/*/ グリフォン米軍採用騒動 /*/
SE-USA本社の会議室で、最初に沈黙したのは軍人たちではなかった。
営業担当だった。
SEJから届いた回答資料は、分厚かった。
表紙には、やたらと無害そうな題名がついている。
高機動レイバー運動要素の機体別適合性に関する技術検討。
しかし中身は、米側の夢を冷やすための数字で埋まっていた。
グリフォンとSR-70サターンの肩部許容荷重比較。
腕部フレーム曲げ応力。
片手接地時の全備重量支持における関節負荷。
腰部捻転許容量。
背面構造干渉範囲。
Bシステム制限解除時の危険域。
ASURA補正が追従可能な入力速度と、一般操縦者の安全許容域。
最後の結論は、簡潔だった。
SR-70サターン現行フレームでは、グリフォン映像に見られるカポエイラ由来の低姿勢・腕支点・回転攻撃機動は再現不能。
再現には肩部、腕部、腰部、股関節、脚部、背面構造を含む新規フレーム設計が必要。
SR-70改修ではなく、サターンMark II相当の新型機開発となる。
SE-USAの軍需営業担当は、資料のそのページを見て、渋い顔をした。
「つまり、サターンでは無理、と」
技術主任は頷いた。
「日本側は、かなりはっきり書いています」
「彼らにしては珍しいな」
「曖昧にすると、こちらが前へ進むと思われたくないのでしょう」
米軍側の調達関係者は、腕を組んで映像を見ていた。
黒いグリフォンがエイブラハムの懐へ潜る瞬間。
何度も見た場面だ。
それでも、見るたびに異様だった。
軍用レイバーの教範から外れている。
だが、外れているからこそ強い。
彼は、資料を読みながら言った。
「SR-70で無理なのは分かった。では、グリフォンそのものはどうだ」
技術主任は、少しだけ息を吐いた。
「そこも否定的です」
「コストか」
「コスト、整備性、熱管理、パイロット適性、安全制限、稼働率。ほぼ全部です」
会議室の一角で、退役軍人出身の顧問が低く笑った。
「全部か」
「はい。SEJ側の表現をそのまま言うなら、グリフォンは量産主力機に適さない過剰性能実証機です」
「過剰性能実証機」
「もっと率直に言えば、軍隊が並べて使う機体ではありません」
営業担当が不満げに言う。
「だが、映像ではエイブラハムを圧倒している」
「その通りです」
「なら価値はある」
「価値はあります。ただし、兵器体系としてではなく、限定された条件下での高機動実証としてです」
技術主任は、別のページを開いた。
SEJ側から届いた、グリフォン映像の構成要素分析。
そこには、箇条書きでこう記されていた。
グリフォン本体の過剰出力・高剛性フレーム。
ASURAによる高応答姿勢補正。
Bシステム制限解除。
小型背面計測ユニット装着による背面干渉の低減。
カポエイラ由来動作ログ。
操縦者の危険域入力許容。
相手がTYPE-M5系列であることによる復帰遅延予測。
短時間戦闘。
事前冷却。
整備班による即時回収前提。
米軍調達関係者は、最後の三つを見て眉をひそめた。
「短時間戦闘。事前冷却。即時回収前提」
「はい」
「つまり、戦場で一日中動く機体ではない」
「少なくとも、現行グリフォンはそうではありません」
顧問が言った。
「F1カーを戦場に持ち込むようなものか」
技術主任は、少し考えてから答えた。
「SEJ側にも似た表現がありました」
「何と?」
「戦車部隊を全部F1カーにするようなもの、と」
会議室に、少しだけ乾いた笑いが起きた。
だが、すぐに消えた。
笑って済む話ではなかった。
映像の中のグリフォンは、明らかにエイブラハムを凌駕している。
だが、その性能を部隊単位で再現するには、あまりにも条件が多すぎる。
米国には金がある。
量産力もある。
軍事予算もある。
だが、金で解決できる問題と、解決できない問題がある。
パイロット。
整備性。
危険域を許す運用思想。
そして、バドリナート・ハルチャンドという少年。
その名前は、資料の本文には出てこない。
SEJが出さないのだ。
だが、米側の誰もが気づいていた。
この映像のグリフォンは、機体だけではない。
誰かが、あれをやらせている。
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SE-USAと米軍側の第二回協議は、前回よりも静かに始まった。
場所は、SEJ本社。
今回は、最初から「グリフォン本体の採用」などという言葉は使われなかった。
代わりに、米側は言葉を変えてきた。
グリフォン由来高機動技術要素。
限定運用型実証機。
特殊作戦向け研究。
対レイバー格闘機動の一部抽出。
次世代軍用レイバー開発における参考技術。
黒崎は、その言い換えを聞きながら内心で思った。
後退したのではない。
狙い方を変えただけだ。
真正面からグリフォンをくれと言えば、SEJも日本政府も拒む。
ならば、技術要素をくれと言う。
高機動時の肩部負荷データ。
ASURAの補正ログ。
Bシステムカット時の制御応答。
カポエイラ由来機動の分解データ。
パイロット入力と機体反応の相関。
それらを集めれば、グリフォンそのものではなくとも、グリフォンに近い何かを作る土台になる。
徳永専務は、最初から警戒していた。
内海課長は、いつものように楽しそうだった。
森川と磯口は、米側資料の用語を見て、複雑そうな顔をしていた。
バドは会議室の端にいた。
前回と同じく、本来なら呼ばれるべきではない。
だが、米側はまた「実証運用担当者への技術的確認」を求めてきた。
徳永は拒否した。
黒崎も拒否した。
内海は笑った。
バドは「また僕?」と言った。
結果、同席だけは認められた。
発言は最小限。
黒崎の許可なしに答えない。
米側との個別接触禁止。
バドは退屈そうにその条件を聞き、最後に言った。
「僕、珍獣展示やん」
黒崎は即答した。
「保護対象です」
「展示されてる保護対象」
「黙って座っていて下さい」
そして今、バドは本当に黙って座っていた。
ただし、目は米側資料に向いている。
グリフォン由来高機動技術要素。
その言葉が、どうにも気に入らない。
グリフォン由来。
まるで、グリフォンを削って粉にして、別の機体に振りかけるみたいな言い方だった。
SE-USAの役員が口を開いた。
「前回の技術回答は非常に参考になりました。グリフォン本体の量産主力機化が現実的でないことは理解しました」
徳永は静かに頷いた。
「ご理解いただけたなら幸いです」
「ただし、映像で示された高機動格闘性能には依然として大きな価値があります。したがって我々としては、グリフォンそのものではなく、技術要素の一部抽出について協議したい」
黒崎の視線が、わずかに鋭くなる。
徳永は表情を変えない。
「抽出とは」
米軍側の技術将校が答えた。
「たとえば、片手接地時の姿勢安定補正。低姿勢旋回時の腰部負荷管理。対レイバー格闘における関節破壊回避、あるいは関節破壊誘導。飛行ユニット非装着時の地上高機動パターン。これらは、次世代軍用レイバーに応用可能ではないかと考えています」
森川が、即座に口を開いた。
「応用可能な要素はあります」
徳永が横目で森川を見る。
森川は続ける。
「ただし、映像の再現ではありません。グリフォンの機動をそのまま移すことはできません。抽出できるのは、あくまで一部の補正思想です」
磯口も言う。
「低姿勢時の重心管理、転倒予兆検知、片手接地からの復帰補助、側方回避時の膝負荷抑制。そういった要素なら、安全側へ落とし込めます。だが、回転蹴りや肩抜き前転、腕を支点にした攻撃機動は、別問題です」
米軍側が問う。
「サターンMark II相当の新型フレームなら?」
会議室の空気が一瞬止まる。
徳永の顔が険しくなる。
森川と磯口は、同時に嫌そうな顔をした。
バドは小さく呟いた。
「やっぱりMark II欲しがっとるやん」
黒崎が低く言う。
「静かに」
森川は、資料を見ながら答えた。
「サターンMark IIという名称はこちらの正式提案ではありません。仮に新規フレームで肩・腕・腰・背面構造を見直せば、いくつかの動作は可能になるでしょう。ただし、それはSR-70サターンの改修ではなく、完全な新型機開発です」
磯口が続ける。
「そして、その新型機は高価になり、整備負荷も上がり、警備用サターンの商品性を失います。軍用特殊機としてなら成立するかもしれませんが、主力機にはなりません」
米軍技術将校は、少しだけ身を乗り出した。
「特殊機としてなら成立する?」
黒崎が、心の中で舌打ちした。
そこを拾う。
当然だ。
彼らは主力機が無理なら、特殊機で来る。
徳永が先に答えた。
「技術的成立可能性と、弊社が開発協力するかは別です」
「もちろんです。ただ、可能性として」
森川は、言葉を選んだ。
「可能性だけならあります。高価な限定生産機、選抜パイロット、専任整備班、短時間投入、事前冷却、回収前提。そういう条件なら、グリフォン由来の高機動要素を持つ特殊機は設計可能かもしれません」
磯口が付け足す。
「ただし、そこまでやるなら、もはや量産軍用レイバーではありません。特殊作戦用の一点物に近い」
米側の顧問が静かに言った。
「一点物でも、価値がある場合はある」
その言葉は、会議室に重く残った。
米軍は主力機だけを考えているわけではない。
特殊部隊。
強襲。
重要目標制圧。
対レイバー戦。
高価でも、少数でも、投入する価値がある場面はある。
黒いグリフォンの映像は、それを想像させるには十分すぎた。
バドは、椅子の上で膝を抱えた。
顔は笑っていない。
米軍がグリフォンを欲しがるのは嬉しい。
黒い怪鳥が認められるのは、誇らしい。
だが、今の話は少し違う。
グリフォンを薄めて主力機にするのは嫌だ。
サターンMark IIとして別物にされるのも嫌だ。
でも、少数の特殊機。
選抜パイロット。
専任整備班。
短時間投入。
それは、グリフォンの思想に少し近い。
だから余計に嫌だった。
似ているものを、向こうが欲しがっている。
自分のゲーム盤にある黒い怪鳥の影を、米軍が別の場所に作ろうとしている。
バドは、口の中で小さく呟いた。
「量産より、そっちの方が嫌やな」
黒崎がそれを聞き取った。
だが、今は注意しなかった。
同感だったからだ。
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協議は休憩を挟んで続いた。
米側は、少しずつ要求の形を変えてきた。
グリフォン本体の購入ではなく、グリフォン級高機動技術の共同研究。
サターンMark IIではなく、次世代高機動実証フレームの可能性調査。
ASURA戦闘版ではなく、高機動時姿勢安定補正の評価。
バド本人への質問ではなく、操縦者入力データの匿名化提供。
言葉は整っている。
だが、黒崎には全部同じ方向へ伸びる手に見えた。
グリフォンを見たい。
ASURAの奥を見たい。
バドの入力を見たい。
SE-USAの役員が、穏やかに言った。
「我々は、日本側の懸念を理解しています。したがって、初期段階では映像解析と非機密化された負荷データの共有から始めることも可能です」
徳永が答える。
「操縦入力データは共有しません」
「匿名化しても?」
「しません」
黒崎が補足する。
「匿名化しても、機体挙動と照合すれば操縦者特性が抽出されます」
米軍技術将校は少しだけ笑った。
「その通りです」
「笑うところではありません」
黒崎の声は冷たかった。
バドは、そのやり取りを聞いていた。
匿名化。
操縦者特性。
自分の入力。
自分の癖。
自分がどこで危険を許したか。
それも欲しいのだ。
米軍は、グリフォンだけではなく、グリフォンを動かした自分のやり方も欲しがっている。
SE-USAの役員が、今度はバドを直接見た。
「バドリナート君」
黒崎が即座に前へ出る。
「直接質問は事前確認を」
「質問ではありません。感想です」
徳永の顔がさらに険しくなった。
SE-USAの役員は続けた。
「君の操縦は、非常に独創的だ。機体の限界を理解し、ASURAを信頼し、相手の復帰遅延を突いている。米軍の多くの熟練パイロットでも、あの映像の動きは簡単にはできないでしょう」
バドは、少しだけ得意そうな顔になった。
黒崎が横目で睨む。
バドは口を閉じた。
SE-USAの役員は微笑む。
「君の経験は、将来の高機動レイバー訓練体系にとって価値があります」
黒崎が言った。
「彼を訓練体系の素材として扱わないで下さい」
「失礼しました」
失礼したようには見えなかった。
バドは、黒崎の横から口を開いた。
「僕の経験使っても、米軍の人はアルフォンスに勝てへんで」
黒崎が目を閉じた。
「バド」
「一個だけや」
「今のは一個に数えます」
米側の数人が、通訳を介してその言葉を聞き、少し興味を示した。
SE-USAの役員が言う。
「なぜそう思うのですか」
徳永が遮ろうとした。
だが、バドは先に答えた。
「僕が勝ちたいからや」
会議室が静かになった。
バドは、少しだけ身を乗り出す。
「グリフォンの動きも、ASURAの補正も、カポエイラの足運びも、エイブラハム蹴った時の入力も、全部アルフォンスに勝つために育てたんや。米軍の人が同じ動き覚えても、相手がアルフォンスやなかったら、僕のゲームとはちゃう」
黒崎は黙っていた。
止めるべきかどうか、一瞬迷った。
徳永も黙っている。
内海課長は、ひどく楽しそうだった。
バドは続けた。
「それに、あれは教範にする動きちゃうで。僕が勝つために、危ないところまで踏んだだけや。普通の兵隊さんにやらせたら、機体か人が壊れる」
森川が、思わず頷いた。
磯口も頷いていた。
黒崎は少しだけ驚いた。
珍しく、バドがまともな注意をしている。
いや、まともというより、自分の遊びを他人に踏み荒らされたくないだけかもしれない。
だが、今はそれでよかった。
米軍技術将校が言った。
「君は、グリフォンの軍用化に反対なのですか」
バドは首を傾げた。
「嬉しいで」
黒崎が眉を動かす。
バドは続ける。
「米軍がグリフォン欲しいって言うのは嬉しい。僕のグリフォンすごいやろって思う。ASURAもすごい。カポエイラも効いた。エイブラハム倒したのも、ちょっと気持ちよかった」
会議室の米側通訳が、少し困った顔で訳す。
徳永は額を押さえた。
バドは気にせず続ける。
「でも、グリフォンを薄めるのは嫌や。安全装置戻して、普通の兵隊さんが乗れて、飛行ユニット標準で、整備しやすくて、量産できて、教範通りに動く。それ、グリフォンちゃうやん」
バドはモニターの停止画面を見る。
黒い機体。
片手を地面につき、低く構えた怪物。
「グリフォンは、僕がアルフォンスに勝つための怪物や」
会議室が静まり返った。
その言葉は、技術資料にはならない。
米軍への正式回答にも書けない。
だが、映像の本質を一番短く表していた。
徳永は、静かに言った。
「バドリナート君。そこまでだ」
「はい」
今度は素直に引いた。
黒崎は小さく息を吐く。
米側は、すぐには返答しなかった。
SE-USAの役員は、バドを見ていた。
彼の目には、興味があった。
技術的興味。
商品としての興味。
そして、危険な鍵を見る興味。
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米側代表団が帰った後、SEJの会議室には、いつもより長い沈黙が残った。
徳永は椅子に深く座り、資料を閉じた。
黒崎は腕を組んで立っている。
森川と磯口は、技術メモを整理していた。
内海課長は、にこにこしている。
バドは、珍しく疲れた顔をしていた。
「疲れたのかい?」
内海が聞く。
バドは少し顔をしかめる。
「米軍の人、しつこいな」
「欲しいものがある人間はしつこいよ」
「グリフォン欲しいんやろ」
「ASURAもね」
「僕も?」
黒崎が答える。
「そう見ておくべきです」
バドは、椅子の上で膝を抱えた。
「僕、米軍グリフォン教官にはならへんで」
「当然です」
「サターンMark IIにも乗らへんで」
「乗せません」
「量産グリフォンにも乗らへん」
「作らせません」
徳永が低く言う。
「作らせない、とは言い切れない。米国が独自に何かを作る可能性はある」
バドが顔を上げる。
「グリフォンもどき?」
「そうだ」
森川が言った。
「映像と資料から、何かを作ることは可能です。ただし、グリフォンそのものにはならない」
磯口が続ける。
「高機動機を作ろうとはするだろう。肩と腕を強化し、ASURAに似た制御を入れ、飛行ユニットか降下装備を組み合わせる。だが、結局は別の機体になる」
バドは少し考えた。
「偽物?」
黒崎が言う。
「そういう言い方は避けなさい」
「でも偽物やん」
徳永が答えた。
「派生機だ」
「偽物や」
内海が笑った。
「バドにとってはそうだろうね」
バドは、珍しく真面目な顔で頷いた。
「僕のグリフォンちゃう」
黒崎は、その言葉を聞いていた。
独占欲。
執着。
危険な感情。
だが、今はそれがバドをこちらに留めている。
米国が差し出す国籍や研究環境よりも、バドはグリフォンとアルフォンスの勝負に執着している。
その執着が、この子供を守る鎖になっている。
同時に、破滅へ向かわせる導火線でもある。
徳永が言った。
「今後の方針を確認する。グリフォン本体に関する技術提供は拒否。高機動映像の追加提供も拒否。操縦入力データ、Bシステムカット時ログ、ASURA詳細補正ログは社外秘。米側への回答は、限定的な安全制御要素のみ検討可能、とする」
黒崎が頷く。
「バドリナート君への接触制限も強化します」
「頼む」
バドが言う。
「僕、外出禁止?」
「制限付きです」
「実質禁止やん」
「あなたが勝手に危険へ向かうからです」
「アルフォンスのとこ?」
「それも含みます」
バドは不満そうにした。
「それは困る」
徳永が言った。
「困っているのはこちらだ」
内海課長が楽しそうに口を挟む。
「でも、米軍がグリフォンを欲しがるとはねえ。ASURAは標準規格、グリフォンは特殊作戦機。ずいぶん出世した」
黒崎が返す。
「課長の遊びが国際問題になっています」
「国際的な遊びになったね」
「課長」
「黙るよ」
森川が、ぽつりと言った。
「ASURAは世界標準になれるかもしれない。でもグリフォンは、世界標準になれない」
磯口が頷く。
「標準にした瞬間、グリフォンではなくなる」
バドは、その言葉を聞いて、少しだけ嬉しそうにした。
「ええな」
黒崎が聞く。
「何がです」
「世界標準になれへんところ」
バドは、机の上のモニターを見る。
今は映像は消えている。
それでも、黒い機体の姿は頭に残っている。
「ASURAは世界標準になってもええ。僕が育てたOSやし、認められるのは嬉しい。でもグリフォンは、世界標準にならんでええ」
「なぜですか」
「グリフォンは一機でええから」
黒崎は少しだけ黙った。
徳永も黙った。
内海は笑っている。
バドは続けた。
「一機の黒い怪鳥が、白いアルフォンスに勝ちに行く。それでええ。いっぱい並んだら、つまらん」
内海が嬉しそうに言った。
「量産されたラスボスはつまらない」
「そう、それ」
黒崎は頭を押さえる。
「課長の言葉を採用しないで下さい」
バドはノートを開いた。
ペンを走らせる。
米軍、まだ欲しがる。
量産は無理。
特殊機ならできるかも。
でも、それは僕のグリフォンちゃう。
ASURAは世界標準でもいい。
グリフォンは一機でいい。
ラスボスは量産しない。
アルフォンスに勝つまでは貸し出し禁止。
黒崎が覗き込む。
「最後の一行は会社的に問題があります」
「でも本音や」
「本音を全部書かないで下さい」
「ノートやもん」
「いつか押収される可能性があります」
「怖っ」
バドはノートを抱えた。
黒崎はため息をついた。
「冗談ではありません」
「ほな隠す」
「隠さないで下さい。こちらで保管します」
「検閲やん」
「保護です」
「似てるなぁ」
「違います」
徳永が椅子から立ち上がった。
「今日はここまでだ。米側への回答文は明日までにまとめる。森川君、磯口君、技術的に渡せるものと渡せないものを明確に分けろ。黒崎君、バドリナート君の予定管理を再確認してくれ」
「承知しました」
黒崎が答える。
バドが不満げに言った。
「僕、予定管理されるん?」
「されます」
「人気者はつらいな」
「危険人物は管理が必要です」
「危険人物って言った!」
「言いました」
「保護対象ちゃうん?」
「両方です」
内海課長が笑い声を上げた。
「両方。実に正確だ」
黒崎は冷たく言う。
「課長も管理対象です」
「僕も?」
「はい」
「ひどいなあ」
「当然です」
会議室に、少しだけ笑いが戻った。
だが、その奥には新しい緊張があった。
ASURAだけではない。
グリフォンも見つかった。
米軍は、黒い怪鳥の夢を見た。
SE-USAは、技術要素を欲しがった。
サターンではできないと分かっても、彼らは諦めない。
Mark II、新型フレーム、特殊機、限定運用、匿名化入力データ。
言葉を変え、形を変え、また手を伸ばしてくる。
黒崎は、それを理解していた。
徳永も理解していた。
森川と磯口は、数字で夢を冷ます準備をしている。
内海は面白がっている。
そしてバドは。
会議室を出る前に、もう一度だけモニターを見た。
画面は黒い。
何も映っていない。
それでも、そこにグリフォンがいるような気がした。
黒い怪鳥。
米軍が欲しがるほどの機体。
世界標準になれない、一機だけの怪物。
バドは小さく言った。
「待っときや、アルフォンス」
黒崎は、その言葉を聞いた。
米軍への返事にも聞こえた。
SE-USAへの拒絶にも聞こえた。
グリフォンを薄めるな、という独占欲にも聞こえた。
そして、いつものように、白い警察機へ向けた挑戦にも聞こえた。
世界がグリフォンを欲しがり始めた。
だが、バドリナート・ハルチャンドの中で、グリフォンの相手はまだ一機だけだった。
米軍ではない。
SE-USAではない。
エイブラハムでもない。
白いアルフォンス。
その勝負が終わるまで、黒い怪鳥は誰にも渡らない。
少なくとも、バドはそう決めていた。