異世界に来たら先人が魔王軍に寝返りまくってたので日和見してみる 作:匿名の筆者
【飛行】っていう魔術がある。
案内人の魔術師が言うには、これは厳密には魔術じゃないらしい。
杖は世界樹の樹皮でできていて伝導性がバッチリだから、先端から魔力をブッ放して飛ぶ。
魔力の噴射っていう、基礎も基礎。指向性をつけるって言うことを極めた先にある魔術らしい
その様はまるで簡単そうに見えたが、達人以外は生き残れないと告げられた。説明はだいぶ端折られてたけど、実際はめちゃくちゃ複雑な魔術らしい。
要するに、杖一本で空を飛ぶってのは、ロケットを片手で掴んでるようなもんで、まあコントロールを誤れば死ぬよなと。
「じゃあ揚力とか使って簡単にすればいいんじゃないですか?」って聞いたら、案内人は呆れた顔でこう言った。
「木の骨組みに紙張って、杖を何本もくっつけた大型の飛行装置なら一応あるよ。でもさ、重心の制御がクソ面倒くさくなるし、持ち運びも最悪。いくら早くたって的になる面積がデカすぎて、地上からでもリボルバーで余裕で撃ち落とされる」
……リボルバーあるんだ、この世界。
杖を増やせば推進力は上がるけど、人間が飛ぶなら一本で十分なんだと。
「じゃあ杖を載せれば載せるほど速度は早くなりますけど、カーブとかしやすくなるのでは?」
案内人は首を傾げながら、わざとらしくため息をついた。
「あのさあ、速度が早いってことは空気抵抗も上がるよね」
「揚力について知ってるならもちろん知ってると思うんだけど、高速で動く物体は曲がろうとする時に抵抗があるよね」
「カーブするのが簡単?あのですね、旋回半径が広がって、むしろ小回りが効きません」
そこからは怒涛の勢いで論破しようと高説を垂れ流してきた。こちらが頷けば掘り返し、話をふりだしに戻し、二度も三度も同じ話をする。
三時間は続いたであろう攻防。
それによれば、たくさんの情報が手に入った。
既に飛行魔術使えるやつがわざわざデカい装置に頼る必要がまったくない。
ひとつの杖の推進力だけで飛べるのに、大きな羽をつけて滑空にこだわる意味なんて、長距離以外ほぼない。
でも魔力の節約をしたいと考える人は多い。
だから長い距離、空を飛ばすべく、滑空という手段に行き着いた。
だが滑空ができるよう、大型にすると地上からの投影面積が必然的に大きくなり、さらに人間一人分を大幅に超過した重量を補うべく、できるだけ軽量化させながら推進力を増加させる必要も出てきた。
いちばん軽い品種の木を選び、その骨組みに紙をくっつける。
過去の異界人、つまるところ先人の助言によって竹を試したところ、水分を吸って、寒い上空で凍って骨組みが崩壊し、ダメになったらしい。
機体そのものの重量が重いのだから、骨組みにそこまで重さをかけていられない。
軽量化しても、十人ほどの重さがあると案内人は言った。
たぶん口ぶりからして600kgくらい?
その重さで動くためには複数の杖をくっつける必要があり、杖が複数個つけるとなるとコストも上がるし、なにより操作も複雑になる。
曲がり損ねたら空中でスピンしてそのまま墜落。長い時間をかけて育てた人材もそこで終わりだ。
棺桶になるような装置、飛行魔術師たちも使いたくねえ、と苦情が相次いだらしい。
それにいつの時代でも積載量だって馬車に負けてるし、籠つけて荷物運ぼうとしたら重さがコロコロ変わって面倒くさい。
さらに、偵察じゃ大型化したせいで目立ちすぎて使えないし、影でどこにいるのか晴れの日にはバレバレで、雨の日には紙がふやけるから飛ばせない。
膠を塗ったり漆を塗ったりいろいろ素材を試行錯誤したが、たどり着いたのはそもそも雨の日に飛ばさないことらしい。
いろいろ、ざんねん感が強い装置だ。
「じゃあ、飛行魔術師たちが戦場で物資輸送をしたり補給担当にするってのはどうですか」
「あー、無理無理、蒸気機関車って知らない?ほら、えーと。そっちの世界にあるんでしょ?」
地形をある程度無視できて、山岳でも馬車より高速な蒸気機関車。
それが物資を運ぶから陸上輸送では飛行魔術師に勝ち目がないよと返された。
観察してみれば案内人は地球もある程度知っている様子だし、先人と面識もある口ぶり。
この話を全部信じるなら、この世界の魔術を使った戦法って意外と既視感があるし、新鮮味がないと言うか、似通っている。
火球を空から落として爆撃しようとしたって、敵の陣地上空にはだいたい飛行魔術師が常駐してるから、奇跡的確率がいる。
たまたま歩兵に雲だと思われてバレず、戦場の上空で戦ってる飛行魔術師たちにも発見されずに、なんとか近寄れたとしよう。
しかし、拠点の真上は最も警戒されているとのことで。
大型装置なんかが近づいた瞬間にやっぱりどうしてもバレてしまうのだと。
そして、操縦手ごと銃で貫通される。
高速移動する機体を撃つなんてそんなのできるのか、と聞くと……
「まず大型機体は直進する時の音がデカすぎてどうやったってバレるし、撃たれまくる」
「銃って知らない?超高速で弾が飛んでくるんだけど、これが強くてね。簡単に機体ごと貫通されて墜落するのよ」
「骨組みに当たれば簡単に折れたり壊れたりするし、士気向上とかの面でも撃ち得のデカイ目標なんだよね」
「軌道上に弾を置いておくだけで突っ込んで避けられないし、貫通する弾が杖を壊したら、噴射のバランスが崩れて終わりだね」
移動する音がデカすぎて隠密が不可能。サイズが大きすぎて離着陸しようにも風圧で周辺の人が転倒したりする、平坦じゃないと宙返りして墜落する……
欠点があまりにも大きすぎるのが、飛行装置というものだった。
案内人曰く、さまざまな改良を加える試みは成されたが、根本的解決には至らなかったと。
移動するだけで杖の本数分魔力食うし、負担がデカすぎる。魔力を分担して杖に注ごうにも、タイミングがズレたら推力のバランスが崩れてスピン。
重いせいで加速も遅いから、そんなの使わずに一人が地上で火球ぶっ放して空に逃げるのが定番らしい。
「じゃあ大型機体でも空中から火球を落とせば強いんじゃね?」
って言ったら、すでに試されて対策済みだって鼻で笑われた。
火球での爆撃自体は普通に戦略として使われてるけど、大型装置を使用するものは生き残っておらず、相当な状況にならないと使い物にならないのだと。
大人数を空中に輸送する手段としてはアリだけど、戦争に使うとなればナシ。
編隊を組ませて個人単位で運用した方が強いという結論が出ているとのことで。
陸の輸送は蒸気機関車に全部持ってかれたし、手紙も美術品も運べなくなって、地形を無視できるという優位性を活かした事業は完全に死んだ。
残されたのは、戦争の道具としての役割だけ。
でもそこでも対策され尽くし、今では大して役に立たないポンコツ扱いと。
で、この【飛行】を覚えて欲しいらしい。
頭が良くなる効果があるのなら、魔術を覚えてみようということで、なんと明後日の朝から訓練だ。
空中から落下しても回収できるように飛行魔術師たちをつけておくから、いくら落下しても助かる環境だとかいろいろ言われたけど、まず落ちることが前提ということがあまりにも怖すぎる。
もし死んだらどうするつもりなんだと疑う。
たぶん、この速度で訓練させようとしてくるのは、【火球】の魔術を覚えるのが早すぎたのが最大の原因だ。
終わった、マジで最悪だ。
魔力の放出を三時間で出来るようになって、形を歪ながらも球体らしき姿にして、7mかちょっとくらい飛ばした。
あーもうまじで困る、あの時はセンスだけでやったのに、なんか偉そうな青いローブの老人に当時考えてた理論を説明してとか頼まれたし、魔術師たちはどんどん複雑な魔術を覚えようとさせてくるし……
頭がよくなるギフトと偽ったのは悪手だったかもしれない。