/*/ エピローグ /*/
特車二課襲撃事件は、いくつもの名前で呼ばれた。
警察施設襲撃事件。
台風下レイバー強襲事件。
バビロンプロジェクト反対派による同時多発テロの一部。
未確認高性能レイバーによる警察機撃破事件。
そして一部の報道機関は、視聴者が忘れられない呼び名を使い続けた。
黒い怪鳥事件。
テレビ中継に映った黒いレイバーは、世間に強烈な印象を残した。
暴風雨の中で特車二課へ現れ、イングラムを撃破し、自力で背面ユニットを換装し、海中へ消えた正体不明の機体。
その名を、グリフォンと言うらしい。
そう報じられた。
しかし、公式には最後まで曖昧にされた。
警察発表では、黒いレイバーは犯罪組織が独自に開発した正体不明機とされた。
製造元不明。
運用者不明。
搭載OS不明。
支援組織不明。
多くが不明のまま、事件だけが残った。
ただし、専門家たちは気づいていた。
あの動きは、既存のOSではない。
レイバーの生みの親と呼ばれる古柳教授がテレビで口にした一言は、業界の空気を変えた。
ASURAなら、可能かもしれません。
それは、単なる推測ではなかった。
篠原重工がHOSによって次世代レイバー制御の標準を握ろうとしていた時代に、後発のASURAは別の答えを示した。
機体を一つの身体として扱う。
地形を読む。
転倒しない。
受け身を取る。
限界を超えて動く。
そして、戻る。
ASURAは最初、危険なOSとして語られた。
次に、異常に高性能なOSとして語られた。
やがて、現場に必要なOSとして語られるようになった。
建設会社は、足場不良時の姿勢回復を欲しがった。
警備会社は、非破壊制圧と転倒復帰を欲しがった。
軍は、悪路走破と戦闘機動を欲しがった。
海外企業は、ライセンスを欲しがった。
政府は、管理したがった。
そして市場は、便利なものを選んだ。
篠原重工のHOSよりも後発でありながら、ASURAは少しずつ、だが確実にシェアを奪っていった。
それは、黒い怪鳥の勝利が残した影だった。
グリフォンそのものは、表の歴史から消された。
犯罪組織の正体不明機。
その一言で片付けられた。
だが、完全には消えなかった。
数年後、海外の軍事関係者の間で、ある噂が流れ始める。
米軍が、極秘裏に新型の軍用強襲レイバーを採用した。
公式発表はない。
配備数も不明。
運用部隊も不明。
ただ、演習場の遠景写真に映り込んだ黒い影が、ある者たちの記憶を刺激した。
異様に細く、しなやかな四肢。
高出力を隠しきれない関節。
鳥のようにも、獣のようにも見える頭部。
グリフォンによく似た形状。
日本政府は、米国に対して遺憾の意を伝えた。
伝えた。
それだけだった。
抗議は抗議として処理され、外交文書は外交文書として保管され、現実は現実として進んだ。
強い技術は、欲しがられる。
欲しがられた技術は、いつかどこかで使われる。
それが、レイバーの時代だった。
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長城号を離れた後、バドリナート・ハルチャンドは極東支配人の管理下で、テストパイロットとしての日々を続けた。
身元引受人は徳永専務。
国籍は日本。
旅券もある。
かつて、どこの国の子供でもなく、どこの書類にも存在しなかった少年は、今や書類の上では確かに存在していた。
もちろん、それは自由という意味ではなかった。
管理されている。
利用されている。
試されている。
だが、保護もされている。
食事があり、寝る場所があり、医療担当がいて、教育担当がいて、法務担当がいる。
そして、グリフォンがあった。
ASURAがあった。
森川政治と磯口豊がいて、組立整備スタッフがいた。
彼らは、特車二課襲撃のログを何度も解析した。
貫手の負荷。
肩部ジョイント破壊時の応力。
戦闘プロトコルBのハードウェア負担。
腰椎ユニット破壊時の蹴りの軌道。
前回り受け身からの回避。
アクアユニット換装時の姿勢制御。
どれも、次のグリフォンを強くするための材料だった。
バドは、何度も言った。
「次も勝とうな」
森川は答えた。
「ああ。次も勝つ」
磯口は端末から顔を上げずに言った。
「そのためには、まずこのログを全部洗うぞ」
バドは笑った。
それが、彼らの日常になった。
黒い怪鳥は表向きには消えた。
けれど、ASURAの中には残っている。
特車二課との戦いも。
アルフォンスの粘りも。
泉野明の経験値も。
太田たちの無茶も。
暴風雨の中で勝ち取った全てが、ログとして刻まれていた。
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特車二課も、ただ敗北したままでは終わらなかった。
倒されたイングラムは修理された。
壊された通信設備は更新された。
落とされた橋は復旧された。
車載電話も、無線も、外部連絡手段も見直された。
警察施設に対するテロ対策という言葉が、ようやく真剣に語られるようになった。
それは皮肉だった。
あの夜、内海課長が笑いながら口にした言葉が、後になって現実の課題として残ったのだから。
国際化。
二十一世紀の犯罪。
海外のテロリスト。
警察施設の脆弱性。
誰も認めたくはなかった。
だが、認めざるを得なかった。
特車二課は敗北した。
完全に。
だからこそ、変わらなければならなかった。
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内海課長と熊耳武緒の行方は、しばらく掴めなかった。
オーストラリア。
ニュージーランド。
香港。
シンガポール。
噂はいくつも流れた。
どれが本当で、どれが嘘かは分からない。
ただ、ある国の空港で、黒髪の日本人女性と、楽しそうに笑う男を見たという証言があった。
男は、赤い大地の観光案内をしていたという。
女は、ひどく不機嫌そうだったという。
それでも、男の隣を歩いていたという。
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そして、世界は進んだ。
HOSが握るはずだった未来の一部を、ASURAが奪っていく。
篠原重工は追いかける。
シャフトは売り込む。
軍は欲しがる。
政府は管理しようとする。
現場は便利なものを使う。
その裏で、黒い怪鳥の名は、都市伝説のように語られた。
あれは本当に存在したのか。
犯罪組織が作ったのか。
企業が隠したのか。
軍が買ったのか。
子供が乗っていたという噂は本当か。
誰にも分からない。
だが、映像は残っている。
暴風雨の中で、白いイングラムを倒し、悠々と海へ消えた黒いレイバーの映像が。
それは、レイバーの時代が一つ先へ進んだ瞬間だった。
正義が勝った瞬間ではない。
警察が守り切った瞬間でもない。
技術と商品と欲望が、現場の勇気を踏み越えた瞬間だった。
完璧な勝利だった。
完全な敗北だった。
そして、その敗北の上に、新しい標準が築かれていった。
後日談も少し考えたのですが、あくまでバドが(事の善悪は兎も角)勝ちたいと努力して勝つ話なので、ここで終わりにすることにしました。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。