転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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盗用じゃないですぅ

/*/ サターン改 それはモーキャプです /*/

 

 

 

 篠原重工がSR-70サターンを購入したのは、展示会から数日後のことだった。

 

 名目は、競合製品調査。

 

 民間警備用レイバー市場に投入された新型機の性能確認。

 

 HSS向けに大量納入される機体の保守性、価格帯、制御系、安全規格、装備互換性の調査。

 

 どれも嘘ではない。

 

 だが、篠原重工の技術者たちは、もっと別のものを探していた。

 

 AV-98イングラムの影。

 

 東京レイバーショウの後、篠原重工の社内には重苦しい空気が残っていた。

 

 イングラム二号機が腰椎部を破壊された。

 

 エコノミーが実戦の場で一方的に潰された。

 

 一号機と二号機の起動ディスクが盗まれた。

 

 それは、機体が壊された以上の問題だった。

 

 AV-98の運動データ。

 

 操縦者ごとの補正。

 

 転倒復帰。

 

 市街地での足運び。

 

 射撃姿勢移行。

 

 捕縛動作。

 

 警察機としての制圧判断。

 

 それらが、外に出た。

 

 篠原重工は、対策を進めていた。

 

 起動ディスク暗号化。

 

 動作パターン更新。

 

 腰椎部防護強化。

 

 操縦補正の再学習。

 

 エコノミー計画の見直し。

 

 だが、対策をしても、一度盗まれたデータは戻らない。

 

 だから、サターンのデモ映像を見た時、篠原の技術者たちは黙った。

 

 見覚えがあった。

 

 似ている、では済まないものがあった。

 

 SR-70サターン。

 

 SEJ製。

 

 トヨハタオートOEM。

 

 HSS向け警備用レイバー。

 

 その中身に、何かがいる。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 篠原重工八王子工場の奥にある解析棟。

 

 サターンは、そこに運び込まれていた。

 

 外装はHSS仕様のダークブルーと黒。

 

 背中にはSCHAFTの文字。

 

 民間警備用という建前の割に、機体は妙に精悍だった。

 

 42mmオートカノンは未装備。

 

 だが、スタンベイル、スタンナイフ、各種警備用補助装備は揃っている。

 

 解析チームの主任である河野技師は、整備台の上に立つサターンを見上げ、短く言った。

 

「制御系から見る」

 

 分解は慎重に行われた。

 

 外装。

 

 背面ユニット。

 

 操縦系。

 

 制御コンピュータ。

 

 姿勢補正パッケージ。

 

 安全制限モジュール。

 

 記録装置。

 

 各部の構成は、民間警備用として説明できる範囲に収まっていた。

 

 少なくとも、表向きは。

 

 だが、制御データを吸い出し、試験台上で模擬運動を走らせた時、解析室の空気が変わった。

 

 サターンの仮想モデルが、モニター上で転倒しかける。

 

 右足が滑る。

 

 腰が流れる。

 

 通常なら、腕を出して支える。

 

 あるいは、膝をつき、復帰動作へ入る。

 

 だが、サターンの制御補正は違った。

 

 腰が落ちる。

 

 左足の接地がわずかに遅れて入る。

 

 上体が揺れを逃がす。

 

 腕を出す前に、重心を戻す。

 

 河野技師は、モニターを見たまま動かなかった。

 

 隣の若い技術者が呟く。

 

「これ……」

 

「一号機だ」

 

 河野の声は低かった。

 

「完全一致ではない。だが、戻し方が似すぎている」

 

 別のシミュレーションを走らせる。

 

 暴走作業機を模した相手が突進してくる。

 

 サターンは受け止めない。

 

 半歩外す。

 

 スタンベイルで腕の軌道を変える。

 

 そのまま相手の重心を流し、最小限の力で制圧姿勢に移る。

 

 過剰に壊さない。

 

 倒しきらない。

 

 止める。

 

 若い技術者の顔が歪んだ。

 

「これも、一号機の対暴走レイバー制圧ログに近いです」

 

 河野は黙っていた。

 

 次に射撃姿勢移行を確認する。

 

 模擬火器を構える。

 

 サターンの腰が沈む。

 

 足が開く。

 

 上体が前へ出る。

 

 腕が伸びる。

 

 速い。

 

 だが、少し荒い。

 

 重心の決め方に、独特の勢いがある。

 

 解析室の誰かが言った。

 

「二号機です」

 

 河野は短く息を吐いた。

 

「そう見える」

 

「偶然でしょうか」

 

「偶然で済ませるには、箇所が多すぎる」

 

 さらに、関節部防護反応。

 

 腰部への攻撃を受けた時の逃がし。

 

 腕を掴まれた時の肩の抜き方。

 

 転倒後の視界再取得。

 

 市街地障害物回避時の足裏接地補正。

 

 それらを一つずつ検証していく。

 

 完全なコピーではない。

 

 むしろ、巧妙に薄められている。

 

 サターンのフレームに合わせて、数値も角度も変えられている。

 

 危険な高機動は削られている。

 

 警察機特有の動作も、警備用に名前を変えている。

 

 だが、根にある順序が同じだった。

 

 右に崩れた時、最初にどこを戻すか。

 

 相手が腕を伸ばした時、どの角度で逃がすか。

 

 腰を狙われた時、どの部位を守るか。

 

 射撃へ移る時、どこで踏むか。

 

 それは、機械の癖だった。

 

 そして、機械だけではない。

 

 操縦者と機体が何度も現場で積んだ経験の癖だった。

 

 河野はモニターを睨んだ。

 

「一号機と二号機の起動ディスクから抜かれた動作パターンだ」

 

 誰も反論しなかった。

 

 反論したかった。

 

 反論できる証拠を探したかった。

 

 だが、画面の中のサターンは、否定しがたいほどAV-98に似ていた。

 

 しかも、腹立たしいことに、ただの盗用ではなかった。

 

 最適化されている。

 

 商業化されている。

 

 警備用に磨かれている。

 

 それが、余計に腹立たしかった。

 

「法務を呼べ」

 

 河野が言った。

 

「それから、上へ報告だ」

 

 

 

     /*/

 

 

 

 篠原重工本社の会議室に、重い空気が満ちていた。

 

 テーブルには解析報告書。

 

 サターン制御パッケージ比較資料。

 

 AV-98運用ログとの相似点一覧。

 

 安全制限の違い。

 

 抽象化された動作パターン。

 

 そして、東京レイバーショウ事件後の起動ディスク盗難報告。

 

 篠原重工の役員たちは、皆、険しい顔をしていた。

 

 遊馬の父である篠原重工幹部もそこにいた。

 

 彼は報告書を読み終え、静かに言った。

 

「つまり、SEJはうちのAV-98の運用データを使っている、と」

 

 河野技師が頷く。

 

「断定は慎重にすべきですが、技術的には極めて疑わしいです。特に一号機の転倒復帰、二号機の射撃姿勢移行、腰部防護反応に近いパターンがあります」

 

「近い、では弱い」

 

 法務担当が言う。

 

「証拠として使うには、由来を示す必要があります。単に似ている、では人型レイバーの一般的安定制御だと言われるでしょう」

 

「似すぎています」

 

「それでもです」

 

 会議室に沈黙が落ちる。

 

 問題はそこだった。

 

 篠原重工は怒れる。

 

 だが、強く出るには、起動ディスク盗難事件を表に出さなければならない。

 

 盗まれたデータが使われている。

 

 そう言うためには、盗まれたデータの中身を説明しなければならない。

 

 AV計画の運用データが外部流出したと認めることになる。

 

 それは篠原重工の管理責任問題になる。

 

 警察庁との関係にも響く。

 

 AV-98の安全性にも疑義が出る。

 

 エコノミー計画どころではない。

 

 別の役員が、苦々しく言った。

 

「やられたな」

 

 誰も否定しなかった。

 

 SEJは、盗んだとは言わない。

 

 モーキャプで作ったと言う。

 

 警備業務用の一般的動作だと言う。

 

 人型レイバーが人型として安定を取れば似るのは当然だと言う。

 

 そして、篠原重工が怒れば怒るほど、盗まれたデータが本物であることを認める形になる。

 

 河野は拳を握った。

 

「それでも抗議はすべきです」

 

「もちろんする」

 

 幹部は即答した。

 

「証拠として弱いとしても、黙っていれば認めたことになる。SEJへ正式照会を出す。トヨハタにも確認を入れる。HSS向け納入分についても、安全性評価の名目で情報開示を求める」

 

 法務担当が頷く。

 

「表現は慎重にします。弊社製AV-98シリーズの運用データに酷似した制御挙動が確認されたため、技術的説明を求める、という形で」

 

「酷似、か」

 

 河野が吐き捨てるように言う。

 

「中身は、うちの子の癖です」

 

 その言葉に、会議室の何人かが反応した。

 

 うちの子。

 

 機械に対して使う言葉ではない。

 

 だが、AV-98イングラムは、単なる商品ではなかった。

 

 篠原重工が作り、警察が育て、特車二課が現場で鍛えた機体だった。

 

 特に一号機。

 

 泉野明のアルフォンス。

 

 あの機体の動きは、図面だけでは作れない。

 

 整備と操縦と現場の積み重ねでできたものだ。

 

 それが、知らない警備レイバーの中にいる。

 

 薄められ、商品名を変えられ、スタンベイルを持たされている。

 

 幹部は静かに言った。

 

「抗議しよう」

 

 

 

     /*/

 

 

 

 SEJ側の会議室は、白々しいほど明るかった。

 

 大きな窓。

 

 整った机。

 

 壁にはSR-70サターンの販促ポスター。

 

 HSS仕様のダークブルーと黒の機体が、夜間警備施設の前に立っている。

 

 背中にはSCHAFTの文字。

 

 その前で、篠原重工の技術者と法務担当が座っていた。

 

 向かいにはSEJの担当者。

 

 技術部門の部長。

 

 法務担当。

 

 商品企画担当。

 

 そして、少し離れた席に内海課長がいた。

 

 彼は正式な出席者ではない。

 

 だが、そこにいる。

 

 黒崎は内海の背後に立っていた。

 

 明らかに嫌そうな顔をしている。

 

 バドはいない。

 

 徳永専務の命令で、この会議には近づけられなかった。

 

 それは正しい判断だった。

 

 もしバドがいたら、余計なことを言うに決まっている。

 

 会議が始まり、篠原重工側の河野技師が資料を開いた。

 

「SR-70サターンの制御パッケージについて、弊社で確認した挙動に関して説明を求めます」

 

 SEJの担当者は、柔らかい笑顔を浮かべる。

 

「もちろんです。弊社としても、競合他社様からの技術的ご関心には誠実に対応いたします」

 

 黒崎は心の中で思った。

 

 白々しい。

 

 河野はモニターに映像を出す。

 

 サターンの転倒復帰シミュレーション。

 

 次にAV-98一号機の運用ログから抽出した動作。

 

 一般公開できない部分は隠しているが、比較には十分だった。

 

「この復帰動作です。腰部の戻し、左足接地遅延、上体の逃がし方。AV-98一号機の実運用ログに酷似しています」

 

 SEJ技術部長は頷く。

 

「人型レイバーが転倒から復帰する際、最適解が似ることは十分にあり得ます」

 

「一箇所なら、そうでしょう」

 

 河野は次の映像を出す。

 

「対象制圧時の腕の逃がし方。腰部防護反応。射撃姿勢移行。こちらはAV-98二号機の挙動に近い」

 

「警備レイバーにも射撃姿勢は必要です」

 

「二号機の癖に似すぎている」

 

「癖、ですか」

 

 SEJの商品企画担当が、わずかに笑った。

 

「御社は、機体の動作に著作権を主張されるのでしょうか」

 

 河野の眉が動く。

 

 法務担当が静かに制する。

 

「弊社は、弊社製品の運用データが不正に利用された可能性について説明を求めています」

 

 SEJ法務担当が答える。

 

「弊社は不正利用を否定します。SR-70の動作パターンは、警備業務に必要な動作を独自に収集・設計したものです」

 

「独自に?」

 

「はい。警備員、格闘技経験者、重機オペレーター、射撃訓練経験者によるモーションキャプチャーを実施しています。そこから警備用レイバーに適した動作を作成しました」

 

 黒崎は目を閉じた。

 

 予想通りだった。

 

 内海課長は、薄く笑っている。

 

 河野は表情を変えずに言った。

 

「この腰部防護反応も、モーションキャプチャーですか」

 

「人間の護身動作、格闘姿勢、機械的安定化処理を組み合わせたものです」

 

「この転倒復帰補正も」

 

「一般的な人型作業機の安定化処理です」

 

「この射撃姿勢移行は、二号機そのものに見える」

 

 SEJ技術部長は微笑んだ。

 

「射撃姿勢に著作権はありません」

 

 篠原側の空気が冷えた。

 

 黒崎の胃が痛くなった。

 

 内海課長は、笑いそうになるのを抑えているように見えた。

 

 河野はゆっくりと息を吸う。

 

「では、この制圧動作における過剰出力抑制のタイミングは?」

 

「警備用として当然の安全設計です」

 

「この足裏接地補正は?」

 

「市街地運用を想定すれば、どのメーカーでも必要になるものです」

 

「この腰部破損回避の反応は?」

 

「近年、腰部損傷事故が業界全体で問題になっています。弊社でも対策を進めています」

 

 黒崎は、内心で呻いた。

 

 嘘ではない。

 

 すべて、嘘ではない形にしてある。

 

 腰部損傷対策は確かに業界課題だ。

 

 市街地運用には足裏接地補正が必要だ。

 

 警備用レイバーには非破壊制圧が求められる。

 

 射撃姿勢に著作権はない。

 

 ひとつひとつは説明できる。

 

 だが、全体として見れば、AV-98の影が濃い。

 

 それを法的に刺すには、決定的証拠が足りない。

 

 そして、決定的証拠を出すには、篠原側も傷を負う。

 

 河野は言った。

 

「弊社のAV-98シリーズの運用データが、過去に不正取得された事案があります」

 

 SEJ側の目が動く。

 

 内海課長の笑みは変わらない。

 

「弊社は、その流出データがSR-70に利用された可能性を強く懸念しています」

 

 SEJ法務担当は、穏やかに答えた。

 

「その件について、弊社は承知しておりません」

 

 河野の目が鋭くなる。

 

「承知していない?」

 

「はい。弊社は、御社の運用データを取得した事実も、利用した事実もありません」

 

「では、誰がこれを作ったのです」

 

 SEJ技術部長が答える。

 

「弊社の開発チームです」

 

「モーキャプで?」

 

「はい」

 

「偶然、AV-98一号機と二号機の特徴が混じった?」

 

「人型レイバーとして合理的な動作を追求した結果、類似する部分があったのかもしれません」

 

 河野は、机の上の資料を握りしめた。

 

 法務担当が、もう一度制した。

 

「本件について、弊社は詳細な技術説明書の提出を求めます」

 

「可能な範囲で対応いたします。ただし、弊社の営業秘密に関わる部分については開示できません」

 

「HSS向けに二十機納入される機体です。公共性の高い警備業務で使用される以上、安全性に関する説明責任はあるはずです」

 

「安全性については、すでに必要な認証を取得しております」

 

 会話は、噛み合っているようで噛み合っていなかった。

 

 篠原は怒っている。

 

 SEJはしらばっくれている。

 

 互いに、それを分かっている。

 

 会議の最後に、河野は内海課長を見た。

 

「内海さん」

 

 黒崎の眉が動いた。

 

 内海は、少しだけ首を傾げる。

 

「何でしょう」

 

「あなたは、この制御パッケージの開発に関わっているのですか」

 

「僕は営業と調整が主でしてね。技術的な細部は専門の者が」

 

「ゲームの開発でモーションキャプチャーも?」

 

 会議室の空気がさらに冷える。

 

 SEJ側の法務担当が口を開きかける。

 

 しかし内海が、それより先に笑った。

 

「色々な仕事をしています」

 

「AV-98の起動ディスク盗難事件について、何か知っていることは」

 

「ニュースで聞いた程度ですね」

 

 黒崎は、内心で頭を抱えた。

 

 その顔で言うのはやめてほしい。

 

 河野も同じことを思ったに違いない。

 

 だが、証拠はない。

 

 内海は、柔らかい声で続けた。

 

「それに、篠原さん。SR-70は警備用レイバーです。AV-98とは用途が違う」

 

「用途が違っても、動作の根が同じなら問題です」

 

「人型レイバーは、似たような身体をしていますからねえ。転べば手をつく。撃つなら腰を落とす。相手を止めるなら腕を取る。似るのは自然じゃありませんか」

 

「自然にしては、似すぎている」

 

 内海は笑みを深めた。

 

「なら、御社のAV-98が、それだけ自然で優れた動きをしているということでしょう」

 

 河野は一瞬、言葉を失った。

 

 褒められている。

 

 だが、侮辱でもある。

 

 盗んだものを使っておいて、元が優秀だから似たのだと言っている。

 

 黒崎は心の中で呟いた。

 

 課長。

 本当に性格が悪いです。

 

 会議は、結論の出ないまま終わった。

 

 篠原重工は、正式な技術照会を継続する。

 

 SEJは、独自開発とモーションキャプチャーを主張する。

 

 トヨハタオートは販売代理として、認証と安全性を強調する。

 

 HSSへの納入計画は止まらない。

 

 サターンは市場へ出る。

 

 会議室を出たあと、黒崎は内海に近づいた。

 

「課長」

 

「何だい、黒崎君」

 

「楽しそうでしたね」

 

「そう見えた?」

 

「見えました」

 

「困ったなあ」

 

「困っていないでしょう」

 

 内海は笑った。

 

 黒崎は低い声で言った。

 

「篠原重工は本気で怒っています」

 

「そうだろうねえ」

 

「特車二課も、いずれ気づきます」

 

「そうだろうねえ」

 

「野明さんは、嫌がるでしょう」

 

 内海の笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。

 

「バドも同じことを言っていたよ」

 

「そうですか」

 

「彼は、少し分かり始めている」

 

「何をです」

 

「データを使うことと、使われることは同じ線の上にある、ということを」

 

 黒崎は黙った。

 

 内海は廊下を歩きながら言う。

 

「サターンは売れる。篠原は怒る。特車二課は警戒する。バドは考える。面白いじゃないか」

 

「面白くありません」

 

「黒崎君はいつもそう言う」

 

「課長がいつも面白がるからです」

 

 内海は笑った。

 

 その笑みはいつも通りだった。

 

 だが、黒崎には少しだけ分かった。

 

 内海は、ただ商売をしているだけではない。

 

 盤面を増やしている。

 

 グリフォン対イングラムだけではない。

 

 ASURA対篠原。

 

 サターン対特車二課。

 

 商品対原型。

 

 盗まれた動き対育った動き。

 

 その全部を、面白がっている。

 

 黒崎は、また胃が痛くなった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 その夜。

 

 シャフト側の宿舎で、バドは黒崎から会議の概要を聞いた。

 

 もちろん、機密部分は伏せられている。

 

 だが、必要なところは伝えられた。

 

 篠原重工が怒っていること。

 

 サターンにイングラム由来と見られる動作があると抗議したこと。

 

 SEJがモーキャプだと主張したこと。

 

 HSSへの納入は止まらないこと。

 

 バドはベッドの上で膝を抱え、少しだけ黙っていた。

 

「野明のお姉ちゃん、怒るかな」

 

「怒るというより、傷つくかもしれません」

 

 黒崎は正直に答えた。

 

「アルフォンスの中身が、知らない警備レイバーに使われているように感じるでしょう」

 

「……嫌やな」

 

 バドは小さく言った。

 

「僕がやったことやけど、嫌やな」

 

 黒崎は何も言わない。

 

 バドは続けた。

 

「アルフォンスの起動ディスク盗んだ時は、攻略本手に入れたみたいで嬉しかった。でも、サターンに入ると、なんか違うな」

 

「違いますか」

 

「うん。僕が使うのは、まだ勝負のためやん。いや、悪いのは分かっとるで。でも、アルフォンスに勝つためや。でも商品になると、知らん人が使う。知らん現場で、知らんレイバーが、ちょっとアルフォンスみたいに動く」

 

 バドは顔をしかめた。

 

「気持ち悪いな」

 

 黒崎は静かに言った。

 

「その感覚は、忘れない方がいい」

 

「うん」

 

「盗まれた側は、そう感じます」

 

 バドは、身分証カードを指で触った。

 

「僕の動きも、ASURAが覚えるやろ」

 

「はい」

 

「グリフォンの動きも」

 

「はい」

 

「データランドセルで、めっちゃ取ったやろ」

 

「取りました」

 

「それも、いつかサターンみたいな商品になる?」

 

 黒崎は答えに迷った。

 

 嘘をつくことはできた。

 

 慰めることもできた。

 

 だが、バドには必要ない気がした。

 

「可能性はあります」

 

 バドは頷いた。

 

「そっか」

 

「嫌ですか」

 

「ちょっと」

 

 バドは正直に言った。

 

「でも、売られたら、それより強くなるしかない」

 

「またそれですか」

 

「それや」

 

 バドは顔を上げた。

 

「だって、サターンはアルフォンスやない。グリフォンでもない。僕でも野明のお姉ちゃんでもない。薄めた動きや。商品や」

 

「はい」

 

「ほな、本物が負けたらあかん」

 

 黒崎は、少しだけ疲れたように笑った。

 

「本物、ですか」

 

「うん」

 

「あなたにとっての本物は、グリフォンとアルフォンスなのですね」

 

「せや」

 

 バドは即答した。

 

「サターンは強いと思う。HSSに二十機入ったら、普通の警備会社や作業レイバー相手にはめっちゃ強いやろ。でも、僕が勝ちたいのはサターンやない」

 

「アルフォンス」

 

「うん」

 

 バドは、窓の外を見た。

 

 夜の日本。

 

 ブラジルとは違う湿り気。

 

 遠くに工場の灯りが見える。

 

「サターン見て、ちょっと分かった」

 

「何をです」

 

「盗んだデータは古くなる。売ったデータも古くなる。でも、野明のお姉ちゃんは新しくなる」

 

 黒崎は黙る。

 

「アルフォンスは、また変わる。特車二課も、篠原も、サターン見て怒って、考えて、対策する。そしたら、僕が持ってる起動ディスクのデータも、サターンの商業OSも、どんどん古くなる」

 

 バドは笑った。

 

「だから、本物とやりたい」

 

 黒崎は、深く息を吐いた。

 

「結論としては危険ですが、理解としては間違っていません」

 

「褒めた?」

 

「褒めてはいません」

 

「ちょっと褒めたやん」

 

「褒めていません」

 

 バドは笑った。

 

 だが、その笑いは少しだけ静かだった。

 

 サターン。

 

 ASURAの商業化。

 

 篠原重工の怒り。

 

 野明の不快感。

 

 自分の動きもいつか誰かに使われるかもしれないという感覚。

 

 それらが、バドの中に残っていた。

 

 黒崎は思った。

 

 この子供は、少しずつ分かっている。

 

 自分が何をしているのか。

 

 自分が何を奪ったのか。

 

 自分が何に使われるのか。

 

 そして、それでもアルフォンスに勝ちたいと思っている。

 

 だから危険だ。

 

 だが、まったく分からないまま笑っているよりは、ずっとましだった。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「サターンと戦うことあるかな」

 

「できれば避けたいですね」

 

「でもHSSに二十機やろ」

 

「街で見かける機会は増えるでしょう」

 

「アルフォンス、嫌やろな」

 

「そうでしょうね」

 

「太田のおっちゃんは怒るやろな」

 

「間違いなく」

 

「遊馬のお兄ちゃんは、めっちゃ嫌な顔しそう」

 

「するでしょう」

 

「後藤隊長は?」

 

 黒崎は少し考えた。

 

「笑うでしょう」

 

「怖いやつや」

 

「はい」

 

 二人は少しだけ黙った。

 

 その沈黙の中で、サターンの姿が思い浮かぶ。

 

 ダークブルーと黒。

 

 背中のSCHAFT。

 

 薄められたASURA。

 

 少しだけアルフォンスに似た警備レイバー。

 

 市場に出る怪物の影。

 

 バドは、ベッドの上でぽつりと言った。

 

「ASURA、就職したけど、ブラック企業かもしれんな」

 

 黒崎は目を閉じた。

 

「その言い方は、やはりやめて下さい」

 

 だが、少しだけ笑いそうになった。

 

 笑ってはいけない。

 

 この状況は笑い事ではない。

 

 篠原重工は怒っている。

 

 サターンは売れる。

 

 内海課長は面白がっている。

 

 バドはまた次の勝負を考えている。

 

 黒崎の胃は、今日も痛い。

 

 それでも、バドが少しだけ嫌だと言ったことは、覚えておこうと思った。

 

 盗んだものが商品になる気持ち悪さ。

 

 それを覚えている限り、まだ引き返す線は残っている。

 

 たとえ本人が、その線を越えたり戻ったりしながら、アルフォンスに向かって走っているとしても。

 

 夜の宿舎で、バドはノートを開いた。

 

 日本語で一行書く。

 

 サターン。

 ASURA商業版。

 アルフォンスの薄い影。

 本物は、もっと強くなる。

 

 黒崎がそれを見て、何も言わなかった。

 

 言えば、また長くなる。

 

 それに、その一行だけは、否定しにくかった。

 

 バドはペンを置き、窓の外を見た。

 

「待っときや、アルフォンス」

 

 小さな声。

 

 黒崎には聞こえた。

 

「偽物が増えるなら、本物同士でやらなあかんな」

 

 黒崎は、何も言わなかった。

 

 ただ、胃のあたりを押さえた。

 

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トローラ・ロージン転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼星団暦2988年、アドラー。▼ユーバー・バラダに雇われた傭兵騎士トローラ・ロージンは、目覚めた瞬間に自分が「もう詰んでいる」ことを悟る。▼視界いっぱいに迫る黄金の電気騎士、K.O.G.。▼本来ならここでトローラは、MHバルン…


総合評価:1579/評価:8.74/連載:23話/更新日時:2026年07月11日(土) 18:00 小説情報

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織や軍事関係、コンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本…


総合評価:3095/評価:9.04/連載:17話/更新日時:2026年07月10日(金) 18:00 小説情報

ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ファイブスター物語)

ニナリスのA-B1-B1-B2-B2:VVS1・L型って見てさ。クリアランスVVS1が嫁いでくるのにジィッドくん残念過ぎないと思って妄想を形にしてみます。これミースを誘拐したり、エンジン爆破しそうにないから、死なないで済むかしら?▼ラストまで投稿したぜ。2026年6月18日完結。▼トローラ・ロージン転生「https://syosetu.org/novel/4…


総合評価:777/評価:8.57/完結:161話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が…


総合評価:3135/評価:8.69/連載:53話/更新日時:2026年07月11日(土) 17:00 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:3617/評価:8.94/連載:43話/更新日時:2026年07月12日(日) 01:00 小説情報


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