異世界に来たら先人が魔王軍に寝返りまくってたので日和見してみる   作:匿名の筆者

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ギフトの謎

 

 

 コンコン、と控えめなノックの音が響いた。

 カーテンの隙間から差し込む光は、まだ夜の名残を帯びた薄青色だ。時計の針は午前四時を回ったところ。

こんな明け方に一体誰だろうと思いつつ扉を開けると、そこにはひどく神妙な面持ちをした岸川が立っていた。

 

「……悪い、こんなに早くに」

 

「岸川? どうしたんだよ、そんなお通夜みたいな顔して。まさか徹夜か?」

 

「いや、一応少しは寝たんだけど、落ち着かなくてさ……」

 

 部屋に招き入れると、岸川はそわそわとした様子で革張りの椅子に腰掛けた。

 

窓の外からは、夜明けを告げる鳥の声がかすかに聞こえてくる。少しの沈黙の後、彼は意を決して顔を上げ、俺の目を見て言った。

 

「あのさ。魔術について、教えてほしいんだ」

 

 その言葉に、俺は思わず面食らってしまった。寝ぼけ眼が一気に冴える。

 

「魔術のことなら、案内人に聞きなよ。あいつら全員、本物の魔術師だろ? 俺だって昨日レクチャーを受けたばかりで、正直まだあんまり分かってないよ」

 

「いや、いや、いや、そうじゃなくて……」

 

 岸川は気まずそうに視線を泳がせ、寝癖のついた頭を掻いた。

「どうやったら魔術を、その……『正確に』放てるのかなって。お前、昨日の夕方の演習で綺麗に火球を的に当ててただろ? だから、何かコツがあるんじゃないかって思ってさ」

 

「ええっ? ……嘘だろ。つまり、ギフトの感覚を流用できないってことか?」

 

 俺の問いかけに、岸川は耳まで赤くして、恥ずかしそうに小さく頷いた。

 

 岸川の持つギフトは、『火の玉を生成し、射出する』というものだ。

 

これまでの戦闘訓練でもその圧倒的な火力を遺憾なく発揮していたし、クラスの誰もが一目置いている。だから、同じ火を扱う魔術……特に、見た目もそっくりな『火球』なんて、彼にとっては朝飯前だろうと勝手に思い込んでいた。

 

 けれど、どうやら現実はそう甘くはないらしい。

 

「魔術はさ、ギフトと比べてものすごく疲れるんだよ。異常なまでに」

 

 岸川はがっくりと肩を落とし、冷え切った朝の空気に深く大きなため息を吐き出した。

 

「ギフトはさ、発動した後のクールダウン中も普通に動けるだろ?丸一日能力が使えなくなるだけで、普通に走れるし、何をすることもできる。 体の一部を動かすみたいな感覚だから、意識しなくても勝手に体が動く。

 でも魔術は違うんだ。使ってる最中、火球の形を維持して、速度を一定に保って、軌道を固定して……っていう『制御』に脳のメモリを全部持っていかれる。何も考えられなくなるくらい、頭が使い物にならなくなるんだよ」

 

 岸川は悔しそうに自分の拳を握りしめ、窓の外の薄暗い景色を見つめながら言葉を絞り出した。

 

「的が固定されてて、自分も動いてないのに、当たらないんだ。ギフトなら狙った場所に吸い込まれるように飛んでいくのに、魔術の火球はちょっとした風に流されて横に落ちる。射出の角度が1度ズレるだけで、飛距離が何メートルも違っちゃうんだよ。……あんなの、どうやってコントロールすりゃいいんだ」

 

 なるほど、と俺は腕を組んだ。

 岸川の言いたいことはよく分かる。そして、彼がなぜこれほど苦戦しているのかの理由も、なんとなく見えてきた。

 

「岸川、それってさ。ギフトと魔術を『同じもの』として扱おうとしてるからじゃないか?」

 

「同じもの、って……どっちも火を出すものだろ?」

「なんでか上手くいかないんだよな」

 

 

「出力される結果は同じでも、プロセスが全然違うんだよ」

 

 俺は机の上にある紙の一枚を取り、万年筆で簡単な図を描いた。

 

「ギフトっていうのは、いわば『自動追尾機能付きのミサイル』だ。俺たちのアタマに最初からシステムとして組み込まれているから、俺たちは『あそこに火を飛ばす』とイメージするだけでいいんじゃない?風の影響や弾道の計算なんて、ギフトのシステムが裏側で自動的に補正して処理してくれてるんだよ」

 

簡単な人の頭を描き、その中にいろいろと言葉を書いていく。

 

距離、重力、到達速度。

 

「ギフトについては全部勝手な推測だからさ、間違ってたらごめん。でも、球面三角法ができないのにギフトの火の玉なら当てれてるってことは、そういうことなんじゃない?」

 

 岸川は生唾を飲み込み、朝の薄明かりの中で俺の描く図を凝視している。

 

「でも、魔術は違う。案内人が言ってたんだけど、魔術はただの物理現象なんだ。大気中の魔力を集めて、摩擦と熱を加えて火を起こし、それを自分の魔力で押し出す。つまり、魔術で作った火球は、ただの『ライターの火を大きくした塊』に過ぎない。」

 

「ここからは想像なんだけど、たぶん魔術はシステムによる補正が一切ないから、当然、自然界の風の影響をまともに受けるし、魔力を込めすぎて想像より初速が早かったり、あと角度の計算をちょっとでも間違えたら、明後日の方向に飛んでいくんだよ」

 

放物線を、杖の先に描いてみる。

 

 岸川の顔から、疑問符が出ているような表情が読み取れた。窓の外からは、少しずつ太陽が昇り始め、空がオレンジ色に染まりかけている。

 

「じゃあ……魔術師たちは、あのややこしい計算を、戦闘中に一瞬でやってるってことか? そんなの化け物じゃんか……」

 

「まぁ、あいつらはそれを何年も訓練して、呼吸するようにできるようになったんだろうな。でも、俺たちにはそんな時間はない。だから、アプローチを変えるんだ」

 

「アプローチを変える?」

 

 岸川が、朝日に照らされ始めた瞳で、すがるように俺を見た。

 

「簡単なことだよ。球面三角法をまずできるようになって、あとは距離ごとに必要な速度とかを書かれた表を見ればいいんだ。」

 

「ふつうにさ、この世界の道具に頼ってればいいんじゃないの?」

 

「ライターやら蒸気機関車やら、あるくらいには技術もあるんだしさ。」

「そういうものもあるんだよ。たぶん、最初から出来てたから渡されてなかっただけで、魔術はちんぷんかんぷんって言えばいい。」

 

 

「まず球面三角法ができない」

「どうやるんだ……?」

 

 

「いや、だから、離れた場所の位置を自動的に求められるでしょって」

「だからそこに向けて火球を撃ち込んで、あとは着弾する前かした後に魔術を保ってる形を崩すだけ」

 

「すると内側から炸裂してドッカーン……わかる?魔術はセンスじゃなくて理屈じゃない?俺は少なくともこれで出来たけど」

 

 

「OKOK、分かった。俺の頭じゃあ、今のところ、ちょっと魔術は分からんということだけ分かった。」

「魔術師たちに聞いてみるわ、やっぱ『超人』のギフトは違うな」

 

「へへ、よせやい。」

「微妙だよ微妙、俺も派手に火の玉ぶっ飛ばして、的粉砕とかやってみたいわあ」

 

 

 

俺はギフトを偽った。

百メートルを十五秒で走り、頭が冴える。

 

ぜんぶ地球のころから引き継いだフィジカルと知能だ。少なくとも、不死なんてギフトを試す気にもなれないし、クラスメイトたちを含めて全員に同じ説明をしている。

 

案内人からは据え置きの身体能力で可哀想、という反応をされた。

この世界の身体能力の基準が如何程か知らないが、少なくとも瞬足になる魔術というのが存在して、訓練所の走り込みの時に行使していた以上、これでも遅いと思われている可能性もある。

 

召喚されてから、ギフトを言ったあの時、速攻で走り込みに連れて行かれた。

 

半ば強制的にやらされた四キロの走り込みは、ほとんど長距離走で、いくら踏み締められた地面だからと言って決して楽なものではなかった。

 

トラックの四百メートルは余裕だけど、一直線で四キロとなるとまったく話が違ってきた。

 

 

「超人もいいよな、あんな楽そうに走れてさ」

「今度たしか、馬を外したチャリオットを牽引するとか田中がやるだろ」

 

「あれに出るのか?それとも出ないのか?超人って田中と同じく身体強化だろ」

 

 

「俺は常時発動だから効果が薄いんだよ、田中とは似てるけど別のギフトなの」

 

 

「へいへい分かった、へっぴり腰め、出ないって事ね」

 

「チャリオットは転がす時がいちばんきついとか、あの田中が言ってたくらいだし、俺じゃ引けないよ」

「あんなのタイヤ引きの何十倍のパワーがいるだろ、どう考えたって俺には無理だね。」

 

 

岸川は、振り子時計をちらりと見た。もう五時だ。

 

「マジでパッシブ系が羨ましいなあ」

「頭が良くなる効果とか今までの召喚で初めてなんだって?こっちの案内人が言ってたよ、予備動作がないっていいなあ」

 

「藍田さんとか祈る動作いるし、俺は火の玉を撃つ時に右腕を向け続けなきゃいけないし……」

「照準してる時マジでめちゃくちゃ筋肉痛になりそう」

 

「おっと、話が長すぎたか、もう風呂の時間だ」

「じゃあな!ちょっと行ってくるわ!」

 

 

岸川はそう言うと、いきなり扉を開けて出ていった。どれだけ風呂が好きなんだ、と思いつつ。

 

振り子時計が揺れる、コトンコトンという小気味いい音が妙に耳に残ったまま、朝風呂に俺も行くことにした。

 

 

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