リゼロキャラ達がIFルートや本編の記憶を持って初期地点に逆行してきた件(主人公:スバル) 作:駄々我菓子
静かな朝の食卓には、ふかし芋の湯気が立ち昇っている。
ラムが皿を置きながら、いつものクールな視線をこちらに向けてきた。
「ほらバルス……。食べなさい、残したら承知しないわよ?」
口調は鋭いが、皿の丁寧な起き方には、彼女の気遣いが滲んでいる。
「ありがた感謝でいただきます」
両手を合わせて、食材と二人に感謝を念じる。
隣に座るレムは、少しうつむきがちにふかし芋を見つめていた。手が微かに震えている。
「……スバル君、あの……」
言葉を選ぶように一度口を閉じ、それから意を決したように顔を上げる。
「昨晩、何があったんですか?現実に戻らなければいけないのに、スバル君も姉様も様子がおかしいです・・・」
不安げな瞳がスバルを捉える。縋るような、でもそれを表に出すまいとする硬い声だった。
ラムはそんなレムの様子を横目で一瞥すると、静かに、しかしきっぱりと言う。
「レム。心配しすぎ。……ラムは、ちゃんと考えてる。現実に戻る方法だって、ラムなりに手は打ってるんだから」
芋を一つ手に取り、皮を剥きながら続ける。
「今バルスに必要なのは、余計なことに気を揉むことじゃない。……普通に、ここでの時間を過ごすこと。それだけでいいの」
そう言って、剥いた芋をスバルの皿にそっと置いた。詳しい計画については、何一つ語る気配はない。
「レム……。俺は絶好調だから心配いらないよ。…………うん!今日も絶妙な塩加減で美味!」
ふかし芋は熱々だが、勢いよく齧った方がおいしいのだ。
それでも、となりからは強いレムの視線を感じていた。
「絶好調、ですか・・・・。でも、」
レムは小さく呟いた後、自分の芋に手を伸ばすが、すぐに口に運ばない。
言葉を続けようとして、隣のラムをちらりと窺っていた。
ラムは、頬杖を突きながら、スバルの勢いの良い食べっぷりを眺めている。
「塩加減が良いのは当り前よ・・・・。誰だと思っているの?」
そして、頬杖をついたままレムの方に顔を向けた。
「レム、あなたも辛気臭い顔してないで、ちゃんと食べなさい」
「そうだぜ・・・・。こんな絶品は、熱いうちに食った方が良いからな」
スバルも、レムに優し気に頷く。すると、彼女は一瞬だけ表情を緩めてくれた。
けれどすぐに、気になっていたことを抑えきれなくなったように、隣のラムへと向き直った。
「あの……姉様。現実に戻る方法を考えている、と仰っていましたが……それは、どんな……」
芋を持つ手を止め、身を乗り出すようにして尋ねる。
「私も、知りたいです。何か手伝えることがあるなら……ちゃんと、力になりたいので」
不安と期待が入り混じった真剣な眼差しを、姉に向け続けた。
ラムは芋を頬張ったまま、少しの間だけ視線を宙に漂わせる。それから、ことさら軽い調子で肩をすくめた。
「今は言えないわ」
きっぱりとした声だった。
「ただこれだけは言えるわ。レムも、バルスも、今はただこの時間を普通に過ごしなさい。この時間と場所が、私達には最も必要なのよ」
ラムのその言葉に、スバルは静かに頷いた。その反応にレムは目を見開く。
「そうだな。そうしてみよう」
「どうしてです!?スバル君なら黙っていられないはずです!」
半ば縋るような、半ば問い詰めるような声で、身を乗り出してきた。
「…………」
そう言われても、何も言い返せなかった。
レムは、返事の返ってこないスバルの様子に、ますます表情を不安にさせた。
「スバル君・・・・?」
レムの声は震えていて、その視線も重い。それでも、何も返せないまま沈黙が続いてしまう。
「やっぱりおかしいです・・・・スバル君、どうしてしまったんですか?」
「いや、俺は・・・」
これ以上沈黙を続けるのはまずい。そろそろ流石に焦り出す。
「レム」
黙っていたラムが、レムの様子が行き過ぎる前に静かに口を挟んだ。
「そこまでにしなさい。バルスにも、そういう時期があるわ」
「…………でも」
ラムは芋を置き、レムの手にそっと自分の手を重ねた。
「大丈夫、ラムがちゃんと見てるから」
レムが静かになると、今度は視線をスバルの方に移した。
「・・・・バルス、手が止まっているわよ。冷めてしまうわ」
何を言ってくるか、鼓動が激しくなっていたが、発された言葉はそれだけだった。
☆☆☆☆☆
この朝食から、7日間が過ぎた。
外はいつもと変わらない、馬鹿みたいに明るい真っ昼間。
ラムが、森に出て平屋はスバルとレムの二人だけになっていた。
そして、今スバルは彼女に胸倉を掴まれて、壁に押し付けられている。
レムの手には、いつもの遠慮がちな力とは違う、抑えきれない激情が滲んでいた。胸倉を掴む指先が白くなるほど強く、壁に押し付けられたスバルの顔を、涙の滲んだ瞳で睨みつける。
「……いい加減にしてください」
声は震えていたが、そこにはこれまでにない鋭さがあった。
「この一週間、ずっと見てました。ぼうっと座って、姉様が用意したものをただ受け取って、何も考えずに笑って……。まるで、この家にある家具みたいに」
言葉を吐き出すごとに、握る手に力がこもっている。
「レムが知ってるスバル君は、そんな人じゃありません。どんなに絶望的な状況でも、諦めないで、無茶をしてでも前に進もうとする人のはずです。それなのに……」
声が掠れ、一瞬詰まる。それでも無理やり続けた。
「現実に戻らなきゃいけないのに、戻ろうとする素振りすら、もう……見せてくれない。姉様の言うことに、ただ頷いて。私にも、何も言ってくれない」
涙が一筋、頬を伝い落ちる。それを拭う余裕もなく、レムはスバルの目を真っ直ぐに見つめ続けた。
「教えてください。……スバル君は、もう……限界なんですか? それとも……」
言葉が続かず、代わりに掴む手が小さく震えた。
「限界なんかじゃないよ。俺はこの7日間で、むしろ心が休まった。でも、その姿がレムを苦しめていたのなら、悪かったよ」
強く胸倉を掴まれながらも、一切抵抗せず、力も入れずに答えた。
そして、この言葉は演技ではなく、嘘偽りのない本音だった。
自分が何をしても、状況は良くならず、ラムの計画の邪魔になってしまうと思っていた。そして、何もしなかったら悪い事は起こらずに、心が休まったのだ。
そして、レムがこの姿を見て苦しんでいるのも分かっていた。
それでも、一緒に時を過ごすだけで、スバルは確かに今まで向き合ってこれなかった感情を見つけていた。
レムの瞳が、大きく揺れた。掴まれていた胸倉から、ふっと力が抜けていく。
「心が、休まった・・・?」
呆然と繰り返す声。それから、堰を切ったように感情が溢れ出す。
「休んでいる場合じゃありません!現実に戻らないといけないのに、どうしてしまったんですか!!姉様が解決する方法を思いついているというのに、スバル君は聞こうともしない、考えようともしない・・・!」
レムは声が裏返りそうになりながらも、畳みかけてくる。
「分かりません・・・!もう諦めてしまったんですか!?レムの英雄は、どこに行ってしまったんですか?」
握りしめた手が、今度は縋るような力に変わる。突き放すためではなく、繋ぎ止めるための力に。
「ごめん・・・」
「聞きたいのはそんな言葉じゃありません・・・」
レムは、スバルの顔を必死に睨みつけ、本当の気持ちを探ろうとしてくる。
でも、この謝罪はスバルの本音だった。
スバルは、レムの英雄になったことがない。それは、レムの中にしか存在しない別の世界線の記憶なのだから。
「諦めてるわけじゃない・・・。ラムの計画があるから、その邪魔をしないようにしてるんだ」
レムは、その言葉に一瞬、動きを止めた。掴む手の力がわずかに緩む。
「……邪魔を、しないため……?」
呟くように繰り返しながら、その瞳は判断がつかずに揺れていた。
「何もしないことは、姉様の計画の邪魔をしないことになります・・・・。でも、それはスバル君らしくありません」
「俺らしく・・・?俺の何を分かったみたいに・・・・」
スバルは、そこで言葉を中断した。
感情的になって、激高するのはもうすでにやった。それはもうしないと決めたのだ。
「ごめんなさい……。そういう意味じゃ……いえ、違います、そういう意味でした……」
スバルの感情が爆発しかけたことに気づいたのか、レムは少し俯いた。それでも手はスバルから離せずにいた。
「レムは……ただ、怖いんです。このまま、何も変わらないまま、時間だけが過ぎていくのが」
その彼女を心からの不安を聞いて、スバルは心臓に深い痛みを覚えた。
今は、彼女の手が胸に触れているため自分で押さえることはできない。
スバルもずっと怖かった。最初は、この夢の世界に閉じ込められていることに耐えられず、必死に現実の世界に戻ろうとした。
でも、今はレムとは真逆の気持ちを抱いている。
「俺は、この7日間で、ようやく見つけたんだ」
スバルのその言葉にピンと来ていないレムに、真っすぐの視線を送って続ける。
感情が高鳴り、痛みを覚えた心臓から熱いものが込み上げてくる。
「俺達は、ラムの計画で必ず現実に戻るよ。・・・・・・でも、俺はここが好きだ」
レムは、その言葉の意味を飲み込むのに、しばらく時間がかかった。
「……好き……?」
呆然と呟き、スバルの胸に触れたままの手が、小さく震える。
「スバル君が……ここを……レムたちを……」
言葉を最後まで紡げず、瞳が大きく見開かれる。レムは、新しいスバルの気持ちにようやく気が付いたようだった。
「現実に戻らなきゃいけないって、ちゃんと分かってて……。それでも、ここが好きだって……」
信じられない、というように首を振る。けれどそれは否定ではなく、受け止めきれない驚きだった。
「レムは、てっきり……スバル君が壊れてしまった、諦めてしまったんだと……。そう思って、怖くて……」
胸に触れた手のひらから伝わる鼓動が、嘘ではないことを彼女に教える。レムの瞳から、今度は違う種類の涙が溢れ始めた。
「本当に……? 本当に、レムたちのことを……」
レムは、手をスバルの心臓に深く押し付ける。確かめるように、消えてしまわないように。
「あぁ。俺はレムとラムが好きだよ。俺が何もできなくても見捨てないラムが好きで、俺なんかに期待してくれるレムが好きだ。・・・・・ここに居ていいんだって思える、この場所が好きなんだ」
流れる涙を、もう隠すことはできない。
「レムもラムも、本当に優しくて素敵な人だ・・・・・。だから、出会えてよかった。一緒に暮らせて、幸せなんだ」
レムは、スバルの頬を伝う涙を見つめながら、言葉を失っていた。
一度目をつぶり、何かを悟ったようにまた開いた。
「ずっと・・・スバル君の中にレムの英雄を探していました。どんな絶望でも諦めずに、助けてくれる人を・・・。スバル君にはその記憶がないのに、傲慢に重ねていたんです」
そして、涙が止まらないままその薄青の瞳は真っすぐにスバルを見つめた。
「スバル君は、その記憶がなくても・・・・レムを好きになってくれた」
レムの表情には、喜びと、戸惑いと、それだけでは言い表せない何かが入り混じっている。
スバルは、静かに頷いて、この気持ちを肯定する。
「レムは、スバル君を愛しています・・・。あなたはただの家族でも、恩人でもありません」
胸に添えられた手にまた力が込められる。まるで、この鼓動そのものを奪おうとするように。
「――運命の人、なんだと思います」
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