自分とリンさんで組んでから少し時間が経った。
政治のアドバイザーとしてはそこそこ役に立っているのは嬉しい限りで、戦争以外にも話す内容に事欠かない自分の饒舌さにも助けられている。
しばらく顔を出さなかったのかやってきたリンさんと話しながら、廊下から外を見ている。日に当たるとクーラーが効いた部屋でも蒸し暑く感じるのは季節とコンクリートのベストマッチが故かもしれない。いつも外で働く人間に、敬意が溢れるばかりだ。
「あなたのような方が私の隣にいることは有難いのです。経済にも詳しい分、いい買い物をしたと思ってます」
「えへへ、やったね」
「在野にいるアナリストなどを見れば、彼女達もそれ相応の知識を有していることは間違い無いでしょう。しかし、彼女達には価値はない。責任を負わされるとわかった瞬間、今まで口にしたもの全てに縛られる事を知っているからです」
「そうでもないですよ。彼女達を
一緒に窓から外を見ていたが、一歩踏み出してリンさんの隣に立つ。
「何を言ってるのですか?」
「責任を取れる奴はそもそもその責任を知る教育を受けているから、なるべくして政治屋になっている。在野で語る人間は市民としては育っているが、知識があってもそれを理解して納得する土台がない。だから“にわかの戦争”が持て囃される」
いつまでも、戦術と戦略の黄金に囚われ続ける愚か者が後を経たないのには苛立ちを隠せないが、実際に研究して食い扶持に出来る連中の腰巾着としては上出来だとも思ってる。
それをかっこいいと幻視させる役目、そして幻視し続ける哀れな胞子として。
「彼らのお陰で我々が動けない場所にある情報が風聞として入ってくる。上出来ではないですか」
「風聞?」
「専門家が口にする情報を、己の知性を補強するしか脳のない連中が囃すことで信憑性を持たせる。それが軍事的な意味を持つ事を知る人間はいない。持て囃している連中に至ってはそもそも考えに至らない影の影響力です」
専門家と呼ばれる様になるまでには、様々なネットワークとそれを理解する頭、纏めて世の中に流す書き手を要求される。そうして初めて、影響力のある専門家という存在になれる。
その専門家が専門家になるためには、彼のことを理解出来た上でかつ多少の誤謬を生むくらいに知性の差がある物知りが数十人必要だ。騒ぎ立てるのもそうだが、騒ぐときに専門家が言った事を要約して分かりやすくする役目を果たしてくれる。
専門家が持つものを影の戦略に組み込む。その一助に、にわか戦略家は役に立つ。そう口にした。
「専門家が持つもの、ですか」
「例えば情報を仕入れるネットワーク。ネットがあるから専門家同士で話すのも楽だし、SNSがあるからアクションがあれば必ず撮られる。それを分析して政府や軍がやりたいことの予測をばら撒くと、それをバカにも分かるように簡略化した奴らがさらに広めてくれる。簡略化したものがさらに簡略化されて……を繰り返すと、党派性の区別以外に脳がない奴もそれで騒ぎ立ててくれるんだ」
「なるほど。情報の共有と、共有された情報をどう見られているかが政府に伝わりやすくなるから動きにくくなるということですか。それに、過度な情報漏洩防止策を講じれば異変が生じて、逆に明るみになって不安になった人間が騒ぐ……」
頷く。
インターネット社内になって全員が全員の目になっているこの現状では、情報を隠す事など容易ではない。
市民が“日常にないもの”を見つけた瞬間に、最悪全てが露呈すると言っていい。
「動けば必ずボロが出る、だから動かす”だけで”何かを得なければならないのが現在の軍事行動です。そしてこれらを成立させる前提条件が、アナリスト達の存在とそれを許して普通に存続させれる経済圏……まあこれは普通に国家と呼称しましょう。ここでは学園、ですがね」
彼らが軍事という国家という枠組みしかできない大規模行動において意見や噂話が出来るという国家そのものが、国の信頼性と強さにつながる。
現代はもうインターネットが出てきて久しく、その影響力は国境というものを結構曖昧にするほど。現実の肉体を捨てて目の前の画面に注力すれば、少なくとも視神経と脳は海外に行ける素敵な時代。この時代においては一個人の行動さえも大きな騒ぎになるのだから、これが大人数を巻き込んだイベントになれば必ず大多数の目に残る場所に、記録が生まれるのだ。
政治も当然その例に漏れない。
特に軍事行動は、どれだけ隠そうとしても搬入や配備までに移動させれば確実に情報のためのイベントが生まれてしまう。そもそもそういった特別なものを運用する基地から、兵器が出入りしたりするだけでよく目立つ。
「それに、アナリスト達に取ってはそういった行動そのものが食い扶持になる時代です。インターネット時代になってからはよく”情報を売る”という言葉が繰り返されるようになったでしょう?私は全くその通りだと思ってます。尚のこと軍事行動というのは金の発生源として注視されている以上は、戦争の火蓋を切るのではなく”切らせる”方にシフトしていて、皆慎重にならざるを得ない」
評論家になる条件は、評論が金になって初めて派閥や元祖という意味での家として成り立つものだと考えている。だから、それを成立して維持させるためには情報の収集は欠かせない。皆、ネットの虫であると思う。
「だから今の軍事行動とは、直接戦闘ではなく軍事パレードや国際的な場での挑発的な発言だと思う。さまざまな要因を積み重ね、追うように対策を練っていき、行動した瞬間に翻って報復する。ドローン技術などはこの戦争の形を確実にしただけで、
上着に引っ掛けていた冷たい紅茶を飲んで、街を見る。戦車が通りかかっているが、キヴォトスでは日常茶飯事で誰も気には止めない。
「紛争というのはこれらの戦争の形を作れない要因が重なって生まれる、ただのつまらない殺し合いです」
「つまらない殺し合い?少しばかり、言葉を改めてはいかがですか」
「金にならない以上は面白くない、といっているのです」
そもそも紛争というのは先進国やそれに類する国で起こるものではない。国そのものが貧しくなったりしなければ先進国で起こるものではなく、大抵は先進国基準で見てあまりにもインフラが整っていない……いや、インターネットという概念が希薄な場所で起こる偶発的な殺人の応酬だ。
「例えばアリウス派の過激な弾圧も、あの時代であれば伝聞がちゃんと機能して他の学園にも伝わるはずでしたが誰もツッコミを入れないし声も上げなかった。それは”面白くなかった”からです」
たかが派閥の違いで、自分たちが助けたところで徳をすることもなければ、話したところで面白みもない。ある種の合衆国・連邦というやり方で領土と国力を一気に拡大させて学園を強くする、という当たり前に逆行するような言い草は愚かですらある。
「常識的に考えてもバカ、革命などのドラマチック性もないつまらなさ、それを兼ね備えた愚か者をカバーすることは得でもないし、仮に話を聞いたとしても”烏合の衆のままを選ぶ”というものにストーリー性はない。紛争というのは大体この手の話の延長線。面白いと思いますか?」
先生の世界にあった紛争では、アフリカ地域や発展途上国による民族紛争や反政府運動による衝突が主だった。しかしアフリカの民族紛争は”知らない土地の文化が目の前にある動画や遊びより面白くなくてあってもなくても変わらない”から誰も聞かないし、まして反政府運動関連に至っては”自分たちに一切影響しない発展途上国の騒乱は似たり寄ったりでそもそも論じる価値もない”といった方が正しい。
砂漠において厳格な生活スケジュールを決めるイスラムの内戦だって、石油産出のエリアを陣取ってなければよく分からない厳しい宗教でしかなく、先進国やそれに追随できる国家にとっては
「……まるで、
「まさしくその通り。そして、政府が論ずる議題は全て基本的には国民から上がってくる風聞かすでに別の問題から波及したもの。前者はどこからくるのか、それが”アナリストの語り口”なんですよ」
国民がなければ政治はない。政治に必要なアクションは国民が自然と決めていく。
その効率化として在野のアナリストや軍事オタクがいると言っていい。私は、それをさらに細かく砕く何かに過ぎない。
冷たい言い草に嫌になったのか、リンさんはそっぽを向いて帰ろうとする。
「……あなたの評価を落としたり、嫌がらせは政治家としてはできません。しかし、あなたはひどい。人のことをなんだと思っているのですか」
「それはリンさんに金払う国民にも言ってあげてください。彼らの方が無邪気に悪意をばら撒いていますよ」
言葉に詰まっている彼女は、歩き出す前に最後だけと付け加えて口にする。
「センさん、あなたは何を考えてこの仕事をしているのですか」
「そんなものはただひとつ」
あくびをしながら自分も反対側を向く。
自分は悪くないというつもりはないけど、少なくともこういう残酷さも視野に入れて仕事をしなければならない。性善説は、何物も見誤る。
「戦争になった時、私の予報が大当たりすること。そうすれば死人は少なくなるし、唯一の花形を決められる。あとはそうだな、当たった上で報酬金を死者数で割ったときに、一人頭の価値が100円を下回らなければ上々かな」
それ以降、どちらも言葉を出すことはなかった。
私自身が冷たすぎるのか、はたまたリンさんが甘すぎるのか。
答えが出ないまま、私たちは別れる。
____外の太陽は、まだまだ落ちる気配はない。