転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

19 / 19
湾岸倉庫の猟犬

 

 

 

 ブラジル支社に来てから、バドリナート・ハルチャンドはよく撃たれるようになった。

 

 もちろん、生身で撃たれているわけではない。

 

 撃たれるのは、ASURA搭載ブロッケン試験機である。

 

 ブロッケン。

 

 もともとは軍用レイバーであり、民間作業用レイバーよりも頑丈に作られている。

 

 そこへ、未小型化のASURA試験系を無理やり詰め込んだ。

 

 演算ユニット。

 

 ログ記録装置。

 

 姿勢制御補正系。

 

 操縦系変換インターフェース。

 

 緊急遮断装置。

 

 冷却ユニット。

 

 おかげでコックピットは、通常のブロッケンとは別物になった。

 

 大人のパイロットでは肩が入らない。

 

 膝が当たる。

 

 緊急脱出動作が保証できない。

 

 安全基準以前に、物理的に狭すぎる。

 

 だから、結局バドしか乗れない。

 

 その事実を聞いた時、バドは少し嬉しそうにした。

 

「僕専用機やん」

 

 黒崎は即座に否定した。

 

「暫定試験機です」

 

「でも僕しか乗れへんのやろ」

 

「現状では」

 

「ほな僕専用やん」

 

「喜ばないで下さい」

 

 内海課長は、横で心底楽しそうに笑っていた。

 

「いい響きだねえ。ASURA搭載ブロッケン、バド専用試験機」

 

「課長」

 

 黒崎は低い声で言った。

 

「そういう言い方はやめて下さい」

 

「黒崎君は固いなあ」

 

「この計画自体が柔らかすぎるんです」

 

「柔軟と言ってほしいね」

 

「危険と言っています」

 

 それでも、計画は止まらなかった。

 

 徳永専務からの命令で、内海課長はシャフト・エンタープライズ・ブラジル支社へ飛ばされた。

 

 表向きは、ASURAの海外市場向け実証試験。

 

 実態は、東京レイバーショウ事件の火消しと、内海課長の隔離。

 

 ただし、内海課長にとってブラジルは左遷先ではなかった。

 

 広い土地。

 

 緩い監視。

 

 雑多なレイバー市場。

 

 鉱山、港湾、農場、治安警備。

 

 そして、裏社会と軍用機材が普通に匂う環境。

 

 内海課長は、辞令を受け取った時から笑っていた。

 

「いいですねえ、南米。実にいい」

 

 徳永専務は怒った。

 

 黒崎は胃を痛めた。

 

 バドは身分証カードを握りしめていた。

 

 バドリナート・ハルチャンド。

 

 所属、シャフト・エンタープライズ・ジャパン特別研究協力者。

 

 未成年保護対象。

 

 実務担当、黒崎。

 

 統括責任者、徳永専務。

 

 それは国籍でも戸籍でもなかった。

 

 だが、バドにとっては初めての「紙の中の自分」だった。

 

「カード装備や」

 

「装備ではありません」

 

「でも、これ持ってたら僕、誰かに聞かれても名前言えるんやろ」

 

「言えます」

 

「所属も?」

 

「言えます」

 

「黒崎さんの名前も?」

 

「記載されています」

 

「ほな、迷子になっても黒崎さんに戻されるんやな」

 

「迷子にならないで下さい」

 

 そうして、バドはブラジルへ来た。

 

 そして撃たれるようになった。

 

 拳銃弾。

 

 ライフル弾。

 

 鉱山外縁部で、武装集団に撃たれた。

 

 ブロッケンの装甲は通常弾では抜けなかった。

 

 だが、関節部へ浅く入った一発で右腕の駆動補正にノイズが走り、バドは学んだ。

 

 弾は貫通しなくても、無視していいわけではない。

 

 どこで受けるか。

 

 どこを隠すか。

 

 どの角度で装甲を向けるか。

 

 被弾時、どこへ重心を逃がすか。

 

 拳銃弾とライフル弾は、受ける練習になる。

 

 だが、イングラムの三七ミリ、リボルバーカノンは別だ。

 

 あれはレイバー用の拳銃だ。

 

 人間用に置き換えれば、どの程度の脅威になるのか。

 

 大型拳銃か。

 

 ショットガンか。

 

 対物ライフルか。

 

 いずれにせよ、受けてはいけない。

 

 撃たれる前に銃口を逸らす。

 

 腕を殺す。

 

 腰を崩す。

 

 遮蔽物を使う。

 

 バドは、そう整理した。

 

 その前には、逃げた豚を捕まえた。

 

 大型家畜輸送中の事故で、豚三十七頭が泥濘地へ逃げた。

 

 バドは最初、ブラジルまで来て豚を捕まえるのかと文句を言った。

 

 だが、すぐに納得した。

 

「そういや、イングラムも逃げ出した家畜を捕まえるとかやってたもんな」

 

 警察レイバーは、毎日かっこよく犯人レイバーと戦っているわけではない。

 

 暴走レイバーを止める。

 

 迷惑な作業機をどかす。

 

 逃げた家畜を捕まえる。

 

 壊してはいけないものを、壊さず止める。

 

 踏んではいけないものを、踏まずに追う。

 

 それが警察機の経験値になる。

 

 なら、豚も経験値だ。

 

 ブロッケンで豚を追うのは難しかった。

 

 速い。

 

 低い。

 

 群れる。

 

 急に止まる。

 

 横へ跳ねる。

 

 草むらへ潜る。

 

 ブロッケンの出力で踏み込めば、一瞬で潰してしまう。

 

 だから踏み込めない。

 

 泥に足を取られながら、出力を絞り、腕を伸ばし、進路を塞ぎ、踏まないように追い込む。

 

 ASURAは多くを学んだ。

 

 低速追跡。

 

 非損傷捕獲。

 

 泥濘地姿勢制御。

 

 過剰踏圧抑制。

 

 足裏滑り時の膝沈み補正。

 

 バドは泥まみれのブロッケンを見て言った。

 

「アルフォンスも、こういう仕事で強くなったんやろな」

 

 黒崎は返事をしなかった。

 

 ただ、徳永専務宛ての報告書にこう書いた。

 

 ASURAの学習効率は、想定を上回る。

 

 それが一番、胃に悪かった。

 

 成果が出ている。

 

 だから止められない。

 

 内海課長が楽しそうにしている時ほど、厄介な成果が出る。

 

 そして、次の業務は港湾倉庫の夜間警備だった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 港湾倉庫地区の夜は、湿っていた。

 

 海からの風が、塩と油と熱を運んでくる。

 

 遠くで貨物船の汽笛が鳴り、倉庫群の間をトラックのエンジン音が流れていく。

 

 照明は多い。

 

 だが、明るいわけではない。

 

 コンテナの影。

 

 荷役機械の足元。

 

 倉庫と倉庫の隙間。

 

 そこに濃い闇が溜まる。

 

 シャフト・セキュリティ・サービス。

 

 SSSの夜間警備業務。

 

 書類上は、提携企業の倉庫と搬入資材を見回るだけの仕事だった。

 

 だが、バドは最初から妙な期待をしていた。

 

 港湾ステージ。

 

 夜。

 

 倉庫。

 

 コンテナ。

 

 密輸品。

 

 マフィア。

 

 ゲームなら何か起きるに決まっている。

 

 そして実際、起きた。

 

 ASURA搭載ブロッケンのコックピットで、バドはモニターを切り替えた。

 

 相変わらず狭い。

 

 左右の増設ユニットが肩のすぐ横にある。

 

 膝の脇を配線が走る。

 

 背中の冷却ファンが低く唸っている。

 

 大人なら苦痛以前に入れない空間。

 

 だが、バドには収まる。

 

 それが少し嬉しくもあり、少し嫌でもあった。

 

『バド。三番倉庫裏、動きがあります』

 

 黒崎の声が通信に入る。

 

 いつもより低い。

 

 バドは視線を細めた。

 

「何かおるん?」

 

『確認中です。近づきすぎないように』

 

「了解」

 

 カメラが倉庫裏を捉える。

 

 赤茶けた港湾灯の下。

 

 コンテナの陰。

 

 複数の車両。

 

 木箱。

 

 人影。

 

 見張りらしい男。

 

 そして、銃。

 

 バドは眉を上げた。

 

「黒崎さん」

 

『何です』

 

「これ、普通の警備業務?」

 

『普通ではありません』

 

「麻薬取引っぽい」

 

『断定しないで下さい』

 

「ほな、麻薬取引っぽい何か」

 

『距離を維持。現地警備隊へ連絡します』

 

「向こう、こっち見たで」

 

 コンテナの影にいた男の一人が、こちらを指差した。

 

 次の瞬間、銃声が響いた。

 

 乾いた音が、夜の港に跳ねる。

 

 拳銃弾。

 

 続けてライフル弾。

 

 弾丸が、ブロッケンの胸部装甲と腕部装甲に当たり、火花になって散った。

 

 コックピット内に警告表示が走る。

 

 被弾。

 

 外装損傷軽微。

 

 貫通なし。

 

 センサー異常なし。

 

 関節部被弾注意。

 

 バドは息を吐いた。

 

「また撃たれた」

 

『後退しなさい』

 

「拳銃とライフルや。抜けへん」

 

『そういう問題ではありません』

 

「分かっとる。関節は晒さん」

 

 ブロッケンが左腕を上げる。

 

 軍用レイバーの装甲は、通常の拳銃弾やライフル弾では貫けない。

 

 だが、バドは前回の鉱山警備で学んでいた。

 

 貫通しないから安全、ではない。

 

 センサーを叩かれれば視界が欠ける。

 

 関節部へ入れば駆動が乱れる。

 

 増設されたASURA試験系に衝撃が走れば、操縦補正そのものが乱れる。

 

 そして、このブロッケンの中には、バドがいる。

 

 狭いコックピットの中で、機械に囲まれている。

 

 弾は外で弾けても、衝撃は伝わる。

 

 無視していい攻撃ではない。

 

 ASURAが弾着方向を解析する。

 

 射線。

 

 遮蔽物。

 

 装甲角度。

 

 関節露出。

 

 ブロッケンは腕部装甲で銃弾を受けながら、半身を切った。

 

「拳銃弾とライフル弾は、受ける練習」

 

『バド』

 

「分かっとるって。前に出えへん」

 

 その時だった。

 

 モニターの端で、妙な動きがあった。

 

 コンテナの隙間。

 

 男が二人がかりで、筒状のものを担ぎ出している。

 

 バドの目が細くなる。

 

「……黒崎さん」

 

『何です』

 

「あれ、何?」

 

 カメラがズームする。

 

 肩に担いだ筒。

 

 前後の形状。

 

 構え方。

 

 バドの背中に冷たいものが走った。

 

「RPGやん」

 

『確認中。後退しなさい』

 

「RPG-7っぽいんやけど!」

 

『即時退避!』

 

 黒崎の声が鋭くなった。

 

 バドも、もう笑っていなかった。

 

 拳銃弾とライフル弾なら、装甲で受けられる。

 

 だが、ロケット砲は違う。

 

 RPG-7の直撃を、ASURA搭載ブロッケンが余裕で耐えられる保証はない。

 

 運が悪ければ装甲を抜かれる。

 

 抜かれなくても、爆発と衝撃で転倒する。

 

 肩部、胸部、センサー、関節、背面の冷却系。

 

 どこをやられてもまずい。

 

 増設されたASURA試験系も危ない。

 

 なにより、機体が耐えても中のバドが耐えられるとは限らない。

 

「これは受けたらあかんやつ!」

 

 バドは操縦桿を叩くように倒した。

 

 ASURAが即座に警告を出す。

 

 高リスク回避動作。

 

 重心急変。

 

 転倒可能性。

 

 バドは叫んだ。

 

「転倒やない、受け身や!」

 

 ブロッケンが前へ沈む。

 

 普通なら、軍用レイバーがやる動きではない。

 

 膝を折る。

 

 腕を前につく。

 

 肩から回る。

 

 前回り受け身。

 

 子供が体育の授業でやるような動き。

 

 だが、それを十数トン級の軍用レイバーがやった。

 

 金属の巨体が、港湾倉庫のコンクリート床を削りながら、ごろっと転がる。

 

 直後、ロケット弾がブロッケンの立っていた場所を通過した。

 

 爆発。

 

 コンテナの角が吹き飛び、炎と破片が夜の港に散る。

 

 衝撃波がブロッケンの装甲を叩いた。

 

 コックピット内で警報が鳴る。

 

 至近爆発。

 

 外装損傷。

 

 右肩部擦過。

 

 姿勢制御一時乱れ。

 

 ASURA補正中。

 

「うわっ、怖っ!」

 

 バドの声が跳ねた。

 

 ブロッケンは転がった勢いのまま、片膝をついて立ち上がる。

 

 ASURAが必死に姿勢を戻す。

 

 足裏接地。

 

 腰部角度。

 

 腕部接地反力。

 

 回転後視界再取得。

 

 転倒復帰。

 

 前方回転回避。

 

 ログ記録。

 

『バド! 応答!』

 

「生きとる!」

 

『損傷は』

 

「直撃は避けた! 右肩ちょい擦った! コックピットは大丈夫!」

 

『すぐに撤退しなさい!』

 

「了解!」

 

 ブロッケンはコンテナ群を盾にして後退した。

 

 今度は、拳銃弾もライフル弾も無視しない。

 

 射線を切る。

 

 コンテナの角を使う。

 

 倉庫の壁を利用する。

 

 RPGを構えた男が次弾を準備しようとする。

 

 だが、その横で何かが動いた。

 

 最初、バドにはそれが人間に見えなかった。

 

 闇の中を、白い影が低く走った。

 

 コンテナの下、車両の影、荷役機械の脚元。

 

 小さい。

 

 速い。

 

 そして、低い。

 

 白い影は、RPGを持つ男の背後へ滑り込むと、手をついたまま身体を回転させた。

 

 蹴り。

 

 カポエイラのような低い回転蹴りが、男の膝を刈る。

 

 男が崩れる。

 

 RPGが床を滑る。

 

 バドは思わず叫んだ。

 

「何や今の!?」

 

『こちらでも確認しています。生身です』

 

「生身!?」

 

 さらに別の影が動いた。

 

 長い黒髪。

 

 メイド服。

 

 場違いなほど整った姿。

 

 だが、動きは場違いではなかった。

 

 その女は銃声の中を歩くように進み、怯えた様子もなく、銃を向けた男の腕を取った。

 

 折る。

 

 流れるように銃を奪う。

 

 奪った銃を使って、別の男の足元を撃つ。

 

 殺すためではない。

 

 動きを止めるため。

 

 だが、迷いがない。

 

 バドはモニター越しに見つめた。

 

「……メイド?」

 

『距離を取りなさい。所属不明です』

 

「でも、あの人ら敵を潰しとるで」

 

『味方とは限りません』

 

「そらそうやけど」

 

 小柄な白い影が、RPGを蹴り飛ばした。

 

 そのままコンテナの角を蹴り、壁を使い、銃撃の死角へ潜る。

 

 男が拳銃を向ける。

 

 だが間に合わない。

 

 蹴りが手首を打ち、拳銃が跳ねる。

 

 続いて肘。

 

 膝。

 

 顎。

 

 動きが速いだけではない。

 

 低い。

 

 読みにくい。

 

 レイバーのカメラだと、コンテナや車両の陰にすぐ消える。

 

 ブロッケンの巨体から見ると、足元の小さな白い獣のようだった。

 

 バドは息を呑んだ。

 

「この動き、ASURAに欲しい」

 

『今それを言いますか』

 

「めっちゃ欲しい」

 

『撤退が先です』

 

「はい!」

 

 現地警備隊の車両が、サイレンを鳴らして突入してきた。

 

 マフィアたちは混乱し、逃走を始める。

 

 銃声は散発的になり、やがて止んだ。

 

 ブロッケンは倉庫群から距離を取り、支社側の装甲車両の後方に下がった。

 

 黒崎の声が通信に入る。

 

『そのまま待機。交戦禁止』

 

「分かっとる」

 

『本当に分かっていますか』

 

「分かっとる。RPGは受けへん練習や」

 

『もう一つ』

 

「何?」

 

『所属不明のメイド二名にも近づかない』

 

 バドは少しだけ不満そうにした。

 

「モーキャプだけでも」

 

『駄目です』

 

「まだ何も言うてへん」

 

『言う前に分かります』

 

 

 

     /*/

 

 

 

 格納庫に戻ったブロッケンは、ひどい状態だった。

 

 貫通こそない。

 

 だが、装甲には無数の弾痕。

 

 右肩部はコンクリートで擦れて塗装が剥げ、外装に深い傷が入っている。

 

 背面には爆風で飛んだ破片が刺さっていた。

 

 森川政治はログを見て、青ざめながらも目を輝かせていた。

 

「前方回転回避……」

 

 磯口豊も端末を覗き込む。

 

「ブロッケンでやったのか。これを」

 

 バドはコックピットから降り、少しふらつきながら床に立った。

 

 黒崎が即座に肩を掴む。

 

「医療チェックです」

 

「大丈夫やって」

 

「医療チェックです」

 

「はい」

 

「はいは一回」

 

「今一回やん」

 

 黒崎はバドのヘルメットを受け取りながら、いつもより強い声で言った。

 

「RPGを確認した時点で、即時撤退すべきでした」

 

「したやん」

 

「撃たれる前にです」

 

「それは無理や。見つけた時には構えとった」

 

「ならば、もっと早く距離を取るべきでした」

 

「取る前に撃たれたんやって」

 

「言い訳です」

 

「うん」

 

 バドは素直に頷いた。

 

 黒崎は一瞬、言葉を止めた。

 

「……分かっているのですか」

 

「分かっとる」

 

 バドは、傷だらけのブロッケンを見上げた。

 

「拳銃とライフルは受ける練習になった。でもRPGはあかん。直撃したら、ブロッケンでも危ない。ASURAの箱も壊れるし、僕も潰れるかもしれん」

 

「その通りです」

 

「次から、筒持ってる奴見たら先に隠れる」

 

「当然です」

 

「あと、構えさせへん」

 

「それは警備業務の範囲を越えます」

 

「でも、決戦なら要る」

 

 黒崎は眉を寄せた。

 

 バドは続けた。

 

「イングラムの三七ミリも同じや。今日のRPGほどやないかもしれん。でも、受けたらあかん。撃たれる前に銃口を逸らす。腕を殺す。腰を崩す。遮蔽物を使う」

 

 内海課長が横から口を挟んだ。

 

「いいねえ。実にいい理解だ」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

 黒崎の声が低い。

 

 だが内海課長は、ブロッケンの右肩に残った擦過痕を見上げ、心底楽しそうだった。

 

「それにしても、前回り受け身か」

 

 バドは、少し得意げに笑った。

 

「とっさや」

 

「ブロッケンでねえ」

 

「ASURAが無かったら無理やったと思う。普通に転んで終わりや」

 

 森川が端末を操作しながら言う。

 

「いや、凄いログだ。重心を前に流して、肩から転がり、回転後に膝を入れて復帰している。これは単なる転倒復帰ではない。能動的な回避運動だ」

 

 磯口も頷く。

 

「ブロッケンの機体構造では、推奨される動作ではないがね。右肩外装が削れている。だが、直撃を避けた代償としては安い」

 

 バドは、ふと何かに気づいたように言った。

 

「この動作、肩に回転灯のあるイングラムはやってなかったな」

 

 黒崎が目を向ける。

 

「回転灯?」

 

「うん。イングラム、肩に回転灯あるやろ。あれ、前回り受け身したら危ないんちゃう? 肩からごろっといったら、回転灯とか肩の突起とか壊れるやん」

 

 森川が端末から顔を上げた。

 

「確かに、肩部に突起物がある機体では、接地回転動作は制限される可能性がある」

 

 磯口が面白そうに笑う。

 

「警察機だからね。視認性や警告灯の装備が必要になる。そのぶん、軍用機より外装突起がある」

 

 バドは頷いた。

 

「アルフォンスは、転んでも起き上がるのは上手い。でも、肩から前に転がって避ける動きは見た覚えない。少なくとも起動ディスクの中には、あんまり入ってへんかった」

 

 内海課長の目が細くなる。

 

「つまり?」

 

「グリフォンならできるかもしれん」

 

 バドは、傷だらけのブロッケンを見上げた。

 

「グリフォンは肩に回転灯ない。軽い。速い。関節も柔らかい。飛ぶだけやなくて、地面で転がる回避もできるなら、イングラムの予想から外せる」

 

 黒崎は嫌そうな顔をした。

 

「グリフォンを転がすつもりですか」

 

「必要なら」

 

「高価な機体です」

 

「撃たれて壊れるより安いやろ」

 

 内海課長は、ついに笑い出した。

 

「いい。実にいい。空を飛ぶ黒い怪鳥が、地面を転がって弾を避ける」

 

「絵面はかっこ悪いな」

 

「そこがいいんだよ」

 

 バドはにっと笑った。

 

「アルフォンスが知らん動き、ひとつ増えたな」

 

 黒崎は、すぐに言った。

 

「その前に医療チェックです」

 

「はいはい」

 

「はいは一回」

 

「はい」

 

 バドは医療担当に連れて行かれた。

 

 その背中を見送りながら、黒崎は徳永専務宛ての報告内容を考えた。

 

 港湾倉庫夜間警備中、武装集団と遭遇。

 小火器による被弾あり。

 RPG-7と思われる対装甲火器を確認。

 搭乗者判断により前方回転回避。

 機体損傷軽微。

 搭乗者に重大な負傷なし。

 ASURAに新規回避ログを取得。

 現場に所属不明の武装メイド二名を確認。

 

 書けば書くほど胃が痛い。

 

 しかも、最後の一文が最も厄介だった。

 

 所属不明の武装メイド二名。

 

 現地警備隊の報告によれば、二人は警察組織の者ではない。

 

 マフィア側でもない。

 

 片方は小柄な少女のような姿で、カポエイラのような動きでRPG射手を無力化した。

 

 もう片方は、長い黒髪のメイド服の女。

 

 銃撃下でまったく怯まず、敵の武器と動線を正確に潰していた。

 

 内海課長が横で楽しそうに言った。

 

「黒崎君。報告書には、どう書く?」

 

「正直に書きます」

 

「武装メイド、と?」

 

「所属不明の武装女性二名、と書きます」

 

「報告書らしいねえ」

 

「笑い事ではありません」

 

「笑い事ではないから面白いんだよ」

 

 黒崎は、深く息を吐いた。

 

 ブラジルの夜は暑かった。

 

 港からは、まだ遠くサイレンの音が聞こえる。

 

 格納庫では、傷ついたASURA搭載ブロッケンの冷却ファンが回り続けていた。

 

 その装甲には、拳銃弾とライフル弾の痕。

 

 右肩には、前回り受け身で削れた傷。

 

 そしてASURAの中には、イングラムの起動ディスクにはなかった動きが、一つ刻まれていた。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 翌朝。

 

 シャフト・エンタープライズ・ブラジル支社の受付に、二人のメイドが現れた。

 

 一人は長身の女。

 

 長い黒髪。

 

 丸眼鏡。

 

 整ったメイド服。

 

 姿勢は静かで、表情も穏やかに見える。

 

 だが、黒崎は一目で分かった。

 

 穏やかではない。

 

 あれは、止まっているだけだ。

 

 いつでも動けるように、余分な動きを消している。

 

 もう一人は小柄だった。

 

 少年のようにも見える。

 

 だが、メイド服を着た少女である。

 

 体格はバドに近い。

 

 目つきは鋭く、足運びが軽い。

 

 受付の警備員が困惑している間に、二人は堂々と名乗った。

 

「ラブレス家使用人、ロベルタと申します」

 

 長身の女が静かに言った。

 

「同じく、ファビオラ・イグレシアスです」

 

 小柄な少女が続ける。

 

「昨夜、そちらの警備業務中に押収された積荷について、お話があります」

 

 黒崎は、受付からの内線を聞きながら胃を押さえた。

 

 やはり来た。

 

 こういう案件は、向こうから来る。

 

 内海課長は隣で、朝から楽しそうだった。

 

「ラブレス家だって」

 

「課長」

 

「何だい、黒崎君」

 

「関わらない方がいい案件です」

 

「でも、向こうから来た」

 

「より悪いです」

 

「そういう案件ほど、面白いんだよ」

 

「課長」

 

「うん?」

 

「本当に黙っていて下さい」

 

 その頃、バドは医療チェック後の軽い朝食を食べながら、身分証カードを首から下げていた。

 

 受付に現れた二人の映像をモニターで見て、目を丸くする。

 

「あ、昨日の白いちっこいメイド」

 

「人をちっこい言うなです」

 

 通信越しではない。

 

 いつの間にか、ファビオラは会議室の入口に立っていた。

 

 バドは椅子の上で固まった。

 

「速っ」

 

 ファビオラはじろりとバドを見る。

 

「あんたが、あの軍用レイバーに乗ってた子供ですか」

 

「うん」

 

「子供を軍用機に乗せるなです」

 

 黒崎が、心から同意するように小さく頷いた。

 

「同感です」

 

 内海課長は楽しそうに笑った。

 

「黒崎君、味方ができたね」

 

 ロベルタは静かに内海課長を見た。

 

 その視線は、柔らかくも冷たかった。

 

「その子を、兵器として使っているのですか」

 

 内海課長は、いつもの薄ら笑いで答えた。

 

「友達として、一緒に遊んでいるんですよ」

 

 ロベルタの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 

「……なお悪い」

 

 バドは、ファビオラを見ていた。

 

 昨日の動き。

 

 低い姿勢。

 

 手をついた回転。

 

 蹴り。

 

 死角への入り方。

 

 レイバーのカメラから消える足運び。

 

 あれは、ASURAにない。

 

 イングラムの起動ディスクにもない。

 

 グリフォンにも、きっと役に立つ。

 

 バドは真顔で言った。

 

「なあ、メイドさん」

 

「何ですか」

 

「昨日の動き、モーキャプ取らせて」

 

「嫌です」

 

「なんで」

 

「メイドの技を、会社の機械に食わせるなです」

 

 バドは少し考えた。

 

「ほな、友達価格で」

 

「値段の問題じゃないです!」

 

 内海課長が吹き出した。

 

 黒崎は額を押さえた。

 

 ロベルタはバドをじっと見ていた。

 

 子供。

 

 人買いに流された過去を持つらしい少年。

 

 企業に保護されているという名目で、軍用レイバーに乗せられている。

 

 そして、そのことをゲームのように語る。

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「銃を持つ子供は、いつか銃に使われます」

 

 バドはロベルタを見上げた。

 

「僕はレイバーやで」

 

「同じです」

 

 部屋が少し静かになった。

 

 バドは、すぐには返せなかった。

 

 黒崎も、内海課長も黙った。

 

 ファビオラだけが、少し苛立ったように腕を組んでいる。

 

 やがて、内海課長が楽しそうに手を叩いた。

 

「さて。ラブレス家のメイドさんたちが、わざわざ朝から来た理由を聞こうじゃないか」

 

 ロベルタは静かに頷いた。

 

「昨夜の取引現場にあった積荷。その一部は、ラブレス家の輸送証明を偽装していました」

 

 黒崎の顔が険しくなる。

 

「偽装?」

 

「はい。麻薬だけではありません。軍用レイバー部品、対装甲火器、制御モジュール。南米北部から流れた品が混じっています」

 

 ファビオラが続けた。

 

「その中に、ラブレス家の名前を使った偽造書類があったです。迷惑な話です」

 

 内海課長の笑みが深くなる。

 

「なるほど。こちらのSSS業務と、そちらのラブレス家案件が重なったわけだ」

 

 黒崎は低く言った。

 

「課長。これは本社に報告すべき案件です」

 

「もちろん」

 

「必要な部分だけ、ではなく全てです」

 

「黒崎君は鋭いなあ」

 

「課長」

 

 バドは資料モニターを見ていた。

 

 軍用レイバー部品。

 

 対装甲火器。

 

 制御モジュール。

 

 RPG-7。

 

 麻薬取引。

 

 ラブレス家偽装書類。

 

 その裏にある密輸ルート。

 

 そして、昨日見たロベルタとファビオラの動き。

 

 これは、ただの港湾警備ではない。

 

 ブラジルに来てからの豚捕獲、鉱山作業、銃撃、RPG回避。

 

 それらとは別の種類の経験値が、目の前にある。

 

 生身の人間が、レイバーの戦場に踏み込んでくる。

 

 装甲もない。

 

 コックピットもない。

 

 それなのに、戦場のルールを変える。

 

 バドは小さく呟いた。

 

「南米編、イベント濃いなぁ」

 

 黒崎が即座に言った。

 

「編ではありません」

 

 ファビオラが眉をひそめる。

 

「何の話ですか」

 

「こっちの話や」

 

「変な子供です」

 

「よう言われる」

 

 ロベルタは、内海課長を見ていた。

 

 内海課長も、ロベルタを見ていた。

 

 どちらも笑っていない。

 

 だが、部屋の温度が少しだけ下がったように感じた。

 

 黒崎は、その間に立ちながら思った。

 

 内海課長。

 

 バド。

 

 ASURA。

 

 軍用ブロッケン。

 

 南米密輸ルート。

 

 ラブレス家。

 

 武装メイド。

 

 これ以上、厄介な単語を一つの報告書に入れたくない。

 

 しかし、もう遅かった。

 

 ブラジル編は、始まってしまっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

トローラ・ロージン転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

星団暦2988年、アドラー。▼ユーバー・バラダに雇われた傭兵騎士トローラ・ロージンは、目覚めた瞬間に自分が「もう詰んでいる」ことを悟る。▼視界いっぱいに迫る黄金の電気騎士、K.O.G.。▼本来ならここでトローラは、MHバルンシャごと潰されて死ぬはずだった。▼だが、転生者としての記憶を得たトローラは、咄嗟にバルンシャの姿勢を沈め、頭部を差し出すことで胸部コック…


総合評価:1011/評価:8.82/連載:15話/更新日時:2026年07月03日(金) 18:00 小説情報

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織やコンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本文をお読み…


総合評価:2918/評価:9.07/連載:16話/更新日時:2026年07月03日(金) 18:00 小説情報

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が飾られてて笑う。日本語は不味くないか?


総合評価:2695/評価:8.75/連載:42話/更新日時:2026年07月03日(金) 20:00 小説情報

ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

ニナリスのA-B1-B1-B2-B2:VVS1・L型って見てさ。クリアランスVVS1が嫁いでくるのにジィッドくん残念過ぎないと思って妄想を形にしてみます。これミースを誘拐したり、エンジン爆破しそうにないから、死なないで済むかしら?▼ラストまで投稿したぜ。2026年6月18日完結。▼トローラ・ロージン転生「https://syosetu.org/novel/4…


総合評価:729/評価:8.55/完結:161話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:2883/評価:8.96/連載:33話/更新日時:2026年07月03日(金) 19:39 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>