すでに三個ぐらいの論題を片付けては、それがある程度議会に作用していることを知った。
SRTの再建は『シャーレの先生という総指揮官を貸し出してそれ以外は寄与しない方が兵力の代替と余計な摩擦を生まないという一挙両得』が一番であるとして否定。
新たな貿易税の制定は今まだ完全には行えていないものの、各学園の通達はスムーズに成功し、今は制定のための会議が日夜行われている。経済圏の拡張がいちばんの旨味だと説得できたのは大きかった。
また、戦争の形についてのフェーズに区切った解説は連邦生徒会の幹部達を中心に細かな議論とその行動への対策をどうするかというシミュレーションを加速させている。
あとは各学園の動きを推測して話して軌道修正を掛けやすいようにしていき、大きな問題があったり懸念が生まれればそれを頭脳で頑張って処理する。
「……分析?」
「ええ、ゲヘナの分析をしたい訳です。これは純粋に、底知れないと言いますか。下の方に過剰な警戒心を置いている職員もいて……議題に上がって来ているんです」
リンさんが足を運んでまで来たのは、ゲヘナ学園の解釈をさせるためだったらしい。
給仕のロボットを下がらせて、紅茶の匂いとケーキの匂いを指をくるくるして混ぜながら私は考える。
「あの学園だけは異様に隠すのが上手いと言いますか、実力を測れるようなものが他の学園と比べてないのです。シャーレが来てからも」
「なるほどなあ。つまり三大学園の一角の内情を言い当てろ、ということですか」
気持ちは分かる。
ゲヘナを警戒する理由はある。預言者達と戦うために戦力を全投入したミレニアムがいて、エデン条約の一件から派生したアリウス問題によって実力を知った上で割とオープンな形で政治の増強を図っているトリニティ。でもゲヘナにはそういったものがない。
「ゲヘナの内情を知らない、とはいえ羽沼マコトがろくな情報を出すとも思えない。だからどのような戦力や技術、兵器を持っているか分からないからゲヘナに対するアクションを取りたい……ってのが生徒会麾下の組織が口にしていることとお見受けしますが?」
「ええ、その通りです。彼女達はゲヘナを恐れています、ミレニアムとトリニティがシャーレの介入によって内情が周知された場合情報的に有利なのはゲヘナです。トリニティへの戦争準備をしていたのも含めて、この均衡が崩れることを危惧する声は上がっています」
「警戒する気持ちや理論は分からないでもないけど、発言の節々から理論が先行しない気色悪さを感じるな。悪意があるわけではないが、妙な……なんというか手柄欲しさ?をね」
「ゲヘナは論じるに値しないと?」
そうは言ってないよ!と手を振ってからアピール。
「正確にはそのフェーズをゲヘナだけは通り過ぎちゃったんだ。しかも、
「どういうことです?」
「雷帝だよ」
その一言が、十秒ほどこの部屋の時を止める。
リンさんの目を見開いた顔があまりにも面白い……いや、価値のあるものがあったがそれだけ衝撃を受けてるように見えた。
「雷帝は恐怖政治とその天才性から絶大な政治家としての支持を得ていたが、その暴君ぶりに心を痛めた部下達によって失脚した。それはみんなが知っていることだが、部下達の詳細はよく分かってないし、そこにはヒナやマコトがいたとされる。真実はともかく、雷帝の失脚には陰謀があったというわけだ」
「ええ、それは。卒業してキヴォトスを離れているとも聞きましたし、羽沼マコトがその次に就任したことも」
「彼女らにとってのアリウス事件やデカグラマトン侵攻に当たるものが、仮に『雷帝事変』と名付けようじゃないか」
自分の持論の根幹には『すでに通過した』がある。
ミレニアムは技術開発が第一でありセミナーでかなりいざこざがあったそうだが、少なくとも皆が政治よりも技術で全てが片付くような世界を目指して日々進歩している。彼女達にとっての一番の種は詰め込まれ技術と前向きさ、それらが”たまたま世界を救った”だけだ。ゲーム開発実績より世界を救ったゲーム開発部がその象徴と言える。そう簡単に賄えないものさえ賄える校風こそ強みだ。
それが露呈したのがデカグラマトン侵攻だと考えている。先生がいるとはいえ、技術・戦略にはセミナーを中心とした生徒が活躍したから誰も文句がつけようない。
トリニティはゲヘナもいたエデン条約の一件から見捨てていたアリウス関連の出来事で大きく足元が崩れ去った。貴族主義による何も保証できない血統とかで政治を決めてたツケを払わさられた上、その皺寄せをなんとかして軽減しようと色々な組織を政治に引き込んで急速的な民主化のプロセスを踏んでいる最中だ。
アリウスの子達による問題行動は全て自業自得もいいところであり、これはミレニアムと違って弱みの露呈でもあった。これもまた、誰もが知るところ。
「この二つの件はシャーレという中心を見れば自然と観測できるので、確実に内情を知ることができた。しかしここに
「ですが、そこに雷帝事変とやらが代わりに入るということですね?」
頷く。今回は、いつも以上に話したいことが分かってくれる。
「そう。雷帝という絶対的な独裁者を、部下達が立ち向かって引き摺り落とし、民衆がそれ以降大した文句を言わなかった。この一連の流れが、ゲヘナの内情露呈だと思う」
「しかし、それはどういう?弱さというならば、雷帝という有力な指導者を道徳の一端だけで蹴落としたから、有能な人間を添えれなくなったという体裁上の問題はあると思いますが」
リンさん今日は妙に鋭いな。
「驚きましたね?」
「……うん」
素直に微笑んで見せておこう、彼女がこうして枷を外していく姿は見てて楽しい。貴女は、こういう人間であって欲しいから。
「確かに弱さの露呈として強力かつ天才的な指導者を安易に添えられなくなったのは言うまでも無い。とんでもない最強の政治マシーンを切り離すには相当の痛みが必要だし、彼女を切り捨てた上で再度必要とするシナリオだった場合はゲヘナの生徒はかなりメンタルが弱いと後ろ指を指され外交にも影響をきたす」
「それだけの人間がトップにいて、恐怖政治を成立させたともなれば警戒心を抱かせて行動を鈍らせる点においてはまず優位に立てますからね。威圧感を無条件で、そして理論ですら安易に攻められない人間を上に置くのは悪いことでもないですし」
「だけど彼らはそれを切り捨てた上でフツーに過ごしている」
ケーキを八割ほど食べた彼女を見て、自分はカッコつけたような笑みを浮かべる。
「何故なのか?この答えは彼女の内政がそこまで完璧ではないか、もしくは”彼女を上回るメンバーで上が固まった”かの二択。どっちだと思う?」
「……正直認めたくはありません。ですが、後者だと思います。最盛期アビドスと手を組んだ上で、軍事協定を結ぶほどの逸材。外交というのは土台がなければそもそも話し合えませんから、内政が行き届いてないとは考え難い」
「そう、彼女はゲヘナを手中に収めていた。それを裏付けるものが外交だ。外交が得意な国は、必ず内側を安定している。外の世界にあるイギリスが昔、何故あんなに強かったか。相手の足元を見た上で、自分たちは奴隷で骨組み作って金を流し固めていたからだ」
そう考えた場合の答えは一つ。
「二年前、何かは不明だがゲヘナは
私の持論がある。
玉座は砂で出来ている。民衆という数億の砂粒を国家と名前の付いた型や経済という水、法律というスコップで形作られるのだと。
どれか一つが多かったり、足りなかったりしよう。強く固めようとしてスコップで叩きすぎて玉座が壊れるかもしれないし、水が足りなさすぎて玉座として成り立たない変なのになるかもしれないし、そもそも民衆が足りなかったら椅子すら怪しい。
雷帝は叩きすぎて壊れたパターンかもしれない。
「そういう紆余曲折な歴史を、彼女達は先生が来る前に達成してしまったからシャーレが来た後にも大したピンチになっていないんだと思う。雷帝がやっていたことを、みんなで分担している。誰一人の例外なく。彼女の暴力性を、みんなで発散するように分担して、専門事業はそれぞれ詳しい人間がやる。理想系じゃないか、社会の。だから……」
「だから?」
「ゲヘナの内情はとっくに打ち明けられてるし、そこから時間経って固められた今入り込む隙もない」
「……んじゃないかな?」
自分はしゃべりに夢中すぎて進んでない紅茶とケーキを少し食べ、相手を見る。
両方空になっているな。
「私たちは何もしなくてもいいし、何も出来ない……彼女達は今この時点で他の学園やライバルのトリニティの先を行って、禍根はまだ残っていようとも進んでいるから余計な心配は不要と言うわけですね」
「ええ」
今そんな非道を働こうものならシャーレがやってきてメチャクチャにするだろうという”抑止力”も織り込み済みで羽沼マコトは道化をやっているに違いない。
これが私の答えだった。
「なるほど、これなら説得出来そうです」
「それならよかった」
綺麗に飲み食いしたものを寄せて、彼女は立つ。
「そろそろ帰ります。説得にも時間は掛かりますからね」
「何かあったら言ってください。今日はまだ居ますから、最悪そっちにも行けますよ」
「頼もしい限りです。では」
そう言ってリンさんは部屋を去っていった。
さっきまで人が二人いたとは思えないほど、紅茶もケーキも匂いを発してない。
「……あんまり、寂しい思いをさせられないからね」
ほったらかしにしていたケーキと紅茶を食べ続け、事務机にある小型モニターを持ってきてテレビを付ける。
俗っぽいワイドショーをやっているが、こんな時間の使い方も出来るのが政治屋の腰巾着の特権だ。
美味しいショートケーキは、私の鼻の頭にホイップを擦りつけて口の中へと消えていく。
時刻は三時。まだ、退勤には長い。