もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公) 作:駄々我菓子
ライにとって、この場で喰らうに値する獲物はラムただ一人。
そしてラム自身もそれを痛いほど理解しているからこそ、杖の先端に風を滾らせて戦況を射抜くように凝視している。
「ラム、万が一の時の話だ」
「……バルス?」
圧倒されるライを見つめたまま、スバルは静かに、けれど明確に告げた。
「あのレムを極限まで強化してる俺の権能は……俺の名前を呼んで、強い感情を向けることが発動条件だ。覚えておいてくれ」
「……おぞましいわね。でも、覚えたわ」
スバルの胸のざわめきは消えない。ライがこの程度で潰れるはずがない。
広範な『月食』の権能すらまともに見せていない上に、最大の奥の手である『日食』の兆候すらまだないのだ。
それらを引き出させるまでは、追い詰めたとすら言えない。
「レムの見た予知夢は空白でした!お前のせいですか!」
「ぐっ……つぅ! 痛い痛い痛い・痛いじゃないか! ぶってくれたねぇ、やってくれたねぇ!」
「調子に乗ってさぁ! 付け上がってさぁ! 調子づいちゃってさぁ!」
「生ゴミのくせに! 食い物失格のくせに! 主役気取りで出しゃばるんじゃないよ! いい加減にしろってんだよぉ!」
「ダメダメダメ・不合格・お呼びじゃない! 泥を噛まされた気分だよ! 不快だねぇ、胸くそ悪いねぇ!」
「身の程を知らせてやる……その生意気なベロごと、丸ごと喰らい尽くして消してあげるよ! 暴飲! 暴食ぅっ!」
猛攻を受け続け、流石のライからも余裕の色が剥げ落ちていく。
「質問に答えないのでしたら……これで終わりにします!」
完璧な勝機。レムが必殺の威力を込めた右拳を限界まで引き絞り、振り下ろさんとした――その瞬間。
ライの口角が、凶悪な弧を描いて吊り上がった。
「今ね」
スバルの隣で、ラムが冷酷な確信をもって小さく呟く。
勝ちを確信したレムの踏み込み。それこそが、ライが誘い込んだ致命的な一瞬の隙だった。
さらにその隙を仕留めるべく、ラムの杖の先から一筋の凶暴な風魔法が放たれようとしていた――。
「――『あぁ。やっと折れてくれた』……だったかなぁ!」
ライのその声が響いた瞬間。
レムとラム、二人の動きが同時にピタリと止まった。
――止められたのだ。あまりにも残酷な、過去の凶刃によって。
「おい……っ!?」
叫ぶスバル。だが、戦闘においてその硬直はあまりにも致命的すぎた。
「邪魔邪魔邪魔・失せなよ・どきなよ!」
「邪魔なんだよ! 邪魔なんだよぉ! 姉様の劣化品! 出来損ない! 出来損ないの紛い物がさぁ!」
「あははっ! 似せようとしたってダメだ・届かない・話にならない! 劣化コピー! 出がらし! 出汁の出なくなったただのカス!」
「極上の本物の隣に、そんな粗悪な偽物を並べるなんてさぁ……目が腐ってるんじゃないのかい!?」
「一口舐める価値もない、不味くて冷めたゴミクズは踏み潰して捨てちゃおうか! 暴飲! 暴食ぅっ!」
閃光の一閃。ライの持つ漆黒の刃が、レムの額に生えていた一本の角を根元から叩き折った。
「は……? 嘘だろ……?レム!!」
スバルの唇から、掠れた絶望が漏れ出す。
角を折られたレムはそのまま石の床に倒れこんでしまった。
圧倒していたはずの戦況が、たった一言、たった一撃で完璧にひっくり返された。
あれほど冷静で頼もしかったラムすらも、ライの放ったその言葉に脳を撃ち抜かれたように固まっている。
『記憶』を喰らった暴食だからこそ知る、鬼の姉妹の魂を最も残酷に抉り取るトラウマの言霊。最悪の所業だった。
「そこまでかしら」
崩れ去る戦況の中、唐突に吹き抜けた異質な風。
スバルにとって、それはこの世界で初めて聞くはずの幼女の声だった。
「お前は……っ!?」
咄嗟に振り向いたスバルの視界に飛び込んできたのは、絢爛なフリルドレスを纏い、縦巻きのツインドリルを揺らす幼女の姿。
「これ以上、お前の好きにさせるつもりはないのよ! ナツキ・スバル!」
――ドクン! ドクンッ!!
胸の奥で、異状な狂乱が跳ねる。
スバルはこの幼女が大精霊ベアトリスだと直感で悟った。
彼女がいつからこの惨状を見ていたのかは分からない。
だが、レムが角を折られため傲慢の権能が断ち切られていた。
ベアトリスはその間隙を突き、スバルから強引に権能の繋がりを引き抜いたのだ。
「ぐ、あぁッ……!!」
重い。あまりにも重すぎる。
ベアトリスがどのような『予知夢』を見たのかはわからない。
だが、スバルの力を借りて魔女教への怒りを燃やしていたレムの感情すら、凌駕するほどの重さだった。
「何を……っ! ベアトリス……!!」
スバルはベアトリスの表情を見た。その瞳に宿っていたのは、膨大な重圧に相応しい、凍てつくほどの激怒だった。
「お前はどうせ覚えていないと思ったのよ! お前がそういう奴だって……全部お見通しなのよ!」
「今は……そんなこと、言ってる場合じゃ……ッ!」
スバルは胸を固く押し抱き、権能を通じて流れ込んでくる怒りと重圧に、正気を呑まれないよう必死に耐える。
そのすぐ側で、ラムは未だ呆然と立ち尽くしたまま動かない。
だが、今のスバルには、彼女を気遣う余力すら一欠片も残されていなかった。
「ベアトリス様! ベアトリス様ぁ! 見てごらんよ、見てよ!」
「新しい泥団子の登場でがっかりさぁ! 失望! 落胆! 大・失・望なんだよぉ!」
「何しに来たのさ! 何のつもりでお出ましなんだい! 俺達の食卓に! 美食の聖域に! 何しに来たんだい!?」
「泥を捏ね回しただけの不味い塊! 喰えやしない! 味わえない! 喉を通るわけがないじゃないか!」
「お皿の上を泥水で汚すだけの生ゴミはさぁ……こいつと一緒に、粉々に踏み潰して捨てちゃおうよ! 暴飲! 暴食ぅっ!」
狂気じみた咆哮に、スバルは思わずライへと視線を走らせる。
だが、背後に立つベアトリスの放つ異様なプレッシャーもまた、背筋を凍らせるには十分すぎた。
「――『揺るぎなき刻の檻、我が愛しき静寂を侵すことなかれ』……なのよ」
ライの煽りを文字通り一蹴し、ベアトリスが低く紡いだ言葉。
直後、戦闘によって激しく崩壊していた地下牢の石壁や落ち込んだ床が、時間を巻き戻すかのように、みるみるうちに完璧な姿へと修復されていく。
スバルの傲慢の権能を燃料として強奪し、邸全域を包み込むように展開された大精霊の大規模魔法。その途方もない規模と精度に、スバルは息を呑む。
「すげえ……っ! ベアトリス! 予知夢で俺とお前に何があったのかは知らねぇ……けど、敵はあいつだ! 頼む、助けてくれ!!」
だが、すがりつくようなスバルの悲鳴に、ベアトリスは氷のように冷ややかな一言を返した。
「無理に決まっているのよ。……これでベティの契約は安泰かしら。お前たちに、もう用はないのよ」
「……は?」
呆然とするスバルに一瞥すら与えず、ベアトリスは背を向けて淡々と歩き出す。
「あれぇ? あれあれぇ? 行っちゃうんだぁ! 逃げちゃうんだ! 逃げ出しちゃうんだねぇ!」
「まぁ、いいさ・いいよ・構わない! 君には興味ない! 関心がない! 一ミリだって惹かれないからねぇ!」
「勝手にしなよ! 好きにしなよさぁ! 喰う価値もない! 味わう価値もない! 皿の隅に転がったスカスカの食べ残しなんてさぁ!」
「あははっ! 泥を噛みながら、惨めにどこへでも這いずり回ればいいじゃないか!」
「命拾いしたと思ってさ……せいぜい不味い人生を生き汚く引きずるといいよ! 暴飲! 暴食ぅっ!」
ライの背後からの罵倒に耳を貸す様子もなく、小さなフリルドレスの背中は静かに遠のいていく。
そして牢屋の扉の陰へと踏み込むと同時に、空間そのものを切り離すようにして完全にその姿を消した。
「あ……っ!」
胸の奥で苛烈に暴れていた傲慢の鎖の繋がりが、ぷつりと切断されたのをスバルは察知した。
邸全体への大魔法を展開し終えた今、彼女にとってスバルは用済みに過ぎなかったのだ。
助けてくれるどころか、まともな会話する機会すら与えられずに切り捨てられた。
「クソっ……! ラム、しっかりしろ!!」
感情の泥沼に呑まれそうになる思考を強引に振り払い、スバルは未だショックで微動だにしないラムの背中を叩いた。
激しい衝撃に、ラムの肩がびくりと跳ねる。
彼女はロボットのようにギギギと不自然な緩慢さで振り返り、虚ろな瞳でスバルを見つめ返した。
「俺を使え! まだ何も失っちゃいない……あいつを殺すんだ!!」
スバルの叫びに、ラムは強く両目を瞑り、奥歯が砕け散らんばかりに噛み締めながら激しく頭を振った。
「バルス! 力を貸しなさい!!」
泥沼のショックを強引に跳ね飛ばし、覚悟を固めたラム。
だがそれと同時に、ライ・バテンカイトスの裂けた口から耳を狂わせるような爆笑が響き渡る。
「ヒヒッ……あはっ! あははははっ! ようやく! やーっと! ついに! メインディッシュのおでましかぁ!」
「最高だよ! 絶品だよ! 感動的だよさぁ! 待ってた! 待ち焦がれてたんだよ、この瞬間をさぁ!」
「さぁさぁさぁ、姉様! じっくり・たっぷり・極上に味わわせておくれよ! 僕達の! 俺達の! 誇り高き『角』の輝きを存分に見せてあげるからさぁ!」
「喰うか! 喰われるか! 奪うか! 奪われるか! 生きるか死ぬかの、命を懸けた大喰い勝負だぁ!」
「さぁ、宴を始めよう! 骨の髄まで噛み砕いて、血の一滴まで飲み干してあげる! 暴飲! 暴食ぅっ!」
ライの姿は変わらない。小汚く不潔な小柄の男のままだ。――『日食』すら使っていない。
だが、その額を突き破るようにして、本来存在するはずのない『鬼の角』が禍々しく蠢き出ていた。
「こいつ……っ!?」
スバルは戦慄する。
ライが仕掛けたカラクリ――それは『予知夢』で喰らったレムの記憶と経験を咀嚼し、『月食』によって自身の肉体のまま、レムの角を直接己の身に生やしてみせたのだ。
あのシリウスの時と同じ。『予知夢』という未来の記憶を得たことで、暴食の権能が最悪の形で進化・強化された明確な証拠だ。
「あはっ! あははははっ! いらない! いらないよ! もう『日食』なんて使わない! 使う必要なんてどこにもないのさぁ!」
「誰かの皮を被るのも! 誰かの技を奪い取るのも、もうおしまい! 借り物の味なんて、今の僕達には邪魔なだけなんだよ!」
「見てよ! 触れてよ! 感じてよさぁ! この! 俺自身の! 僕達自身の肉体で! 爪で! 牙で! 姉様を直に味わわせておくれよぉ!」
「ズル抜き! 偽物抜き! 純粋で、剥き出しの、命の喰い合いをしようじゃないか!」
「その肉を裂いて! 骨を噛み砕いて! 温かい温もりごと喉奥に流し込んであげる! 暴飲! 暴食ぅっ!」
それは紛れもない、レムへの、そして鬼族そのものに対する冒涜だった。
「ラム! 俺の『権能』の主導権争いは、想いの強い方が勝つ! あいつに絶対に負けるなよ!!」
「ハッ! あんな不快な害虫に、このラムが遅れをとるわけがないでしょう! ……八つ裂きにしてやるわ!」
角を叩き折られ、床に倒れて気を失ったままのレム。
ライか、ラムか。スバルの持つ傲慢の鎖を強奪し、支配するのはどちらの執念か。
今、この地下の狭間にて、生死を懸けたあまりにも過酷な奪い合いが始まった。
敵だったら怖い人
-
アヤマツ記憶持ちスバル
-
カサネル記憶持ちロズワール
-
本編記憶持ちペテルギウス