中継車のモニターには、雨に滲んだ特車二課の敷地が映っていた。
五台のレイバーキャリア。
黒覆面の襲撃部隊。
庁舎へ走る者。
電話線を切る者。
ハヌマーンを起動させ、格納庫前を押さえる者。
海から上がったファントム。
そして、ファントムのECMによって潰される無線。
映像は乱れている。
雨粒がレンズを叩き、風で三脚が揺れる。
だが、それでも十分だった。
特車二課が、いま何者かに襲われている。
橋を落とされ、通信を断たれ、海と陸から同時に入られている。
その光景を、報道のカメラが捉えていた。
そして、その映像を別の場所で見ている男がいた。
内海課長は、車内の小型モニターを眺めながら、実に楽しそうに笑っていた。
「国際化、国際化って言って何年経ったかね」
隣に控える黒崎は、何も言わない。
バドリナート・ハルチャンドも、いつものように茶々を入れなかった。
明日のラスボス戦ではない。
もう始まっている。
台風の夜、特車二課の敷地そのものが盤面になっている。
内海は、モニターの中で庁舎へ駆け込む黒覆面たちを見ながら続けた。
「国際化すれば、海外のテロリストに標的にされることだってあるだろうに……そういうことが全然わかってないんじゃないの?」
黒崎が、低く言う。
「課長。楽しそうに評論しないで下さい」
「評論じゃないよ。教育的指摘だ」
「襲撃している側が言うことではありません」
内海は気にしない。
雨に揺れる映像の中で、ハヌマーンが庁舎脇へ軽く飛び込む。
通常の作業用レイバーなら足を止める段差を、猿神は膝と手でいなしながら越えていった。
「警察の建物からしてこれだもの。こうもやすやすと敷地内への侵入を許すとは……テロ対策が出来てない」
バドがぽつりと言った。
「橋、落としたからやろ」
「そうだね」
「電話線も切ったし、ファントムで無線も潰したやん」
「そうだね」
「そら侵入できるわ」
「だからこそ、侵入されないようにしなきゃ」
内海は、まるで本気で警察の未来を憂いているような顔をした。
「こんなこっちゃ、二十一世紀の犯罪に対処できませんよ!」
バドは少し感心したように見た。
「内海さん、悪いことしながら正論っぽいこと言うの上手いな」
黒崎が言う。
「正論ではありません。詭弁です」
「でも、ちょっと当たってるやん」
「当たっている部分があるから質が悪いのです」
内海は、満足そうに背もたれへ体を預けた。
「さて、後藤隊長と南雲隊長はどう動くかな」
その言葉と同時に、モニターの中で庁舎側の明かりが一瞬乱れた。
/*/
特車二課庁舎内。
後藤喜一は、電話機を取り上げたまま、受話器の向こうの無音を聞いていた。
切れている。
外線が完全に死んでいた。
彼は受話器を置き、別の回線へ手を伸ばす。
だが、結果は同じだった。
南雲しのぶが部屋へ入ってくる。
「後藤さん」
「駄目だね。電話が死んでる」
「無線は?」
「そっちも怪しい」
廊下の向こうから、隊員の怒号が飛ぶ。
「無線、ノイズしか入りません!」
「第一小隊と連絡取れません!」
「橋が二本とも落ちています!」
南雲の表情が硬くなる。
「橋を?」
「準備してきたってことだねえ」
後藤は、いつもの調子に近い声で言った。
だが、目は笑っていなかった。
外では、金属音と足音が近づいている。
人間の足音だけではない。
軽いレイバーの足音。
通常の大型レイバーよりも細かく、速い。
南雲は窓へ近づき、雨に霞む敷地を見た。
黒覆面の集団が、庁舎正面へ走っている。
その背後で、小型レイバーが建物の脇へ回り込む。
「作業機?」
「作業機に見せた何か、かな」
後藤は上着を取った。
「目的は格納庫でしょう。イングラム」
「ええ」
「第一小隊は都心の騒ぎで出払ってる。こっちは橋を落とされて、通信を切られて、無線も潰された。おまけに台風だ」
「狙っているわね」
「狙ってるねえ」
南雲は即座に命じた。
「残留要員を格納庫へ。二号機、一号機の起動準備。整備班は退避経路を確保。庁舎入口は閉鎖」
だが、その命令は最後まで届かなかった。
廊下の非常灯が一瞬ちらつく。
次に響いたのは、入口側の扉が破られる音だった。
黒覆面の部隊が入ってきた。
突入は速かった。
撃ち合いではない。
殺傷ではない。
だが、確実に制圧する動きだった。
催涙弾に似た煙。
閃光。
怒号。
警棒を構えた警備員が押し戻される。
通信室へ向かっていた隊員が床へ押さえつけられる。
南雲が拳銃へ手を伸ばしかける。
その前に、廊下の向こうでハヌマーンの腕が窓枠を掴んだ。
外からだ。
庁舎脇へ回り込んだ一機が、窓際に張り付き、外壁を支点に体を寄せている。
猿のように。
作業用レイバーとは思えない姿勢だった。
「伏せて!」
南雲が叫ぶ。
直後、窓が割れた。
雨と風が、室内へ一気に吹き込む。
ハヌマーンの腕が、窓枠ごと部屋の一部を押さえ込んだ。
侵入ではない。
逃げ道を塞ぐための動きだった。
後藤は、机の陰へ身を沈めながら呟いた。
「やれやれ。本当に二十一世紀だね」
「感心している場合ですか!」
「してないよ」
後藤は、床に転がった通信機を引き寄せる。
だが、スピーカーから返ってくるのは、ひどいノイズだけだった。
ファントムのECMが、まだ生きている。
外へ声は届かない。
内側の連携も途切れる。
後藤は一瞬だけ目を細めた。
これは単なる荒事ではない。
橋を落とす。
電話を切る。
無線を潰す。
報道を呼ぶ。
都市部へ偽の火を撒く。
第一小隊を外へ出す。
その上で、特車二課を本命として叩く。
手順がある。
意図がある。
そして、趣味が悪い。
「ただの襲撃じゃなさそうだ」
南雲が振り向く。
「何か言いましたか」
「いや、何でも」
その時、黒覆面の一人が室内へ入ってきた。
「動かないでください」
声は抑えられている。
だが、訓練されている声だった。
「抵抗しなければ危害は加えません」
南雲は相手を睨む。
「警察施設への武装侵入よ。分かっているの?」
「承知しています」
「なら――」
南雲が一歩踏み出そうとした瞬間、別の黒覆面が警告する。
「警告。外壁側を見てください」
南雲は止まった。
窓の外に、ハヌマーンの腕がある。
細いが、レイバーの腕だ。
人間の身体など、押さえるだけで十分だった。
後藤は両手を軽く上げた。
「はいはい。分かった。乱暴しないでくれるかな。こっちは年寄りが多いんでね」
「後藤さん」
南雲の声は鋭い。
後藤は視線だけで返す。
今は時間を稼ぐ。
初動は間に合わなかった。
それを認めなければならない。
橋も通信もやられた時点で、通常手順は死んでいる。
ここで無理に抵抗すれば、庁舎内の人間が危ない。
相手は殺しに来ていない。
少なくとも今は。
なら、殺す理由を与えない。
後藤は、ゆっくりと言った。
「で、君らの目的は?」
黒覆面は答えない。
代わりに、別の者が通信室へ入り、内部機器を確認する。
さらに別の者が、庁舎廊下を制圧し、残留職員を一箇所へ集め始めた。
南雲は歯を食いしばった。
自分の部下たちが、次々と押さえられていく。
命令を出す前に。
態勢を整える前に。
初動を潰された。
それが一番苦い。
/*/
格納庫側でも、状況は悪かった。
整備班がシャッターを下ろそうとしたところへ、ハヌマーンの一機が横合いから飛び込んだ。
飛ぶ、というより跳ねる。
濡れた地面で足を滑らせることなく、膝を深く沈め、腕を地面へついて、低い姿勢からシャッターの支柱へ取りついた。
もう一機がキャリアから降りた資材固定用ワイヤを引き、格納庫の出入口を塞ぐ。
巨大な軍用機ではない。
だからこそ、隙間へ入る。
人間と大型レイバーの間にある、警備の盲点へ。
「こいつ、作業用じゃないのかよ!」
整備員が叫ぶ。
別の者が非常停止装置へ走る。
その前に、黒覆面の一人が立ちふさがった。
「動かないでください」
「どけ!」
「抵抗しなければ、怪我はさせません」
「ここがどこだか分かってんのか!」
「分かっています」
その返答が、妙に冷静で、かえって恐ろしかった。
格納庫内の照明が揺れる。
奥に、イングラムの白い装甲が見える。
だが、そこへ近づくには、ハヌマーンと黒覆面の制圧線を越えなければならない。
数分。
たった数分で、特車二課は根を押さえられつつあった。
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車内のモニターでそれを見ながら、内海は満足げだった。
「初動が間に合わないねえ」
黒崎は言う。
「当然です。そういう作戦です」
「うん。でも、こうも綺麗にいくと少し寂しい」
「課長」
「何かな」
「相手は警察です。寂しがらないで下さい」
内海は笑う。
「後藤隊長なら、もう気づいてるだろうね」
「何にですか」
「これは殺し合いじゃない。時間稼ぎと舞台作りだって」
バドは、モニターに映るハヌマーンを見ていた。
「あの猿、ええ動きするな」
「あなたはそこを見ますか」
「足場悪いのに滑らへん。手ぇついて方向変えとる。グリフォンほどやないけど、好きやで」
「好きにならないで下さい」
バドはモニターの奥、格納庫の白い影を見る。
「アルフォンス、起きるかな」
内海が答える。
「起きてもらわなきゃ困る」
「襲撃してるのに?」
「眠ったままでは、ゲームにならないだろう」
黒崎が冷たく言った。
「ゲームではありません」
内海とバドが、同時に笑った。
黒崎は、何度目か分からない胃痛を覚えた。
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庁舎内では、後藤と南雲が一時的に押さえられていた。
後藤は椅子に座らされ、南雲は立ったまま、黒覆面の隊員たちを睨んでいる。
その周囲には、残留職員と整備員の一部が集められていた。
拘束は最小限。
だが、逃げられない。
窓の外にはハヌマーン。
海側にはファントム。
橋は落ち、通信は死んでいる。
後藤は、ため息をついた。
「困ったねえ」
「困ったで済む状況ではありません」
南雲が言う。
「でも、焦っても橋は戻らないし、無線も繋がらない」
「後藤さん」
「分かってるよ」
後藤は、黒覆面たちを眺める。
「彼らは時間を稼いでる。何かを待っている」
「何を?」
後藤は、格納庫の方角を見た。
「白いのを起こすためか。黒いのを呼ぶためか。あるいは、その両方か」
南雲は表情を硬くした。
「黒いレイバー」
「かもしれないね」
雨音が強くなる。
台風の風が、庁舎の窓を震わせる。
特車二課は一時制圧された。
後藤隊長と南雲隊長の初動は、間に合わなかった。
だが、完全に終わったわけではない。
後藤は、濡れた窓の向こうを見る。
暗い敷地。
猿のような小型レイバー。
海から来た幽霊。
そして、まだ見えない黒い怪鳥。
「さて」
後藤は小さく呟いた。
「ここからが、本番かな」
その声は、雨とノイズの中に消えた。