「そこは如何ですか?何人かで住むには丁度いいと思ったのですが」
「さっすがリンさん!ここ住みやすい!」
ここはD.U.のシラトリ区。
最近連邦生徒会に雇われて、やってきたのはそこのビル。建物の名前は確か【連邦生徒会政治研究センタービル】で、私の所属は政治研究センターと言ったかな。
「それなら良かったです。あなたの才能を買ったのは他でもなく、生徒という括りでの政治的自立と改革を促すための組織ですから……働きは期待していますよ」
「そりゃどうも〜」
私は白船 セン。元々はミレニアムのAI研究で政治的予想を立てた社会派の学生で、その時の功績があって連邦生徒会所属になった。一緒に予想したのをシナリオとして作り上げて送りつけたらその通りになったんだっけ。えっと……そう、レッドウィンターのデモの一つを先回りして潰したんだ!チェリノちゃんにも誘われたけど、それより金積まれたらこっちに行ってしまうなあ。
ただまあ、正直突然の出世様に自分が困惑しているのだけど。
電子タバコを取り出して起動して吸い、そのまま席に座る。
「ええっとリン行政官?」
「なんですか」
「似合ってる?」
「似合わない席を用意すると思われてるのですか?」
「そりゃそうだ。ごめんって」
タバコを咥えたまま、話を続ける。
「で、すぐに帰らないって事は何か仕事があるんでしょ?」
「ええ。最初の仕事です。あなたのアドバイスを聞いてみたいのですが」
「なんでしょ」
「あなたは『SRT復活』をするべきだと思いますか?」
答えは決まってる。
「ダメ」
「ほう?それは何故でしょうか」
「政治的な壁が解決してないに決まってるからだよ。連邦生徒会も法律には勝てない……ってそれくらいのことは前例があるから分かるでしょ」
「異口同音、という諺をご存知ですか」
ああ、そういうことね。単純に味方が欲しいらしい。しかも私の肩書きが、援護になるタイプだと見た。
ならば少しばかり舌を回そうじゃないか。
「うーん、じゃまずSRT自体は復活しても意味はないってところからかな。アレって今復活してもそもそも行動できる場所が自国の領土……連邦生徒会管轄地域しか自由に動けないんだよね」
当たり前の話だけれども、このキヴォトスはキヴォトスという“学園都市”の括りではあるが、自治区が当然のように多数存在している。自治区ごとに文化が結構違う上、そこには治安維持の組織がいる。
本来は統治しているのはこちら側だからこっちが何をしようがどうでも良いはずだが、歴史上自治区の成立などを認めてしまっているので、それをするとルール的には間違ってなくても反発と関係悪化が当然のように起こってしまう。だから失踪した方の連邦生徒会長は”下手な暴動を起こさないように“と、FOX小隊などを小規模作戦に展開する程度しかやっていなかった。
そんな事をしているうちに失踪事件になった挙句、使い方に困ってた失踪少女がせめて変なものに使われないように権力を渡さなかったから閉鎖されたという経緯がある。
「……っていう感じの経緯で誰が復活を望んでいるんです?」
「連邦生徒会のトップは皆顔を出していますが、当然組織として運営するには下の幹部というものがいます。その人達の考えまで、組織のトップと同じだとは限りません。その当たり前を青春という一丸となった妄想で隠してしまっていたから、不知火カヤが生まれたんです」
「でもそれなら、私が原案を出して現職の政治家から説明を加えれば黙りそうだね」
彼女の苦悩は計り知れないが、その苦しみの一端は理解できる。ならばその端っこからゆっくり崩して行くことにしよう。
「SRT再建反対については、他にも理論があるんだよね。複数の自治区、自治体が乱立していて数万キロに及ぶ学園都市は、言い換えれば様々な国が乱立している状態だと、キヴォトスというのは国の次の大きさを示す枠組みの名前でしかないからその状態で足場固めをせずに世界政府というのは無理だって思うわけ」
「ほう」
「幸いなことに今までの生徒たちが頑張ってくれたおかげで言語は翻訳要らずでも全然話せるし、通貨も統一されているから為替市場の用意は必要ない。株はあるけどこれは資本主義の枠組みだから逆に金の流通ルートが増えているという意味では好手だよね」
でもそれじゃ足りない、とはっきり言い切った。
「だけれども、そこからさらに連合か連盟か。いや、連邦か。それをすること自体の土台はまだ作ってる最中なんだ」
「作ってる最中?作られてない訳じゃなくて?」
「ここで連邦生徒会長最後で最大の功績、シャーレと先生が効いてくるんだ」
彼の仕事は生徒の困りごとを解決する、まさしく公務員の勤めを果たすスーパーマン。最近は上の指示で正規の公務員になったので、給料や休み、サポートに関しても充実してきたらしい。
「外からやってきた上で連邦生徒会の息があまり掛かっていなかった彼という存在が、様々な学校との接触を容易にした上で問題を解決。そのまま信用を勝ち取っていたから、今の平穏があるというわけ。先生の特異な人脈は問題解決のために他校の生徒を呼び出すことを容易にし、そこからシャーレという共通の話題が出来れば自ずと学校間での交流が大きくなるんだよね」
「つまり『彼が国際交流の火付け役になった』ということですか」
「そうそう」
人材の交流や活躍の場を物理的に広げられれば、経済活動の活発化など他に手を下さずとも明確になる。彼の活動そのものが、キヴォトスという国際的な記号を鮮明化させる一手だったのは間違いない。
「しかし、そこはSRTの再建反対にどう繋がるのですか?」
「いわゆる副産物的なものだけどね、シャーレが戦力を持っている段階で複数の問題がクリアになったと言っていいんだ」
ここからは、世界政府軍というあまり明確になっていない概念の話をするとしよう。
「そもそも集団はなぜ軍を作るのか、という部分を簡潔に説明するね。警察が内部に対する完全な治安維持のための組織なら、軍隊っていうのは”外の敵”に対する武器なんだ。概念的に、軍というのは外界に取れるアクションに必要な存在なんだ」
「ゲヘナ・トリニティ間の歴史を見ても、その概念は明らかですね」
「じゃあこの”世界”をコントロールする政府の軍は、現状どこに対して行われるの?」
「それは……ゲマトリアや色彩といった事象だと思われますが」
リンさんの言ってることは正しいが、それでも足りない。
頷いたが、その上で突っついてみる。
「でもそれらは明確に常在する脅威じゃない。敵国というのは、敵が生活基盤を持っていて、文明があって、相容れない巨大で未知なエリアを支配しているからこそ敵国と言うんだよ。でもゲマトリアは一研究組織であって、色彩に至っては全容どころか尻尾が掴めていない。尻尾だったはずのデカグラマトンだって壊滅しちゃって話は聞けないし唯一の生き残りは知っているやつが現存するための器だから情報の価値なしで……明確な敵、いわゆるキヴォトス一丸で戦争しなきゃいけない敵っていうのは常には居ないんだよ」
「なるほど……治安維持であればヴァルキューレがいますし、そうなるとわざわざ軍を作る意味は薄い」
「そう、必要ないんだよ。あと仮にSRTじゃなくてもキヴォトスをまとめる組織が持つ、軍の設立自体には信用問題が残るんだ」
キヴォトス一丸となった軍隊の設立には、複数の問題が残る。
運用の公平性・透明性が一番の問題だろうか。
たとえばそれを担保するために複数の学園が資金以外に運用方法などの監視などに干渉した、新たな軍を作ったとする。そうしたら有名かつ巨大な学校と、そうでない学校ではどうしても影響力の差が出る。支援する分には差があっていいものの、軍事においてはそのパワーバランス自体が悪影響を及ぼす。
「三大学園をはじめとした有力な学園の影響力が大きくなると、軍を設立したとしても存続するための費用や技術を人質に不平等な運用を強いられる可能性がある。でもそうしないと学区を跨いだ軍の運用をする上での信用問題に関わるからね。かといって連邦生徒会が全て管理する組織ができたらSRTのように持ち腐れになる。だから正直、改めて軍を設立するのはお勧めしない」
ちゃんと説明した後に、目の前の上司があ、と声を出す。
リンさんは全てを理解したらしい。謎が解けた後の人間の目の輝きは、わかってしまうものだ。
「そのためのシャーレですか」
「お気づきになられましたか」
「シャーレならば連邦生徒会所属でも安易に触れられない超法規的組織であるから私たちの意思が作用しにくく、その上で通常の業務体系は軍事行動はない。しかも当番生徒は権力者以外の生徒にもありますから彼自体の信用を獲得した上で貴女が問題にしていた透明性も担保できる」
「そうそう!彼の指揮能力の高さも含めて、現場の指揮官が各学園の生徒になり、その上の幹部がシャーレという纏まった国際的に信頼のおける組織になって、その総司令官が先生になる!先生は明確な指示を出し、そこまでに辿り着く方法は現場に任せられるから信用と実力が解決するって寸法だ!」
いわゆるミッション・コマンドという指揮の考え方を、成長途中で混乱する確率が高い生徒達を落ち着きながら動かせる大人の先生が出来る事は非常に大きかった。それも信頼があるから、指揮系統もまとめた上でスムーズに動かせる。
しかもこれに関しては連邦生徒会が軍を持つわけではないので『内部の治安維持』のために侵略してくる恐怖もないし、指揮官の貸し出しや保護という点以外では維持コストも掛からない。
シャーレの先生が見せた指揮能力は、連邦生徒会が抱えていた問題も一部解決しているのだった。
リンさんは、頷いて腕時計を見る。
「なるほど……わかりました、この理論があれば説得できそうです」
「これからこういう仕事が増えると思うとワクワクするなあ、口八丁で金貰えるなんてチョーらくしょー!」
「それもまた政治家としては必要な技量です」
ニコニコしながら、彼女は出口へ歩いていく。
「ありがとうございました。私はこれで」
「はいはーい」
後ろ手を振っている彼女に手を振り返して、自分は椅子を回して外を見る。
窓から見ればただのビル街で面白さはないのだが、このつまらなさを維持するのが政治の役目だと心得ているけど……人生つまんなくなりそう。
「____うーん、せっかく政治でイキるチャンスだからと紺色に髪染めてみたけど似合わないかなあ」
なんて、思春期ガールらしい口ぶりを真似してみても似合わない自分に呆れ返った。
新しい仕事は、はてこの街に何をもたらすんだろう。