もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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ロズワールの計画決まりました
2章も長くなりそうです・・スバルの夢の問題もあるし


ロズワール邸での生活が始まる

 ロズワールの冷徹な受け入れの言葉を以て、スバル、エミリア、ラインハルト、レム、ラム、そして屋敷の主であるロズワールの六人は、夜の静寂に包まれたロズワール邸の内部へと入り、そのまま広大な食堂へと向かった。

 一度全員で円卓を囲むように席に着き、レムとラムが手際よく淹れて差し出した温かいお茶を口にして、旅の疲れを一休みさせる時間となる。

なお、この屋敷の禁書庫に引きこもっているはずのベアトリスという大精霊の少女は、この段階ではまだ一切姿を現していなかった。

 

「――すでにもう、夜も遅い時間だぁ~ね。……けども、スバルくんは、随分と眠そうに眼を血走らせているねぇ?」

 

 一番偉い人物が座るべき、円卓の最上席に深く腰掛けたロズワールが、お茶の煙の向こうからスバルを値踏みするようにそう言葉を投げかけた。

 

「大丈夫です……。俺は今夜、一睡も眠らないつもりでいますので。明日からの仕事に穴をあけたり、ご迷惑をおかけしたりすることは絶対にないのでご心配なく、ロズワール様」

 

 スバルはまだ口に馴染まない慣れない敬語を引っ張り出し、背筋を伸ばしてそう返した。あの悍ましいエルザの悪夢が怖くて寝られないなど、さすがに初対面の領主様の前で言い出せるはずもなかった。

 

「では、こうしようかぁ~な。ラムとエミリア様はここで、本日の就寝としてもらおう。……レムは、スバルくんに明日の朝一でやらなければいけない仕事の段取りをすべて教えてから、部屋に戻って寝るように」

 

「はい。ありがたく、一足先に眠らせていただきます。ロズワール様」

 

「はい。使用人としての仕事の指導ですね、かしこまりました。ロズワール様」

 

 主の言葉に、ラムとレムがそれぞれ流れるように頷いた。クールなポーカーフェイスを崩さないレムと、その直後に小さく上品にあくびを噛み殺していたラム。双子であってもその性格や佇まいは全く違うのだなとスバルは察し、張り詰めた空気の中でほんの少しだけ面白いなと思った。

 

「レム。……これから新人としてお世話になるからさ、お手柔らかによろしく頼むぜ」

 

 スバルは、円卓の向かい側の斜め右に静かに控えているレムに向けて、親しみを持たせるようにそう声をかけた。だが、返ってきたレムの愛想は、今のスバルに対しては決して良いものとは言えなかった。

 

「――仕事ですので。レムの指導は、決して優しくはありませんよ」

 

「いや、むしろ大歓迎、ありがたい限りだ! 根性だけはあるから、ビシバシ頼むぜ!」

 

 スバルは、レムがどれほどスパルタに使用人のイロハを指導してくれるというのなら、全力でその厳しさにしがみついて合わせるつもりだった。ロズワールに誠実に仕える新人ナツキ・スバルとして、レムとラムの二人はこれから絶対の先輩であり、上司のような存在になる。だからこそ、まずは良好な関係を築き、地道に信頼を積み重ねていきたいとスバルは強く願う。

 

「あの……私も、スバルがレムに仕事を教わっている所、後ろで見学してて良いかしら? 大丈夫、……絶対に邪魔はしないから」

 

 不意に、エミリアが小さく手を上げて、おずおずとした様子でそう提案してきた。スバルとしては、なんだか放っておけない小さな子供のように過保護に扱われている気がして、嬉しい反面、少しの恥ずかしさを覚えてしまう。

 

「エミリア様。それはさすがに、良くないねぇ~え。ただでさえ、昨日は王都であれほどの命懸けのご活躍をされたんだ。今晩は、主としてゆっくりと御身をお休めください」

 

「でも……っ」

 

「大丈夫だって、エミリア。すぐにちゃちゃっと仕事の段取りを教わって、俺も適当に休ませてもらうとするからさ。心配しないで先に休んでくれよ」

 

 スバルがそう言葉を重ねると、エミリアはしぶしぶといった様子で紫紺の瞳を揺らしながらコクリと頷き、折れてくれたようだった。

 

「よし、それで――私は今晩、そこのラインハルトくんと『大事な話』をするから、夜が明けるまで、誰も決して私の執務室には入ってこないように。よろしくねぇ~え」

 

「ええ。今後の僕と、ロズワール様方の進むべき行く末を左右する、極めて重大な話です。是非よろしくお願いします」

 

 ラインハルトが端正な顔を引き締め、低い声で応じる。

 道化の主と世界最強の騎士による密談。その内容が気になりすぎて仕方がなかったスバルは、ダメもとを承知の上で、気まずそうに頭を掻きながら言葉を挟んでみた。

 

「あの、本当にダメもとで聞いてみるんですけど……。俺も、ちょっとだけその話の末席に加わったりしたら、やっぱりダメですかね……?」

 

「絶対にダメだぁ~よ、スバルくん。君は、自分の命運を繋ぐための大事な仕事を覚える時間だ。余計なことに首を突っ込まず、自分のやるべきことにしっかり励んでくれたまえ」

 

「……うぐぐ。……そうですか、。分かりました」

 

 ロズワールの有無を言わせない青と黄の双眸の圧力に、スバルはそれ以上の追及を諦めた。気になって、気になって仕方がないのは事実だったが、いまの自分の『一番下っ端』としての立ち位置を弁え、その湧き上がる感情をぐっと喉の奥へと飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 そうして各々が夜の深淵へ分かれていき、広大な廊下にはレムとスバルの二人だけが残され、共に並んで歩みを進めていった。

 だが、その二人の背中を、後ろから凛としたラムの声が呼び止めた。

 

「レム。もしも今、眠かったらラムが代わりにバルスに教えてあげてもいいけれど……大丈夫?」

 

 スバルは隣にいたレムの劇的な反応を目の当たりにして、思わず驚いた。先ほどまで仮面のように無感情に見えたレムの薄青の双眸に、あきらかに潤んだような、まばゆい熱い光が宿っていたからだ。

 

「――姉様がそう言って気遣ってくれるだけで、レムはどこまでも頑張れます。姉様、明日の朝はレムが起こしに行くまで、どうかお部屋でゆっくり休んでいてください」

 

「そう。ならいいわ。……バルス、明日の朝一番から、ラムの代わりにしっかりレムの手伝いを頼むわよ」

 

 その短い掛け合いだけでスバルが痛烈に感じ取ったのは、レムが姉であるラムに丸ごと向けている、常軌を逸した愛の巨大さだった。双子の姉妹で仲が良いというのは世間一般的にもいいことなのだろうが……。

 

「も、もちろん。俺に全部まかせておいてくださいよ、ラム先輩」

 

「……スバル君には、姉様の代わりを務めるのは、甚だしく厳しいと思いますけど」

 

 今しがたラムに向けてあれほど熱い情愛を籠めていたレムの声が、スバルに向き直った瞬間に、すとんと冷徹な無感情のそれへと戻ってしまった。

 

「いやぁ、なかなか辛辣ですねぇ、レムさん。こう見えて俺、手先の器用さと要領の良さにはちょっとした自信があるんだよな。それに……以前の職場がちょっとシャレにならないレベルでブラックすぎたおかげで、勤勉さとフットワークの軽さだけは自信があるんだよ」

 

 スバルの脳裏に、サテラに見せられたあの傲慢の予知夢での歪んだ記憶がフラッシュバックする。

 あの最悪な別の時間軸において、スバルは魔女教の下っ端構成員という最底辺のポジションから泥臭くキャリアをスタートさせていた。狂信者ペテルギウスに狂気的に仕え、大罪司教の組織を円滑に回すための膨大な雑用をこなす日々は、文字通り一秒の遅れも許されない過酷なものだった。時間をほんの少しでも守れなかったら、あの狂人に「怠惰、怠惰、怠惰ぁあああ!」と叫ばれて頭が弾け飛ぶほど殴られる超ブラックぶりだ。おかげで、今のナツキ・スバルには経験した覚えのない「使用人としての完璧なスキルと経験値」が、脳内で初期状態から完全にカンストしているのだ。

 ――いいや、違う。これは今のスバルの現実の記憶ではなく、あの傲慢のスバルが歩んだ地獄の足跡だ。今回もありがたく、その歪んだ経験値を生き残るために利用させてもらおうと腹を括った。

 

「――ちょっと待ちなさい、バルス。……以前の職場って、一体どういうこと? 詳しく言いなさい」

 

 それまで引き返そうとしていたラムが、唐突に鋭く、獲物を狙うような目で切り込んできた。スバルは思わず心臓を跳ね上げ、ギクッと不自然にその身を大きく震わせてしまう。ラムのその冷徹な言葉を聞いて、隣のレムもまた、何事かに激しく驚いたように薄青の目を小さく見開いていた。

 

「姉様が質問しています。スバル君、さっさと答えてください」

 

「あ……っ、あ、あー……その、すいませんでした、! 今のはその……俺の見た、予知夢の中での話です。……ぶっちゃけ、これ以上は思い出したくもないし、話したくないっていうのが俺の本音、ですかね……」

 

 変につまらない嘘をその場ででっちあげたところで、この老獪なラムには一瞬で見破られてしまう。彼女の佇まいには、スバルの内心の嘘を鋭く見透かしてくるような、不思議な天性の圧 があったのだ。そして、そのラムの判断を絶対的な真実として全肯定するレムの追及にも、一ミリの容赦のなさそうな冷酷さが潜んでいる。

 スバルはこれ以上の自滅を避けるため、「言いたくない」という剥き出しの本心をそのまま二人に伝えることにした。

 

「姉様が質問しています。スバル君、さっさと答えてください」

 

「えっ……?」

 

 レムは、スバルが明確に拒絶の意思を示したのにもかかわらず、先ほどと一言一句、声音の温度すらも全く変わらない平坦な口調で同じ命令を繰り返してきた。その機械的な無慈悲さに、スバルは背筋にゾッとするような薄気味悪さを覚え、額から嫌な冷や汗をだらだらと流してしまった。

 

「……別に、ラムはバルスのどうでもいい予知夢になんてこれっぽっちも興味はないから、言いたくないって言うならそれでいいわよ。……どう、がっかりした?」

 

「してねえよ! なんだよ、その、人を小馬鹿にしたような思わせぶりの顔は……っ!」

 

 一触即発のシリアスな詰問の途中に、いきなりラムがスバルを鼻で笑うような意地の悪い表情を作ってきた。スバル的にはこの最悪な追及の流れを有耶無耶にしてくれて大助かりだったが、お約束としてしっかりとしたツッコミだけは返しておく。

 

「ハッ! いやらしい」

 

「姉様……本当に、これ以上は良いのですか?」

 

 レムが、この不穏な疑惑の話を本当にこのまま手放してしまって良いのかと、伺うようにラムの顔を覗き込んだ。

 スバルはその二人の空気感を見て――やはりレムは、何から何までラムの判断だけを絶対の頼りにしており、姉という存在に深く溺愛し、精神的に依存しきっているのだと薄々察してしまった。

 だからこそ、ラムの側がこうしてブレーキをかけて話をうやむやにしてくれようとしているのは、今のスバルにとっては最高にありがたい救いだった。もしラムのブレーキがなければ、レムの側からどこまでも執拗に魂の底まで詰め寄られていたに違いない。

 

「ラムだって、自分の予知夢のことなんて、誰にも話すつもりはないわ。だから、他人の見た気味の悪い予知夢を無理に暴き立てるつもりもないだけよ」

 

「――――」

 

 ラムの口からさらりと零れ落ちたその明確な発言。

 間違いなく、この目の前のラムもまた、あの魔女の最悪な予知夢を見せられた側の『当事者』なのだと、スバルは確信した。思わずその驚きと焦燥のあまりに言葉を失って黙り込んでしまう。

 

「これを教訓に、予知夢のことを話したくないのなら、これからは隠すようになさい」

 

 ラムはこう言ってくれているが、スバルに対しレムは厳しい猜疑の目をさらに細めて鋭く睨みつけている。

 

「姉様の鋭い目は、そう簡単に誤魔化せませんよ、スバル君」

 

「分かってるよ……。分かってるから……お願いだから、そんなに親の仇みたいに俺を睨まないでくれよ……」

 

 なんだか理由はよく分からないけれど、スバルは初対面の段階から、このレムという少女に決定的に良く思われていない、むしろ警戒されているのだということを痛いほどに察していた。

 

「レム。どうやらこのバルス、あなたが怖すぎて生まれたての小鹿のようにガタガタ怯えているようよ。本当に泣き出してしまう前に、いじめるのはほどほどにしてあげなさい」

 

「そ、そんな、怯えてなんかねえよ……っ! 俺はこう見えても一端の男の子だからさ、そんな初対面の女の子の前で簡単に泣いたりなんかしないぜ……っ」

 

 ラムの放つ、容赦のない自然な罵倒とからかいの言葉は、今のスバルの張り詰めた心にとっては、いっそ不思議と心地よさすら感じられるものだった。

 

「――姉様がそこまで言うなら、もういいです」

 

「おお、助かった……。本当にありがとう、ラム先輩」

 

 スバルがホッと胸を撫で下ろしてそう感謝を口にすると、レムからじろりと、より一層冷ややかな視線で睨み据えられた。もはやこれ以上どんな軽口を返していいのかすら分からないくらい、完璧な塩対応をされ続けてスバルは内心ガッツリと凹む。

 

「じゃあ、ラムはもう寝るけれど……もし夜中に二人で喧嘩にでもなったら、遠慮なくラムを起こしなさい。ラムの厳正な判断で、悪い方……おそらくバルスの方にだけ鉄槌を下してあげるわ」

 

「それ、最初から俺が100%悪者になる判決じゃねえか、こええよ! 喧嘩なんか絶対にしないから、安心して寝てくれ……」

 

「スバル君がレムの言う事を聞かずに少しでも不審な動きをしたら、即座に姉様の鉄槌ですからね。……しっかり集中してください」

 

「分かりましたよ! 先輩方、すぐに行動で俺の勤勉さを示させていただくとするぜ!」

 

 スバルはそう威勢よく宣言すると同時に、脳内にじわじわと這い寄ってきていたあの悍ましい眠気を強引に叩き出すように、自身の両頬を――パン!!! と乾いた大きな音が響き渡るほどの力で、強く強く叩いた。

 

 じんと赤く熱を持つ頬の痛みに、スバルの目が確かな生の熱量を取り戻す。

 

 その必死なスバルの自傷の気合い入れを目の当たりにして――ラムはフンと鼻で笑って背を向け、レムは一瞬だけその薄青の瞳を不自然に揺らしたあと、再び元の冷徹な鉄のポーカーフェイスへとその表情を戻すのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 翌朝。

 窓から差し込む気持ちのいい風と、どこまでも明るい太陽の光を浴びて、全身に朝がやってきたのだとスバルの五体は生き延びるためのエネルギーを本能的に求めた。

 

「……くぁ~~~あああ、……ッ」

 

 外の新鮮な空気を肺に吸い込みながら、目尻に涙が滲むほどの深いあくびを漏らす。

 眠い。眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い眠い、トコトン眠いです、誰か助けてください。

 

 結局、昨晩は一睡もしていなかった。スバルは昨夜、レムから新人使用人としての朝の仕事の段取りを三十分ほど付きっきりで教わったのだが、持ち前の経験値のおかげで、特に躓くこと もトラブルを起こすこともなく完璧に習得できていた。だが……その作業が終わったあと、どうしてもあの夕闇の箱庭でエルザに腸を抉られる悪夢を見るのが怖くて怖くてたまらず、夜が明 けるまでずっと孤独に起きていたのだ。

 他の住人たちの睡眠を妨げないよう、極力音を立てないように配慮しながら、夜通し屋敷の廊下やロビーを軽く清掃して時間を潰し、朝の目覚めのお茶の一杯を淹れる準備もすべて万全に整えてある。

 いっそ朝食まで勝手に自分の手で作ってやろうかとも考えたが、初対面の使用人が厨房で勝手な行動に走るのは控えた方が賢明だと自制した。せめて、レムが炊事の調理に取りかかりやすいように、食材や器具の配置などの下準備だけは完璧に終わらせておいたのだ。

 

「……クソ。一体いつまで、俺のこの貧弱な脳みそは……この最悪な眠気に耐えられるんだよ……っ」

 

 スバルは誰もいない静かな厨房から廊下へと出ると、そのまま壁に額を強く押し当て、全身を苛む睡眠恐怖の震えに耐えた。今は、幸いにして誰の目もない。

 頭のどこかでは、もし今眠れば、あのエルザではなく、またあの傲慢な俺や憤怒のエミリアが夢に出て守ってくれるのではないか、という一縷の望みも考えてはいた。それでも――もし次の夢のなかで、またあの殺人鬼に肉体をズタズタにされる拷問を受ける可能性がコンマ一パーセントでもあるのなら、それが狂おしいほどに恐ろしくてたまらなかった。

 

「……クソが、今はそんな自分の心の問題に怯えてるどころじゃねえのに……っ」

 

 スバルは弱気になりそうな心を無理やり奮い立たせるように、手の中の『憤怒の書』を開き、青髪のメイド――レムの頁に視線を走らせた。昨晩は彼女から、なかなかの鉄壁な塩対応をされてしまっている。

 これから屋敷で生き抜くためにも、レムとは一秒でも早く確かな信頼を築いて打ち解けたい。だからこそ、ここは躊躇なく『憤怒の書』の導きを借りることにしたのだ。

 そこには、日本語でこう書き記されていた。

 

 ――”レム自身の仕事の完璧さに敬意を示し、頼る。”

 

「また誰かに『頼る』、かよ。俺の立ち回り、こればっかりだな。」

 

 自分の不甲斐なさに苦笑しつつも、スバルはこの短い一文のニュアンスを深く、深く読み解いていく。

 これは、ただ盲目的にレムという『個人』に対してお世辞を言って媚びへつらうのではない。あくまで彼女がプライドを持っているであろう仕事の完璧さそのものに対して絶対の敬意を示し、その後輩として教えを請う、という意味だ。これこそが、彼女の内に燻るスバルには分からない憤怒を鎮める最大のポイントになるのだと、スバルは鋭く思考を噛み合わせた。

 

「おっ、お、おはよう、レム!」

 

 廊下の先から、凛とした佇まいで青髪のレムが歩いてくるのが視界に入ると、スバルは努めて元気に、笑顔を張り付かせて挨拶を飛ばした。

 

「――おはようございます、スバル君。……昨夜は全く寝なかったのですか? 随分と顔色が悪いですよ」

 

 至近距離まで近づいてきたレムに怪訝な顔で指摘され、こればっかりは言い訳のしようがなかった。重い寝不足のクマが浮かんだ顔は、どう足掻いても隠せはしない。スバルはがっくりと肩を落としてしまうが、すぐに表情を持ち直した。

 

「あはは……。いや、俺の体調は大丈夫だよ、レム。もしも今後の仕事中に俺がウトウトとだらしない真似をしてたらさ、遠慮なくその硬い拳でげんこつでも入れて叩き起こしてほしいくらいだ」

 

「レムがですか? ……眠気くらい、ご自分で自分にげんこつして解決してください」

 

「おーう……。朝一番から、今日も相変わらず抜群に辛辣ですねぇ、先輩」

 

 そう言って大袈裟に凹んでみせたスバルだったが――レムの視線が、朝一番に二人がかりで片付けるはずだった朝のルーティンの仕事のほとんどすべてが、すでに完璧なクオリティで終わらされている空間へと向けられた瞬間、彼女は薄青の瞳を細めて何かを深く考え込み始めた。

 

「ずいぶんと熱心なことですね。……ですが、レムの目は誤魔化せません。これから厳しく、手抜きがないか確認してみます」

 

 どうやらレムは、スバルの仕事に対する真摯な『姿勢』そのものは一応認めてくれたらしい。けれど、そこに何らかの不審な取りこぼしや、怪しい怠慢が隠されていないかを確かめるべく、冷徹な目で屋敷の隅々を鋭く観察しだした。

 スバルとしては、手抜きがない自信はあるものの、やはりその威圧感には背筋にじっとりとした不安がよぎってしまう。すかさず、彼は手の中の本の『導き』通りに、言葉を繋いだ。

 

「あ、そうだレム。実はさ、俺の方から是非レムに教えてほしいことがいくつかあるんだけど……いいかな?」

 

「……何ですか、スバル君?」

 

 スバルの真面目なトーンの切り替えに、レムは厳しい薄青の瞳をほんの少しだけ和らげ、先を促す。

 

「あのロビーにある高価そうな絨毯なんだけどさ。……俺のお粗末な清掃スキルじゃ、もしも傷つけちまったらと思うと怖くてどうしても手が出せなかったんだ。だから、レムのやってる『正しい絨毯の清掃の仕方』を、後で実演して教えてほしい。……それと、朝食の下準備だけは一通り終わらせておいたんだけど、勝手に火を使い始めたり料理を作り始めるのだけはやめといた。……これ、新人としての立ち回りとして、合ってるかな?」

 

 スバルが彼女に問いかけたのは、レムという少女のパーソナルな領域ではない。あくまで『完璧なメイド』である彼女の仕事に対する質問であり、教えを請う姿勢だった。

 憤怒の書の記述通りに――彼女の仕事の完璧さに最大限の敬意を払い、素直に頼る。これを完璧に実行に移す。

 

 スバルのその一切の驕りのない真摯な質問を聞き届けたあと――レムの凍りついていた表情が、ほんの少しだけ、本当に微かだけれど、優しく軟化したような気がした。あくまで、スバルの都合の良い気がしただけ、かもしれないけれど。

 

「――勝手に厨房の火を始めなかった判断は、大変よろしいかと思います。分からないことがあったら、勝手に自己完結せず、まずは何でもレムに聞いてから行動に移してください。レムは仕事への怠慢は万死に値するほど許しませんが……あなたのその貪欲な努力は大歓迎ですよ、スバル君」

 

 なんでだか知らないが、昨晩からの徹底的な冷たい塩対応による精神的ダメージの反動があるのか、レムの口から放たれたその初めての肯定的な言葉の響きに、スバルは情けなくも鼻の奥がツンと熱くなり、本気で泣きそうになってしまった。

 これもやはり、深刻な睡眠不足による、脳の感情のブレーキの整理ができていないことが大きく影響しているのだろうか。

 

「……あぁ、ありがとう、レム。俺、頑張るぜ」

 

 今の自分の情けない泣きそうな顔を彼女に見られたくなくて、スバルは慌てて顔を背け、窓の外のどこまでも気持ちのいい、まっさらな朝の景色を見つめながらそう応じた。

 

「では、レムはこれから姉様を起こしに行ってきます。スバル君がこれだけ仕事を終わらせておいてくれたおかげで、今朝は姉様ももう少しだけゆっくり眠ることができそうですね」

 

 すでに、新人使用人がいるおかげで使用人の朝の仕事量には大幅な余裕が生まれている。愛するラムが、少しでも遅くまでベッドの中で眠っていられるという事実を心から喜ぶように、優しい声音でレムはそう言い残すと、パタパタと軽快な足取りで廊下の奥へと歩き去っていった。

 

 その、姉を想う彼女の慈愛に満ちた後ろ姿を見送りながら、スバルは確信した。

 レムという少女は、決して根が冷たい人間なんかじゃない。その内側には、本当は誰よりも温かく深い優しさを持っている人なんだ。今はまだ仕事関係の薄い繋がりかもしれないけれど、これからこの屋敷の日常のなかで、地道に、確実に信頼の数を積み上げていければいい。そこからが、俺たちの本当のスタートだ。

 

 だが。そうして、新生活の日常の兆しに心地よく耽っていたスバルの背後から、静まり返った廊下を揺らすようにして、別の規格外の人物の足音が歩み寄ってきた。

 

「――おはよう、スバル。唐突な申し出になってしまって本当にすまないが。……今日から毎日、この僕と全力で稽古をしよう」

 

 その残虐なまでに美しい双眸の奥に、かつてないほどギラギラとした熱い闘志の光を宿らせながら、騎士ラインハルトがスバルに向けて真っ直ぐににじり寄ってくる。

 朝一番に突きつけられたそのあまりにも斜め上すぎるアグレッシブな提案に、スバルは完全に呆気にとられてしまい、開いた口が塞がらなくなってしまった。

 

「け……っ、稽古……!?」

 

 

「――あぁ、そうさ! 僕が、友人として、騎士として……そして、この世界を救う『英雄としての君』を、完璧に完成させてあげよう」

 

「お、おう……」

 

 スバルは顔を引きつらせながらそう返事をしたものの、眼前のラインハルトの双眸に宿る、どこか一線を越えて「完全に覚悟が決まりきっている」その尋常ではない光に、言葉にできない猛烈な違和感を覚えていた。

 

 ラインハルトとロズワールは、昨晩から夜が明けるまでの長い時間をかけて、あの執務室に籠もり、誰も入れずに二人きりで何か重大な密談を交わしていたはずだ。朝一番のこのおかしなテンションは、間違いなくその話し合いの内容がダイレクトに関係している。

 

 っていうか、そもそもだ。

 この世界で魔法も壊れて、大罪の権能も失ってただの無力極まりない俺が、世界最強の『剣聖』を相手に真っ向から稽古をつけてもらうだなんて――そんな異次元の事実、そもそも特訓の形としてまともに成立するのでしょうか、と。スバルは冷や汗を流しながら、眼前の爽やかすぎる怪物の顔を見つめ、大真面目に本人に問い質してみたくなった。




魔女の匂いさえなければよかったのに・・

ロズワールに取り入り、寝ないで清掃をして、スバル怪しすぎます

やり直せるなら報われてほしい方

  • オボレルラム
  • カサネルオットー
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