが軽くなることなど、絶対にないのだ。

 

「ありがたく、これからも助けてもらうぜ。……現実の世界にはさ、こうしてエミリアが隣にいてくれるんだから、俺はもう何があっても大丈夫だ」

 

「・・・そうよ」

 

 現実世界に戻り、欠損のない五本の指が揃っているスバルの左手を、エミリアは優しく自らの両手で包み込み、落ち着いた声音でそう微笑みかけた。

 

「――夢の中では……私は、スバルを助けてあげられないの?」

 

 エミリアの切ない問いかけに対し、スバルは静かに首を横に振った。そして、代わりに、目覚めた現実の手の平のなかに、そのまま握りしめられていた、あの赤い本――『憤怒の書』を、エミリアの前に差し出して見せた。

 

「それって……スバルが寝ている間も、すごーく大事そうに持っていたけれど……一体、いつの間に貰ったの……?」

 

「…夢の中でさ、世界で一番優しい人から貰ったんだよ」

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 ナツキ・スバルとエミリアの二人の名は、魔女教大罪司教『憤怒』のシリウス、そしてあの殺人鬼『腸狩り』エルザを完全打破した英雄として、ルグニカ王都の隅々にまで瞬く間に広まることとなった。

 

 騎士ラインハルト・ヴァン・アストレアは、今回その世界最強の剣を正面から振るうことこそできなかったが、無事に自らの主であるフェルト、そしてロム爺との再会を果たすことができていた。

 フェルト自身は予知夢を一切見ない側の人間であったが、予知夢を見ていたロム爺が、持ち前の老獪さで巧妙に立ち回り、フェルトをエルザの凶刃から事前に遠ざけていたらしい。

 

 スバルが王城の治癒師によって絶対安静のなかで回復させられている間、ラインハルトとエミリアの二人は、シリウスの負傷共有から避難させるために、止むを得ず王都の大通りごと氷漬けにしてしまった多くの民衆たちの処遇について、賢人会へと直接赴いて公式な報告を済ませ、いつか必ず、彼らを元の姿へと無事に救い出すことを賢人会の老人たちに約束したのだった。

 

 そして――。

 スバルとエミリアは、地下牢の暗黒の氷塊の中に封印されたままのエルザの姿を二度と拝むこともなく、スバルは必死に眠気を我慢し続けたまま王都を去り、ロズワール邸へと向かうことになる。

 

 ラインハルトは、自身が見せられたあの不気味な予知夢の内容から、ロズワール・L・メイザースという宮廷筆頭魔術師の男に対して、どうしても個人的に直接問い質し、確認したいことがあるらしく、今回の道中への同行を求めてきた。

 スバルとエミリアの二人は、その申し出を快く受け入れ、世界最強の騎士を伴って、次なる因縁が待つロズワール邸への馬車を走らせるのだった。




まだ、どのキャラクターがどのIFルートにするか決まってないけど
2章もよろしくお願いします・・・

やり直せるなら報われてほしい方

  • オボレルラム
  • カサネルオットー
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