転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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強いパスポートと鍵

 

 

 

 SE-USAの代表団が来日したのは、それから十日後だった。

 

 表向きの名目は、技術意見交換。

 

 日米間レイバー制御技術協力に関する非公式事前協議。

 

 民間企業同士の技術打ち合わせという体裁ではあったが、出席者を見れば、それが単なる企業会議ではないことは明らかだった。

 

 SE-USAの役員。

 

 米軍調達関係者。

 

 国務省系のオブザーバー。

 

 通訳。

 

 日本側からは、SEJの徳永専務、法務担当、海外営業担当、技術担当として森川と磯口。

 

 そして、黒崎。

 

 内海課長は当然のように席にいた。

 

 バドリナート・ハルチャンドは、本来その場にいるべきではなかった。

 

 だが、会議室の隅に座っていた。

 

 理由は、米国側が「可能であれば、ASURA実証運用に関わった特別協力者からも話を聞きたい」と事前に申し入れてきたからだ。

 

 徳永は、最初それを拒否した。

 

 黒崎も拒否した。

 

 内海は笑った。

 

 バドは聞いた。

 

「僕のこと?」

 

 黒崎は言った。

 

「あなたのことではありません」

 

「でも特別協力者って僕やん」

 

「あなたのことではありません」

 

「黒崎さん、無理あるで」

 

「無理でも押し通します」

 

 結局、徳永は条件付きでバドの同席を認めた。

 

 発言は求められた時のみ。

 

 機密に関わる質問には答えない。

 

 個人的な身分や国籍に関する話題が出た場合、黒崎が即時遮断する。

 

 米国側との個別接触は禁止。

 

 会議後、黒崎の同行なしに移動しない。

 

 バドはその条件を聞いて、肩をすくめた。

 

「僕、要人みたいやな」

 

 黒崎は即答した。

 

「危険物です」

 

「ひどい」

 

「正確です」

 

 そうして、バドは会議室の隅に座っていた。

 

 足はぶらぶらさせていない。

 

 徳永に睨まれたからだ。

 

 机の上には、資料が並んでいる。

 

 簡易ASURA評価パッケージ。

 

 米軍既存レイバーへの適合試験案。

 

 低練度操縦者補助試験。

 

 被弾時姿勢維持試験。

 

 都市制圧時過剰破壊抑制試験。

 

 空挺投入後復帰補正試験。

 

 ブラックボックス提供案。

 

 ソースコード開示範囲。

 

 学習データ由来確認。

 

 その最後の項目を見るたび、黒崎の表情が硬くなる。

 

 学習データ由来確認。

 

 米国側はそこを見たい。

 

 ASURAがどこで、何を学習したか。

 

 どの機体から、どのようなログを得たか。

 

 どの操縦者が、どう関与したか。

 

 その線を辿れば、必ずバドへ行き着く。

 

 会議は礼儀正しく始まった。

 

 SE-USAの役員は、笑顔で徳永に握手を求めた。

 

「本日はお時間をいただきありがとうございます。ASURA系制御技術、いえ、御社の高応答姿勢制御補助パッケージについて、非常に建設的な議論ができることを期待しています」

 

 徳永は、笑顔を作った。

 

「こちらこそ。まだ検討段階の技術ですので、具体的な提供条件については慎重に進める必要があります」

 

「もちろんです。我々も、御社の知的財産と日本政府の制度を尊重します」

 

 その言葉を聞いて、黒崎は内心で思った。

 

 尊重する相手ほど、後で押してくる。

 

 米軍調達関係者が、資料を開く。

 

「我々が関心を持っているのは、単純な戦闘能力向上ではありません。むしろ、安全性と運用安定性です。旧式機を用いる部隊において、操縦者練度のばらつきは重大な問題です。転倒事故、過剰反応、被弾時のパニック、都市部での巻き込み事故。これらを低減できるなら、大きな価値があります」

 

 森川が、わずかに身を乗り出した。

 

 磯口も同じだった。

 

 彼らにとって、その評価は正しい。

 

 ASURAを「強くするOS」ではなく、「倒れず、壊さず、戻るOS」として見ている。

 

 技術者として嬉しい理解だった。

 

 徳永は慎重に答える。

 

「弊社としても、安全性向上、操縦負荷低減、復帰補正に関しては商業的価値があると考えています。ただし、軍用機への搭載については、政府審査および用途制限が不可欠です」

 

 SE-USAの役員が頷く。

 

「承知しています。だからこそ、我々は第三国への直接供給ではなく、米軍評価と同盟国管理枠組みを提案しています」

 

 内海課長が、にこにこしながら言った。

 

「危険だから、まず米国で管理する。実に合理的ですね」

 

 黒崎が横から低く言う。

 

「課長」

 

 内海は口を閉じた。

 

 SE-USAの役員は笑った。

 

「率直に言えば、その通りです。高性能制御技術が統制なく流通すれば、望ましくない結果を招きます。我々はそれを防ぎたい」

 

 バドが小さく呟いた。

 

「でも自分らは欲しい」

 

 黒崎が即座に足で軽く椅子を蹴った。

 

 バドは口を閉じる。

 

 しかし、米国側の通訳は聞き取ったらしい。

 

 SE-USAの役員が、バドの方へ視線を向けた。

 

「率直な意見ですね」

 

 徳永の表情が硬くなる。

 

 黒崎は一歩、バドの前へ出る。

 

 だが、相手は柔らかい声で続けた。

 

「君が、バドリナート・ハルチャンド君ですね」

 

 会議室の空気が一段冷える。

 

 バドは黒崎の背中越しに答えた。

 

「そうやけど」

 

 黒崎が言う。

 

「彼への直接質問は、事前確認をお願いします」

 

「失礼しました」

 

 SE-USAの役員は、まったく失礼したようには見えない顔で微笑んだ。

 

「ただ、彼がASURA実証運用において重要な役割を果たしたことは、我々も承知しています」

 

 徳永が低い声で言った。

 

「彼は未成年の保護対象です。弊社の特別研究協力者ではありますが、軍事技術開発者ではありません」

 

「もちろんです」

 

 米軍調達関係者が言う。

 

「ですが、実証運用における操縦者の適応過程は、制御システム評価において非常に重要です。OSの性能だけでなく、操縦者がどのように信頼し、どのように危険域を扱い、どのような学習をさせたか。我々はそこにも関心があります」

 

 黒崎の声が低くなる。

 

「それは、彼個人への関心と同義です」

 

「否定はしません」

 

 正直な返答だった。

 

 だから余計に危険だった。

 

 バドは、黒崎の背後から相手を見た。

 

 会議室の空気が重い。

 

 徳永は怒っている。

 

 黒崎は警戒している。

 

 内海は面白がっている。

 

 森川と磯口は技術的興奮を隠しきれていない。

 

 米国側は、丁寧に、まっすぐこちらを見ている。

 

 その視線の先にいるのは、ASURAだけではない。

 

 自分もだ。

 

 バドは、それを理解した。

 

 理解した上で、少し笑った。

 

「僕、ASURAの鍵なんやろ」

 

 黒崎が振り返る。

 

「バド」

 

「内海さんが言うてた」

 

 内海が笑う。

 

「言ったねえ」

 

「課長」

 

「すまない」

 

 SE-USAの役員は、興味深そうにバドを見た。

 

「鍵、という表現は面白いですね。確かに、君はASURAの実証運用において独自の経験を持っている」

 

「経験っていうか、ゲームや」

 

 黒崎がすぐに言う。

 

「余計なことを言わない」

 

「でも合ってるやん」

 

 徳永が低く言った。

 

「バドリナート君」

 

 バドは少しだけ口を閉じた。

 

 しかし、SE-USAの役員はその言葉を拾った。

 

「ゲーム、ですか」

 

 バドは肩をすくめる。

 

「僕にとってはな。真剣勝負やけど」

 

「グリフォンとイングラムの?」

 

 その質問に、徳永が即座に割って入った。

 

「本件とは関係ありません」

 

「失礼しました」

 

 また、失礼していない顔。

 

 黒崎の胃が痛くなる。

 

 米軍関係者が別の資料を出した。

 

「我々としては、初期段階ではブラックボックス化された評価パッケージで構いません。SE-USAの管理下で、米軍既存機に搭載し、安全性と復帰補正を確認する。ソースコードや学習データは、その後、必要に応じて段階的に協議する」

 

 徳永は即座に言った。

 

「学習データの開示は認められません」

 

「現段階では、ですか」

 

「将来的にも、慎重な検討が必要です」

 

「理解します。ただ、米軍規格へ適合させるには、検証可能性が重要になります。完全なブラックボックスでは、安全保障上の懸念が残ります」

 

 黒崎は思った。

 

 当然だ。

 

 米軍が使うなら、中身を見たい。

 

 未知のOSを軍用レイバーに入れるわけにはいかない。

 

 だが、中身を見せれば、何が混じっているか問われる。

 

 グリフォン。

 

 イングラム。

 

 ブラジル。

 

 エイブラハム。

 

 バド。

 

 それをどこまで消せるのか。

 

 消したら、ASURAの価値はどこまで残るのか。

 

 SE-USAの役員が、再びバドを見る。

 

「バドリナート君」

 

 黒崎が言う。

 

「直接質問は」

 

 徳永が手で制した。

 

「一つだけ許可する」

 

 黒崎は不満そうだったが、下がった。

 

 SE-USAの役員は言った。

 

「君は、以前アメリカ国籍に関心があると言っていたそうですね」

 

 会議室の空気が、一瞬で凍った。

 

 黒崎が前に出る。

 

「その質問は本件と無関係です」

 

「無関係ではありません」

 

 SE-USAの役員は穏やかだった。

 

「彼は無国籍に近い不安定な立場にあると聞いています。もし彼が米国で保護され、適切な教育と研究環境を得るなら、彼自身にとっても、技術の安全な管理にとっても有益ではないでしょうか」

 

 徳永の顔から表情が消えた。

 

「彼を技術管理の一部として扱う発言は看過できません」

 

「誤解を招いたなら謝罪します」

 

「誤解ではありません」

 

 徳永の声は冷たかった。

 

「あなた方はASURAを欲しがっている。そして、その実証運用に関わった彼も欲しがっている。国籍や保護を餌にするつもりなら、これ以上の協議は不要です」

 

 会議室が沈黙した。

 

 バドは、徳永を見た。

 

 徳永は怒っていた。

 

 本気で。

 

 SE-USAの役員は、少しだけ表情を改めた。

 

「餌、という意図はありません。彼の保護について、選択肢を提示しただけです」

 

 黒崎が低く言う。

 

「未成年の保護対象に対し、彼の不安定な身分を利用して接触すること自体が問題です」

 

「理解しました。この場では撤回します」

 

 SE-USAの役員はそう言った。

 

 この場では。

 

 黒崎は、その言葉を聞き逃さなかった。

 

 バドも聞き逃さなかった。

 

 この場では。

 

 つまり、別の場なら。

 

 別の形なら。

 

 また来る。

 

 会議は、その後も続いた。

 

 技術評価項目。

 

 ブラックボックス提供。

 

 段階的開示。

 

 米軍評価試験の場所。

 

 SE-USAとSEJの知的財産分担。

 

 日本政府審査。

 

 輸出管理。

 

 第三国流出防止。

 

 話題は多岐にわたった。

 

 だが、バドにはあの一言が残っていた。

 

 アメリカ国籍。

 

 保護。

 

 教育と研究環境。

 

 強いパスポート。

 

 それは、ずっと欲しかったものだった。

 

 自分が書類の中に入ること。

 

 消されにくい身分。

 

 どこかの国に、この子はうちの人間だと言ってもらうこと。

 

 米国なら、その力は強い。

 

 強いパスポートは強い装備。

 

 それは今も変わらない。

 

 だが、その装備には、値札がついている。

 

 ASURAの鍵。

 

 グリフォンの操縦者。

 

 バドリナート・ハルチャンドという子供。

 

 会議が終わるまで、バドは珍しくほとんど喋らなかった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 会議後、SE-USAの代表団が退室すると、徳永はすぐに黒崎へ言った。

 

「バドリナート君を別室へ」

 

「承知しました」

 

 黒崎がバドを促す。

 

 バドは素直に立ち上がった。

 

 内海課長もついてこようとした。

 

 徳永が睨む。

 

「内海。君は残れ」

 

「僕が?」

 

「君がだ」

 

 内海は肩をすくめた。

 

「怖いねえ」

 

「怖がるくらいなら、最初から面白がるな」

 

 別室へ移動すると、黒崎は扉を閉めた。

 

 小さな応接室。

 

 机とソファだけ。

 

 窓の外には、SEJ本社の中庭が見える。

 

 バドはソファに座り、しばらく黙っていた。

 

 黒崎も黙っている。

 

 先に口を開いたのは、バドだった。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「アメリカ国籍、強いよな」

 

「強いです」

 

「パスポートも強い」

 

「はい」

 

「消されにくい」

 

「はい」

 

「欲しいな」

 

 黒崎は、すぐには答えなかった。

 

 嘘はつけない。

 

 バドがそれを欲しがる理由を、黒崎は知っている。

 

 書類の中に入りたい。

 

 存在する人間になりたい。

 

 どこかの国に、自分を人間として認めてもらいたい。

 

 その願いは、軽く否定できるものではない。

 

 黒崎は言った。

 

「欲しがることは、間違っていません」

 

 バドは少し驚いた顔をした。

 

「止めへんの?」

 

「止めます」

 

「どっちやねん」

 

「欲しがることは間違っていない。しかし、今回の提示を受けることは止めます」

 

 バドは、ソファの背にもたれた。

 

「餌やから?」

 

「はい」

 

「ASURAの鍵やから?」

 

「はい」

 

「僕が欲しいんやなくて、ASURAが欲しいから?」

 

「はい」

 

 バドは、少しだけ笑った。

 

「はっきり言うなぁ」

 

「曖昧にするべきではありません」

 

 黒崎は、バドの向かいに座った。

 

「彼らはあなたを保護したいのではありません。少なくとも、それだけではない。ASURAを管理したい。ASURAの学習過程を知りたい。あなたの操縦感覚を知りたい。グリフォンとイングラムの勝負を、技術情報として見たい」

 

「僕のゲームを、資料にしたいんやな」

 

「そうです」

 

 バドは、少し黙った。

 

 ゲーム。

 

 自分の全部を賭けた遊び。

 

 アルフォンスに勝つための真剣勝負。

 

 それが、米軍の評価項目にされる。

 

 低練度操縦者補助。

 

 損傷時行動継続。

 

 旧式機延命。

 

 世界標準規格。

 

 全部、正しい。

 

 でも、それはバドのゲームではない。

 

「なあ、黒崎さん」

 

「何です」

 

「僕、アメリカ行ったら、アルフォンスと戦えへん?」

 

「少なくとも、遠ざかります」

 

「グリフォンは?」

 

「持って行けません」

 

「ASURAは?」

 

「持って行かせません」

 

「ほな、あかんな」

 

 あっさりした答えだった。

 

 黒崎は少し驚いた。

 

「よろしいのですか」

 

「今はな」

 

「今は、ですか」

 

「だって、僕まだアルフォンスに勝ってへんもん」

 

 黒崎は目を閉じた。

 

「結局そこですか」

 

「そこや」

 

 バドは、少しだけ真面目な顔で言った。

 

「アメリカ国籍は欲しい。強いパスポートも欲しい。ちゃんと学校行けるとか、研究環境とか、そういうのもええなって思う。でも、今行ったら、僕のゲーム終わるやん」

 

「ゲームではありません」

 

「僕にとってはゲームや」

 

「真剣勝負でしょう」

 

「せや。だから今降りられへん」

 

 黒崎は、黙ってバドを見た。

 

 この子供は、危うい。

 

 欲しいものを分かっている。

 

 餌も分かっている。

 

 それでも、目の前の最大の欲望は変わらない。

 

 アルフォンスに勝つこと。

 

 グリフォンで勝つこと。

 

 自分がこの世界に残った証を刻むこと。

 

 国籍ですら、その後だった。

 

 黒崎は言った。

 

「あなたらしいですね」

 

「褒めた?」

 

「少しだけ」

 

 バドは嬉しそうにした。

 

 黒崎は続けた。

 

「ただし、その選択を守るためにも、あなたを守る必要があります。米国側だけではありません。SE-USA、他国、シャフト内部、日本政府、篠原重工。皆、違う理由であなたを見る可能性があります」

 

「僕、人気者やな」

 

「その言い方はやめなさい」

 

「でも合ってるやん」

 

「合っています。だから危険です」

 

 バドは、膝の上で手を組んだ。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「僕、駒?」

 

「違います」

 

「鍵?」

 

「そう見られる可能性はあります」

 

「商品?」

 

「違います」

 

「兵器?」

 

「違います」

 

「グリフォンのパイロット?」

 

「はい」

 

「ASURAの育成係?」

 

「不本意ですが、はい」

 

「アルフォンスに勝ちたい子供?」

 

 黒崎は、少しだけ表情を和らげた。

 

「はい」

 

 バドは笑った。

 

「ほな、それでええわ」

 

「よくありませんが、今はそれでよしとします」

 

 応接室の外から、足音が近づいてきた。

 

 徳永が入ってくる。

 

 顔には疲労が滲んでいた。

 

「話は済んだか」

 

 黒崎が立ち上がる。

 

「はい」

 

 バドは徳永を見た。

 

「専務」

 

「何だ」

 

「さっき、怒ってくれてありがとう」

 

 徳永は少しだけ目を見開いた。

 

 それから、視線を逸らす。

 

「君を技術管理の部品として扱われるのが不愉快だっただけだ」

 

「でも、僕、ASURAの鍵なんやろ」

 

「そう見られることはある。だが、それは君が鍵だという意味ではない」

 

「違うん?」

 

「君は人間だ」

 

 徳永は、はっきり言った。

 

「無国籍に近い立場でも、書類が不完全でも、シャフトの特別協力者でも、グリフォンのパイロットでも、ASURAの実証に関わっていても、君は人間だ。技術移転の条件でも、外交交渉の付属物でもない」

 

 バドは、少し黙った。

 

 それから、小さく言った。

 

「徳永専務、たまにめっちゃまともやな」

 

 黒崎が即座に言う。

 

「失礼です」

 

 徳永は疲れた顔で言った。

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 バドは笑った。

 

 だが、その笑いは少しだけ柔らかかった。

 

 徳永は黒崎へ向き直る。

 

「今後、バドリナート君の移動には必ず君か、君が指定した者をつける。SE-USA関係者との個別接触は禁止。米国側から教育・保護・国籍に関する話が出た場合、すべて専務室と法務を通す」

 

「承知しました」

 

「内海には近づけすぎるな」

 

「それは難しいです」

 

「難しくてもやれ」

 

「承知しました」

 

 バドが口を挟む。

 

「僕、監視対象?」

 

 黒崎が答える。

 

「保護対象です」

 

「似てるな」

 

「違います」

 

「ほんま?」

 

「違います」

 

 徳永が言う。

 

「君が勝手に危険な場所へ行かなければ、監視は減る」

 

 バドは少し考えた。

 

「無理やな」

 

 黒崎がため息をつく。

 

「即答しないで下さい」

 

「だって、アルフォンスと戦うなら危険な場所やろ」

 

 徳永は額を押さえた。

 

「そこから離れないのか」

 

「離れへん」

 

 バドはきっぱりと言った。

 

「ASURAが米軍規格になっても、僕がアメリカに誘われても、政府が震えても、僕の本番はまだ終わってへん。アルフォンスに勝ってへん」

 

 徳永と黒崎は、互いに視線を交わした。

 

 呆れ。

 

 疲労。

 

 そして、少しだけ安堵。

 

 バドの欲望がどれほど危険でも、今はまだ一点に向かっている。

 

 米国籍でも、米軍規格でも、世界標準でもない。

 

 白い警察機。

 

 泉野明のアルフォンス。

 

 そこへ向かっている。

 

 それが救いなのか、さらに大きな危険なのかは、まだ分からない。

 

 バドはソファから立ち上がった。

 

「黒崎さん」

 

「何です」

 

「今日のノート、書いてええ?」

 

「見せてからなら」

 

「検閲やん」

 

「保護です」

 

「似てるなぁ」

 

「違います」

 

 バドは応接室の小さな机でノートを開いた。

 

 ペンを走らせる。

 

 ASURA。

 米軍評価。

 SE-USA、僕にも興味。

 アメリカ国籍は強い。

 でも餌。

 僕は鍵に見える。

 徳永専務、怒った。

 黒崎さん、保護。

 今は行かへん。

 アルフォンスに勝ってへん。

 

 黒崎が覗き込む。

 

「最後の一行は必要ですか」

 

「一番必要や」

 

 徳永はそのノートを見て、深いため息をついた。

 

「本当に、君はそこなのだな」

 

「そこや」

 

 バドは笑った。

 

 強いパスポートも欲しい。

 

 書類の中にも入りたい。

 

 ASURAが世界標準になるのは嬉しい。

 

 米軍に評価されるのも、怖いが誇らしい。

 

 でも、今は行かない。

 

 まだアルフォンスに勝っていない。

 

 それが、バドの答えだった。

 

 応接室の外では、SE-USA代表団が帰り支度をしている。

 

 彼らはまた来るだろう。

 

 別の条件で。

 

 別の名目で。

 

 教育、保護、研究、国籍、技術協力。

 

 いくらでも言葉を変えてくる。

 

 黒崎はそれを分かっていた。

 

 徳永も分かっていた。

 

 バドも、少し分かっていた。

 

 それでも、バドはノートを閉じて言った。

 

「待っときや、アルフォンス」

 

 黒崎は何も言わなかった。

 

 その言葉が、今だけは米国への返事にも聞こえたからだ。

 

 行かない。

 

 まだ終わっていない。

 

 それが、バドリナート・ハルチャンドの答えだった。

 

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