転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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ASURA就職する

/*/ サターン改 ASURA、商業ベースに乗る /*/

 

 

 

 そのレイバーは、警備会社の機体としては少しばかり威圧的すぎた。

 

 ダークブルーと黒。

 

 民間警備会社HSSの車両と揃えたカラーリングだという説明だったが、格納庫の白い照明の下に立つそれは、警備員というより武装した門番に近かった。

 

 SR-70、サターン。

 

 第1小隊での採用が見送られたSRX-70の一般向け改修機。

 

 SEJ製。

 

 販売名義はトヨハタオートのOEM。

 

 けれど、背中にははっきりとSCHAFTの文字が入っている。

 

 胴鎧のように平らだった試作機時代の背面は、セダンのトランクのようにせり出した形へ変わっていた。

 

 そこに収まっているのは、追加装甲だけではない。

 

 制御ユニット。

 

 補助記録装置。

 

 警備用動作補正パッケージ。

 

 そして、一般向けに毒抜きされたASURA由来の制御OSとHW。

 

 シャフト・エンタープライズ・ジャパンの実証展示場には、関係者が集まっていた。

 

 HSSの幹部。

 

 トヨハタオートの営業担当。

 

 SEJの技術者。

 

 シャフト本社の役員。

 

 徳永専務。

 

 内海課長。

 

 黒崎。

 

 森川政治。

 

 磯口豊。

 

 そして、バドリナート・ハルチャンド。

 

 バドは格納庫の端で、首から下げた身分証カードを指で弄びながら、サターンを見上げていた。

 

「悪そうやな」

 

 最初の感想がそれだった。

 

 黒崎が横から言う。

 

「民間警備用です」

 

「民間警備用で、この顔?」

 

「威圧効果も商品価値の一部です」

 

「悪役然としとる」

 

「否定はしません」

 

 内海課長が笑った。

 

「いいじゃないか。警備会社のレイバーは、少し怖いくらいがちょうどいい」

 

「課長。警備と威嚇を混同しないで下さい」

 

「混同しているのは市場の方だよ、黒崎君」

 

 内海の視線の先で、HSSの幹部が満足げにサターンを眺めている。

 

 二十機。

 

 最大手警備会社HSSに納入される数だ。

 

 それは試作機ではない。

 

 特殊任務用の一点物でもない。

 

 商品だった。

 

 売れる機体。

 

 契約書に載る機体。

 

 保守部品が発注され、訓練マニュアルが作られ、稼働記録が蓄積され、市場へ出ていく機体。

 

 グリフォンとは違う。

 

 ASURA搭載ブロッケンとも違う。

 

 バドのために狭いコックピットへ無理やり詰め込まれた試験機ではない。

 

 サターンは、売るために作られていた。

 

 そのことが、森川政治には特別だった。

 

 森川は、サターンの制御系説明パネルの前で足を止めていた。

 

 彼は表情を抑えようとしていた。

 

 だが、抑えきれていなかった。

 

 目が熱っぽい。

 

 頬がわずかに上気している。

 

 端末を持つ指が、細かく震えている。

 

 磯口豊が横から声をかける。

 

「森川君」

 

「……はい」

 

「顔に出ているよ」

 

「出ていますか」

 

「かなり」

 

 森川は少しだけ俯いた。

 

 展示用のパネルには、こう書かれていた。

 

 警備業務向け高応答制御パッケージ。

 

 市街地制圧補助。

 

 転倒復帰補正。

 

 対象拘束時の過剰出力抑制。

 

 射撃姿勢安定化。

 

 スタンベイル・スタンナイフ使用時の間合い補正。

 

 警備対象保護を優先した姿勢判断。

 

 どこにもASURAとは書かれていない。

 

 古柳教授の名もない。

 

 グリフォンの名もない。

 

 AV-98の起動ディスクの名も、もちろんない。

 

 だが、森川には分かる。

 

 その根にあるものが。

 

 自分が見てきたものが。

 

 グリフォンの中で暴れたもの。

 

 バドの操縦と噛み合い、ブロッケンで豚を追い、泥に足を取られ、RPGを避け、メイドの低姿勢回転を観測し、エイブラハムをサンドバッグにしたもの。

 

 その怪物の一部が、今、展示パネルの中で商品名を与えられている。

 

 森川は、小さく呟いた。

 

「ASURAが、売り物になる……」

 

 磯口は、隣で静かに頷いた。

 

「そのままではない。危険な判断は削った。反応速度にも制限をかけた。Bシステム相当の安全域も残している。カポエイラ系の動きも直接は入れていない。あくまで警備用だ」

 

「分かっています」

 

「でも、根はASURAだ」

 

「はい」

 

 森川は、サターンを見上げた。

 

「日の目を見なかったOSが、一般商業ベースに乗る」

 

 その声は、技術者というより、長い間忘れられていたものをようやく世に出す人間の声だった。

 

 バドが横から顔を出す。

 

「ASURA、就職したんやな」

 

 黒崎が即座に言った。

 

「その言い方はやめて下さい」

 

「でも売り物になったんやろ?」

 

「制御パッケージです」

 

「ほな、ASURAが会社員になったんや」

 

「違います」

 

 内海課長が肩を震わせて笑う。

 

「いいねえ。ASURA就職祝いだ」

 

「課長まで乗らないで下さい」

 

「森川君、就職祝いに花でも贈るかい?」

 

 森川は真顔で少し考えた。

 

 黒崎が慌てて止める。

 

「考えないで下さい」

 

 磯口は苦笑した。

 

「まあ、気持ちは分かるよ」

 

 展示場中央では、サターンのデモンストレーションが始まろうとしていた。

 

 司会役のSEJ社員が、マイクを持って説明する。

 

「SR-70サターンは、警備業務における即応性と安全性を両立した次世代民間警備レイバーです。HSS様の大規模施設警備、重要輸送護衛、暴走作業機対応、災害時の障害物除去支援など、多様な現場を想定しております」

 

 バドは小声で言った。

 

「重要輸送護衛って、武装強盗と殴り合うってことやんな」

 

「言い方を選んで下さい」

 

 黒崎が返す。

 

 SEJ社員は続ける。

 

「本機は、SRX-70系で培われた高出力運動性能を民間向けに調整し、さらに警備業務用の高度な姿勢制御補正を採用しております。転倒復帰、制圧姿勢、射撃安定、対象非殺傷拘束において、従来機を大きく上回る安定性を実現しました」

 

 サターンが動いた。

 

 ゆっくりと一歩。

 

 次に、低い構え。

 

 重い機体に似合わないほど、姿勢の移行が滑らかだった。

 

 片腕にスタンベイル。

 

 もう片手にスタンナイフ。

 

 模擬標的に対し、まず距離を取る。

 

 すぐに踏み込まない。

 

 相手が突進してくる。

 

 サターンは半歩外す。

 

 スタンベイルで受ける。

 

 受けるというより、角度を変える。

 

 標的の腕が流れ、そのままバランスを崩す。

 

 サターンの膝が沈む。

 

 腰が戻る。

 

 スタンナイフが標的の関節部寸前で止まる。

 

 非破壊制圧。

 

 HSSの幹部が頷く。

 

 SEJ社員が誇らしげに説明する。

 

「過剰破壊を避け、対象の行動能力のみを奪う制圧動作です。民間警備において、被害対象の保護と法的責任の軽減は非常に重要です」

 

 バドは目を細めた。

 

「今の、アルフォンスっぽいな」

 

 黒崎の顔が固まる。

 

「バド」

 

「何?」

 

「声を落として下さい」

 

「小声やん」

 

「もっと落として下さい」

 

 森川も、少しだけ目を逸らした。

 

 磯口は苦笑いを深くする。

 

 内海課長は楽しそうだった。

 

「似ているかい?」

 

「似とる。完全に同じやないけど、戻し方が似とる。相手の腕を流して、腰を沈めて、止める角度」

 

「警備用の一般的動作だよ」

 

 内海はしれっと言った。

 

 バドは半眼で見上げる。

 

「内海さん、その顔で言うと嘘くさい」

 

「ひどいなあ」

 

 黒崎が低く言う。

 

「嘘くさいのではなく、嘘です」

 

「黒崎君まで」

 

「課長」

 

「何だい」

 

「この件で問題が起こらないと思っていますか」

 

 内海はにこにこしている。

 

「起こるだろうねえ」

 

「分かっていてやったのですか」

 

「技術が商品になれば、競合は調べる。篠原重工なら必ず一機買う。分解する。怒る」

 

「それを分かっていて」

 

「怒るほど、向こうは認めることになる」

 

 黒崎は黙った。

 

 バドは内海を見た。

 

 その言葉の意味を、少し考える。

 

 起動ディスク。

 

 盗まれた221号機と222号機のデータ。

 

 それを使ったとは言えない。

 

 篠原重工も、それを大声で言いにくい。

 

 盗まれたと認めれば、自分たちの管理責任も問われる。

 

 だから、怒れる。

 

 だが、完全には踏み込めない。

 

 内海課長は、その隙間に商品を置いた。

 

 バドはぽつりと言った。

 

「性格悪いなぁ」

 

 内海は嬉しそうに笑った。

 

「褒め言葉として受け取ろう」

 

「褒めてへん」

 

「そうかい?」

 

 デモンストレーションは続く。

 

 今度は模擬射撃姿勢。

 

 42mmオートカノンはオプション装備で、展示機には搭載されていない。

 

 代わりに模擬火器を構える。

 

 サターンの動きが変わった。

 

 足を開く。

 

 腰を沈める。

 

 上体をわずかに捻る。

 

 腕を出す。

 

 視線を固定する。

 

 射撃姿勢へ入るまでの流れが、異様に速い。

 

 バドがすぐに反応した。

 

「今の二号機っぽい」

 

 黒崎が目を閉じた。

 

「言わないで下さい」

 

「いや、でも太田のおっちゃんの二号機っぽいで。荒いけど速い。射撃姿勢へ入る時、腰の決め方が似とる」

 

「黙って下さい」

 

「黒崎さん、怖い」

 

「怖くもなります」

 

 森川は端末でデモ機の動作を追いながら、かすかに笑っていた。

 

「もちろん、そのままではない」

 

 彼は自分に言い聞かせるように言う。

 

「二号機の動作は荒すぎる。民間警備用には危ない。だから抽象化してある。反応の順序、重心移行、射撃姿勢へ入るタイミングだけだ」

 

 磯口が軽く肩をすくめる。

 

「一号機由来の復帰補正と、二号機由来の射撃移行。そこへグリフォン由来の反応速度を、安全域で薄めた。商業用としてはいい配合だ」

 

 黒崎は吐き捨てるように言った。

 

「料理のように言わないで下さい」

 

 内海が笑う。

 

「料理だよ。尖った素材を、そのまま出したら客は死ぬ。ちゃんと火を通して、味を調える。そうすれば売れる」

 

「課長。例えが悪いです」

 

「商品開発とはそういうものさ」

 

 バドはサターンを見つめた。

 

 スタンベイル。

 

 スタンナイフ。

 

 射撃姿勢。

 

 転倒復帰。

 

 模擬標的を壊さず止める動き。

 

 それらの奥に、見覚えがある。

 

 アルフォンス。

 

 二号機。

 

 グリフォン。

 

 ブロッケン。

 

 ブラジルの泥。

 

 エイブラハム戦のデータランドセル。

 

 全部が薄く混じっている。

 

 だが、サターンはグリフォンではない。

 

 アルフォンスでもない。

 

 市販品だ。

 

 HSSに二十機納入される商品だ。

 

 バドは、急に少しだけ嫌な気分になった。

 

「なあ、黒崎さん」

 

「何です」

 

「これ、野明のお姉ちゃんが見たら嫌がるかな」

 

 黒崎は答えなかった。

 

 代わりに、内海が言った。

 

「嫌がるだろうねえ」

 

「アルフォンスの動きが、知らん警備レイバーに入っとるみたいなもんやろ」

 

「そう見えるかもしれない」

 

「僕も、グリフォンの動き勝手に売られたら嫌やな」

 

 黒崎は少しだけバドを見る。

 

 バドはサターンを見ている。

 

 その顔には、単純な興奮だけではないものがあった。

 

 自分が盗んだデータ。

 

 自分が使ったデータ。

 

 それが商品になる。

 

 市場へ出る。

 

 知らない誰かが使う。

 

 知らない機体が、少しだけアルフォンスのように動く。

 

 少しだけグリフォンのように反応する。

 

 少しだけASURAの判断を持つ。

 

 バドは、自分がしてきたことの別の面を見ていた。

 

 だが、次の言葉はやはりバドだった。

 

「でも、売られたら、それより強くなるしかないな」

 

 黒崎は深く息を吐いた。

 

「なぜそうなるのですか」

 

「だって、市販品に負けたら悔しいやん」

 

「そこではありません」

 

「ほな、どこ?」

 

 黒崎は言葉に詰まった。

 

 バドは分かっているようで、分かっていない。

 

 だが、まったく分かっていないわけでもない。

 

 だから厄介だった。

 

 徳永専務が、少し離れた場所からサターンのデモを見ていた。

 

 彼の顔は険しい。

 

 HSSの幹部は満足している。

 

 トヨハタオートの営業担当は笑顔だ。

 

 SEJの技術者は自信に満ちている。

 

 シャフト本社の役員は、利益率の話をしている。

 

 その中で、徳永だけが別のものを見ていた。

 

 技術が商品になる。

 

 それは悪いことではない。

 

 だが、この技術はどこから来た。

 

 誰の経験を食った。

 

 誰の危険を材料にした。

 

 子供が乗ったグリフォン。

 

 盗まれた警察機の起動ディスク。

 

 ブラジルで撃たれたブロッケン。

 

 RPGを避けた前回り受け身。

 

 エイブラハムを蹴り回したBシステムカットのデータ。

 

 それらが今、警備会社向けの制御パッケージという名前で展示されている。

 

 徳永は内海を見た。

 

 内海はにこにこしていた。

 

 徳永は、内心で深くため息をつく。

 

 この男は、遊びながら商売をする。

 

 そして商売になってしまう。

 

 それが最も厄介だった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 デモが終わると、森川と磯口はサターンの足元へ近づいた。

 

 技術説明員の許可を得て、外部接続ポートや背面のせり出し部分を確認する。

 

 森川はまるで自分の子供を見るような顔をしていた。

 

 バドは隣に立ち、サターンの背中を見上げる。

 

「これ、背中のトランクみたいなとこにASURAの商業版入っとるん?」

 

 説明員が苦笑する。

 

「ASURAではありません。警備業務向け高応答制御パッケージです」

 

 バドは黒崎を見る。

 

「ASURAやん」

 

「言わないで下さい」

 

「でもASURAやん」

 

「言わないで下さい」

 

 森川が、少しだけ真面目な声で言った。

 

「名前は違う。中身も削ってある。だが、思想は継いでいる」

 

「思想?」

 

「相手の動きに遅れて反応するのではなく、崩れ始める前に補正する。操縦者の入力を待つだけでなく、機体側が次に必要な姿勢を準備する。危険な動作を完全に禁止するのではなく、条件付きで許可する」

 

「それ、ASURAやん」

 

 森川は笑った。

 

「そうだな」

 

 黒崎が額を押さえた。

 

「森川さんまで」

 

 磯口がサターンの脚を見ながら言った。

 

「面白いのは、サターンの方が商業化には向いていることだ。グリフォンは尖りすぎている。ブロッケンは軍用色が強すぎる。サターンは警備会社が買える範囲にいる」

 

「普通の顔して悪いことできるやつやな」

 

 バドが言う。

 

「それは君の感想だ」

 

「でも合っとるやろ」

 

「少しね」

 

 背後でSEJの営業担当がHSS側に説明している。

 

「本機の制御補正は、暴走作業機との接触時に特に効果を発揮します。過剰な破壊を避け、対象を安全に停止させる。これは大規模施設警備において極めて重要です」

 

 その言葉を聞きながら、黒崎は思った。

 

 嘘ではない。

 

 実際、サターンは警備機として優秀だろう。

 

 暴走作業機を止める。

 

 警備対象を守る。

 

 不審機を制圧する。

 

 スタンベイルとスタンナイフで、過剰破壊を避ける。

 

 民間警備用としては、確かに魅力的だ。

 

 だが、その魅力が危険だった。

 

 売れる。

 

 売れてしまう。

 

 HSSに二十機。

 

 その先にも、きっと話は広がる。

 

 ASURAは秘密の怪物ではなくなる。

 

 薄められ、名前を変え、商品になっていく。

 

 バドが小さく呟いた。

 

「ASURA、外に出るんやな」

 

 黒崎は、その声を聞いた。

 

 バドの声には、嬉しさと、少しだけ不安が混じっていた。

 

「出したのは、あなた方です」

 

「うん」

 

「分かっていますか」

 

「ちょっとだけ」

 

「ちょっとでは困ります」

 

 バドは首から下げた身分証カードを触った。

 

「僕も、いつかこうなるんかな」

 

「どういう意味です」

 

「グリフォンの動きとか、僕の動きとか、ASURAが覚えるやろ。それが商品になって、知らん誰かが使う」

 

 黒崎は黙った。

 

「そしたら、僕はいらんようになるんかな」

 

 その言葉は、軽く言ったようで、軽くなかった。

 

 黒崎はすぐには答えなかった。

 

 内海課長が、横から言う。

 

「その時は、もっと面白いことをすればいい」

 

 黒崎は内海を睨む。

 

「課長」

 

 内海は笑ったままだ。

 

「技術に追いつかれたら、また先へ行く。そういうものだよ」

 

 バドは内海を見た。

 

「先?」

 

「グリフォンもASURAも、君を写す。でも、君そのものじゃない」

 

 内海は、サターンを顎で示した。

 

「あれは、君たちが集めたものを商品にした機体だ。でも、君じゃない。アルフォンスでもない。野明ちゃんでもない」

 

 バドは少しだけ考えた。

 

「ほな、やっぱり本物のアルフォンスとやらなあかんな」

 

 黒崎が言った。

 

「なぜそこに戻るのですか」

 

「比べるためやん」

 

「何を」

 

「商品になった動きと、本物の動き」

 

 バドはサターンを見上げる。

 

「市販のASURA入り警備レイバーが増える。アルフォンスの動きも、グリフォンの動きも、ちょっとずつ世の中に出る。でも、野明のお姉ちゃんのアルフォンスは、たぶんまた別に強くなる」

 

 内海課長が嬉しそうに笑った。

 

「いいねえ」

 

 黒崎は胃を押さえた。

 

「よくありません」

 

 遠くで、HSSの幹部が拍手した。

 

 デモンストレーションは成功だった。

 

 SEJの営業担当は笑顔で頭を下げる。

 

 トヨハタオートの担当者も、満足そうに資料を配っている。

 

 森川は、サターンの背中に刻まれたSCHAFTの文字を見上げていた。

 

 磯口は、技術者として、そして少しだけ皮肉屋として笑っている。

 

 バドは、サターンの動きをもう一度頭の中で再生していた。

 

 一号機の戻し。

 

 二号機の射撃姿勢。

 

 グリフォンの反応。

 

 ASURAの判断。

 

 それらを薄めた警備用商品。

 

 サターン。

 

 悪役みたいな顔をした、民間警備レイバー。

 

 その時、黒崎の携帯端末が震えた。

 

 画面を見る。

 

 差出人は徳永専務の秘書室経由。

 

 件名。

 

 篠原重工より競合製品調査目的でSR-70購入の意向。

 

 黒崎は、目を閉じた。

 

 来た。

 

 予想通りだ。

 

 あまりにも早い。

 

 内海課長が横から覗き込む。

 

「おや」

 

「課長」

 

「もう買うんだねえ、篠原さん」

 

「楽しそうに言わないで下さい」

 

「楽しいからね」

 

 バドが首を傾げる。

 

「篠原がサターン買うん?」

 

「解析するためでしょう」

 

 黒崎が言う。

 

「バレる?」

 

 バドが聞く。

 

 内海課長は笑う。

 

「何がだい?」

 

「アルフォンスっぽいところ」

 

「さあ。モーキャプで作った動作だからね」

 

 バドは半眼になった。

 

「内海さん、悪い顔しとる」

 

「失礼だなあ」

 

 黒崎は、端末を握ったまま深く息を吐いた。

 

 サターンは売れた。

 

 ASURAは商業ベースに乗った。

 

 篠原重工は買う。

 

 そして、必ず怒る。

 

 この展示場で拍手が鳴っている間に、次の火種はもう点いていた。

 

 森川は小さく呟いた。

 

「ASURAが、外へ出た」

 

 その声には、喜びがあった。

 

 不安もあった。

 

 バドはサターンを見上げながら言った。

 

「就職初日から、波乱やな」

 

 黒崎がすぐに返す。

 

「だから、その言い方はやめて下さい」

 

 だが、その声にはもう、いつものような鋭さはなかった。

 

 彼も分かっていた。

 

 止めるには遅い。

 

 技術は、もう商品になった。

 

 商品になった技術は、誰かの手に渡る。

 

 そして、誰かを怒らせる。

 

 格納庫の中央で、SR-70サターンは静かに立っていた。

 

 ダークブルーと黒の装甲。

 

 背中のSCHAFT。

 

 民間警備用という名の、少しだけ危険すぎる商品。

 

 その中には、薄められたASURAが眠っている。

 

 そして、その眠りはきっと長くは続かない。

 

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