/*/ 長城号 開発班控室 /*/
長城号の船内では、特車二課襲撃の映像が、すでに何度も繰り返し流れていた。
報道各局は、台風情報と同じくらいの熱量で、特車二課襲撃事件を扱い始めている。
警察施設への武装侵入。
二本の橋の破壊。
通信遮断。
未確認レイバーによる攻撃。
海へ消えた黒い機体。
そして、その黒い機体が警察用レイバー、AV-98イングラムを撃破したという事実。
船内の開発班控室でも、テレビがつけられていた。
森川政治と磯口豊は、テーブルの上に戦闘ログのプリントアウトを広げたまま、食い入るように画面を見ている。
バドはソファに座り、ジュースのグラスを両手で持っていた。
戦闘後の高揚はまだ抜けていない。
けれど、身体の奥には遅れてやってきた疲労もあった。
テレビ画面には、ニュース番組の特設スタジオが映っている。
キャスターが、緊張した顔で言った。
『ここで、レイバー工学の第一人者であり、レイバーの生みの親とも言われる古柳教授にお話を伺います。教授、こちらの映像をご覧になって、いかがでしょうか』
画面が切り替わる。
暴風雨の特車二課。
白いイングラム。
黒いグリフォン。
古柳教授は、眼鏡の奥で目を細め、映像をじっと見ていた。
『黒いレイバー……グリフォンと言うのですか?』
教授は、ゆっくりと言った。
『この動きは、既存のOSではありませんね』
森川の肩が、ぴくりと動いた。
磯口が息を止める。
バドもグラスを口元へ運ぶのを忘れた。
古柳教授は、画面上でグリフォンが貫手を繰り出し、アルフォンスの回避を追い込んでいく場面を見ていた。
『私の元で研究開発されていたレイバーシステム……ASURAなら、可能かもしれません』
森川が立ち上がった。
「言った」
磯口も立ち上がる。
「今、言ったな」
バドが目を輝かせた。
「ASURAって言うた!」
テレビの中で、キャスターが少し驚いた顔をする。
『ASURA、ですか』
『ええ。単なる姿勢制御や歩行補助ではありません。これは、機体全体の運動を一つの身体として扱っている。既存のレイバーOSでは、ここまで連続した動きは難しいでしょう』
映像がスロー再生になる。
グリフォンが戦闘プロトコルBへ切り替わった瞬間。
動作の起こりが消え、踏み込みの癖が変わり、アルフォンスの読みを外したあの場面だ。
古柳教授が指で画面を示す。
『ここ。ここで動きが一段とダイナミックに、スムーズになっています』
森川が拳を握る。
「見てる。見てるぞ、教授……!」
磯口は、ほとんど祈るように画面を見ていた。
古柳教授は続ける。
『これはASURAが持っている、ハードウェアのオーバーワークに見えるのですが……』
バドは少し肩をすくめた。
「やっぱ分かるんやな」
森川が小声で言う。
「分かる人には分かる。古柳教授なら、分かる」
テレビでは、グリフォンがアルフォンスの肩部ジョイントを破壊した直後の場面へ移る。
動きが戻る。
Bシステム再起動。
戦闘プロトコルBから、安定補正を含む動きへ。
古柳教授は、そこを見逃さなかった。
『イングラムの肩を破壊した後に、戻っていますね。これは、ASURAの特徴を捉えて良く制御しているように見えます』
森川が叫びそうになり、両手で口を押さえた。
磯口は机を叩いた。
「よし!」
バドは、ジュースのグラスを掲げた。
「ほら! ぼくら、ちゃんとやれてたんや!」
テレビの中で、教授は静かに続ける。
『もちろん、イングラムも素晴らしい機体です。あの状況で、性能の劣る機体とOSでよく戦ったと思いますよ。特にパイロットの反応と経験は見事です』
バドは、そこで少しだけ笑みを変えた。
得意げな顔ではなくなる。
野明のアルフォンスが、雨の中で立ち続けた姿を思い出した。
外装を削られても。
肩を壊されても。
腰を砕かれても。
最後の腕を伸ばした姿を。
古柳教授は、最後にこう言った。
『ただ、この黒いレイバーが上手だった。機体性能、OS、パイロット、そして事前の準備。すべてを含めて、上回ったということでしょう』
その瞬間、森川と磯口が同時にガッツポーズを取った。
「よしっ!」
「認めた!」
「古柳教授が!」
「ASURAを!」
「グリフォンを!」
二人は完全に子供のようだった。
戦闘ログも、政治的リスクも、警察施設襲撃も、今だけは頭から消えている。
自分たちが作ったもの。
育てたもの。
否定され、危険視され、それでも積み上げてきたもの。
それが、レイバー工学の権威に見抜かれ、評価された。
それは技術者にとって、勝利とは別の報酬だった。
バドは、二人を見て笑った。
「森川さん、磯口さん、めっちゃ嬉しそうやな」
「嬉しいに決まっているだろう!」
森川は即答した。
「あの古柳教授が、ASURAだと見抜いて、その上で制御を評価したんだぞ!」
磯口も興奮している。
「ハードウェアのオーバーワークまで見抜いた。さすがだ。だが、戻したところまで評価した。そこが重要なんだ」
バドは頷いた。
「うん」
そして、少しだけ真面目な顔で画面を見た。
テレビでは、アルフォンスが倒れる場面が再び流れている。
バドは、ぽつりと言った。
「結構、辛勝だったで」
森川と磯口が、バドを見る。
「辛勝?」
「うん」
バドは、グラスを置いた。
「勝ったけどな。圧勝みたいに見えたかもしれんけど、あのおねーちゃん、ほんまにしぶとかった。毎日乗ってる経験値はバカにならんわ」
森川は黙った。
磯口も頷く。
映像だけ見れば、グリフォンの完勝だった。
だが、ログを見れば分かる。
野明の反応。
アルフォンスの粘り。
紙一重の回避。
攻撃の癖を見抜こうとした判断。
相打ちに持ち込もうとした執念。
壊れても手を伸ばした意志。
それは、確かに危険だった。
原作を知るバドだからこそ、潰せた場面もある。
知らなければ、ワイヤーに捕まっていたかもしれない。
知らなければ、相打ちにされていたかもしれない。
バドは、倒れたアルフォンスの映像を見た。
「でも、今日はぼくらの積み上げたものが勝った」
ASURA。
グリフォン。
モーションキャプチャー。
受け身。
カポエイラ。
戦闘プロトコルB。
背面ユニット換装。
アクアユニット離脱。
ブラジルでの実証。
サターンでの派生。
データランドセル。
何もかもが、今日の勝利に繋がっていた。
バドは顔を上げた。
その表情は前向きだった。
浮かれているだけではない。
次を見る顔だった。
「次も勝とうな」
森川は、少し驚いたようにバドを見た。
それから、笑った。
「ああ。次も勝つ」
磯口も頷く。
「そのために、まず今回のログを全部洗う。熱、関節負荷、Bシステム切替、アクアユニット換装、全部だ」
「忙しいなあ」
バドは笑った。
「でも、ええで。ぼくも乗る」
森川が手を差し出した。
バドは少しだけ首を傾げ、それからその手を握った。
磯口も反対側から手を重ねる。
技術者二人と、子供のテストパイロット。
そして、その背後にはグリフォンとASURAがある。
テレビでは、古柳教授の解説が続いている。
世間はこれから騒ぐだろう。
警察は怒るだろう。
篠原重工は震えるだろう。
極東支配人は商売を考えるだろう。
内海は次の遊びを考えるだろう。
だが、この小さな控室では、ひとつだけはっきりしていた。
今日、彼らの積み上げたものは勝った。
だから、次も積み上げる。
次も勝つために。
バドは、もう一度テレビの中の黒い機体を見た。
「なあ、グリフォン」
小さく言う。
「次も、もっと強くなろうな」
画面の中の黒い怪鳥は答えない。
けれど、バドには、ASURAが静かにログを刻み続けているように思えた。