異世界に来たら先人が魔王軍に寝返りまくってたので日和見してみる 作:匿名の筆者
魔術を学ぶ。
そう聞かされた時、俺は少しだけ胸を躍らせていた。
異世界だのギフトだの、そんな非現実的なものに囲まれた生活にもだいぶ慣れてきたが、それでも魔術という響きには特別なものがある。
昨日に召喚されたばっかりとはいえ、魔術にどんなものがあるのかも少しづつだけど見てきた。
地球のマンガで、魔法……この世界だと魔術?
火球を飛ばす、雷を落とす、空を飛ぶ……
そういう分かりやすく派手な力が当たり前のようにあったから、もし自分が使えたらというのを想像してしまうのは、きっと俺だけじゃないだろう。
そんな魔術への期待を抱きながら案内された先で、俺は微妙な顔になった。
「異界人の皆様は、魔力を注入しなければ魔術を扱えないと聞いております。どうぞこちらへ」
案内人が示した先には、一本の柱が立っていた。
白い大理石にも似た質感の柱だ。
ただし……普通ではない。
柱の表面から、人間の腕が三本生えていた。
「……またかよ」
思わず呟く。
この世界、妙に人体を利用した施設が多い気がする。
柱から腕を生やしすぎじゃないかと思うくらいにはインパクトがある。
今まで柱から生えてた腕も全部右腕だし、それぞれ肌の色が微妙に違い、指の長さも異なる。
血色も良いのと青白いのとがある。
まるで生きた人間の腕だけを切り取って埋め込んだような生々しさがあった。
正直かなり気味が悪い。
夜中に見たら悲鳴くらいは上げる自信がある。
虫なんかよりよほど不気味だ、何度見ても慣れないし。
柱から人間の腕が生えているなんて、人生で想像したことすらなかった。
「こちらと順番に握手していただきます」
「また握手?」
「はい。魔力の基礎を構成する要素を体内へ定着させます」
さらっと恐ろしいことを言われた気がした。
だが、ここで尻込みするのも格好悪い。
部屋の中央に鎮座する柱は、飾り気が一切ない。
装飾とか一切なしで、大理石からニョーンと腕が伸びてるだけ。
ギフトを受け取る時の柱の方が、まだ風情があったかな…模様があったし。
しかし、こういった腕たちと再び握手しなきゃいけないと言われても、魔術には興味がある。
クラスメイトに与えられたギフトと同じように戦えるなら、それだけ異世界での生存率も上がるだろう。
何より、男なら一度くらい巨大な火球をぶっ放してみたい。
空に向けて火球をぶっぱなした岸川は、城の敷地を超えて水堀に火球を落としたらしい。
俺は、岸川みたいに強くなるべく覚悟を決めて柱の前へ進んだ。
まず目についたのは、一番右側の腕だった。
骨太で、職人のように節くれ立っている。
筋肉がついていて、肘から先は特に太い。
肩の筋肉も、ボクサーみたいに引き締まってるけどマッシブな感じがして、なんとなく頼もしさがある。
「……よし、えいや!」
意を決して手を握ると、腕の方から強く握り返してきた。
「うおっ」
思わず肩が跳ねてしまう。予想以上に温かい。
体温が高めな、生きた人間と握手しているのと変わらない。
それどころか、向こうから指を絡めてきたせいで妙な生々しさまである。
男の腕と恋人繋ぎで握手しているという視覚情報は、異世界で見た何よりも衝撃的だ。
同時に、掌から何かが流れ込んできた。
ジリジリとした振動、細かな刺激が腕を伝い、肘を越え、肩へと駆け上がる。
電気風呂に浸かった時のような感覚だった。
筋肉が勝手に収縮しそうになる。
「おっと、それで大丈夫ですよ」
案内人の声が聞こえた。
手を離す。
男の腕は握手を止めると肘から先が垂れていく。風船が萎むように、筋肉までも一気にやせ細っていった。
ギフトを受け取った時はこんな変化しなかったのに、どういうことだと訝しんだ瞬間、休む間もなく今度は体の内側で変化が起きた。
握手をした左手に小さな熱の塊が生まれている。
熱いけど不快ではないような温度。
まるで41℃の風呂のような温かさだった。
その熱がゆっくりと全身へ広がっていく。
肩へ、胸へ、腹へ、左脚へ。
血管の中を流れているかのように巡っていく。
「これが……魔力?」
「いえ、厳密には一つ目、『熱量の種』です」
なるほど。
名前はよく分からないが、確かに何かが体内に増えた感覚がある。熱が拡散しているような気はするけど、どこか体温が上がったような感じ。
視界までも少し鮮明になった気がした。
面白い、面白いぞ!
案内人は、二歩ほど左に進むように言った。言われるがままに進んでいくと、握手をしろと言われる。
俺は続いて二本目の腕へ手を伸ばす。
こちらは腕こそ細いが、指も長い。
どこか器用そうな老いた職人を思わせる手だった。
握った瞬間、冷たさに眉をひそめる。
「うわ、冷たっ」
温度がほとんどない。魔力っぽい温かさと真逆のものが、どんどん左手に溜まっていく。
だが次の瞬間。
バチッ。
静電気のような刺激が走った。
「っ!?」
さらにバチバチッと続く。
細かな電流が掌を這い回るようだった。
「いてててっ!」
思わず顔をしかめる。
それでも握手は終わらない。
腕は異様な力でこちらの手を拘束していた。
数秒。
いや、十秒ほどだったか。
ようやく解放された時には指先が痺れていた。
「おっと失礼。少し握手する時間が長かったですね」
「少し!?」
「秒数を数え間違えました、ごめんなさい」
雑すぎないかコイツ、と思う。
が、俺が左手を抑えて睨んでいても案内人は悪びれる様子もなく続ける。
「こちらが二つ目、『指向の骨組み』。魔力に形を与えるための基礎です」
魔力の形。
なるほど。
一つ目の役割が燃料なら、二つ目は推進器みたいなものなのだろうか。
そんなことを考えながら最後の腕を見る。
三本目。
最も太く、最も力強そうな腕だった。
筋肉が盛り上がり、握り拳だけで岩を砕けそうな迫力がある。
自然と期待が膨らむ。
もしかすると身体強化系かもしれない。
剛力の田中みたいになれるかもしれない。
かつては貧弱だったあいつは、今では鉄板を握り潰せる。
あれと同じ、ギフトに並べるほどの力の入り口がここにあるのだとしたら。
俺は迷わずその手を握った。
「ッ!」
言葉にならなかった。
今までとは比較にならない。
激痛ではない。
だが痺れが異常だった。
神経そのものを直接掴まれて揺さぶられているような感覚。
だけど、これで魔術を習得できるなら、強力なギフトに並べ立てるなら!いくらだって耐えてやる!いくらだって握ってやるぞ!俺に早く力をよこせ!
「あっそこらへんで離してください」
案内人が喋ると同時に、一気に腕が萎んでいく。
三本とも、肩が柱にめり込んでいくようにして一瞬で消えた。
もし掴んでいたら柱の中に吸い込まれていたかも……と、いう視線で模様だけが残った石の柱を見つめてみる。
「さっきから、案内人さん、ちょっと言うのが遅いんじゃないですか」
「いや、これはごめんなさい、ちょっと『止揚の箱』を想像してみてください。ほら三本目の、あの腕から受け取ったものです」
「それで魔術を使う下地はできましたよ」
「想像してって言われても……見たことないですよ、箱なんて」
「熱い鉄を冷たいハンマーで叩いて、形を変えていく想像をしてみてください」
「それを箱に詰めて、体の外に出すような想像を!」
コイツはどう考えても説明が下手くそだ、と思わず感じずにはいられなかった。
魔術師長の部下らしいが、だいぶ質が悪いんじゃないかとさえ思う。
絶対にコイツが教師というのは嫌だな、とさえ思ってきた。
説明不足というか飛躍が多すぎる。何も知らない人に教えるような態度じゃないだろ。
腹立たしいが、とりあえず質問してみる。
「その、止揚の箱って何なんですか」
「ちょっとその説明じゃ分からないですよ」
「じゃあ例えを変えましょう、まず水がありますね」
「これが熱量の種、そして水があるならそこには水を詰めた容器がそこにはありますね」
「これが止揚の箱です」
「水を容器から掬いたい時、ポンプを使いますよね」
「これが指向の骨組みです」
何となくわかったような気がする。なるほど。
最初の説明の三倍は分かりやすかった。
実に簡潔で、いい例えだと思う……つまり最初の説明が三倍くらい下手だったということでもある。
最初からその例えできなかったのか、と思わんことはないが、顔が美人だから許しておく。
鼻の下を伸ばしてるなとかクラスメイトに言われそうだけど、誰だって可愛い人に教えてもらいたいじゃないか。
こんな説明下手くそとは思わなかったけど。