/*/ 土浦研究所 解析室 /*/
東京レイバーショウから回収された二枚の起動ディスク。
特車二課一号機、二二一号機。
特車二課二号機、二二二号機。
その二枚が、土浦研究所の解析室に置かれた瞬間、空気が変わった。
「……本物だ」
森川政治が、掠れた声で言った。
端末に接続されたディスクから、膨大な動作ログが吸い上げられていく。
歩行。
制動。
転倒復帰。
対暴走レイバー制圧。
格闘。
銃器構え。
市街地での障害物回避。
パイロットごとの操縦補正。
自動姿勢制御。
その全部が、生きた運用データとして詰まっていた。
磯口豊は、眼鏡の奥で目を輝かせている。
「すごい……これはすごいぞ。展示用のカタログデータじゃない。実戦運用ログだ。しかも特車二課の現用機二機分」
森川は、画面を食い入るように見つめていた。
「一号機と二号機で癖が違う。操縦者に合わせて、学習補正がかなり変わっている。二号機は荒い。だが反応は速い。力任せに見えて、射撃姿勢への移行が妙に早い。こちらは……一号機か」
森川の指が、キーの上で止まった。
「なんだこれは」
磯口が覗き込む。
「どうした?」
「戻しが異常に柔らかい。転倒しかけた時の重心補正が、機械的じゃない。まるで、操縦者が機体の癖を先に読んでいるみたいだ」
「一号機のパイロットの癖か」
「いや、違う。癖というより……蓄積だ。操縦者と機体が、互いに合わせ続けた結果だ」
森川の声が熱を帯びる。
「これだけの動作パターンがあれば、これだけで一財産だ」
磯口が笑った。
「一財産どころじゃない。篠原重工が現場で育てた警察機の運用経験そのものだぞ」
森川は、ほとんど叫ぶように言った。
「これを解析して、ASURAに移植すれば――」
解析室の全員が、画面を見た。
「グリフォンの動作は、さらにレベルアップするぞ」
その言葉で、研究員たちは一斉に動き始めた。
誰かがログの複製を取る。
誰かが動作パターンを分類する。
誰かがASURAとの互換テーブルを開く。
警察機の制圧動作。
市街地運用。
転倒復帰。
相手を壊さず止める挙動。
そのすべてが、グリフォンにとっては未知の餌だった。
バドは、少し離れたところでそれを見ていた。
土浦研究所の大人たちは、完全に浮かれている。
グリフォンが勝った時より、起動ディスクを見ている今の方が興奮しているようにすら見えた。
「……なあ、内海さん」
「何かな、バド」
内海は、いつもの薄ら笑いを浮かべている。
だが、その目は端末に映る解析データをしっかり見ていた。
「内海さんは、これで目的達成しちゃったん?」
バドは少し不安そうに聞いた。
「二号機倒した。量産機も倒した。起動ディスクも取った。映像も撮れた。ASURAのデータも増えた。これでもう、グリフォンとイングラムで遊ばんでええってことにならへん?」
内海は、バドの方を見た。
そして、愉快そうに笑った。
「商売の話をするなら、今日の映像と解析データとASURAだけでも十分だね」
「……やっぱり?」
「シャフトの技術力は示せた。篠原重工の現用機データも手に入れた。警察機の動作パターンを解析できれば、次世代レイバー制御系への売り込み材料にもなる。グリフォン本体を売らなくても、ASURAだけで十分商売になる」
バドの顔が、分かりやすく曇った。
「ほな、終わりなん?」
「いいや」
内海は、あっさりと言った。
「それはそれで進める」
「それはそれで?」
「うん。大人の商売は大人がやる」
内海はバドの前にしゃがみ、目線を合わせた。
「でも、君はまだまだ遊び足りないだろ?」
バドの目が、一瞬で輝いた。
「遊ばせてくれるんか!?」
内海は、にこにこと笑う。
「もちろん」
黒崎が横から静かに言った。
「内海さん」
「何かな、黒崎君」
「商業的な目的は既に十分達成しています。これ以上グリフォンを出せば、露見と回収失敗のリスクが増えます」
「その通りだ」
「では」
「でも、それではつまらない」
黒崎は黙った。
内海は悪びれもしない。
「グリフォンは、商売のためだけに作ったわけじゃない。少なくとも僕はね」
森川が、端末から顔を上げた。
「ASURAの完成度を示すなら、次は一号機との直接戦闘データが欲しいところです」
磯口もうなずく。
「二二一号機の動作ログを見る限り、一号機は二号機とも量産機とも違う。あの機体と正面からぶつけたデータは、研究としても価値がある」
黒崎の表情は変わらない。
「研究としての価値と、実行リスクは別です」
「分かっているよ、黒崎君」
内海は立ち上がった。
「だから、舞台を整えるんだ」
バドは、内海を見上げる。
「舞台?」
「そう。今度は一号機がちゃんと出てこられる舞台。泉野明がアルフォンスに乗って、君とグリフォンを見て、逃げずに向かってくる舞台」
バドの喉が鳴った。
嬉しそうに。
怖そうに。
待ちきれなさそうに。
「ほんまに?」
「ほんまに」
「内海さん、めっちゃええ人やな!」
「よく言われる」
「たぶん言われへんやろ」
「ひどいなあ」
内海は笑いながら、解析室の画面を指した。
「まずは一号機と二号機のデータを全部食べよう。警察機の動き、捕縛、復帰、足回り、操縦者の癖。使えるものは全部ASURAに入れる」
森川が即座に答える。
「任せてください。特に一号機の復帰動作と二号機の射撃姿勢移行は、グリフォン用に再構成する価値があります」
磯口も続ける。
「腰椎ユニットを狙われた場合の防御パターンも組んでおいた方がいいな。今日やったことは、相手にもやられる可能性がある」
バドが頷く。
「せや。僕がやったってことは、野明のお姉ちゃんも思いつくかもしれへん」
黒崎が言う。
「通常、警察機はそのような破壊を優先しません」
「通常ならな」
バドは即答した。
「でも、あのお姉ちゃんはアルフォンス守るためなら、たぶん普通と違うこともするで」
内海は、満足そうに目を細めた。
「いいねえ、バド。君は本当に一号機を高く買っている」
「買っとるよ」
バドは真顔で言った。
「あれはただの警察レイバーやない。毎日仕事して、毎日怒られて、毎日直されて、ずっと野明のお姉ちゃんと一緒におった機体や」
バドは、解析画面に映る二二一号機の動作ログを見た。
数値の向こうに、白いレイバーが見える気がした。
「そういうのは、強い」
解析室が、少し静かになった。
内海だけが、相変わらず笑っていた。
「では、決まりだ」
彼は軽く手を叩く。
「商売は商売で進める。研究は研究で進める。そして遊びは遊びで続ける」
バドは両手を上げた。
「やった!」
黒崎が低く言う。
「内海さん」
「分かっているよ。危険は承知だ」
「承知しているなら」
「でもね、黒崎君」
内海は、倒錯したほど朗らかに言った。
「ここでやめたら、グリフォンが可哀想じゃないか」
黒崎は答えなかった。
バドは笑っていた。
土浦研究所の端末では、二二一号機と二二二号機の動作パターンが、次々とASURA用の形式に変換されていく。
警察機の経験。
特車二課の現場。
泉野明と太田功が積み重ねた癖。
それらが、黒い怪物の中へ移植されようとしていた。
バドは拳を握る。
「待っときや、アルフォンス」
その声は、ただの子供の声だった。
けれど、そこには本気があった。
「こっちは、ちゃんとレベル上げしてから行くからな」