転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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止めて下さい

/*/ ブラジル支社 ASURA試験格納庫 続き /*/

 

 

 

 背面ユニット現場装着方式。

 

 その言葉が出てから、格納庫の空気は少し変わった。

 

 黒崎にとっては悪い方向へ。

 

 森川政治と磯口豊にとっては、明らかに良い方向へ。

 

 グリフォンの三面図。

 

 フライングユニット装着状態。

 

 アクアユニット装着状態。

 

 そして、背面ロック機構の簡易図。

 

 モニター上にいくつもの線が走り、仮の接続点が表示されていく。

 

 バドは椅子の上で前のめりになっていた。

 

 内海課長は楽しそうに笑っている。

 

 黒崎は腕を組んで立っていた。

 

 胃が痛い。

 

 非常に痛い。

 

「現場換装を考えるなら」

 

 磯口が、ふと顔を上げた。

 

「最初から大型ユニットを付ける必要はないな」

 

 森川の手が止まる。

 

「……そうか」

 

 その声に、黒崎は嫌な予感を覚えた。

 

 非常に嫌な予感だった。

 

「森川さん」

 

「いや、これは使える」

 

「何がです」

 

 森川は端末を操作し、グリフォンの背面に小型の箱状ユニットを表示した。

 

 フライングユニットほど大きくない。

 

 アクアユニットほど重くもない。

 

 背中に沿うような薄い外装。

 

 小型のセンサーポッド。

 

 追加記録装置。

 

 慣性計測装置。

 

 背面ロック試験用の簡易接続フレーム。

 

 磯口が身を乗り出す。

 

「小型のデータ収集ユニットだ」

 

 バドの目が輝いた。

 

「データ収集?」

 

「そうだ。いきなりフライングユニットやアクアユニットを現場装着させるのは危険すぎる。なら、その前段階として、軽量のデータ収集バックユニットを付ける」

 

 森川が早口になる。

 

「背面換装のロック機構を簡易化して搭載する。飛ばない。泳がない。ただし、装着時の位置合わせ、ロック圧、背面接触、振動、衝撃、重心変化、姿勢制御への影響を全部記録できる」

 

 磯口が続けた。

 

「しかも、グリフォン本体の動きを邪魔しにくい。フライングユニットほど背面を塞がないから、前回り受け身や低姿勢回転もある程度できる。もちろん完全な素体よりは制限されるが、試験にはちょうどいい」

 

 バドは椅子から立ち上がりかけた。

 

「それ、ええやん!」

 

 黒崎は低く言った。

 

「余計な事に気が付きましたね」

 

 磯口と森川が同時に黒崎を見た。

 

 内海課長は声を出して笑った。

 

「黒崎君、実に正直だ」

 

「正直にもなります」

 

 黒崎はモニターを睨む。

 

「今度は、戦闘用でも逃走用でもない背面ユニットを作るという話ですか」

 

「試験用だよ」

 

 磯口が悪びれずに言う。

 

「試験用だから危なくない、という理屈は通りません」

 

 森川は真面目な顔で答えた。

 

「しかし、現場換装方式を検討するなら、装着機構のデータは必須です。大型ユニットで初めて試すより、小型ユニットでロックと姿勢制御の影響を取った方が安全です」

 

「安全という言葉を使えば通ると思わないで下さい」

 

 バドが手を上げた。

 

「でも黒崎さん」

 

「何です」

 

「これまでより、いっぱいデータ取れるんやろ?」

 

「そこが問題です」

 

「問題なん?」

 

「あなたが喜ぶからです」

 

 バドは少し笑った。

 

 森川はモニターの小型ユニットを拡大する。

 

「これまでのログは、主に機体内部のセンサーとASURAの制御ログに頼っていた。だが背面データユニットを付ければ、外部映像、慣性、振動、接触圧、背面方向の加速度、転倒時の衝撃、回転復帰時の背部負荷まで高精度に取れる」

 

 磯口が頷く。

 

「カポエイラ由来の低姿勢動作、前回り受け身、横転、壁面接触、銃撃回避。全部、今より細かく解析できる。特に背中や肩を使う動きは、これまで計測が弱かった」

 

 バドはもう完全に乗り気だった。

 

「つまり、RPG避けた時の前回り受け身も、これ付けてたらもっとデータ取れたん?」

 

「取れただろうね」

 

「うわ、欲しかった!」

 

「欲しがらないで下さい」

 

 黒崎が即座に言う。

 

 バドは聞いていない。

 

「あとファビオラさんの低い回転をグリフォン用に変換する時も、背中側の負荷が分かる」

 

「そうだ」

 

 森川が頷く。

 

「素体でできる動作と、背面ユニット装着時にできる動作の境界も取れる。つまり、装備別動作ライブラリの基礎データになる」

 

「めっちゃいるやん!」

 

「いりません」

 

「黒崎さんだけ反対してる」

 

「まともな人間が私だけだからです」

 

 内海課長が楽しそうに言った。

 

「いいじゃないか、黒崎君。戦闘力は上がらない」

 

「その分、運用回数が増えます」

 

「データ収集だよ」

 

「その名目で危険な試験を増やす気でしょう」

 

「ひどいなあ」

 

「課長の部下を何年やっていると思っているんです」

 

 内海課長は嬉しそうに笑った。

 

「黒崎君は僕をよく分かっているね」

 

「分かりたくありませんでした」

 

 磯口は、さらに図を描き加えていく。

 

「小型データ収集ユニットなら、重量は抑えられる。背面中央に慣性計測。左右に小型カメラ。ロック部に接触圧センサー。簡易バッテリー。外部記録装置。万一の時はパージ可能にする」

 

 森川が言う。

 

「ASURA側には、装着状態での運動制限を学習させる。どの角度まで背面を使えるか。どの回転でユニットが干渉するか。転倒時にパージすべきか保持すべきか」

 

 バドは手を叩いた。

 

「パージええな!」

 

「喜ぶところではありません」

 

 黒崎が言う。

 

「でも、戦闘中に邪魔になったら捨てられるんやろ?」

 

「捨てたユニットを回収する人間のことも考えて下さい」

 

「黒崎さん?」

 

「私を当然のように回収担当にしないで下さい」

 

 内海課長が横から言う。

 

「でも、実務担当だからねえ」

 

「課長」

 

「黙るよ」

 

 バドはモニターの中の小型ユニットを見つめた。

 

 フライングユニットほど派手ではない。

 

 アクアユニットほどロマンがあるわけでもない。

 

 だが、重要だ。

 

 データが取れる。

 

 もっと多く。

 

 もっと細かく。

 

 グリフォンの動きが、ASURAの中でより正確になる。

 

 素体と装備状態の違いが分かる。

 

 どの動きが使えて、どの動きが使えないかが見える。

 

「これ、最初に付ける装備としてありやな」

 

 バドが言った。

 

「戦闘用じゃなくて、育成用」

 

 森川が少し嬉しそうに頷く。

 

「そうだ。ASURAの育成用背面ユニットと言える」

 

「育成装備や!」

 

「ゲーム用語にしないで下さい」

 

 黒崎が言った。

 

 だが、バドは止まらない。

 

「素体グリフォンに近い動きができる。でも、データは増える。装着ロックの練習にもなる。現場換装の前段階にもなる。ええやん」

 

 磯口が笑う。

 

「君は、だんだん開発側の発想をするようになってきたな」

 

「僕、乗る側やで」

 

「乗る側がそういうことを言い出すと、技術者は困るんだ」

 

「なんで?」

 

「面白くなるからだよ」

 

 黒崎が深く息を吐いた。

 

「本当に余計な事に気が付きましたね」

 

 内海課長は、にこにこしている。

 

「黒崎君、報告書にはどう書く?」

 

「書きたくありません」

 

「小型背面データ収集ユニットの検討を開始」

 

「やめて下さい」

 

「装備別動作ライブラリ構築のための基礎データ取得」

 

「もっとやめて下さい」

 

「ASURAの安全運用に資する」

 

「その言い方が一番通りそうで嫌です」

 

 バドは笑った。

 

「徳永専務、通してくれるかな」

 

「通さない方向で書きます」

 

「黒崎さん、敵やん」

 

「あなたの安全の味方です」

 

「うまいこと言うなぁ」

 

「茶化さない」

 

 森川は、すでに設計メモをまとめ始めている。

 

 磯口は小型ユニットの接続部をいくつかの案に分けて描いていた。

 

 内海課長は楽しそうにそれを眺めている。

 

 黒崎は胃を押さえている。

 

 バドはモニターの中のグリフォンを見た。

 

 背中に、小さな箱を背負った黒い機体。

 

 飛べない。

 

 泳げない。

 

 だが、覚える。

 

 転んだ時の衝撃を。

 

 回った時の背中の角度を。

 

 逃げる時の重心を。

 

 アルフォンスが知らない動きを。

 

 バドは小さく呟いた。

 

「ええな。最初は羽根やなくて、ランドセルや」

 

 黒崎がすぐに言った。

 

「その呼び方はやめて下さい」

 

「データランドセル」

 

「やめて下さい」

 

 内海課長が吹き出した。

 

「いいねえ、データランドセル」

 

「課長まで乗らないで下さい」

 

 格納庫に笑い声が響く。

 

 だが、森川と磯口の目は本気だった。

 

 小型データ収集ユニット。

 

 それは戦うための装備ではない。

 

 逃げるための装備でもない。

 

 グリフォンとASURAを、さらに育てるための装備だった。

 

 黒崎は、その事実が一番嫌だった。

 

 なぜなら、成果が出るからだ。

 

 成果が出れば、止めにくい。

 

 内海課長が楽しそうな顔をしている時ほど、厄介な成果が出る。

 

 バドはモニターを見上げながら、にっと笑った。

 

「待っときや、アルフォンス。こっちは羽根を背負う前に、ランドセル背負って勉強するで」

 

「本当にその呼び方はやめて下さい」

 

 黒崎の声は、いつもより少し疲れていた。

 

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