転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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似てる?

/*/ サターン改 薄い影 /*/

 

 

 

 最初にそれを見つけたのは、進士だった。

 

 第二小隊の詰所。

 

 午後のやや眠い時間。

 

 机の上には書類が積まれ、コーヒーは冷めかけていた。

 

 進士はパソコン画面を見ながら、眼鏡の位置を直す。

 

「……あれ?」

 

 その声に、遊馬が顔を上げた。

 

「どうしたんです」

 

「HSSの新型警備レイバー、運用開始の記事です」

 

「HSS?」

 

 太田が反応した。

 

「警備会社のレイバーなど、警察の敵ではない!」

 

「敵とは限らないでしょう」

 

 進士が苦笑する。

 

 しかし、画面を覗き込んだ遊馬の顔から、笑みが消えた。

 

 そこに映っていたのは、ダークブルーと黒のレイバーだった。

 

 警備員風のカラーリング。

 

 だが、妙に悪役めいた輪郭。

 

 背中には、はっきりとSCHAFTの文字。

 

 SR-70サターン。

 

 HSS向け警備用レイバー。

 

 遊馬は、しばらく画面を見ていた。

 

「……シャフトか」

 

 その声で、野明も顔を上げた。

 

「シャフト?」

 

「見てみろ」

 

 野明が遊馬の横に来る。

 

 画面の中のサターンは、施設警備のデモ映像で模擬作業レイバーを制圧していた。

 

 突進してくる相手を、スタンベイルで受ける。

 

 受け止めるのではなく、流す。

 

 腰を落とす。

 

 足を半歩ずらす。

 

 相手の腕を殺す。

 

 ナイフを突きつける。

 

 そこで止める。

 

 野明は、画面を見たまま動かなくなった。

 

 太田が鼻を鳴らす。

 

「ふん。こざかしい動きだ」

 

 だが、遊馬は太田を見なかった。

 

 彼は野明を見ていた。

 

 野明の顔が、少しずつ強張っていく。

 

「野明?」

 

「……今の」

 

 野明が小さく言った。

 

「アルフォンスに似てた」

 

 詰所の空気が止まった。

 

 進士が慌てて映像を巻き戻す。

 

 もう一度、サターンが動く。

 

 半歩外す。

 

 腕を流す。

 

 腰を沈める。

 

 止める。

 

 野明の手が、ぎゅっと握られる。

 

「似てる」

 

 太田が立ち上がった。

 

「何だと!?」

 

 遊馬は黙って映像を見ていた。

 

 似ている。

 

 完全に同じではない。

 

 サターンの機体はイングラムではない。

 

 重心も違う。

 

 関節も違う。

 

 制御の反応も、警備用に丸められている。

 

 だが、順番が似ていた。

 

 相手の力を真正面から受けず、角度を変える。

 

 壊しすぎない位置で止める。

 

 転びかけた時に、腕へ逃げる前に腰と足で戻す。

 

 それは、AV-98一号機が現場で何度もやってきた動きだった。

 

 野明が、アルフォンスと一緒に覚えてきた動きだった。

 

 太田が画面を睨む。

 

「おい遊馬! これはどういうことだ!」

 

「俺に聞くなよ」

 

「シャフトの連中が、また何かしたに決まっている!」

 

「たぶんな」

 

 遊馬の声は低かった。

 

「一号機と二号機の起動ディスク、盗まれただろ」

 

 太田の顔が一気に怒りで赤くなる。

 

「貴様、それを言うな!」

 

「言わなくても分かるだろ。あれが外に出た。今度は商品に混じって戻ってきた」

 

「商品だと!?」

 

 太田が机を叩く。

 

「人の機体の動きを盗んで売り物にするなど、断じて許せん!」

 

 進士が小さく言う。

 

「でも、証明は難しいですよね。人型レイバーの動作が似ているだけ、と言われたら……」

 

 遊馬が頷く。

 

「そういうことだ。向こうは絶対そう言う。モーキャプで作りました。警備用の一般動作です。射撃姿勢に著作権はありません。そんなところだろうな」

 

 野明は画面を見つめたままだった。

 

「……嫌だな」

 

 その声は、とても小さかった。

 

 太田の怒鳴り声より、遊馬の分析より、進士の不安より、ずっと重かった。

 

 野明はもう一度言った。

 

「なんか、嫌だな」

 

 遊馬は黙る。

 

 野明は画面の中のサターンを見る。

 

 ダークブルーと黒。

 

 背中のSCHAFT。

 

 アルフォンスではない。

 

 けれど、少しだけアルフォンスに似ている。

 

 外側だけではない。

 

 中の動きが。

 

 彼女がアルフォンスと一緒に転んで、起き上がって、暴走レイバーを止めて、街を壊さないように踏ん張って、少しずつ覚えてきたもの。

 

 その薄い影が、知らない警備レイバーの中で動いている。

 

 商品として。

 

 営業資料として。

 

 デモ映像として。

 

「アルフォンスの中身、知らないところで使われてるみたい」

 

 野明はそう言った。

 

 詰所に、重い沈黙が落ちた。

 

 そこへ、後藤隊長が湯飲みを持って入ってきた。

 

「何、みんな怖い顔して」

 

 遊馬が振り返る。

 

「隊長。見ました?」

 

「見たよ。サターンだろ」

 

 後藤は、いつもの調子で答えた。

 

「HSSに二十機だってさ。世の中、景気がいいねえ」

 

 太田が詰め寄る。

 

「隊長! これは明らかに我々への挑発です!」

 

「挑発かどうかは知らないけど、嫌な商売だねえ」

 

 後藤は画面を見る。

 

 そこには、サターンが模擬標的を非破壊で制圧する姿が映っている。

 

「ま、あちらさんも商売だからね。グリフォンみたいな一点物は売れない。だけど、あれで得たものは売れる」

 

「得たものって……」

 

 進士が言う。

 

 後藤は湯飲みを机に置いた。

 

「動きだよ。経験値と言ってもいい。レイバーは機械だけど、現場で育つからね。うちの一号機も二号機も、ずいぶん育った」

 

 野明の顔が曇る。

 

 後藤は、少しだけ声を柔らかくした。

 

「だから、盗まれた時点で、いつかこうなる可能性はあった」

 

「でも……」

 

 野明は唇を噛んだ。

 

「でも、アルフォンスはアルフォンスです」

 

「もちろん」

 

 後藤は即答した。

 

「サターンはアルフォンスじゃない。あれは薄い影だよ」

 

「薄い影?」

 

「そう。データを使ったって、同じにはならない。中身が違う。操縦者も違う。整備する人間も違う。現場も違う」

 

 後藤は、画面のサターンを見ながら続けた。

 

「でも、影は影で厄介だ。本人じゃないから、遠慮なく商品になる」

 

 遊馬が小さく言う。

 

「最悪ですね」

 

「まあね」

 

 後藤は笑った。

 

 だが、その笑みはいつもより少し薄かった。

 

「で、たぶん近いうちに、実物と会うよ」

 

 太田が拳を握る。

 

「望むところです!」

 

「太田、撃つなよ」

 

「まだ何も言っていません!」

 

「顔に書いてある」

 

 遊馬がため息をつく。

 

「HSSの機体ですから、民間警備ですよね。敵じゃない」

 

「そう。敵じゃない」

 

 後藤は言った。

 

「だけど、現場で揉める相手にはなり得る」

 

     *

 

 その機会は、思ったより早く来た。

 

 都内湾岸部。

 

 大型物流施設の建設現場。

 

 隣接するHSS管理の倉庫エリアで、作業用レイバーが暴走した。

 

 原因は操作ミスと整備不良。

 

 幸い人的被害はまだない。

 

 だが、暴走した作業機は資材置き場へ突っ込み、燃料タンクに近づいていた。

 

 HSSは自社警備レイバーを出した。

 

 SR-70サターン、二機。

 

 そのうち一機は、納入されたばかりの最新制御パッケージ搭載機。

 

 現場責任者は、自社対応で収めるつもりだった。

 

 だが、近隣から通報が入り、警視庁にも連絡が入る。

 

 特車二課第二小隊、出動。

 

 一号機、二号機。

 

 現場に到着した時、HSSのサターンはすでに暴走機と対峙していた。

 

 ダークブルーと黒の機体が、夜間照明の中に立っている。

 

 背中にはSCHAFT。

 

 野明はモニター越しにそれを見た瞬間、息を止めた。

 

「……あれ」

 

 遊馬の声が通信に入る。

 

『サターンだ。落ち着け、野明』

 

「うん」

 

 アルフォンスのコックピットの中で、野明は操縦桿を握り直した。

 

 サターンが動く。

 

 暴走作業機が腕を振り回し、資材を弾き飛ばす。

 

 サターンはスタンベイルを構える。

 

 もう一機は後方で警戒。

 

 HSSの現場指揮車から通信が入る。

 

『こちらHSS警備指揮。対象は当社管理区域内。現在、自社レイバーにて対応中です。警察機は待機願います』

 

 太田が即座に怒鳴る。

 

「何を言うか! 暴走レイバー対応は我々の職務だ!」

 

 遊馬が慌てて制する。

 

『太田さん、まだ怒鳴らない!』

 

『まだとは何だ!』

 

 後藤の声が入る。

 

『第二小隊、現場状況を確認。HSSとの指揮系統を整理するまで不用意に前へ出ないこと』

 

「了解」

 

 野明は答える。

 

 しかし、視線はサターンから離れなかった。

 

 暴走作業機が突進する。

 

 サターンは、正面から受けない。

 

 半歩外す。

 

 スタンベイルを斜めに入れる。

 

 相手の腕を流す。

 

 腰を沈める。

 

 野明の喉が鳴った。

 

 似ている。

 

 やっぱり似ている。

 

 アルフォンスが、何度も暴走レイバーを止める時にやった動き。

 

 全部が同じではない。

 

 サターンの方が少し硬い。

 

 腰の戻しも浅い。

 

 安全制限のせいか、一瞬遅い。

 

 だが、考え方が似ている。

 

 相手を壊しすぎず、止める。

 

 野明は、胸の奥がざわざわした。

 

 サターンは暴走機の腕を流し、そのままスタンナイフを関節部へ当てようとした。

 

 だが、暴走機の出力が思ったより高かった。

 

 資材を巻き込んで、足場が崩れる。

 

 サターンの片足が滑った。

 

 一瞬、転倒しかける。

 

 そこで、また動いた。

 

 腰を落とす。

 

 反対側の足で踏む。

 

 腕を出す前に、上体を戻す。

 

 野明の目が見開かれる。

 

「今の……」

 

 遊馬も見ていた。

 

『一号機だな』

 

 野明は返事をしなかった。

 

 太田が怒鳴る。

 

『おのれ、真似を!』

 

『太田さん、現場!』

 

 遊馬の声が飛ぶ。

 

 HSSのサターンは転倒を免れた。

 

 しかし、復帰が遅れた分、暴走作業機が横へ抜ける。

 

 その先には、燃料タンク。

 

 HSSのもう一機が進路を塞ごうとするが、間に合わない。

 

 後藤の声が短く入る。

 

『一号機、行ける?』

 

 野明は答えた。

 

「行けます!」

 

 アルフォンスが前に出た。

 

 サターンの横を抜ける。

 

 HSS指揮車から抗議が飛ぶ。

 

『警察機、待機を――』

 

 遊馬が通信を切り替える。

 

『緊急回避優先! 文句は後で聞きます!』

 

 暴走作業機が燃料タンクへ突っ込む。

 

 アルフォンスは、その正面へは出なかった。

 

 少し斜め。

 

 足場の悪い資材の隙間。

 

 野明は、相手の腕ではなく、腰を見る。

 

 アルフォンスの足が沈む。

 

 腰を低くする。

 

 片腕を出す。

 

 受けるのではなく、軌道をずらす。

 

 暴走機の勢いを横へ流す。

 

 サターンと似た動き。

 

 だが、違う。

 

 アルフォンスは、野明の入力に合わせてもう半歩、深く入った。

 

 暴走機の重心が崩れる。

 

 倒す。

 

 しかし、燃料タンク側には倒さない。

 

 資材置き場の空いた場所へ向ける。

 

 遊馬が叫ぶ。

 

『今!』

 

「うん!」

 

 アルフォンスが踏ん張った。

 

 暴走作業機が横倒しになる。

 

 衝撃。

 

 資材が跳ねる。

 

 燃料タンクまで、あと数メートル。

 

 ぎりぎりだった。

 

 サターンが遅れて近づく。

 

 HSSの指揮車から、沈黙の後、通信が入った。

 

『……対象停止を確認。協力に感謝する』

 

 太田が吠える。

 

「最初から我々に任せればいいものを!」

 

 遊馬がため息をつく。

 

『太田さん、黙ってる方が格好いい時もありますよ』

 

『何だと!』

 

 野明は、倒れた暴走機を確認してから、サターンの方を見た。

 

 ダークブルーと黒の機体。

 

 サターンは、アルフォンスを見ているように立っていた。

 

 顔のない機械。

 

 だが、野明には、それが何かを言っているように見えた。

 

 お前の動きは、もうお前だけのものではない。

 

 そんなふうに。

 

 野明は小さく呟いた。

 

「嫌な感じ」

 

 遊馬が通信で聞く。

 

『野明?』

 

「大丈夫」

 

 野明は答えた。

 

「でも、あれ、やっぱり嫌」

 

 遊馬は少し黙った。

 

『分かるよ』

 

「アルフォンスの真似、してるみたい」

 

『薄い影だって隊長が言ってたろ』

 

「うん」

 

 野明はサターンを見る。

 

「でも、影でも、勝手に動かれると嫌だよ」

 

     *

 

 現場処理は、その後しばらく揉めた。

 

 HSSは、自社エリア内での事故対応に警察機が介入したことについて、形式的に抗議した。

 

 警察側は、燃料タンクへの二次被害防止を理由に、緊急対応の正当性を主張した。

 

 結論は、どちらも面子を潰さない形で処理された。

 

 暴走作業機は停止。

 

 人的被害なし。

 

 燃料タンク損傷なし。

 

 HSSサターン一機は軽微損傷。

 

 イングラム一号機は異常なし。

 

 だが、特車二課の空気は重かった。

 

 帰投後、格納庫で整備を受けるアルフォンスの足元に、野明は立っていた。

 

 アルフォンスを見上げる。

 

 いつもの顔。

 

 いつもの白い装甲。

 

 肩の回転灯。

 

 胸の警視庁マーク。

 

 野明は、その足に軽く手を当てた。

 

「真似されたね」

 

 返事はない。

 

 レイバーだから。

 

 でも、野明は続けた。

 

「でも、アルフォンスの方が上手かったよ」

 

 それは、慰めでもあり、確認でもあった。

 

 サターンは似ていた。

 

 でも、最後の半歩が違った。

 

 暴走機の勢いを流す時、どこまで深く入るか。

 

 どこへ倒すか。

 

 燃料タンクを避けるために、どの角度へ押すか。

 

 それは、データだけではなく、現場を見て決めることだった。

 

 野明とアルフォンスが、その瞬間に決めたことだった。

 

 遊馬が後ろから歩いてくる。

 

「整備班が言ってた。足回り、少し負荷が出てるけど問題なしだってさ」

 

「うん」

 

「野明」

 

「何?」

 

「あいつ、似てたけどさ」

 

「うん」

 

「アルフォンスじゃないよ」

 

 野明は振り返らない。

 

「分かってる」

 

「分かってても嫌か」

 

「嫌」

 

 即答だった。

 

 遊馬は頭をかく。

 

「だよな」

 

 野明は、アルフォンスの足元を見た。

 

「アルフォンスが覚えたことを、勝手に知らない子が使ってるみたいだった」

 

「サターンは子じゃないだろ」

 

「でも、そう感じたの」

 

 遊馬は黙った。

 

 野明の言い方は感覚的だ。

 

 だが、間違っているとは思わなかった。

 

 AV-98は機械だ。

 

 データはデータだ。

 

 動作パターンはコピーできる。

 

 理屈ではそうだ。

 

 でも、操縦者と機体が現場で積んだものを、ただのデータとして売られた時、納得できるかは別だった。

 

 太田が格納庫に入ってきた。

 

「泉!」

 

「太田さん」

 

「あのサターンという機体、次に出てきたら俺が叩きのめす!」

 

 遊馬が呆れる。

 

「相手は民間警備会社ですよ」

 

「知るか! 人の動きを盗んだ機体など、許せん!」

 

「だから証明できないんですって」

 

「証明などいらん! 俺が見た!」

 

「それを証明とは言わないんですよ」

 

 野明は少しだけ笑った。

 

 太田の怒りは騒がしい。

 

 でも、その騒がしさが少しありがたかった。

 

「太田さん」

 

「何だ」

 

「ありがとう」

 

 太田は一瞬、固まった。

 

「な、何がだ」

 

「怒ってくれて」

 

 太田は顔を赤くした。

 

「当然だ! 一号機の動きは一号機のものだ! 二号機の射撃姿勢も二号機のものだ! 断じて警備会社の玩具ではない!」

 

 遊馬がぼそっと言う。

 

「二号機の射撃姿勢は、もう少し安全にした方がいいと思いますけどね」

 

「篠原ァ!」

 

 太田が叫ぶ。

 

 野明は笑った。

 

 少しだけ、胸のざわざわが薄くなった。

 

 そこへ、後藤隊長がやってきた。

 

「盛り上がってるねえ」

 

 遊馬が振り返る。

 

「隊長。今日のサターン、見ましたよね」

 

「見たよ」

 

「どう思います」

 

 後藤は、アルフォンスを見上げた。

 

「似てたねえ」

 

 野明の顔が少し曇る。

 

 後藤は続ける。

 

「でも、最後のところは似てなかった」

 

「最後?」

 

「燃料タンクを避けて、倒す方向を変えたところ」

 

 野明は黙る。

 

「あれは、サターンにはできなかった。あの機体の制御パッケージは優秀だよ。たぶん、普通の警備レイバーとしてはかなり強い。でも、現場を見て、責任を持って、壊しちゃいけないものを選んで、そのうえで踏み込むのは、また別」

 

 後藤は湯飲みを持ったまま言った。

 

「データは真似できる。でも、責任は真似できない」

 

 格納庫が静かになった。

 

 遊馬が小さく頷く。

 

「責任、ですか」

 

「うん。警察機の動きってのは、結局そこだからね。壊すためじゃない。勝つためでもない。止めるために動く。それを、どこまで本気で背負ってるか」

 

 野明は、アルフォンスを見上げた。

 

 アルフォンスは何も言わない。

 

 でも、野明には少し分かった気がした。

 

 サターンは、アルフォンスの影を持っている。

 

 でも、アルフォンスが背負っているものまでは持っていない。

 

 それは、データではない。

 

 現場で毎回、選ぶものだ。

 

 後藤は、のんびりと言った。

 

「だから、嫌がっていいよ、泉」

 

 野明が振り返る。

 

「え?」

 

「嫌なものは嫌でいい。でも、影に引っ張られすぎないこと。向こうが真似するなら、こっちはまた変わればいい」

 

 遊馬が苦笑する。

 

「簡単に言いますね」

 

「難しく言っても変わらないからねえ」

 

 野明は、もう一度アルフォンスに触れた。

 

「変わる……」

 

 後藤は頷く。

 

「起動ディスクを盗まれた。サターンに似た動きが出た。なら、もうその動きは古い。今日の現場で、アルフォンスはまた新しい動きをした」

 

 野明は少しだけ目を見開いた。

 

 遊馬も同じことに気づいた。

 

 盗まれたデータ。

 

 商品化された動き。

 

 それらは、過去のものだ。

 

 今日の現場で野明とアルフォンスが選んだ半歩は、まだ盗まれていない。

 

 まだ商品になっていない。

 

 今ここで生まれたものだ。

 

 太田が腕を組む。

 

「つまり、日々鍛錬を積めということですな!」

 

「まあ、そういうことにしておこうか」

 

 後藤が言う。

 

 野明は小さく笑った。

 

「うん」

 

 彼女はアルフォンスを見上げる。

 

「また覚えよう。アルフォンス」

 

     *

 

 その夜、特車二課の今日の出動映像は、複数の場所で見られていた。

 

 篠原重工。

 

 HSS。

 

 SEJ。

 

 そして、シャフト側の小さな視聴室。

 

 バドは、テレビ画面の前に座っていた。

 

 内海課長も横にいる。

 

 黒崎は後ろで腕を組んでいる。

 

 森川と磯口は、映像を解析しながら端末に数値を打ち込んでいる。

 

 画面の中で、HSSのサターンが暴走作業機を制圧しようとしている。

 

 バドは黙って見ていた。

 

「サターン、悪くないな」

 

 内海が言う。

 

「警備用としては上出来だ」

 

 森川が頷く。

 

「制御補正は安定しています。暴走機の腕を流す動作も想定通りです」

 

 磯口が続ける。

 

「ただ、足場が崩れた時の復帰が遅い。安全制限が効きすぎたかな」

 

 バドは、サターンが滑った場面を見た。

 

 腰を落とす。

 

 足を踏む。

 

 腕を出す前に戻す。

 

「アルフォンスっぽい」

 

 黒崎が言う。

 

「またそれですか」

 

「でも、薄い」

 

 バドは画面を見つめた。

 

「本物より薄い」

 

 その後、アルフォンスが前に出る。

 

 サターンの横を抜ける。

 

 暴走作業機を燃料タンクから逸らす。

 

 半歩深く入る。

 

 倒す方向を選ぶ。

 

 バドの目が輝いた。

 

「そこ!」

 

 森川が映像を止める。

 

 アルフォンスが、暴走機の重心に入る寸前。

 

 バドは画面を指差した。

 

「これ、起動ディスクにない」

 

 黒崎が眉を動かす。

 

「分かるのですか」

 

「分かる。前のアルフォンスなら、たぶんもうちょい手前で止めてる。今のは深い。燃料タンク避けるために、倒す方向まで見とる。野明のお姉ちゃんが選んだんや」

 

 森川が解析映像を見る。

 

「確かに。従来ログの復帰・制圧パターンとは違う。踏み込み角度が深い。対象重心を流す方向も、障害物配置に合わせている」

 

 磯口が感心したように言う。

 

「サターンの商業版制御では、ここまで踏み込ませない。安全域に引っかかる」

 

 バドは笑った。

 

「ほらな」

 

 内海課長が横を見る。

 

「嬉しそうだね」

 

「嬉しいに決まっとるやん」

 

 バドは画面のアルフォンスを見る。

 

「サターンはアルフォンスの薄い影や。でも、本物はまた変わった。今日のこの半歩は、盗んだデータにもサターンにも入ってへん」

 

 黒崎は黙って聞いていた。

 

 バドの声には、興奮があった。

 

 だが、単なる盗む側の喜びではない。

 

 相手が生きていることへの喜び。

 

 相手が変わることへの喜び。

 

 攻略本が古くなることへの喜びだった。

 

「内海さん」

 

「何だい」

 

「僕、やっぱりアルフォンスとやりたい」

 

「そうだろうねえ」

 

「サターンやない。エイブラハムでもない。商品でも量産機でもない。本物のアルフォンスとやりたい」

 

 内海は笑った。

 

「本物同士で?」

 

「せや」

 

 黒崎が低く言う。

 

「危険な結論へ向かわないで下さい」

 

 バドは振り返った。

 

「黒崎さん、サターン見て分かったやん。データは古くなる。商品は薄くなる。でも、野明のお姉ちゃんとアルフォンスは、その場で変わる」

 

「分かりましたが、それが決戦の理由にはなりません」

 

「なるやん」

 

「なりません」

 

「なるって」

 

「なりません」

 

 内海課長が笑う。

 

「でも、面白い理由ではあるね」

 

「課長」

 

「黙るよ」

 

 森川は映像を何度も巻き戻している。

 

「この半歩、欲しいですね」

 

 黒崎が即座に言った。

 

「欲しがらないで下さい」

 

 磯口も言う。

 

「映像だけでも解析できる。だが、機体内部ログがあれば……」

 

「欲しがらないで下さい」

 

 バドがにやっとする。

 

「怪獣戦ログも欲しいし、今日の半歩ログも欲しいなぁ」

 

「絶対に駄目です」

 

「まだ何も言うてへん」

 

「言う前から駄目です」

 

 内海課長が楽しそうに言う。

 

「黒崎君は先回りが上手くなったねえ」

 

「課長の下にいれば嫌でもそうなります」

 

 バドはもう一度、画面のアルフォンスを見た。

 

 サターンの動きは嫌だった。

 

 アルフォンスの薄い影。

 

 商品になったデータ。

 

 知らない誰かが使う動き。

 

 でも、その後にアルフォンスは本物を見せた。

 

 盗まれたデータより先へ行く動き。

 

 商品化された影を置き去りにする半歩。

 

 バドは、その半歩に胸が熱くなった。

 

「ええなぁ」

 

 小さく呟く。

 

「やっぱり、相手がレベルアップしてくれるゲームは最高や」

 

 黒崎は胃を押さえた。

 

「ゲームではありません」

 

「真剣勝負や」

 

「さらに悪いです」

 

 バドは笑った。

 

 そして、ノートを開いた。

 

 今日のページに書く。

 

 サターン。

 薄い影。

 HSS二十機。

 商品になったASURA。

 でも本物は新しい半歩を踏む。

 アルフォンスは古くならない。

 勝つなら、本物に。

 

 黒崎はその文字を見た。

 

 止めたい。

 

 止めるべきだ。

 

 だが、その言葉のすべてを否定することもできなかった。

 

 アルフォンスは古くならない。

 

 それは、たぶん正しい。

 

 そして、だからこそバドは向かう。

 

 黒崎にとっては頭痛の種でしかないが、操縦者としてのバドは確実に育っている。

 

 内海課長が、画面の中のアルフォンスを見ながら言った。

 

「商品になった影と、現場で育つ本物。いいねえ。舞台が整ってきた」

 

 黒崎が低く返す。

 

「整えないで下さい」

 

 内海は笑うだけだった。

 

 画面の中で、白い警察機が立っている。

 

 その横には、ダークブルーと黒の警備レイバー。

 

 薄い影。

 

 本物。

 

 商品。

 

 経験。

 

 盗まれた過去。

 

 更新される現在。

 

 バドはその映像を、食い入るように見つめていた。

 

 待っときや、アルフォンス。

 

 声には出さなかった。

 

 だが、黒崎には分かった。

 

 バドは、もう次の勝負を見ている。

 

 そしてその勝負は、サターンでは終わらない。

 

 薄い影を越えて、本物へ向かう。

 

 グリフォンとアルフォンス。

 

 南米帰りの黒い怪鳥と、怪獣戦帰りの警察機。

 

 その間に、サターンという影が落ちた。

 

 影は不快だった。

 

 だが、影があるからこそ、本物の輪郭はよりはっきりした。

 

 バドはノートを閉じた。

 

「内海さん」

 

「何だい」

 

「サターンには負けへんな」

 

「そうだね」

 

「でも、サターンがいるから、アルフォンスはもっと強くなるかもしれへん」

 

「そうだねえ」

 

「ほな、こっちも強くならな」

 

 黒崎は深く息を吐いた。

 

「結局、そうなるのですね」

 

 バドは笑った。

 

「そうなるんや」

 

 視聴室の明かりは落とされたまま。

 

 モニターの光だけが、バドの顔を照らしている。

 

 その瞳には、サターンではなく、白いイングラムが映っていた。

 

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