もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公)   作:ああ

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ナツキスバルは無意識に傲慢の権能の代償に苦しむ

「魔女教は、すごーく悪くて危険な人たち。この国の人々をこれまで何度も、大量に殺してきた大悪党よ。その悪党がこの街にいるって分かっていて、自分だけが安全な場所へ逃げることなんて、私にはできないわ」

 

 石畳の上へ無様にへたり込んだスバルとは対照的に、エミリアは背筋を伸ばし、立ったまま堂々とそう言い放った。スバルは、弱々しく彼女を見上げることしかできない。

 

「なんでだよ……。なんでそんな、無茶なこと……」

 

「私は、王になりたいの。だから……すごーくごめんね、スバル」

 

 何だ、その一切の迷いがない決意に満ちた瞳は。

 王になるだって? そんな夢、前の世界線じゃ一言も聞いてない。スバルの予知夢でのエミリアは、国も立場も全部ポイして、俺と一緒に逃げ出してくれるはずだっただろ――。

 

「あ……っ!?」

 

 その瞬間、スバルの脳裏に雷が落ちた。ようやく、すべての辻褄が繋がった。

 あの予知夢の世界線で、エミリアは不本意にも、自分の制御しきれない魔法で路地裏の3人組を殺してしまったのだ。だからこそ、彼女は王になる資格を自ら剥奪し、夢を諦めた。

 だが、今のエミリアはまだ誰も殺していない。トンチンカンを氷漬けにする最悪の初動を踏んでいないのだ。だから、彼女の心の中では、まだ「王になる道」が綺麗に残ったまま途切れていない。これもまた、未来が分岐した結果だった。

 

 王になりたいと本気で決意し、大衆を背負おうとするほどの誠実な人間が、人を殺した罪から無責任に逃げるはずがない。もし本来のエミリアが事件を起こせば、事故だったとしても自ら進んで自首を選ぶだろう。

 それでもあの夢のエミリアが、自首すら拒んで「ずるくて最低な悪い子」になる道を選んだのは、他でもない――ナツキ・スバルをこの世界で一人ぼっちにしないため。彼女が王の夢を切り捨ててまで選んでくれた、最大級の自己犠牲だったのだ。

 

 そしてそれと同じように、今の世界線のエミリアは、王になる道を諦めないがゆえに、自分が殺される危険性を犠牲にしてでも魔女教と戦おうとしている。スバルがどれほどシリウスの凶悪な能力を語り、恐怖を説いても、彼女の決意のスタンスは一ミリも揺らがない。目的のために、他の何かを犠牲にする覚悟が、彼女の根底にはあるのだ。

 

「……俺を、一人にしないでくれ」

 

 自分が最低で、おそろしくずるい男だと自覚しながらも、スバルは決定的な懇願を口にした。

 

「このままお前を行かせたら……エミリアは、確実に殺される。あいつは化け物なんだ。お願いだから……行かないでくれよ……」

 

 夢の中で、俺を一人にしないために王になる道を捨ててくれたのなら、もう一度、今ここでその選択を取ってはくれないか。それは、彼女の優しさを人質にとった、強制的な脅迫に他ならなかった。それでも、あの地獄の業火が待つシリウスの元へだけは、死んでも向かわせるわけにはいかなかったのだ。

 

「スバル……。スバルの言葉通りなら、私とスバルが出会った時間って、まだほんのちょびっとだけのはずよね? それなのに、スバルがそこまで私のことを大切に想ってくれているのは、どうして?」

 

 エミリアの声音は、どこまでも穏やかで、静かだった。

 スバルの必死の叫びに決して揺さぶられていないという、あまりにも残酷な現実が、スバルの胸を容赦なく切り裂いていく。

 

「君が……君が、俺を助けてくれたから……」

 

 スバルはへたり込んだまま頭を抱え、地面の石畳を見つめながら、消え入りそうな声で絞り出した。

 エミリアの顔を見上げることすらできない。まっすぐ目を見て伝えたところで、今の彼女には決して分かってもらえないと、自分の中で白旗を上げて認めてしまっていたからだ。

 

「ありがとう、スバル。私、この瞬間のために、きっとあの予知夢を見たんだわ」

 

 不意に、エミリアの声に、これまでとは比較にならないほど熱い、剥き出しの感情が籠められた。

 絶望のあまり耳を塞ぐ準備をしていたスバルだったが、そのあまりの熱量に、思考が強制的に中断される。

 

「へ……っ?」

 

「私ね、その夢の中で、スバルと一緒に逃げようって思ったり……それがもし無理なら、一緒に死んであげてもいいって、本気でそう思ったの」

 

 エミリアの紡ぐ言葉から、どうしても耳が離せない。一言も聞き逃してはならないという本能的な直感に突き動かされ、スバルはゆっくりと顔を上げ、エミリアの瞳を見た。

視線が交錯する。

 そこにあったのは、冷酷な拒絶などでは断じてなかった。エミリアは、泣き出しそうなほど優しげな、あまりにも愛おしそうな色をその紫紺の瞳に宿して、スバルへ向けて真っ直ぐに微笑んでいた。

 

「そしてね……その夢の中で私は、スバルにすごーく拒絶されちゃって。あわててすぐに追いかけたのだけれど、間に合わなくて……スバルは私の目の前で、殺されちゃってたの。そのあと、私はスバルを殺した人を、取り返しのつかない力で……殺してしまったわ」

 

 ぽつり、ぽつりと、決して誰にも明かすはずのなかった悲痛な予知夢の内容を、エミリアは洗いざらいスバルに語ってくれた。

 

「……っ、俺が、お前を拒絶するわけないだろ。謝るよ、本当にごめん。きっと何かの間違いだ。そんな最悪な予知夢通りのことなんて、俺はこれから絶対にしない。絶対にだ!」

 

 彼女の夢のなかで自分が犯したという拒絶の罪を、必死に言葉で打ち消そうとする。

 

「だけど……すげー驚いたし、正直、不謹慎だけど嬉しいよ。夢の中のお前が、俺と一緒に死んでくれるって本気で思ってくれてたなんてさ。そりゃあ傑作だ……。もしそんな最高のご褒美みたいな死が許されるのなら、それに越したことはねえよ。あの化け物に焼き殺されるより、よっぽどいい。……でも、今は、もうそうは思ってないんだろ?」

 

 否定してほしかった。そんなスバルの甘えを透き通らせるように、またしてもスバルはエミリアの目を見ていられなくなる。

 このまま置いていかれ、彼女が目の前からいなくなってしまうくらいなら、いっそ「今ここで一緒に死んでくれ」と縋り付きたいとすら思ってしまう。

 

「うん。今は、一緒に死んであげられないの。すごーく、すごーくごめんね」

 

 エミリアはスバルの視線を待つように、静かに、けれど明確に告げた。

 

「でも、信じて。私は絶対に負けない。だからスバルも、絶対に生きて……また会いましょう」

 

「え……エミリア!」

 

 決定的な拒絶の一言に、スバルの心の中で何かが木っ端微塵にへし折られる音が響いた。

 だが、そう告げたエミリアの横顔があまりにも、胸が苦しくなるほどに格好良くて。そんな彼女の前でいつまでもメソメソとへたり込んでいる自分の情けなさに、とうとう耐え切れなくなったスバルは、泥を払うようにしてようやくその場に立ち上がった。

 

 もうこれ以上、この少女に情けない姿だけは見せたくなかった。男のプライドが、ちっぽけな虚勢が、恐怖をねじ伏せてスバルの背中を押し上げる。

 

「……チクショウ、分かったよ! 分かったぜ! 俺がその『ラインハルト』って奴を見つけ出して、全部、全部どうにかしてきてやる!」

 

 信じてみよう、と腹を括った。彼女の言う通りにやってみる。

 この見知らぬ世界で、名前しか知らない男を衛兵の網から引っ張り出すなんて、失敗する確率の方がずっと高い。それでも、今のエミリアの言葉には、スバルのハッタリを本物の覚悟へと変えるだけの、確かな熱が宿っていた。

 

「待ってろ。――俺が、必ずお前を救って見せる」

 

 スバルが魂の底からその誓いを口にした、まさにその瞬間。

 

 ――ドクンッ!!!

 

 スバルの五臓六腑が、歓喜するように激しく脈打った。

 目覚める、傲慢の権能――『魂の鎖』。

 スバルの胸の奥から伸びた見えない強固な鎖が、エミリアの魂へと一直線に突き刺さり、二人の間に爆発的な力の繋がりを再び発生させる。エミリアの超人的な身体能力の恩恵がスバルの四肢へとドクドクと流れ込み、爆発的な全能感がスバルの肉体を満たしていく。

 

 もう、迷わない。この繋がりがある限り、彼女が生きていることはいつでも分かる。

 

「スバル……!? これは、何……?」

 

「俺の『権能』だよ。これを発動させている間なら、エミリアだってシリウスのあの精神汚染を完全に無視できる。……いいか、作戦はこうだ。大通りにいる民衆には、誰一人として指一本触れさせるな。それから、さっきも言った通りシリウスを直接攻撃するのも絶対にダメだ。もし万が一、傷を負わされたら、俺とのこの『繋がり』を強く意識して、回復するんだ。あいつを無力化する方法はただ一つ、氷の中に閉じ込めること。閉じ込めた後も、決して気を緩めずに魔法を発動し続けて、ずっと中から凍らせ続けるんだ!」

 

 スバルが早口でまくしたてる無理難題なミッションを、エミリアは一言も聞き漏らさないよう、真剣極まりない表情で聞いていた。

 あまりにも過酷で、一歩間違えれば即座に全滅しかねない防衛戦。だが、すべてを聞き終えたエミリアの瞳に、怯えや妥協の色彩は一切浮かばなかった。

 

「――時間稼ぎね。すごーくよく分かったわ」

 

「頼むぜ。もしも攻撃を食らったら、躊躇なく俺の力を引き出して回復に回せよ。俺の側には痛みの反動も回数制限もないんだから、出し惜しみなんてするなよ!」

 

「うん。……でも、スバル。あなた、その目が――」

 

 シリウスの凶悪な能力や作戦の過酷さには一切動じなかったエミリアが、その瞬間、スバルの顔を見て息を呑み、激しく動揺した。

 能力が再起動したことで、スバルの両目は再び、元の濁った三白眼から、エミリアのそれと全く同じ鮮やかな紫紺の瞳へと変貌を遂げていたのだ。

 

「これについては……っ、全部の片付けが終わった後にしようぜ。今は一分一秒が惜しいだろ?」

 

 散々ふざけた現実逃避をしてきたくせに、ここにきてスバルの側が最も建設的で、冷徹な大人の対応をしてみせる。

 それが、これ以上自分を引き止めさせないための、ずるくて必死なスバルのハッタリなのだと察したのだろう。エミリアは幾度か瞬きをし、無理やりその困惑を脳内から追い出すように強く首を振った。

 

「そうね……。スバルのその目、本当ならすごーくすごーく見過ごせない重大なことだけれど……。分かったわ。全部解決したら、その時は絶対に、ちゃーんと説明してもらうんだからね!」

 

 無理やり自分を納得させるようにそう言い放ったエミリアに、スバルは赤くなった頬を緩めて、力強く肯いた。

 

「ああ、約束だ! どうにかしてやろうぜ、俺とお前で―!」

 

 別れの一幕として、スバルは自らの右手を真っ直ぐに差し出した。

 エミリアはその手の上に、自らの白い、しかし温かい手のひらをそっと重ね合わせ、強く頷く。

 

「ええ。――きっと、うまくいくわ!」

 

 パチ、と小さな火花が散るような確かな魂の誓いを残し、二人は別々の方向へと、一度も振り返ることなく全速力で走り出した。

 

 

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