もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公) 作:駄々我菓子
逆鱗に触れられたシリウスは、エミリアとスバルをまとめて二の字に両断せんとする勢いで、その長い金鎖を大気を切り裂く速度で振り回した。
「スバルっ!」
襲い来る死線の中で、エミリアにはスバルの身を案じて振り返るだけの余裕があった。
だが――今のスバルは、彼女の魂から強大な身体能力をフィードバックされ、限界突破の『ドーピング』状態にある。
だからこそ、スバルの紫紺の瞳には、迫り来る金鎖の凶悪な軌道が、信じられないほど鮮明に、そしてスローモーションのように見えていた。
「大丈夫だ!!」
――3メートルの垂直跳び。
この土壇場でスバルの肉体に爆発的な跳躍力が宿り、大通りを薙ぎ払うように襲い来る金鎖を見事に真上で回避した。ふと視線を上に向ければ、エミリアもまた同じように宙を舞っている。だが、彼女の跳躍はスバルよりさらに高く、天高く突き抜けるような美しさだった。
(すげぇな、やっぱりあの子は別格だ――)
そんなスバルの視線を受け止めながら、エミリアもまた、普段の彼からは想像もつかない超人的な跳躍を見せたスバルの姿に、紫紺の瞳を驚きに丸くしていた。
「はぁ!? 許せない!!! ちょこまかと、不愉快に跳ね回ってぇええ!!」
「ってこれやべえ!! 着地はどうすんだよ!!」
攻撃をかわされて完全に頭に血が上ったシリウスは、容赦なく再び鎖を激しく振り回し、空中にある二人を同時に追撃せんと襲いかかる。
「えいっ!!」
着地寸前、エミリアが空中に強固な『氷の盾』を瞬時に生成し、それでシリウスの金鎖を 真っ正面からガチリと受け止めた。シリウスを直接攻撃することはできなくても、向こうからの暴力を防ぐ盾を作るだけなら、エミリアの氷魔法は依然として有能すぎるほど有能だった。
「しゃんなろぉおおお!!!」
垂直跳びの最高点から地面へと落下する瞬間、スバルは勢いのまま、前転の要領で石畳の上を激しく転がって肉体への負担を巧みに減らした。もしそのまま愚直に着地していたら、足の骨が綺麗にへし折れていただろう。
こう見えて、ナツキ・スバルは元の世界での体力テストにおいて、男子高校生の平均値を大きく上回る数値を叩き出していた。とはいえ、学校の中で威張れるほどの大した数値でもないと自覚していたが、今のドーピング状態にあるなら、その元々の素質の高さがありがたかった。
この身体強化は、跳躍を可能にした筋力の上昇だけでなく、スバルの脳内の処理速度や反応速度をも劇的に引き上げていた。シリウスの金鎖が描く凶悪な軌道を見切り、さらにはどのタイミングでどう転がれば衝撃を殺せるか、そのビジョンが明確に見えていたのだ。
「でも、一番強化されてほしい肝心な所に、全く自信がねえんだよ……っ!」
「スバル!! 離れて!!」
氷の盾でシリウスの猛攻を防ぎ続けるエミリアだったが、無力なはずのスバルに気を配りながらの戦闘は、さすがに骨が折れそうだった。
スバルはエミリアの指示に従い、すぐに地を這うように駆け出して彼女から距離を取る。走りながら、スバルは先ほど閃いた『自分の致命的な弱点』を痛感していた。
このドーピングは、スバルの肉体の「強度(耐久力)」そのものはろくに強化してくれないのだ。
つまり、スバルは驚異的な速度や筋力を手にしてはいるが、防御力はただの不登校の高校生と大差ない。シリウスのあの凶悪な鎖や炎の攻撃が一発でも掠れば、その瞬間に文字通りのひき肉にされる。
大体、スバルのよく知る漫画やアニメの強化イベントでは、パワーアップしたキャラクターは敵の攻撃が効きにくくなる強いの肉体を手に入れ、最後には圧倒的な力で逆転するのがお約束だ。だが、この過酷な異世界はスバルにそれを許してはくれない。
まるで世界が、ナツキ・スバルに「死ぬかもしれない」という最悪のリスクだけからは、絶対に逃がしてくれないようだった。
例えばどうだ。今のスバルがこの超スピードのまま、本気でシリウスの顔面を殴りつけたとしたら――硬度の差で、間違いなくスバルの右腕の方が粉々に砕け散る。シリウスの肉体強度もエミリアと同じように、完全に超人側のそれだ。ただの人間に毛が生えた程度の今のスバルより、遥かに頑丈なのは間違いない。
「だったら――これならどうだぁ!!」
スバルは先ほどとは比較にならない神速で血の海の石畳を駆け回り、あえてシリウスへの超接近戦を試みた。
シリウスに傷を与えれば、そのダメージは負傷共有によってエミリアにも反映されてしまう。それでも、殴ることも斬ることもできない敵に対して、スバルは完璧な対処法を思いついていたのだ。
「スバルッ!! 勝手なことしないで……っ!!」
背後から、エミリアの悲痛に満ちた叫びが聞こえる。まさか、ついさっきまで怯えていたはずのスバルが、こんな大胆極まりない行動に出るとは夢にも思っていなかったのだろう。
次の瞬間、スバルはシリウスの死角――完全な背後へと回り込んでいた。さすがのシリウスも、この想定外すぎるスバルの移動速度には包帯の奥の目を驚きに剥いていた。
「ははははは!! いいですよ、いいですよ!! ごめんね!! お前ごとき醜い羽虫に、一体何ができるというのですかぁあ!!」
見下すような、あまりにも不快な笑い方。自ら飛び込んできたスバルを、ただの無力な弱者だと完全に舐めきっている。だが、その油断のまま勝手に自滅しろ、とスバルは心の中で毒づいた。
「過保護なんだよエミリア!! 俺を信じろ! ――こいつをこのまま川に投げ込んでやる!!」
「……分かったわ!! お願い!!」
エミリアは一瞬だけ躊躇したものの、もう引き返せない段階だと瞬時に悟ると、見事な判断力でスバルの思惑を汲んで動き出した。
彼女はスバルとは真逆、川とは完全に反対方向の街の奥へと全速力で走り出したのだ。一時的にスバルとは離れ離れになってしまうが、彼女の本当の目的は、シリウスとの『距離を取る』こと。
――川に投げ込まれたシリウスは、そのまま激流に流されて遠くへと引き離される。その際、もし川の中でシリウスが溺れたり、何かにぶつかって苦痛を感じたりした場合、そのダメージがエミリアに伝播してしまう可能性がある。だからこそ、エミリアはその権能の影響範囲から、大急ぎで脱出しなければならないのだ。
「なんて愚かで、底の浅い馬鹿な子供!! ごめんね! ありがと!」
「言ってろ!! 本当のバカはお前の方だよ!」
エミリアの完璧な即時行動に、スバルは心の中で右手を強く握りしめ、早くも勝利を確信した。万が一、投げ飛ばす衝撃でシリウスがまたダメージを負ったとしても、その時は俺の『魂の鎖』を利用して、さっきみたいに白い蒸気で即座に回復してくれればいい。
それにしても、本当にあの銀髪の美少女は完璧すぎる。またしてもこの脳内勝利の方程式に感謝だ。
スバルは全身の筋力を爆発させ、シリウスの包帯塗れの胴体をガシリと持ち上げた。シリウスは、なぜか思いのほか抵抗してこない。
(このクソ化け物め、今更後悔したって遅えからな!)
「――たまやぁあああ!!!」
人間の肉体というものは、地球上の他のどんな動物よりも『投げる』という動作において、最も進化し、特化した構造をしている。スバルは自分の肉体が負荷に耐えきれずに壊れてしまわないよう、絶妙な塩梅で強度を調整しながら、その腕力に全エネルギーを注ぎ込んだ。
十分だ。フィードバックされたこの超人的な力なら、シリウスの肉体をノーバウンドで遥か遠くの川のド真ん中へと突っ込ませることができる。
大量の冷たい水を浴びて、その狂い切った頭でも少しは冷やしてしまえ。
「ペテルギウス……!! 貴方に、この不遜な馬鹿を捧げるのデス……!!」
スバルが咆哮を上げ、まさにその手からシリウスの身体を空中へと解き放つ、その寸前だった。
耳元で、シリウスの不気味なほどに静かな呪詛の言葉が鼓膜へと滑り込んできた。
直後――スバルの視界のすべてが、逃げ場のないおぞましい赤紫色の炎によって、瞬時に覆い尽くされた。
「ぐっ……がああああああ!!! !?!?!?」
スバルの絶叫が、大通りを真っ赤に焼き尽くしていく。
「ごめんね! わざわざ自ら近くに来てくれて、本当にありがと! あなた、私に不用意に触れたらどうなるか――その愚鈍な頭で、一瞬でも『憤怒』に焼き尽くされる可能性を考えなかったんでしょうかァ!? ありがと!!」
その歪んだ感謝の言葉の直後、スバルの全身は爆発的な赤紫色の炎に包まれていた。
炎の温度とは、およそ800℃から、高熱なものでは2000℃の間に達するという。対して、ナツキ・スバルの平熱時の体温は36.3℃。生物として、あまりにも適応不可能な絶対的絶望の熱量だった。
燃焼――それは、スバルの人体という有機物が、激しく空気中の酸素と結びつき、熱と光を発する現象に他ならない。スバルは今、己の命そのものを燃料にして燃え盛る、一本の醜い松明と化していた。
熱さ、痛み、苦しみ、怒り、そして底なしの恐怖。すべての感情が超高熱のエネルギーへと変換され、肉体を苛んでいく。頭を抱え、のたうち回り、苦しみを体現する絶叫を上げるが、体中の水分は一瞬で干上がり、悲鳴すら空気の振動に変わる前に蒸発した。この地獄の劫火を消火するには、人間の肉体に蓄えられた水分など、あまりにも、あまりにも足りなすぎた。
「あああああああああああああッ!!!!! !?!?!?」
今すぐに、死んでしまいたかった。
意識があることが呪わしい。目の前にいるシリウスに、今すぐ、この瞬間を以てこの筆舌に尽くしがたい苦しみを終わらせてほしかった。これが、あの包帯の狂人に逆らった代償だと知っていたら、こんな無謀な賭けには絶対に手を出さなかった。この狂気的な激痛から解放してくれるのなら、今すぐ負けでいい。俺の負けでいいから、お願いだから早く終わらせてくれ、と魂の絶叫が脳内で木霊する。
「さぁ、哀れな子供に、残酷な現実を見せてあげましょう!! ありがと!!」
全身が黒い灰になりかけているスバルの肉体に、容赦なく金鎖が巻き付いた。シリウスがそれを鞭のように激しく振り回す。だが、建物や石畳に叩きつけるような慈悲はなかった。 シリウスは凄まじい遠心力を利用し、スバルの身体を遥か上空へと放り投げたのだ。
そして、空中へ舞い上がったスバルを見上げながら、包帯の怪物は満足げに指をパチンと鳴らし、勝利を宣言する。
「さぁ!! 最後に見せてあげましょう!! ええ!! 貴方に最大の感謝を、ありがと!」
シリウスが指を鳴らした瞬間、スバルの全身を蝕んでいたあの赤紫色の炎が、一瞬にして、嘘のように消え去った。自由自在に炎を生み出し、また一瞬で無へと帰す――それすらも、あの怪物の気まぐれな能力の一部なのだろう。
瀕死のスバルはすでに、全身の神経が焼き切られ、あらゆる感覚を喪失していた。今更燃やすのをやめたって、もう遅えんだよ……そんな恨み言を脳内で呟きながら、重力に従って 上空からまっさかさまに落下していく。地面が急速に近づいてくる。
いや――激突する地面よりも、もっと重要で、もっと最悪なものが、スバルの死にゆく視界に飛び込んできた。
「え……あ……っ、え……」
声が出ない。スバルの声帯は、すでに炭化して脆い灰と化していた。それでも、スバルはその両目で、ハッキリとそれを見てしまった。
――炭化し、見る影もなく燃え尽きた、エミリアの変わり果てた姿を。
見たくない、絶対に見てはならない最悪の光景を、最後の最後に無理やり見させられてしまった。炎を直前で解除したシリウスの、これが最大級の、そして最も悪趣味な嫌がらせだったのだ。
スバルは思い知る。自分が燃やされ、絶望的なダメージを受ければどうなるか。その『痛み』も『負傷』も、シリウスの権能によって、そっくりそのままエミリアへと共有されるのだ。シリウスとは、そういう性質の敵だったのだ。
油断していたのは、シリウスなんかじゃない。他でもない、ナツキ・スバルの側だったのだ。目覚めたばかりのチート能力に舞い上がり、異世界に来て早々、自分が格好良く活躍する未来の姿を、どこかで勝手に期待してしまっていた。
その独りよがりな慢心の結末が、これだ。エミリアを焼き尽くし、自分が体感したあのこの世の地獄のような激痛をそのまま彼女に与え、殺してしまったのだ。
それでも、まだ、脳の片隅でかすかに『魂の鎖』の繋がりだけは感じていたから。
まだ、エミリアには微かな息が、魂の残滓があるのだと、それだけは分かって。分かって、しまって……。
――ドシャリ、と肉塊の落ちる鈍い音が響いた。
ナツキ・スバルの身体は、大量の民衆が虐殺され、ぶちまけられた、冷たい血の海の一部へと同化していった。
やり直せるなら報われてほしい方
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オボレルラム
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カサネルオットー