転生バドは勝利を夢見る   作:ぶーく・ぶくぶく

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黒い怪鳥を見た日

/*/ グリフォン米軍採用騒動 /*/

 

 

 

 その映像は、最初から正式な資料ではなかった。

 

 SE-USAの技術評価部門に届いた時点では、分類上は「参考映像」だった。

 

 ファイル名もひどく事務的だった。

 

 TYPE-M5比較試験映像・非公式。

 

 ただし、添付された短い注記には、見過ごせない一文があった。

 

 ――SEJ実証機によるTYPE-M5系列機との接触試験。高機動制御、Bシステム制限解除時挙動、ASURA補正挙動確認用。

 

 最初に映像を開いたSE-USAの技術主任は、コーヒーを片手にしていた。

 

 時間は夜だった。

 

 彼は資料の山を流し見していた。

 

 簡易ASURA。

 

 サターン。

 

 互換制御OS。

 

 米軍評価試験。

 

 ブラックボックス提供案。

 

 最近、その単語ばかり見ていた。

 

 日本側は慎重だった。

 

 SEJは出し渋っている。

 

 徳永という専務は、実に面倒な男だった。

 

 黒崎という実務担当は、さらに面倒だった。

 

 内海という男は笑っているだけで、一番信用できなかった。

 

 だが、それでもASURA系制御には価値がある。

 

 旧式軍用レイバーを延命できる。

 

 低練度兵の事故を減らせる。

 

 市街地で過剰破壊を抑えられる。

 

 中東や第三世界へ無秩序に流れる前に、米国管理下へ置くべきだ。

 

 それがSE-USA側の基本方針だった。

 

 彼はそう考えながら、映像を再生した。

 

 画面には、夜の試験場が映った。

 

 照明は最小限。

 

 地面は乾いた土とコンクリートが混じる。

 

 画面奥に、TYPE-M5エイブラハムが立っている。

 

 アメリカ陸軍と海兵隊が正式採用している軍用レイバー。

 

 重量感のある体躯。

 

 堅牢な関節。

 

 軍用としては信頼性が高く、量産性も悪くない。

 

 突出した機体ではない。

 

 だが、兵器としてはそれが正しい。

 

 壊れにくく、整備しやすく、一定の性能を安定して発揮する。

 

 戦場に必要なのは、博覧会の見世物ではなく、そういう機械だ。

 

 画面の端に、もう一機が入ってきた。

 

 黒い機体だった。

 

 その瞬間、技術主任の目が細くなった。

 

「グリフォン……?」

 

 資料上でしか見たことのない機体だった。

 

 シャフト・エンタープライズ・ジャパンの企画七課が開発した、過剰性能試作レイバー。

 

 正式な商品ではない。

 

 軍用でもない。

 

 民間向けでもない。

 

 用途を問われれば、答える者によって違う。

 

 高性能実証機。

 

 宣伝用見せ札。

 

 ASURA実証プラットフォーム。

 

 そして、警視庁特車二課のAV-98イングラムと戦うための黒い怪鳥。

 

 そのグリフォンが、画面の中で歩いていた。

 

 背中には大きな飛行ユニットも、アクアユニットもない。

 

 代わりに、小型のデータ収集用バックユニットが装着されている。

 

 日本側の少年が「データランドセル」と呼んだという、冗談のような追加装備。

 

 技術主任は、資料を確認する。

 

 小型背面計測ユニット。

 

 追加慣性計測。

 

 背面荷重計測。

 

 接地衝撃ログ。

 

 肩部・腰部・膝部高負荷時記録。

 

 つまり、これは戦闘用装備ではない。

 

 記録用だ。

 

 映像の中で、エイブラハムが構えた。

 

 標準的な軍用レイバーの構え。

 

 重心は低め。

 

 腕は前へ。

 

 関節防護を意識した角度。

 

 悪くない。

 

 むしろ、訓練された軍用機の動きだった。

 

 次の瞬間、グリフォンが沈んだ。

 

 技術主任は、再生を止めかけた。

 

 膝を曲げたのではない。

 

 人型レイバーが通常行う、安定した低姿勢移行ではない。

 

 腰が抜けるように下がり、片手が地面に触れた。

 

 その姿勢は、軍用レイバーの教範にはない。

 

 作業機の安全姿勢でもない。

 

 格闘技の構えですらない。

 

 もっと低い。

 

 もっと柔らかい。

 

 人間ならば、片手を支点に回転へ入る前の姿勢。

 

 技術主任のコーヒーを持つ手が止まった。

 

 グリフォンが回った。

 

 手をついたまま、黒い脚が円を描く。

 

 エイブラハムは、その動きに反応できなかった。

 

 脚部センサーが警告を出す前に、グリフォンの足先がエイブラハムの膝横へ入っている。

 

 軍用レイバーの関節保護外装の、わずかな外側。

 

 人間の蹴りなら当たっても装甲で止まる。

 

 だが、レイバーの質量で、しかも回転運動を乗せて当たれば話が違う。

 

 エイブラハムの膝が流れた。

 

 機体は踏ん張ろうとした。

 

 ASURAほどの補正は入っていない。

 

 従来型の姿勢制御が、遅れて反応する。

 

 その遅れに、グリフォンはすでに入り込んでいた。

 

 体勢を崩したエイブラハムへ、グリフォンは立ち上がらないまま近づく。

 

 低い。

 

 あり得ないほど低い。

 

 片手を地面につき、腰を捻り、肩を抜き、次の瞬間には側転の途中のように脚が跳ねた。

 

 頭部センサーへ蹴りが入る。

 

 技術主任は、思わず声を漏らした。

 

「何だ、これは」

 

 エイブラハムが後退する。

 

 いや、後退させられている。

 

 グリフォンは正面から殴らない。

 

 軍用レイバー同士の押し合いをしない。

 

 肩をぶつけない。

 

 腕で組まない。

 

 射線を作らせない。

 

 脚、膝、腰、頭部センサー、姿勢復帰の遅れ。

 

 全部、機体の「戻ろうとする瞬間」を狙っている。

 

 映像の中で、エイブラハムが腕を振る。

 

 重い一撃。

 

 当たればグリフォンでもただでは済まない。

 

 だが、グリフォンは避けた。

 

 後ろへ退くのではない。

 

 前へ転がるように、腕の下へ潜った。

 

 背中のユニットが小さいからできる動き。

 

 飛行ユニットがあれば干渉しただろう。

 

 アクアユニットでも無理だっただろう。

 

 素体に近いからこそ、肩から抜け、腰を返し、片膝を滑らせる。

 

 技術主任は、再生速度を落とした。

 

 画面がスローになる。

 

 グリフォンの関節部に、複数の警告表示が重なっている。

 

 Bシステムカット。

 

 安全域縮小。

 

 膝部過負荷。

 

 肩部接地荷重増大。

 

 腰部捻転上限接近。

 

 ASURA補正拡張。

 

 それは、機体が危険域へ踏み込んでいる証拠だった。

 

 普通の軍用機なら、制御が止める。

 

 パイロットを守るため。

 

 機体を守るため。

 

 整備性を保つため。

 

 だが、このグリフォンは止まらない。

 

 止めていない。

 

 操縦者が投げ、ASURAが拾い、機体が間に合っている。

 

 間に合ってしまっている。

 

 映像の最後で、エイブラハムは正座に近い姿勢で沈黙した。

 

 頭部センサー保持機構は歪み、膝関節はロックし、腰部の姿勢制御は緊急停止している。

 

 コックピットは無事。

 

 主装甲も貫通していない。

 

 だが、戦闘不能。

 

 グリフォンは、立っていた。

 

 黒い機体が、ゆっくりと上体を起こす。

 

 その姿は、軍用レイバーというより、黒い猛禽だった。

 

 技術主任は、映像をもう一度再生した。

 

 そして、三度目の再生を始める前に、上司へ連絡した。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 翌日、SE-USAの会議室には、予定より多くの人間が集まっていた。

 

 技術評価部門。

 

 営業戦略部門。

 

 軍需契約担当。

 

 元米軍関係者。

 

 そして、制服こそ着ていないが、明らかに軍側の人間が数人。

 

 大型モニターに、黒いグリフォンの映像が映される。

 

 初めは誰も喋らなかった。

 

 グリフォンが沈む。

 

 手をつく。

 

 回る。

 

 エイブラハムの膝を刈る。

 

 側転のような軌道で頭部を蹴る。

 

 肩から抜ける。

 

 腰を返す。

 

 再び脚を走らせる。

 

 エイブラハムが崩れる。

 

 沈黙。

 

 映像が終わる。

 

 会議室は静かだった。

 

 最初に口を開いたのは、退役軍人出身の顧問だった。

 

「これは、本当にTYPE-M5か」

 

 技術主任が答える。

 

「はい。SEJ側の試験記録ではTYPE-M5系列機。エイブラハムです」

 

「操縦者は?」

 

「非公開。ただし、例の少年である可能性が高いです」

 

「グリフォンのパイロットか」

 

「はい」

 

 顧問は、再生画面を見つめる。

 

「エイブラハムが、子供の乗った試験機に踊らされたわけだ」

 

 その言葉に、誰も笑わなかった。

 

 別の軍需担当が身を乗り出す。

 

「機体性能が桁違いです。反応速度、関節可動域、出力、姿勢補正。これはエイブラハム後継どころではない。次期主力軍用レイバー候補として検討すべきです」

 

 会議室の空気が変わった。

 

 ASURAの話をしていた時とは違う熱が生まれる。

 

 OSではない。

 

 機体だ。

 

 グリフォン本体。

 

 軍用レイバーの次世代。

 

 米軍関係者の一人が言う。

 

「特殊作戦向けに使える。都市部での対レイバー格闘、空挺部隊、海兵隊の強襲、基地制圧、港湾作戦。あの機動力があれば、従来機を圧倒できる」

 

 別の者が続ける。

 

「飛行ユニットもあるはずだ。映像では外しているが、標準化できれば強襲投入も可能になる」

 

「空挺後の即応どころではない。自力飛行で投入し、地上格闘へ移行できる」

 

「エイブラハムを置き換えられるかもしれない」

 

「少なくとも、エイブラハム後継計画の参考にはなる」

 

 SE-USAの役員は、しばらく黙っていた。

 

 彼はASURAに注目していた。

 

 簡易ASURA。

 

 互換OS。

 

 既存機体の底上げ。

 

 米軍規格化。

 

 それが現実的な商売だと思っていた。

 

 だが、映像は違うものを見せた。

 

 既存機体の底上げではない。

 

 次の世代の化け物。

 

 高機動軍用レイバー。

 

 黒い怪鳥。

 

「SEJは、これを商品化する気があるのか」

 

 役員が聞いた。

 

 技術主任は首を振った。

 

「現時点では確認できていません。グリフォンは企画七課の実証機であり、量産商品ではありません。軍用機としての販売資料も存在しません」

 

「なら、作らせればいい」

 

 軍需担当が即座に言った。

 

「米軍が関心を示せば、SEJも考えるでしょう。あるいはSE-USA主導で、米国仕様のグリフォン派生機を開発する」

 

「グリフォン-M」

 

「高機動強襲レイバー」

 

「次期主力軍用レイバー」

 

 単語が浮かぶ。

 

 誰かがホワイトボードへ書いた。

 

 GRIFFON Tactical Labor Concept.

 

 その下に、項目が増えていく。

 

 高機動対レイバー格闘。

 

 空挺・強襲投入。

 

 都市戦対応。

 

 海兵隊向け沿岸強襲。

 

 特殊作戦用黒色機。

 

 ASURA統合。

 

 飛行ユニット標準化。

 

 既存TYPE-M5後継。

 

 会議室は熱を帯びていった。

 

 米国には金がある。

 

 量産力がある。

 

 軍の試験場がある。

 

 パイロットを選抜できる。

 

 冷却問題も、装備を大型化すればよい。

 

 整備も部隊単位で支えればよい。

 

 飛行ユニットも標準装備化できる。

 

 ASURA込みで訓練体系を作れば、あの動きに近づけるかもしれない。

 

 それは、夢だった。

 

 軍需の夢。

 

 高性能機を見た者が、一度は見る夢。

 

 だが、その夢を冷ます者は、その場にはいなかった。

 

 

 

     /*/

 

 

 

 その映像と、米側の反応概要がSEJへ届いたのは、二日後だった。

 

 徳永専務の顔は、資料を読み終えた時点で既に険しかった。

 

 黒崎は、さらに険しかった。

 

 内海課長だけが、楽しそうだった。

 

 バドは、映像のサムネイルを見た瞬間に声を上げた。

 

「あ、エイブラハム蹴った時のやつやん」

 

 黒崎が目を閉じる。

 

「その言い方はやめなさい」

 

「だって蹴ったやん」

 

「事実でも言い方があります」

 

 会議室には、森川と磯口も呼ばれていた。

 

 二人は米側の評価コメントを読んでいる。

 

 最初は、ASURA評価の話だと思っていた。

 

 簡易ASURAの規格化。

 

 既存機体への搭載。

 

 米軍評価。

 

 その延長だと。

 

 だが、資料の途中から雲行きが変わる。

 

 グリフォン本体の高機動性能。

 

 TYPE-M5後継候補。

 

 次期主力軍用レイバー案。

 

 空挺・強襲運用。

 

 飛行ユニット標準化。

 

 ASURA統合訓練体系。

 

 グリフォン派生量産機。

 

 森川の顔が引きつった。

 

「ええぇ……」

 

 磯口も、珍しく素直に困惑していた。

 

「グリフォンを、軍用主力機に?」

 

 徳永が資料を置く。

 

「米側は、少なくとも検討対象として見ている」

 

 森川は、もう一度資料を見た。

 

「アメリカでも破産するのでは……」

 

 磯口が腕を組む。

 

「量産効果で少しは安くなるかもしれないが……いや、でも……」

 

 森川が頭を抱えた。

 

「誰が乗るんだよ」

 

 会議室が一瞬静かになった。

 

 バドが、ぱっと顔を上げる。

 

「僕」

 

 黒崎が即座に言う。

 

「あなたではありません」

 

「でも乗れるで」

 

「そういう話ではありません」

 

「米軍グリフォン部隊、僕が教官?」

 

「絶対に違います」

 

 内海課長が笑った。

 

「似合うねえ。バド教官」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

「はい」

 

「はいは一回です」

 

「はい」

 

 森川は、まだ資料を見ていた。

 

 米軍関係者のコメント。

 

 高機動強襲レイバー。

 

 既存軍用機を凌駕する格闘性能。

 

 飛行ユニットとの統合による投入能力。

 

 ASURAによる操縦者支援。

 

 量産型グリフォン。

 

 その文字の並びに、森川は技術者としての誇りではなく、胃の痛みを覚えた。

 

 ASURAが評価されるのは嬉しい。

 

 世界標準規格になるかもしれないと聞けば、胸が熱くなる。

 

 だが、グリフォンを量産主力機にする話は別だった。

 

 グリフォンは、そういう機体ではない。

 

 あれは、過剰性能の塊だ。

 

 実験機。

 

 見せ札。

 

 黒い怪鳥。

 

 バドリナート・ハルチャンドという異常な操縦者と、ASURAと、危険域を許した運用が揃って、初めてあの映像になる。

 

 軍用主力機に必要なものとは、違う。

 

「無理です」

 

 森川は、はっきり言った。

 

 徳永が見る。

 

「理由を整理しろ」

 

「第一に高すぎます。機体そのものが高性能部材と専用制御前提で、量産性が悪い。第二に整備が重すぎます。高機動時の関節負荷、冷却、センサー調整、ASURAとの同期。通常部隊では維持できません。第三に熱管理が厳しい。グリフォンは出撃前に冷やして、短時間で勝負を決める機体です。長時間の軍事作戦には向きません」

 

 磯口が続ける。

 

「第四に、飛行ユニットを標準装備化すると地上格闘の自由度が落ちます。この映像のカポエイラ機動は、ほぼ素体で背面干渉が少ないからできている。飛行ユニット付きで同じ動きをすれば、肩、背面、腰部に干渉が出る」

 

 森川がさらに言う。

 

「第五に、Bシステムを安全側へ戻すと、映像の動きは出来ません。安全域を削っているから、あの回転と接地負荷を許容できている。軍用量産機でパイロット保護を考えれば、制限を強めるしかない」

 

 磯口が資料を指で叩く。

 

「第六に、誰が乗るんだよ」

 

 今度は、技術者二人が同時に沈黙した。

 

 結局、そこだった。

 

 グリフォンは機体だけでは動かない。

 

 ASURAがあるだけでも足りない。

 

 あの映像には、操縦者がいる。

 

 普通の軍用パイロットが、あの姿勢で地面へ手をつき、機体を回し、膝外側を蹴り、肩から抜け、Bシステムカットの警告を無視して戦えるのか。

 

 無理だ。

 

 少なくとも、量産部隊の標準にはならない。

 

 バドは椅子の上で腕を組んだ。

 

「グリフォンはラスボス機やで。雑魚戦に出したら整備費で死ぬやん」

 

 黒崎が、珍しく即座に頷いた。

 

「珍しく正しい」

 

「珍しくって何や」

 

「珍しくです」

 

 内海課長が笑う。

 

「量産されたラスボスほど、つまらないものはないねえ」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

 黒崎の声が低い。

 

 徳永は資料を読み直していた。

 

「米側は、コストは量産で下がる、パイロットは選抜すればいい、冷却問題は米国の生産力で解決できる、ASURA込みで訓練体系を作ればよい、と考えているようだ」

 

 森川は、心底嫌そうな顔をした。

 

「量産で下がる種類のコストではないんですが……」

 

 磯口も言う。

 

「選抜すればいいという問題でもありません」

 

 森川。

 

「冷却を増やすと重量が増えます。重量が増えると機動が死にます」

 

 磯口。

 

「飛行ユニットを標準装備にしたら、地上格闘の自由度が落ちます」

 

 森川。

 

「ASURAに任せれば誰でも動かせる、というものではありません」

 

 バドが得意げに言った。

 

「ほら、誰が乗るんだよ、やん」

 

 黒崎が答える。

 

「あなたも普通ではありません」

 

「褒めた?」

 

「警告です」

 

 徳永は、手元の資料に線を引いた。

 

「では、米側への回答はこうだ。グリフォンそのものの軍用量産化は現実的ではない。技術要素の一部、ASURA系復帰補正、関節負荷管理、高機動時姿勢制御などは別途検討可能。ただし、グリフォン本体の提供、量産、飛行ユニット標準軍用化は拒否」

 

 内海課長が口を開く。

 

「拒否するのかい?」

 

 徳永は冷たく見る。

 

「君は売りたいのか」

 

「いや、売ったら面白いだろうなとは思うけど」

 

「内海」

 

「でも、たぶん売れないだろうね」

 

 徳永の目が細くなる。

 

「理由は」

 

 内海は、映像の停止画面を見た。

 

 黒いグリフォンが、低い姿勢でエイブラハムの懐へ入っている。

 

「グリフォンは、商品じゃない」

 

 珍しく、声に笑いが少なかった。

 

「少なくとも、軍隊が部隊単位で並べて使う商品じゃない。あれは見せ札で、実験機で、玩具で、バドのゲーム盤だ。米軍が欲しがっているのは、映像の中の黒い怪鳥だろう? でも、量産した瞬間、それは別のものになる」

 

 バドが内海を見る。

 

 内海は続けた。

 

「安全装置を戻し、整備性を上げ、飛行ユニットを標準化し、普通の兵士が乗れるようにし、コストを下げ、稼働率を上げる。そうして出来るのは、グリフォンじゃない」

 

 バドが言った。

 

「羽根ついた高いサターンやな」

 

 森川が、思わず吹き出しそうになった。

 

 磯口は真面目に頷いた。

 

「言い方は雑だが、かなり近い」

 

 黒崎が額を押さえた。

 

「雑な表現が定着しそうで嫌です」

 

 徳永は短く言った。

 

「定着させるな」

 

 バドは不満そうにする。

 

「分かりやすいやん」

 

「分かりやすければいいというものではない」

 

 会議室のモニターには、まだ黒いグリフォンが映っている。

 

 米国側は、それを次期主力軍用レイバーの夢として見た。

 

 SE-USAは、巨大な契約の可能性を見た。

 

 米軍は、エイブラハムを置き換える黒い機体を見た。

 

 だが、SEJの技術者たちは違うものを見ていた。

 

 整備地獄。

 

 冷却問題。

 

 関節寿命。

 

 パイロット不在。

 

 安全域を戻した瞬間に消える異常機動。

 

 そして、バドという少年がいなければ成立しない、危ういバランス。

 

 森川は、ぽつりと言った。

 

「ASURAは世界標準になれるかもしれない」

 

 磯口が頷く。

 

「だが、グリフォンは世界標準になれない」

 

 バドが首を傾げる。

 

「なんで?」

 

 森川は、少し考えてから答えた。

 

「ASURAは考え方だからだ。復帰補正、姿勢維持、過負荷抑制。機体に合わせて薄められる。商業版にも軍用版にもできる」

 

 磯口が続ける。

 

「グリフォンは、薄めたらグリフォンではなくなる。高機動、過剰出力、危険域、ASURA、操縦者。全部が揃ってあの機体だ」

 

 バドは、少し黙った。

 

 それから、嬉しそうに笑った。

 

「つまり、グリフォンは僕の機体ってことやな」

 

 黒崎が即座に言う。

 

「違います。会社の機体です」

 

「でも、米軍が量産しても僕のグリフォンにはならへん」

 

「それは、そうです」

 

「ほら」

 

 バドは得意げだった。

 

 黒崎は深くため息をつく。

 

 徳永は、会議を締めるように資料を閉じた。

 

「回答案を作る。森川君、磯口君、技術的に不可能な点、または軍用主力化に向かない点を整理しろ。数字を入れて、夢を冷ます資料にする」

 

「承知しました」

 

「はい」

 

 徳永は黒崎を見る。

 

「黒崎君。米側がバドリナート君を絡めてくる可能性がさらに上がった。グリフォン本体に興味を持った以上、パイロットにも必ず来る」

 

「承知しました」

 

 バドが手を上げる。

 

「僕、米軍グリフォン計画の教官にはならへんで」

 

「当然です」

 

「でも、ちょっと見てみたいな。量産グリフォン」

 

「見せません」

 

「羽根ついた高いサターン」

 

「その呼び方をやめなさい」

 

 内海課長が笑った。

 

「いや、これは流行るね」

 

「課長は黙っていて下さい」

 

 会議室の空気は、少しだけ軽くなった。

 

 だが、問題は何も軽くなっていない。

 

 ASURAだけでなく、グリフォン本体まで米国に見つかった。

 

 米軍は夢を見た。

 

 SE-USAは契約の匂いを嗅いだ。

 

 日本政府は、また頭痛を抱えるだろう。

 

 そしてバドは、映像の中の黒い機体を見ていた。

 

 自分が乗ったグリフォン。

 

 エイブラハムを蹴った機体。

 

 米軍が欲しがるほどの黒い怪鳥。

 

 嬉しい。

 

 誇らしい。

 

 だが、同時に少しだけ嫌だった。

 

 米軍が並べる量産グリフォン。

 

 安全装置を戻したグリフォン。

 

 普通の兵士が乗るグリフォン。

 

 それは、自分の知っているグリフォンではない。

 

 アルフォンスに勝つための機体ではない。

 

 バドは、モニターの黒い機体を見ながら小さく言った。

 

「グリフォンは、僕がアルフォンスに勝つための怪物や」

 

 黒崎は、その声を聞いた。

 

 徳永も聞いた。

 

 内海は笑っていた。

 

 森川と磯口は、資料に向かって頭を抱えている。

 

 次期主力軍用レイバー。

 

 高機動強襲機。

 

 米軍規格グリフォン。

 

 言葉だけなら眩しい。

 

 だが、グリフォンは眩しい言葉に収まる機体ではなかった。

 

 量産できる性能と、量産してはいけない危うさ。

 

 その両方を抱えた黒い機体。

 

 米国は、それを欲しがった。

 

 SEJは、それを売れないと知っていた。

 

 そしてバドは、それを誰にも渡したくないと思い始めていた。

 

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