/*/ グリフォン米軍採用騒動 /*/
SEJ本社の技術会議室に、同じ映像がもう一度流された。
黒いグリフォンが沈む。
片手が地面を叩く。
腰が落ちる。
膝がたわみ、肩が滑り、黒い脚が円を描く。
TYPE-M5エイブラハ ムの膝横へ、足先が入る。
重い軍用レイバーの膝が流れた。
エイブラハムは踏ん張ろうとする。
だが、グリフォンはもうそこにはいない。
低い姿勢から、片腕を支点に体を回し、側転の途中のように脚を跳ね上げる。
頭部センサーへ蹴り。
次の瞬間、肩から抜けるように前方へ転がり、腰を返し、相手の腕の下へ潜る。
エイブラハムは、正面から殴られたわけではない。
撃たれたわけでもない。
装甲を抜かれたわけでもない。
ただ、姿勢を壊され、復帰する前に次の崩しを入れられ、最後には膝と腰と頭部センサーをまとめて殺されていた。
映像が止まる。
会議室のモニターには、黒いグリフォンが片手を地面につけた低い姿勢で静止している。
その姿は、レイバーというよりも、獣だった。
あるいは、人間の身体操作を無理やり七メートル級の機械へ移植した、危険な冗談。
SE-USAから届いた追加照会文書には、いくつかの提案が並んでいた。
グリフォン本体の軍用派生機。
グリフォン級高機動技術のTYPE-M5後継機への適用。
SR-70サターン高機動版への応用。
サターン軍事仕様における低姿勢格闘モジュール。
ASURA補正によるカポエイラ系運動の汎用化。
最後の項目を読んだ瞬間、森川政治は、机に額をつけたくなった。
「……汎用化」
声が乾いていた。
隣の磯口豊は、腕を組んだままモニターを見つめている。
「発想は分かる。米側としては、グリフォンそのものが高すぎるなら、サターンや次期量産機へ要素を移せないか、と考える」
森川が顔を上げる。
「移せる要素と、移せない要素があります」
「そうだね」
「そしてこの映像の肝は、移せない要素の塊です」
徳永専務が資料をめくった。
「米側は、SR-70サターンの高性能化実績を見ている。簡易ASURA入りのサターンがHSSで良好な結果を出し、軍用仕様も検討されている。だから、グリフォンの機動をサターン系へ段階的に適用できるのではないか、と見ている」
森川は、はっきり首を振った。
「無理です」
徳永が目を上げる。
「一言で終わらせるな。理由を説明しろ」
「理由しかありません」
森川は端末を操作し、モニターを二分割した。
左にグリフォン。
右にSR-70サターン。
ダークブルーと黒の警備用レイバー。
背中にSCHAFTの文字。
見た目だけなら、サターンも十分に強そうに見える。
HSSに納入された警備仕様は、旧SRX-70系を基にした高性能機であり、簡易ASURAによる姿勢補正も入っている。
一般的な民間警備レイバーとしては、かなり優秀だ。
だが、グリフォンと並べると、別の種類の機械だと分かる。
森川は、グリフォンの肩部構造を拡大した。
「まず、肩です。グリフォンの肩は、単に腕を振るための肩ではありません。格闘時の衝撃、抜き手による一点集中破壊、飛行ユニット装着時の姿勢制御、地上での急旋回負荷まで見込んでいます。過剰です。はっきり言って、普通のレイバーに必要な強度を超えています」
磯口が続ける。
「この映像では、グリフォンは腕を脚のように使っている。手を地面につき、肩で荷重を受け、腰の回転を通して脚を振っている。つまり、肩関節と腕部フレームに、通常の腕作業では想定しない圧縮、捻転、横荷重が入る」
モニターに、負荷ベクトルが表示される。
肩から肘へ。
肘から手首へ。
地面から逆方向の衝撃。
腰部の捻り。
背面ユニットの慣性。
グリフォンの姿勢は、一見滑らかに見える。
だが、その中で機体には凄まじい負荷が走っている。
磯口は次に、サターンの肩部構造を表示した。
「SR-70サターンの肩は、警備用としては十分強い。スタンベイルを構え、暴走作業機を押さえ、銃器オプションの反動を受ける程度なら問題ない。だが、手をついて全備重量を支えながら腰を回し、脚部攻撃の支点にする設計ではない」
森川が低く言った。
「サターンで同じことをやれば、肩が死にます」
バドが、会議室の端で小さく笑った。
「肩、死ぬん?」
黒崎が視線だけで制する。
「静かに」
「はい」
「はいは一回です」
「はい」
森川は説明を続けた。
「肩だけではありません。腕部フレームも足りません。グリフォンは抜き手でレイバーの装甲や関節を破壊できるだけの出力と強度を持っています。腕そのものが武器です。手刀、抜き手、掴み、破壊。そういう使い方を前提にした異常な腕です」
磯口が頷く。
「サターンの腕は、警備用です。対象を押さえる、武装を保持する、スタンベイルを使う、暴徒制圧や作業補助を行う。もちろん強化はできる。だが、グリフォンのように腕を地面に叩きつけ、全荷重を乗せ、そこから機体を回すには足りない」
徳永が問う。
「補強すればどうなる」
森川は即答した。
「重量が増えます」
磯口が続ける。
「肩と腕を補強すれば、上半身が重くなる。上半身が重くなれば、腰部と脚部の負荷が増える。腰部を補強すれば、胴体が重くなる。脚部を補強すれば、機動が鈍る。冷却も必要になる。最終的に、サターンではなく別機体になります」
森川がモニターに、赤字で大きく書いた。
SR-70改修では不可能。
新規フレーム設計が必要。
バドが言った。
「マーク2やな」
森川は苦笑した。
「そうだね。サターンでやるなら、SR-70の強化改修ではなく、マーク2になるくらいフレームから見直す必要がある」
磯口も言う。
「肩、腕、腰、股関節、膝、足首。全部だ。背面構造も変える必要がある。カポエイラ系の低姿勢回転を許すなら、背中の張り出しも邪魔になる。サターンの背面はセダンのトランク状にせり出している。あれは警備用装備や追加機材を積むには便利だが、肩から抜ける動きや前転系回避には不利だ」
バドが頷く。
「背中で引っかかるな」
「そうだ」
森川は、グリフォンの映像を一時停止し、背中のデータランドセルを指す。
「この時のグリフォンは、飛行ユニットもアクアユニットもない。小型のデータ収集ユニットだけです。背面干渉が少ない。だから、肩を落とし、腰を返し、前方回転に近い動きができる。サターンの標準背面構造では、この姿勢移行はかなり制限されます」
徳永は資料へメモを取った。
「つまり、サターン高機動版という表現は誤解を招く」
「誤解どころか、事故を招きます」
森川は言った。
「簡易ASURAを入れれば、サターンでも似た判断はできます。相手の膝を狙う、姿勢復帰の遅れを突く、低姿勢で懐へ入る。判断としては可能です。ですが、機体が動作に耐えません」
磯口が続ける。
「ASURAは魔法ではない。ハードの限界を超えたら壊れる。グリフォンは、ハードの限界そのものが異常に高い。だからあの動きが成立する」
バドが得意げに言った。
「グリフォンはラスボス機やからな」
黒崎が淡々と返す。
「会社の試験機です」
「ラスボス試験機」
「そういう言葉を増やさないで下さい」
内海課長がくすくす笑った。
「いいねえ。ラスボス試験機」
「課長は黙っていて下さい」
黒崎の声が低くなる。
内海は楽しそうに手を上げた。
「はい」
「はいは一回です」
「はい」
徳永は、少しだけ疲れた顔で会話を流した。
今は冗談に付き合っている場合ではない。
だが、バドの雑な表現の方が、時々本質を突く。
グリフォンは、量産機ではない。
ラスボス機。
それは技術資料には書けないが、最も分かりやすい説明だった。
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米側からの照会文書には、別の項目もあった。
カポエイラ系運動の訓練体系化。
ASURAによる低姿勢格闘補助。
パイロット選抜基準。
軍用教範への反映。
それを読んだ磯口は、今度こそ本当に顔をしかめた。
「軍用教範に入れる気か」
森川が、力なく言う。
「手をついて回れ、と?」
バドが即答した。
「慣れたら楽しいで」
黒崎が言う。
「あなた基準で話さない」
「でもファビオラの動き、めっちゃ効いたやん」
「効くことと、軍用教範にできることは違います」
森川は、珍しく黒崎に賛同した。
「その通りです。人間のカポエイラの動きをレイバーに移すには、単に動作を真似ればいいわけではありません。接地衝撃、関節荷重、操縦者へのフィードバック、視界、慣性、転倒時の安全。全部が違います」
磯口がモニターに、グリフォンの操縦席データを出した。
Bシステムカット時の警告ログ。
姿勢制御安全域縮小。
関節負荷上限接近。
操縦者入力の先行。
ASURA補正遅延極小。
「この映像では、操縦者が先に危険な入力を投げて、ASURAが拾っています。安全な範囲でASURAが操縦者を補助しているのではない。操縦者が危険域へ踏み込み、ASURAが破綻しないように帳尻を合わせている」
徳永の顔が険しくなる。
「つまり、普通の兵士には向かない」
「向きません」
森川が即答した。
「軍用なら、パイロットを守る必要があります。部隊として再現性のある動きをさせる必要があります。整備班が維持できる必要があります。教範に落とし込める必要があります。この映像のグリフォンは、そのすべてに反しています」
磯口が言う。
「一機の化け物と、一人の異常な操縦者が、ASURAと一緒に危険域を走った結果です。兵器体系ではない」
バドは少し不満そうに言った。
「異常って」
黒崎が即答する。
「異常です」
「ひどい」
「正確です」
内海が笑った。
「異常な操縦者、いい響きだ」
「課長」
「黙るよ」
徳永が言った。
「では、米側に対しては、カポエイラ系運動の汎用化も否定する」
森川は頷く。
「完全否定ではなく、限定的な要素抽出なら可能です。たとえば、低姿勢時の重心管理、片手接地時の転倒回避、側方回避時の膝負荷抑制。これらは軍用にも民間にも応用できます」
磯口も続ける。
「ただし、映像のような回転蹴り、側転攻撃、肩抜き前転、腕支点機動はグリフォン級のハードが必要です。サターンではできません」
徳永は書き留める。
「サターンで同じ動きはできない。肩・腕の強度不足。腰部・背面構造の制約。実施にはフレームからの新規設計が必要。これを明記しろ」
「はい」
森川が答えた。
磯口は、さらに付け加えた。
「サターンで無理にやれば、肩関節が潰れるか、腕部フレームが曲がるか、腰が逃げます。ASURAが止めるでしょうが、止めなければ事故です」
バドが言う。
「サターンでやったら、腕もげる?」
「そこまで行く前に制御が止める」
磯口が答える。
「止めなかったら?」
「もげる可能性はある」
バドは真顔で頷いた。
「ほな無理やな」
黒崎が疲れたように言う。
「最初からそう言っています」
「でも、もげるって言われると分かりやすいやん」
「その言い方を米側資料に書かないで下さい」
「書いたらあかんの?」
「絶対に駄目です」
森川が、少しだけ笑った。
「技術資料には、腕部フレームに許容外曲げ応力が発生する、と書く」
バドは不満そうだった。
「もげる、でええのに」
黒崎が低く言う。
「駄目です」
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会議は一度休憩に入った。
徳永は法務担当と別室へ移動し、米側回答文の表現について相談している。
黒崎は電話で警備担当に指示を出していた。
内海は、どこから出したのか分からない飴をバドに渡している。
森川と磯口は、モニターの前に残った。
グリフォンとサターンの構造比較図が並んでいる。
森川は、グリフォンの腕部データを見ながら呟いた。
「やっぱり、異常だな」
磯口が頷く。
「作った側が言うのも何だが、異常だね」
「抜き手でレイバーを壊す腕ですよ」
「普通のレイバーは、腕で殴ると腕も痛む。グリフォンは、相手だけを壊す前提で強度を取っている」
「だから手をつける」
「だから腕を脚にできる」
二人はしばらく黙った。
ASURAが世界標準になるかもしれないと聞いた時、彼らは喜んだ。
怖さを理解しながら、それでも技術者として喜んだ。
だが、グリフォン量産の話になると、喜びよりも先に困惑が来る。
ASURAは思想だ。
薄められる。
切り分けられる。
復帰補正だけ、姿勢維持だけ、安全支援だけと、用途に応じて展開できる。
だが、グリフォンは違う。
薄めると死ぬ。
危険域を削ると消える。
整備性を上げると重くなる。
安全域を戻すと凡庸になる。
操縦者を選ばないようにすると、黒い怪鳥ではなくなる。
「森川さん」
バドが近づいてきた。
「何だい」
「サターンをマーク2にしたら、グリフォンみたいになる?」
森川は少し考えた。
「グリフォンみたい、にはなるかもしれない。だが、グリフォンにはならない」
「なんで?」
磯口が答える。
「設計の目的が違うからだよ。サターンは警備用として始まっている。民間警備、施設防護、非破壊制圧。そこから軍用寄りに強化しても、根はサターンだ」
森川が続ける。
「グリフォンは、最初から過剰性能を許されている。採算、整備性、量産性、安全運用、そういうものをかなり無視している。ASURAを見せるため、そして君がアルフォンスと戦うための機体だ」
バドは嬉しそうにした。
「やっぱ僕の機体やん」
「会社の機体だ」
黒崎が、電話を終えながら戻ってきて言った。
バドは振り返る。
「でも、森川さんが僕がアルフォンスと戦うためって言ったで」
「運用目的の一部です。所有権とは別です」
「細かいなぁ」
「重要です」
磯口が、サターンの図面を指した。
「仮にサターンMark IIを作るなら、肩・腕・腰をグリフォン寄りに強化する。背面の張り出しを減らす。低姿勢回転を許す股関節可動域を取る。足首も見直す。ASURAも簡易版ではなく、かなり深く統合する必要がある」
森川が言う。
「そこまでやれば、もうSR-70の改修ではなく新型機です。価格も跳ね上がる。整備性も悪くなる。HSS向けの商品性は消える」
バドが言った。
「サターンやめて、黒く塗った別物やな」
「そうだね」
磯口は頷いた。
「米側は、グリフォンの映像を見て、サターンでも同じことができるのではと考えている。だが、同じことをするなら、サターンである意味が消える」
黒崎が静かに言った。
「そして、同じことができる機体を作れば、今度はまた軍事転用問題が大きくなります」
「そらそうや」
バドは飴を口の中で転がした。
「グリフォンみたいなサターンがいっぱいおったら怖いやん」
「あなたが言いますか」
「僕のグリフォンは一機でええねん」
黒崎が少しだけ目を細める。
「独占欲ですか」
バドは少し考えた。
「たぶん」
森川と磯口が、同時にバドを見る。
バドは、モニターの黒いグリフォンを見つめた。
「米軍がグリフォン欲しがるのは嬉しいで。すごいって言われてるんやもん。でも、量産グリフォンとか、サターンMark IIとか、なんか違う」
「違う?」
森川が聞く。
「グリフォンは、僕がアルフォンスに勝つための機体や。米軍が並べて使う量産機にしたら、なんか……薄まる」
磯口が静かに言った。
「ASURAは薄められるが、グリフォンは薄めたくない」
バドは頷いた。
「うん」
黒崎は、珍しく何も否定しなかった。
危険な考えだ。
だが、今のバドにとって、その執着は米軍やSE-USAへ流されないための楔でもある。
米国籍。
強いパスポート。
世界標準のASURA。
米軍グリフォン。
どれも魅力的な言葉だ。
だが、バドはそこに少し嫌悪を覚えている。
自分のグリフォンが薄められることへの嫌悪。
それは危険だが、使える感情でもあった。
黒崎は言った。
「その感覚は、忘れないで下さい」
バドが目を丸くする。
「珍しく黒崎さんが許した」
「許してはいません。ただ、忘れない方がよいと言っています」
「どう違うん?」
「違います」
「出た」
会議室の扉が開き、徳永が戻ってきた。
「回答方針を固める」
全員が姿勢を正す。
徳永は資料を机に置いた。
「米側には、三点を伝える。第一に、グリフォン本体の軍用量産化は現実的ではない。第二に、SR-70サターンで同等のカポエイラ系機動を再現することは、現行フレームでは不可能。第三に、応用可能なのは限定的な制御要素のみであり、機体設計からの全面見直しが必要となる」
森川と磯口が頷く。
徳永は続ける。
「表現は丁寧にする。だが、曖昧にはするな。米側が夢を見たまま進むと、こちらが巻き込まれる」
黒崎が言う。
「バドリナート君への接触可能性も上がっています」
「分かっている」
徳永はバドを見た。
「君は、この件について米側から何か聞かれても答えるな」
「グリフォン量産について?」
「すべてだ」
「僕、米軍グリフォン部隊の教官にはならへんで」
「当然だ」
「でも、サターンでやったら腕もげるって教えた方がよくない?」
黒崎が即座に言う。
「その表現では教えません」
徳永は疲れたように言った。
「技術者が適切な表現で伝える」
バドは少し不満そうだった。
「腕もげる、分かりやすいのに」
「分かりやすさにも限度がある」
内海課長が笑った。
「いや、僕は好きだよ。『サターンでやると腕がもげます』。実に率直だ」
「課長」
黒崎の声が低くなる。
内海は笑顔で手を上げた。
「黙るよ」
徳永は、最後に森川と磯口を見る。
「数字を入れろ。肩部許容荷重、腕部フレーム曲げ応力、腰部捻転、背面干渉、Bシステム制限の有無。米側が反論しづらい資料にする」
「承知しました」
森川が答えた。
「サターンMark II相当の新規設計が必要、という文言は?」
磯口が聞く。
徳永は少し考えた。
「入れろ。ただし、こちらから開発提案に見えないようにしろ」
「難しいですね」
「難しくてもやれ」
「はい」
バドが小さく言った。
「サターンMark II、ちょっと見たいな」
黒崎が答える。
「見ません」
「まだ何も作ってへんやん」
「作らせません」
「黒崎さん、未来まで止めるん?」
「必要なら」
内海が楽しそうに呟いた。
「黒崎君も大きく出たねえ」
「課長は黙っていて下さい」
会議は終わった。
モニターのグリフォン映像が消される。
黒い怪鳥の姿が、画面から消える。
だが、米側の目には焼きついたままだろう。
エイブラハムを踊らせた黒い機体。
手をつき、回り、蹴り、破壊するレイバー。
次期主力軍用レイバーにしたいと思わせた夢。
その夢を冷ますため、森川と磯口はこれから数字を並べる。
肩が足りない。
腕が足りない。
腰が足りない。
背面が邪魔だ。
サターンではできない。
グリフォンだからできる。
そして、グリフォンでさえ、バドとASURAと危険域がなければできない。
バドは、消えたモニターをしばらく見ていた。
「グリフォン、人気者やな」
黒崎が言う。
「人気ではありません。軍事的関心です」
「でも、欲しがられてる」
「はい」
「渡さへんけどな」
黒崎は少しだけ視線を向けた。
「珍しく、正しい判断です」
バドは笑った。
「グリフォンは、僕がアルフォンスに勝つまで貸し出し禁止や」
「会社の機体です」
「でも、そうやろ?」
黒崎は、すぐには答えなかった。
やがて、小さく言った。
「少なくとも、今は」
バドは満足そうに頷いた。
「ほなええわ」
米軍が欲しがっても。
SE-USAが夢を見ても。
サターンMark IIの可能性が資料に書かれても。
黒い怪鳥は、まだバドのゲーム盤にいる。
そしてその向こうには、白い警察機が立っている。
グリフォンを量産機にするには、あまりにも多くを削らなければならない。
その削られるものの中に、バドにとって一番大事なものがあった。
アルフォンスに勝つための怪物であること。
それだけは、サターンにも、米軍規格にも、量産計画にも渡せなかった。