政治、というものにおいて必ずと言っていいほど避けられない話題がある。
戦争だ。
人を殺し物を破壊し、その上で経済効果も基本見込めない愚行だが“国家滅亡”並びに“経済喪失による甚大な被害”などで敵を滅する以外に道がない場合は必ず起きうる。
ビデオ通話での政治の予測は今に始まった事ではないが、リンさんは
「戦争?」
《そうです。シャーレは現在楔としての役割を果たしていますが、これが国璽のような権力の証明と強く認識された場合に戦争が起きると思います》
そのシナリオを組み立てろ、というのか。
リンさんは戦争が起こった場合、侵略者が取った行動に対して経済制裁をどう行った上で軍を止めるのかみたいな話をしたいようだ。
「うーん、一概に大きなことは言えないけど経済的な利権よりも相手の排除ないし無力化や侵略前提の戦争には五つのフェーズがあると思う。『準備』『行動』『耐久』『疲弊』『決着』の五つ」
《交戦などは無いのですか?軍隊の衝突など》
「私はその程度の理解力で本気で語ろうとする政治屋の下についた覚えはないよ」
《そうならないことが一番なのは知っていますが、その程度の人間にも説明するべきなのが政治家なのです》
失礼、と軽く頭を下げる。彼女がその通りを弁えていないわけがないのを頭に血が登りかけて貶した自分の非礼を詫びた。
《貴女の言いようを考えるに政治的な外交の段階で決着がついているように見えますが……その推移を教えてください》
「わかりました」
説明しよう。
「まず戦争の大前提は消耗しないで勝つことです。相手よりも圧倒的に蓄えを持ち、その上で一斉に放出して確実に叩き潰す。しかし最近は国際緊張で防衛費や戦略が練られていますから、そんな戦いは古い上に役に立ちません。ではどうするか……」
核兵器による初手中央の消滅が一番だ、と口にした。
《アリウスのミサイルのようなものですね》
「そう。だけど、核攻撃による敵の破壊は当然警戒されてるし、警戒されてるからには初手の攻撃は被害は出ても滅亡させるに至れない」
《_____もしかして、そこに辿り着くまでに5つのフェーズがあると?》
「ええ。まずは準備から」
私の考える五つのフェーズ。最初は『準備』だ。
これは純粋に経済の一部を防衛費に回したり、非常時の蓄えを常備・拡大するのを時間かけてやることだ。仮に戦争が始まったら経済制裁が影響するから、尚の事最悪の事態を回避できる期間を増やすために平時から経済活動の巨大化と資金資材の蓄えをしておかないといけない。
情報の蓄えもそうだ。スパイ活動もこのフェーズに入っている。
「ここまではイメージされる戦争と全く変わらない。防衛にしろ侵略にしろ、結局蓄えが物を言うからね」
《次の行動……は軍事行動ですよね》
「うん」
じゃあその次はどうするか。
「戦争にならない範囲で軍事行動を行う。これは大規模な合同訓練や合宿でもいいし、それは常日頃やってるよって言うんだったら哨戒なども防衛アピールもいい。ただ相手国に明確な起点を与えたいなら領空侵犯とかが一番だし、もっというなら軍事衝突までならやるべきだね」
領空侵犯など国土への踏み込みまでに相手の実情を把握出来ており、明確な政治的目標を数人の重鎮を拘束・奪取で達成出来るならこの段階でしっかりとリソースを整えて軍事作戦へ移行する。
成功したら事実上の支配という点で敵国をほぼ損失なく掌握できる。失敗した時の対応は苦難の連続だが、その場合は相手が自身への対応などで防衛費を増大させるから経済負担から通常ルートに戻るだろう。
《なるほど……ここは条件が揃えばボーナスになるということですか》
「そうだねえ。でも基本的にここは国力の差が確実にこっちが上だと判明した相手じゃないと正直やっちゃ行けないからね。だから基本は次のフェーズに移行するよ」
《次は『耐久』ですか》
今度は耐久。
これは防衛費などを上げた相手との緊張感を上げ続ける戦いだ。相手はこちらを警戒するから経済の圧迫のために防衛費を上げさせ続け、その緊張の糸を切らさないように前の『行動』を定期的に繰り返す。
何度も何度も、
「国際緊張の張本人の場合は必ずここで経済制裁が入るから、この時に大打撃にならないように必ず準備の段階で備蓄や経済に必要な代替の流通ルートの確保が必要だ。これが不備のままでは確実に攻め込んだ側が報復で不利になる。更に焦ればこのまま状況の打破を“願って”交戦に突入しちゃう」
総力戦になりそのまま消耗していって利益の回収ができないバッドエンドに入るから、兵士達の交戦にならないために余裕を持つための備蓄が必要だ。理想は
そのうちに自分たちが想定した備蓄が尽きるかその寸前、国力の差によっては予想よりもかなり早く相手の国の経済が歪になって被害が出るだろう。
「すごーい長い時間を待って、防衛費が経済を圧迫し、税を上げて徴収し続けると国民から不満が出て生活がゆっくりと破綻していく……これが『疲弊』のフェーズだ」
被害が出たら次の『疲弊』に入る。この疲弊がどん底になるまでは待たないといけない。明確には国民の負担を減らして経済の回復のために軍事費を一部補助金に回したり、そこから軍事施設や配備の規模縮小が起こるだろう。時間が経っている事を考えれば“攻めてこないじゃないか”という無駄を省こうとする意志が働いて
《……そこまできたら、あとは一つしかないですね。戦争という殺し合い、相手を消すことが一番の目的であるイベントの最終点》
「うん、そうして相手の防衛力が弱まった段階で核を落として消し炭にする『決着』だよ」
もう説明することもないだろう。だって、相手が疲弊して脅威は全く減ってないのに別の事情で防衛の手を減らすしかなくなったならばその隙をついて滅ぼすしかない。民主政治であれば民のせいに出来るから、そこもアクションを起こす追い風になれるだろう。
そうして終戦は大きな放射線の花火によって幕を閉じる……というのが、私の考えたシナリオだ。核ミサイルを基準に考えたのは、まだ明確ではないがキヴォトスの人間でも放射線による染色体の破壊は有効だと仮定した話ではあるけど。
リンさんはようやく話を終えた私を見て、深く考えている。
《なるほど……それが貴女の考える理想かつ確実な絶滅戦争……》
「無論経済制裁の悪化による政治家の焦燥からくる先手必勝からの消耗戦、緊急事態による指揮系統の乱れによる軍人の勝手な行動による会戦、また仮に最後まで行けたとしても第三国による報復攻撃や緊張状態の継続が予想以上になって国内が疲弊するなどもあるから一概にこれが今の戦争の形だ!と言えないけどね」
そもそもこういった形を戦争と言っていいのかも不明ではある。政治的応酬を重ねた上で一撃で決着をつける以外は泥沼化するのが皆が想起する兵士達の陸戦による殺し合いだ。
「私が提唱したものは超広義的には敵国を攻撃または滅亡させるものだから戦争だけど、ゲヘナやトリニティの衝突で想起される軍団の衝突という古典的な物を戦争というのであれば悲惨さと分かりにくさ、華々しさがないからこれは撃滅的外交といったところだよ」
《最初からその“戦争”を語らずに嫌い、唾棄しているようにも見えましたが》
「私はそれに固執する人間が嫌いなんだ」
政治家に付随する有識者扱い、シナリオの奴隷としての矜持を語ろう。
「……外の世界には銀英伝だのオルクセンだのドリフターズだのを読んで軍事を知っていることで粋がる人間がいる。何も努力せず他人の失敗を嘲笑い、作品内の名言を並び立て、自分の方が政治家や軍部の人間より正しいとふんぞりかえる人間が」
そう言った人間は大抵男で、変化に耐性のないADHD気質かつその個性の保護で正しさに固執する習性をもつとも言うし、その柔軟性のなさが人間性の喪失につながって孤立する。だから人よりも規則的な、無機質な兵器や車に興味を持つとも聞いた。またそういった人間は左翼のような理想論と妨害が得意な人間を批判しているのにも関わらず、結局批判という同じ土台で議論はしない。
「彼らは戦略を考え、兵の配置と指揮、兵站という専門用語で自分が物知りであることの誇示や、戦況の推移を考察して一生懸命知的であるとアピールしているが、そもそも現代は“戦闘作戦になった時点で負け”なんだ」
例えば最近の紛争ではドローンによる視野の急速な拡張はアクションの取りずらさを加速させて隠匿と警戒・防衛を兼ね備えた塹壕戦をしている。その睨み合いは交戦しない消耗戦だからずっと続くし、
つまり彼らが好きな“師団・旅団による衝突”は下の下であり彼らの自己満足かつ自慰でしかない。戦況図は彼らのお絵描き帳に成り下がるが、逆を言えばそれがお絵描き帳程度に落魄れるのは『政治屋が天才あるいは鬼才の域にいる』か、『世界全体が優先順位から経済課題に取り組んでいてそれが進んでいるから不満がない』かの二択。
問題の抹消は解決よりも簡単で、解決は時間もかかれば基本政治的問題は難題が基本。戦争よりも難しい平和の維持に立ち向かっている人間がネット軍師なぞより聡明かつ追い詰められていて、それを殺すという抹消以外の方法を知らずに批判しているやつは何も知らない哀れなバカどもと言えた。
そこに加えて戦争という忌避する物を騒ぎ立てるしか脳がなく、重箱の隅を突いて才能を持った人間と改革を目指す人間を蹴落とすバカの二重奏。この愚民の多さが民衆の腐敗を象徴していた。
「じゃあキヴォトスは?と言えばこのようなバカを生み出す瀬戸際にいる。だけど私は、この二つの愚民で溢れかえる社会を回避できるのがこの都市だとも思ってる」
幸いなことは自治区を持っているのは学園であり、政治を実践しながらも学園だからこそ知識のストックがあって『基礎知識を教え込める場』と『考えさせる土台』を確保しているから専攻でなくても政治がエリートの遊び場ではなくそこに住む者たちの基幹として存在できる。
存在出来るからそれを視野に入れて行動が出来るし、その幹に集まってこれからどうするかを皆で話し合って決めれる。今生きてる人間が、これから主流になる時代の人間が必ず寄り添い話し合いをして方向と努力が出来るんだ。
「私は、皆が学園と政治が密接に繋がったあり得ないけど確実な分断が出来ないこの世界ならきっといい方向に行けると思ってる。その手伝いにシャーレがいるから、私はその希望を信じたい」
軍事や戦争をリアリティという気品に仕立て上げて自分たちをマシに見せようとする下劣な奴らは先生のような希望を第三者に振り回されて傷つき居場所を失ったから、独裁者などに当てはめ腐すだろう。逆の人間は自分達が他人を支配するための道具として希望を振り翳し思想する自由を奪い続けて、己の天下を維持するのかもしれない。
でもそのどちらも分断できない密接な世界ならば、ようやく前を向いて歩かざるを得ない。そのうちに、自分達の努力の歴史に誇りを持ち、その明るさと希望を持って次世代に受け継がれる。
私はそんな世界がいい、なんてぼやいてみた。
「だから、私はリンさんの下についた。政治家が自分のシナリオに、信念を持って信じて走ってくれるならきっとその本心の行動はみんなの希望をもたらすはずだから」
彼女が代行として頑張っていた時、確かに無能だと責める人間は少なくなかった。しかも先生は立場上強い支援や擁護をできないから、なおのこと孤独だった。
だけどその時に頑張ったから私は彼女の事を評価したし、力を貸したいとも考えたし、彼女ならば私の希望を託せると感じたんだ。
《そこまで、私のことを評価していたんですね》
「だから一緒に頑張りましょうよ。二人三脚でもそのうち、沢山の人が一緒に歩いてくれますから」
《ええ》
さて、話をしていると時間になった。
《そろそろ会議の時間です》
「頑張ってください」
《お付き合いありがとうございます、では》
「はい」
画面が切れるまでそのままにして、通話が終わったらウィンドウを閉じてタバコをつける。
珍しく雨の日のビルは、重苦しいけど水滴のつき方と雨粒のはしゃいだ振り方になんとなく心が躍った。
「……雨の日も楽しめる世界がいいなあ」
ふと、そんな言葉が口に出る。
ある日のことだった。