/*/ ブラジル支社 シャフト・セキュリティ・サービス格納庫 /*/
ブラジル支社におけるASURA実証計画は、書類上はこう記されていた。
既存軍用レイバーに対する高性能姿勢制御OSの適応試験。
警備用レイバーへの転用可能性調査。
鉱山・港湾・農場・治安維持業務における実地運用データ収集。
もっと簡単に言えば、こうである。
シャフト・セキュリティ・システム。
略称、SSS。
シャフト系列企業や提携先の警備、作業支援、事故対応、事故処理、雑務まで請け負う現地法人だった。
その格納庫に、ASURA搭載ブロッケン試験機が並んでいる。
外見はブロッケン。
だが胸部内部には、未小型化のASURA試験系がぎっちり詰め込まれている。
演算ユニット。
ログ記録装置。
姿勢制御補正系。
緊急遮断装置。
操縦系変換インターフェース。
冷却系。
そのせいで、コックピットは通常のブロッケンとは別物になっていた。
大人ではまともに乗れない。
肩が入らない。
膝が干渉する。
緊急脱出動作も保証できない。
結果として、ASURA搭載ブロッケン試験機を実際に動かせるのは、バドリナート・ハルチャンド程度の体格の子供だけだった。
バドは格納庫の床で、今日の業務表を見ていた。
「……黒崎さん」
「何です」
「これ、ほんまにASURA実証試験なん?」
「書類上はそうです」
「逃げた豚の捕獲、って書いてあるんやけど」
「書いてありますね」
「豚?」
「豚です」
黒崎は淡々としていた。
バドは業務表を見直す。
依頼元。
提携農場。
内容。
大型家畜輸送中の事故により、豚三十七頭が逃走。
周辺道路および支社関連施設への侵入防止。
可能であれば捕獲。
対象家畜の損傷は避けること。
バドは、ゆっくりと内海を見た。
内海は実に楽しそうだった。
「内海さん」
「何だい、バド」
「僕、ブラジルまで来て、豚捕まえるん?」
「いい仕事じゃないか」
「グリフォンでアルフォンスに勝つための訓練やんな?」
「もちろん」
「豚やで」
「豚を侮ってはいけないよ」
内海は指を立てた。
「予測不能な動き。低い重心。群れによる攪乱。泥濘地。相手を傷つけずに捕まえる必要がある。警察機の捕縛術とは別系統だが、実に良いデータが取れる」
バドは少し黙った。
それから、目を細めた。
「……たしかに、殺したらあかん相手を捕まえる練習にはなるな」
「だろう?」
「逃げる方向も読みにくい」
「そうだね」
「泥で足も滑る」
「その通り」
「ブロッケンで追い回したら、踏み潰さんように細かい制御いる」
「ASURA向きだ」
バドは業務表を畳んだ。
そして、ふと思い出したように言った。
「そういや、イングラムも逃げ出した家畜を捕まえるとかやってたもんな」
黒崎が目を上げる。
「イングラムが?」
「うん。警察レイバーって、別に毎日かっこよく犯人のレイバーと戦っとるわけやないやろ。暴走レイバー止めたり、迷惑な作業機どかしたり、逃げた家畜捕まえたり、そんなんも仕事や」
バドは、ブロッケンを見上げた。
「つまり、こういう地味な仕事もアルフォンスの経験値になっとるんや」
内海の笑みが深くなった。
「いい視点だねえ」
「警察機の強さって、たぶんそこや。壊したらあかん相手を、壊さんように止める。逃げる相手を、踏まんように捕まえる。周りを壊さんように動く」
バドは、にやっと笑った。
「よし。豚捕まえよ」
黒崎は小さく息を吐いた。
「納得が早すぎます」
「経験値や、黒崎さん」
「豚でですか」
「豚でもや」
バドはASURA搭載ブロッケンの胸部へ向かって歩き出した。
「グリフォンでアルフォンスを捕まえる前に、ブロッケンで豚捕まえたる」
内海は笑った。
「いいねえ。実にいい」
黒崎は思った。
東京から遠く離れたブラジルまで来て、なぜ自分は子供が軍用レイバーで豚を捕まえるのを監督しているのか。
考えると胃が痛くなるので、考えないことにした。
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農場近くの赤土道は、前日の雨でぬかるんでいた。
ASURA搭載ブロッケンが一歩踏み込むたび、足裏が泥を噛み、重い音が響く。
コックピットの中で、バドは操縦桿を握っていた。
狭い。
左右には増設ユニット。
膝の横にも配線。
背中の後ろで冷却ファンが唸っている。
大人なら肩すらまともに入らない空間に、バドの小さな身体だけがすっぽり収まっていた。
『バド、対象は十一時方向。二頭。道路へ向かっています』
黒崎の声が通信に入る。
「見えとる」
ブロッケンのカメラが、泥まみれの豚を捉えた。
豚は速かった。
しかも、思ったより賢い。
真っ直ぐ逃げない。
急に止まる。
横へ跳ねる。
草むらへ潜る。
バドは舌打ちした。
「こいつら、雑魚敵ちゃうな」
『豚です』
「分かっとる!」
ブロッケンが腰を落とす。
巨体が、ゆっくりと低く構えた。
出力で踏み込めば、豚など一瞬で潰れる。
だから踏み込めない。
足裏を残し、泥を逃がし、重心を低く保ち、腕を伸ばす。
ASURAが補正を入れる。
転倒危険。
過剰踏圧。
対象損傷リスク。
捕獲角度修正。
「うるさいなぁ、分かっとるわ」
バドは操縦桿を細かく動かす。
ブロッケンの腕がゆっくりと伸びた。
豚が逃げる。
泥が跳ねる。
ブロッケンの足が滑る。
「おっと」
ASURAが自動で腰を逃がした。
倒れかけた巨体が、片膝を沈めて姿勢を戻す。
ログが記録される。
泥濘地。
低速追跡。
過剰出力抑制。
対象非損傷捕獲。
足裏滑り時の膝沈み補正。
バドは笑った。
「ええやん。これ、捕縛の練習になるわ」
ブロッケンの左腕が豚の進路を塞ぐ。
右腕で押すのではなく、追い込む。
豚が横へ逃げた瞬間、足元の泥が崩れる。
バドは、反射的に腰を逃がした。
ブロッケンの巨体が斜めに流れる。
だが倒れない。
ASURAが、流れた重心をそのまま利用し、腕の角度を修正した。
豚は金属製の捕獲ネットへ飛び込む。
黒崎の声が入った。
『一頭捕獲』
「よっしゃ!」
『喜びすぎないで下さい。まだ三十六頭います』
「レベル上げや!」
『業務です』
通信の向こうで、内海が笑った。
『同じことだよ、黒崎君』
『違います』
結局、豚三十七頭の捕獲には半日かかった。
泥まみれになったブロッケンは、格納庫へ戻る頃には軍用レイバーというより、巨大な農機具のようになっていた。
だがログは豊富だった。
逃げる相手を潰さず捕まえる。
予測不能な動きを追う。
泥濘地で踏み止まる。
出力を絞って腕を伸ばす。
バドは整備用足場から、泥だらけのブロッケンを見上げて満足そうに言った。
「アルフォンスも、こういう仕事で強くなったんやろな」
黒崎は答えない。
ただ、記録端末へ今日の搭乗時間と疲労度を書き込んだ。
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翌週、SSSには別の依頼が入った。
鉱山会社からの警備要請だった。
鉱山外縁部の資材置き場に、労働争議に便乗した武装集団が接近している可能性がある。
シャフト系列の採掘機材とレイバーを警備してほしい。
黒崎は、事前説明で念を押した。
「実戦ではありません。威圧、警備、避難誘導が主目的です」
バドはブロッケンの搭乗服を着ながら頷く。
「撃たれたら?」
「基本は防御姿勢を取り、退避。現地警備隊に引き継ぎます」
「ブロッケン、拳銃で抜かれる?」
「抜かれません」
「ライフルは?」
「通常弾では貫通しません。軍用レイバーですから」
「ほな、撃たれるログ取れるやん」
「その発想はやめて下さい」
バドは不満そうに口を尖らせた。
「でも、銃撃下のログはいるやろ」
「必要だとしても、わざと撃たれる必要はありません」
「分かっとるって。拳銃やライフルなら、装甲で受ければええ。怖いのは関節とセンサーやな」
「それを分かっているなら、なおさら無理はしないで下さい」
バドは少し考えた。
「イングラムの三七ミリ、リボルバーカノンは人間用だとどのくらいになるんやろな」
黒崎が目を細めた。
「物騒な比較をしないで下さい」
「いや、大事やん」
バドは真面目な顔だった。
「ブロッケンから見た拳銃弾やライフル弾は、人間で言うたら石とか豆鉄砲みたいなもんかもしれん。でも、イングラムの三七ミリは別や。あれ、レイバー用の拳銃やろ」
「拳銃というには口径が大きすぎます」
「でもレイバーのサイズで見たら、警察官の拳銃みたいな位置づけやん。人間用に置き換えたら、どれくらいの感覚なんやろ。大型拳銃? ショットガン? 対物ライフル?」
黒崎は少しだけ沈黙した。
バドの言っていることは、子供の空想ではなかった。
スケールの問題。
人間が拳銃で撃たれるのと、レイバーが三七ミリで撃たれるのは同じではない。
だが、機体構造、装甲、関節、センサーを考えれば、あれは決して無視できる武装ではない。
「いずれにせよ、被弾すれば無傷では済みません」
「せやろ」
バドは搭乗ヘルメットを小脇に抱えた。
「だから、小火器で撃たれるログもいる。撃たれた時に、どこを向けるか。どこを隠すか。どの角度で受けるか。関節を晒さん姿勢は、三七ミリ相手でも使えるかもしれん」
「今回の相手はイングラムではありません」
「でも、練習は全部つながる」
そこへ内海がやって来た。
「実地でしか取れないログというものもある」
「内海さん」
黒崎の声が低くなる。
「もちろん、安全第一でね」
「その言葉をあなたが使うと不安になります」
「ひどいなあ」
バドは笑いながらヘルメットを被った。
「大丈夫や。撃たれても、正面装甲で受ける。関節狙われたら逃げる。センサーやられたら遮蔽物。基本やろ」
黒崎は一瞬だけ黙った。
子供の言葉ではない。
だが、実務としては間違っていない。
「……勝手な判断はしないで下さい」
「はい」
「はいは一回」
「今一回やったで」
「屁理屈を言わない」
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夜の鉱山外縁部。
投光器の光が、赤茶けた岩肌を照らしている。
ASURA搭載ブロッケンは、資材置き場の前に立っていた。
巨大な軍用レイバーの影だけで、十分な威圧感がある。
だが、武装集団は撃ってきた。
最初は拳銃弾。
次にライフル弾。
乾いた音が連続し、ブロッケンの胸部装甲と腕部装甲に火花が散る。
コックピット内で警告音が鳴る。
被弾。
外装損傷軽微。
貫通なし。
センサー異常なし。
関節部への被弾注意。
バドは息を吐いた。
「ほんまに抜けへんな」
『感心しないで下さい。後退しなさい』
黒崎の声。
「でも、相手の射線見える」
『バド』
「分かっとる。正面だけ受ける。関節は晒さん」
ブロッケンが左腕を盾のように上げる。
ASURAが被弾方向を解析する。
姿勢を微調整。
腕部装甲で受ける角度を維持。
弾丸は弾かれる。
だが、関節部へ浅く入った一発で、右肘の駆動補正にノイズが走った。
「っ」
ブロッケンの腕が一瞬遅れる。
ASURAが補正を入れる。
被弾時駆動遅延。
関節部防御角度不足。
右腕反応低下時の左半身重心移行。
バドは即座に半身を切った。
射線を外す。
岩陰へ一歩。
重い機体が、鉱山道路の砂利を踏む。
足元が崩れる。
「うわ、地面悪っ」
ASURAが足裏の接地を再計算する。
腰を落とす。
弾丸が装甲を叩く。
ブロッケンは倒れない。
倒れず、撃ち返しもしない。
ただ、資材置き場と作業員の避難路の間に立つ。
バドは歯を見せた。
「これ、ええログや」
『よくありません』
黒崎の声が鋭い。
『退避しなさい』
「もうちょい」
『退避です』
「はいはい」
『はいは一回です』
「はい!」
ブロッケンは後退しながら、資材コンテナを盾にした。
武装集団は、軍用レイバー相手に小火器では無理だと理解したのか、やがて散っていった。
黒崎が通信で言う。
『現地警備隊が追跡に移ります。あなたは待機』
「了解」
『勝手に追わない』
「追わへんよ。今日のデータはもう十分や」
バドは、コックピット内のログ表示を見た。
銃撃下での姿勢維持。
関節部被弾時の補正。
非武装警備行動。
遮蔽物利用。
低視界夜間威圧。
バドは小さく笑った。
「太田のおっちゃんに三七ミリ撃たれても、ちょっとは慌てんで済みそうやな」
『相手を太田巡査と決めつけないで下さい』
「でも撃ってくるやろ」
『……否定はしません』
「ほらな」
『だからといって撃たれる練習を正当化しないで下さい』
バドは笑った。
「黒崎さん、三七ミリやったら今日みたいに受けたらあかんよな」
『当然です』
「装甲で受けるんやなくて、撃つ前に銃口の向きで逃げる。撃たれた後やなくて、撃たれる前に姿勢を変える」
『その認識は正しいです』
「拳銃弾とライフル弾は、受ける練習。三七ミリは、受けへん練習やな」
黒崎は通信越しに、わずかに沈黙した。
危ない。
だが、悪くない。
バドは確かに学んでいる。
被弾して平気だと慢心するのではなく、武器の格を分けて考えている。
それでも、黒崎の胃が痛いことに変わりはなかった。
『今日の業務は終了です。帰投しなさい』
「はい」
『はいは一回』
「今のは一回や」
通信の向こうで内海が笑った。
『いいねえ、バド。拳銃弾は受ける練習、三七ミリは受けない練習。実に分かりやすい』
『内海さんは黙っていて下さい』
『ひどいなあ』
ブロッケンは、ゆっくりと鉱山道路を下っていった。
装甲には弾痕が残っている。
貫通はない。
だが、バドの中には別の痕が残っていた。
イングラムの銃は、今日撃たれた小火器とは違う。
あれは警察機の拳銃であり、レイバーにとっての本物の脅威だ。
ならば、受けてはいけない。
撃たせない。
撃つ前に崩す。
銃口を逸らす。
腰を抜く。
腕を殺す。
アルフォンスとの決戦用のログは、豚と泥と鉱山と銃弾の中で、少しずつ積み上がっていった。
/*/
鉱山内部の作業は、また別の意味で厄介だった。
狭い。
暗い。
足場が悪い。
天井が低い。
無理に腕を上げれば岩盤に当たる。
出力を上げれば支柱を壊す。
通信は乱れる。
粉塵でセンサーが鈍る。
バドは、鉱山用照明を浴びながらブロッケンをゆっくり歩かせていた。
「これ、戦闘より怖いんやけど」
『その認識は正しいです』
黒崎が答える。
『鉱山内部では、機体の性能より制限遵守が重要です』
「つまり、強く動いたら負け?」
『そうです』
「アルフォンスみたいやな」
『何がです』
「壊したらあかん場所で、相手を止める。出力任せにできへん。周りを見ながら動く」
バドは慎重に操縦桿を倒す。
ブロッケンが、落盤しかけた支柱の近くで停止する。
作業員の指示に従い、崩れかけた資材を持ち上げる。
だが、持ち上げすぎると天井に当たる。
力を抜きすぎると落ちる。
ASURAが腕部出力を細かく制御した。
低出力精密作業。
狭所姿勢維持。
上方障害物回避。
荷重変化時の膝補正。
粉塵下センサー信頼度低下。
バドは、汗をかいていた。
戦闘ではない。
だが、神経を使う。
「グリフォンやったら、絶対やりにくいな」
『グリフォンを鉱山に入れる予定はありません』
「たとえ話や」
バドは、支柱の横に補強材を置く。
ゆっくり。
ブロッケンの指が、岩肌をかすめる。
警告。
接触注意。
バドは息を止め、ほんの少しだけ腕を引いた。
補強材が収まる。
作業員が無線で叫んだ。
『固定完了!』
バドは大きく息を吐いた。
「戦闘より疲れる」
『良いことです』
「良いことなん?」
『あなたは、今まで勝つことと壊すことを中心に考えすぎていました』
「黒崎さん、急に先生みたいなこと言うな」
『教育計画の一環です』
「鉱山で?」
『実地教育です』
バドは口を尖らせた。
だが、否定はできなかった。
鉱山内部での作業は、グリフォンで暴れるための訓練ではない。
むしろ逆だ。
暴れない訓練。
壊さない訓練。
狭い場所で、自分より弱いものを潰さずに動く訓練。
警察機であるイングラムの強さは、たぶんここに近い。
バドは小さく呟いた。
「……野明のお姉ちゃん、こういうの上手そうやな」
『何か言いましたか』
「何でもない」
ログは、静かにASURAへ蓄積されていった。
/*/
その夜。
ブラジル支社の宿舎で、黒崎は徳永専務宛ての報告書を書いていた。
件名。
ASURA搭載ブロッケン実証試験・第一期経過報告。
内容。
農場における逃走家畜捕獲支援。
警備業務中の小火器被弾データ取得。
鉱山内部作業支援。
搭乗者バドリナート・ハルチャンドの健康状態。
搭乗時間。
疲労度。
心理状態。
内海課長の不審行動。
黒崎は、最後の項目で手を止めた。
不審行動。
多すぎる。
ありすぎる。
どこから書けばいいのか分からない。
内海はソファでコーヒーを飲みながら、楽しそうに言った。
「黒崎君、今日の豚捕獲ログは素晴らしかったね」
「徳永専務にそのまま書けと?」
「書けばいいじゃないか。非損傷捕獲対象に対する低速追跡および泥濘地姿勢制御データ、と」
「豚とは書きません」
「なぜ」
「報告書の品位が下がります」
「事実なのに」
バドは隣で身分証カードを机に置き、ノートに文字を書いていた。
教育計画の宿題だった。
日本語、英語、簡単なポルトガル語の単語。
その横に、勝手に書き足した文字。
豚捕獲ミッション。
銃撃耐久ミッション。
鉱山ステージ。
黒崎はそれを見て言った。
「ステージではありません」
「業務?」
「業務です」
「でも経験値入ったで」
「経験値でもありません」
内海が笑う。
「いや、経験値だよ。今日のブロッケンは昨日より少し上手い」
バドは顔を上げた。
「やろ?」
「うん。豚を踏まなかった。銃撃で関節を晒さなかった。鉱山で天井を壊さなかった。実にいい」
「地味やけど、めっちゃ大事やった」
「そうだね」
黒崎は報告書へ視線を戻した。
地味。
その通りだった。
ブラジルでのSSS業務は、派手な決闘ではない。
逃げた豚を捕まえる。
警備で撃たれる。
鉱山で支柱を支える。
泥に足を取られる。
粉塵でセンサーが鈍る。
暑さで冷却が苦しくなる。
通信が乱れる。
現地作業員の怒鳴り声を聞く。
それらは、グリフォンの華麗な戦闘ログとはまるで違う。
だが、ASURAには必要だった。
現実の機械は、決闘だけで動くわけではない。
現実のレイバーは、泥と銃弾と家畜と鉱山の中で動く。
そしてバドは、それを面白がっていた。
「黒崎さん」
「何です」
「明日は何のミッション?」
「業務です」
「業務は何?」
「港湾倉庫の夜間警備です」
バドの目が輝いた。
「港湾ステージや」
「だからステージではありません」
内海が笑った。
「いいねえ。南米編らしくなってきた」
黒崎は、徳永専務宛ての報告書にこう書いた。
第一期試験は、概ね順調。
ただし、内海課長およびバドリナート君は、業務と遊戯の区別が曖昧。
継続的な監視を要する。
そこまで書いて、黒崎は手を止めた。
そして、もう一文を加えた。
ASURAの学習効率は、想定を上回る。
黒崎は、その一文を見つめた。
胃が痛い理由が、少し分かった気がした。
彼らのやっていることは危うい。
だが、成果が出ている。
だから止めにくい。
内海が楽しそうにしている時ほど、厄介な成果が出る。
ブラジルの夜は暑かった。
格納庫では、ASURA搭載ブロッケンの冷却ファンがまだ回っている。
その音は、まるで次の仕事を待っている獣の寝息のようだった。