転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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黒い雛鳥と猟犬

 

 

 

 密輸ルートは、港だけでは終わらなかった。

 

 港湾倉庫。

 

 ファヴェーラ外縁。

 

 旧レイバー整備場。

 

 そこからさらに、廃線沿いに内陸へ伸びている。

 

 鉱山会社の古い引き込み線。

 

 使われなくなった貨物ヤード。

 

 ジャングルに飲まれかけた作業道路。

 

 そこを通って、軍用レイバー部品と対装甲火器が流れている。

 

 シャフト製の古い制御モジュール。

 

 旧式ブロッケンの予備パーツ。

 

 RPG-7。

 

 レイバー用の関節部品。

 

 ラブレス家の偽造輸送証明。

 

 そして、ラブレス家が関与していないことを知っている人間。

 

 その人物が、密輸組織に捕まっている可能性があった。

 

 会議室の空気は、ひどく重かった。

 

 黒崎は資料を並べ、現地警備隊と支社法務部から上がってきた情報を確認していた。

 

 内海課長は、相変わらず楽しそうだった。

 

 バドは地図を覗き込んでいる。

 

 ロベルタは立ったまま、無言で資料を見ていた。

 

 ファビオラは椅子の上で足を組み、不機嫌そうにしている。

 

「廃線終点の貨物ヤード」

 

 黒崎が言った。

 

「現地警察が把握している非合法集積地の一つです。正式には廃棄済みですが、実際には密輸組織が倉庫として使っている可能性が高い」

 

 ファビオラが言う。

 

「可能性じゃなくて、使ってるです」

 

「断定できる根拠は」

 

「臭いです」

 

「臭い?」

 

「銃と油と嘘の臭いです」

 

 黒崎は一瞬だけ黙った。

 

 真面目に反論すべきか迷ったからだ。

 

 内海課長が楽しそうに笑う。

 

「いいねえ。経験に基づく判断だ」

 

「課長」

 

 黒崎は低く言った。

 

「そういう判断を報告書に書く身にもなって下さい」

 

「“臭い”では駄目かな」

 

「駄目です」

 

 ロベルタが静かに口を開いた。

 

「そこに、ラブレス家の偽造書類を作成した者がいる可能性があります」

 

「それだけではありませんね」

 

 黒崎が問う。

 

 ロベルタは頷いた。

 

「当家の輸送担当者の一人が、行方不明になっています」

 

 バドが顔を上げた。

 

「誘拐?」

 

「その可能性があります」

 

 ファビオラの表情が険しくなる。

 

「書類だけならまだしも、人を使って証明の形を作られたら厄介です。ラブレス家が関わっているように見せかけられるです」

 

 黒崎は資料に目を落とす。

 

「つまり、密輸組織はラブレス家の名前を隠れ蓑にし、軍用レイバー部品と対装甲火器を流している。そして、その偽装に必要な人間を拘束している可能性がある」

 

「はい」

 

 ロベルタの声は静かだった。

 

 だが、静かすぎた。

 

 バドはその声を聞いて、少しだけ背筋を伸ばした。

 

 怒っている。

 

 ロベルタは怒っている。

 

 ただ、怒鳴らないだけだ。

 

 内海課長が言った。

 

「黒崎君。SSSとしては、どう動くべきかな」

 

「動くべきではありません」

 

 黒崎は即答した。

 

「現地警察に通報し、支社法務部と本社へ報告。ラブレス家側には独自対応を控えるよう要請します」

 

 ファビオラが鼻で笑った。

 

「それで間に合うなら、最初からここに来てないです」

 

「では、間に合わない根拠は」

 

「人質がいるかもしれないです」

 

「推測です」

 

「推測で動かないと、人は死ぬです」

 

 黒崎はファビオラを見た。

 

 ファビオラも黒崎を見返す。

 

 体格は子供に近い。

 

 だが、目は子供ではない。

 

 バドと少し似ている。

 

 子供の身体に、子供では済まされない経験が詰まっている。

 

 だからこそ、黒崎は嫌だった。

 

 バドとファビオラが同じ場所にいることが。

 

 内海課長とロベルタが同じ部屋にいることが。

 

 ASURA搭載ブロッケンと密輸組織と対装甲火器が同じ地図上にあることが。

 

 すべて胃に悪い。

 

 黒崎はゆっくりと言った。

 

「バドは出せません」

 

 バドが目を丸くする。

 

「え」

 

「出せません」

 

「なんで」

 

「対装甲火器が確認されています。RPG-7だけではない可能性もある。前回は偶然避けられたに過ぎません」

 

「偶然ちゃう。受け身や」

 

「危険であることに変わりはありません」

 

「でも、ASURA搭載ブロッケンが外におったら、ロベルタさんたちの逃げ道作れるやろ」

 

「あなたは外周警備という名目で、結局戦闘に巻き込まれます」

 

「巻き込まれたら避ける」

 

「避けきれなかったら?」

 

 バドは黙った。

 

 黒崎は続けた。

 

「あなたは機体が傷つくことを損害として考えています。しかし、その機体の中にはあなたがいる」

 

「分かっとる」

 

「分かっていません」

 

 黒崎の声は冷たくなかった。

 

 むしろ、いつもより低く、静かだった。

 

「ブロッケンの装甲が耐えても、あなたの身体は耐えない。ASURAが補正しても、衝撃そのものは消えない。コックピットは狭く、増設機器に囲まれている。あなたが死ぬ、または重傷を負う可能性があります」

 

 バドは、身分証カードを指で触った。

 

 シャフト・エンタープライズ・ジャパン特別研究協力者。

 

 未成年保護対象。

 

 実務担当、黒崎。

 

 そのカードは、彼をここへ連れてきた。

 

 同時に、黒崎が彼を止める理由でもある。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「僕、駒やって言うたやろ」

 

「その考え方自体が問題です」

 

「うん。でも、駒でも取られたらあかん駒になるって話もしたやん」

 

「だから?」

 

「今、僕が出たら、相手はレイバーを見て警戒する。ロベルタさんたちから目が逸れる。人質がおるなら、その時間で助けられるかもしれん」

 

 ファビオラがバドを見る。

 

 ロベルタも見る。

 

 バドは続けた。

 

「僕は突っ込まへん。中にも入らへん。外で、見えるところに立つ。撃たれそうなら避ける。RPG見たら隠れる。人が近くにおったら動かへん。黒崎さんの停止命令は聞く」

 

 黒崎は何も言わない。

 

「それで、あかん?」

 

「……良いわけがありません」

 

「でも?」

 

 黒崎は、嫌そうに目を閉じた。

 

「現地警備隊が到着するまでの時間を稼ぐ、外周封鎖、退路確保。そこまでです」

 

 バドの顔が明るくなる。

 

「ほな」

 

「ただし」

 

 黒崎は強く言った。

 

「外周から一歩でも内側へ入った場合、緊急遮断します。対装甲火器を確認した場合、即時撤退。ロベルタさん、ファビオラさん、あなた方の行動についても、こちらの安全線を越える場合は支援しません」

 

 ファビオラが顔をしかめる。

 

「偉そうです」

 

「警備責任者ですので」

 

 ロベルタは静かに頷いた。

 

「承知しました」

 

「ロベルタさん」

 

 ファビオラが不満そうに言う。

 

 ロベルタは首を振った。

 

「今回は、彼らの機械を盾に使う形になります。盾にする相手の条件は聞くべきです」

 

 バドは少し引っかかった。

 

 盾。

 

 駒。

 

 囮。

 

 言葉は違うが、似ている。

 

 黒崎はそれを嫌がる。

 

 ロベルタはそれを当然のものとして扱う。

 

 内海課長は、たぶん面白がる。

 

 バドは、自分がどの言葉を選ぶべきか、少し迷った。

 

 内海課長が笑った。

 

「では、作戦会議だね」

 

「課長は作戦を広げないで下さい」

 

「ひどいなあ」

 

「広げるでしょう」

 

「広げないよ」

 

「信じられません」

 

「正直だねえ」

 

 黒崎は端末に条件を打ち込みながら言った。

 

「これは救出支援と流出品確認です。戦闘ではありません」

 

 バドは小さく頷く。

 

「業務やな」

 

「その通りです」

 

「でも、最終ステージっぽい」

 

「違います」

 

 ファビオラが呆れたように言った。

 

「ほんと、変な子供です」

 

「よう言われる」

 

 ロベルタは、ただ黙ってバドを見ていた。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 廃線終点の貨物ヤードは、ジャングルに半分飲まれていた。

 

 錆びたレール。

 

 傾いた信号機。

 

 使われなくなった貨物ホーム。

 

 草に覆われたコンテナ。

 

 古いクレーン。

 

 そして、その奥にある倉庫群。

 

 夜になれば、そこは港湾倉庫より暗かった。

 

 港には照明がある。

 

 人の流れがある。

 

 トラックの音がある。

 

 ここには、虫の音と発電機の低い唸りしかない。

 

 ASURA搭載ブロッケンは、ヤード外縁の崩れた貨物ホームの影に膝をついていた。

 

 巨体を低くしている。

 

 完全には隠れない。

 

 だが、立っているよりはましだ。

 

 コックピット内で、バドは息を整える。

 

 モニターには、外周マップ。

 

 地形情報。

 

 熱源。

 

 人影。

 

 対装甲火器警戒表示。

 

 緊急遮断権限は黒崎にある。

 

 バドが勝手に突っ込めば、黒崎は本当に止めるだろう。

 

 それが分かっているので、バドは余計なことをしないようにしていた。

 

『バド、外周二百メートルを維持。前進禁止』

 

「了解」

 

『はいは』

 

「一回。分かっとる」

 

『よろしい』

 

 通信の別回線で、ファビオラの声が入る。

 

『あんた、本当に大人しくしてるですか』

 

「してる」

 

『怪しいです』

 

「黒崎さんより信用ないん?」

 

『ないです』

 

「ひどいなぁ」

 

 ファビオラは、貨物ヤードの屋根の上にいた。

 

 小柄な身体が、鉄骨と影の間を滑る。

 

 レイバーのカメラでは追いにくい。

 

 バドは、それを何度も見失いかけた。

 

 だが、今回は目で追うだけではない。

 

 周囲の影の変化。

 

 鳥の動き。

 

 下にいる見張りの視線。

 

 それらを合わせて、ファビオラがどこへ移ったか推測する。

 

 ASURAが、映像ログに注釈を付ける。

 

 小型人間目標。

 

 低姿勢移動。

 

 遮蔽物利用。

 

 上方死角侵入。

 

 カメラ追尾困難。

 

 バドは小さく呟いた。

 

「やっぱり欲しいな、この動き」

 

『何か言ったですか』

 

「何でもない」

 

『嘘です』

 

「メイドさん耳ええな」

 

『あんたが分かりやすいだけです』

 

 別方向では、ロベルタが進んでいた。

 

 ファビオラと違い、速くは見えない。

 

 静かに歩く。

 

 止まる。

 

 見る。

 

 また歩く。

 

 だが、見張りの視線が彼女を捉える前に、彼女はもう次の位置にいる。

 

 動きが大きくない。

 

 無駄がない。

 

 戦場そのものを読みながら歩いているようだった。

 

 バドは思った。

 

 ファビオラは地形を足で使う。

 

 ロベルタは敵の注意と恐怖を使う。

 

 どちらも、レイバーにはない。

 

 だが、グリフォンに必要なものかもしれない。

 

 その時、黒崎の声が入った。

 

『熱源増加。倉庫三番内部に大型機影』

 

「レイバー?」

 

『可能性があります』

 

「こっちに来る?」

 

『まだ不明』

 

 バドは操縦桿を握り直した。

 

 ASURAがブロッケンの姿勢を整える。

 

 低姿勢待機。

 

 足裏接地。

 

 膝負荷。

 

 冷却警告。

 

 バドは動かない。

 

 動きたい。

 

 だが動かない。

 

 外周維持。

 

 黒崎との約束。

 

 それだけではない。

 

 ロベルタの言葉が頭に残っている。

 

 勝つ方法はいくらでもある。

 

 なら、自分は何を選ばないのか。

 

 動かないことも選択だ。

 

 ブロッケンは、闇の中でじっと待った。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 倉庫三番の内部では、ロベルタが人質を見つけていた。

 

 ラブレス家の輸送担当者。

 

 手を縛られ、口を塞がれ、古いレイバー整備台の脇に転がされている。

 

 生きている。

 

 ロベルタはそれを確認すると、静かに拘束を解いた。

 

 男は怯えきっていた。

 

「お静かに」

 

 ロベルタが言う。

 

 男は何度も頷く。

 

 その時、倉庫の奥で金属音がした。

 

 重い足音。

 

 旧式軍用レイバー。

 

 前回の整備場で見た改造機よりも大きい。

 

 外装は継ぎはぎだが、腕部に盾のような追加装甲がある。

 

 背部には弾薬箱らしきもの。

 

 肩部に簡易ランチャー。

 

 粗悪な改造だが、近距離では十分危険だ。

 

 ファビオラが通信で叫んだ。

 

『ロベルタ! 奥のレイバー、動いてるです!』

 

『確認しています』

 

 ロベルタの声は落ち着いていた。

 

 バドは外でモニターを見ながら、歯を噛んだ。

 

「黒崎さん」

 

『動くな』

 

「でも中にレイバーおる」

 

『外に出てきた場合のみ対応』

 

「人質は?」

 

『ロベルタさんが救出中』

 

「もし」

 

『動くな』

 

 黒崎の声は強かった。

 

 バドは操縦桿を握る手に力を入れた。

 

 ブロッケンの指がわずかに動く。

 

 ASURAが、操縦入力の抑制を表示する。

 

 緊急遮断待機。

 

 黒崎は本気だ。

 

 バドは舌打ちした。

 

「分かっとる」

 

 倉庫のシャッターが内側から歪んだ。

 

 一度。

 

 二度。

 

 三度目で、鉄板が吹き飛ぶ。

 

 旧式軍用レイバーが外へ出た。

 

 肩部ランチャーが動く。

 

 狙いは、外周のブロッケンではない。

 

 倉庫脇から人質を連れ出しているロベルタの方向。

 

 バドの背筋が冷えた。

 

「黒崎さん!」

 

『バド、待機』

 

「待機したら撃たれる!」

 

『遮蔽に入る可能性があります』

 

「間に合わへん!」

 

 旧式レイバーの肩がわずかに沈む。

 

 照準。

 

 発射準備。

 

 バドは一瞬だけ考えた。

 

 突っ込めば、黒崎に止められるかもしれない。

 

 だが、外周から一歩も動かずにできることはある。

 

 ブロッケンは近くにあった空の貨物コンテナを掴んだ。

 

 投げるのではない。

 

 押し出す。

 

 低く、滑らせる。

 

 コンテナが地面を削りながら、ロベルタと旧式レイバーの間に入る。

 

 直後、肩部ランチャーが火を噴いた。

 

 爆発。

 

 コンテナが裂ける。

 

 破片が飛ぶ。

 

 だが、直撃線は逸れた。

 

 ロベルタは人質を引き倒し、その上に覆いかぶさるようにして爆風を避けた。

 

 ファビオラが叫ぶ。

 

『無茶するなです!』

 

「そっちこそ!」

 

 黒崎の声が飛ぶ。

 

『バド、今の位置から動くな!』

 

「動いてへん! コンテナだけ動かした!」

 

『屁理屈です!』

 

「でも間に合った!」

 

 旧式レイバーが、今度はブロッケンを向いた。

 

 敵として認識された。

 

 バドは息を吸う。

 

 相手のランチャー。

 

 腕部装甲。

 

 脚部。

 

 背部バッテリー。

 

 周囲には貨物コンテナ、廃線、古いクレーン、ジャングル。

 

 人質とロベルタは左後方。

 

 ファビオラは屋根上。

 

 現地警備隊はまだ到着していない。

 

 ここで撃ち合えば、周囲が壊れる。

 

 だが、待っていれば撃たれる。

 

 バドは思考を切り替えた。

 

 豚捕獲。

 

 逃げる相手を潰さず止める。

 

 鉱山作業。

 

 壊してはいけない場所で出力を絞る。

 

 RPG回避。

 

 受けてはいけないものは避ける。

 

 ファビオラ。

 

 低く、正面から入らず、死角を使う。

 

 ロベルタ。

 

 レイバーと戦わず、レイバーが動ける条件を潰す。

 

 バドはモニター越しに、旧式レイバーの足元を見た。

 

 地面は廃線跡。

 

 レールが残っている。

 

 枕木は腐っている。

 

 右足の後ろに、半分埋もれた切替ポイント。

 

 機体の重心は高い。

 

 腕部装甲が重い。

 

 肩部ランチャーで上体が硬い。

 

 真正面から組めば危険。

 

 なら、真正面から戦わない。

 

「ASURA、足元」

 

 ブロッケンが低く沈む。

 

 旧式レイバーが一歩踏み出す。

 

 バドは後退しない。

 

 ただ、相手に撃たせる位置をずらす。

 

 腕部装甲を向ける。

 

 だが、受けるためではない。

 

 銃口を向けられたら、身体ごと外す。

 

 旧式レイバーが肩を向ける。

 

 バドは半歩だけ横へ滑らせた。

 

 肩部ランチャーの射線が、廃クレーンの支柱にかかる。

 

 相手は撃てない。

 

 撃てば支柱が崩れ、自分の側にも瓦礫が落ちる。

 

 バドは笑った。

 

「ここや」

 

 ブロッケンの左腕が、旧式レイバーの腕を掴まない。

 

 押す。

 

 肩ではなく、肘でもなく、装甲の端を押す。

 

 ほんの少し。

 

 旧式レイバーの上体がねじれる。

 

 右足がレールの上に乗る。

 

 足裏が滑る。

 

 重心が流れる。

 

 バドは押し込まない。

 

 押し込めば倒れる方向が読めない。

 

 だから、進路を塞ぐ。

 

 右脚を低く入れる。

 

 ファビオラの低い足運びを、人間ではなくレイバーサイズに置き換える。

 

 足払いではない。

 

 置く。

 

 相手の行きたい場所を消す。

 

 旧式レイバーが崩れた。

 

 倒れる先には、倉庫がある。

 

 人質がいる方向ではない。

 

 だが、倒れると肩部ランチャーが暴発する可能性がある。

 

 バドは操縦桿を引く。

 

 ブロッケンの腕が相手の肩部装甲を押さえる。

 

 倒す。

 

 ただし、肩を地面へ向ける。

 

 ランチャーの口を空へ逃がす。

 

 旧式レイバーが、重い音を立てて倒れた。

 

 肩部ランチャーが斜め上へ跳ねる。

 

 暴発。

 

 ロケット弾が夜空へ飛び、遠くのジャングル上空で爆発した。

 

 爆風が遅れて届く。

 

 バドは歯を食いしばる。

 

「危なっ」

 

『よくやった、と言いたいところですが、後で説教です』

 

 黒崎の声が震えていた。

 

 怒りと安堵が混じっている。

 

「はいはい」

 

『はいは一回』

 

「はい」

 

 倒れた旧式レイバーが、まだ動こうとする。

 

 バドは踏みつけない。

 

 コックピットを潰さない。

 

 背部バッテリーを壊さない。

 

 ただ、腕を押さえ、腰を固定し、脚の動きを殺す。

 

 そこへロベルタが走った。

 

 人質をファビオラへ渡し、自分は倒れた旧式レイバーの背面へ回り込む。

 

 バドは目を見開いた。

 

「ロベルタさん、そこ危ない!」

 

 ロベルタは止まらない。

 

 レイバーの関節部。

 

 背部の追加バッテリー。

 

 外部ケーブル。

 

 彼女はそこを見ている。

 

 バドは気づいた。

 

 この人は、レイバーと戦っていない。

 

 レイバーが動ける条件を潰している。

 

 ロベルタは小さな爆薬を使った。

 

 派手な爆発ではない。

 

 正確に、背部の外付け電源と制御ケーブルだけを切る。

 

 旧式レイバーの動きが止まった。

 

 完全停止。

 

 コックピットの中のパイロットは生きている。

 

 機体は止まった。

 

 バドは息を吐いた。

 

「……すご」

 

 ロベルタは、止まったレイバーの背から降りる。

 

 服には油が付いていた。

 

 だが、表情は変わらない。

 

 ファビオラが人質を連れて後退する。

 

「確保したです!」

 

 遠くからサイレンが聞こえる。

 

 現地警備隊が到着した。

 

 バドはブロッケンの出力を落とした。

 

 ASURAがログを保存する。

 

 外周封鎖。

 

 射線妨害。

 

 非破壊誘導転倒。

 

 対装甲火器射線制御。

 

 レール上足裏滑り誘導。

 

 外部電源遮断観測。

 

 ロベルタ行動ログ。

 

 ファビオラ人質退避支援。

 

 バドは、モニターに流れる文字を見ながら小さく呟いた。

 

「アルフォンスに勝つの、難しいな」

 

『何がです』

 

 黒崎が聞く。

 

「勝つ方法、いっぱいあるんやなって」

 

『それは良いことではありません』

 

「うん」

 

 バドは頷いた。

 

「せやから、選ばんとあかん」

 

 

 

     /*/

 

 

 

 作戦後の格納庫は、いつもより静かだった。

 

 ASURA搭載ブロッケンは、また傷を増やした。

 

 今回は弾痕よりも、足回りの負荷が大きい。

 

 廃線跡での低姿勢機動。

 

 コンテナを滑らせた時の腕部負荷。

 

 旧式レイバーを誘導転倒させた時の膝と腰の負担。

 

 森川政治はログを見ながら興奮していた。

 

「これは凄い。単純な格闘ログじゃない。周辺環境を使った重心誘導だ。しかも、相手を破壊していない」

 

 磯口豊も頷く。

 

「豚捕獲と鉱山作業と銃撃回避が混ざっている。妙な言い方だが、実務の積み重ねが戦闘ログになっているね」

 

 バドは整備台の端に座り、医療担当から渡された水を飲んでいた。

 

 黒崎はその横で、徳永専務宛ての報告書の見出しを考えていた。

 

 考えたくなかった。

 

 廃線貨物ヤードにおける密輸組織制圧支援。

 

 ラブレス家関係者救出。

 

 旧式軍用レイバー非破壊停止。

 

 ASURA搭載ブロッケンによる外周封鎖。

 

 所属不明武装メイド二名との共同対応。

 

 書く前から胃が痛い。

 

 内海課長は上機嫌だった。

 

「いやあ、実に良かったね」

 

「課長」

 

「何だい、黒崎君」

 

「良くありません」

 

「人質は助かった。流出品も押さえた。ASURAのログも取れた。バドも無事だ」

 

「その全てが危険な綱渡りだったと言っているんです」

 

「綱渡りは落ちなければ成功だよ」

 

「課長らしい最悪の言い方です」

 

 ロベルタは、少し離れた場所で救出した輸送担当者と話していた。

 

 声は小さい。

 

 内容は聞こえない。

 

 だが、男は泣いていた。

 

 ファビオラはバドの近くへ来ると、腕を組んだ。

 

「あんた、少しはマシだったです」

 

「褒めてる?」

 

「少しだけです」

 

「やった」

 

「調子に乗るなです」

 

 バドは笑う。

 

 ファビオラは傷だらけのブロッケンを見上げた。

 

「あんな大きいので、よく踏まなかったですね」

 

「豚捕まえたからな」

 

「豚?」

 

「三十七頭」

 

「何やってるですか、あんた」

 

「SSSの業務」

 

「おかしいです」

 

「僕も最初そう思った」

 

 ファビオラは呆れたように息を吐いた。

 

 それから、少しだけ真面目な顔をした。

 

「あんた、大きい機械に乗ってると、足元の人間を忘れるです」

 

「うん」

 

 バドは素直に頷いた。

 

 ファビオラは少し驚いた。

 

「分かってるですか」

 

「今日、分かった。見えてるつもりでも、遅い。人間の方が先に動く。ちっこいメイドさんは特に」

 

「ちっこい言うなです」

 

「ごめん」

 

「素直なのも気持ち悪いです」

 

「ひどいなぁ」

 

 ロベルタが戻ってきた。

 

 その目は、まだ静かだった。

 

 だが、先ほどまでの冷たさは少しだけ薄れている。

 

「バドリナート様」

 

「様はいらんで」

 

「では、バド」

 

「うん」

 

「今日、あなたは勝つ方法を選びました」

 

 バドは黙った。

 

「倒すことはできた。潰すこともできた。爆破することもできた。しかし、あなたは止めることを選んだ」

 

「警備業務やから」

 

「それだけではありません」

 

 ロベルタは、バドをまっすぐ見た。

 

「あなたは、自分の勝負に不要な方法を選ばなかった」

 

 バドは少しだけ照れたように鼻をこすった。

 

「ロベルタさんが言うたんやん。勝つ方法はいくらでもあるって」

 

「はい」

 

「それ、怖かった」

 

 ロベルタは少しだけ目を細めた。

 

「怖い?」

 

「うん。だって、ほんまにいっぱいあった。通信車壊すとか、整備員狙うとか、パイロット降りたところで何かするとか。やったら勝てるかもしれん。でも、それやったら僕のゲームやない」

 

 バドは、ブロッケンを見上げた。

 

「僕、アルフォンスに勝ちたいんや。アルフォンスが出てこんようにして終わらせたいんちゃう」

 

 ロベルタは頷いた。

 

「その線引きを忘れないことです」

 

「忘れたら?」

 

「あなたは、課長に似ます」

 

 黒崎が思わず小さく咳き込んだ。

 

 内海課長は笑った。

 

「それは光栄だね」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

 黒崎の返答は早かった。

 

 ファビオラも頷く。

 

「ロベルタの言う通りです。あんた、あの眼鏡の人と笑ってる時、ろくでもない顔してるです」

 

「内海さん?」

 

「そうです」

 

「内海さんは面白いで」

 

「面白い大人は危ないです」

 

 黒崎が深く頷いた。

 

「完全に同意します」

 

 内海課長が肩をすくめる。

 

「ひどいなあ。今日はみんな僕に厳しい」

 

「日頃の行いです」

 

 バドは笑った。

 

 だが、ロベルタの言葉は残っていた。

 

 課長に似る。

 

 それは悪口なのか。

 

 たぶん悪口だ。

 

 でも、内海課長は面白い。

 

 自分を拾った。

 

 遊ばせてくれる。

 

 グリフォンへ乗せてくれる。

 

 危ないこともさせる。

 

 守っているのか、使っているのか、本人も分けていないような顔で笑う。

 

 バドは、その笑顔が好きだった。

 

 だからこそ、危ないのかもしれない。

 

「なあ、ロベルタさん」

 

「はい」

 

「銃を持つ子供は、銃に使われるって言うたやん」

 

「はい」

 

「レイバーでも同じって」

 

「はい」

 

「ほな、使われる前に使いこなしたらええんちゃう?」

 

 ロベルタは即答しなかった。

 

 ファビオラも黙る。

 

 黒崎は、わずかに眉を寄せた。

 

 内海課長だけが、楽しそうにバドを見ている。

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「それが一番危険です」

 

「やっぱり?」

 

「はい」

 

「でも、それしかないやろ」

 

「いいえ」

 

 ロベルタは首を振った。

 

「使いこなすことと、手放せること。両方を覚えなければなりません」

 

 バドは、少しだけ意味が分からない顔をした。

 

「手放す?」

 

「はい」

 

「グリフォンを?」

 

「いつか」

 

「嫌や」

 

 即答だった。

 

 ファビオラが呆れる。

 

「子供です」

 

「子供やもん」

 

「都合のいい時だけ子供になるなです」

 

 バドは笑った。

 

 だが、ロベルタは笑わない。

 

「手放せない武器は、持ち主を選びます」

 

「グリフォンが僕を選ぶ?」

 

「あるいは、ASURAが」

 

 バドはASURA搭載ブロッケンを見た。

 

 冷却ファンが回っている。

 

 ログを食べ続ける機械。

 

 豚。

 

 泥。

 

 鉱山。

 

 銃撃。

 

 RPG。

 

 ファビオラの足運び。

 

 ロベルタの遮断。

 

 旧式レイバーの非破壊制圧。

 

 ASURAは学んでいる。

 

 そしていつか、もっと小さくなる。

 

 大人でも乗れるようになる。

 

 そうなった時、バドはまだ必要か。

 

 グリフォンはまだ自分のものか。

 

 ASURAは、自分の失敗を覚えたまま、別の誰かに使われるのか。

 

 バドは少しだけ黙った。

 

 黒崎は、その沈黙を見ていた。

 

 バドが怖がっている。

 

 珍しい。

 

 いや、バドはいつも怖がっているのかもしれない。

 

 それをゲームという言葉で包んでいるだけで。

 

 内海課長が言った。

 

「ロベルタさんは厳しいねえ」

 

「必要なことです」

 

「バドはまだ子供だよ」

 

「だからです」

 

 内海課長は薄く笑った。

 

 ロベルタは笑わない。

 

 その二人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

 黒崎は胃が痛くなった。

 

 この二人は、決して似ていない。

 

 だが、互いの危険さを理解している。

 

 それが一番嫌だった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 数日後、ラブレス家の偽造書類事件は、表向きには現地密輸組織の摘発として処理された。

 

 ラブレス家は関与を否定。

 

 押収品の一部は現地警察へ。

 

 シャフト製部品に関する情報は、黒崎が本社へ報告。

 

 徳永専務からは、長い返信が来た。

 

 黒崎はそれを読んで、さらに胃を痛めた。

 

 内容は要約するとこうだった。

 

 なぜ民間警備会社の業務で、密輸組織、対装甲火器、旧式軍用レイバー、ラブレス家、武装メイドが一つの報告書に出てくるのか。

 

 内海を監視しろ。

 

 バドリナート君を危険に晒すな。

 

 ASURAのログは保全しろ。

 

 そして内海を監視しろ。

 

 最後の一文は二回書かれていた。

 

 黒崎は深く頷いた。

 

 まったくその通りだった。

 

 内海課長は、その返信を見て笑っていた。

 

「徳永専務は心配性だねえ」

 

「課長が心配させているのです」

 

「僕は今回、比較的大人しかったと思うけど」

 

「比較対象が悪すぎます」

 

 バドは、その横でASURAのログを見ていた。

 

 森川が変換した簡易シミュレーション。

 

 ブロッケンの動作を、グリフォンの運動系へ仮変換した映像。

 

 前方回転回避。

 

 低姿勢滑り込み。

 

 重心誘導。

 

 対装甲火器射線外し。

 

 足元障害物回避。

 

 民間人踏圧警告。

 

 ファビオラの動きを直接コピーしたわけではない。

 

 人間の足運びを、そのままレイバーに入れることはできない。

 

 だが、考え方は入る。

 

 低い位置へ移る。

 

 相手の視界から消える。

 

 正面からぶつからず、相手の動ける場所を消す。

 

 ロベルタの動きも同じだ。

 

 レイバーを壊すのではなく、動ける条件を消す。

 

 ただし。

 

 バドは、シミュレーションの一部に赤で印を付けた。

 

 通信車攻撃。

 

 整備員妨害。

 

 パイロット降車時攻撃。

 

 それらは、勝つ方法としては有効だ。

 

 だが、バドは横に書いた。

 

 使用禁止。

 

 黒崎がそれを見て、少しだけ目を細めた。

 

「自分で禁止するのですか」

 

「うん」

 

「なぜ」

 

「それやったら、アルフォンスと遊べへん」

 

「遊びではありません」

 

「僕には遊びや。真剣な遊び」

 

 バドは、シミュレーションの中のグリフォンを見た。

 

 黒い機体が地面を転がり、銃口を外し、相手の腕を殺し、腰を崩す。

 

 そこには、イングラムの起動ディスクにはなかった動きが混じっている。

 

 南米で拾った動き。

 

 豚と泥と鉱山と銃撃とメイドから拾った動き。

 

「野明のお姉ちゃん、びっくりするかな」

 

 内海課長が笑う。

 

「するだろうねえ」

 

「でも、野明のお姉ちゃんも変わっとるやろな」

 

 黒崎が問う。

 

「なぜそう思うのです」

 

「アルフォンスの中身、盗まれたんやで。篠原も特車二課も、絶対そのままやない。起動ディスクのデータは古くなる」

 

 バドは、少し嬉しそうだった。

 

「こっちが強くなった分、向こうも強くなってる。そうやないと、ゲームとして面白ない」

 

 黒崎は呆れたように息を吐く。

 

 だが、少しだけ安心もした。

 

 バドは、相手を物として見ていない。

 

 アルフォンスも、野明も、変わる相手として見ている。

 

 だからこそ、危険でもある。

 

 勝ちたい相手が成長することを喜ぶ子供。

 

 そんな子供が、ASURAとグリフォンを持っている。

 

 それを面白がる課長がいる。

 

 やはり胃に悪い。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 ロベルタとファビオラがブラジル支社を離れる日。

 

 空は曇っていた。

 

 支社の小さなヘリポート脇に、ラブレス家が手配した車が停まっている。

 

 ファビオラは、最後までバドに不満そうだった。

 

「あんた、本当にメイドの技を機械に食わせるなです」

 

「直接は食わせてへん」

 

「考え方を食わせてるです」

 

「それはええやろ」

 

「よくないです」

 

「ほな、友達価格で」

 

「まだ言うですか!」

 

 バドは笑った。

 

 ファビオラは顔をしかめたが、少しだけ口元が緩んでいる。

 

「今度会ったら、あんたが機械に乗ってない時に蹴るです」

 

「え、なんで」

 

「生身の足運びを覚えるです」

 

「痛そう」

 

「痛くするです」

 

「やっぱりメイドさん怖いな」

 

「当然です」

 

 ロベルタは、黒崎に一礼した。

 

「ご協力、感謝します」

 

「こちらは業務範囲を大幅に逸脱しました」

 

「それでも、人は助かりました」

 

「結果論です」

 

「はい」

 

 ロベルタは静かに頷いた。

 

「ですが、結果は時に重要です」

 

 黒崎はため息をつく。

 

「課長のようなことを言わないで下さい」

 

 内海課長が横で笑った。

 

「僕は嬉しいけどね」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

 ロベルタは最後に、バドの前へ来た。

 

 バドは少しだけ背筋を伸ばす。

 

「バド」

 

「うん」

 

「あなたは、自分を駒だと言いました」

 

「言うた」

 

「駒は、盤面を選べません」

 

 バドは黙る。

 

「ですが、人は違います。盤面から降りることも、盤面を壊すことも、別の遊びを始めることもできます」

 

「ロベルタさんが言うと、盤面壊すのが一番似合いそうやな」

 

 ファビオラが小さく吹き出した。

 

 ロベルタは表情を変えない。

 

「否定はしません」

 

「否定せえへんのや」

 

「ですが、あなたにはまだ別の選択があります」

 

 バドは少しだけ身分証カードに触れた。

 

 紙の中に入った自分。

 

 会社に管理される自分。

 

 ASURAに必要とされる自分。

 

 グリフォンに乗りたい自分。

 

 アルフォンスに勝ちたい自分。

 

 どれも自分だ。

 

 でも、それだけではないのかもしれない。

 

「手放せるようになれって話?」

 

「はい」

 

「今は無理や」

 

「今は、で構いません」

 

 ロベルタは静かに言った。

 

「いつか必要になります」

 

 バドは、少し困った顔をした。

 

「難しいなぁ」

 

「難しいから、覚えておくのです」

 

「うん」

 

 ロベルタは一礼した。

 

 ファビオラは手をひらひら振る。

 

「生きてたらまた会うです」

 

「そっちもな」

 

「あんたに心配されたくないです」

 

「僕もよう言われる」

 

 車が走り出す。

 

 バドはそれを見送った。

 

 内海課長が隣に立つ。

 

「寂しいかい?」

 

「うーん。ちょっと」

 

「面白い人たちだったね」

 

「うん」

 

「ロベルタさんは怖かった?」

 

「怖かった」

 

「ファビオラさんは?」

 

「腹立つけど、すごかった」

 

「ASURAに良い刺激になった」

 

「僕にもや」

 

 内海課長は、バドを見た。

 

 バドは車が消えた方向を見ていた。

 

「内海さん」

 

「何だい」

 

「僕、内海さんに似たらあかんの?」

 

 内海課長は少しだけ目を丸くした。

 

 それから、いつもの薄ら笑いを浮かべる。

 

「似てもいいと思うけどね」

 

「ロベルタさんは危ないって」

 

「危ないのは本当だ」

 

「自分で言うんや」

 

「僕は正直者だからね」

 

 黒崎が後ろから言った。

 

「どの口で言うのですか」

 

 内海課長は笑う。

 

 バドも笑った。

 

 だが、その笑いはいつもより少しだけ静かだった。

 

「でも、似るなら、勝ち方の線引きは自分で決めるわ」

 

「いいねえ」

 

「内海さんが面白がる方と、僕が勝ちたい方が、いつも同じとは限らへんし」

 

 内海課長の笑みが、ほんの少しだけ深くなった。

 

「それは楽しみだ」

 

 黒崎はその会話を聞いて、また胃が痛くなった。

 

 だが、少しだけ違う痛みだった。

 

 バドは内海課長に呑まれているだけではない。

 

 内海課長の面白さを好みながら、それでも自分の線を引こうとしている。

 

 それが救いなのか、別の危険なのかは、まだ分からない。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 その夜。

 

 バドは宿舎の机でノートを書いていた。

 

 日本語。

 

 英語。

 

 ポルトガル語。

 

 そして、その端に勝手なメモ。

 

 豚捕獲ミッション。

 鉱山ステージ。

 湾岸倉庫RPG回避。

 メイド低姿勢移動。

 廃線貨物ヤード。

 旧式レイバー非破壊制圧。

 勝ち方の線引き。

 手放せること。

 

 最後の一行を書いて、バドは首を傾げた。

 

「手放せること、かぁ」

 

 まだ分からない。

 

 グリフォンを手放すつもりはない。

 

 ASURAを手放すつもりもない。

 

 アルフォンスとの勝負をやめるつもりもない。

 

 だが、覚えておくことはできる。

 

 ロベルタの言葉。

 

 ファビオラの足運び。

 

 黒崎の停止命令。

 

 内海課長の笑顔。

 

 徳永専務が作った身分証。

 

 それら全部が、自分を盤面に置いている。

 

 なら、いつか盤面を選べるようになればいい。

 

 バドはノートの最後に、もう一行書いた。

 

 アルフォンスに勝つ。

 でも、勝ち方は選ぶ。

 

 黒崎が背後から覗き込み、少しだけ黙った。

 

「何や、黒崎さん」

 

「いえ」

 

「また変なこと書いとる?」

 

「……いいえ」

 

 黒崎は静かに言った。

 

「それは、覚えておいて下さい」

 

 バドは少し驚いた顔をした。

 

 それから、にっと笑った。

 

「うん」

 

 格納庫では、ASURA搭載ブロッケンの冷却ファンが回っている。

 

 その奥で、ログが整理されていた。

 

 豚と泥。

 

 銃撃とRPG。

 

 鉱山と狭所作業。

 

 ファビオラの低い回転。

 

 ロベルタの条件潰し。

 

 旧式レイバーの非破壊制圧。

 

 イングラムの起動ディスクにはなかった動きが、ASURAの中で静かに形になっていく。

 

 それは、グリフォンを強くする。

 

 同時に、バドに問いを残す。

 

 どう勝つのか。

 

 何をしないのか。

 

 誰のゲームにするのか。

 

 ブラジルの夜は暑かった。

 

 遠くで犬が吠えている。

 

 港の方角にはまだ灯りがある。

 

 内陸の闇には、密輸ルートの残り火がくすぶっている。

 

 だが、この外伝はひとまず終わる。

 

 黒い雛鳥は、まだ巣立たない。

 

 猟犬は去った。

 

 小さなメイドは、足跡だけを残した。

 

 そしてバドは、次にアルフォンスと会う時のために、ノートを閉じた。

 

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