もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から初期地点に帰ってきたら(スバル主人公)   作:駄々我菓子

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早くラムのところまで行きたい 


徽章は捨てられない

 スバルは、弾かれたように目を覚ました。

 目を開けると、視界に飛び込んできたのは、見覚えのある八百屋の店構えと、ついさっき時分を乱暴に追い出したはずの店主の顔だった。

 

「よう兄ちゃん。当店に何か用かい?」

 

「…………っ」

 

 言葉が出ない。

 一瞬前まで、スバルはあの包帯の怪物――シリウスに全身を焼き尽くされ、上空へと放り投げられ、潰れたトマトのように石畳へと落下して、確実に命を落としたはずだった。

 だが、今のスバルの肉体は完全に無傷。肌を焼く絶対零度の拒絶感も、骨まで消し炭にするようなあの凄惨な熱さも、すべてが嘘のように消え去っている。

 これでは、まるで――。

 

「全部……ただの、夢だったって言うのか?」

 

 額からじっとりと滲み出る、不快極まりない冷や汗。スバルは震える手の甲でそれを拭い、必死に現状を咀嚼しようと脳細胞をフル回転させた。

 あの脳の血管が千切れそうになるほどの激痛、最愛の少女を自らの慢心で焼き殺してしまったあの絶望的な喪失感。それらすべてが、ただの脳が見せた幻覚だったというのか。いや、感覚のすべてがリアルすぎた。今なおスバルの魂は、あの地獄の恐怖にガタガタと震え、苦しめられている。

 

 そもそも、もしこれが夢だとして、一体どこからどこまでが『夢』だったというのだ。

 

「……ま、待てよ。これって、エミリアやシリウスが言っていた、あの『夢』と関係があるのか……?」

 

 エミリアも、そしてシリウスも、出会い頭に「未来の夢を見ていた」と口にしていた。もし、自分が今しがた体験したあの壮絶な惨劇も、これからこの世界で起こる確定した最悪の未来――『予知夢』の類なのだとしたら。

 

「……あの、おっちゃん。訊きたいんだけど、俺と会うのって、今が本当に初めてか?」

 

 八百屋の店主は、スバルに対してまるで初対面の不審者に接するような、警戒の混じった声をかけてきた。もしも、あの地獄の時間が現実と地続きで、今の自分が時間を遡っているのだとしたら、店主の反応は「また来たのか」になるはずだ。

 

「あぁん? なんだ兄ちゃん、新手の詐欺か? 悪いが、ウチには一文無しのガキにくれてやる物なんざ何一つねえよ。ほら、用がないならとっとと帰った帰った!」

 

 シッシッと手を振って厄介払いしてくる店主の、見事なまでに原作通りのテンプレートな反応。

 その態度を見て、スバルの胸中に、確信とも諦めともつかない戦慄がじわりと広がっていった。

 

 おっちゃんは、俺のことを覚えていない。ということは、やっぱり俺は――あの大惨劇を『予知夢』として、これから起こる一歩手前の時間で経験したのだ。

 

 

 

 

 

 

△△△△

 

 

 

 

 

 スバルは雑踏のなか、大通りを早足で歩きながら必死に思考を巡らせた。

 あの八百屋の前に戻ったということは、そこがこの異世界におけるスバルの初期位置なのだ。つまり、異世界召喚されてからシリウスに惨殺されるまでの数十分間が、丸ごと脳内で再生された『夢』だったということになる。

 

「いや、ただの夢じゃねえ。あれはこれから起こる最悪の未来の『予知夢』だ。」

 

 これまでに得た情報を整理する。エミリアの見た夢では、スバルが何者かに殺されたらしいが、具体的な時間軸や状況は不明。シリウスの見た夢では、スバルが『ペテルギウス』という知り合いを殺したらしいが、これも場所や時期は分からない。そしてスバル自身は、ほんの数十分後に自分とエミリアが包帯の怪物に焼き殺される最悪の未来を見た。

 

「……エミリア」

 

 まだこの世界のエミリアが殺されていないのなら、今すぐにでも会いたい。だが、大通りで大声を上げれば、あのシリウスに見つかるリスクがある。この世界でエミリアが健在であるように、あの包帯の狂人もまた、この街のどこかを徘徊してスバルを探しているはずなのだ。

 そして、3人分の『予知夢』の内容がこれほど食い違っているという事実は、ひとつの仮説を導き出していた。全員が、それぞれ「別々の世界線の未来」を予知夢として見ている可能性が高い。

 

 それは、つまり――。

 

「未来は変えられるってことだよな……っ」

 

 未来が分岐しているのなら、最悪の死を回避することだってできるはずだ。だが、前の世界線でエミリアも言っていた。「予知夢は奇跡であり、二度目は起こらないかもしれない」と。つまり、スバルにはもう、シリウスに殺されて検証し直すような命の余裕はないのだ。

 さっきは能力に目覚めて調子に乗りすぎた。スバルが余計な色気を出して突っ込んでいかなければ、エミリアと共にシリウスの手から逃げ延びられたかもしれないのだ。だから、これからは徹底的に消極的に行く。あんな全身を焼かれる苦痛を味わうのは、たったの一度で十分だ。現に、あのトラウマのせいで今晩ぐっすり眠れるかどうかも怪しい。

 

「とにかく、まずはシリウスと遭遇したあの川沿いの場所から離れないと……」

 

 スバルは前回とは違う方向へ足を進めた。トンチンカンがいた路地裏に行けば、エミリアと再会できる可能性は高そうだったが、それをやるとまたエミリアが過剰防衛で彼らを氷漬けにしてしまうかもしれない。あの3人組に義理なんてこれっぽっちもないが、わざわざ彼らが死ぬと分かっていて同じルートを辿る意味はない。

 今やるべきことは、シリウスの警戒網から遠ざかりつつ、安全な場所でエミリアを探すことだ。そう考えていた、その時。

 

「――スバル!!」

 

「おおっ!!! !??」

 

 背後から響いた聞き慣れた高い声音と同時に、凄まじい勢いで何者かが背中に飛びついてきた。その力強さにスバルは思わず前のめりに倒れそうになる。だが、背中に伝わる柔らかい体温と涼やかな香りで、それが「幸せの奇跡」であることは瞬時に理解できた。

 

「スバル!! 生きてる……っ、生きてるのね!! ――って、え? スバル、泣いてるの……!?」

 

 再会を喜び、必死になって自分を探し出してくれたエミリアの顔は、変わらず眩しいほどに美しかった。けれど、今度の再会はスバルの側だって同じくらい喜び、感動していたのだ。

 

「エミリア……っ、ああ、また会えて良かった。本当に良かった……っ」

 

 涙を流しながら安堵するスバルの言葉に、エミリアは紫紺の瞳を丸くして驚いていた。

 

「そう! 私はエミリアよ。良かった……私、スバルが私の名前を覚えてくれてるなんて、すごーく、すごーく嬉しい!」

 

 感激のあまり、今度はエミリアの方が顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。スバルは、今目の前にあるこのささやかな幸せを、今度こそ誰にも壊させてなるものかと強く決意した。すぐに袖で涙を拭い、真剣な表情で行動に移る。

 

「エミリア、積もる話は後だ。早くここから逃げるぞ……あのシリウスに見つかる前に、早く!」

 

 突然、緊迫した目つきに変わったスバルに、手を引かれたエミリアは困惑したように小首を傾げた。

 

「ええ? ちょっと、すごーくよく分からないんだけど……シリウスさんって、一体誰のこと……?」

 

「……は?」

 

 エミリアのあまりにも的外れな反応に、スバルの脳がフリーズした。覚えていない? どういうことだ。

 

「何言ってるんだよ、あの全身包帯女の化け物だよ……! 名前を忘れちまうくらい怖かったのは分かるけど、アイツはマジでヤバいんだ。俺も今すぐこの街からズラかりたい!」

 

「う~ん。スバル、私、そんな包帯を巻いた女の人なんて知らないんだけど……。それって、スバルの夢に出てきた人なの……?」

 

「あ……っ?」

 

 エミリアの怪訝そうな表情を見て、スバルは冷水を浴びせられたような衝撃と共に、ある決定的な事実に気づく。

 あのシリウスに惨殺される予知夢を経験したのは、他ならぬナツキ・スバルただ一人であり、目の前のエミリアはその未来を一切共有していないのだ。

 

「待て……落ち着け、一回冷静になれ俺の脳細胞……! エミリア、じゃあ君の言う『夢』では、俺たちはこの後どうなるんだよ?」

 

「……ええとね。確かこの後、私はフェルトっていう女の子に大切な『徽章』を盗まれちゃうの。それで、それを取り戻すためにスバルと一緒に頑張って……最終的に、エルザっていうすごーく怖い女の人と戦うのよ……」

 

 エミリアは記憶を丁寧に手繰り寄せるように、こめかみに細い指先を当てながらゆっくりと言葉を紡いだ。

 だが――その口から飛び出した情報は、スバルの脳細胞が最も歓迎しない、最悪の不協和音だった。

 

「は……? 何……何言ってんだよ、お前……?」

 

 決定的な情報の食い違い。

 フェルト、徽章、エルザ、怖い女。――何一つとして、スバルの知るタイムラインに存在しない単語ばかりだ。

 そもそも、そんな見知らぬ奴らに出会うより遥か手前で、俺たちはあの包帯の怪物に焼き殺されるんだぜ……!?

 

 

「あ!! ちょっと待ってくれ、エミリア!」

 

 スバルが咀嚼しきれていない様子を察して、もう一度分かりやすく噛み砕こうとしたエミリアの言葉を、スバルは突き出した右手で遮った。

 恐怖と焦燥の限界値の中で、スバルの脳細胞がまたしても悍ましい推論の火花を散らしていた。

 

 未来が、世界線が、決定的に狂い始めた原因――それは間違いなく、あのシリウス・ロマネコンティの存在だ。あの化け物は「ペテルギウスがスバルに殺される予知夢」を見たからこそ、今この瞬間、この街にスバルを殺害しに現れた。

 だが、あいつがその夢を見たタイミングはいつだ?

 エミリアが今この瞬間にスバルを探しに走ってきたのと同じ。いや、思い返せば、スバルがこの世界に召喚されたまさにその瞬間、大通りの数人が何か長い夢から覚めたように唖然とフリーズしていたはずだ。確か、あの八百屋の店主も一瞬だけ呆然としていた。だが、あの店主は目覚めた後、スバルに対して完全に初対面の対応をとった。つまり、八百屋の店主が見た夢は「スバルとの関わりがない別次元の何か」か、あるいは記憶に残らない程度の些細な幻覚だったのか。

 

 だとしたら、シリウスが予知夢を見たタイミングはいつになる?

 あいつは魔女教の大罪司教だ。本来ならこんな大通りに堂々と居座っているはずがない。つまり、エミリアの予知夢に登場しなかったシリウスは、スバルを確実に抹殺するために、わざわざ別の場所からこの街へと急速に移動してきたのだ。

 あいつはさっき、自らをここに導いた『運命の導きに感謝する』と言っていた。そして、その際に禍々しい『黒い本』を太陽へと掲げていた。

 偶然この近くに潜伏していたのか、それともあの不気味な本に導かれてこの街に滑り込んできたのか。どちらにせよ、あの狂人が凄惨な能力を引っ提げて、今もこの街のどこかでスバルを血眼になって探しているという事実だけが、冷酷に横たわっている。

 

 だとするなら、導き出される結論は一つだ。エミリアの持つ『徽章泥棒やエルザと戦う夢』よりも、スバルがたった今経験した『シリウスに焼き殺される夢』の方が、より直近に迫った**最新の未来情報**だということ。

 どれほど深く考察を巡らせたところで、生身の高校生にできることなどたかが知れている。今はこの底なしの思考の泥沼から這い上がり、全力で生存ルートを模索するしかない。

 

「……エミリア。俺は、お前とは違う『予知夢』を見てる。……俺の夢の中じゃ、俺とお前は、今からすぐに殺されるんだ」

 

 スバルは血の気の引いた顔で、ひどく深刻な声を絞り出した。会話が噛み合わず、このまま立ち話で時間を浪費することだけが何よりも恐ろしかった。一刻の猶予もないのだ。

 

「……そうなのね。大丈夫だから、すごーく落ち着いて話していいのよ?」

 

 恐怖に顔を歪ませ、見るからに尋常ではない醜態を晒すスバルを拒絶することなく、エミリアは優しくその背中に手を添えて、ゆっくりとなだめるように摩ってくれた。まずはスバルの言葉をすべて受け止めようとしてくれるその誠実さが、今のスバルには涙が出るほど有り難かった。

 

「俺は……俺は召喚されてすぐに殺されたから、この世界のことなんて、お前のことくらいしか何も知らないんだ。だけど、もしあれが本当にただの『夢』だったんだとしたら、それは奇跡だ。だって俺は、この後あいつに殺されずに済むかもしれないんだから……っ!」

 

「ええ、そうよ。スバル」

 

 エミリアは、包み込むような穏やかな表情で深く頷いた。

 そうだ。エミリアも前の世界線で、予知夢の中でスバルが死んだことに絶望し、目の前で生きている現実を「奇跡だ」と涙を流していた。今のスバルが抱く感動と、全く同じ熱量の感情を彼女も抱いていたのだ。この手の中に転がり込んできた二度目の奇跡を、絶対にドブに捨てるわけにはいかない。

 

「俺が今、こうしてエミリアの名前を知ってるのは、エミリアが夢の中で命がけで俺を助けてくれたからなんだよ」

 

「……ごめんね。ちょっと、どういうことか分からないわ」

 

 パニックのままにまくしたてた説明は、あまりにも支離滅裂で、ややこしすぎた。恐怖で奥歯がガタガタと震え、唇がうまく回らない。肝心な時に、いつもの無駄に回るベロがロクに機能してくれない己の不甲斐なさに、猛烈な呪わしさが込み上げる。

 

「つまり! 俺の見た予知夢の方が、エミリアの夢よりも新しくて、最悪な情報ってことだよ! ……お前は言ったよな、俺が誰かに殺されるって。でも、今のままじゃその未来に辿り着くことすらできねえ。俺たちは今すぐ、この後すぐにあの包帯の化け物に見つかって、またあの地獄の業火で焼き殺されるんだよ……っ!!」

 

 自らの口で最悪の結末をなぞるうちに、全身の防衛本能が恐怖で悲鳴を上げた。

 今、この瞬間も、自分たちを肉塊に変えようと徘徊している狂人が同じ街にいる。そう想像しただけで、脳が恐怖で焼き切れそうだった。スバルは頭を激しく掻きむしり、その場にがっくりと膝をついて激しく震えた。

 

「――分かったわ。スバル、私、全部信じる」

 

「え……っ?」

 

 絶望に伏せるスバルの頭上から、鈴を転がしたような澄んだ声が降ってきた。

 今の自分には、他人に理解してもらえるようなまともな説明ができた自覚など微塵もない。ただ、体験した凄惨な恐怖をそのまま汚物のように吐き出しただけだ。それなのに、この銀髪の少女は、一切の疑いを持たずに肯いたというのか。

 

 

「その包帯女っていう悪い人が、スバルを狙っているのよね?……本当に……許せないわ」

 

 スバルの想像以上に、エミリアの理解は早すぎた。

 恐怖をただ汚物のように吐き出しただけのような、あの支離滅裂な説明。それなのに彼女はすべての情報を疑いなく信じ、次の瞬間には、その原因であるシリウスに対して明確な敵対心を滾らせていた。それはまるで、不要な思考をすべて引き算で削ぎ落とし、ただ目の前の危機を排除するためだけに未来へ進もうとする、どこか歪な決然さだった。

 

「待て……エミリア。そんな奴と関わっちゃダメだ! 逃げるんだよ、今すぐに!」

 

 理解が早いのは有り難いが、その結果としてシリウスに敵対されては一番困るのだ。あんな理不尽な怪物、戦って勝てるわけがない。スバルはそれを、文字通り死を以て身に染まされたばかりなのだから。

 

「でも、その悪い人がこの近くにいるんでしょう? だったら、なおさら放っておけないわ」

 

「え……? は……?」

 

 エミリアは覚悟を固めたように、両の手をきつく握りしめた。

 スバルはその場から立ち上がることすらできない。俺の言葉はすぐに信じてくれたのに、どうして「逃げよう」という提案には同意してくれないのか。

 何を……なんで? なんで分かってくれないんだよ。

 

「やめろ!! やめろよエミリア、今すぐここから逃げるんだ! あいつは『シリウス・ロマネコンティ』だぞ! 魔女教の大罪司教――『憤怒』って名乗ってたんだ!! あんな奴に勝てるわけねえだろ! 俺たちは、あいつに見つかったその時点で確実に殺されるんだ!!」

 

 スバルは膝の震えを無理やり抑えて立ち上がり、声を荒げてまくしたてた。その悲痛な叫びを聞いたエミリアの顔に、今度は驚愕の色が走る。何か、その名前に心当たりでもあったのだろうか。

 

「魔女教……。魔女教ね。本当に、すごーく危険だわ。本当に本当に放っておけない。そんな危ない人たちがこの街にいるって分かっているなら、なおさらよ」

 

「はぁ!? おいおいおい、勘弁してくれよ!!」

 

 必死に危険性を説明しているのに、一向に伝わらない。その激しい憤りで、スバルの視界がまたしても涙でぐしゃぐしゃに濡れ始めた。そんな自分が情けなくて、ウザったくて、両手の甲で雑に涙を拭い去り、なおもエミリアに詰め寄る。

 すると、そんな醜態を晒すスバルの身体を、エミリアは包み込むように優しく抱きしめた。

 

「落ち着いて、スバル。私はね、この街の人たちの中だったら、すごーく強い方だと思うの。だから……強い人が、みんなを守らなくちゃダメでしょ?」

 

 ――ああ、そうか。仕方ないよな。

 エミリアはまだ、あの包帯の化け物に直接会ったことがないのだ。だから、まだ戦える余地がある、なんとかなるって勘違いしちまうんだ。この致命的な思い違いは、エミリアのせいじゃない。スバルの圧倒的な説明不足のせいだ。

 今こそ落ち着いて、理詰めで説得しなきゃならない。強者が弱者を守るだと? そんな生温い綺麗事、あのシリウスには絶対に通用しないんだと、理解させなきゃならない。

 

「もう……頼むから分かってくれよ……っ! あいつは、近づいただけでまず頭がおかしくなって、身動きが取れなくなるんだ! それから、あいつの近くにいる奴が誰か一人でも傷つけられたら、その場にいる全員にその負傷がそっくりそのまま『共有』されて、全員一瞬で殺されちまうんだよ! 誰にも、防ぐことなんてできやしない! 目が合っただけでおしまいみたいな、そんな奴なんだ……っ!」

 

 エミリアの肩に必死にしがみつき、涙ながらに言葉を重ねる。

 

「たとえ、あいつに見つからずに背後から完璧な不意打ちを食らわせても、あいつに運よく攻撃が通ってもダメなんだ! あいつに傷を与えたら、攻撃した側のこっちも全く同じ傷を負うんだよ……! 本当に、どうしようもないクソ敵なんだ……!」

 

 悔しいが、認めるしかなかった。一度目の世界線で、スバルの身体に目覚めたあのチート能力、傲慢の権能である『魂の鎖』の全能感をもってしても、あのシリウス・ロマネコンティと再戦するなんて絶対に御免だった。あの場での最善手は、良くて全力の逃亡。とにかく、あいつとは絶対に出会ってはいけないのだ。

 

「そこまで話してくれて……ありがとう、スバル。なら、私から一つだけ、お願いがあるの」

 

「な……うん、何だよ」

 

 分かってくれたのか。その安堵から、スバルは彼女の次の言葉を待った。しかし――。

 

「誰でもいいから、この街にいる衛兵さんを探して、その人に『ラインハルト』っていう人を呼んできてって伝えて……。スバルにすごーく重大な仕事を任せちゃって、ごめんね。でもね、それが今の私の頭で思いつく、一番の最善策なの……」

 

 ――何を、言ってるんだ。

 

 想定していた話と、決定的に違っていた。そんな突き放すような言葉が聞きたかったわけじゃない。

 

「うっ……――ッ!!」

 

 スバルは、自分を抱きしめていたエミリアの肩を、両手で激しく突き飛ばした。

 ガンガンと割れるようにうるさい頭を両手で抱え込み、とうとう、限界まで溜め込んでいた感情が爆発する。

 

「何言ってんだよ!! 今すぐ二人で逃げるって言ってるだろ!! その『ラインハルト』って奴が誰だか知らねえが、そいつに一体何ができるって言うんだよ!! なんでそんなこと言い出すんだ! それじゃまるで……俺に一人で呼びに行けって、お前は残ってあいつを食い止めるって言ってるようなもんだろ!! ふざけんじゃねえよ!! お前は、何にも分かってねえ!!」

 

 もっと言葉を選んで、冷静に説得すべきだとは分かっていた。けれど、逆流する恐怖と憤りを、今のスバルにはどうしても抑え込むことができなかった。

 エミリアって、こんなにも頑固で人の話を聞かない奴だったのか。なんで、なんでそこまでして、俺と一緒に逃げようとしてくれないんだよ。

 

 スバルに乱暴に突き飛ばされ、エミリアは一瞬だけ驚いたように紫紺の瞳を見開いた。けれど、すぐに押し寄せる動揺を理性でねじ伏せるように、またしても静かで、酷く落ち着いた表情へと戻っていった。

 

 

「やめろ、やめてくれ。逃げるんだ。……っていうか、逆に何で逃げないんだよ!? 俺の見た予知夢じゃ、お前は俺と一緒に逃げようとしてくれただろ!?」

 

 叫ぶスバルは、まるで自分が世界一正しい正論を吐いていて、エミリアがその真逆の暴論を言っているかのような、奇妙なディベート大会の渦中にいる気分だった。

 スバルの記憶にあるあの血の路地裏では、エミリアはすべてを投げ打ってでもスバルの手を取り、どこまでも逃げて世界を冒険すると誓ってくれたはずだ。それなのに、いま目の前にいる彼女はなぜか頑なにその場を動こうとしない。何を考えているんだ。

 

「私は――この国の王になりたいの」

 

「え……?」

 

 エミリアはひどく落ち着いた口調でそう告げると、服のポケットから、精巧な宝石の嵌め込まれた一枚の徽章を取り出した。

 スバルにもハッキリと見覚えがある、あの高そうなバッジ。スバルの予知夢の中では、彼女が自ら未練を断ち切るように路地裏の壁際にそっと捨て去ったはずの、あの徽章だ。

 だが、いま目の前のエミリアは、まるでそれが自分の命のすべてであるかのように、愛おしそうに、そして固い決意を込めてその徽章を握りしめている。

 

 

やり直せるなら報われてほしい方

  • オボレルラム
  • カサネルオットー
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