もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公) 作:駄々我菓子
互いの生存と尊厳を懸けた、目に見えぬ奪い合いが始まった。
ラムは怒りを押し殺し、一切の声を排して権能の奪取へ集中する。
妹を冒涜された凄絶な憤怒と執念は、横に立つスバルの肌すら刺すほどに圧倒的だった。
このラムが、後れを取るはずがない。スバルが確信した、その瞬間――
「『まだ人を好きになるってことが分かってない私だけど、きっといつか誰かのことを好きになる。誰かのことをきっと女の人として愛する。そしてそうなった時、誰のことを好きになるかはもう決めてるの』……だったかなぁ!?」
ライ・バテンカイトスが喰らった誰かの記憶をなぞり、嘲笑を浮かべて言葉を紡ぐ。
直後、スバルの胸の奥から大事な何かが根こそぎ強奪されていく感覚が走った。
「あはっ! 見つけた、繋がった、掴み取ったぁ!」
ライが頭上高く歓喜の声を張り上げる。
「馬鹿なっ……!?」
スバルの絶叫を置き去りに、ライの瞳が禍々しい紫紺の色へと変貌を遂げた。
絶対の自信を砕かれ、感情の質量差で敗北を喫したラムは、致命的なショックにただ呆然と立ち尽くす。
「仕方ないさぁ! 多少薄情でも姉様の味は落ちないからさぁ! あははっ!」
「ありえない……っ。ラムが、足りないというの……?」
絶望に震えるラムの横で、スバルは恐ろしい真実に思い至り、顔を蒼白にさせた。
「分かったぜ……お前ってやつは……! その感情は全部借り物だ! 他人の大切な想いすら、こんな風に道具として利用するのか!!」
「あはっ!! 所詮この世は暴飲暴食っ! 喰い物にされる奴が悪いのさっ!!」
頭蓋を殴りつけられるような激痛に耐え、スバルは血走った目でライを睨みつける。
ライは『予知夢』で喰らい尽くしたスバルの仲間たちの感情――ナツキ・スバルへと向けられた無数の愛執と信頼を総動員し、ラムの感情すら力ずくで叩き潰して見せたのだ。
「クソがあああっ!!」
主導権を握ったライは、スバルの『傲慢』の権能を行使し、スバルの正気を燃料として無慈悲に引き出した。
「レムの愛しい英雄! エミリアの一の騎士! 泥団子のままにしておくにはあまりにも勿体ないのさ! さぁ、暴飲暴食させておくれよ!」
「やめろ……っ! やめろおおおっ!」
抗う術などない。
ライはスバルの体内に眠る『傲慢の魔女因子』を強烈に励起させ、異様な事態を引き起こそうとしていた。
「俺達がお前の『傲慢』を利用するようにさぁ! お前にも俺達の『暴食』を使わせてあげるのさ! さぁ、美食家ライ・バテンカイトスによる、極上の餌食ナツキ・スバルの完成だぁ!」
「は……っ!?」
絶句するスバルの前で、肉体と精神を繋ぐ『傲慢』の鎖が何かに悪用された。
ライは、自らの身に宿る『暴食の魔女因子』を繋がりを通してスバルに影響させた。
「餌食のナツキ・スバルだと……?」
スバルは、耳を疑うような言葉をそのまま口の中で反芻した。
だが、それはあまりにも常軌を逸した内容ゆえに、どこか他人事のような現実逃避の余韻しか残さない。
「美味そうな! 極上のごちそうの匂いだぁ! 英雄の記憶は食えなくてもさぁ! これほどの食材を無駄になんてできるわけがないのさっ! さぁ、餌食として直に暴飲暴食させておくれよっ!」
紫紺に変貌した瞳を獰猛に血走らせ、ライが弾丸のような速度でスバルへ向けて突き進む。
その直線上には、未だ敗北のショックから立ち直れずに呆然と佇むラムがいた。
だが、ライはその存在すら一顧だにせず、嘲笑と共に素通りする。
「メインディッシュは後! まずは極上の餌食を貪らずにはいられないっ!!」
「バルス…… ラムは……」
「あああああッ!!」
スバルの動体視力すら置き去りにする速度で、ライがその身に飛びかかった。
狂人に等しい力で拘束され、鋭利な牙がスバルの肩の肉へと深く、容赦なく突き立てられる。
肉が千切れる生々しい音と共に、鮮血が盛大に吹き出した。
「ぐあああああッ!!」
脳髄を焼き切るほどの激痛に、スバルは喉が枯れるほどの絶叫を上げる。
抗おうにも、強靭な指先が食い込み逃げることすら許されない。
「あ……っ、あはあッ! 悪魔的だぁ! 犯罪的だぁ! 流石はッ、流石は英雄って感じなのさぁッ!」
ライはスバルの血を口端から滴らせ、その味覚に狂喜していた。
傷口を押さえる余裕もないスバルだったが、漂う己の血の匂いに戦慄する。
その香りは信じがたいほど芳醇な『ごちそう』として鼻腔を突き、自分自身ですら己の肉を喰らい尽くしたいという異常な衝動が突き上げていた。
「う……っ、ぐあ……っ!!」
「一口齧っただけでっ! これほどまでに満たされる! 一度じゃ全部食べ切れないのさっ! それでもッ、もう一口齧らずにはいられないッ!」
ライの仕掛けた不気味な企みの全貌を、スバルは直感する。
『傲慢』の鎖経由で流し込まれた暴食の力は、権能などではない。
世界の誰もが――自分すらもナツキ・スバルを『極上の餌』と認識し、貪り尽くしたくなる凄絶な『呪い』だった。
美食家のライでも、悪食のロイでも、飽食のルイでもない。
ただ喰い散らかされるためだけに存在する、『餌食』のナツキ・スバル。
「もう一口っ! いただきま――――あがっ……!?」
スバルには、跳ね返す力など残されていなかった。投げ飛ばすことも、殴りつけることもしていない。
何一つ抵抗できていないはずだった。
にもかかわらず、急激に追撃をかけようとしたライの体が唐突に跳ね上がり、激しく地面へ叩きつけられた。
「うぐっ……あッ! 吐き気が……っ!あがッ、あああ……っ! げほっ、おえええええッ!!」
血に濡れた肩を震わせ、苦痛に耐えながら地面に血を零すスバル。
その目と鼻の先で、ライは絶叫を上げながらのたうち回り、大量の血と胃液、どす黒い汚物を地表へぶちまけていた。
「なんっ……だ! ……食えなっ……い」
「図に乗ってんじゃねえ!! ……ざまぁ……みろ!!」
石の床で痙攣するライを見下ろし、スバルはひび割れた声で嘲笑を吐き捨てた。
「どうしたよ? 暴飲暴食すんじゃねえのか! 餌食のナツキ・スバルはここにいるぞ!」
煽り立てながら、スバルは手にこびりついた己の血を指ごと舐めとった。
「あはっ! あははっ……ゲホッ! カハッ……!? ば、バカなのさっ……! バカ! バカバカッ! 狂ってる! 狂ってるよさぁッ!?」
全身を襲う激痛にのたうち回りながらも、ライは血を吐く口角を歪め、スバルへ向けて罵倒を浴びせた。
「……俺がエサだって? なんだよこの味は……マヨネーズでも太刀打ちできねえじゃねえか」
己の血を味わった瞬間、肩の激痛すら吹き飛んだ。
脳内に爆発的な快楽が溢れ、全身を桁外れの力が駆け巡る。
思考は冷徹なまでに研ぎ澄まされていった。
「こ、これ……っ! 毒……ッ!? 毒だ! 毒じゃないかぁッ!! 喉が! 腹が! 胃袋が焼ける! 腐る! 溶け落ちちゃうよぉッ!?」
「無様だな。これが美食家の飯の食い方か? お前に喰わせてやる飯なんて、最初から一つもねえんだよッ!」
『暴食』の呪い――『餌食』たるナツキ・スバル。
己を貪り尽くそうとしたライを、その『餌』は全存在を懸けて拒絶した。
スバル自身には超人的な力を与えるその血肉は、ライにとっては内臓を焼き溶かす致命の猛毒と化していたのだ。
「おのれ……っ! おのれぇぇッ! ごちそうの! 極上の! 芳醇な匂いで誘い出しておいて……こんなゴミを喰わせたのかぁッ!?」
「自業自得だ。ハエらしく生ゴミにでもたかってろよ……」
「騙したな! 謀ったな! 僕達の聖なる胃袋を! 食卓を汚したんだな! 吐きそう! 吐き出しそう! でも逃がさない! 逃がすもんかぁッ!」
充血した紫紺の瞳で、地べたから怨嗟の視線を射抜くライ・バテンカイトス。
その頭上へ、スバルは躊躇なく足を振り上げ、全力で踏み降ろした。
――バギッ!!
破砕音が地下に響き、ライの額の角が根元からへし折れた。
『傲慢』の権能を繋ぎ留めていた楔が、ついに砕け散る。
「今度は、俺達が食ってやるよ。お前はただの獲物だ」
「あがぁああ!!! お、俺達の角がっ……! なんで、こんな奴に……ッ!?」
本来のスバルの脚力で鬼の角を折るなど、不可能なはずだった。
だが、己の血を口にした瞬間から、肉体を狂わせるほどの爆発的な『力』が全身を支配しているとスバルは確信していた。
「俺が直接ブチ殺してやる……!」
自力で屠る牙を、スバルは手に入れた。
踏み砕くべく叩き落とされた脚を、ライは間一髪、瞬間移動の権能で回避した。
「おええええっ! 汚物吐き出し完了なのさぁっ!」
溜め込んだ毒を嘔吐し、体制を立て直すライ。
角を折られながらもその瞳は未だ紫紺に揺らめき、スバルとの傲慢の権能は潰えていない。
『傲慢』の鎖さえ断てば、刻まれた『暴食』の呪いも解けるはずだった。
「ラムっ! 今度こそあいつから奪い返せ!」
「…………ラムは……」
ライの角が折られる瞬間を目撃したラム。
その光景は深い傷を彼女の精神に与えたかもしれないが、気づかう余裕などない。
「おい! しっかりしろ、いい加減に目ぇ覚ませ!」
スバルの怒号に、ラムの肩が跳ね上がる。
「姉様ぁッ! ぼくらの角が折られた時、レムだって『やっと折れてくれた』って歓喜したはずなのさ! 姉様はどうだったんだい!?」
「違う……! 違う、ラムは……っ!」
両手で頭を抱え、忌まわしい過去の閃光からもがくラム。スバルは奥歯を噛み締めた。
「ラム! 今はレムを守ることだけ考えろ!」
己の血をまた舐めて、更なるドーピングを脳内に打ち込むと、スバルはライへと地を蹴った。
「 さあ、殺してみなよ英雄ッ!」
──ドクン!
鎖を介し、ライが傲慢の権能の力を利用する。
毒のダメージを白い蒸気とともに急速再生させてしまった。
スバルのドーピングが『暴食』を利用しているなら、ライもまたスバルの『傲慢』を利用して強化されていた。
「くたばれぇぇッ!」
アフリカゾウすら殴り飛ばせると錯覚するほどの快楽物質が脳を焦がす。
極限を超越した筋肉が叫びを上げるが、冷徹に切り捨て、スバルは肉薄する。
「『アイスブランド・アーツ』!」
歪んだ笑みを浮かべるライは即座に氷の盾を生成した。
だが、スバルの拳が振り抜かれた瞬間、その結晶は一撃で粉々に粉砕された。
「あはッ! あははははッ! 脆い! 脆い! 脆いよ! あまりにも脆すぎるじゃないかぁッ!」
「てめぇッ!!」
空間を跳んだライがスバルの背後に現れ、その頭部を撃ち抜くような蹴りをお見舞いする。
「ぐっ……!!」
痛撃が頭蓋を揺らす。だが──無事だった。
ドーピング状態の肉体は、頑強さを誇っていた。感じたのは、苛烈な痛みだけだ。
「この一撃で決める……!」
半端な打撃は、あの白い蒸気によって即座に再生されてしまう。
勝利への唯一の道は、ライの頭部を一撃で叩き潰すことのみだった。
ライは氷の短剣を生成したが、スバルは鋭い蹴りで薙ぎ払い、踏み込みざまに拳を振りかぶる。
「あははっ! 君の愛しい、大好きな、特別なぁ……『エミリアたん』って、たったこの程度! こんな粗末な出来映えだったのさぁッ!」
「死ねッ!」
予知夢でエミリアの記憶が喰われたことも、それを盾にした揺さぶりもすべてスバルは理解している。
吐き捨てられる言葉ごと肉塊へ変えるべく、スバルは拳を叩きつける。
防御を固めたライの腕ごと、地面へ叩き潰す。
破壊音が響き、ライの右腕が凄惨にへし折れた。
「やってみろよ……! 『日食』でエミリアの姿に化けてみるか!? それで俺が止まると思ってんなら、試してみやがれッ!」
「うぐぅ……っ!」
苦悶の声を上げ、ライは再び瞬間移動で距離を取る。
戦局の主導権は完全にスバルへと傾いていた。スバルは自らの血を再び舐める。
「あははっ! 君に関わるなんて無駄無駄! 胃袋を汚すだけの泥水なんだからさぁッ! だからお片付け! 群がれ喰い散らかせ! ゴミ山に消えちゃえ! ──『ゴブリンラッシュ』ッ! 暴飲! 暴食ぅっ!」
狂気の叫びとともに現れる巨大な陣。スバルの目が驚愕に見開かれる。
その円環から溢れ出すのは、おぞましい緑色のゴブリンたちの群れだった。
狂暴な牙と爪を剥き出しにした魔獣の津波があふれ出る。
「ッ……!」
スバルは無意識に、出血の止まらない肩を抱え込んだ。
『餌食』たるナツキ・スバルの血の香り。それが魔獣たちにとって、何よりの『ごちそう』であることに気づく。餓えた眼光が一斉にスバルへと注がれ、粘りつく魔獣たちの唾液が床を汚した。
「喰い散らかされて果てるがいいさっ! ぼくらは姉様を味わうのに忙しいのさぁっ!」
「この……ゲス野郎がッ……!」
退路は完全に潰された。視界を埋め尽くす緑の群勢。
離れたところには昏倒したレムと、精神的ショックを受けたラムがいる。
庇うべき二人へ駆けつけることすら、この凶暴な群れが阻んでいた。
『餌食』たる血の匂いに狂乱するゴブリンの群れ。
アドレナリンの波が引き、喰い散らかされる恐怖がスバルの脳裏を支配する。
──多勢に無勢。囲まれたら終わりだ。
「く、くそっ……!」
絶望を塗りつぶすべく、自らの腕に嚙みつこうとした──その瞬間。
「ガアアアアアッ!!」
狂乱の暴風が巻き起こり、無数の風刃がゴブリンの群れを一瞬で肉片へと変えた。
返り血の霧の向こうには、一本角を輝かせたラムの姿がある。
その紫紺の瞳は、ライから傲慢の鎖を奪い取った証として異彩を放っていた。
「もう絶対許さない……どんな手を使ってでも、ラムは真の鬼になる」
「あははっ! あぁぁ……なんて美しく、儚く、狂おしいんだぁッ! これがボクらの最高で最悪な幕引きかぁッ!」
歓喜に落涙するライ。
角を折られた時点で、いや──鬼に立てついた時点で、この大罪司教の命運はすでに潰えていたのかもしれない。
スバルは傲慢の鎖を通じ、己の全存在をラムの力として差し出す覚悟を固める。
「待ってたぜ……ッ!」
「細切れになって朽ちなさい」
「姉様……ッ、愛し────」
遺言すら許されない。詠唱も予兆もない不可視の風の刃が、ライ・バテンカイトスを襲う。
暴食の身体は切り刻まれ、等しいサイコロ状の肉片となって床へ散らばった。
圧倒的な力による勝利に安堵しかけたスバルだったが──ラムの悲痛な叫びが、その思考を切り裂いた。
「バルス! 逃げなさいっ!!」
肉塊と化したライの残骸。その中に漂う黒い不吉な結晶が、爆ぜた。
溢れ出す溢れんばかりの圧迫感とともに、中から「それ」が姿を現す。
「……ッ、お前は……!?」
顕現したのは、炎のごとき赤髪をなびかせた屈強な大男。
片目を覆う眼帯の下から、狂暴なギラつきを帯びた眼光がスバルを射抜く。
「オイオイオイ、稚魚じゃねえかオメエ! ざっけンなよ、一丁前に美味そうな匂いさせやがって!」
傲慢の予知夢にも存在しなかった謎の男だ。
鬼神と化したラムすらも戦慄させる絶望的な圧力を前に、スバルは凍り付いた。
「……っ、あ……」
ゴブリンたちの比ではない。
眼前の赤毛の男から放たれるのは、「喰われる」という原初的恐怖だ。
スバルの全身の細胞が凍りつき、指一本動かせなくなる。
「チッ……バカッ!」
硬直したスバルを庇うべく、ラムが超絶的な踏み込みで空間を飛ぶ。
だが、眼帯の男は牙を剥いた笑みを崩すことすらしない。
不敵に口角を歪め、硬直するスバルをただ冷ややかに見下ろしていた。
「あぁ? 『喰ってください』ってか、オメエ……? 稚魚らしく、死に物狂いで逃げてみろや」
敵だったら怖い人
-
アヤマツ記憶持ちスバル
-
カサネル記憶持ちロズワール
-
本編記憶持ちペテルギウス