/*/ ファントムも出来上がってるんだけど /*/
徳永専務は、会議の終わりを宣言するつもりだった。
米政府の再提案。
一機あたり戦闘機十機分相当の建造コストも許容。
特殊強襲作戦用に数機。
ASURAユニットの小型化には、台湾半導体企業の協力も、米国企業の最先端ファブも使える。
日本で建造し、ブラックボックス部分はSEJで整備する。
米軍戦闘機の輸出・整備方式に近い形なら、技術流出を抑えつつ、米側要求の一部に応じる余地があるかもしれない。
その可能性まで検討した時点で、徳永の頭痛は十分だった。
十分すぎた。
黒崎は、すでに会議資料を分類している。
森川と磯口は、ASURA小型化の技術的可能性と危険性を別紙にまとめ始めている。
バドは、ノートに「米軍の黒い怪鳥。偽物。嫌や。僕のグリフォンはアルフォンス用」と書き、黒崎に赤ペンで囲まれたところだった。
内海課長は、ずっと楽しそうだった。
それが、徳永には一番嫌だった。
内海が楽しそうな時は、たいてい何かがまだ残っている。
徳永は、あえて内海を見ないようにしていた。
見れば、何かを言い出す。
そう思ったからだ。
しかし、内海は見られなくても言った。
「そういえば」
黒崎の手が止まった。
徳永の眉が動いた。
森川と磯口が同時に顔を上げた。
バドだけが、純粋に興味深そうに内海を見る。
内海は、いつもの薄い笑みを浮かべたまま、軽い調子で続けた。
「ファントムも出来上がってるんだけど、これどうしようね」
会議室の空気が、音を立てずに凍った。
誰も、すぐには喋らなかった。
徳永はゆっくりと目を閉じた。
開く。
内海を見る。
「内海」
「はい」
「今、何と言った」
「ファントムも出来上がってるんだけど、これどうしようね、と」
「もう一度言わせた私が馬鹿だった」
黒崎は、机の上の資料を閉じた。
その動きは静かだったが、表情はまったく静かではない。
「課長」
「何かな、黒崎君」
「その話を、今、ここで、なぜ出したのですか」
「グリフォンは高い。ASURAは中身を見せたくない。米軍は特殊作戦用を欲しがっている。なら、選択肢を整理した方がいいかなと思って」
「選択肢に入れないで下さい」
黒崎の声は低かった。
バドは首を傾げた。
「ファントムって何?」
森川と磯口は、互いに視線を交わした。
その視線には、技術者としての興味と、会社員としての諦めと、倫理的な嫌悪が混ざっていた。
徳永は、ゆっくりと言った。
「説明しろ。簡潔に」
内海はうれしそうに頷いた。
「TYPE-R13EX、ファントム。完全無人の遠隔操作実験機だよ。精密機器で埋まったバンから操作する。各社製レイバーとの戦闘データ収集を目的にしている」
バドの目が少し輝く。
「無人機?」
「そう。パイロット問題は解決だ」
黒崎が即座に言った。
「解決ではありません。別の問題を増やしています」
内海は気にせず続けた。
「ベースはブロッケン系。高いパワーと装甲を持たせている。頭部は少し凝った造形でね。眼球を咥えた白いドクロみたいに見える」
バドが身を乗り出した。
「ドクロで無人?」
「うん。全体は青みがかった紫と灰色。メインカメラは赤。なかなか雰囲気があるよ」
「内海さん、悪の組織ポイント高すぎへん?」
「ありがとう」
「褒めてへんで」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
黒崎が低く言った。
「課長。口を閉じなさい」
内海が、ほんの少しだけ目を細めた。
「珍しく命令形だねえ」
「命令です」
徳永はこめかみを押さえた。
「武装は」
森川が資料端末を操作した。
モニターに、ファントムの概略図が表示される。
不気味な頭部。
ドクロの眼窩にあたる部分。
そこに収まった連装レーザー砲。
背部のECMポッド。
放熱フィン。
重装甲の胴体。
遠隔操作系の中継アンテナ。
バドが、思わず声を出した。
「うわ、ほんまにドクロやん」
磯口が説明する。
「武装は連装レーザー砲、ECMポッド、閃光器。レーザーは高出力で、発射時には背部放熱フィンを開く必要がある。発射後には冷却ガスを放出する」
森川が続けた。
「ECMは広域通信妨害が可能です。通常のジャミング装置より出力が高く、相手の通信や一部電子制御へ干渉できます」
黒崎が、冷たい目でモニターを見る。
「つまり、米軍が欲しがっている特殊作戦用の条件を、別方向で満たしていますね」
会議室に、重い沈黙が降りた。
徳永は口を結んだ。
その通りだった。
グリフォン級高機動特殊機は、高価で、パイロットが必要で、整備が重く、ASURA中核技術の問題を抱えている。
だが、ファントムは違う。
無人。
遠隔操作。
レーザー。
ECM。
重装甲。
支援ブロッケンを伴えば鈍重さも補える。
戦闘後に爆破処理すれば機密保持もできる。
パイロット喪失リスクがない。
米軍が「特殊強襲作戦用」を求めているなら、むしろこちらの方が刺さる可能性すらある。
森川が、嫌そうに呟いた。
「これ、米軍に見せたらグリフォンより欲しがりませんか」
磯口も、難しい顔で言う。
「少なくとも、パイロット問題は消えるね」
黒崎が言った。
「消えた代わりに、もっと大きな問題が増えています」
内海は笑った。
「でも、米側の要求には合っている。高価少数、特殊任務、危険地域投入、機密保持。しかも無人」
「課長」
「何かな」
「国際問題に無人レーザー兵器を追加しないで下さい」
「まだ追加していないよ。机の上に置いただけだ」
「置かないで下さい」
バドはモニターのファントムを見ていた。
ドクロの頭。
眼球のような赤いメインカメラ。
眼窩のレーザー砲。
青紫と灰色の不気味な装甲。
「ファントムって、なんか中ボスやな」
内海が楽しそうに聞く。
「中ボス?」
「グリフォンはラスボス機やん。アルフォンスと戦う黒い怪鳥や。でもファントムは、ドクロでレーザーで無人でECMやろ。中ボスのくせに初見殺ししてくるやつや」
「いいねえ。中ボス初見殺し」
「褒めてへんで」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
黒崎が再び言った。
「課長」
今度の声はさらに低かった。
内海は両手を軽く上げた。
「はいはい」
「はいは一回です」
「はい」
徳永は、モニターのファントムから視線を外さなかった。
「開発段階は」
磯口が答えた。
「機体としては完成しています。実戦試験は限定的です。遠隔操作バンとの接続、ECM出力、レーザー砲の放熱、ブロッケン随伴制御、いずれも試験段階ですが、動かせます」
「機密保持処理は」
森川が答える。
「自爆処理を前提にしています。戦闘終結後、回収困難時には機体を爆破し、制御系とレーザー関係、ECMユニットを破壊する設計です」
黒崎が目を閉じた。
「最悪です」
内海が笑う。
「黒崎君、そればかりだね」
「最悪だからです」
徳永は、低く言った。
「米側には絶対に見せるな」
内海が少し残念そうな顔をする。
「見せないのかい?」
「見せない」
「グリフォンより交渉材料になるかもしれませんよ」
「だから見せない」
徳永は即答した。
「米軍が欲しがっているのは任務達成能力だ。グリフォンの高機動に食いついたのは、それが特殊作戦で有用に見えたからだ。そこへ無人、レーザー、ECM、遠隔操作、自爆処理の実験機など見せてみろ。グリフォンより面倒なことになる」
黒崎が補足する。
「しかも、こちらはパイロット保護という抑制がありません。運用側は遠隔バンの中です。危険域への踏み込みが容易になります」
森川が言った。
「遠隔操作ゆえの遅延や通信妨害リスクはありますが、ECMと組み合わせれば、相手の方を先に潰せる可能性があります」
「森川さん」
黒崎が睨む。
「技術的説明です」
「食いついているように聞こえます」
「食いついてはいません。危険性の説明です」
磯口が言う。
「しかし、米側が見れば、無人特殊作戦機として評価するでしょう。パイロット問題がない。高価少数でもよい。戦闘後自爆で機密保持可能。しかも電子戦能力がある」
徳永は深く息を吐いた。
「つまり、見せてはいけない理由しかない」
「はい」
黒崎が即答した。
内海は、つまらなそうではなく、むしろ楽しそうだった。
「でも、いつまでも棚に置いておくわけにもいかないよ。ファントムは、グリフォンと違って乗り手を選ばない。遠隔操作員を訓練すればいい。ASURAのような危険な操縦者同期も不要だ」
「不要ではありません」
森川が言った。
「遠隔操作用の補正AIは別に必要です。操縦者の入力遅延、ECM下での通信品質、レーザー発射時の姿勢固定、放熱中の隙、随伴ブロッケンとの連携。グリフォンとは違う難しさがあります」
「でも、バドはいらない」
内海が言った。
会議室が静かになる。
バドが、ぴくりと反応した。
「僕、いらんの?」
黒崎がすぐに言った。
「本来、無人機とはそういうものです」
「嫌やな」
「危険な反応です」
バドは眉を寄せた。
グリフォンは、自分が乗る機体だ。
ASURAは、自分が育てたOSだ。
米軍が欲しがっても、偽物が作られても、自分の勝負にはまだ自分がいる。
だが、ファントムは違う。
無人機。
遠隔操作。
レーザー。
ECM。
自爆処理。
そこにバドはいない。
それでも、強い。
それでも、特車二課を釣り出せるかもしれない。
それでも、アルフォンスの前に立てるかもしれない。
バドは、そのことが面白くなかった。
「内海さん」
「何かな」
「ファントムにASURA入れるん?」
黒崎が即座に言った。
「入れません」
内海は笑っている。
「入れたら面白いと思わない?」
「課長」
黒崎の声が鋭くなった。
内海は黒崎を見た。
黒崎は、普段よりも明確に怒っていた。
「ASURA育成ログをファントムに入れるようなことは、絶対にしないで下さい」
「まだ何も言っていないよ」
「言いそうでした」
「君は本当に先回りがうまくなった」
「課長。これは命令です」
会議室の空気が、さらに硬くなる。
黒崎が内海に「命令」と言った。
普段の苦言ではない。
実務上の制止でもない。
本当に、止めている。
内海は少しだけ目を細め、それから笑った。
「分かった。今は言わない」
「今は、では困ります」
「じゃあ、言わない」
「実行もしないで下さい」
「厳しいねえ」
「当然です」
徳永は、二人のやり取りを見てから、重く言った。
「内海。ファントムの資料を専務室へ全部出せ」
「全部?」
「全部だ。設計、試験ログ、運用計画、遠隔操作バン、ECM出力、レーザー発振系、放熱系、随伴ブロッケン制御、自爆処理。隠すな」
内海は肩をすくめた。
「隠していないよ」
黒崎が静かに言った。
「課長」
「分かった。出す」
徳永はさらに言った。
「企画7課の開発案件を棚卸しする」
今度こそ、会議室全体が沈黙した。
内海が、初めて少しだけ困ったような顔をした。
バドが目を丸くする。
「棚卸し?」
黒崎は、どこか疲れ切った声で言った。
「ようやくです」
森川と磯口は、何とも言えない顔をしている。
徳永は内海を見た。
「グリフォン。ASURA。サターン。ファントム。ほかに何がある」
内海は、笑った。
笑ったが、すぐには答えなかった。
その沈黙が、何よりも雄弁だった。
黒崎が低く言う。
「課長」
「黙ります」
「黙らずに答えて下さい」
「難しい要求だねえ」
徳永が机を指で叩いた。
「内海」
内海は、薄く笑ったまま視線を逸らした。
「えーと」
バドがぽつりと言った。
「絶対まだあるやん」
黒崎が目を閉じた。
「言わないで下さい」
「でもあるやん」
「あります」
黒崎が、即答してしまった。
自分でもしまったという顔になる。
内海が嬉しそうに笑う。
「黒崎君、正直だねえ」
「課長のせいです」
徳永は椅子に深く座った。
頭痛が、また重くなっていた。
米政府はグリフォン級特殊機を欲しがっている。
ASURA小型化に半導体を出すと言っている。
日本政府は輸出管理と安全保障で震えている。
SE-USAは商機を嗅いでいる。
米軍は特殊作戦用の黒い怪鳥を夢見ている。
その最中に、内海は無人レーザーECM機を「出来上がってる」と言い出した。
徳永は、低く呟いた。
「頭が痛い……」
バドは、モニターのファントムをもう一度見た。
ドクロの眼窩。
赤い眼球。
レーザー砲。
無人機。
グリフォンとは違う。
アルフォンスに勝つための黒い怪鳥ではない。
でも、確かに強い。
そして、米軍が見たら絶対に欲しがる。
バドは小さく言った。
「ファントムは、見せたらあかんやつやな」
黒崎が答える。
「はい」
「珍しく即答や」
「即答するしかありません」
内海は楽しそうに笑った。
「でも、いつか出番は来るかもしれないよ」
黒崎が内海を見た。
「来させません」
徳永も言った。
「少なくとも、米軍案件には絶対に出さない」
内海は、肩をすくめた。
「残念だなあ」
バドは、ファントムのドクロ頭を見つめながら、ノートを開いた。
ファントム。
ドクロ。
無人。
レーザー。
ECM。
中ボス初見殺し。
米軍に見せたら終わる。
僕いらん。
嫌や。
でもちょっとかっこいい。
グリフォンとは違う。
アルフォンス用ではない。
黒崎がそれを覗き込んだ。
「最後から二行目と三行目が矛盾しています」
「矛盾してへん。嫌やけど、かっこいいんや」
「危険な感想です」
「知っとる」
黒崎はノートを取り上げようとしたが、少しだけためらった。
そして、取らなかった。
バドはノートを閉じる。
会議室では、徳永がファントム資料の提出を命じ、森川と磯口が技術項目の棚卸しリストを作り始め、黒崎が内海の行動予定を監視する段取りを組み始めている。
内海は、相変わらず楽しそうだった。
危険な玩具を棚から一つ出した子供のように。
いや、内海にとっては、本当に玩具なのかもしれない。
徳永はそれを商売と責任の箱に入れようとしている。
黒崎は鍵をかけようとしている。
森川と磯口は、危険だと分かりながら構造を見てしまう。
バドは、グリフォンとファントムの違いを考えていた。
グリフォンは、自分が乗る。
ファントムは、誰も乗らない。
グリフォンは、アルフォンスに勝つための怪物。
ファントムは、誰かを釣り出し、通信を潰し、レーザーで切り裂く中ボス初見殺し。
どちらも企画7課の棚から出てきた。
どちらも、米軍に見せてはいけない。
バドは小さく呟いた。
「内海さん、ほんま悪の組織やな」
内海はにこにこして答えた。
「ありがとう」
黒崎が、すぐに言う。
「褒めていません」
内海は笑った。
徳永は、もう一度だけ深く息を吐いた。
ASURAとグリフォンだけで、十分に国際問題だった。
そこへファントムが加わった。
企画7課の棚卸しは、もう避けられない。
そして徳永は、心の底から思った。
内海をブラジルへ飛ばしただけでは、まだ足りなかったのかもしれない、と。