ブラジル支社に来てから、バドリナート・ハルチャンドはよく撃たれるようになった。
もちろん、生身で撃たれているわけではない。
撃たれるのは、ASURA搭載ブロッケン試験機である。
ブロッケン。
もともとは軍用レイバーであり、民間作業用レイバーよりも頑丈に作られている。
そこへ、未小型化のASURA試験系を無理やり詰め込んだ。
演算ユニット。
ログ記録装置。
姿勢制御補正系。
操縦系変換インターフェース。
緊急遮断装置。
冷却ユニット。
おかげでコックピットは、通常のブロッケンとは別物になった。
大人のパイロットでは肩が入らない。
膝が当たる。
緊急脱出動作が保証できない。
安全基準以前に、物理的に狭すぎる。
だから、結局バドしか乗れない。
その事実を聞いた時、バドは少し嬉しそうにした。
「僕専用機やん」
黒崎は即座に否定した。
「暫定試験機です」
「でも僕しか乗れへんのやろ」
「現状では」
「ほな僕専用やん」
「喜ばないで下さい」
内海課長は、横で心底楽しそうに笑っていた。
「いい響きだねえ。ASURA搭載ブロッケン、バド専用試験機」
「課長」
黒崎は低い声で言った。
「そういう言い方はやめて下さい」
「黒崎君は固いなあ」
「この計画自体が柔らかすぎるんです」
「柔軟と言ってほしいね」
「危険と言っています」
それでも、計画は止まらなかった。
徳永専務からの命令で、内海課長はシャフト・エンタープライズ・ブラジル支社へ飛ばされた。
表向きは、ASURAの海外市場向け実証試験。
実態は、東京レイバーショウ事件の火消しと、内海課長の隔離。
ただし、内海課長にとってブラジルは左遷先ではなかった。
広い土地。
緩い監視。
雑多なレイバー市場。
鉱山、港湾、農場、治安警備。
そして、裏社会と軍用機材が普通に匂う環境。
内海課長は、辞令を受け取った時から笑っていた。
「いいですねえ、南米。実にいい」
徳永専務は怒った。
黒崎は胃を痛めた。
バドは身分証カードを握りしめていた。
バドリナート・ハルチャンド。
所属、シャフト・エンタープライズ・ジャパン特別研究協力者。
未成年保護対象。
実務担当、黒崎。
統括責任者、徳永専務。
それは国籍でも戸籍でもなかった。
だが、バドにとっては初めての「紙の中の自分」だった。
「カード装備や」
「装備ではありません」
「でも、これ持ってたら僕、誰かに聞かれても名前言えるんやろ」
「言えます」
「所属も?」
「言えます」
「黒崎さんの名前も?」
「記載されています」
「ほな、迷子になっても黒崎さんに戻されるんやな」
「迷子にならないで下さい」
そうして、バドはブラジルへ来た。
そして撃たれるようになった。
拳銃弾。
ライフル弾。
鉱山外縁部で、武装集団に撃たれた。
ブロッケンの装甲は通常弾では抜けなかった。
だが、関節部へ浅く入った一発で右腕の駆動補正にノイズが走り、バドは学んだ。
弾は貫通しなくても、無視していいわけではない。
どこで受けるか。
どこを隠すか。
どの角度で装甲を向けるか。
被弾時、どこへ重心を逃がすか。
拳銃弾とライフル弾は、受ける練習になる。
だが、イングラムの三七ミリ、リボルバーカノンは別だ。
あれはレイバー用の拳銃だ。
人間用に置き換えれば、どの程度の脅威になるのか。
大型拳銃か。
ショットガンか。
対物ライフルか。
いずれにせよ、受けてはいけない。
撃たれる前に銃口を逸らす。
腕を殺す。
腰を崩す。
遮蔽物を使う。
バドは、そう整理した。
その前には、逃げた豚を捕まえた。
大型家畜輸送中の事故で、豚三十七頭が泥濘地へ逃げた。
バドは最初、ブラジルまで来て豚を捕まえるのかと文句を言った。
だが、すぐに納得した。
「そういや、イングラムも逃げ出した家畜を捕まえるとかやってたもんな」
警察レイバーは、毎日かっこよく犯人レイバーと戦っているわけではない。
暴走レイバーを止める。
迷惑な作業機をどかす。
逃げた家畜を捕まえる。
壊してはいけないものを、壊さず止める。
踏んではいけないものを、踏まずに追う。
それが警察機の経験値になる。
なら、豚も経験値だ。
ブロッケンで豚を追うのは難しかった。
速い。
低い。
群れる。
急に止まる。
横へ跳ねる。
草むらへ潜る。
ブロッケンの出力で踏み込めば、一瞬で潰してしまう。
だから踏み込めない。
泥に足を取られながら、出力を絞り、腕を伸ばし、進路を塞ぎ、踏まないように追い込む。
ASURAは多くを学んだ。
低速追跡。
非損傷捕獲。
泥濘地姿勢制御。
過剰踏圧抑制。
足裏滑り時の膝沈み補正。
バドは泥まみれのブロッケンを見て言った。
「アルフォンスも、こういう仕事で強くなったんやろな」
黒崎は返事をしなかった。
ただ、徳永専務宛ての報告書にこう書いた。
ASURAの学習効率は、想定を上回る。
それが一番、胃に悪かった。
成果が出ている。
だから止められない。
内海課長が楽しそうにしている時ほど、厄介な成果が出る。
そして、次の業務は港湾倉庫の夜間警備だった。
/*/
港湾倉庫地区の夜は、湿っていた。
海からの風が、塩と油と熱を運んでくる。
遠くで貨物船の汽笛が鳴り、倉庫群の間をトラックのエンジン音が流れていく。
照明は多い。
だが、明るいわけではない。
コンテナの影。
荷役機械の足元。
倉庫と倉庫の隙間。
そこに濃い闇が溜まる。
シャフト・セキュリティ・サービス。
SSSの夜間警備業務。
書類上は、提携企業の倉庫と搬入資材を見回るだけの仕事だった。
だが、バドは最初から妙な期待をしていた。
港湾ステージ。
夜。
倉庫。
コンテナ。
密輸品。
マフィア。
ゲームなら何か起きるに決まっている。
そして実際、起きた。
ASURA搭載ブロッケンのコックピットで、バドはモニターを切り替えた。
相変わらず狭い。
左右の増設ユニットが肩のすぐ横にある。
膝の脇を配線が走る。
背中の冷却ファンが低く唸っている。
大人なら苦痛以前に入れない空間。
だが、バドには収まる。
それが少し嬉しくもあり、少し嫌でもあった。
『バド。三番倉庫裏、動きがあります』
黒崎の声が通信に入る。
いつもより低い。
バドは視線を細めた。
「何かおるん?」
『確認中です。近づきすぎないように』
「了解」
カメラが倉庫裏を捉える。
赤茶けた港湾灯の下。
コンテナの陰。
複数の車両。
木箱。
人影。
見張りらしい男。
そして、銃。
バドは眉を上げた。
「黒崎さん」
『何です』
「これ、普通の警備業務?」
『普通ではありません』
「麻薬取引っぽい」
『断定しないで下さい』
「ほな、麻薬取引っぽい何か」
『距離を維持。現地警備隊へ連絡します』
「向こう、こっち見たで」
コンテナの影にいた男の一人が、こちらを指差した。
次の瞬間、銃声が響いた。
乾いた音が、夜の港に跳ねる。
拳銃弾。
続けてライフル弾。
弾丸が、ブロッケンの胸部装甲と腕部装甲に当たり、火花になって散った。
コックピット内に警告表示が走る。
被弾。
外装損傷軽微。
貫通なし。
センサー異常なし。
関節部被弾注意。
バドは息を吐いた。
「また撃たれた」
『後退しなさい』
「拳銃とライフルや。抜けへん」
『そういう問題ではありません』
「分かっとる。関節は晒さん」
ブロッケンが左腕を上げる。
軍用レイバーの装甲は、通常の拳銃弾やライフル弾では貫けない。
だが、バドは前回の鉱山警備で学んでいた。
貫通しないから安全、ではない。
センサーを叩かれれば視界が欠ける。
関節部へ入れば駆動が乱れる。
増設されたASURA試験系に衝撃が走れば、操縦補正そのものが乱れる。
そして、このブロッケンの中には、バドがいる。
狭いコックピットの中で、機械に囲まれている。
弾は外で弾けても、衝撃は伝わる。
無視していい攻撃ではない。
ASURAが弾着方向を解析する。
射線。
遮蔽物。
装甲角度。
関節露出。
ブロッケンは腕部装甲で銃弾を受けながら、半身を切った。
「拳銃弾とライフル弾は、受ける練習」
『バド』
「分かっとるって。前に出えへん」
その時だった。
モニターの端で、妙な動きがあった。
コンテナの隙間。
男が二人がかりで、筒状のものを担ぎ出している。
バドの目が細くなる。
「……黒崎さん」
『何です』
「あれ、何?」
カメラがズームする。
肩に担いだ筒。
前後の形状。
構え方。
バドの背中に冷たいものが走った。
「RPGやん」
『確認中。後退しなさい』
「RPG-7っぽいんやけど!」
『即時退避!』
黒崎の声が鋭くなった。
バドも、もう笑っていなかった。
拳銃弾とライフル弾なら、装甲で受けられる。
だが、ロケット砲は違う。
RPG-7の直撃を、ASURA搭載ブロッケンが余裕で耐えられる保証はない。
運が悪ければ装甲を抜かれる。
抜かれなくても、爆発と衝撃で転倒する。
肩部、胸部、センサー、関節、背面の冷却系。
どこをやられてもまずい。
増設されたASURA試験系も危ない。
なにより、機体が耐えても中のバドが耐えられるとは限らない。
「これは受けたらあかんやつ!」
バドは操縦桿を叩くように倒した。
ASURAが即座に警告を出す。
高リスク回避動作。
重心急変。
転倒可能性。
バドは叫んだ。
「転倒やない、受け身や!」
ブロッケンが前へ沈む。
普通なら、軍用レイバーがやる動きではない。
膝を折る。
腕を前につく。
肩から回る。
前回り受け身。
子供が体育の授業でやるような動き。
だが、それを十数トン級の軍用レイバーがやった。
金属の巨体が、港湾倉庫のコンクリート床を削りながら、ごろっと転がる。
直後、ロケット弾がブロッケンの立っていた場所を通過した。
爆発。
コンテナの角が吹き飛び、炎と破片が夜の港に散る。
衝撃波がブロッケンの装甲を叩いた。
コックピット内で警報が鳴る。
至近爆発。
外装損傷。
右肩部擦過。
姿勢制御一時乱れ。
ASURA補正中。
「うわっ、怖っ!」
バドの声が跳ねた。
ブロッケンは転がった勢いのまま、片膝をついて立ち上がる。
ASURAが必死に姿勢を戻す。
足裏接地。
腰部角度。
腕部接地反力。
回転後視界再取得。
転倒復帰。
前方回転回避。
ログ記録。
『バド! 応答!』
「生きとる!」
『損傷は』
「直撃は避けた! 右肩ちょい擦った! コックピットは大丈夫!」
『すぐに撤退しなさい!』
「了解!」
ブロッケンはコンテナ群を盾にして後退した。
今度は、拳銃弾もライフル弾も無視しない。
射線を切る。
コンテナの角を使う。
倉庫の壁を利用する。
RPGを構えた男が次弾を準備しようとする。
だが、その横で何かが動いた。
最初、バドにはそれが人間に見えなかった。
闇の中を、白い影が低く走った。
コンテナの下、車両の影、荷役機械の脚元。
小さい。
速い。
そして、低い。
白い影は、RPGを持つ男の背後へ滑り込むと、手をついたまま身体を回転させた。
蹴り。
カポエイラのような低い回転蹴りが、男の膝を刈る。
男が崩れる。
RPGが床を滑る。
バドは思わず叫んだ。
「何や今の!?」
『こちらでも確認しています。生身です』
「生身!?」
さらに別の影が動いた。
長い黒髪。
メイド服。
場違いなほど整った姿。
だが、動きは場違いではなかった。
その女は銃声の中を歩くように進み、怯えた様子もなく、銃を向けた男の腕を取った。
折る。
流れるように銃を奪う。
奪った銃を使って、別の男の足元を撃つ。
殺すためではない。
動きを止めるため。
だが、迷いがない。
バドはモニター越しに見つめた。
「……メイド?」
『距離を取りなさい。所属不明です』
「でも、あの人ら敵を潰しとるで」
『味方とは限りません』
「そらそうやけど」
小柄な白い影が、RPGを蹴り飛ばした。
そのままコンテナの角を蹴り、壁を使い、銃撃の死角へ潜る。
男が拳銃を向ける。
だが間に合わない。
蹴りが手首を打ち、拳銃が跳ねる。
続いて肘。
膝。
顎。
動きが速いだけではない。
低い。
読みにくい。
レイバーのカメラだと、コンテナや車両の陰にすぐ消える。
ブロッケンの巨体から見ると、足元の小さな白い獣のようだった。
バドは息を呑んだ。
「この動き、ASURAに欲しい」
『今それを言いますか』
「めっちゃ欲しい」
『撤退が先です』
「はい!」
現地警備隊の車両が、サイレンを鳴らして突入してきた。
マフィアたちは混乱し、逃走を始める。
銃声は散発的になり、やがて止んだ。
ブロッケンは倉庫群から距離を取り、支社側の装甲車両の後方に下がった。
黒崎の声が通信に入る。
『そのまま待機。交戦禁止』
「分かっとる」
『本当に分かっていますか』
「分かっとる。RPGは受けへん練習や」
『もう一つ』
「何?」
『所属不明のメイド二名にも近づかない』
バドは少しだけ不満そうにした。
「モーキャプだけでも」
『駄目です』
「まだ何も言うてへん」
『言う前に分かります』
/*/
格納庫に戻ったブロッケンは、ひどい状態だった。
貫通こそない。
だが、装甲には無数の弾痕。
右肩部はコンクリートで擦れて塗装が剥げ、外装に深い傷が入っている。
背面には爆風で飛んだ破片が刺さっていた。
森川政治はログを見て、青ざめながらも目を輝かせていた。
「前方回転回避……」
磯口豊も端末を覗き込む。
「ブロッケンでやったのか。これを」
バドはコックピットから降り、少しふらつきながら床に立った。
黒崎が即座に肩を掴む。
「医療チェックです」
「大丈夫やって」
「医療チェックです」
「はい」
「はいは一回」
「今一回やん」
黒崎はバドのヘルメットを受け取りながら、いつもより強い声で言った。
「RPGを確認した時点で、即時撤退すべきでした」
「したやん」
「撃たれる前にです」
「それは無理や。見つけた時には構えとった」
「ならば、もっと早く距離を取るべきでした」
「取る前に撃たれたんやって」
「言い訳です」
「うん」
バドは素直に頷いた。
黒崎は一瞬、言葉を止めた。
「……分かっているのですか」
「分かっとる」
バドは、傷だらけのブロッケンを見上げた。
「拳銃とライフルは受ける練習になった。でもRPGはあかん。直撃したら、ブロッケンでも危ない。ASURAの箱も壊れるし、僕も潰れるかもしれん」
「その通りです」
「次から、筒持ってる奴見たら先に隠れる」
「当然です」
「あと、構えさせへん」
「それは警備業務の範囲を越えます」
「でも、決戦なら要る」
黒崎は眉を寄せた。
バドは続けた。
「イングラムの三七ミリも同じや。今日のRPGほどやないかもしれん。でも、受けたらあかん。撃たれる前に銃口を逸らす。腕を殺す。腰を崩す。遮蔽物を使う」
内海課長が横から口を挟んだ。
「いいねえ。実にいい理解だ」
「課長は黙っていて下さい」
黒崎の声が低い。
だが内海課長は、ブロッケンの右肩に残った擦過痕を見上げ、心底楽しそうだった。
「それにしても、前回り受け身か」
バドは、少し得意げに笑った。
「とっさや」
「ブロッケンでねえ」
「ASURAが無かったら無理やったと思う。普通に転んで終わりや」
森川が端末を操作しながら言う。
「いや、凄いログだ。重心を前に流して、肩から転がり、回転後に膝を入れて復帰している。これは単なる転倒復帰ではない。能動的な回避運動だ」
磯口も頷く。
「ブロッケンの機体構造では、推奨される動作ではないがね。右肩外装が削れている。だが、直撃を避けた代償としては安い」
バドは、ふと何かに気づいたように言った。
「この動作、肩に回転灯のあるイングラムはやってなかったな」
黒崎が目を向ける。
「回転灯?」
「うん。イングラム、肩に回転灯あるやろ。あれ、前回り受け身したら危ないんちゃう? 肩からごろっといったら、回転灯とか肩の突起とか壊れるやん」
森川が端末から顔を上げた。
「確かに、肩部に突起物がある機体では、接地回転動作は制限される可能性がある」
磯口が面白そうに笑う。
「警察機だからね。視認性や警告灯の装備が必要になる。そのぶん、軍用機より外装突起がある」
バドは頷いた。
「アルフォンスは、転んでも起き上がるのは上手い。でも、肩から前に転がって避ける動きは見た覚えない。少なくとも起動ディスクの中には、あんまり入ってへんかった」
内海課長の目が細くなる。
「つまり?」
「グリフォンならできるかもしれん」
バドは、傷だらけのブロッケンを見上げた。
「グリフォンは肩に回転灯ない。軽い。速い。関節も柔らかい。飛ぶだけやなくて、地面で転がる回避もできるなら、イングラムの予想から外せる」
黒崎は嫌そうな顔をした。
「グリフォンを転がすつもりですか」
「必要なら」
「高価な機体です」
「撃たれて壊れるより安いやろ」
内海課長は、ついに笑い出した。
「いい。実にいい。空を飛ぶ黒い怪鳥が、地面を転がって弾を避ける」
「絵面はかっこ悪いな」
「そこがいいんだよ」
バドはにっと笑った。
「アルフォンスが知らん動き、ひとつ増えたな」
黒崎は、すぐに言った。
「その前に医療チェックです」
「はいはい」
「はいは一回」
「はい」
バドは医療担当に連れて行かれた。
その背中を見送りながら、黒崎は徳永専務宛ての報告内容を考えた。
港湾倉庫夜間警備中、武装集団と遭遇。
小火器による被弾あり。
RPG-7と思われる対装甲火器を確認。
搭乗者判断により前方回転回避。
機体損傷軽微。
搭乗者に重大な負傷なし。
ASURAに新規回避ログを取得。
現場に所属不明の武装メイド二名を確認。
書けば書くほど胃が痛い。
しかも、最後の一文が最も厄介だった。
所属不明の武装メイド二名。
現地警備隊の報告によれば、二人は警察組織の者ではない。
マフィア側でもない。
片方は小柄な少女のような姿で、カポエイラのような動きでRPG射手を無力化した。
もう片方は、長い黒髪のメイド服の女。
銃撃下でまったく怯まず、敵の武器と動線を正確に潰していた。
内海課長が横で楽しそうに言った。
「黒崎君。報告書には、どう書く?」
「正直に書きます」
「武装メイド、と?」
「所属不明の武装女性二名、と書きます」
「報告書らしいねえ」
「笑い事ではありません」
「笑い事ではないから面白いんだよ」
黒崎は、深く息を吐いた。
ブラジルの夜は暑かった。
港からは、まだ遠くサイレンの音が聞こえる。
格納庫では、傷ついたASURA搭載ブロッケンの冷却ファンが回り続けていた。
その装甲には、拳銃弾とライフル弾の痕。
右肩には、前回り受け身で削れた傷。
そしてASURAの中には、イングラムの起動ディスクにはなかった動きが、一つ刻まれていた。
/*/
翌朝。
シャフト・エンタープライズ・ブラジル支社の受付に、二人のメイドが現れた。
一人は長身の女。
長い黒髪。
丸眼鏡。
整ったメイド服。
姿勢は静かで、表情も穏やかに見える。
だが、黒崎は一目で分かった。
穏やかではない。
あれは、止まっているだけだ。
いつでも動けるように、余分な動きを消している。
もう一人は小柄だった。
少年のようにも見える。
だが、メイド服を着た少女である。
体格はバドに近い。
目つきは鋭く、足運びが軽い。
受付の警備員が困惑している間に、二人は堂々と名乗った。
「ラブレス家使用人、ロベルタと申します」
長身の女が静かに言った。
「同じく、ファビオラ・イグレシアスです」
小柄な少女が続ける。
「昨夜、そちらの警備業務中に押収された積荷について、お話があります」
黒崎は、受付からの内線を聞きながら胃を押さえた。
やはり来た。
こういう案件は、向こうから来る。
内海課長は隣で、朝から楽しそうだった。
「ラブレス家だって」
「課長」
「何だい、黒崎君」
「関わらない方がいい案件です」
「でも、向こうから来た」
「より悪いです」
「そういう案件ほど、面白いんだよ」
「課長」
「うん?」
「本当に黙っていて下さい」
その頃、バドは医療チェック後の軽い朝食を食べながら、身分証カードを首から下げていた。
受付に現れた二人の映像をモニターで見て、目を丸くする。
「あ、昨日の白いちっこいメイド」
「人をちっこい言うなです」
通信越しではない。
いつの間にか、ファビオラは会議室の入口に立っていた。
バドは椅子の上で固まった。
「速っ」
ファビオラはじろりとバドを見る。
「あんたが、あの軍用レイバーに乗ってた子供ですか」
「うん」
「子供を軍用機に乗せるなです」
黒崎が、心から同意するように小さく頷いた。
「同感です」
内海課長は楽しそうに笑った。
「黒崎君、味方ができたね」
ロベルタは静かに内海課長を見た。
その視線は、柔らかくも冷たかった。
「その子を、兵器として使っているのですか」
内海課長は、いつもの薄ら笑いで答えた。
「友達として、一緒に遊んでいるんですよ」
ロベルタの目が、ほんの少しだけ細くなる。
「……なお悪い」
バドは、ファビオラを見ていた。
昨日の動き。
低い姿勢。
手をついた回転。
蹴り。
死角への入り方。
レイバーのカメラから消える足運び。
あれは、ASURAにない。
イングラムの起動ディスクにもない。
グリフォンにも、きっと役に立つ。
バドは真顔で言った。
「なあ、メイドさん」
「何ですか」
「昨日の動き、モーキャプ取らせて」
「嫌です」
「なんで」
「メイドの技を、会社の機械に食わせるなです」
バドは少し考えた。
「ほな、友達価格で」
「値段の問題じゃないです!」
内海課長が吹き出した。
黒崎は額を押さえた。
ロベルタはバドをじっと見ていた。
子供。
人買いに流された過去を持つらしい少年。
企業に保護されているという名目で、軍用レイバーに乗せられている。
そして、そのことをゲームのように語る。
ロベルタは静かに言った。
「銃を持つ子供は、いつか銃に使われます」
バドはロベルタを見上げた。
「僕はレイバーやで」
「同じです」
部屋が少し静かになった。
バドは、すぐには返せなかった。
黒崎も、内海課長も黙った。
ファビオラだけが、少し苛立ったように腕を組んでいる。
やがて、内海課長が楽しそうに手を叩いた。
「さて。ラブレス家のメイドさんたちが、わざわざ朝から来た理由を聞こうじゃないか」
ロベルタは静かに頷いた。
「昨夜の取引現場にあった積荷。その一部は、ラブレス家の輸送証明を偽装していました」
黒崎の顔が険しくなる。
「偽装?」
「はい。麻薬だけではありません。軍用レイバー部品、対装甲火器、制御モジュール。南米北部から流れた品が混じっています」
ファビオラが続けた。
「その中に、ラブレス家の名前を使った偽造書類があったです。迷惑な話です」
内海課長の笑みが深くなる。
「なるほど。こちらのSSS業務と、そちらのラブレス家案件が重なったわけだ」
黒崎は低く言った。
「課長。これは本社に報告すべき案件です」
「もちろん」
「必要な部分だけ、ではなく全てです」
「黒崎君は鋭いなあ」
「課長」
バドは資料モニターを見ていた。
軍用レイバー部品。
対装甲火器。
制御モジュール。
RPG-7。
麻薬取引。
ラブレス家偽装書類。
その裏にある密輸ルート。
そして、昨日見たロベルタとファビオラの動き。
これは、ただの港湾警備ではない。
ブラジルに来てからの豚捕獲、鉱山作業、銃撃、RPG回避。
それらとは別の種類の経験値が、目の前にある。
生身の人間が、レイバーの戦場に踏み込んでくる。
装甲もない。
コックピットもない。
それなのに、戦場のルールを変える。
バドは小さく呟いた。
「南米編、イベント濃いなぁ」
黒崎が即座に言った。
「編ではありません」
ファビオラが眉をひそめる。
「何の話ですか」
「こっちの話や」
「変な子供です」
「よう言われる」
ロベルタは、内海課長を見ていた。
内海課長も、ロベルタを見ていた。
どちらも笑っていない。
だが、部屋の温度が少しだけ下がったように感じた。
黒崎は、その間に立ちながら思った。
内海課長。
バド。
ASURA。
軍用ブロッケン。
南米密輸ルート。
ラブレス家。
武装メイド。
これ以上、厄介な単語を一つの報告書に入れたくない。
しかし、もう遅かった。
ブラジル編は、始まってしまっていた。