/*/ 東京レイバーショウ 展示ホール /*/
グリフォンは、倒れたイングラム・エコノミーを見下ろしていた。
警報が鳴っている。
観客は逃げている。
展示ホールのあちこちで、警備員と関係者が怒鳴り合っていた。
倒れた二号機。
沈黙した量産機。
その中央に、黒いレイバーが立っている。
バドは、コックピットの中で周囲の音を聞いていた。
まだ来ない。
一号機が来ない。
「……遅いなあ」
バドは小さく呟いた。
その時、通信が入った。
『こちら黒崎』
「黒崎さん?」
『二号機と量産機の起動ディスク、回収しました』
黒崎の声は、相変わらず冷静だった。
会場では大混乱が起きているというのに、まるで倉庫で荷物の確認をしているような口調だった。
『グリフォンは離脱して下さい』
「ええー」
バドは露骨に不満そうな声を出した。
「まだ一号機来てへんやん」
『来ません』
「なんで分かるん?」
『一号機の起動ディスクが、ここにあるからです』
バドは一瞬、黙った。
「……あ」
『今日は一号機は出られません』
「……ほんまや」
アルフォンスは来ない。
泉野明も来ない。
本命の対戦相手は、そもそも起動できない。
バドは、つまらなそうに頬を膨らませた。
「なんや。せっかくレイバーショウまで来たのに」
『目的は達成しています』
「僕の目的は達成してへん」
『七課の目的は達成しています』
「黒崎さん、冷たいわ」
『危険域に入る前に帰還して下さい。冷却系にも余裕はありません』
バドは計器を見る。
確かに、温度は上がっている。
レイバーショウの会場内で長居するには、騒ぎも大きくなりすぎた。
警察無線も増えている。
外では機動隊が展開し始めているはずだ。
ここで粘っても、アルフォンスは来ない。
「……仕方ない」
バドは操縦桿を握り直した。
「帰るわ」
内海の声が、割り込んできた。
『おや、ずいぶん素直だね』
「ラスボスおらんのに、雑魚狩りしてもしゃあないやろ」
『二号機と量産機を雑魚扱いとは、なかなか言う』
「本命ちゃうもん」
バドは、倒れた二号機をちらりと見る。
それから、沈黙した量産機を見る。
倒した。
ディスクも取った。
十分に勝った。
けれど、遊び足りない。
「内海さん」
『何かな』
「次は、ちゃんと一号機が出られる時にしよな」
『もちろん』
内海は笑っている。
『舞台は整え直そう』
「頼むで」
バドは、グリフォンをゆっくりと展示ホールの中央へ歩かせた。
周囲の人間が、距離を取る。
警察関係者も、警備員も、報道関係者も、誰も近づけない。
黒いレイバーは、倒れた白い機体たちの間で立ち止まった。
そして、背中が開いた。
装甲が展開する。
折り畳まれていた飛行ユニットが、翼のように広がる。
会場にいた誰かが、間の抜けた声を上げた。
「……え?」
次の瞬間、グリフォンの脚部が沈んだ。
床材が軋む。
バドは笑った。
「ほなな」
黒い機体が跳んだ。
上へ。
展示ホールの天井方向へ。
そして、割れた搬入口から夜空へ抜ける。
飛行ユニットが唸りを上げ、グリフォンはそのまま空へ舞い上がった。
地上に残された野次馬が、ぽかんと口を開ける。
警察関係者の一人が、思わず叫んだ。
「と、飛んだぁっ!?」
別の警官が、無線を握ったまま固まる。
「レイバーが飛んだぞ!」
「見りゃ分かる!」
「いや、分かるけど分かんねえよ!」
展示ホールの外で、夜空へ消えていく黒い影を、誰もが見上げていた。
倒れた二号機。
沈黙した量産機。
奪われた起動ディスク。
そして、空を飛んで逃げた謎の黒いレイバー。
東京レイバーショウ最終日は、完全に台無しになった。
グリフォンのコックピットで、バドはまだ少しだけ不満そうだった。
「一号機と遊びたかったなあ」
通信の向こうで、内海が笑う。
『次の楽しみに取っておこう』
「今度は起動ディスク、ちゃんと残しといてな」
『善処するよ』
「信用ならへん」
黒崎が静かに言った。
『帰還ルートを送ります。無駄な飛行は控えて下さい』
「はいはい」
バドは夜の東京を見下ろした。
街の灯りが、ゲーム画面みたいに流れていく。
勝った。
でも、まだ本番ではない。
バドは操縦桿を握り、グリフォンを雲の影へ滑り込ませた。
「待っときや、アルフォンス」
黒い翼が、夜に消えた。
「次は、ちゃんと遊ぼな」