/*/ 特車二課 台風下の襲撃開始 /*/
雨は、もはや雨というより壁だった。
風に叩きつけられた豪雨が、特車二課の敷地を白く霞ませている。照明塔の光さえ、水煙の幕を完全には貫けない。舗装面は黒く濡れ、排水口からあふれた水が低い場所へ筋となって走っていた。
台風の夜。
空も海も荒れていた。
こんな夜に、普通の人間は動かない。
だからこそ、動く者にとっては都合がよかった。
特車二課の正門側へ通じる道路を、最初のレイバーキャリアがヘッドライトも半ば潰されたような鈍い光のまま突っ込んできた。
エンジン音が、暴風雨の中で唸る。
続いて二台目。
三台目。
四台目。
五台目。
間隔を空けすぎず、だが一塊になりすぎないように調整された車列だった。
その瞬間。
遠くで、腹に響くような重い音が二度続いた。
ズドン。
そして、少し間を置いて、もう一つ。
ズドン。
ただの雷ではない。
空気ではなく地面を伝ってくる低い衝撃だった。
特車二課の敷地に通じる二本の橋が、ほぼ同時に落とされた音である。
台風の暴風雨に紛れて、その音は一瞬遅れて意味を持った。
退路と増援路の遮断。
外部との物理的切断。
襲撃は、始まる前から包囲の形を取っていた。
正門の警備員が何事か叫び、詰所の窓を開けかけた時には、もう遅かった。
先頭のキャリアが門をこじ開けるように敷地内へ頭をねじ込み、後続車もそのまま雪崩れ込んでくる。
ブレーキ音。
水しぶき。
重い車体が濡れた地面を抉る音。
五台のキャリアが、特車二課敷地の要所へ散るように停車した。
リアゲートが一斉に落ちる。
そこから、黒覆面に戦闘服姿の男たちが、ばらばらと飛び降りてきた。
軍隊じみた統制はある。
だが、見せつけるための整列はしない。
この場に必要なのは威容ではなく、速度だった。
「一班、通信!」
「二班、庁舎側!」
「三班、ハヌマーン展開!」
短く、要点だけの指示が飛ぶ。
男たちは即座に二つ、三つの役割に分かれた。
ある者は詰所へ駆け寄り、電話線の引き込みを探す。
ある者は工具とカッターを持って外線を切断する。
暴風雨の中でケーブルが弾け、濡れた地面へ垂れ下がった。
有線は切られた。
次に無線を止めれば、特車二課は孤立する。
別の一群は、キャリアに積まれていた小型高機動レイバーの固定具を外し始める。
ハヌマーン。
高層建築作業用として登録された、小柄な猿神たち。
その四機が、暴風雨の中で順に荷台から降ろされていく。
小さい。
だが、軽い。
軽いがゆえに速い。
足場の悪い場所を選んで踏める。
濡れた地面でも姿勢を崩しにくい。
そしてこの夜、特車二課の建物や車両の間を縫い、狭所を制圧するために最適な機体だった。
一機目が着地する。
膝が沈み、足首が水を蹴る。
続いて二機目、三機目、四機目。
四体の猿神はすぐに散開し、庁舎棟、格納庫、整備棟、通路の遮断へと振り向いた。
その頃には、特車二課の敷地内部でも非常ベルと怒号が混じり始めていた。
「何だ!?」
「外だ! キャリアが!」
「橋が落ちたぞ!」
「通信は!?」
「有線が死んでます!」
だが、その混乱へ追い打ちをかけるように、海側で新たな異変が起こる。
暴風で白く荒れた水面。
護岸に砕ける波。
その間から、暗い巨体が、ぬらりと姿を現した。
海から来た。
海底を歩いてきたのだ。
黒く、異様な頭部。
眼球を咥えたような、白いドクロじみた意匠。
TYPE-R13EX――ファントム。
完全無人遠隔操作実験機。
重武装でありながら、この夜は火力よりも別の役目を担っていた。
ファントムの頭部が持ち上がる。
背部装置が展開する。
次の瞬間、目には見えない圧力が敷地を撫でた。
無線が死んだ。
正確には、一時的に押し潰された。
通信機から雑音が噴き上がる。
警察無線の音声は途切れ、ノイズの海に沈み、指揮所のスピーカーは耳障りな鳴き声のような不快音を吐き散らした。
「無線が……!」
「ジャミング!?」
「いや、ただのジャミングじゃないぞ!」
ECM。
単なる雑音妨害ではなく、電子系そのものを鈍らせるような、異様な圧力。
特車二課は、有線を切られた直後に、無線まで封鎖された。
外とも内とも、声が繋がらない。
その一瞬だけでも、襲撃側には十分だった。
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そして、そのすべてを映している者たちがいた。
敷地の外。
暴風雨の中でワイパーを狂ったように振り続けるテレビ中継車。
助手席ではレポーターが青ざめ、後部ではカメラマンが怒鳴っている。
「回せ、回せ! 止めるな!」
「雨で飛ぶぞ!」
「いいから撮れ! 何だあれ、海から出てきたぞ!」
彼らがここにいるのは偶然ではない。
内海に誘い出されたからだ。
警察施設周辺で、過激派絡みの動きがある。
第一小隊が出払っている。
今夜は何かが起きる。
そう匂わせられれば、報道は来る。
そして報道が来れば、事件は単なる襲撃ではなく、劇場になる。
中継車のモニターに映っているのは、暴風雨の中で特車二課へ突入するキャリア群。
黒覆面の武装集団。
小型レイバー、ハヌマーンの展開。
そして海から現れたファントム。
誰が見ても、ただの事故ではない。
完全な武装襲撃だった。
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その頃、都心では別の火が上がっていた。
バビロンプロジェクト阻止を掲げる過激派。
「海の家」。
「地球防衛軍」。
その他、耳障りの良い自然保護や都市批判を掲げる連中が、台風の夜に合わせたように犯行声明を出していた。
街頭ビジョンや局の速報テロップには、断片的な情報が流れ始める。
都内各所で破壊活動。
建設関連施設を狙った攻撃。
重機・レイバーによる路上騒乱。
複数の武装勢力がバビロンプロジェクト阻止を主張。
そして実際に、ブロッケン二機が、ばらばらに破壊活動を行っていた。
一機は港湾施設。
一機は都心寄りの建設現場。
狙いは同じではない。
だが、目的は一つだった。
警察の目と手を散らすこと。
特車二課第一小隊は、そちらへの対処に追われ、主力を持って出払っていた。
つまり本命は、ここだった。
特車二課本部。
第二小隊の根。
イングラムの巣。
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特車二課庁舎内では、すでに混乱が拡大している。
「第一小隊とは!?」
「繋がりません!」
「橋が落とされてる! 増援が来られません!」
「格納庫を守れ!」
「二号機の起動急げ!」
「一号機は!?」
「通信不良で確認取れません!」
雨音。
警報。
ノイズ。
怒号。
その全てを、ハヌマーンの高い足音が刻んでいく。
四機のハヌマーンは、作業用レイバーとは思えぬ素早さで敷地内を駆けた。
大柄な軍用レイバーのような圧迫感はない。
だが、その分だけ嫌らしい。
建物の角を抜ける。
車両を踏み台に方向を変える。
濡れた通路を滑るように詰める。
細い機体は狭い空間に入り込み、警備員や残留要員を威圧し、経路を切り、出入口を押さえていく。
その姿は、まるで工事現場の猿が軍事訓練を覚えたかのようだった。
海側ではファントムが動かない。
いや、動く必要がない。
そこに立っているだけで、通信を圧し潰す重石になる。
白いドクロじみた頭部が、暴風雨の中でぼんやりと街灯を反射していた。
海から来る悪夢。
陸から来る猿神。
そして、その背後で動く黒覆面たち。
特車二課は、完全に作戦の内側へ閉じ込められていた。
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敷地外のどこか。
雨で輪郭の滲む車内で、ひとりの男がその映像を見ていた。
内海課長。
テレビ中継車に拾わせた映像。
現場から入る断片情報。
橋の破断報告。
ハヌマーン展開完了。
ファントム上陸。
ECM発動。
第一小隊不在。
盤面は、ほぼ予定通りに進んでいた。
彼は、雨に濡れたフロントガラス越しに、遠い特車二課の方向を見た。
「いいねえ」
小さく呟く。
「やっぱり舞台は整えてこそ、だ」
彼の中では、これは単なる襲撃ではない。
対決の前座だった。
泉野明。
イングラム。
アルフォンス。
そこへ至るための、過剰演出。
警察も報道も街も巻き込んで、ようやく盤面が温まる。
そして今、その舞台は暴風雨の中で完成しつつあった。
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特車二課の敷地では、最初の衝突が始まる。
黒覆面の一団が庁舎入口へなだれ込み、警備員を制圧する。
別の組は格納庫前へ走る。
ハヌマーンの一機が車止めを飛び越え、整備棟の脇へ回る。
もう一機が庁舎正面に立ち、二機は格納庫へ寄る。
四機とも、目的はただ暴れることではない。
制圧。
遮断。
足を止める。
イングラムへ至るまでの導線を削る。
その作業は、異様に手際がよかった。
暴力としてではなく、訓練された作業として。
そのことが、むしろ警察側には不気味だった。
「何なんだ、こいつらは……!」
誰かが叫ぶ。
答える者はいない。
暴風雨の夜。
橋は落ちた。
電話線は切られた。
無線は封鎖された。
第一小隊はいない。
海からはファントムが来た。
陸からは五台のキャリアと黒覆面の襲撃部隊。
そして四機のハヌマーン。
特車二課襲撃は、奇襲ではなく、舞台装置ごと組み上げられた包囲戦として始まっていた。