/*/ サターンの皮を被った何か /*/
米側は、すぐに食いついた。
それは、ある意味で当然だった。
東京湾岸の暴力団抗争に巻き込まれたSSS警備用サターンが、RPG-7と推定される対装甲ロケット弾を回避した。
ただ横へ跳んだのではない。
スタンシールドの陰へ機体を隠し、射手の照準を盾へ誘導。
発射炎を確認した瞬間にシールドを緊急切り離し、自ら地面へ飛び込むように前回り受け身を取って射線から外れた。
ロケット弾は、囮として残されたスタンシールドへ直撃。
成形炸薬の噴流が盾を貫通した時には、機体はすでにその背後から消えていた。
その直後、サターンは暴走した作業用レイバーへ接近。
背後から組みつき、腰椎ユニットへスタンスティックを差し込んで、操縦者を傷つけることなく全身を停止させた。
報告書だけなら、まだ現場での偶発的な好判断として片づけられたかもしれない。
だが、そこには機体挙動ログがあった。
スタンシールドを正面へ突き出した時の姿勢制御。
射手の発射炎を検出した瞬間の緊急投棄命令。
膝を抜き、自ら前方へ倒れ込む動作。
右腕を接地させ、肩、背中、腰、脚へ順番に荷重を逃がす前回り受け身。
大型レイバーとは思えないほど滑らかな回転。
爆風と飛散物を受けた直後の姿勢復帰。
そこから間を置かず、暴走レイバーの背後へ回り込む足運び。
腰椎ユニットへの精密なスタンスティック挿入。
出力を抑えた放電による非破壊停止。
そして、公式資料には載せられなかったが、米側がどうにかして見つけてしまった言葉。
正式ASURA搭載。
それを見た米軍担当官は、SEJ本社の会議室で、実に明るい顔をした。
「ほら、やっぱりサターンを改造すればいけるじゃないですか」
その瞬間、森川政治の顔から表情が消えた。
磯口豊は、持っていた資料を静かに机へ置いた。
黒崎は、何も言わずに目を閉じた。
徳永専務は、ゆっくりと息を吐いた。
内海課長だけが、楽しそうだった。
バドリナート・ハルチャンドは、会議室の端の椅子に座り、足をぶらぶらさせながら米軍担当官を見た。
「言うと思った」
黒崎が低く言う。
「あなたは黙っていてください」
「でも、絶対言うと思ったで。サターン改造したら、対戦車ロケットも避けられるやん、って」
「黙っていてください」
「はい」
「はいは一回です」
「はい」
米軍担当官は少しだけ困惑した顔をしたが、すぐに資料へ視線を戻した。
「実際、運用ログを見る限り、SR-70ベースの高機動改修には大きな可能性があります」
画面には、スタンシールドを構えたサターンの映像が停止表示されている。
「射手の照準を装備へ誘導し、発射を検知すると同時に装備を投棄。続けて前方回転によって射線から離脱する。さらに着地後、即座に近接制圧へ移行している」
映像が進む。
シールド切り離し。
膝抜き。
右腕接地。
前回り受け身。
残された盾へロケット弾が直撃する。
爆炎の手前を、サターンの巨体が低く転がって抜けていく。
「これらは特殊作戦用の少数機へ応用可能ではありませんか」
森川は静かに言った。
「いけていません」
通訳が少し詰まった。
米軍担当官が眉を上げる。
「いけていない?」
磯口が続けた。
「まず、あれはサターンではありません」
米軍担当官は、端末に表示された機体写真を指した。
「外装はサターンでしょう」
「外装だけです」
森川の声は固かった。
「サスペンション、超電導モーター、バッテリー、フレーム、肩部、腰部、脚部。受け身の際に接地する腕部まで強化しています。中身は完全に別物です」
磯口も資料を開く。
「標準サターンで同じ前回り受け身を行えば、右腕の接地時に肩関節か腕部フレームを損傷する可能性が高い。背面構造も回転を阻害します」
「正式ASURAも押し込んでいます。その代償で、コックピットは極端に圧迫されている。普通の成人は乗れません。標準的な警備員も、軍用パイロットも無理です。緊急脱出動作さえ成立しない」
米軍担当官は、少しだけ身を乗り出した。
「しかし、運動性は良い」
「良いですよ」
森川は即答した。
「ですが、グリフォン級にはなりません」
磯口が頷く。
「せいぜいヒポグリフ級です」
会議室が、ほんの一瞬だけ止まった。
通訳も止まった。
米軍担当官が聞き返す。
「ヒポグリフ?」
磯口は真面目な顔で説明した。
「グリフォンではない、という意味です」
黒崎が、こめかみを押さえた。
「独自分類を国際協議の場に持ち込まないでください」
森川が言った。
「では、SR-70外装互換高機動試験フレーム」
米軍担当官は言う。
「つまり、サターン改造機ですね」
森川と磯口が同時に言った。
「違います」
黒崎は、さらにこめかみを押さえた。
「話が進みません」
内海課長が笑っている。
「ヒポグリフ級、いいねえ。グリフォンの子供みたいで」
バドが即座に首を振った。
「子供ちゃうやろ。サターンの皮を被った変な馬鳥や」
森川が真面目に頷く。
「技術分類としては、案外近い」
黒崎が言った。
「全員、黙ってください」
/*/
米側の資料には、魔改造サターンの湾岸事案ログが丁寧に整理されていた。
左腕のスタンシールドを、大きく正面へ突き出す。
盾の陰へ機体の胴体を隠す。
射手が盾の中央へ照準を合わせる。
RPG-7の発射炎をセンサーが検出。
シールド固定具を緊急解放。
同時に機体が膝を抜く。
前方へ倒れ込み、右腕を接地。
肩から背中へ荷重を流し、前回り受け身で射線から抜ける。
切り離されたスタンシールドへ、ロケット弾が直撃。
成形炸薬の噴流が盾を撃ち抜く。
その時、サターンはすでに低い姿勢で射線の外へ転がり出ている。
標準サターンなら、右腕を接地した時点で腕部か肩部を壊していた可能性が高い。
あるいは背面の張り出しを地面へ打ちつけ、回転途中で横転していた。
その点は、森川も磯口も否定しない。
この機体はよく動いた。
正式ASURAは、バドが始めた回避動作を拾った。
発射炎の検知。
装備の切り離し。
重心の下降。
腕部接地。
回転軌道の補正。
爆風を受けた直後の姿勢復帰。
さらにバドは、南米で見たRPG-7の形を一瞬で認識し、盾で受けてはいけないと判断した。
その後、暴走レイバーの背後へ入り、腰椎ユニットを落として止めた。
ログとしては、非常に優秀だった。
だからこそ、米軍が誤解する。
米軍担当官は粘った。
「結果として、対装甲火器を装備投棄と機動によって回避した。その直後にも戦闘行動を継続している。高機動特殊機としての可能性は示されたはずです」
徳永が静かに答えた。
「可能性ではなく、限界を示したと見ています」
「限界?」
「サターンの外装寸法へ正式ASURAと高機動機能を押し込めば、操縦性、整備性、居住性、脱出性が破綻する。あの機体は、その実例です」
米軍担当官はバドを見る。
「しかし、彼は運用できた」
黒崎がすぐに言った。
「バドリナート君だからです。それを標準運用にしないでください」
バドが小さく手を上げる。
「僕でも狭いで。大人が乗ったら缶詰や」
黒崎が睨む。
「あなたは発言しないでください」
「でも、ほんまやん。あれ、レイバーのコックピットちゃう。ASURAの隙間に僕が挟まってるだけや」
森川が思わず頷いた。
「非常に正確だ」
黒崎は森川を見る。
「正確でも言わないでください」
米軍担当官は、少しだけ考え込んだ。
「では、コックピットを拡大すれば」
磯口が即座に首を振る。
「外装寸法が変わります。重量配分も変わる。背部冷却系と演算ユニットの配置も変わる。サターンの外装では隠せなくなります」
森川が続ける。
「肩と腕をさらに強化すれば、前回り受け身には耐えやすくなる。しかし上半身が重くなる。腰と脚を強化すれば、さらに重くなる。バッテリーを増やせば重くなる。冷却を増やしても重くなる」
「シールドの緊急投棄機構まで標準化するなら、左腕周辺の設計も変えなければならない。結局、新型機です」
米軍担当官は食い下がる。
「それでも、運動性は良い」
森川は、今度は少し疲れた顔になった。
「正直、ブロッケンの方が良いと思いますよ」
「ブロッケン?」
「はい」
磯口が資料を切り替えた。
大型で重装甲なブロッケンの図面が映る。
「ブロッケンは、もともと軍用寄りの重装甲、高出力機です。改造余地がある。肩、腕、腰の強度にも余裕がある。正式ASURAを載せるなら、サターン外装へ無理やり押し込むより、ブロッケンベースで作った方が整備性も強度もましです」
森川が付け足した。
「この魔改造サターンは、乗り心地最悪のイングラムより、さらに乗り心地が悪いですから」
米軍担当官が、初めて少し顔をしかめた。
「そこまで?」
「そこまでです」
磯口は真面目に言った。
「普通の兵士を乗せれば、任務の前に腰か膝か精神が壊れます」
バドが笑った。
「僕も最初、機械の隙間に収納されとる気分やったで」
黒崎が言う。
「笑い事ではありません」
「笑ってへんと乗ってられへん」
米軍担当官は、資料を見ながら言った。
「では、このヒポグリフ級という分類は」
黒崎が即座に言う。
「採用しないでください」
内海は楽しそうに言う。
「いいじゃないか。分かりやすい」
「課長」
「サターンではない。グリフォンでもない。盾を捨てて転がる馬鳥。ヒポグリフ。実にいい」
「課長は黙っていてください」
「はい」
「はいは一回です」
「はい」
/*/
徳永は、会議を一度止めた。
米側には休憩を告げ、SEJ側だけが別室へ移る。
扉が閉まった瞬間、黒崎は深く息を吐いた。
「最悪です」
内海が笑う。
「最近、そればかりだねえ」
「最悪だからです」
徳永は、森川と磯口を見る。
「米側の誤解は予想できたはずだ」
森川は少し視線を落とした。
「はい」
磯口も頷く。
「サターン外装の機体が、対装甲火器の発射を見て装備を投棄し、前回り受け身で回避した。映像だけ見れば、改造すればいけると思うのは自然です」
「なら、なぜログを出した」
黒崎が問う。
森川は答える。
「出していません。少なくとも、詳細ログは出していません」
磯口が続ける。
「米側が見たのは、現場報告、外部映像、破壊されたスタンシールドの写真、機体外装の損傷状況、そして推定です。ですが、推定の精度が上がっています」
徳永は苦い顔をした。
「ASURA小型化、グリフォン級特殊機、ファントム。そして今度はヒポグリフ級か」
バドが言った。
「ヒポグリフ級、ほんまに採用するん?」
「しない」
黒崎が即答する。
「でも言いやすいで」
「言いやすければいいというものではありません」
内海が楽しそうに言う。
「でも、分類としては便利だよ。グリフォン級には届かない。でもサターンではない。ブロッケンほど無骨でもない。ヒポグリフ級」
徳永が内海を見る。
「君が楽しそうなのが一番問題だ」
「新しい分類が生まれる瞬間だからね」
「生むな」
バドは、少しだけ真面目な顔になった。
「でも、米軍が欲しがる気持ちも分かるで」
黒崎がバドを見る。
「何が分かるのですか」
「あのサターンもどき、動くもん。グリフォンほどやないけど、普通のサターンより全然動く」
バドは、回転する機体の映像を指した。
「RPGを盾で受けたんやない。撃たれる前に盾を捨てて、前回り受け身で逃げた。その後もすぐ暴走レイバー止めた。米軍から見たら、サターンの外装でそこまでできるんや、ってなるやろ」
徳永は頷いた。
「だから困っている」
森川が静かに言った。
「技術的には、あの機体は成功です」
黒崎が目を細める。
森川は続けた。
「国内警備へ紛れ、正式ASURAのログを取り、バド君に現場経験を積ませ、対装甲火器への緊急回避と非破壊停止の実績も出した。目的から見れば成功です」
磯口が言う。
「しかし、外交的には失敗に近い。サターン改造で高機動特殊機を作れるという誤解を与えた」
内海が首を傾げる。
「誤解かな」
黒崎が内海を見る。
「課長」
「いや、だって実際、いけたわけだろう?」
「サターンではありません」
「外装はサターンだ」
「その言い方を米側がするから困っているのです」
内海は笑った。
「なら、こちらも正しく売ればいい。サターン改造機ではなく、ヒポグリフ級高機動警備実験機として」
徳永が即座に言った。
「売らない」
「惜しいなあ」
「惜しくない」
バドは腕を組んだ。
「僕は、ブロッケンの方がましってのは分かるわ」
森川が目を向ける。
「そうかい?」
「うん。ブロッケンは重いけど、最初から重い身体や。サターンもどきは、軽い服の下に重いもん詰め込んどる感じやねん」
バドは、自分の身体で前転するような仕草をする。
「動けるけど、身体が『これ、僕の体ちゃう』って言うてる。前回り受け身も、ASURAが無理やり全部つないどる感じやった」
磯口が感心したように言った。
「感覚としてはかなり正しい」
黒崎が言う。
「だからといって、乗り続けてよい理由にはなりません」
「でも、業務経験は濃いで」
「その言い換えを覚えたことだけは評価します」
徳永は少し考えてから言った。
「米側には、改めて説明する」
全員が徳永を見る。
「この機体は、サターン改造による量産可能性を示すものではない。正式ASURA搭載、フレーム強化、腕部接地を前提とした構造補強、専用の装備投棄制御、そしてバドリナート君専用化という特殊条件の機体だ」
「一般運用不能。居住性、脱出性、整備性に重大な問題がある。あの回避も、標準サターンでは再現不能だ」
黒崎が付け加える。
「バドリナート君の関与も最小限に」
「分かっている」
森川が言った。
「ブロッケンベースを推奨する件は?」
徳永は眉をひそめた。
「推奨するな。比較説明に留めろ」
磯口が頷く。
「『同種の高機動試験機を作るなら、サターン外装よりブロッケンベースの方が技術的に合理的』程度ですね」
「そうだ。開発提案に見える表現は避けろ」
内海が笑う。
「それでも米側は、ブロッケンに食いつくんじゃないかな」
黒崎が冷たく返す。
「課長は黙っていてください」
/*/
休憩後、会議は再開された。
米軍担当官は、明らかにまだ諦めていなかった。
むしろ、先ほどより興味を増しているように見えた。
「つまり、グリフォン級ではないが、ヒポグリフ級のような中間カテゴリーは成立する」
黒崎の眉間に皺が寄った。
「その呼称は正式なものではありません」
米軍担当官は頷く。
「分かっています。しかし、概念としては有用です。グリフォンほど高価でなく、サターンより高機動。装備を状況に応じて投棄し、人間に近い受け身で対装甲火器を回避する。特殊作戦や警備強襲に使える中間機です」
森川が、少し強めに言った。
「違います。あの機体は中間機ではありません。実験機です。しかも、バドリナート君の体格と操縦特性を前提にした、極端な実験機です」
磯口が資料を示す。
「コックピット幅、膝逃げ、脱出動作、衝撃吸収。すべて一般兵士向けではありません。乗り心地はイングラムより悪い。イングラムですら、乗り心地は最悪と言われる機体です。それより悪い」
米軍担当官は、それでも言う。
「しかし、選抜パイロットなら」
黒崎が遮った。
「選抜では解決しません。体格の問題です」
バドが小さく言った。
「子供サイズやで」
黒崎が睨む。
「発言しないでください」
バドは口を閉じた。
だが、米軍担当官はその一言を聞き逃さなかった。
「子供サイズ」
徳永が冷たく言う。
「彼は保護対象です。兵器体系の前提にしないでください」
会議室の温度が下がった。
米軍担当官は、一拍置いて頷いた。
「失礼しました」
黒崎は、失礼したようには見えないと思った。
森川が説明を続ける。
「結論として、サターン改造でグリフォン級へ近づけるという理解は誤りです。あの機体は、サターン外装を使用した正式ASURA評価機であり、実用特殊機の試作ではありません」
磯口が言う。
「むしろ、あのログから得られる教訓は逆です。外装寸法と既存機種の枠にこだわれば、内部配置、操縦席、整備性に無理が出る」
「人間に近い受け身を取らせるなら、腕部接地、肩部回転、背面クリアランス、腰部可動域まで、最初からその動きを前提に設計しなければならない」
「特殊機を作るなら、専用フレームで設計すべきです」
米軍担当官は、そこで静かに言った。
「専用フレーム。つまり、ブロッケンベース、または新規フレームですね」
黒崎が、心の中で頭を抱えた。
食いついた。
予想どおりだった。
徳永は表情を変えずに答えた。
「一般論です。開発提案ではありません」
内海が楽しそうに笑っている。
黒崎が横目で睨むと、内海は小さく手を上げた。
黙る、という合図だった。
信用はできなかった。
/*/
会議が終わった後、バドは土浦研究所の格納庫で、問題のサターンもどきを見上げていた。
左腕には、新しいスタンシールドが仮装着されている。
その固定部には、従来より素早く装備を投棄するための緊急解放機構が追加されていた。
切り離した盾を短時間だけ立たせ、射手の照準を引きつけるための簡易固定具も試作されている。
右腕と肩部フレームは、前回り受け身の接地負荷を受けたため、分解検査中。
背面外装にも、回転時に地面へ接触した傷が残っている。
腰部には、追加のウィンチ装備案が仮置きされていた。
スタンスティックも、暴走レイバー停止用に先端形状の見直しが始まっている。
米軍が見れば、また欲しがるだろう。
サターンの外装を被った正式ASURA機。
グリフォンではない。
サターンでもない。
盾を捨て、大型レイバーの身体で前回り受け身を取り、対装甲火器の射線から逃れた機体。
ヒポグリフ級。
バドは少し笑った。
「ヒポグリフかぁ」
黒崎が隣に立つ。
「その呼称は忘れてください」
「無理やろ。もう覚えた」
「忘れてください」
「グリフォンより下で、サターンより上。盾捨てて転がる馬鳥」
「忘れてください」
バドは、サターンもどきの狭いコックピットを思い出した。
機械の隙間へ挟まるような感覚。
乗り心地は悪い。
確かに悪い。
前回り受け身を取った時には、機体は回っても、中の自分まで綺麗に回れるわけではない。
拘束具に身体を締め上げられ、肩と背中を揺さぶられ、頭の中まで振り回された。
それでも、あの機体は自分に応えた。
射手へ盾を狙わせた。
発射を見て盾を捨てた。
前回り受け身で射線を外れた。
暴走レイバーを壊さず止めた。
アルフォンスの現場経験へ、少しだけ近づけた。
「でも、あれ僕の経験値稼ぎ機やから、米軍にはあげへんで」
黒崎は静かに答えた。
「会社の機体です」
「でも、僕しか乗れへん」
「それが問題です」
「問題ばっかりやな」
「あなたと課長の周りは、いつも問題ばかりです」
バドは笑った。
「ヒポグリフ、乗り心地最悪やけど、嫌いやないで」
黒崎はため息をついた。
「その感想も危険です」
「知っとる」
バドは、機体を見上げたまま呟いた。
「グリフォンは勝つため。ヒポグリフは止める練習と、生きて帰る練習。ブロッケンは鍛える機体。サターンは外装」
黒崎が言った。
「分類を増やさないでください」
「増えたんやから、しゃあないやん」
黒崎は否定しなかった。
できなかった。
企画七課の機体は、また一つ分類不能なものを増やした。
グリフォンには届かない。
サターンではない。
ブロッケンほど素直でもない。
正式ASURAとバドの体格を前提にした、狭く、危険で、乗り心地最悪の実験機。
盾では防げない攻撃を、盾を捨てて避ける機体。
米軍は、それを可能性と見た。
SEJは、それを限界と見た。
バドは、それを経験値稼ぎ機と見た。
黒崎だけが、それを胃痛の原因として正しく見ていた。