ラブレス家の名前が、港湾倉庫の押収品に使われていた。
麻薬。
対装甲火器。
軍用レイバー部品。
旧式ブロッケンの予備パーツ。
制御モジュール。
そして、ラブレス家の輸送証明を偽装した書類。
シャフト・セキュリティ・サービスの会議室には、押収品のリストと現場写真が並んでいた。
黒崎は資料を読みながら、無言で眉間を押さえた。
内海課長は楽しそうだった。
バドは興味津々だった。
ロベルタは静かに立っていた。
ファビオラは腕を組み、不機嫌そうに椅子の背にもたれていた。
「ラブレス家の輸送証明を偽造した、ですか」
黒崎が確認する。
ロベルタは頷いた。
「はい。少なくとも、当家が発行したものではありません」
「では、書式はどこから漏れたのです」
「そこを調べに来ました」
ロベルタの声は穏やかだった。
穏やかすぎて、逆に黒崎は警戒した。
この女は怒鳴らない。
苛立ちを見せない。
しかし、目の奥の温度が低い。
怒りを表に出さない人間ほど、厄介なことがある。
黒崎はそういう人間を何人も見てきた。
内海課長も、その一種だった。
ただし内海課長の場合は、怒りではなく遊び心が奥に沈んでいるのが最悪だった。
バドはモニターに映る押収品の写真を見ていた。
「RPG、何本あったん?」
「四本確認されています」
黒崎が答える。
「昨日撃たれたのは?」
「一発。未使用が三本」
「うへえ。まだあったんか」
「だから撤退しなさいと言ったのです」
「したやん」
「遅い」
「はい」
バドは素直に頷いた。
その素直さが、黒崎には逆に怖い。
バドは学ぶ。
怒られても、叱責の中から必要な情報だけを拾う。
そして次のゲームに使う。
黒崎は、その傾向を理解し始めていた。
ファビオラがじろりとバドを見る。
「あんた、本当に子供ですか」
「身体は子供や」
「中身も子供でいなさいです」
「それ無理やろ。子供のままやったら死ぬやん」
ファビオラは言葉に詰まった。
バドは何でもないことのように言った。
その言い方が気に入らなかった。
「死ぬとか、簡単に言うなです」
「簡単には死なへんようにしてる」
「そういう意味じゃないです」
「ほな、どういう意味?」
ファビオラは一瞬、返答に困った。
するとロベルタが静かに言った。
「命を駒のように扱う者は、やがて自分の命も駒として扱われるようになります」
バドはロベルタを見上げた。
「僕は、もう駒やったで」
会議室が静かになる。
「パレットで拾われて、内海さんとこ来て、グリフォン乗って、今はシャフトの特別研究協力者。書類の名前は格好ええけど、僕が小さいからASURAブロッケンに乗れるんや。大人やったら肩入らへん」
バドは、自分の首から下げた身分証カードを指で弾いた。
「駒でも、盤面の上に名前あるだけマシや」
黒崎は何か言おうとして、やめた。
内海課長は笑わなかった。
ロベルタはバドを見たままだった。
「その考えは、危うい」
「分かっとる」
「分かっていません」
「分かっとるよ。駒は取られる。せやから、取られへん位置に動く。取られても損になる駒になる。相手が取りたくなくなる駒になる」
バドは、にっと笑った。
「将棋でもチェスでも大事やろ」
ファビオラが顔をしかめる。
「ますます子供じゃないです」
「ゲーム好きな子供や」
「嫌な子供です」
「よう言われる」
黒崎は咳払いした。
「本題に戻ります」
そうしなければ、話がどこまでも危険な方向へ進む気がした。
「昨夜の積荷は、単なる麻薬取引ではありませんでした。軍用レイバー部品と対装甲火器が混在しています。ラブレス家の輸送証明を偽装した以上、そちらの利害が絡むことは理解します。しかし、こちらはシャフト・セキュリティ・サービスとして、現地法人の警備範囲を越える行動はできません」
内海課長が楽しそうに口を挟んだ。
「建前としてはね」
「課長」
「はいはい」
ロベルタは黒崎を見た。
「こちらも、貴社に軍事行動を求めるつもりはありません」
「では、何を」
「情報の共有です。昨夜の積荷にあった制御モジュール。その一部に、シャフト製の識別番号が残っていました」
黒崎の目が鋭くなる。
内海課長の笑みが深くなる。
「へえ」
ロベルタは、一枚の写真を机に置いた。
焼け焦げた制御基板。
金属フレーム。
刻印。
完全ではないが、シャフト系の部品番号らしきものが見える。
森川政治が端末越しに唸った。
「古い型だな。民生用姿勢補正モジュールに見えるが……これは軍用レイバーの補助制御に転用できる」
磯口豊も横から覗き込む。
「流出品か、横流しか、廃棄品の再生か。どれにせよ、表の流通ではないね」
黒崎は内海課長を見た。
「課長」
「僕じゃないよ」
「まだ何も言っていません」
「顔が言っている」
「否定はしません」
内海課長は肩をすくめた。
「シャフトは大きい会社だ。どこかの倉庫から、どこかの国へ、どこかの部品が流れることもあるだろうねえ」
「それを調べるのが我々の仕事です」
「黒崎君は真面目だ」
「課長が不真面目すぎるだけです」
ロベルタは静かに言った。
「密輸ルートの先に、旧レイバー整備場があります」
会議室の空気が変わった。
ファビオラが地図を広げる。
ブラジル支社から南西。
港湾地区を抜け、ファヴェーラの外縁を通り、廃線に沿って内陸へ入る。
かつて鉱山用レイバーと軍用払い下げ機の整備に使われていた施設。
現在は廃棄扱い。
しかし、実際には密輸組織が使っている可能性が高い。
「そこにラブレス家の偽造書類の原本、あるいは偽造に関わった者がいると考えています」
ロベルタが言う。
黒崎はすぐに答えた。
「現地警察へ通報すべきです」
ファビオラが鼻で笑う。
「警察が来る前に、全部消えるです」
「だからといって、民間警備会社が独断で踏み込む案件ではありません」
「踏み込むとは言ってないです」
ファビオラは、バドを指差した。
「あの大きいのが周りを見張る。私たちは中を見る。それで十分です」
バドが目を輝かせた。
「僕、外周警備?」
「嬉しそうにするなです」
「だってステージ進むやん」
「ステージではないです!」
黒崎が深く息を吐いた。
「ファビオラさん、気持ちは分かりますが、彼は未成年保護対象です。危険区域への投入は」
「軍用レイバーに乗ってRPG避けた子供に、今さら何言ってるですか」
黒崎は黙った。
言い返せなかった。
言い返したいのに、事実が邪魔をした。
内海課長が笑う。
「黒崎君、痛いところを突かれたね」
「課長がそういう状況を作ったのです」
「成長は環境が作るんだよ」
「最悪の教育論です」
バドは地図を見ていた。
ファヴェーラ外縁。
細い道。
人家。
高低差。
電線。
廃線。
旧整備場。
ブロッケンでは動きにくい。
大きすぎる。
踏めない場所が多い。
撃たれたら受けられるが、RPGや対装甲火器があれば危険。
それでも、外周警備ならデータは取れる。
狭所。
遮蔽物。
民間人回避。
低出力移動。
射線管理。
地形制限下での姿勢制御。
アルフォンスとの決戦に使えるかどうかは分からない。
だが、イングラムは警察機だ。
狭い街中で、周囲を壊さず動く。
なら、このデータも無駄ではない。
「黒崎さん」
「何です」
「ブロッケンは外周まで。中には入らん。RPG見たら隠れる。人の多いところでは出力絞る。これなら行ける?」
「行けるかどうかではありません」
「でも、行くんやろ?」
黒崎は内海課長を見た。
内海課長は、にこにこしている。
もう行く気だ。
ロベルタとファビオラは、最初から行く気だ。
現地警察にすべて任せるには、情報が薄く、時間もない。
そして、シャフト製部品が流出している可能性がある。
黒崎は、徳永専務の顔を思い浮かべた。
怒る。
間違いなく怒る。
だが、報告書に「シャフト製部品の密輸疑惑を放置しました」と書くよりは、まだましだった。
「……条件をつけます」
黒崎は言った。
内海課長が笑う。
「出たね、黒崎君の条件」
「課長は黙っていて下さい」
「はいはい」
「バドは外周のみ。市街地内部、建物内部への侵入禁止。武器使用禁止。現地警察および警備隊へ連絡。ラブレス家側は独自行動を取る場合、こちらのレイバー運用範囲へ入らないこと」
ファビオラが口を尖らせる。
「命令される筋合いはないです」
ロベルタが静かに頷いた。
「承知しました」
「ロベルタさん!」
「ファビオラ、今回は協力関係です」
「でも」
「レイバーの足元に入ってはいけません」
その言葉は重かった。
ファビオラは不満そうに黙る。
バドは少しだけ感心した。
ロベルタはレイバーに乗らない。
だが、レイバーの危険を分かっている。
大きいものが動く時、足元にいる者がどう死ぬかを知っている。
バドは、そのことを覚えておこうと思った。
/*/
旧整備場へ向かう道は、ゲームのステージとしては最悪だった。
つまり、ASURAの訓練としては最高だった。
舗装は割れている。
水たまりがある。
傾斜がきつい。
ファヴェーラの外縁をかすめる道は狭く、左右に建物が迫る。
電線が低い。
屋根の上に人影がある。
子供が走る。
犬が吠える。
バドはブロッケンの中で、出力を絞っていた。
巨体が一歩動くたび、周囲の人間がこちらを見る。
軍用レイバー。
シャフトのマーク。
SSSの警備色。
だが、現地の人々にとっては、細かい所属など関係ない。
大きな機械が来た。
それだけだ。
「黒崎さん、ここめっちゃ動きにくい」
『だから外周のみと言いました』
「これ、アルフォンスやったらどう動くんやろ」
『今は任務に集中して下さい』
「してる。めっちゃしてる」
ASURAが警告を出す。
右上方、電線。
左足元、人影。
前方、路面陥没。
側面距離不足。
バドは舌打ちしながら、ブロッケンをゆっくり進める。
強く踏めない。
腕を振れない。
上体を傾けすぎると壁に当たる。
低い電線を引っかける。
足元に人がいる。
それでも、機体を止めるわけにはいかない。
前方で、ファビオラが屋根の上を走っていた。
正確には、走っているように見えた。
実際には、屋根から壁、壁から手すり、手すりから地面へ、軽く跳ねている。
身体が小さい。
低い。
手をつく。
回る。
滑る。
止まる。
また動く。
ブロッケンのカメラは、何度もファビオラを見失った。
「……すご」
『見失いましたか』
「今消えた」
『消えてはいません。視界の死角へ入っただけです』
「それがすごいんやん」
バドはモニターを切り替える。
ファビオラは、人間サイズの障害物を使う。
段差。
手すり。
壁。
低い屋根。
屋台。
車のボンネット。
それらを足場にして、まるで地形そのものを味方にしている。
大きなレイバーではできない。
いや、できるはずがない。
しかし、考え方は使える。
足場を選ぶ。
相手の視界から消える。
真正面ではなく、斜め下へ入る。
バドは呟いた。
「これ、モーキャプ欲しい」
『またですか』
「だって、アルフォンスの起動ディスクにない動きやもん」
『メイドの動きをグリフォンに入れるつもりですか』
「入れられるなら」
『ファビオラさんは嫌がっていました』
「そこを何とか」
『やめなさい』
その時、通信にロベルタの声が入った。
『前方、旧整備場外周に見張りが二名。火器あり』
黒崎が即座に応じる。
『バド、停止。これ以上前進しない』
「了解」
ブロッケンが膝を沈めるように停止する。
高い姿勢のままでは目立ちすぎる。
だから腰を落とし、建物の陰へ巨体を隠す。
隠しきれない。
だが、少しはましだ。
ASURAが姿勢を補正する。
低姿勢待機。
狭所遮蔽利用。
膝部負荷増大。
冷却注意。
バドは息を潜めた。
レイバーで息を潜めるというのも変な話だが、実際そう感じた。
ロベルタが地上を進む。
メイド服のまま。
銃を構えているわけではない。
だが、見張りが彼女に気づいた瞬間、すでに遅かった。
ロベルタは正面から戦わない。
見張りが銃を上げる前に、視線を誘導し、足を止め、手首を押さえ、銃口を外す。
殴る。
倒す。
奪う。
音が少ない。
派手ではない。
だが、動きに無駄がなかった。
もう一人の見張りが無線に手を伸ばす。
その背後から、ファビオラが低く入った。
手をつく。
足を払う。
男が転ぶ。
膝で無線を押さえる。
ファビオラは男を見下ろして言った。
「静かにするです」
バドは見入っていた。
「……レイバーいらんな」
『必要な場面と不要な場面があります』
黒崎が言う。
「うん」
バドは頷いた。
「大きい機械に乗ると、見えへんもの増えるな」
通信の向こうで、ファビオラが言った。
『今頃気づいたですか』
「聞こえとったん!?」
『聞こえるところで言うなです』
バドはむっとした。
「こっちは周囲警戒しとるんや」
『だったら足元も見ろです。さっき子供が走ってたです』
「見とったわ!」
『遅かったです』
「むぅ」
黒崎が静かに言う。
『バド。足元確認を優先』
「はい」
バドはモニターの下部表示を拡大した。
足元。
人。
犬。
破片。
水たまり。
段差。
ファビオラの言い方は腹が立つ。
だが、正しい。
大きい機械に乗ると、下が見えにくい。
小さいものが遅れて見える。
その遅れが、警察機なら致命的になる。
アルフォンスは、きっとそこを見ている。
野明のお姉ちゃんは、きっと見ようとしている。
バドは、少しだけ操縦桿を握り直した。
/*/
旧整備場は、半分だけ死んでいた。
看板は錆びている。
シャッターは壊れ、屋根の一部が落ちている。
だが、内部には明かりがあった。
発電機の音。
溶接の光。
油の匂い。
金属を叩く音。
廃棄されたはずの施設が、まだ使われている。
黒崎は現地警備隊へ位置情報を送った。
到着まで時間がかかる。
その間に、ロベルタとファビオラは内部を確認するという。
黒崎は当然反対した。
ロベルタは静かに聞いた。
そして静かに無視した。
ファビオラは最初から聞いていなかった。
内海課長は楽しそうに見ていた。
「課長」
「何だい、黒崎君」
「止めて下さい」
「止まると思う?」
「思いません」
「なら、見ていた方が早い」
「最悪です」
バドはブロッケンで外周に立つ。
整備場の外壁を越えて中を覗くには大きすぎる。
入るには危険すぎる。
屋根や柱を壊す。
人間を踏む。
だから待つしかない。
これが歯がゆい。
「僕、外にいるだけ?」
『外周警備です』
「中の方がイベントありそうやのに」
『イベントではありません』
「分かっとるけど」
その時、整備場の奥で爆発音がした。
銃声。
金属音。
警報。
バドは反射的に機体を動かしかける。
『停止』
黒崎の声が鋭い。
「でも」
『中へ入るな』
「……はい」
バドは歯を食いしばった。
ブロッケンの巨体が、外で膝を沈めたまま止まる。
ASURAが待機姿勢を維持する。
冷却ファンが唸る。
内部から通信が入った。
『制御モジュールの一部を確認。偽装書類もあります』
ロベルタの声。
続いてファビオラ。
『奥にレイバーがあります。たぶん動くです』
バドの目が光った。
「レイバー?」
『旧式の軍用作業機です。武装は見えませんが、腕部が改造されているです』
黒崎が低く言う。
『バド、外周維持。出てきた場合のみ対応』
「了解」
内海課長が横から言った。
『面白くなってきたねえ』
『課長は黙っていて下さい』
黒崎の声が即座に飛ぶ。
整備場のシャッターが、内側から歪んだ。
一度。
二度。
三度目で、鉄板が弾け飛ぶ。
中から、旧式レイバーが出てきた。
鉱山用の作業機を改造したものだ。
脚部は太い。
腕部には掴み具のような大型マニピュレータ。
背中に追加バッテリー。
外装は継ぎはぎ。
だが、質量がある。
力もある。
そして、操縦が荒い。
バドはブロッケンの姿勢を低くした。
「来たで」
『武装は』
「見えへん。でも腕がでかい。掴まれたら嫌やな」
『無力化は現地警備隊到着までの時間稼ぎに限定。破壊は禁止』
「はい」
旧式レイバーが突っ込んでくる。
大きく腕を振る。
ただの力任せ。
だが、狭い場所ではそれだけで危険だ。
近くに倉庫。
作業車。
燃料タンク。
逃げる人影。
バドは舌打ちした。
「壊したらあかんもの多すぎ」
『だから警備業務です』
「アルフォンスみたいやな、ほんまに」
ブロッケンは真正面から受けない。
半身を切る。
相手の腕を外へ流す。
足元を払うのではなく、進路を塞ぐ。
旧式レイバーの重心が崩れる。
だが倒れない。
腕力で持ち直す。
バドは豚捕獲のログを思い出した。
逃げる相手を潰さず止める。
泥で滑る足。
押すのではなく、進路を誘導する。
次に鉱山のログ。
狭所で出力を絞る。
天井を壊さない。
支柱を潰さない。
次にRPG回避のログ。
大きく転がる選択肢。
ただし、ここでは転がれない。
周囲を壊す。
そして、ファビオラの動き。
低く入る。
正面からぶつからない。
死角へ入る。
ただし、ブロッケンは大きい。
人間のようには動けない。
なら、考え方だけを使う。
「ASURA、腰落として。腕じゃなくて足で止める」
ブロッケンが低く沈む。
旧式レイバーが腕を振り下ろす。
バドは腕で受けず、踏み込みを半歩外す。
相手の腕が空を切る。
ブロッケンの左腕が相手の肘ではなく、肩口を押す。
右脚が進路を塞ぐ。
旧式レイバーの重心が流れる。
倒す。
だが、倒す方向を選ぶ。
燃料タンクとは逆。
倉庫とは逆。
広い空き地へ。
旧式レイバーが、重い音を立てて横倒しになった。
バドは追撃しない。
踏みつけもしない。
腕を押さえ、腰を固定し、動けない角度を保つ。
「黒崎さん、これでええ?」
『維持。現地警備隊が到着します』
「了解」
旧式レイバーのコックピットが開き、中の男が逃げようとする。
だが、すぐ横にロベルタが立っていた。
いつからそこにいたのか、バドには分からなかった。
男は凍りつく。
ロベルタは静かに言った。
「降りて下さい」
男は降りた。
素直だった。
とても素直だった。
ファビオラが横から歩いてきて、バドのブロッケンを見上げた。
「まあ、踏まなかったのは褒めてやるです」
「上からやな」
「あんた、さっきまで足元見えてなかったです」
「今は見とった」
「なら少しはマシです」
バドはむっとしたが、言い返せなかった。
事実だった。
ロベルタは、倒れた旧式レイバーとブロッケンを見比べる。
「破壊せずに止めたのですね」
「壊したら警備業務失敗やろ」
「そうです」
「それに、アルフォンスも壊したらあかん相手を止める機体やし」
「また、その名ですか」
ロベルタの声には、わずかな疑問があった。
バドは頷く。
「僕が勝ちたい相手や」
「敵ですか」
「うーん」
バドは少し考えた。
「敵やけど、殺す相手ちゃう。倒したい相手。勝ちたい相手。ゲームのラスボス」
ファビオラが呆れた顔をする。
「やっぱり意味が分からないです」
ロベルタは静かに言った。
「勝つためなら、何をしてもよいのですか」
バドは答えようとして、止まった。
ロベルタの目が、こちらを見ている。
内海課長のように面白がっている目ではない。
黒崎のように胃を痛めている目でもない。
もっと冷たい。
何かを見定める目。
バドは少しだけ口を閉じた。
ロベルタは続けた。
「通信車を壊せば勝てるかもしれません。整備員を狙えば機体は動きません。パイロットを降りたところで撃てば、レイバー戦は起こりません」
ファビオラがロベルタを見た。
黒崎も通信越しに黙った。
ロベルタは静かに言った。
「勝つ方法は、いくらでもあります」
バドは、倒れた旧式レイバーを見た。
そのコックピットから降りた男は、現地警備隊に取り押さえられている。
あの男を先に潰せば、レイバーは動かなかった。
整備場の電源を落とせば、もっと楽だったかもしれない。
燃料を爆破すれば、まとめて終わったかもしれない。
ロベルタの言うことは正しい。
勝つ方法はいくらでもある。
だが。
「それやったら、アルフォンスに勝ったことにならへん」
バドは小さく言った。
「何ですか」
ファビオラが聞く。
バドは少し顔を上げた。
「野明のお姉ちゃんがアルフォンスに乗って、こっち見て、逃げずに向かってきて、それでグリフォンとぶつかって、僕が勝つ。そうやないと意味ない」
ロベルタは黙っている。
「通信車潰したり、整備員狙ったり、パイロット降りたところで何かするのは、勝ち方としては正しいかもしれん。でも、それは僕のゲームやない」
バドは、にっと笑った。
「僕、勝ちたいんや。終わらせたいんちゃう」
ロベルタは、少しだけ目を伏せた。
「その線引きを、忘れないことです」
「うん」
「忘れれば、あなたは銃に使われる子供になります」
「レイバーやって」
「同じです」
ファビオラが小さく息を吐く。
「面倒な子供です」
「よう言われる」
「でも、少しだけ分かったです」
「何が?」
「あんたが、ただの悪い子供じゃないってことです」
バドは不満そうにした。
「ただの悪い子供やと思ってたん?」
「軍用レイバーに乗ってメイドの技を機械に食わせようとする子供です。普通に悪いです」
「それはそう」
黒崎が通信越しに言った。
『そこで納得しないで下さい』
/*/
旧整備場からは、多くのものが見つかった。
ラブレス家の偽造輸送証明。
シャフト製部品の流出品。
旧式レイバー用の改造パーツ。
対装甲火器。
南米北部から流れたと見られる武器。
そして、いくつかの名前。
密輸ルートは港だけでは終わらない。
ファヴェーラ、鉱山、廃線、ジャングル、国境地帯。
もっと奥がある。
ロベルタとファビオラは、それを追うつもりだった。
黒崎は止める気だった。
内海課長は、止めるふりをしながら追う気だった。
バドは、ASURAのログを見ていた。
狭所外周警備。
市街地低速移動。
足元民間人回避。
ファビオラの低姿勢移動観測。
旧式レイバー非破壊制圧。
肩部前方回転回避との比較。
周囲被害制限下での重心誘導。
イングラムの起動ディスクにはないログが、また増えた。
だが、それ以上に、バドの中に別のものが残った。
大きい機械に乗ると、見えないものが増える。
勝つ方法はいくらでもある。
でも、自分のゲームにしたいなら、選んではいけない勝ち方がある。
ロベルタの言葉は、重かった。
ファビオラの足運びは、悔しいほど速かった。
黒崎の胃痛は、たぶん今日も増えた。
内海課長は、相変わらず楽しそうだった。
夜、支社の宿舎で、バドは宿題のノートを開いた。
日本語。
英語。
ポルトガル語。
その端に、勝手に書き足す。
ファヴェーラ外縁ステージ。
メイド低姿勢移動。
旧式レイバー非破壊制圧。
勝ち方の線引き。
黒崎がそれを見て言った。
「またステージですか」
「業務?」
「業務です」
「でも、今日のはイベントやろ」
「違います」
「ロベルタさんとファビオラさん、また来るかな」
「来なくていいです」
「でも来るやろ」
「……来るでしょうね」
黒崎は否定できなかった。
内海課長がソファから笑う。
「来るよ。ああいう人たちは、必要な場所へ勝手に来る」
「課長」
「何だい、黒崎君」
「楽しそうに言わないで下さい」
「楽しいからね」
「胃が痛いです」
「大変だねえ」
「誰のせいだと」
バドはノートにもう一行書いた。
南米編、まだ続く。
黒崎がそれを見て、即座に言った。
「南米編ではありません」
内海課長が笑った。
「いや、黒崎君。これはもう、どう見ても南米編だよ」
「課長まで乗らないで下さい」
ブラジルの夜は、湿っていた。
遠くで犬が吠え、港の方角からサイレンの音が聞こえる。
格納庫では、ASURA搭載ブロッケンの冷却ファンが回っている。
その中には、イングラムにはない動きが増え始めていた。
そしてバドは、少しだけ分かり始めていた。
アルフォンスに勝つために必要なのは、強い動きだけではない。
何をしないか。
どこまでをゲームにするか。
どこから先を越えてはいけないか。
それもまた、勝つための経験値だった。