/*/ 企画七課オフィス 深夜 /*/
モニターの中で、男が投げられていた。
道着姿の警察官が、相手の手首を取り、肘を殺し、半歩だけ身体を入れ替える。
それだけで、大柄な男の姿勢が崩れた。
次の瞬間には、床に伏せられ、腕を背中に回されている。
「……うわ、えぐ」
バドは椅子の上で膝を抱えたまま、画面に顔を近づけた。
机の上には、資料が散らばっている。
警察柔道。
逮捕術。
捕り物。
警棒術。
制圧訓練。
暴れる相手を壊さず止めるための技術。
ゲームの攻略本なら、バドは何冊でも読めた。
だが、これは攻略本より厄介だった。
相手を倒す技ではない。
逃がさない技だ。
「もっかい」
バドがキーボードを叩く。
動画が巻き戻る。
また、男が投げられた。
「ここや。ここで肘を殺されとる。腕力で戻そうとしたら、肩から持っていかれる」
バドは自分の細い腕を見下ろした。
子供の腕だ。
いくら頭で分かっても、身体で試せる相手がいない。
大人相手では体格差がありすぎる。
逆に同年代では、技の意味が分からない。
「ねー、黒崎さん」
声をかけると、書類を見ていた黒崎が顔を上げた。
「何です」
「この動き、出来る人おらん?」
黒崎はモニターを見た。
映っているのは、警察官による逮捕術の訓練映像だった。
「これは捕縛術ですね」
「うん」
「何に使うんですか」
「グリフォン」
黒崎の眉が、わずかに動いた。
バドは画面を指差す。
「モーキャプで読み込んで、この動きと外し方をグリフォンに覚えさせたいんや」
「外し方?」
「そっちの方が大事や」
動画の中で、警察官が暴れる相手の腕を取る。
肘を伸ばさせ、肩を浮かせ、膝を床につかせる。
バドは、その一連の流れを食い入るように見ていた。
「イングラムは警察機やろ」
「はい」
「せやったら、多分この動き、取り込んどる」
黒崎は黙った。
バドは続ける。
「相手を壊さんと止める。暴れてるレイバーを倒す。パイロットを殺さんように押さえ込む。そういう動きや。軍用レイバーとは違う」
警察機。
その言葉を、バドは少し怖いもののように言った。
グリフォンは強い。
速い。
飛べる。
潜れる。
力もある。
だが、イングラムは壊すための機体ではない。
止めるための機体だ。
それが怖い。
「僕が腕を振った時、イングラムは受け止めへんと思う」
「では?」
「流す。絡める。肘か肩を殺す。たぶん脚も狙う。転ばせて、上から押さえて、リボルバー突きつける」
バドは自分で言って、顔をしかめた。
「うわ、最悪や」
黒崎は淡々と返す。
「グリフォンの出力なら、通常の制圧動作は振りほどけます」
「通常ならな」
バドは即答した。
「でも、相手が泉野明やったら?」
黒崎は答えなかった。
バドは、また動画を巻き戻した。
同じ動き。
手首を取る。
肘を伸ばす。
肩を浮かせる。
重心を奪う。
「野明のお姉ちゃんは、たぶん機体の力だけで動かしてへん。アルフォンスの重心とか、足裏の粘りとか、腕の遊びとか、そういうの身体で知っとる」
「アルフォンス?」
「イングラムのこと」
「名前で呼ぶんですか」
「相手がそう呼んどるなら、そっちの方が怖いやろ」
黒崎は、ほんの少しだけ沈黙した。
バドは椅子の上で膝を抱え直す。
「名前つけて、大事にして、毎日乗っとる機体やで。そんなもん、普通のレイバーより強いに決まっとるやん」
モニターの中で、警察官がまた相手を床に押さえた。
バドは悔しそうに唇を尖らせる。
「僕、これ身体で覚えたいんや。でも身体が小さすぎる。相手がおらんねん」
「だからモーションキャプチャーですか」
「うん。大人にやってもらって、骨格データ取って、レイバー用に変換する。人間の関節とは違うから、そのままやと駄目やけど、崩しの方向は使えるはずや」
「誰にやらせるつもりです」
「黒崎さん」
即答だった。
黒崎は表情を変えなかった。
「私は捕縛術の専門家ではありません」
「でも、出来るやろ?」
「……多少は」
「ほら」
バドは椅子から飛び降りた。
「青砥さんとか白井さんとか村崎さんも呼んで、誰がどこまで出来るか見たい。警察柔道そのものやなくてもええねん。腕を取られた時の外し方、組みつかれた時の重心の逃がし方、倒された後の起き方。そういうの全部欲しい」
黒崎は静かに言った。
「グリフォンは、格闘技をするための機体ではありません」
「ちゃう」
バドは首を振る。
「格闘技を知らんまま、格闘戦に巻き込まれるのが怖いんや」
その言葉に、黒崎の目が少しだけ細くなった。
子供の遊びではない。
バドは本気で、負け筋を潰そうとしている。
「内海さんは?」
「呼んだら面白がって邪魔する」
「否定はしません」
「やろ」
バドはまたモニターを見た。
警察官が相手を押さえ込んでいる。
暴れる者を、壊さず、逃がさず、動けなくする。
それはグリフォンの強さとは別の強さだった。
「僕な、黒崎さん」
「はい」
「イングラムに殴り負ける気はせえへん」
「当然です」
「でも、捕まったら負ける気がする」
その声は、小さかった。
けれど、ふざけてはいなかった。
「ゲームでもそうやん。火力高いキャラが、投げキャラに近づかれて終わることあるやろ」
「ゲームは詳しくありません」
「あるんや」
バドは断言した。
「せやから、投げ抜け覚えなあかん」
黒崎はしばらくバドを見ていた。
それから、静かに受話器を取った。
「青砥。白井。村崎。動ける者を訓練室に集めろ」
バドの顔がぱっと明るくなる。
「やってくれるん?」
「あなたがブロッケンに乗って危険な実戦をするよりは、まだ管理できます」
「黒崎さん、ええ人やな」
「違います」
「内海さんの忠犬やもんな」
「……誰から聞きました」
「内海さん」
黒崎は、深く息を吐いた。
その時、背後の扉が開いた。
「楽しそうだねえ」
内海だった。
バドは露骨に嫌な顔をした。
「ほら来た」
「ひどいなあ。僕を仲間外れにするなんて」
内海はモニターを覗き込む。
警察官が相手を投げ、押さえ込む映像が映っている。
「警察柔道か。なるほど、なるほど」
「茶化したらあかんで」
「茶化さないよ。実にいい着眼点だ」
内海は笑っていた。
「グリフォンが警察機に捕まる未来を想像しているわけだ」
「想像したくないから潰すんや」
「うん。君は本当に、負けることを考えるのが上手くなった」
「褒めとる?」
「もちろん」
「信用あらへん」
バドはモニターを止めた。
画面の中で、警察官が相手の腕を背中に回している。
「内海さん」
「何かな」
「モーキャプ使わせて。あと、動ける人貸して。捕縛術の先生も欲しい」
「本格的だ」
「真剣勝負やからな」
内海は、にこにこと笑ったまま黒崎を見た。
「だそうだよ、黒崎君」
「既に手配中です」
「さすが」
バドは小さく拳を握った。
グリフォンは強い。
だが、強いだけでは勝てない。
イングラムは警察機だ。
そして警察機は、相手を捕まえるために作られている。
ならば、こちらは捕まらない訓練をする。
「待っときや、アルフォンス」
バドは画面の中の警察官を睨みながら呟いた。
「投げ抜け、覚えてから遊びに行ったるからな」