転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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メイドの足運び

 

 

 

 ラブレス家の名前が、港湾倉庫の押収品に使われていた。

 

 麻薬。

 

 対装甲火器。

 

 軍用レイバー部品。

 

 旧式ブロッケンの予備パーツ。

 

 制御モジュール。

 

 そして、ラブレス家の輸送証明を偽装した書類。

 

 シャフト・セキュリティ・サービスの会議室には、押収品のリストと現場写真が並んでいた。

 

 黒崎は資料を読みながら、無言で眉間を押さえた。

 

 内海課長は楽しそうだった。

 

 バドは興味津々だった。

 

 ロベルタは静かに立っていた。

 

 ファビオラは腕を組み、不機嫌そうに椅子の背にもたれていた。

 

「ラブレス家の輸送証明を偽造した、ですか」

 

 黒崎が確認する。

 

 ロベルタは頷いた。

 

「はい。少なくとも、当家が発行したものではありません」

 

「では、書式はどこから漏れたのです」

 

「そこを調べに来ました」

 

 ロベルタの声は穏やかだった。

 

 穏やかすぎて、逆に黒崎は警戒した。

 

 この女は怒鳴らない。

 

 苛立ちを見せない。

 

 しかし、目の奥の温度が低い。

 

 怒りを表に出さない人間ほど、厄介なことがある。

 

 黒崎はそういう人間を何人も見てきた。

 

 内海課長も、その一種だった。

 

 ただし内海課長の場合は、怒りではなく遊び心が奥に沈んでいるのが最悪だった。

 

 バドはモニターに映る押収品の写真を見ていた。

 

「RPG、何本あったん?」

 

「四本確認されています」

 

 黒崎が答える。

 

「昨日撃たれたのは?」

 

「一発。未使用が三本」

 

「うへえ。まだあったんか」

 

「だから撤退しなさいと言ったのです」

 

「したやん」

 

「遅い」

 

「はい」

 

 バドは素直に頷いた。

 

 その素直さが、黒崎には逆に怖い。

 

 バドは学ぶ。

 

 怒られても、叱責の中から必要な情報だけを拾う。

 

 そして次のゲームに使う。

 

 黒崎は、その傾向を理解し始めていた。

 

 ファビオラがじろりとバドを見る。

 

「あんた、本当に子供ですか」

 

「身体は子供や」

 

「中身も子供でいなさいです」

 

「それ無理やろ。子供のままやったら死ぬやん」

 

 ファビオラは言葉に詰まった。

 

 バドは何でもないことのように言った。

 

 その言い方が気に入らなかった。

 

「死ぬとか、簡単に言うなです」

 

「簡単には死なへんようにしてる」

 

「そういう意味じゃないです」

 

「ほな、どういう意味?」

 

 ファビオラは一瞬、返答に困った。

 

 するとロベルタが静かに言った。

 

「命を駒のように扱う者は、やがて自分の命も駒として扱われるようになります」

 

 バドはロベルタを見上げた。

 

「僕は、もう駒やったで」

 

 会議室が静かになる。

 

「パレットで拾われて、内海さんとこ来て、グリフォン乗って、今はシャフトの特別研究協力者。書類の名前は格好ええけど、僕が小さいからASURAブロッケンに乗れるんや。大人やったら肩入らへん」

 

 バドは、自分の首から下げた身分証カードを指で弾いた。

 

「駒でも、盤面の上に名前あるだけマシや」

 

 黒崎は何か言おうとして、やめた。

 

 内海課長は笑わなかった。

 

 ロベルタはバドを見たままだった。

 

「その考えは、危うい」

 

「分かっとる」

 

「分かっていません」

 

「分かっとるよ。駒は取られる。せやから、取られへん位置に動く。取られても損になる駒になる。相手が取りたくなくなる駒になる」

 

 バドは、にっと笑った。

 

「将棋でもチェスでも大事やろ」

 

 ファビオラが顔をしかめる。

 

「ますます子供じゃないです」

 

「ゲーム好きな子供や」

 

「嫌な子供です」

 

「よう言われる」

 

 黒崎は咳払いした。

 

「本題に戻ります」

 

 そうしなければ、話がどこまでも危険な方向へ進む気がした。

 

「昨夜の積荷は、単なる麻薬取引ではありませんでした。軍用レイバー部品と対装甲火器が混在しています。ラブレス家の輸送証明を偽装した以上、そちらの利害が絡むことは理解します。しかし、こちらはシャフト・セキュリティ・サービスとして、現地法人の警備範囲を越える行動はできません」

 

 内海課長が楽しそうに口を挟んだ。

 

「建前としてはね」

 

「課長」

 

「はいはい」

 

 ロベルタは黒崎を見た。

 

「こちらも、貴社に軍事行動を求めるつもりはありません」

 

「では、何を」

 

「情報の共有です。昨夜の積荷にあった制御モジュール。その一部に、シャフト製の識別番号が残っていました」

 

 黒崎の目が鋭くなる。

 

 内海課長の笑みが深くなる。

 

「へえ」

 

 ロベルタは、一枚の写真を机に置いた。

 

 焼け焦げた制御基板。

 

 金属フレーム。

 

 刻印。

 

 完全ではないが、シャフト系の部品番号らしきものが見える。

 

 森川政治が端末越しに唸った。

 

「古い型だな。民生用姿勢補正モジュールに見えるが……これは軍用レイバーの補助制御に転用できる」

 

 磯口豊も横から覗き込む。

 

「流出品か、横流しか、廃棄品の再生か。どれにせよ、表の流通ではないね」

 

 黒崎は内海課長を見た。

 

「課長」

 

「僕じゃないよ」

 

「まだ何も言っていません」

 

「顔が言っている」

 

「否定はしません」

 

 内海課長は肩をすくめた。

 

「シャフトは大きい会社だ。どこかの倉庫から、どこかの国へ、どこかの部品が流れることもあるだろうねえ」

 

「それを調べるのが我々の仕事です」

 

「黒崎君は真面目だ」

 

「課長が不真面目すぎるだけです」

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「密輸ルートの先に、旧レイバー整備場があります」

 

 会議室の空気が変わった。

 

 ファビオラが地図を広げる。

 

 ブラジル支社から南西。

 

 港湾地区を抜け、ファヴェーラの外縁を通り、廃線に沿って内陸へ入る。

 

 かつて鉱山用レイバーと軍用払い下げ機の整備に使われていた施設。

 

 現在は廃棄扱い。

 

 しかし、実際には密輸組織が使っている可能性が高い。

 

「そこにラブレス家の偽造書類の原本、あるいは偽造に関わった者がいると考えています」

 

 ロベルタが言う。

 

 黒崎はすぐに答えた。

 

「現地警察へ通報すべきです」

 

 ファビオラが鼻で笑う。

 

「警察が来る前に、全部消えるです」

 

「だからといって、民間警備会社が独断で踏み込む案件ではありません」

 

「踏み込むとは言ってないです」

 

 ファビオラは、バドを指差した。

 

「あの大きいのが周りを見張る。私たちは中を見る。それで十分です」

 

 バドが目を輝かせた。

 

「僕、外周警備?」

 

「嬉しそうにするなです」

 

「だってステージ進むやん」

 

「ステージではないです!」

 

 黒崎が深く息を吐いた。

 

「ファビオラさん、気持ちは分かりますが、彼は未成年保護対象です。危険区域への投入は」

 

「軍用レイバーに乗ってRPG避けた子供に、今さら何言ってるですか」

 

 黒崎は黙った。

 

 言い返せなかった。

 

 言い返したいのに、事実が邪魔をした。

 

 内海課長が笑う。

 

「黒崎君、痛いところを突かれたね」

 

「課長がそういう状況を作ったのです」

 

「成長は環境が作るんだよ」

 

「最悪の教育論です」

 

 バドは地図を見ていた。

 

 ファヴェーラ外縁。

 

 細い道。

 

 人家。

 

 高低差。

 

 電線。

 

 廃線。

 

 旧整備場。

 

 ブロッケンでは動きにくい。

 

 大きすぎる。

 

 踏めない場所が多い。

 

 撃たれたら受けられるが、RPGや対装甲火器があれば危険。

 

 それでも、外周警備ならデータは取れる。

 

 狭所。

 

 遮蔽物。

 

 民間人回避。

 

 低出力移動。

 

 射線管理。

 

 地形制限下での姿勢制御。

 

 アルフォンスとの決戦に使えるかどうかは分からない。

 

 だが、イングラムは警察機だ。

 

 狭い街中で、周囲を壊さず動く。

 

 なら、このデータも無駄ではない。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「ブロッケンは外周まで。中には入らん。RPG見たら隠れる。人の多いところでは出力絞る。これなら行ける?」

 

「行けるかどうかではありません」

 

「でも、行くんやろ?」

 

 黒崎は内海課長を見た。

 

 内海課長は、にこにこしている。

 

 もう行く気だ。

 

 ロベルタとファビオラは、最初から行く気だ。

 

 現地警察にすべて任せるには、情報が薄く、時間もない。

 

 そして、シャフト製部品が流出している可能性がある。

 

 黒崎は、徳永専務の顔を思い浮かべた。

 

 怒る。

 

 間違いなく怒る。

 

 だが、報告書に「シャフト製部品の密輸疑惑を放置しました」と書くよりは、まだましだった。

 

「……条件をつけます」

 

 黒崎は言った。

 

 内海課長が笑う。

 

「出たね、黒崎君の条件」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

「はいはい」

 

「バドは外周のみ。市街地内部、建物内部への侵入禁止。武器使用禁止。現地警察および警備隊へ連絡。ラブレス家側は独自行動を取る場合、こちらのレイバー運用範囲へ入らないこと」

 

 ファビオラが口を尖らせる。

 

「命令される筋合いはないです」

 

 ロベルタが静かに頷いた。

 

「承知しました」

 

「ロベルタさん!」

 

「ファビオラ、今回は協力関係です」

 

「でも」

 

「レイバーの足元に入ってはいけません」

 

 その言葉は重かった。

 

 ファビオラは不満そうに黙る。

 

 バドは少しだけ感心した。

 

 ロベルタはレイバーに乗らない。

 

 だが、レイバーの危険を分かっている。

 

 大きいものが動く時、足元にいる者がどう死ぬかを知っている。

 

 バドは、そのことを覚えておこうと思った。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 旧整備場へ向かう道は、ゲームのステージとしては最悪だった。

 

 つまり、ASURAの訓練としては最高だった。

 

 舗装は割れている。

 

 水たまりがある。

 

 傾斜がきつい。

 

 ファヴェーラの外縁をかすめる道は狭く、左右に建物が迫る。

 

 電線が低い。

 

 屋根の上に人影がある。

 

 子供が走る。

 

 犬が吠える。

 

 バドはブロッケンの中で、出力を絞っていた。

 

 巨体が一歩動くたび、周囲の人間がこちらを見る。

 

 軍用レイバー。

 

 シャフトのマーク。

 

 SSSの警備色。

 

 だが、現地の人々にとっては、細かい所属など関係ない。

 

 大きな機械が来た。

 

 それだけだ。

 

「黒崎さん、ここめっちゃ動きにくい」

 

『だから外周のみと言いました』

 

「これ、アルフォンスやったらどう動くんやろ」

 

『今は任務に集中して下さい』

 

「してる。めっちゃしてる」

 

 ASURAが警告を出す。

 

 右上方、電線。

 

 左足元、人影。

 

 前方、路面陥没。

 

 側面距離不足。

 

 バドは舌打ちしながら、ブロッケンをゆっくり進める。

 

 強く踏めない。

 

 腕を振れない。

 

 上体を傾けすぎると壁に当たる。

 

 低い電線を引っかける。

 

 足元に人がいる。

 

 それでも、機体を止めるわけにはいかない。

 

 前方で、ファビオラが屋根の上を走っていた。

 

 正確には、走っているように見えた。

 

 実際には、屋根から壁、壁から手すり、手すりから地面へ、軽く跳ねている。

 

 身体が小さい。

 

 低い。

 

 手をつく。

 

 回る。

 

 滑る。

 

 止まる。

 

 また動く。

 

 ブロッケンのカメラは、何度もファビオラを見失った。

 

「……すご」

 

『見失いましたか』

 

「今消えた」

 

『消えてはいません。視界の死角へ入っただけです』

 

「それがすごいんやん」

 

 バドはモニターを切り替える。

 

 ファビオラは、人間サイズの障害物を使う。

 

 段差。

 

 手すり。

 

 壁。

 

 低い屋根。

 

 屋台。

 

 車のボンネット。

 

 それらを足場にして、まるで地形そのものを味方にしている。

 

 大きなレイバーではできない。

 

 いや、できるはずがない。

 

 しかし、考え方は使える。

 

 足場を選ぶ。

 

 相手の視界から消える。

 

 真正面ではなく、斜め下へ入る。

 

 バドは呟いた。

 

「これ、モーキャプ欲しい」

 

『またですか』

 

「だって、アルフォンスの起動ディスクにない動きやもん」

 

『メイドの動きをグリフォンに入れるつもりですか』

 

「入れられるなら」

 

『ファビオラさんは嫌がっていました』

 

「そこを何とか」

 

『やめなさい』

 

 その時、通信にロベルタの声が入った。

 

『前方、旧整備場外周に見張りが二名。火器あり』

 

 黒崎が即座に応じる。

 

『バド、停止。これ以上前進しない』

 

「了解」

 

 ブロッケンが膝を沈めるように停止する。

 

 高い姿勢のままでは目立ちすぎる。

 

 だから腰を落とし、建物の陰へ巨体を隠す。

 

 隠しきれない。

 

 だが、少しはましだ。

 

 ASURAが姿勢を補正する。

 

 低姿勢待機。

 

 狭所遮蔽利用。

 

 膝部負荷増大。

 

 冷却注意。

 

 バドは息を潜めた。

 

 レイバーで息を潜めるというのも変な話だが、実際そう感じた。

 

 ロベルタが地上を進む。

 

 メイド服のまま。

 

 銃を構えているわけではない。

 

 だが、見張りが彼女に気づいた瞬間、すでに遅かった。

 

 ロベルタは正面から戦わない。

 

 見張りが銃を上げる前に、視線を誘導し、足を止め、手首を押さえ、銃口を外す。

 

 殴る。

 

 倒す。

 

 奪う。

 

 音が少ない。

 

 派手ではない。

 

 だが、動きに無駄がなかった。

 

 もう一人の見張りが無線に手を伸ばす。

 

 その背後から、ファビオラが低く入った。

 

 手をつく。

 

 足を払う。

 

 男が転ぶ。

 

 膝で無線を押さえる。

 

 ファビオラは男を見下ろして言った。

 

「静かにするです」

 

 バドは見入っていた。

 

「……レイバーいらんな」

 

『必要な場面と不要な場面があります』

 

 黒崎が言う。

 

「うん」

 

 バドは頷いた。

 

「大きい機械に乗ると、見えへんもの増えるな」

 

 通信の向こうで、ファビオラが言った。

 

『今頃気づいたですか』

 

「聞こえとったん!?」

 

『聞こえるところで言うなです』

 

 バドはむっとした。

 

「こっちは周囲警戒しとるんや」

 

『だったら足元も見ろです。さっき子供が走ってたです』

 

「見とったわ!」

 

『遅かったです』

 

「むぅ」

 

 黒崎が静かに言う。

 

『バド。足元確認を優先』

 

「はい」

 

 バドはモニターの下部表示を拡大した。

 

 足元。

 

 人。

 

 犬。

 

 破片。

 

 水たまり。

 

 段差。

 

 ファビオラの言い方は腹が立つ。

 

 だが、正しい。

 

 大きい機械に乗ると、下が見えにくい。

 

 小さいものが遅れて見える。

 

 その遅れが、警察機なら致命的になる。

 

 アルフォンスは、きっとそこを見ている。

 

 野明のお姉ちゃんは、きっと見ようとしている。

 

 バドは、少しだけ操縦桿を握り直した。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 旧整備場は、半分だけ死んでいた。

 

 看板は錆びている。

 

 シャッターは壊れ、屋根の一部が落ちている。

 

 だが、内部には明かりがあった。

 

 発電機の音。

 

 溶接の光。

 

 油の匂い。

 

 金属を叩く音。

 

 廃棄されたはずの施設が、まだ使われている。

 

 黒崎は現地警備隊へ位置情報を送った。

 

 到着まで時間がかかる。

 

 その間に、ロベルタとファビオラは内部を確認するという。

 

 黒崎は当然反対した。

 

 ロベルタは静かに聞いた。

 

 そして静かに無視した。

 

 ファビオラは最初から聞いていなかった。

 

 内海課長は楽しそうに見ていた。

 

「課長」

 

「何だい、黒崎君」

 

「止めて下さい」

 

「止まると思う?」

 

「思いません」

 

「なら、見ていた方が早い」

 

「最悪です」

 

 バドはブロッケンで外周に立つ。

 

 整備場の外壁を越えて中を覗くには大きすぎる。

 

 入るには危険すぎる。

 

 屋根や柱を壊す。

 

 人間を踏む。

 

 だから待つしかない。

 

 これが歯がゆい。

 

「僕、外にいるだけ?」

 

『外周警備です』

 

「中の方がイベントありそうやのに」

 

『イベントではありません』

 

「分かっとるけど」

 

 その時、整備場の奥で爆発音がした。

 

 銃声。

 

 金属音。

 

 警報。

 

 バドは反射的に機体を動かしかける。

 

『停止』

 

 黒崎の声が鋭い。

 

「でも」

 

『中へ入るな』

 

「……はい」

 

 バドは歯を食いしばった。

 

 ブロッケンの巨体が、外で膝を沈めたまま止まる。

 

 ASURAが待機姿勢を維持する。

 

 冷却ファンが唸る。

 

 内部から通信が入った。

 

『制御モジュールの一部を確認。偽装書類もあります』

 

 ロベルタの声。

 

 続いてファビオラ。

 

『奥にレイバーがあります。たぶん動くです』

 

 バドの目が光った。

 

「レイバー?」

 

『旧式の軍用作業機です。武装は見えませんが、腕部が改造されているです』

 

 黒崎が低く言う。

 

『バド、外周維持。出てきた場合のみ対応』

 

「了解」

 

 内海課長が横から言った。

 

『面白くなってきたねえ』

 

『課長は黙っていて下さい』

 

 黒崎の声が即座に飛ぶ。

 

 整備場のシャッターが、内側から歪んだ。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度目で、鉄板が弾け飛ぶ。

 

 中から、旧式レイバーが出てきた。

 

 鉱山用の作業機を改造したものだ。

 

 脚部は太い。

 

 腕部には掴み具のような大型マニピュレータ。

 

 背中に追加バッテリー。

 

 外装は継ぎはぎ。

 

 だが、質量がある。

 

 力もある。

 

 そして、操縦が荒い。

 

 バドはブロッケンの姿勢を低くした。

 

「来たで」

 

『武装は』

 

「見えへん。でも腕がでかい。掴まれたら嫌やな」

 

『無力化は現地警備隊到着までの時間稼ぎに限定。破壊は禁止』

 

「はい」

 

 旧式レイバーが突っ込んでくる。

 

 大きく腕を振る。

 

 ただの力任せ。

 

 だが、狭い場所ではそれだけで危険だ。

 

 近くに倉庫。

 

 作業車。

 

 燃料タンク。

 

 逃げる人影。

 

 バドは舌打ちした。

 

「壊したらあかんもの多すぎ」

 

『だから警備業務です』

 

「アルフォンスみたいやな、ほんまに」

 

 ブロッケンは真正面から受けない。

 

 半身を切る。

 

 相手の腕を外へ流す。

 

 足元を払うのではなく、進路を塞ぐ。

 

 旧式レイバーの重心が崩れる。

 

 だが倒れない。

 

 腕力で持ち直す。

 

 バドは豚捕獲のログを思い出した。

 

 逃げる相手を潰さず止める。

 

 泥で滑る足。

 

 押すのではなく、進路を誘導する。

 

 次に鉱山のログ。

 

 狭所で出力を絞る。

 

 天井を壊さない。

 

 支柱を潰さない。

 

 次にRPG回避のログ。

 

 大きく転がる選択肢。

 

 ただし、ここでは転がれない。

 

 周囲を壊す。

 

 そして、ファビオラの動き。

 

 低く入る。

 

 正面からぶつからない。

 

 死角へ入る。

 

 ただし、ブロッケンは大きい。

 

 人間のようには動けない。

 

 なら、考え方だけを使う。

 

「ASURA、腰落として。腕じゃなくて足で止める」

 

 ブロッケンが低く沈む。

 

 旧式レイバーが腕を振り下ろす。

 

 バドは腕で受けず、踏み込みを半歩外す。

 

 相手の腕が空を切る。

 

 ブロッケンの左腕が相手の肘ではなく、肩口を押す。

 

 右脚が進路を塞ぐ。

 

 旧式レイバーの重心が流れる。

 

 倒す。

 

 だが、倒す方向を選ぶ。

 

 燃料タンクとは逆。

 

 倉庫とは逆。

 

 広い空き地へ。

 

 旧式レイバーが、重い音を立てて横倒しになった。

 

 バドは追撃しない。

 

 踏みつけもしない。

 

 腕を押さえ、腰を固定し、動けない角度を保つ。

 

「黒崎さん、これでええ?」

 

『維持。現地警備隊が到着します』

 

「了解」

 

 旧式レイバーのコックピットが開き、中の男が逃げようとする。

 

 だが、すぐ横にロベルタが立っていた。

 

 いつからそこにいたのか、バドには分からなかった。

 

 男は凍りつく。

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「降りて下さい」

 

 男は降りた。

 

 素直だった。

 

 とても素直だった。

 

 ファビオラが横から歩いてきて、バドのブロッケンを見上げた。

 

「まあ、踏まなかったのは褒めてやるです」

 

「上からやな」

 

「あんた、さっきまで足元見えてなかったです」

 

「今は見とった」

 

「なら少しはマシです」

 

 バドはむっとしたが、言い返せなかった。

 

 事実だった。

 

 ロベルタは、倒れた旧式レイバーとブロッケンを見比べる。

 

「破壊せずに止めたのですね」

 

「壊したら警備業務失敗やろ」

 

「そうです」

 

「それに、アルフォンスも壊したらあかん相手を止める機体やし」

 

「また、その名ですか」

 

 ロベルタの声には、わずかな疑問があった。

 

 バドは頷く。

 

「僕が勝ちたい相手や」

 

「敵ですか」

 

「うーん」

 

 バドは少し考えた。

 

「敵やけど、殺す相手ちゃう。倒したい相手。勝ちたい相手。ゲームのラスボス」

 

 ファビオラが呆れた顔をする。

 

「やっぱり意味が分からないです」

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「勝つためなら、何をしてもよいのですか」

 

 バドは答えようとして、止まった。

 

 ロベルタの目が、こちらを見ている。

 

 内海課長のように面白がっている目ではない。

 

 黒崎のように胃を痛めている目でもない。

 

 もっと冷たい。

 

 何かを見定める目。

 

 バドは少しだけ口を閉じた。

 

 ロベルタは続けた。

 

「通信車を壊せば勝てるかもしれません。整備員を狙えば機体は動きません。パイロットを降りたところで撃てば、レイバー戦は起こりません」

 

 ファビオラがロベルタを見た。

 

 黒崎も通信越しに黙った。

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「勝つ方法は、いくらでもあります」

 

 バドは、倒れた旧式レイバーを見た。

 

 そのコックピットから降りた男は、現地警備隊に取り押さえられている。

 

 あの男を先に潰せば、レイバーは動かなかった。

 

 整備場の電源を落とせば、もっと楽だったかもしれない。

 

 燃料を爆破すれば、まとめて終わったかもしれない。

 

 ロベルタの言うことは正しい。

 

 勝つ方法はいくらでもある。

 

 だが。

 

「それやったら、アルフォンスに勝ったことにならへん」

 

 バドは小さく言った。

 

「何ですか」

 

 ファビオラが聞く。

 

 バドは少し顔を上げた。

 

「野明のお姉ちゃんがアルフォンスに乗って、こっち見て、逃げずに向かってきて、それでグリフォンとぶつかって、僕が勝つ。そうやないと意味ない」

 

 ロベルタは黙っている。

 

「通信車潰したり、整備員狙ったり、パイロット降りたところで何かするのは、勝ち方としては正しいかもしれん。でも、それは僕のゲームやない」

 

 バドは、にっと笑った。

 

「僕、勝ちたいんや。終わらせたいんちゃう」

 

 ロベルタは、少しだけ目を伏せた。

 

「その線引きを、忘れないことです」

 

「うん」

 

「忘れれば、あなたは銃に使われる子供になります」

 

「レイバーやって」

 

「同じです」

 

 ファビオラが小さく息を吐く。

 

「面倒な子供です」

 

「よう言われる」

 

「でも、少しだけ分かったです」

 

「何が?」

 

「あんたが、ただの悪い子供じゃないってことです」

 

 バドは不満そうにした。

 

「ただの悪い子供やと思ってたん?」

 

「軍用レイバーに乗ってメイドの技を機械に食わせようとする子供です。普通に悪いです」

 

「それはそう」

 

 黒崎が通信越しに言った。

 

『そこで納得しないで下さい』

 

 

 

     /*/

 

 

 

 旧整備場からは、多くのものが見つかった。

 

 ラブレス家の偽造輸送証明。

 

 シャフト製部品の流出品。

 

 旧式レイバー用の改造パーツ。

 

 対装甲火器。

 

 南米北部から流れたと見られる武器。

 

 そして、いくつかの名前。

 

 密輸ルートは港だけでは終わらない。

 

 ファヴェーラ、鉱山、廃線、ジャングル、国境地帯。

 

 もっと奥がある。

 

 ロベルタとファビオラは、それを追うつもりだった。

 

 黒崎は止める気だった。

 

 内海課長は、止めるふりをしながら追う気だった。

 

 バドは、ASURAのログを見ていた。

 

 狭所外周警備。

 

 市街地低速移動。

 

 足元民間人回避。

 

 ファビオラの低姿勢移動観測。

 

 旧式レイバー非破壊制圧。

 

 肩部前方回転回避との比較。

 

 周囲被害制限下での重心誘導。

 

 イングラムの起動ディスクにはないログが、また増えた。

 

 だが、それ以上に、バドの中に別のものが残った。

 

 大きい機械に乗ると、見えないものが増える。

 

 勝つ方法はいくらでもある。

 

 でも、自分のゲームにしたいなら、選んではいけない勝ち方がある。

 

 ロベルタの言葉は、重かった。

 

 ファビオラの足運びは、悔しいほど速かった。

 

 黒崎の胃痛は、たぶん今日も増えた。

 

 内海課長は、相変わらず楽しそうだった。

 

 夜、支社の宿舎で、バドは宿題のノートを開いた。

 

 日本語。

 

 英語。

 

 ポルトガル語。

 

 その端に、勝手に書き足す。

 

 ファヴェーラ外縁ステージ。

 メイド低姿勢移動。

 旧式レイバー非破壊制圧。

 勝ち方の線引き。

 

 黒崎がそれを見て言った。

 

「またステージですか」

 

「業務?」

 

「業務です」

 

「でも、今日のはイベントやろ」

 

「違います」

 

「ロベルタさんとファビオラさん、また来るかな」

 

「来なくていいです」

 

「でも来るやろ」

 

「……来るでしょうね」

 

 黒崎は否定できなかった。

 

 内海課長がソファから笑う。

 

「来るよ。ああいう人たちは、必要な場所へ勝手に来る」

 

「課長」

 

「何だい、黒崎君」

 

「楽しそうに言わないで下さい」

 

「楽しいからね」

 

「胃が痛いです」

 

「大変だねえ」

 

「誰のせいだと」

 

 バドはノートにもう一行書いた。

 

 南米編、まだ続く。

 

 黒崎がそれを見て、即座に言った。

 

「南米編ではありません」

 

 内海課長が笑った。

 

「いや、黒崎君。これはもう、どう見ても南米編だよ」

 

「課長まで乗らないで下さい」

 

 ブラジルの夜は、湿っていた。

 

 遠くで犬が吠え、港の方角からサイレンの音が聞こえる。

 

 格納庫では、ASURA搭載ブロッケンの冷却ファンが回っている。

 

 その中には、イングラムにはない動きが増え始めていた。

 

 そしてバドは、少しだけ分かり始めていた。

 

 アルフォンスに勝つために必要なのは、強い動きだけではない。

 

 何をしないか。

 

 どこまでをゲームにするか。

 

 どこから先を越えてはいけないか。

 

 それもまた、勝つための経験値だった。

 

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