ブラジルで豚を捕まえ、鉱山で支柱を支え、港湾倉庫でRPGを避け、ラブレス家のメイドたちと密輸組織を追っていた頃。
日本では、特車二課が怪獣と戦っていた。
少なくとも、バドリナート・ハルチャンドにはそう見えた。
ブラジル支社の宿舎にある小さな視聴室。
そこに、バドと内海課長が並んで座っていた。
二人とも、テレビ画面にかじりついている。
画面には、日本のニュース番組から録画された映像が流れていた。
海。
埋立地。
走る警察車両。
動くイングラム。
そして、巨大な異形。
廃棄物十三号。
怪物じみた肉塊が、レイバーと対峙している。
バドは目を輝かせた。
「怪獣やん!」
内海課長も楽しそうに身を乗り出す。
「怪獣だねえ」
「ほんまに怪獣やん! え、何これ、何で僕ら日本におらへんかったん!?」
「残念だったねえ」
「残念どころちゃうわ! めっちゃ楽しそうやん!」
画面の中で、特車二課のイングラムが廃棄物十三号と接触する。
通常のレイバー犯罪とはまるで違う。
相手は機械ではない。
人型でもない。
関節も、操縦席も、弱点らしい弱点も分かりにくい。
暴走レイバーなら腰を抜けば止まる。
作業機なら電源を落とせば止まる。
人間なら捕縛できる。
だが、これは違う。
レイバーの格闘術が、そのまま通じる相手ではない。
バドは、食い入るように画面を見つめた。
「うわ、アルフォンス押されとる! いや、でも踏ん張った! おおっ、そう行くんか!」
内海課長は笑っている。
「特車二課も、なかなか派手なことをしているねえ」
「うらやましい!」
「うん、うらやましい」
「何で僕らだけ豚とか鉱山とかRPGやったん!? 向こう怪獣やで!?」
「ブラジル編も充実していたじゃないか」
「怪獣には勝てへんやろ!」
後ろで黒崎が腕を組んで立っていた。
ひどく嫌そうな顔をしている。
「楽しそうに言うことではありません」
バドは振り返らない。
画面から目を離せないからだ。
「黒崎さん、怪獣やで!」
「怪物レイバーです」
「怪獣やん!」
「事件です」
「怪獣事件やん!」
内海課長が頷く。
「いい言葉だね、怪獣事件」
「課長まで乗らないで下さい」
黒崎の声が低くなる。
だが内海課長は気にしない。
バドも気にしない。
二人はテレビの前で、同じような顔をしていた。
悪い大人と悪い子供が、同じ玩具を見つけた時の顔だった。
画面が切り替わる。
ニュース映像。
現場からの中継。
スタジオの解説。
遠巻きに撮られたイングラム。
廃棄物十三号の巨体。
自衛隊、警察、特車二課。
バドは両手を握った。
「ええなぁ……ええなぁ……怪獣と戦ったログとか、めちゃくちゃ欲しいやん……」
黒崎が即座に言う。
「欲しがらないで下さい」
「だって欲しいやろ!」
「欲しくありません」
「嘘や。森川さんとか絶対欲しがる」
その場にいた森川政治は、すでに録画映像を別モニターへ取り込み、画像解析を始めていた。
磯口豊も横で腕を組み、真剣な顔で画面を見ている。
黒崎は二人を見る。
「……欲しがってますね」
森川は顔を上げずに言った。
「これは貴重です。レイバー規格外対象との接触ログです。相手は人型ではない。関節破壊も操縦者制圧も効かない。柔軟体、あるいは不定形に近い対象との押し合い、回避、拘束失敗、再接触……これだけの実戦例はまずありません」
磯口も頷いた。
「グリフォン用というより、ASURAの判断系にとって大きいね。相手の構造を前提にしすぎると、こういう相手に破綻する。人型レイバー戦のログとは別系統だ」
バドが勢いよく振り返った。
「ほら!」
黒崎は額を押さえた。
「ほら、ではありません」
内海課長が楽しそうに言う。
「森川君、磯口君。映像だけでどの程度取れる?」
「外部映像だけでは限界があります」
森川が答える。
「欲しいのは一号機の機体ログ、操縦入力、姿勢制御補正、接触時の負荷、転倒復帰、対象接触時の反応遅延、それから操縦者側の補正判断です」
バドの顔がぱっと明るくなる。
「せやろ! ほら、内海さん!」
黒崎の眉が動いた。
嫌な予感がした。
バドはテレビ画面を指差した。
「今度アルフォンスとやる時も、起動ディスク貰ってこよ!」
黒崎はすぐに言った。
「貰えません」
「前は貰えたやん」
「あれは貰ったのではありません」
「回収?」
「盗難です」
「黒崎さんが言うと生々しいなぁ」
「事実です」
内海課長は肩を震わせて笑っている。
「いいねえ、バド。今度は怪獣戦ログ入りのアルフォンスだ」
「めっちゃ欲しい!」
「一号機は、東京レイバーショウ以後も成長している。そこへ怪物レイバー戦のログが加わる」
「最高やん!」
「最高だねえ」
黒崎は、心底嫌そうに言った。
「最高ではありません。最悪です」
バドは両手を広げた。
「だって、アルフォンスが怪獣戦経験済みになったんやで? 起動ディスクの前のデータ、もう古いやん。野明のお姉ちゃん、絶対レベル上がっとる!」
内海課長が頷く。
「そうだね。相手も成長している」
「こっちは豚、泥、鉱山、銃撃、RPG、メイド、旧式レイバー。向こうは怪獣。ええ勝負や!」
「なかなか贅沢な育ち方だ」
「ほんまやで!」
黒崎は、二人の会話を聞きながら胃が痛くなった。
普通なら、特車二課が廃棄物十三号と大立ち回りを演じたニュースは、警察力と都市防衛の問題として見るべきものだ。
あるいは、レイバー行政、軍事、バイオ系事故、廃棄物処理問題として見るべきものだ。
だが、この二人は違う。
怪獣。
うらやましい。
楽しそう。
ログが欲しい。
起動ディスクを貰ってこよう。
黒崎は深く息を吐いた。
「バド」
「何?」
「一号機の起動ディスクを再び盗む計画は認めません」
「まだ盗むとは言うてへん」
「貰うとも不可です」
「借りる?」
「なお悪い」
内海課長が言った。
「黒崎君、言葉は柔らかい方がいい。技術資料の再取得とか」
「課長」
「何だい」
「黙っていて下さい」
「はいはい」
バドは再びテレビに向き直った。
映像の中で、イングラムが廃棄物十三号へ向かう。
相手は人型ではない。
反応が読みづらい。
掴んでも崩れない。
押しても逃げる。
生き物のように動く。
その中で、イングラムは踏ん張り、動き、止めようとしている。
バドの顔から、少しだけ騒がしさが消えた。
「……野明のお姉ちゃん、すごいな」
黒崎は黙った。
バドは画面を見つめたまま続ける。
「これ、怖いやろ。レイバー相手やない。どこ殴ったら止まるか分からん。掴まれたらどうなるか分からん。なのに前に出とる」
内海課長も、少しだけ静かに画面を見た。
「彼女は警察官だからね」
「うん」
バドは小さく頷いた。
「僕やったら、まず逃げ方考える。次に弱点探す。無理なら距離取る。でも、アルフォンスは止めに行くんやな」
黒崎が言う。
「それが特車二課の仕事です」
「警察機やもんな」
「はい」
バドは黙って画面を見た。
豚を踏まない。
鉱山を壊さない。
銃弾の中で避難路を守る。
旧式レイバーを破壊せず止める。
そういうブラジルでの実務ログを、バドは積んだ。
だが、日本ではアルフォンスが怪獣を止めようとしていた。
別の経験値。
別の重さ。
別の怖さ。
バドは、ぽつりと言った。
「盗んだ起動ディスク、ほんまに古くなってもうたな」
内海課長が笑う。
「嬉しそうだね」
「嬉しいに決まっとるやん」
バドは歯を見せた。
「相手もレベルアップしてる方が、ラスボス戦は燃えるやろ」
森川が画面の解析を止めずに言った。
「映像だけでも、ある程度の姿勢変化は取れます。完全なログには程遠いですが、怪物レイバーのような非人型対象への接近角度、警戒姿勢、接触後の復帰パターンは参考になります」
磯口が続ける。
「面白いのは、イングラムが格闘機としてではなく、警察機として動いている点だね。倒すより、押し戻す。潰すより、止める。対象の性質が分からない中で、被害を広げないようにしている」
バドは頷いた。
「それが強いんやな」
黒崎が意外そうにバドを見る。
「何ですか」
「いや」
バドは画面を見たまま言った。
「グリフォンは勝つために強い。アルフォンスは止めるために強い。怪獣相手やと、たぶんそっちの強さが出る」
内海課長が楽しそうに目を細めた。
「いい分析だ」
「せやろ」
「それで?」
「それでも勝つ」
バドは即答した。
「怪獣戦経験済みのアルフォンスに、南米育ちのグリフォンで勝つ。めっちゃええやん」
黒崎は額を押さえた。
「結論がそこに戻るのですね」
「当たり前やん」
内海課長は笑った。
「では、怪獣戦ログ入りの一号機起動ディスクをどうするか、考えないとね」
「課長」
黒崎の声がさらに低くなる。
「冗談だよ」
「冗談に聞こえません」
「黒崎君は僕を何だと思っているんだい」
「前科持ちです」
「ひどいなあ」
バドは手を上げた。
「はい! 案があります!」
「却下です」
「まだ言うてへん!」
「言う前から分かります」
「ひどいなぁ!」
内海課長が笑う。
森川は映像解析を続ける。
磯口は廃棄物十三号とイングラムの接触シーンをコマ送りにする。
黒崎は徳永専務への報告に、この件をどこまで書くか考えていた。
日本に残っていた企画七課のメンバーから送られてきた録画一本で、ブラジル支社の視聴室はすっかり熱を帯びている。
バドはテレビの前で膝を抱え、画面のアルフォンスを見つめた。
そこに映っているのは、もう東京レイバーショウの時の一号機ではなかった。
起動ディスクを盗まれたイングラム。
廃棄物十三号と戦ったイングラム。
怪獣を前にしても退かなかった警察機。
その中にいる泉野明。
バドは小さく笑った。
「待っときや、アルフォンス」
画面の中のイングラムが、廃棄物十三号へ向かって踏み込む。
「こっちも南米で、だいぶ変な経験値積んだで」
内海課長が横で言った。
「いいねえ。怪獣帰りの警察機と、南米帰りの黒い怪鳥」
バドは頷いた。
「最高やな」
黒崎は小さく呟いた。
「最悪です」
だが、その声は二人には届かなかった。
二人はもう、テレビの中の怪獣戦に夢中だった。