/*/ 東京レイバーショウ 最終日 展示ホール /*/
東京レイバーショウ最終日。
会場の熱気は、最高潮に達していた。
各社の新型機、次世代作業用レイバー、警備用レイバー、海外メーカーのデモンストレーション。
その中でも注目を集めていたのは、篠原重工の展示だった。
イングラム・エコノミー。
AV-98の量産化を視野に入れた廉価版。
その前に、特車二課第二小隊の二号機が立っている。
展示用デモという名目だった。
だが、観客からすれば十分に見世物だった。
白い警察用レイバー同士が、会場の中央で向かい合う。
片方は現役の特車二課二号機。
片方は量産化を見据えた新型。
警備員も、企業関係者も、来場客も、固唾を呑んで見守っていた。
そこへ、一台の大型トレーラーが割り込んだ。
最初、誰も異常だとは思わなかった。
搬入か。
展示機材か。
そう思うには、あまりにも自然なタイミングだった。
だが、トレーラーは止まらない。
展示ホールの中央へ、その巨体を滑り込ませる。
「おい、あれ何だ?」
誰かが声を上げた。
次の瞬間、トレーラーの側面が開いた。
内部に、黒がいた。
サーチライトに照らされるより早く、黒い腕が伸びる。
グリフォンは、まだトレーラーの中にいた。
機体全体を晒していない。
踏み出してもいない。
ただ、トレーラー内部から半身だけを起こし、二号機へ向けて腕を振った。
手刀。
狙いは頭部でも、胸部でも、腕でもない。
腰。
正確には、腰椎ユニット。
黒い手刀が、二号機の胴体下部へ突き刺さるように入った。
硬質な破砕音が響いた。
二号機の姿勢が、一瞬で崩れる。
「なっ――」
コックピット内で、太田の声が詰まった。
足に力が入らない。
上体は動く。
腕も動く。
だが、腰から下がついてこない。
巨大な警察用レイバーは、膝から力を抜かれたように沈み、そのまま展示床に崩れ落ちた。
観客席から悲鳴が上がる。
警備員が無線に叫ぶ。
会場の照明が乱れ、非常アナウンスが流れかける。
そのすべてを、黒い機体は無視した。
バドはコックピットの中で、操縦桿を握っていた。
ヘルメットの内側で、薄く笑う。
「内海さん、二号機撃破や」
通信の向こうで、内海が楽しそうに答えた。
「お見事。ずいぶんあっさりだったねえ」
「あっさりに見えるように練習したんや。黒崎さんらに回収よろしく」
バドは視線を横へ流す。
展示ホールの中央。
イングラム・エコノミーが、警告灯を点滅させながら立っている。
「うちは量産機あいてするわ」
「了解。黒崎君、二号機の方を」
内海の声は、まるで観劇中に席を案内するように軽かった。
黒崎の返答だけが、冷たく実務的だった。
「承知しました」
会場の隅で、別のトレーラーが動き出す。
白井、村崎、青砥たちが、それぞれの持ち場へ散る。
倒れた二号機に近づく作業班。
非常事態の混乱に紛れ、回収準備は淡々と進んでいく。
その間に、グリフォンはトレーラーから完全に出た。
黒い機体が、展示ホールの照明を浴びる。
観客の悲鳴が、別の種類のざわめきに変わった。
美しい。
恐ろしい。
何なのか分からない。
だが、誰もが目を離せなかった。
イングラム・エコノミーが構えた。
バドは、その立ち姿を見て眉を寄せる。
「……足回り、柔らかいな」
量産機。
廉価版。
それは聞いていた。
だから、もっと鈍いと思っていた。
だが、実際に向かい合うと違う。
機体の反応は悪くない。
腕の動きも、想像より素直だ。
ただし、踏ん張りが弱い。
足裏から腰へ力を通した時、どこかで逃げる。
フィリピンでブロッケンに乗って転んだ時の感覚に近い。
力があるのに、地面に刺さらない。
踏み込んだつもりで、腰が遅れる。
グリフォンは前に出た。
イングラム・エコノミーが腕を上げる。
捕まえる動き。
いや、正確には止める動きだ。
相手を壊さず、逃がさず、押さえ込む。
警察機の動き。
バドの目が細くなる。
「……量産機の動きちゃうな」
グリフォンは、わざと一拍遅らせた。
エコノミーの腕が伸びる。
肘を殺しに来る。
肩の可動を潰しに来る。
バドは、その瞬間に半歩沈んだ。
黒い機体の重心が、すっと下がる。
掴まれる前に、腕の内側へ入る。
押すのではない。
叩くのでもない。
エコノミーが踏ん張ろうとした、その腰の支点を狙う。
グリフォンの手刀が、再び走った。
腰椎ユニット。
破砕音。
イングラム・エコノミーの上体が、遅れて泳いだ。
足がついてこない。
膝が抜ける。
それでも、エコノミーは倒れまいとした。
腕を床につき、上体を支えようとする。
その動きに、バドは舌打ちした。
「やっぱりや」
普通の量産機なら、ここで崩れる。
だが、この機体はまだ動こうとしている。
足回りは柔らかい。
踏ん張りは効かない。
しかし、姿勢を戻そうとする判断が早い。
転倒後の復帰動作が、量産機のそれではない。
バドは追撃した。
グリフォンの足が、エコノミーの肩を踏み押さえる。
強すぎない。
壊しすぎない。
だが、起き上がれない角度で。
エコノミーは完全に沈黙した。
バドは息を吐き、通信を開く。
「内海さん」
「どうしたんだい?」
「量産機の動きちゃうわ」
内海の声が、少しだけ楽しそうに低くなる。
「ほう」
「こいつ、ひょっとして二二一号機の起動ディスク使ってるかもしれへん」
通信の向こうが、一瞬静かになった。
それから内海が笑った。
「素晴らしい。そこに気づくか」
「気づくわ。足は柔らかいのに、上の反応が妙に警察機や。倒れ方も、戻し方も、ただの展示用量産機とちゃう」
バドは、倒れたエコノミーを見下ろした。
「黒崎さんに回収してもろて。ディスク要る」
黒崎の声が割り込む。
「了解しました。二号機と量産機、双方の回収を行います」
「無理せんでええで。ディスクだけでもええ」
「優先順位は把握しています」
内海が、喉の奥で笑った。
「実にいいねえ。レイバーショウに来て、お土産が二つだ」
「遊びに来たんちゃうで」
「そうだったね。真剣勝負だった」
「まだや」
バドは、展示ホールの奥を見た。
警報が鳴っている。
観客は逃げている。
警備は混乱している。
遠くで、別の警察無線が飛び交い始めている。
この騒ぎなら、特車二課一号機が来る。
泉野明が来る。
アルフォンスが来る。
バドは、グリフォンの指を一度だけ開閉させた。
「これは前座や」
内海が嬉しそうに尋ねる。
「本番は?」
バドは笑った。
子供がゲーム機の電源を入れる時の顔で。
「一号機と遊ぶ」