/*/ サターン採用見送りの話 /*/
SR-70サターンの展示資料を見ながら、バドは首を傾げた。
「第1小隊、これ採用せぇへんかったん?」
黒崎は書類から目を上げる。
「採用されませんでした」
「なんで?」
「製造元がシャフト・エンタープライズです」
「それだけで?」
「十分な理由です」
バドは納得していない顔をした。
画面には、SRX-70をベースにした試作機の資料が並んでいる。
第1小隊の旧式化した装備。
97式パイソン改。
そこへ、SEJが持ち込んだ高性能機。
しかも、ほぼ無償提供。
バドは資料を読み進め、少し笑った。
「無償提供なんだから、採用すれば良かったのに」
黒崎の眉が動く。
「本気で言っていますか」
「半分」
「残り半分は」
「罠やなぁって」
内海課長が横で楽しそうに笑った。
「正解だね」
バドは椅子の背に寄りかかり、足をぶらぶらさせた。
「ただより高いもんはないって知ってたやろ」
「知っていたから見送ったのです」
黒崎は淡々と言う。
「SEJは、高性能機をほぼ無償で第1小隊に提供する代わりに、実戦データを回収し、警察レイバー隊の装備体系へ食い込もうとしていた。機体を押さえれば、保守、部品、ソフト更新、訓練、運用データまで押さえられる」
「装備を配って、使わせて、データ取って、次の商品にする」
「はい」
「うわぁ、シャフトやなぁ」
「あなたがそれを言いますか」
内海課長が肩をすくめる。
「いい商売だと思うけどね。まず機体を置く。現場で使わせる。現場が慣れる。部品と更新で離れられなくなる。気づけば装備体系ごとこちらの市場になる」
黒崎が低く言う。
「課長。自慢げに説明しないで下さい」
「一般論だよ」
「具体的すぎます」
バドは画面のサターンを眺めた。
「でも、第1小隊は欲しかったやろな」
「でしょうね。第2小隊にはイングラムがあります。第1小隊から見れば、自分たちだけ旧式機を使わされている感覚はあったはずです」
「そら飛びつくわ。無料で強い機体やもん」
バドは少し考える。
「ゲームでもあるやん。序盤にやたら強い装備くれるイベント」
「それは罠ですか」
「だいたい呪われてるか、あとで高い請求来る」
「今回も同じです」
「せやな」
バドは納得したように頷いた。
「ただの無料機体やなくて、警察レイバー隊にシャフト製OSと保守を食い込ませるためのトロイの木馬や」
黒崎は少しだけ感心した顔をした。
「理解は早いですね」
「そういう悪い商売は分かる」
「分かっているなら、関わらないで下さい」
「もう関わってるやん」
「そこが問題です」
内海課長が笑った。
「でも、バド。採用されていたら面白かったと思わないかい?」
「思う」
黒崎が即座に言った。
「思わないで下さい」
バドはにやっと笑った。
「第1小隊にシャフト製サターン。第2小隊に篠原製イングラム。警察内部で代理戦争やん」
「最悪です」
「しかもサターンが現場データ吸って、SEJが改良して、HSS向けに商業版を売る。うわ、商売としてはめっちゃ強い」
「だから止められたのです」
「遊馬のお兄ちゃんたち、ええ仕事したんやな」
黒崎は頷いた。
「そうですね。あそこで採用されていれば、警察側の運用データがさらにシャフトへ流れていた可能性があります」
バドは少し黙った。
そして、ぽつりと言った。
「でも、結局サターンは売れたんやな」
「はい。HSSへ」
「警察に入れられへんかったから、警備会社に売った」
「その形です」
「ASURA商業版も混ぜて」
「混ぜたと言わないで下さい」
「混ぜたやん」
黒崎は否定しなかった。
バドは椅子の上で膝を抱える。
「サターン、採用されんで良かったな」
「先ほどは採用すればよかったと言っていましたが」
「無料なら貰いたい。でも貰ったら負けるやつや」
内海課長が愉快そうに目を細める。
「いいねえ。装備は強い。だが、装備を渡した相手に首輪をつけられる」
「強い装備もらったら、インベントリに呪いマークついとるんやな」
「まさに」
黒崎がため息をついた。
「分かっているなら、グリフォンにも同じ目を向けて下さい」
バドは一瞬、黙った。
「……グリフォンも?」
「はい」
「ASURAも?」
「はい」
「データランドセルも?」
「はい」
バドは少しだけ嫌そうな顔をした。
それから、小さく笑った。
「ただより高いもんはない、か」
黒崎は静かに言う。
「あなたは、すでに高いものをたくさん受け取っています」
バドは首から下げた身分証カードに触れた。
保護対象。
特別研究協力者。
シャフトの書類の中に入った名前。
グリフォンに乗れる立場。
ASURAを育てる役目。
欲しかったもの。
そして、その代金。
「黒崎さん」
「何です」
「僕、請求書来る?」
「来させないために、私と徳永専務がいます」
バドは目を丸くした。
黒崎は続ける。
「ですが、内海課長は請求書を面白がって作る側です」
「ひどいなあ」
内海課長が笑った。
バドも笑った。
だが、首から下げたカードを握る指は、少しだけ強かった。
「ほな、覚えとくわ」
「何をです」
「無料の機体と、無料の身分と、無料の遊びには、だいたい裏がある」
「その理解は正しいです」
「でも、全部捨てたらゲームできへん」
「そこに戻りますか」
「戻る」
バドは画面のサターンを見た。
採用されなかった警察機。
警備会社へ売られた商品。
シャフトの罠から、シャフトの商品になった機体。
「第1小隊、採用せんで正解や。でも、ちょっと見たかったな」
黒崎が眉をひそめる。
「何をです」
「南雲隊長の第1小隊サターンと、第2小隊アルフォンスの模擬戦」
「やめて下さい」
「絶対おもろいやろ」
「おもしろくありません」
内海課長が楽しそうに言った。
「僕は見たいねえ」
「課長は黙っていて下さい」
黒崎の声は、今日も疲れていた。