リゼロキャラ達がIFルートや本編の記憶を持って初期地点に逆行してきた件(主人公:スバル) 作:駄々我菓子
失敗した。スバルは、憤怒の極みに達せられていなかった。
適応能力のない、憤怒の精神汚染などガラクタにすぎない。
目の前には、傲慢の極みに達したラインハルトとラムの戦いが始まっている。
エミリアは、激突するラムとラインハルトの間に飛び込もうとして、足を止めた。二人の動きが速すぎて、割って入る隙がない。
「やめて、二人とも! ラム、ラインハルト! お願い、話を聞いて!」
声は届かない。焦りに揺れる瞳が、ふとスバルの横顔に向いた。
「スバル、どうしたの……? さっきから、顔が、遠くを見てるみたい……」
レムは鉄球を握ったまま、姉の背中から目を離せずにいた。足が、前へ出かける。
それでも、歯を食いしばってスバルの隣に踏みとどまる。
「姉様……。レムは、ここを離れません。姉様が稼いでくれる時間を、無駄にはできませんから」
その手は、かすかに震えていた。
戦況は、圧倒的にラムの劣勢だった。
彼女には攻撃の意思が感じられない。ラインハルトの剣技を、風魔法と身のこなしで裁き続けるのに専念しているように見えた。
「レム・・・・・っ!逃げなさい!」
ラムの叫び声に、レムはビクッと身を震わせた。
2人の戦闘にはとても入っていけそうになかったが、いつでも入ろうと準備していたようだ。
だが、姉の魂の指示が耳に入ると、頭を強く振って覚悟を決めたようだ。
レムさえ生きていれば、スバルが死ぬ事は無い。
「声をかけるとは!随分と余裕のようだね!」
ラインハルトはさらに、ラムを追い詰める。
振り下ろされた剣はなんとか防いだものの、前蹴りが鋭く突き刺さっていた。
レムは唇を噛みしめ、鉄球を腰に収めた。姉の背中を見つめたまま拳を強く握る。
「……姉様。レムは、姉様の指示に従います」
振り返り、スバルの顔を真っ直ぐに見上げた。
「スバル君。レムは必ず、スバル君を死なせません。だから、生きていてください。レムは、必ず戻ります」
涙を拭い、レムは屋敷の奥へ駆け出していった。
その背中を見送ったエミリアは、きゅっと拳を握りしめ、ラムのほうへ踏み出した。
「ラム、私も戦う! あなたには、聞かなきゃいけないことがあるの。あの夢のこと、スバルのこと。その答えを聞くまでは、勝手に倒れるなんて許さないから!」
足元に、冷たい魔力が広がっていく。迷いは、もうなかった。
それぞれ動き出した二人を眺めながら、スバルは思考する。
なぜだ。なぜ憤怒の極みに達せられない?
自分に憤怒の精神汚染をかけるところまではできた。
あのシリウスの時と、何が違う・・・・?
ラインハルトの鋭い斬撃が、ラムの足を切り裂く。
すぐに、体制が崩れた。
「ぐっ・・・・!!」
「この戦いに意味はない!それは、意味のない怪我ですよ」
片膝をついたラムが立ち上がる前に、上からラインハルトの右腕が振り下ろされた。
その一撃を食らえば、戦闘不能になるのは避けられない。
だが、ラムは左腕でそれを迎え撃つと、力をそのまま利用して一回転するように投げた。
叩き潰そうとしたラインハルトが、逆に宙を舞う。
「舐めすぎよ・・・・!」
「私もいるから!」
すぐに、体制を立て直したラインハルトの背後からエミリアが現れる。
巨大な氷の金槌を振りかぶり、轟音とともに振り下ろされた。
ラインハルトは半身でそれを躱し、砕けたのは氷のほうだった。細かな破片が、きらきらと床に散る。
「ラインハルト、どいて! ラムには、聞かなきゃいけないことがあるの!」
エミリアは叫び、もう一度生成した金槌を構え直す。
ラインハルトは剣を横に寝かせ、静かに告げた。
「エミリア様、お下がりください。あなたを斬るつもりはありません。ですが、これも天命です。道を塞ぐのなら、気絶していただきます」
その声に、迷いも殺気もない。ただ、最強の者の確信だけがあった。
「スバル!ここに居る誰にも、私の思いは負けてないから!」
エミリアは強引にスバルから傲慢の権能によって、力を引き出す。
この場でまだその方法を使うのは、極みに達せられていないエミリアだけだ。
ドクン!ドクン!ドクン!
失う物など何もない。だから、痛くない。
「エミリア様!このただの時間稼ぎに意味はありますか!?」
ラインハルトが、エミリアの首を掴もうとする。
だが、次の瞬間。エミリアの影から大量の氷のエミリアたちが出現した。
「なっ・・・!!!」
ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!ドクン!
「どうして!どうして!・・・・・私、全然納得なんてしてないもの!」
もう後がない覚悟が見えた。
どれだけ、スバルの正気を使い潰そうとも、躊躇がない覚悟が見えた。
エミリアが傲慢の権能で、スバルを食いつぶす。
失う物など何もない。だから、痛くない。
10体の氷のエミリアは、それぞれが氷の魔法を使役する。
最強のラインハルトに時間を使わせるには、これまでにないほどの効果だ。
スバルは、エミリアの進化を目の当たりにしていた。
だが、稼いだ時間でラムがスバルのところに戻って来る。
ラムは脚から血を流したまま、スバルの胸倉を掴み上げた。
「エミリア様が、バルスの正気を削ってまで戦っているのよ。それを眺めて、まだ痛くないなんて言うつもり?」
その瞳は、ラインハルトに向けた皮肉の冷たさとは違う。本物の怒りだった。
「怒りなさい、バルス。ラムの怒りを、あなた自身の痛みとして受け取るの。逃げずに、全部よ。その覚悟があるなら、ラムが道を開いてあげる」
その言葉を聞いて、スバルの目が見開いた。
ラムは額の角を揺らし、紅色に輝く瞳でスバルを真っ直ぐに見据えた。
「ええ、覗きなさい。ラムの怒りは、隠すつもりがないわ」
胸倉を掴んでいた手から、ふっと力が抜ける。
「分かっているわよ・・・・この後に及んで、怖いのでしょう?痛みを思い出すのが」
スバルは、ラムの冷酷な視線から、自分に対する失望を感じ取ってしまった。
バレている。見透かされている。スバルすら気づいていない自分の本心まで。
「こ、怖くねえし!怖くない!今更、怖いものなんかねえ!やってやる!」
なぜか、スバルは以前のようにみっともなくそう叫んでいた。
ラムは一瞬だけ目を丸くして、それから口元をわずかに緩めた。
「……ようやく、バルスの顔になったわね。みっともなくて、騒がしくて。それでいいのよ。その調子で、ラムの怒りを受け止めなさい」
ちゃんとやれば。スバルは生き残れる。
もう一度、ラムの頁の導きを実行するために、自らに憤怒の精神汚染をかけた。
ダメだ。適応が始まらない。
視界はまた赤く染まったが、今度はエミリアとラインハルトの戦闘を見つめたまま、体が動き出しもしなかった。
「そう・・・・やっぱり、バルスは弱いのね」
ラムのその言葉に何の反応もできない。唇を噛み切ることすらできない。
でもなぜか、彼女にはこの結果も見えていたかのように驚いていなかった。
「・・・・・・・・・・・」
生き延びる以外のすべては失ったはずだ。どうして、今更こんなこともできないんだ。
ラムの憤怒を理解することの、何が怖いんだ。
ラムはスバルを見下ろし、ふっと冷たく笑った。
「安心なさい、バルス。怖くて自分で決められないなら、ラムが決めさせてあげる。嫌でも怒りたくなる景色を、すぐに見せてあげるわ」
踵を返す直前、小さく吐き捨てる。
「弱い男ほど、扱いやすいものはないわね。……吐き気がするほど」
その背中は、血を流しながら、ラインハルトのもとへ戻っていった。
分かった。ラムが余裕そうに笑う理由が分かってしまった。
この場で、彼女だけが知っている。スバルの死に戻りも。
何があっても、失敗しても、何度でもやり直せるスイッチを、彼女は持っているのだ。
恐ろしい。だから、信じられないんだ。だから、白黒なんだ。
認める。怖いよ。お前がどうしようもなく怖い。もう顔も見たくないくらい怖い。
死に戻りを悟ったお前が何を考えているかなんて、それだけは目を逸らしていたいんだ。
いいや、実際は大したことないのかもしれない。白黒の奴が自分をどう思ってたってどうでもいいだろ?
この白黒を治療しなければ、人生のやりなおしは始まらない。だから、生き延びないと。
だったら尚更、こんなことに、怯えてはいられない。
「失礼!エミリア様!強引にやらせていただきます!」
ラインハルトのその大声で、スバルの意識は戦闘に戻った。
次の瞬間、氷のエミリアたちに囲まれたラインハルトは、龍剣を投擲した。
グサァアアア!!!
それは、鋭くエミリアの本体に突き刺さった。
「うぅっ・・・・・!!」
エミリアは地面に倒れこんだ。氷のエミリアたちは気にせず、ラインハルトと戦い続ける。
でも、本体のエミリアはもう氷の人形を作り出す余裕はなくなった。
ラインハルトの一振りで、周囲の氷たちは砕け散る。
そして、直後に背後から全力の鬼が強襲した。
もう、彼は龍剣を手放している。
周囲全方位から、風の斬撃が襲い掛かった。
「すべて無意味です!あなたも失礼!!」
全身をズタズタに引き裂かれながら、ラインハルトは正確にラムの桃色の髪を掴んだ。
激しい音がして、地面に叩きつけられる。
無敵状態の床は、その威力を緩和することなく、彼女に与えてしまった。
「ぐっ・・・・!!」
無抵抗になったラムを、今度は蹴りが襲い掛かった。
廊下の壁に何度も跳ね返りながら、彼女は吹き飛んでいく。
飛ばされた先で、ラムはすぐに立ち上がることができなくなっていた。
ここまでやられて、それを見たまま。憤怒の精神汚染は動き出そうとしなかった。
声も出すことができない。
失う物など何もない。だから、痛くない。
ドクン!ドクン!ドクン!
傲慢の権能で、傷を癒したエミリアが立ち上がる。
「待って!ラインハルト!」
また氷のエミリア達を出現させて、ラインハルトに迫っていく。
それでも、ラインハルトはエミリアを無視してラムの方に瞬間移動した。
待て、やめろラインハルト。まってくれ。動け、!どうして動かないんだこの体は!
「僕の見た予知夢で、この厄介な角はありませんでした。ここで折られるのも、天命なのかな・・・?」
ラインハルトは、壁によしかかったまま立ち上がれないラムに向かって手を振り下ろした。
ズガァッ!!
鋭い音がして、手刀は角が生えている皮膚ごと削り取った。
「うっ・・・!」
この世界で、またラムは角を折られたのだ。
「大人しくしていてください。これ以上の僕達の戦闘に意味はありません。あなたの命は、奪う必要がない」
負けた・・・。傲慢の極みに達した二人の戦いは、完全に終わった。
「待ってッ!!!」
そして、ラインハルトは氷のエミリア達に囲まれる前に、一瞬で姿を消した。
レムを殺しに行ったのだろう。
おしまいだ。これで、レムが殺されれば。次はスバルの番だ。
今回のループでの敗北が確定する。でも、次なんてあるのか?
また前みたいに、リスタート地点が手遅れだったら、どうなる?
失う物など何もない。だから、痛くない。
☆☆☆☆☆
最強が、いなくなったこの場で、角を折られたラムに待っているのは衰弱死の運命だ。
命の灯が少しずつ弱くなっていく。
傲慢の極みに達したラムは、神脳を手に入れた代わりに、以前のように傲慢の権能で回復することはできない。
今の彼女に、マナを補給する手段がないのだ。
敗北したラムは、地面を這うようにスバルに近づいてきた。
その姿に、憤怒の精神汚染は微動だにしない。全く動き出さなかった。
殺される。今回は失敗だ、やり直しスイッチを押しに来るぞ。
失う物など何もない。だから、痛くない。
だが、スバルに辿り着くまでに、弱弱しいラムをエミリアが持ち上げた。
衰弱死寸前の瀕死のラムを全く配慮していない強引さで、エミリアは壁に押し付けた。
「教えて!!死ぬ前に教えて!なんで、あの時、スバルを殺したの!?」
その叫びには、渾身の憎しみが籠っていた。
スバルにも理解できる。同じ憤怒の予知夢を見たエミリアの、核心的な問いだった。
ずっと、これを聞くタイミングを我慢していたのかもしれない。
壁に押しつけられたラムは、軽く血を吐き出した。
それでも、血を拭おうともせず、唇の端だけで笑う。
「必死ね、エミリア様・・・。感情で動くから、聞きたい答えごと死なせてしまうのよ」
「・・・・・っあなたは!!」
「ラムをバルスのところに連れて行きなさい・・・・。選んで。バルスを殺すか、生かすか・・・・」
その会話はスバルにも聞こえている。ラムは最後に自分に何を伝えるつもりなのか。
時間がない。レムがこの瞬間も危険だ。それでも、ラムは不敵な笑みを崩さない。
エミリアの指が、ゆっくりと緩んだ。
「……運ぶだけだから。答えを聞くまでは、絶対に死なせない」
立ち尽くす憤怒の精神汚染。
エミリアに支えられながら、ラムがまたその手が届くところにやってきた。
血だらけの手が、スバルの首にそっと添えられる。
「何をするつもりっ!」
エミリアが至近距離で、ラムを睨みつけたが、一切動じない。
憤怒の精神汚染は動かない。
スバルは、首に触れられた感覚をはっきりと感じている。
失う物など何もない。だから、痛くない。
ラムは弱々しく、けれど確かな力で、スバルの首筋に指を食い込ませた。
「痛くても、怖くても、諦めなければ、ラムが必ず救うわ。だから、何があっても、必ず帰ってきなさい」
血の匂いの混じった吐息が、耳元で揺れる。
「何度つまずいても、ラムはバルスを見捨てない。……それだけは、覚えておきなさい」
そこで、ラムの声が一段、低く冷たくなった。
「弱いままでいいのよ、バルス。でも、強がりを続けるのなら、ラムはあなたを捨てるわ」
失う物など何もない。だか・・・・・・・・・・。
それだけは嫌だ。捨てられたくない。
もし、その傲慢に輝く紅の瞳から自分が捨てられたら。
もう、生きていくことなどできない。
認めるしかない。どれだけ強がっても、白黒に見えていたとしても。
嫌われていても、憎まれていても、利用されていたとしても、食い物にされていたとしても何でもいい。
ただ、自分を見ていてほしかったのだ。
「・・・・・・スバル?」
エミリアの紫紺の瞳が驚愕に見開いた。
あの一日目の王都での時と、立場が逆転する。
スバルは憤怒の極みに達し、赤い瞳の輝きを手に入れた。
心の奥底から、激痛が全身に響く。
ラムの憤怒が、魂から伝わってきた。
失ってはいけないものがたくさんある。失うのが、誤ってしまうのが恐ろしい。
そこには、レムだけではなく、エミリアとスバルもちゃんと含まれていて。
それを脅かす敵を、絶対に許さない。
濁った赤い瞳は、輝きだす。
レムを殺そうとするあの男を、許さない。バルスを殺そうとするこの私を、許さない。
憤怒の極みは動き出し、その導きを実行するまで、もう止まりはしない。
ラムは指先をスバルの首に添えたまま、口元だけでふっと笑った。
「心の内がバレるなんて、屈辱だわ・・・・・・・でも、許してあげる」
恐ろしい。これから自分がどんな怪物になってしまうのかが。
きっと、この手でラインハルトを殺してしまうだろう。
失いたくない。ラインハルトを殺したくない。
今だけは、痛みが感じられる今だけは、スバルも痛みを思い出している。
「好きなだけ、壊しなさい。何があっても、味方でいてあげるから」
憤怒の極みは、適応を開始した。