もしも、リゼロキャラがIFルートまたは本編から帰ってきたら(スバル主人公) 作:ああ
『魂の鎖』によって肉体に強制的な駆動をかけられたスバルは、燃え盛るような熱量を帯びて、この広い街の路地を高速で駆け回った。
地面が民衆で埋め尽くされている時は、建物の垂直な壁へと躊躇なく足をかけ、重力を置き去りにするように屋上へと駆け上がる。屋根から屋根へと飛び移るショートカットなど、スバルの素の身体能力では絶対に不可能な荒業の連続だったが、恐怖を感じる暇さえ今のスバルにはなかった。
すでに、街を巡回していたと思われる3人の衛兵には、「ラインハルトを連れて川沿いの橋へ向かってくれ」と伝えることができた。3人のうち、誰か一人でも早く『ラインハルト』と合流し、このメッセージが届くことに賭けるしかない。
「ここまでは超スムーズにいったなっ……!」
ドンくさい自分にしては上出来すぎる滑り出しだ。トラブルらしいトラブルも起きていない。これが俗に言う火事場の馬鹿力というやつなのか?
――いや、違う。やめろ。自分を甘やかすな。エミリアはこんなスバルとは違って、今この瞬間も、あのおぞましい化物相手に命懸けの時間稼ぎをしてくれているんだ。自分を褒めている暇があるなら、次にできる最善の一手を考えろ。
「ラインハルトォオオ!!!!! いないか!!! ラインハルトォオオ!!!」
スバルに思いついた次の手段は、数少ない特技(?)である大声を張り上げながら街を暴れ回ることだった。心なしか、魂の鎖による強化は大声の『声量』にも適用されているようで、鼓膜を震わせる咆哮となって街に響き渡る。
行き交う民衆たちが、スバルに向けて奇怪の目や冷たい蔑みの視線を投げかけてくるが、そんなものは知ったことか。
向こうから見つけてくれるのなら、これに越したことはない。あの、エミリアが「彼なら」と全幅の信頼を寄せるほどの男だ。絶対に、理不尽なくらい強いに決まっている。
「ラインハルトォ!!! 頼むから――ぶぁっ!?」
馬鹿の一つ覚えのように奇行を続けていたスバルの体が、路地裏の暗がりから飛び出してきた『何か』に捕らえられた。
それは、物理法則を完全に無視して、自分の質量そのものを空間に強制固定されたかのような絶対的な怪力だった。ドーピングによって弾丸さながらの速度で走っていたスバルの運動エネルギーを、その手は寸分のブレもなく一瞬でゼロにしてみせたのだ。
「おお……おおお……お前が……っ?」
「スバル!! ……また会えたね!」
視界が水平を取り戻した瞬間、スバルはこの男が件の『ラインハルト』だと本能で確信した。
ひときわ目を引くのは、燃えるように鮮やかな赤毛の短髪。そして、すべての悪を射抜くような気高さと、見る者を無条件で包み込むような優しさを湛えた、澄み渡るような空色の瞳。
「ラインハルト……! なんで、俺の名前を……?」
「そうだ。僕が剣聖ラインハルトだよ。……スバル、その様子だと、僕たちの出会いはこの世界線では『初対面』なのかな?」
スバルの大声が功を奏し、頼んだ衛兵たちよりも早くラインハルト本人と合流できたことは文字通りの大金星だった。だが、ラインハルトが返した言葉の響きに、スバルの勘が不穏な引っかかりを覚える。
「あぁ、俺からしたら完全に初対面だ。でも、ラインハルトが俺を知ってるってことは、もしかして……お前もエミリアと同じ『未来の夢』で、俺に会ってるってことなのか?」
「……うん。僕とスバルは、未来でかけがえのない親友になっていたよ」
剣聖、英雄、絶対的な強者、そして非の打ち所のない超イケメン。
スバルの中で膨れ上がっていたラインハルトへのイメージは、そんな完璧な『ヒーロー』だった。それゆえに、そんな雲の上の存在から初対面で「親友」などという言葉が飛び出してきたことには、少なからず腑に落ちない座りの悪さがある。
だが、ラインハルトもエミリア同様、予知夢を見た重要人物のリストに加わったことは確実だった。
スバルは表情を引き締め、真剣な眼差しでラインハルトに向き合う。彼の全身から漂う頼もしいオーラが、スバルの震える心を力強く支えてくれる気がした。
「ラインハルト。頼みがある。川沿いの橋のところに、魔女教大罪司教――『憤怒』のシリウス・ロマネコンティっていうバケモノが出た。今、エミリアが命懸けで時間稼ぎをしてくれている。だから、頼む……お前の力を貸してくれ!!」
うまくいってくれ。どんな悪党だろうが、その圧倒的な力で、理不尽にねじ伏せてくれ。
そこにスバルの活躍なんて一ミリもいらない。どんな引き立て役でも、無力に指をくわえて見ているだけの役立たずでも構わない。スバルとエミリアが、生きて明日を迎えられるならそれ以上は何も望まない。だからこそ、今ここで、この絶対的強者の力が欲しいんだ。
「――なんだとっ!?」
だが、スバルの熱い期待を裏切るように、ラインハルトの反応は驚愕に激しく揺れていた。
美しい空色の瞳が酷く見開かれ、その端正な顔立ちが、瞬時にこの最悪な運命を呪うような険しい表情へと変貌する。
冷静さを欠いたその表情を間近で見て、スバルの胸中にあった絶対的な安心感が、ガラス細工のように脆く崩れ去っていく。いや、敵が大罪司教だ、驚くくらい人間として当然の反応だ。何事にも動じない無敵のマシーンであれなんて、そんな傲慢な期待は持っちゃいねえ。持っちゃいない、はずなのに。
「スバル……っ! フェルト様を……フェルト様を、知らないかっ!?」
次の瞬間、ラインハルトが取った仕草と叫びは、スバルの思考を完全にフリーズさせた。
ラインハルトはスバルの両肩を、まるで壊れやすい骨組みにでも縋り付くような悲壮さで強く掴み、必死の形相で問いかけてきたのだ。
「え……? フェ、ルト……?」
そう言えば、エミリアが言っていた。彼女の予知夢の中で、徽章を盗み出したという少女の名前だ。それがどうして、今ここで。
「そ……そんな……っ。スバル……っ、すまない。本当に、すまないが……僕は今すぐ、フェルト様を探し出さなければいけないんだ。魔女教大罪司教が動いているというのなら、なおさら……!」
スバルの困惑した反応に、ラインハルトは絶望に突き落とされたように顔を歪め、より一層焦燥感を高めて身を震わせる。
スバルの肩を掴む『剣聖』の手は、あまりにも激しく震えていて――スバルの目には、それがひどく、頼りなく映った。
「ま……待ってくれ、行かないでくれ!!! まずは目の前の元凶を倒そうぜ!! 川沿いの橋のところだ!! まずはあのシリウスを止めないと、全部手遅れになるんだよ!!」
頼むから勘弁してくれ。そんな余裕のない、焦りきった顔をしたいのはこっちの方なのだ。
ラインハルトという男に、スバルの知らない深刻すぎる事情があるのは嫌というほど伝わってくる。だが、それはそれとして、今は本当に俺たちを助けてくれ。
しかし、ラインハルトの端正な貌には、スバルの懇願を受け入れる余地がないことが残酷なほどに漏れ出ていた。そして、ひどく申し訳なさそうな色をその瞳に浮かべる。なんでそんな顔をするんだよ。
「川沿いの橋のところなら、もう、くまなく探したんだ。……だけど、そこにはフェルト様の姿はなかった。いま僕がそこに戻っても、フェルト様には会えない……。僕は一刻も早く、フェルト様の元へ向かわなければならないんだ。――『腸狩り』の居場所も、未だに全く掴めていない。本当に、時間がないんだ。……スバル、君は『腸狩り』の行方に心当たりはないのか!?」
「は……? 誰、だよ……それ……」
スバルは奥歯をガチガチと震わせながら、激痛の走るこめかみを強く指で押さえた。
この窮地で、心の底から頼りたかった最強の人間は――自分と同じ、あるいはそれ以上に最悪の袋小路へと追い詰められ、余裕を完全に無くしていた。そんなボロボロの状況でありながら、スバルに対してさらに情報を求めて縋り付いてくる。
腸狩りだって? そんな見知らぬ奴に構っている暇が、今の俺の、エミリアのどこにあると思っているんだ。
「し……知らねえよ……誰なんだよ、そいつは……ッ!」
ここへ来て、スバルの胸の奥底からドロドロとした怒りが込み上げてきた。
思い通りに動かない理不尽な現状に対してもそうだが、余裕を失って自分に縋り付いてくるラインハルトという男への、どうしようもない憤りだ。ラインハルトが焦っているのも、スバルがパニックになっているのも、断じてどちらのせいでもない。そんなことは頭では分かっている。シリウスや、その腸狩りとかいうクソ悪党どもが地獄に叩き落とされれば、すべて解決する話なのだ。
だが、今はお互いがお互いに、持っていない救いを求め合っている。このままでは、両方の望みが同時に、最悪の形で潰える。
「うっ……おえっ……」
精神的な圧迫から、激しい吐き気を催したスバルが一歩後ろへ下がろうとした、その瞬間。
逆にラインハルトは必死の形相で距離を詰め、スバルの両肩をガシリと掴んで激しく揺さぶってきた。
バカでかいヒグマに捕まったかのような、骨がきしむほどの圧倒的な質量と圧力。エミリアのフィードバックによるドーピング状態にあるはずのスバルの身体が、ただの肉の塊のように容易く制圧されていた。
「スバル……!! 頼む、スバルの見た『夢』のことについて、僕に教えてくれ……! 何か、何か手掛かりがあるかもしれないんだ! 早くしないと……フェルト様が、あの『腸狩り』に殺されてしまう……! どうしてなんだ、一体何が狂ったんだ!!! 僕の見たあの夢では、君が……君がフェルト様を逃がしてくれたんだ!! なのに……どうして、君は何も知らないんだ……!!」
ラインハルトの青い目元が、真っ赤に充血している。
おそらくスバルより二つか三つは年上の、完成された騎士のはずなのに、その姿は迷子になったひどく幼い少年のように見えた。そしてそれが――今のスバルには、猛烈に腹立たしく、そして恐ろしかった。
「ふざ……っ、ふざけんじゃねえ!! 離せ!!! 知らねえって言ってんだろ!!」
とうとう、スバルの感情が爆発した。
泣き出したいのは、叫び出したいのはこっちのほうなのだ。現に、今すぐ大声で泣き叫んでやるが、そんなの知ったことか。
力任せにその両手を振り払おうと藻掻く。だが、超人的な強化を得ていながらなお、ラインハルトの必死の懇願を、スバルは微塵も動かすことすらできなかった。
「お前……ッ、落ち着けよ……ッ!!」
吠えたのはいいものの、眼前のラインハルトは半ば正気を逸しかけていた。
スバルを解放する気配は微塵もなく、逆に大通りからの人目を避けるようにして、スバルの身体を路地裏の暗がりへと強引に引きずり込んでいく。
「そ……そんなことは、ありえないんだ。君は……ナツキ・スバルは、完璧なはずなんだ……。僕たちの見たあの夢では、君がすべてを……」
「おい! やめろってば!! ……誰か、助け――」
悲鳴を上げようとしたスバルの口は、ラインハルトの手袋越しの無慈悲な掌によって完全に塞がれた。
そのまま、薄暗い路地裏の奥の壁際へと、抵抗する間もなく強制的に組み伏せられる。ラインハルトは目の前で深く屈み込み、その圧倒的な膂力でスバルの自由を完全に奪っていた。生物としての絶対的な強度の差。ねじ伏せられたスバルの全身は、本能的な恐怖でカチカチと身を竦ませるしかなかった。
暴力を前にして、脳が強制的に冷やされる。スバルは、無駄な抵抗を諦めた。
ラインハルトは過呼吸のように胸を激しく上下させながら、血走った瞳でスバルを睨みつけ、彼が完全に大人しくなるのをじっと待っていたようだった。
「すまない……。だけど、君だけが頼りなんだ。僕は、この奇跡を、絶対に、絶対に取りこぼすわけにはいかないんだ。スバル……スバルの見た夢のことを、話してくれ……」
ラインハルトは、ゆっくりとスバルの口元から手を離し、解放した。
スバルは激しく咳き込みながら、酸素を求めて胸を震わせ、それから、涙に濡れた怯えた目でラインハルトを見上げた。
こいつは、一体何なんだ。
エミリアは、こんな、今にも壊れそうな狂人を、この街の希望として頼りにしていたのか。
「……まず、俺は、この世界に召喚されてすぐにエミリアに出会った」
スバルは、乾いた喉から掠れた声をどうにか絞り出した。
「そして、そのほんの数分後だ。川沿いの橋のところに、あの『シリウス』っていう化け物が現れて……俺たちを、周りの民衆もまとめて全員、殺したんだ。今……今この瞬間も、エミリアが必死に命を懸けて、アイツを足止めして時間を稼いでくれてる。……俺にとっては、お前だけが、頼みの綱だったんだよ……っ」
そこまで一気に吐き出すと、スバルの目から再び大粒の涙が溢れ出し、嗚咽となって決壊した。
何か、限界まで堰き止めていた心の糸が、完全に切れてしまったのだ。
子供のように声を上げて泣きじゃくり、言葉の続きが出てこないスバルの姿を前にして、それまでの狂気的な焦燥に駆られていたラインハルトもまた、呆然と困惑したように立ち尽くし、その大きな手をただ虚空に彷徨わせるしかなかった。
「だから……ラインハルトが助けてくれないなら、俺はもうすぐに向かうよ。もうそれでいいだろ……。俺には、フェルトにも、腸狩りにも出会う未来なんて残されちゃいねえんだ。悪かったな……。お前もお前の目的のために、最後まで頑張れよ……っ」
エミリアと立てた作戦は失敗だ。でも、諦めるわけにはいかない。ラインハルトは助けてくれなかった。いや、彼を責めるのもお門違いなのだろう。このまま、こいつと押し問答を続けている時間こそが、何よりも無駄だ。
「待つんだ。……まだ話は終わっていない」
「うっ、……おい!」
立ち去ろうとしたスバルの身体を、ラインハルトはまたしても強引に掴んで引き戻し、壁際に座らせた。そして顔が触れそうなほど距離を詰め、人差し指をピシッと立てて、低く冷徹な声で語り出した。
「君は完璧なんだ。……完璧な君が、未来を取りこぼすなんてありえない。もう一度、思い出してくれないか。これで最後にする。せめてちゃんと考える素振りだけでも見せてくれないと、僕は諦めきれないんだ。本当に、君だけが頼りなんだよ。――この『剣聖』の命を懸けて、君に懇願する」
これのどこが、人に物を頼む王道の態度だ。ハッタリ抜きの、ただの恐喝の間違いだろ。
だが、逆らうという選択肢は今のスバルには許されていなかった。限界まで精神を追い詰められたラインハルトからは、あの狂人・シリウスとはまた異質の、絶対的な強者が放つ恐ろしさを感じる。
「……チッ、クソが!」
スバルは痛む頭を両手で抱え、脳細胞のすべてを絞り出すようにして、最後に全力で思考を回してみた。
「いいか!? エミリアも、俺を襲ってきたシリウスも、それぞれ『別の未来の予知夢』を見て動いてたんだよ。その二人が予知夢を変えようと動いた結果、新しく生まれた最悪の未来で、俺とエミリアはあいつに殺されたんだ。
つまり、俺の見た夢は、エミリアやシリウスの夢のさらに先にある【上書きされた最新の未来】なんだよ!!そこに、フェルトの姿はなかったよ!」
「は……? 待ってくれ、それはおかしいよ」
スバルのまくし立てる情報に、ラインハルトの思考が一瞬で固まる。
「エミリア様ととシリウスの予知夢はまだ分かる。だが、僕が見た予知夢は、君が僕の親友として、エミリア様を王にするために共に戦ってきた未来だ。それに、僕の予知夢の中には、誰かが『予知夢を見ていた記憶』なんて存在しないんだよ」
ラインハルトが突きつけてきた致命的な疑問に、今度はスバルの側が硬直した。
「は……?」
「いいかい、スバル。限られた人物のみが、それぞれ独自の予知夢を見ることができた。それが別々の世界線の未来であることは僕も分かっている。騎士団の仲間にも、別の世界線の夢を見たという人から話を聞いたからね。でも、それは全員がそれぞれ、まっさらな過去から観測した『第一の世界』の未来なんだ。……スバルの夢は違う。だって、スバルの予知夢の中には、すでに【予知夢を見て動いていたエミリア様とシリウス】が登場している。――それはおかしい。予知夢の『重複』が起きているんだ」
「あっ――!」
スバルは衝撃に目を見開いた。先ほどのエミリアとの噛み合わない会話が、激しいフラッシュバックとなって脳裏をよぎる。スバルはエミリアに言ったのだ。俺の見た夢の方が、お 前の夢よりも新しい情報なんだと。
「スバルの夢は、構造が異常なんだよ。全員がバラバラに見た夢を『第一の世界』とするなら、今僕たちがいるこの現実は、予知夢を踏まえた者たちが大量に存在する『第二の世界』だ。でも、スバルの説明だと、君は『第二の世界の予知夢』を見て、いまこの【第三の世界】にいることになってしまう!」
ラインハルトは、世界の致命的なバグを見つけたことに一筋の光明を見出したのか、その青い瞳を爛々と輝かせて真実の解明へと走り出した。だが、スバルの側にも、この歪な謎に対する明確な引っ掛かりがあった。
「そうだよ……! だから俺はエミリアに、俺の予知夢が最新の情報だって言ったんだ! 俺は最初の世界じゃ、そもそもエミリアとも初めて会ったし、予知夢なんて何も見てなかった! そこで運命に流されて、夢を見たせいで俺を殺しに来たシリウスに殺されて、死んで――。でも、それがただの夢だったんだ! 俺は、エミリアたちがやり直そうとした未来で殺されて、またここへ戻ってきた! だから、俺はその最悪な未来をやり直すんだよ!!」
まくし立てたスバルの言葉に、ラインハルトは息を呑み、完全にフリーズした。
やがて、彼はゆっくりとその場から立ち上がった。その顔からは先ほどまでの焦燥が消え失せ、底知れない戦慄が表情を支配していく。
「ありえない……。スバル。君は、本来は予知夢を見ない側の、何の影響も持たないはずの人間だ。……だとすれば、君が知っているその未来の情報は、断じて『予知夢』によるものなんかじゃない」
ラインハルトの鉄の制圧から解放され、スバルも壁に手をつきながら立ち上がる。
「なんでだよ!? 未来に起こる情報を知っていることに変わりねえだろ!?」
「第三の未来なんて、誰にも訪れないんだよ。君は夢なんて見ていない。……僕は加護によって、この世界のあらゆる『理』を観測している。断言するが、ここはまだ『第二の世界』だ。君は本来、第一の世界の予知夢を見たシリウスに、あの川沿いで一方的に殺されて終わるはずだった。だが、君はその第二の世界の『死んだ後の情報』を持って、いまここに存在している。それは……!」
スバルは息を呑んだ。
ラインハルトが口にした、世界を観測しているという謎の言葉。それは、この極限状態にあっても、決して単なる虚勢やハッタリには聞こえなかった。
「ラインハルト……だったら、その『予知夢』の正体は一体何なんだ?」
スバルは乾いた声で、世界の根幹に触れるような問いを投げかけた。
「限られた人物のみに、分岐した未来の顛末を見せる――世界そのものを対象にした、何者かの強大極まりない権能だよ。それは、間違いなく『一度だけ』発動された。そして、僕たちは今、その記憶を持って『第二の世界』を生きている。もし世界がさらに上書きされて『第三の世界』にシフトしたのだとしたら、世界の理を観測できる僕が、それに気づかないはずがないんだ」
「……じゃあ、その特定の人たちが予知夢を見たタイミングは、全員一緒なのか?」
スバルは、己の中にあった仮説を確かめるように訊ねた。
「そうだよ。世界が分岐したあの瞬間、すべて同時にね」
ラインハルトは微塵の揺らぎもなく肯定する。
「だけどさ、俺がこの世界に召喚されたまさにその瞬間、目の前にいた八百屋の店主も、確かに夢から覚めたみたいな呆然とした顔をしてたんだ。それなのに……アイツは俺に対して、完全に初対面としての対応を取ったぞ。あのおっちゃんは未来の俺の存在を忘れたのか?」
ずっと引っかかっていた、初期位置での違和感をぶつけてみる。
「いいや、彼は忘れたわけじゃない。――おそらく彼は、君が『その場に現れなかった未来』を見ていたんだよ」
ラインハルトの答える口調は、完全に理知的な落ち着きを取り戻していた。彼はその恐るべき加護によって、すでにこの世界の歪みを完全に解明しつつあった。
「俺が、あの場所に存在しなかった未来……」
それはつまり、ナツキ・スバルという人間が、そもそもこの世界に異世界召喚すらされなかった世界線。
――あり得る。むしろ、そっちの方がよっぽど自然だ。地球のしがない高校生が突如として異世界に引っ張り出されるなんてんこと自体が、そもそも何かのバグのようなものなのだから。
「だったら……だったら、俺を定義してくれよ」
スバルは、自身の存在そのものを揺るがすような、恐ろしい核心に触れている感覚に襲われていた。
「周囲の奴らが全員『予知夢』を見て動いているこの現実の中で、実際に一度殺されて、その死の記憶を完璧に持ったまま、今ここに平然と存在しているこの俺を……! 俺は何なんだ!?」
へたり込んだスバルを見下ろし、ラインハルトはその青い瞳に底知れない戦慄を湛えながら、ついに『答え』を宣告した。
「スバル。君は……予知夢なんて見ていない」
ラインハルトの、世界の理を確定させる声が路地裏に響く。
「君は――実際に一度死んで、時間を巻き戻している。それは予知夢ではない。……『死に戻り』だ」
――その言葉が、ラインハルトの唇から零れ落ちた、まさにその瞬間だった。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
直後、スバルとラインハルトを隔てる狭い路地裏の空間が、前触れもなく、不気味な音を立てて内側から漆黒に裂けた。
どっち派?
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レム
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