/*/ シャフト・エンタープライズ・ブラジル支社 試験格納庫 /*/
ブロッケンの胸部装甲が開いていた。
その奥に見えるコックピットは、もはや通常のそれではなかった。
操縦席の左右には、追加の演算ユニットが詰め込まれている。
背面には冷却系。
足元にはログ記録装置。
操縦桿の周囲には、ASURAとブロッケン本来の制御系をつなぐ変換インターフェースが増設されていた。
元々、余裕のある軍用レイバーのコックピットだったはずだ。
だが今は、機械で埋まっていた。
「……狭っ」
バドが、開いた胸部を覗き込んで言った。
森川政治は端末を抱えたまま、少し興奮気味に答えた。
「ASURAの試験系を組み込んでいるからな。グリフォン用の完全版ではないが、姿勢補正、判断系、ログ収集、緊急遮断系を全部入れてある」
磯口豊が笑う。
「ブロッケンの中に、無理やりもう一つ脳を詰め込んだようなものだよ」
「脳みそ詰めたら、パイロットの場所なくなっとるやん」
「その通りです」
黒崎が淡々と言った。
バドは振り返る。
「その通りなん?」
「通常の成人パイロットは搭乗できません。肩幅、膝位置、シートベルト固定、緊急脱出動作、すべて規格外になります」
「つまり?」
「現状、このASURA搭載ブロッケンに安全に乗れるのは、あなた程度の体格の者だけです」
バドは、もう一度コックピットを見た。
小さな操縦席。
周囲を囲む機械。
まるで、人間が乗る場所ではなく、部品が差し込まれる穴のようだった。
「……僕専用機やん」
内海が横で楽しそうに笑った。
「いい響きだねえ」
「よくないです」
黒崎が即座に言った。
「これは専用機ではありません。ASURA小型化までの暫定試験機です」
「でも僕しか乗られへんのやろ?」
「現状では」
「ほな僕専用やん」
「喜ばないで下さい」
「ちょっと嬉しい」
「喜ばないで下さい」
徳永専務は、格納庫の床に立ったまま、眉間を押さえていた。
「内海」
「はい?」
「これは改善計画か」
「もちろんです。グリフォンを無闇に出撃させず、ブロッケンでASURAの動作データを収集する。極めて現実的な計画です」
「私には、児童労働の問題を物理的に固定化したように見えるが」
「見方の問題ですね」
「見方の問題ではない」
内海はにこにこしている。
徳永は黒崎を見た。
「黒崎君。安全面は」
「通常のブロッケンより悪化しています」
「正直だな」
「事実です」
黒崎は続ける。
「ただし、グリフォンを実戦投入してデータを取るよりは回収リスクが低く、機体損失時の損害も小さい。緊急停止、外部牽引、遠隔遮断も可能です」
「つまり、危険だが相対的にはましだと?」
「そうなります」
徳永は重く息を吐いた。
「その“まし”の中に、子供を乗せるわけだ」
バドが手を上げた。
「専務」
「何だね」
「僕、乗るで」
「君の意思だけで決める話ではない」
「分かっとる。でも、ASURAに僕のログ要るやろ」
徳永は黙った。
バドはコックピットを見上げる。
「グリフォンで練習したら、勝ててまう。勝てる練習からは、負け方を学べへん。ブロッケンで捕まって、転んで、押し負けて、そのログをASURAに食わせる。それが要るんや」
森川が頷いた。
「理屈としては正しいです。グリフォンでしか取れないデータと、ブロッケンで取るべきデータは分けるべきです」
磯口も続ける。
「ブロッケンで得るのは、機体性能ではなく判断順序だ。どこで腰を逃がすか。どこで足裏を残すか。どの角度で組み付かれると危険か。それをグリフォン用に再構成する」
バドは嬉しそうに頷く。
「せや。弱い身体で強い頭を作るんや」
「ブロッケンも十分強い機体なんだけどね」
「アルフォンスに勝つ練習には、これくらいでちょうどええ」
徳永は、バドの顔を見た。
子供の顔だ。
だが、その目は完全にテストパイロットのものだった。
自分が危険な機体に乗る理由を理解している。
その危険すら、勝つための経験値として数えている。
「バド」
「はい」
「条件をつける」
「条件?」
「医師の立ち会い。外部遮断権限は黒崎君。連続搭乗時間の制限。損傷時は即時中止。内海の独断は禁止」
内海が口を挟む。
「最後の条件だけ厳しすぎませんか」
「一番重要だ」
「信用がないなあ」
「あると思っていたのか」
内海は楽しそうに肩をすくめた。
バドは少し考え、頷いた。
「分かった。条件付きでええ」
「本当に分かっているのかね」
「分かっとる。僕が壊れたら、アルフォンスと遊ばれへん」
「そういう意味ではない」
「でも大事やろ」
徳永は何か言い返そうとして、やめた。
黒崎が静かに言った。
「搭乗前検査を行います」
「はいはい」
「はいは一回です」
「はい」
バドはブロッケンASURA試験機を見上げた。
狭いコックピット。
周囲を埋める機械。
大人では乗れない、子供の自分だけが入り込める穴。
それは、少し不気味だった。
部品扱いされているようでもあった。
けれど、同時に燃えた。
自分しか乗れない。
自分の失敗がASURAを育てる。
自分が転べば、グリフォンは転ばなくなる。
「ええな」
バドは小さく笑った。
「まずは、この身体が小さいうちに稼げるだけ経験値稼いだる」
黒崎が低く言う。
「成長期ですから、時間制限があります」
「分かっとる」
バドはにっと笑った。
「僕が大きくなる前に、ASURAを小さくしたらええんやろ?」
森川の目が燃えた。
「やります」
磯口も笑う。
「面白くなってきたな」
徳永は頭を抱えた。
内海は心底楽しそうだった。
「いいねえ。バド。君の成長とASURAの小型化、どちらが早いか競争だ」
「負けへんで」
「どっちに?」
「どっちにも」
バドは、狭いコックピットへ手をかけた。
グリフォンでアルフォンスに勝つための、南米でのレベル上げが始まろうとしていた。