転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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採用されなかった機体

 

 

 

 篠原重工八王子工場の会議室には、重い沈黙が降りていた。

 

 机の上には、分厚い資料が何冊も積まれている。

 

 SR-70サターン制御系解析報告。

 

 AV-98運用ログとの類似挙動比較。

 

 HSS納入機体仕様。

 

 SEJ高リスク警備仕様案。

 

 SE-USA経由米軍評価項目。

 

 そして、外務省・通産省方面から非公式に回ってきた照会メモ。

 

 その中で、最も会議室の空気を冷やしたのは、最後の一枚だった。

 

 米軍側が、簡易ASURA制御パッケージを「レイバー戦力の底上げ装置」と見なしている。

 

 その一文。

 

 篠原重工の役員の一人が、資料を閉じた。

 

 顔色は良くない。

 

「……これは、競合製品の話ではないな」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 会議室の隅に立っていた河野技師が、ようやく口を開く。

 

「はい。SR-70サターンを、単なる警備会社向け競合レイバーと見る段階は過ぎたと思います」

 

「米軍が見るのは機体ではなく、OSか」

 

「正確には、制御パッケージです。転倒復帰、損傷時姿勢維持、過剰出力抑制、低練度操縦者支援、被弾時の行動継続補正。これらは民間警備用としても使えますが、軍事用途では戦力底上げそのものになります」

 

 別の役員が、苦々しく言った。

 

「つまり、旧式軍用レイバーにその制御を載せれば、熟練兵でなくてもある程度使えるようになる」

 

「可能性はあります」

 

「第三世界や中東の軍が欲しがるわけだ」

 

 河野は頷いた。

 

「装甲と関節を強化したサターン軍事仕様。あるいは、既存軍用レイバーへの互換OS導入。そういう需要が出ます」

 

「そして米国は、それを止めたい」

 

「はい。ただし、米軍自身は欲しがっています」

 

 役員の一人が、鼻で笑った。

 

 笑いに温度はなかった。

 

「危険だから中東には渡すな。しかし同盟管理のため米軍には売れ、か」

 

 法務担当が資料をめくる。

 

「日米貿易不均衡の問題も絡む可能性があります。日本側の高性能レイバー制御技術を米国市場に供給せよ、という圧力として利用されるかもしれません」

 

「シャフトはどう出る」

 

「SEJ単独では慎重になるはずです。ですが、SE-USAが間に入れば話は変わります。米軍採用、米国規格化、海外法人経由の展開。すべて可能性があります」

 

 会議室の視線が、モニターに映し出されたサターンへ向いた。

 

 ダークブルーと黒。

 

 警備会社HSSのカラー。

 

 背中にはSCHAFTの文字。

 

 民間警備用。

 

 警備員風。

 

 しかし、その中に入っているものは、米軍が興味を持つほどの制御技術だった。

 

 篠原重工の幹部は、低く言った。

 

「我々は、あれを盗用疑惑のある競合機として見ていた」

 

 河野が答える。

 

「私も、最初はそう見ていました」

 

「だが違った」

 

「はい」

 

 河野は、少しだけ躊躇してから続けた。

 

「これは、レイバー制御OSの標準規格争いです」

 

 その言葉に、会議室の空気がさらに重くなる。

 

 標準規格。

 

 機体一機の勝ち負けではない。

 

 警察向けか、民間警備向けか、軍用かという区別すら越える。

 

 どの機体にも入る。

 

 どのメーカーにも影響する。

 

 どの国の運用にも関わる。

 

 レイバーという機械の身体を、どう動かすか。

 

 その思想を誰が握るか。

 

 その争いだった。

 

 篠原重工の役員は、唇を強く結んだ。

 

「AV-98の運用データが混じっている可能性は」

 

「高いと思います」

 

 河野は、はっきり言った。

 

「完全コピーではありません。サターンのフレームに合わせて抽象化され、商業版制御として丸められています。しかし、一号機の転倒復帰、二号機の射撃姿勢移行、腰部防護反応、暴走機制圧時の間合い。AV-98由来と思われる挙動が複数あります」

 

「起動ディスクか」

 

「はい」

 

 会議室の誰かが、深く息を吐いた。

 

 東京レイバーショウ。

 

 二号機の腰椎部破壊。

 

 エコノミーの敗北。

 

 一号機と二号機の起動ディスク盗難。

 

 あの事件は、終わっていなかった。

 

 盗まれたディスクは、単なる記録媒体ではなかった。

 

 そこには、AV-98が現場で育てた経験が入っていた。

 

 泉野明がアルフォンスと共に覚えた復帰。

 

 太田功が二号機で積んだ射撃姿勢。

 

 特車二課の出動と整備と失敗と修正。

 

 それらが、制御データとして抜かれた。

 

 そして、サターンへ混じった。

 

 さらに、簡易ASURAの一部として商業化され、軍事転用の対象になり、米軍評価項目に載り、日米交渉の材料になりかけている。

 

 役員の一人が、掠れた声で言った。

 

「盗まれたのは、起動ディスクだけではなかった、ということか」

 

 河野が静かに頷く。

 

「はい」

 

 彼は、モニター上のAV-98一号機の映像を映した。

 

 暴走レイバーを制圧する一号機。

 

 足を滑らせながらも戻る一号機。

 

 腰を落とし、相手の力を流す一号機。

 

 続いて二号機。

 

 荒い踏み込み。

 

 速い射撃姿勢。

 

 力任せだが、現場で鍛えられた反応。

 

 河野は言った。

 

「我々は一号機と二号機の起動ディスクを盗まれた。ですが、盗まれたのはディスクだけではありません。警察機としての運用経験そのものです」

 

 会議室に沈黙が落ちた。

 

 重い沈黙だった。

 

 篠原重工は、警察用レイバーAV-98を作った。

 

 現場で使ってもらい、運用データを受け取り、改修し、エコノミーや後継機計画へ反映する。

 

 それは、篠原にとって当然の開発循環だった。

 

 ユーザーからフィードバックを得る。

 

 製品を改良する。

 

 次の商品へ繋げる。

 

 だが、今、同じ構造をシャフトが行っている。

 

 より乱暴に。

 

 より隠れて。

 

 より危険な形で。

 

 別の役員が、嫌そうに呟いた。

 

「シャフトだけを責められるのか」

 

 法務担当が視線を落とした。

 

 言いにくいことだった。

 

 だが、誰もが思っていた。

 

 篠原重工も、警察の現場からデータを得ている。

 

 それを製品改良に使っている。

 

 もちろん、契約も許可もある。

 

 正規のルートだ。

 

 違法な盗用ではない。

 

 だが、構造としては近い。

 

 現場を使い、データを取り、商品へ反映する。

 

 そこを突かれれば、篠原重工の立場もきれいではない。

 

 河野は拳を握った。

 

「我々は、現場の信頼に基づいてデータを得ています。シャフトのように盗んだわけではありません」

 

「そうだ」

 

 役員は即座に言った。

 

「そこは違う」

 

「ですが」

 

 河野は苦い顔をした。

 

「彼らは、そこを曖昧にするでしょう。人型レイバーの一般動作だ。モーションキャプチャーで作った。警備用の安全制御だ。そう言うはずです」

 

「すでに言っている」

 

「はい」

 

 法務担当が、資料の別紙を差し出した。

 

 SEJからの回答。

 

 弊社は独自に警備用動作を収集・設計した。

 

 AV-98シリーズの運用データを取得・利用した事実はない。

 

 人型レイバーの合理的安定化制御において、類似挙動が発生することは技術的に自然である。

 

 河野は、資料を見るだけで腹が立った。

 

 だが、腹が立つだけでは勝てない。

 

 相手は、言葉を整えている。

 

 証拠は薄められている。

 

 中身は危険なほど似ているのに、法的には掴みにくい。

 

 役員の一人が言った。

 

「もし米軍がシャフト系制御を採用すれば、どうなる」

 

 河野は答えに詰まった。

 

 代わりに、技術企画部の担当者が口を開いた。

 

「米軍規格に組み込まれれば、同盟国間のレイバー制御インターフェースとして広がる可能性があります。シャフトが主導権を握れば、篠原重工のレイバーも、将来的にその規格へ対応を求められるかもしれません」

 

 その一言で、会議室の温度がさらに下がった。

 

 自分たちのAV-98の経験を盗まれた疑いがある。

 

 その盗まれた経験が、シャフトの一部になった。

 

 そのシャフトが米軍規格になる。

 

 そして、将来的に篠原重工の機体が、その規格に対応させられる。

 

 冗談のような話だった。

 

 しかし、笑えなかった。

 

 役員が、低く言った。

 

「我々の成果が、シャフト経由で米軍規格に組み込まれる可能性がある、ということか」

 

 誰も答えなかった。

 

 答えは、沈黙の中にあった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 その日の夕方。

 

 特車二課に、篠原重工から非公式の説明が入った。

 

 正式なものではない。

 

 あくまで注意喚起。

 

 SR-70サターンおよび簡易制御パッケージに関する情勢共有。

 

 場所は特車二課の会議室。

 

 第一小隊と第二小隊の主要メンバーが集められた。

 

 福島課長。

 

 後藤隊長。

 

 南雲隊長。

 

 第一小隊の隊員たち。

 

 第二小隊の面々。

 

 遊馬、野明、太田、進士。

 

 資料を持ってきたのは、篠原重工の技術連絡担当だった。

 

 遊馬も、その場にいた。

 

 彼は篠原重工の関係者としてではなく、第二小隊の一員として席に座っている。

 

 だが、その顔は普段よりも硬かった。

 

 担当者が、資料を説明する。

 

 SR-70サターンに搭載された簡易制御。

 

 HSS納入機における高性能化。

 

 AV-98運用データとの類似疑惑。

 

 第三世界・中東からの軍事仕様要望。

 

 SE-USAと米軍による評価照会。

 

 日本政府側の安全保障案件化。

 

 説明が進むにつれて、会議室の空気が変わっていった。

 

 最初に顔色を変えたのは、第一小隊だった。

 

 福島課長は、資料の一ページを見つめたまま動かなかった。

 

 そこには、SRX-70試作機時代の経緯が整理されている。

 

 第一小隊へのほぼ無償提供案。

 

 旧式化したパイソン改の更新。

 

 SEJによる実戦データ回収の意図。

 

 警察レイバー隊への装備支配の懸念。

 

 そして、採用見送り。

 

 第一小隊の隊員の一人が、声を漏らした。

 

「……あれを、うちが採用しかけていたのか」

 

 誰も笑わなかった。

 

 当時、第一小隊はその機体を欲しがっていた。

 

 無理もない。

 

 第二小隊には、篠原重工製のAV-98イングラムが配備されている。

 

 白く、美しく、高性能な新型警察用レイバー。

 

 一方で第一小隊は、旧式化した97式パイソン改を使い続けていた。

 

 もちろん、使いこなしてはいる。

 

 だが、機体性能差は明らかだった。

 

 そこへ、SEJが高性能機をほぼ無償で提供すると言ってきた。

 

 現場が期待するのは当然だった。

 

 福島課長は、渋い顔で言った。

 

「無償提供という話に、現場が浮かれていたのは事実だ」

 

 第一小隊の隊員たちが黙る。

 

 福島は続けた。

 

「だが、あの時採用していたら、警視庁のレイバー運用データが丸ごとシャフトの制御OSに吸われていたかもしれん」

 

 その言葉に、会議室が冷えた。

 

 別の第一小隊員が言う。

 

「じゃあ、うちの訓練も、出動も、故障も、整備も、全部商品開発用の餌だったってことですか」

 

 篠原の担当者は、少し言いにくそうに答えた。

 

「可能性としては、否定できません」

 

 太田が拳を握った。

 

「ふざけるな!」

 

 彼の声が会議室に響く。

 

「警察を試験場扱いするなど、断じて許せん!」

 

 遊馬が小さく言った。

 

「篠原重工も似たようなことやってるけどな」

 

 太田が即座に振り返る。

 

「貴様、言い方を考えろ!」

 

「言い方の問題じゃないだろ」

 

 遊馬は珍しく、少し棘のある声で返した。

 

「現場からデータを取って、商品を改良する。構造だけ見れば同じだ。違うのは、契約と信頼があるか、盗みかってところだ」

 

 太田は言い返そうとして、言葉を詰まらせた。

 

 進士が眼鏡を押し上げる。

 

「それは……確かに、重いですね」

 

 野明は資料を見ていた。

 

 SR-70サターン。

 

 簡易制御パッケージ。

 

 AV-98由来疑惑。

 

 米軍評価。

 

 彼女は、以前見たサターンの動きを思い出す。

 

 アルフォンスに似ていた。

 

 薄い影。

 

 後藤隊長がそう言った。

 

 その薄い影が、今度は軍隊に欲しがられている。

 

 野明は、小さく言った。

 

「アルフォンスの動きが入ったかもしれないサターンが、軍隊に欲しがられるって……なんか怖いです」

 

 会議室の何人かが、彼女を見る。

 

 後藤隊長は、湯飲みを机に置いた。

 

「うん。怖いねえ」

 

 その声は、いつものように軽かった。

 

 だが、軽さの下に硬いものがあった。

 

「動きってのは、財産なんだよ。しかも、盗まれても形が見えにくい財産だ」

 

 遊馬が後藤を見る。

 

「財産、ですか」

 

「そう。機体なら見える。部品なら数えられる。武器なら持ってるかどうか分かる。でも、動きは見えにくい。ログになって、補正になって、OSに混じって、別の機体で動き出す」

 

 後藤は、資料のサターン写真を指で叩いた。

 

「これがそうだよ」

 

 会議室に沈黙が落ちる。

 

 第一小隊は、自分たちが採用しかけた機体の危険性に冷や汗を流していた。

 

 第二小隊は、実際に盗まれたデータが、サターンや制御パッケージに混じっているかもしれないことに息を呑んでいた。

 

 第一小隊は、入口になりかけた側。

 

 第二小隊は、食われた側。

 

 そして特車二課全体が、今ようやく理解しつつあった。

 

 シャフトは、機体を売っているだけではない。

 

 現場を食っている。

 

 出動を食い、訓練を食い、失敗を食い、復帰を食い、操縦者の癖を食い、整備班の工夫を食い、警察機としての経験を食っている。

 

 それをOSにして、商品にし、軍事規格にしようとしている。

 

 南雲隊長が静かに言った。

 

「第1小隊への採用が見送られたのは、結果的には幸運でしたね」

 

 福島課長は、苦い顔で頷いた。

 

「認めざるを得んな」

 

 後藤がのんびりと言う。

 

「結果的には、だね」

 

 遊馬が後藤を見る。

 

「結果的には、ですか」

 

「だって当時は、第一小隊の装備更新としては魅力的だったでしょ。無料で高性能機。現場なら欲しがる。福島さんたちが浮かれたのも、まあ分かる」

 

 福島が渋い顔をする。

 

「後藤」

 

「でも、無料の機体に何が入っていたか、今になって分かった」

 

 後藤は、湯飲みを持ち上げた。

 

「ただより高いものはない、ってやつだねえ」

 

 野明は、アルフォンスのことを考えていた。

 

 アルフォンスは機械だ。

 

 でも、ただの機械ではない。

 

 彼女が一緒に現場へ出て、一緒に転んで、一緒に立ち上がって、一緒に覚えた機体だ。

 

 その動きが、知らない警備レイバーに入り、軍隊に欲しがられる。

 

 野明は、それをどう言えばいいのか分からなかった。

 

「隊長」

 

「何?」

 

「アルフォンスの動き、また変えた方がいいんでしょうか」

 

 後藤は少しだけ目を細めた。

 

「変えた方がいいというより、変わるんじゃないかな」

 

「変わる?」

 

「うん。現場に出れば、また新しい動きを覚える。盗まれたのは過去の動きだよ。サターンに混じっているのも、あれに入っているのも、たぶん過去のアルフォンスだ」

 

 後藤は、少しだけ笑った。

 

「なら、今のアルフォンスは、その先へ行けばいい」

 

 野明は黙った。

 

 遊馬が横で言う。

 

「簡単に言いますね」

 

「難しく言っても仕方ないからねえ」

 

 太田が拳を握る。

 

「つまり、鍛錬あるのみだな!」

 

「太田の場合は、まず撃つ前に周りを見るところからだな」

 

「篠原ァ!」

 

 いつものやり取り。

 

 だが、会議室の空気は完全には軽くならなかった。

 

 第一小隊の一人が、小さく言った。

 

「採用されなくて、よかったんですね」

 

 福島課長は、資料を閉じる。

 

「ああ」

 

 その声には、認めたくないものを認める重さがあった。

 

「悔しいが、あれは採用されなくてよかった」

 

 

 

     /*/

 

 

 

 説明会が終わったあと、遊馬は格納庫へ向かった。

 

 一号機と二号機が並んでいる。

 

 白い装甲。

 

 肩の回転灯。

 

 警視庁のマーク。

 

 いつもの光景のはずなのに、少し違って見えた。

 

 野明はすでに一号機の足元にいた。

 

 アルフォンスを見上げている。

 

「野明」

 

「遊馬」

 

「大丈夫か」

 

「うん」

 

 野明はそう言ったが、顔はまだ少し硬い。

 

「でも、嫌だね」

 

「サターンのことか」

 

「うん。前から嫌だったけど、もっと嫌になった」

 

 遊馬は隣に立つ。

 

「俺も嫌だよ」

 

「遊馬も?」

 

「そりゃな。うちの起動ディスク盗まれて、それがサターンに混じって、それを米軍が欲しがって、政府が慌てる。冗談じゃない」

 

「アルフォンスの動きが、どんどん遠くへ行っちゃうみたい」

 

 野明の声は小さかった。

 

 遊馬は、少し考えてから言う。

 

「遠くへ行ったのは、過去の動きだ」

 

「隊長と同じこと言う」

 

「悔しいけど、隊長が正しい。俺たちは、盗まれた後も動いてる。今日も明日も出動する。アルフォンスは変わる」

 

 野明は一号機を見上げる。

 

「変わるかな」

 

「変わるだろ。お前が乗ってるんだから」

 

 野明は少しだけ笑った。

 

「ありがと」

 

 そこへ太田がやってきた。

 

「泉! 篠原!」

 

「何ですか、太田さん」

 

「あのサターンとやら、次に現場で出会ったら、俺が二号機で叩きのめす!」

 

「またそれですか」

 

「当然だ! 人の動きを盗んで軍隊に売るなど、許せん!」

 

 遊馬はため息をついた。

 

「サターンを軍隊に売るって決まったわけじゃないだろ」

 

「同じことだ!」

 

「同じじゃない」

 

「気分の問題だ!」

 

「なら最初からそう言えよ」

 

 野明は少し笑った。

 

 太田の怒りは乱暴だが、分かりやすかった。

 

 怒ってくれる人がいるのは、少しだけ心強い。

 

 進士も格納庫へ来た。

 

「でも、本当に怖いですね」

 

「何が」

 

 遊馬が聞く。

 

「今までは、レイバーの性能差って機体そのものの差だと思っていました。出力とか、装甲とか、関節とか。でも、OSで底上げされるとなると、見た目だけでは分からない」

 

 遊馬は頷いた。

 

「サターンだけじゃない。古い作業機でも、軍用払い下げでも、簡易制御パッケージを入れたら別物になるかもしれない」

 

 進士の顔色が悪くなる。

 

「それが世界中に広がったら」

 

「面倒だな」

 

 遊馬は短く言った。

 

 その声に、冗談はなかった。

 

 後藤隊長が、格納庫の入口から声をかける。

 

「まあ、だからこそ、うちはうちの仕事をするしかないねえ」

 

 全員が振り返る。

 

 後藤はのんびり歩いてくる。

 

「米軍がどう動くか、政府がどう判断するか、シャフトが何を売るか、篠原重工がどう対抗するか。そういうのは上の方の仕事」

 

「隊長は関係ないって言うんですか」

 

 遊馬が問う。

 

「関係はあるよ。でも、全部抱えたら動けなくなる」

 

 後藤は一号機と二号機を見上げた。

 

「こっちは現場だ。現場は、目の前で暴走したレイバーを止める。人を助ける。街を壊さない。それだけは、どんなOSが世界標準になっても変わらない」

 

 野明は、アルフォンスの足に触れた。

 

 冷たい装甲。

 

 でも、いつもの感触。

 

「うん」

 

 小さく頷く。

 

 後藤は続けた。

 

「ただし、今後は相手の中に何が入っているか分からない。普通の作業機に見えて、シャフト系補正が入っているかもしれない。警備用に見えて、軍用に近い動きをするかもしれない」

 

 太田が言う。

 

「なら、なおさら鍛錬ですな!」

 

「うん。太田はまず、撃つ前に確認」

 

「またそれですか!」

 

「大事だからねえ」

 

 少しだけ笑いが起きた。

 

 だが、その笑いの下には緊張が残っている。

 

 サターンは、ただの敵メカではなくなった。

 

 ASURAは、ただの制御OSではなくなった。

 

 企業間の商売ではない。

 

 国家安全保障。

 

 輸出管理。

 

 米軍規格。

 

 標準化。

 

 知らない言葉が、自分たちの足元に伸びてきている。

 

 野明は、アルフォンスを見上げた。

 

「アルフォンス」

 

 白い機体は何も答えない。

 

「変わろうね」

 

 遊馬は、その言葉を聞いた。

 

 太田も、進士も、後藤も聞いていた。

 

 後藤隊長は、少しだけ目を細める。

 

 盗まれたのは過去の動き。

 

 なら、現場は未来の動きを作るしかない。

 

 それが、特車二課にできる唯一の対抗策だった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 同じ頃。

 

 SEJの会議室で、バドは別の資料を見ていた。

 

 そこには、篠原重工と特車二課への非公式説明が行われたことが記されている。

 

 内海課長が、楽しそうに言った。

 

「第一小隊は冷や汗をかいただろうねえ」

 

 バドは笑った。

 

「無料サターン貰わんでよかったな。貰ってたら、警察ごとASURAの餌場やん」

 

 黒崎が即座に言った。

 

「言い方を選びなさい」

 

「でも合ってるやろ」

 

「合っているから問題なのです」

 

 内海はくすくす笑った。

 

「現場は最高の教師だからね」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

 黒崎の声が冷たい。

 

 バドは資料を指で叩いた。

 

「でもさ、第一小隊がサターン採用してたら、めっちゃデータ取れたやろな」

 

「その発想をやめて下さい」

 

「旧式パイソン改から乗り換えた警察官が、サターンでどう動くか。第二小隊のアルフォンスと比べてどうか。訓練、出動、故障、整備、全部ログ取れる」

 

「やめなさい」

 

「しかも警察内で篠原製イングラムとシャフト製サターンが並ぶんやで。代理戦争やん」

 

「やめなさいと言っています」

 

 バドは少し笑ってから、急に黙った。

 

 資料の中に、ある一文があった。

 

 米軍評価において、操縦者の学習過程および制御OSへの適応データが重要視される可能性あり。

 

 バドは、その一文を見つめた。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「米軍って、ASURAだけやなくて、僕がどうやって育てたかも欲しいんやろ?」

 

 黒崎は答えるまでに、一拍置いた。

 

「そうでしょうね」

 

「僕、第一小隊より餌場やん」

 

「その言い方はやめなさい」

 

「でも合ってるやん」

 

 黒崎は否定しなかった。

 

 バドは笑った。

 

 だが、その笑いは少しだけ硬い。

 

「僕、値段上がりすぎちゃう?」

 

「値段ではありません」

 

「じゃあ何?」

 

「危険度です」

 

 バドは、少しだけ目を細めた。

 

「そっか」

 

 内海課長が、穏やかに言った。

 

「君は、なかなか高価な駒になってきたね」

 

 黒崎が内海を睨む。

 

「課長」

 

 内海は肩をすくめた。

 

「言い方が悪かったかな」

 

「最悪です」

 

 バドは、資料を閉じた。

 

「駒か」

 

 小さく呟く。

 

 それから、にやっと笑った。

 

「でも、取られたら困る駒になったんやろ?」

 

 黒崎は目を閉じた。

 

「またそういう方向に考える」

 

「だって、取られへん駒より、取ったら得する駒の方が生き残れるやん」

 

 黒崎は静かに言った。

 

「あなたは駒ではありません」

 

 バドは少しだけ黙る。

 

 そして、肩をすくめた。

 

「知っとる。黒崎さんはそう言う」

 

「何度でも言います」

 

 バドは、資料の端にメモを書いた。

 

 サターン。

 第一小隊、採用しなくてセーフ。

 篠原、冷や汗。

 特車二課、現場を食われた。

 ASURA、国家案件。

 僕、危険度アップ。

 でもアルフォンスに勝つ。

 

 黒崎はその文字を見て、赤ペンを出しかけた。

 

 だが、止めた。

 

 消しても意味がない。

 

 バドの中では、すべてがつながっている。

 

 サターン。

 

 ASURA。

 

 篠原重工。

 

 第一小隊。

 

 米軍。

 

 自分の身柄。

 

 そして、アルフォンス。

 

 黒崎は、深く息を吐いた。

 

 盤面は広がった。

 

 広がりすぎた。

 

 だが、バドの視線はまだ、白い警察機へ向いている。

 

 そこだけは変わらない。

 

 変わらないことが、少し救いであり、同時に最も危険だった。

 

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