異世界に来たら先人が魔王軍に寝返りまくってたので日和見してみる   作:匿名の筆者

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異世界

 

 

ついさっきまで、俺は地球にいた。

 

五限目の世界史の授業中、気怠い西日が差し込む教室で、ノートの端に落書きをしていたはずだった。

 

それが、前触れもなく足元に広がったまばゆい光――幾何学的で複雑な、教科書でしか見たことのないような五芒星の魔法陣――に視界を塗りつぶされた。

 

まるで宇宙に行ったかのような無重力、周辺の物が触れるとどこまでも進んでいく。

 

折れたシャーペンの芯が空中を進む……そして、いきなり体が浮かんでいった。

 

その浮遊感のあと、ドサリと硬い何かの床に尻餅をつく。

 

 

「いたたた……、え、何これ、どこ!?」

「うわ、薄暗!なにここ?」

 

周囲から一斉に上がったのは、聞き慣れたクラスメイトたちの声だった。

 

急に、どこか知らない場所に来た。

 

目をしばたたきながら立ち上がると、そこは学校の教室などではなく、高くそびえ立つ大理石のような模様の柱と、シャンデリアに照らされた、まるで宮殿かのような、修学旅行で行ったホテルみたいな空間だった。

 

柱の際は蝋燭が燭台に並び、天井はシャンデリアが吊るされ、豪華な色の着いたステンドグラスらしきものまである。

 

でも、どこか暗い。太陽がガラスを照らしきれていないような印象を覚える。

 

「嘘だろ、これって……」

「異世界召喚……キタ……!」

 

誰かがそう呟いたのを合図に、静寂は一瞬で弾け飛んだ。

 

呆然としながら、ポケットの中のスマホを見てみる。

4Gの表記すらなく、ゲームの再接続画面のまま固まっている。

 

女子の数人は突然の環境の変化に怯えて涙ぐみ、互いに抱き合って震えている。けれど、男子の、特にオタクグループの連中の大半は、パニックを通り越して歓喜の声を上げていた。

 

「おい見ろよ! あそこにいるの、どう見てもファンタジーの魔術師だろ!」

 

田中が指を指す。その様子に、どこか老人が眉を顰める顔をした。が、またすぐに戻った。

たぶん失礼なことなんだろう。

 

「マジかよ、俺たち勇者として呼ばれたってことか!? ステータス! ステータス開け!」

 

「ステータス!ステータス!なんで開かないんだ!?」

 

 

「おい落ち着けって! でも、これってマジの魔法だよな……?」

 

 

クラスのムードメーカーである高橋が、ステータスと連呼する田中を思いっきりビンタする。

 

興奮を抑えきれない様子で、高橋は俺の肩をバシバシと叩いてくる。

 

「おい、これ絶対あれだよな! 俺たちチート能力もらって無双するやつだよな!」

 

「あ、ああ、たぶんそうだけど……。高橋、ちょっと落ち着けって。女子が怖がってるだろ」

 

俺は高橋をなだめつつも、胸のバクバクが止まらなかった。本当にアニメや小説みたいなことが自分の身に起きている。呆然としながらも、未知の世界への高揚感で全身の血が熱くなるのを感じていた。

 

正面の壇上には、さっき指を指されていた老人を中心にして……青いローブをまとった男性たちと、厳つい甲冑に身を包んだ騎士たちがずらりと並んでいる。

 

その中心から一歩前に出たのは、映画とかでもよく見るような、金の房が肩から垂れた服を着た、非常に見栄えのする細身の男だった。

 

「静粛に、異界の客人諸君」

 

男が低く通る声で放つも、室内のざわめきがピタリと収まらない。その様子を見て、再び青いローブの老人が眉を顰めた。

 

その男は、静粛にと言われてもお構い無しに喋るクラスメイトたち……田中を中心に、まだステータスだとかアナライズだとか英単語を喋ってる人たちを無視するように声を上げた。

 

 

「私はグンベル王国軍に加盟しているヴィンセント侯爵である。まずは我が国の危機を救うための大いなる儀式に応じてくれたことに、心からの敬意と感謝を捧げよう」

 

ヴィンセント侯爵、と名乗った人は礼を執り、温厚そうな微笑みを浮かべてみせた。

 

 その立ち振る舞いは絵画のように優雅で、言葉の端々からは俺たちへの深い敬意と、歓迎の意が真っ直ぐに伝ってくる。

 

その背後では、青いロープを着た人たちが一斉に拍手する。侯爵というのが自称な以上、嘘かもしれないけれども、信じてみることにした。

 

本物の貴族や魔法使いを前にして、俺はただただ圧倒され、同時に強い頼もしさを感じていた。

 

「状況が飲み込めず混乱しているだろうが、安心してほしい。諸君らには、特別な力――『ギフト』が宿っているはずだ。それを用いて、我が軍と共に魔王軍という脅威に立ち向かっていただきたい。」

 

「詳細な戦況や諸君らの処遇については、追って然るべき場で説明させよう。まずは、その身に宿る力を確認させてほしい」

 

侯爵の丁寧で頼りがいのある説明を聞いて、田中を中心としたオタク集団の雰囲気は一気に明るくなった。「やっぱり魔王軍との戦争か!」「ギフトだってよ、何の能力かな!」と、誰もがこれからの展開に胸を躍らせ、目を輝かせている。

 

だが、高橋は不安そうな顔をしている。

 

俺も多分同じだ。

わざわざこんな説明をするメリットが相手にない。

 

余程の説明したがりか性格か、それとも全て嘘か。

判断がつかないからこそ、なんだか怖さを感じる。

 

魔術師長のヴィンセントです、と名乗った青年が杖を軽く振ると、轟音を立てて何かが崩れる音がした。

 

 

その瞬間、クラス全体から小さな悲鳴と、それ以上のどよめきが上がる。

 

なんと、大理石の柱の模様……その隙間から、まるで彫刻のように美しい人の腕であろうものがぬっと生え出てきたのだ。それは生命が宿っているかのように、手招きをするようにゆっくりと指を動かしている。

 

石のような質感の腕でもなく、血色のいい人の腕だ。

 

科学の常識を置き去りにしたその光景は、ここが本当に異世界なのだと強烈に物語っていた。

 

「驚くことはない。あれは世界樹の意思を引く大地の触手……『ギフトの授与者』だ。あの手としっかりと握手を交わすことで、諸君らの魂に眠る能力が呼び覚まされ、その脳裏へと直接告げられる」

 

魔術師長の方のヴィンセントの促しに従い、クラスメイトたちが恐る恐る列を作り、一人ずつその生々しい腕に向かって手を伸ばしていった。

 

自然に列を作っているというところに侯爵は満足げな表情を浮かべていた。やっぱりなんかおかしいんじゃないか、と思いはしたが、その列に俺も加わった。

 

 

愛川が最初にその手とギュッと握手を交わすと、クラスメイトたちは一様に動揺した顔になり、後ろの人たちをチラチラと振り返る。

 

すると、とつぜん愛川が驚きや喜びの声を上げる。

どうやら本当に頭の中に直接、ギフトの名前が響いているようだった。

 

「うおっ! 俺の頭の中に直接響いた! ギフト『剛力』だって! 攻撃力特化系か!?」

 

それを聞いて、藍田がおずおずと握手する。

 

「私は『治癒の祈り』って聞こえた……、聖職者タイプかな?」

 

次々と列は猛スピードで減って行った。

 

「すげえ、『炎魔法』が脳内に染み込んできた!」

 

次々と強力そうな能力が発現し、部屋は興奮に包まれていく。腕と握手するという異質な儀式にも、すぐにみんな慣れていき、ヴィンセント侯爵もその様子を、若者たちの健闘を称えるような眼差しで見守っていた。

 

周りの奴らのチートっぽい能力を聞いて、俺の緊張と期待もいよいよ最高潮に達していた。

 

自称侯爵のヴィンセント、自称魔術師長のヴィンセント。名前が似通ってる奴らが多いなとは思う。

 

だけどそんなことは優先順位が低い事じゃないかな、と思いながら正面を見据える。

血縁関係があろうがなかろうが、名前ごと全て嘘の可能性もある。

だけど……チートみたいな能力を手に入れて、ちやほやされてみたい。

 

俺は心臓を激しく打ち鳴らしながら、壁から生えたそのひんやりとした、だけど確かに体温のようなものを感じる手に向けて、そっと自分の右手の指を絡め合わせてみた。

 

その瞬間、頭の芯が痺れるような奇妙な感覚が走り、俺の脳裏、意識の奥底から静かに、重々しい言葉が紡ぎ出された。

 

 

【お前に不死を授ける】

【受け取るとよい、人間】

 

頭の内側から声がするような気持ちの悪い体験だった。が、不死を授けるとはどういうことかと思う暇もなく、魔術師長とやらが動き始めた。

 

「皆様方には、ギフトの使い方を学んでもらいます。ギフトの種類は数多く、似たギフトはありますが、ひとつとて同じギフトはございません。」

 

 

田中は『剛力』をどうやって鍛えるんだ、と聞いた。

 

「その説明はまた、個別に後程。」

「皆様方には強力なギフトがあり、我々には魔術があり……」

 

(お前に不死を授ける、か……)

頭の内側を直接抉られたような、あの気持ちの悪い感覚がまだ消えない。

 

田中や藍田が、剛力や治癒の祈りといった分かりやすい単語を告げられている中、俺に響いたのは、明らかに何者かの明確な意思を感じる言葉だった。

 

どういう事だ、不死を授けると言われた……つまり、他の連中は能力名だと思った部分を抜き出して言ってるのか?わからん、判断材料がない。

 

説明を流し聞きしながら考えてみる。魔術師長ヴィンセントは、ギフトは使えば使うほど強力になると言った。

 

魔術もそれは同じで、研鑽を積んだものは強者になると。

 

つまり、つまりだ。ギフトを発動するためには……死ぬ必要があるんじゃないか、という疑いが俺の頭にある。

もし自動的に発動しないタイプだったら?喋らないといけないやつなら、ギロチンとかだとそのまま死ぬ。

 

介錯無しで切腹するしかないのかと思いつつ、げんなりとする。

 

グンベル王国とやらにフランスの道具があるか知らないけど、多分無いだろう。

 

ギロチンは革命でも起きない限り、発明される理由が無いからだ。

 

女子たちは、侯爵に帰る方法について聞いていた。

耳を研ぎ澄まし、自分も聞く。

 

「客人たち、異界に帰るためには……そなたたちに魔術が必要だ。」

「百人が必要だが、三倍の時間を掛け、帰還の魔術を三十人が行えるようになれば、諸君らは帰ることができる。」

 

「帰還の詳細については後程、ヴィンセントの方から……ああ、この青年から聞いてもらいたい。」

 

なんでわざわざ親切に言い直したんだ、と思いつつ、女子たちの視線は魔術師長に集中している。

 

特に藍田は看護師の短大に行くはずだし、この異世界で強力そうなギフトを得ても、元の世界に帰りたいんだろうか。

 

 

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