光りが輝けば、影は濃くなる。
眩い光を浴びれば人の後ろに影が落ちる。
影はいつだって人の傍らを共に歩いてきた。深く関わらず、ただ隣にいる良き隣人として。
ある日、人から溢れ出た感情は影に力を与えた。
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、苦しみ……人の多種多様な感情を手に入れた影は強大な力を手に入れ、次第に人から『ゲンエイン』と呼ばれるようになった。
人の感情を手に入れたゲンエインは善なのか悪なのか……
『仮面ライダーイルシオン』
真っ白な部屋の中央にデスクトップ一式だけが置かれている。
部屋の四隅には大きな鏡が置かれており、その全てが真ん中でパソコンと向かい合っている青年・郡上夏明を映し出していた。
「ここじゃ死ねない」
郡上はオカルトサイトの管理人である。
ゲンエイン特化情報局『シャドウビジョン』国内外問わず謎の生命体・ゲンエインの情報をまとめるサイトであり、その管理人『苦情ネギ』は郡上のペンネームである。
郡上は天井の四隅に仕掛けられたカメラの内、一つに顔を向けた。
郡上の前はディスプレイが三つある。そのうち、左側、縦型ディスプレイには真っ白な部屋と郡上を映し出す映像が四つの視点で映し出されている。
その下にはYouTubeLiveのコメント欄が映し出されており、無数のコメントが流れていた。
「僕が死んだらゲンエインが映る!」
「さぁ、僕を殺してみろ!」
郡上は大きく両手を広げて威嚇するようなポーズを取ると、勇み足でデスクに戻りコーラを飲み干した。
ペットボトルを叩きつけるように机に置くと、空になったコーラを見て大きなため息をついた。
「……これ最後の飲み物だ」
画面に「馬鹿野郎」「ドジ出てるぞ」と言うコメントが流れていく。
「……買いに行きます」
*
深夜のコンビニに訪れた。
郡上は命を狙われている。ブログで殺害予告をされてから、彼は殺されないようにと部屋に籠って四六時中、配信を続けている。配信部屋として用意した白い無機質な部屋に鏡とカメラを用意し、誰かが現れてもカメラに収まるようにしていた。
普段のYouTube配信では郡上以外に数人のスタッフが機材管理をしていたが、今、彼は二十四時間、常に配信をしており、スタッフは一人ずつが入れ代わる形で機材を管理していた。
今の時間はスタッフが病欠により欠勤、他のスタッフも用事があり、穴を埋められず、一人で配信するしかなかった。
次のスタッフが来るまでは、飲み物を節約しようと考えていたが、無鉄砲に全て飲んでしまった。このまま、待つことも考えたが次にスタッフが来るのは数時間後、その間、好きな物も飲めずに白い部屋に居たら気が狂ってしまう。
そんな感情が、彼が部屋から出る判断を下してしまった。
「お願いします」
籠に詰めた大量のコーラを金髪の女性店員に渡した。
「大丈夫ですか?」
ギャル風のメイクをした店員は大量のコーラと郡上の不健康な顔立ちに視線を往復させながら心配そうに尋ねてきた。郡上は「大丈夫っす」と言いながら、電子マネーを相手に見せて決済を終えた。
「……重、無理だろ」
大量のコーラは、腕にレジ袋の跡をつけるほど重たかった。
郡上は基本、家に籠ってパソコンと睨めっこしているような人間である。外に出ることも買い物程度で、運動なんてろくにしていない。
休憩しながらマンションの前までどうにか運んで、袋を地面に下ろした。近くの壁にもたれて地面に座り込む。
「お疲れ様です」
男の声が聞こえる。
咄嗟にその声の方を向くと、道の奥、街灯の下に黒い影が立っていた。郡上はレジ袋を強く握りしめて、ゆっくりと立ち上がる。
「殺しに来たんだろ!!」
黒い影に体を向けながら一歩ずつ後退りをする。
彼は目の前にいる黒い影の正体を知っている。
ゲンエイン、ネット上でそう呼称される異形の怪物。郡上はゲンエインについて触れすぎた結果、ゲンエインから命を狙われるようになった。
だからこそ、目の前にいる黒い影は彼の命を付け狙う存在だと理解するのは容易く、ここで殺されるわけにはいかないと、彼の心を鼓舞した。
コーラを一本取り出して相手の方に向けて構えた。
「お疲れ様でぇす」
黒い影の周りを漂っていたモヤが影の中に吸い寄せられる。
ゆらゆらと揺れていた輪郭は徐々に硬さを持った固体へと変化し、真っ黒だった全身には少しずつ色が乗っていく。
頭部には逆さになった赤ちゃんの顔、体には老若男女の様々な人間の顔があり、その顔は何かをブツブツと呟いている。
腰から伸びた猿のような細長い手には斧のような武器が握られている。
「……たた、戦うぞ!」
郡上はコーラをもう一本構えた。
コーラ二本と斧一本、どちらが勝つかなんて郡上にもわかっている。
ただ何もしないのは嫌だ。何もしないで死んでいくのは嫌だ。そんな感情だけで彼は目の前に現れた異形に向き合っている。
「お疲れ様です」
ゲンエインが斧を振り上げた瞬間、暗闇から現れた男の手が斧を掴んだ。
オーバーサイズの黒いTシャツに、白いトラックパンツ、無造作に跳ねて乱れた髪型も相まって全体的なだらしなく見える。
そんなだらしない男がゲンエインをビーチサンダルで蹴りつけると、ゲンエインはよろめき男の方を向いた。
「大人しくしてろ」
気怠げに自分の手を払いながらそう呟くと、男の体から黒い影のような煙が吹き出た。体中をその黒い影が覆い尽くし、少しすると内側から眩い光が放たれた。
「無駄に命賭けんな」
光の中から青と白を基調としたヒーローのような姿の人型実体が現れた。
右から左へと流れるように立つ鋭利な角が、白と青が交互に五本、頭部に存在している。山吹色の大きな複眼は丸みを帯びているが、外へとつり上がっており威圧的な印象を与えた。
口元に鼻や唇はなく、先にかけて折り返すように白銀のプレートが山になっているだけでのっぺりとしており、表情は一切ない。
革ともラバーとも似つかない黒い皮膚には青い工学的な線が走り、肩や胸、腕などに白を基調として青いラインが入った装甲が乗っている。
胸部の装甲の中央には太陽を模した山吹色の紋章が刻み込まれ、その紋章ひとつだけで彼の不気味さを払拭し、人間の味方であることを理解させていた。
「仮面ライダー……」
青と白の戦士、世間は彼を仮面ライダーと呼ぶ。
▼
「イルシオン!」
黒に青いスモークが炊かれた背景に、仮面ライダーイルシオンが立っている。
画面が気怠げな青年が電球型アイテムを持った映像に切り替わった。
「幻影の電球・シャドウバルブを回して起動!」
指先で電球の頭を回すと、青白く光った。
『イリュージョン!』
中央に円形のディスプレイがついた黒字に白と青のラインが走ったベルトがアップで映し出される。
「イルシオンドライバーにセット!」
シャドウバルブの頭をベルトの右側に差し込むと、ベルトのラインが発光した。
『Light UP……Light UP……』
「シャドウバルブをひねって変身!」
差し込まれたシャドウバルブを捻ると、ディスプレイにイルシオンの太陽の紋章が映し出される。
『shadow on! イリュージョン イリュージョン イルシオン!仮面ライダーイルシオン!』
「仮面ライダーイルシオン!」
仮面ライダーイルシオンが現れ、両腕を大きく広げたあと、拳を構えた。
「DXイルシオンドライバー!」
「多種多様なシャドウバルブでフォームチェンジ!」
色とりどりのシャドウバルブが宙を舞う。
「DXシャドウバルブコレクション!」
日付とともに、一作前の仮面ライダーが電球に書かれたシャドウバルブが現れる。
「今ならシャドウバルブが貰える!」
△
仮面ライダーはゲンエインが振り下ろした斧を前腕の装甲で受け、反対の手で彼の手を掴んだ。
そのまま、相手を自分の体へと引き寄せると相手の足を強く踏みつけ、相手の体を固定した。そのまま足払いで相手の姿勢を崩し、地面に落ちそうなところでゲンエインの頭を掌で掴んだ。
仮面ライダーはゲンエインを地面に引き摺りながら、近くの壁へとの歩いていく。頭ごと体を軽々しく持ち上げると、何度も何度も相手の顔を壁へと叩きつけ、その後、地面に捨てた。
「終わりだ」
全ての指を力強く立て手刀を作ると、ゲンエインの胸元に向けて勢いよく突き立てた。手刀はゲンエインの体を貫き、その断面からは尋常じゃない量の影が吹き出し、ゲンエインの体は黒いモヤとなって霧散した。
「危ないことすんな」
仮面ライダーは歩いて郡上に近寄っていく。
仮面ライダーの体から影が吹き出すと装甲がどろりと溶け落ち青年の姿に変わった。
つり上がっているが丸みがあり大きく開いた目、焦げ茶色と薄茶色のオッドアイ、鼻筋は通っているが主張は少ない。
下唇はやや厚みがありキュッと唇を引くと強い意志を感じさせられるが、表情に力はなく口は半開き。顎に厚みがあり、精悍にも見えるが、どことなく中性的にも感じさせられる印象の薄い輪郭。
整ってはいるがだらしない。そんな印象を受ける二十代半ばの青年。郡上はコーラを構えながらも威勢を張ったまま青年の顔をじっと見つめている。
「死ぬかもしれなかった!」
「自分で身を守るしかないだろ!」
「死なせないから来たんだろうが」
青年は郡上の胸ぐらを掴み顔を寄せた。とぼけた瞳に力が篭もり、郡上の顔を鋭く睨みつける。
「ずっと守ってくれるってのか?」
「……どうでもいい」
すっと表情が無気力に戻る。郡上の胸ぐらを離すと地面に置かれたレジ袋を手に取った。中身を覗くと軽蔑の意味を込めて目を細め相手を顔を見た。
「お前、死ぬぞ」
「いいんだよ! 好きな物飲んで死ぬなら!」
「じゃあ、助けなくていいじゃねぇか」
レジ袋を郡上の胸に突きつけた。彼はそれを受け取ると袋の重みに身体が折れ膝から崩れ落ちた。
「運動しな」
青年はため息をついて相手から袋を奪って歩き出した。
「……案内しろ」
青年が郡上の顔を見てそう言うと、郡上は少し嬉しそうに微笑み膝を払いながら立ち上がった。
*
「真っ白だな……」
郡上の部屋に入った青年は呆れるように呟いた。
郡上はポテトチップスを何個かを机の上に起き、コーラを二本机に置いた。
青年は何もない部屋に落ち着かないようでキョロキョロと辺りを見回しながらうろちょろしている。天井を見ているとカメラに気付いたのか「謀ったな」と呟いてカメラを指さした。
「ここまで来て金儲けか」
「人聞き悪いなぁ。カメラ消してますよ」
青年は郡上が指さしたディスプレイを覗いた。画面上には配信終了の文字が出ており、ため息をつきながら地面に座った。
「そもそも、こんなサイトを作るから狙われるんだ」
画面に映し出された黒と紫を基調としたサイトを指さした。青年は手を伸ばしてマウスを操作すると仮面ライダーとカテゴリーされたページを開いた。青と白のヒーローがトップに添えられたページには記事がずらっと並んでいる。
「黙認してきたがいい思いはしていない」
最新の記事を表示し、埋め込まれたURLをクリックすると、『記録』とタイトルがつけられたブログが表示された。
下にスクロールしていくと『9-ツイキャス-2023-04-28〜2023-08-02-ゆきまる@yukimaru55655』と名前がついた記事が現れた。
記事を開き、下へ下へとスクロールしていく。
配信内容を文字起こしした文章から、編集者コメントという筆者の考察に入る。
仮面ライダー、ゲンエイン、二つの生物についての生態考察が終わったと思うと、筆者は自分がゲンエインであることを暴露し、仮面ライダーに関わる人間を殺すと言う内容に変わった。
『苦情ネギ、ゆるぴよ、三種、コンビニ店員、匿名看護師、飯島篤人、そのほか大勢の彼に助けられた人間。関わりが深い人間から殺していく。』
そこで青年はスクロールを止めた。
「これはお前が撒いた種だ」
「何度も俺はメールで『関わるな』と送ったよな」
「それでもお前は辞めなかった」
「来てませんよ。そんなメール」
「は?」
郡上はメールのタブを開くと、画面に夥しい量のメールが表示された。検索欄に『関わるな』と入力し検索すると、数千件のメールがヒットした。
「送ってきてるんでしょうけど、迷惑メールとか大量に来ますし……記事に関係ないメールはスタッフが候補から外してます」
「そうなのか……」
青年は画面から目を逸らして相手の顔を見た。
郡上は卓上に置かれたコーラを一本、青年に渡した。青年はコーラを受け取ると蓋を開けて口をつけた。ごくごくごくと喉仏が上下に動く。
「本当にご飯食べるんですね」
「……なんだ? あぁ、あれか」
郡上がポテトチップスの袋を開けて青年に渡した。青年は「のり塩か……」と難色を示したが受け取って数枚口の中に放り込んだ。
「お前はここまで拡散に関わっている」
「だから、真っ先に狙われている」
青年は立ち上がり、コーラとポテチをデスクの上に置いた。
「ここまで見せたからな……説明するぞ」
「お前が追われている黒い影……通称、ゲンエインについてだが」
「大まかにわけて三つの形態を持つ。サイトから名称を借りるなら……」
「まず、一つ目『幻影態』」
青年が目を閉じると身体の色がどろりと溶け落ち、黒に染まった。体の内側から黒いモヤが飛び出すと体を覆い、輪郭がぼやけていき影のような姿に変化した。
「うわぁ!」
郡上は突然変化した青年の体に驚き後退りをした。黒い影はがっくしと肩を落とし激しくため息を吐いた。
「驚くな……まず、この姿では物を触ることが出来ない」
デスクの上のコーラを取ろうとするが手が通り抜けてしまう。
「物理法則に縛られない体」
「だから、この姿では自由に動ける。こうやって地面に沈むことも、飛ぶことも出来る」
影が床の中に沈み込んだかと思うと、すぐに浮上し空中に浮いた。
「次に『ゲンエイン態』、俺のは特殊だが」
体を纏っていた黒いモヤが漂うように動き始めた。
中から光が漏れ出ると目を潰すほどの巨大な光へと成長し、部屋を真っ白に染め上げた。
光が落ち着き、視野も元に戻るとそこには青と白の仮面ライダーが立っていた。
「仮面ライダー!」
「お前らが呼ぶ仮面ライダーは俺のゲンエイン態」
「ゲンエイン態は人によって違う。斧を持ったやつも居れば鎌を持ったやつもいる」
「そして、『感情態』」
黒い影が体内から吹き出し、装甲はどろりと溶け落ちた。中から青年が現れる。
「ゲンエインが特別な感情を手に入れると獲得するらしい」
「俺は人を守りたいと思った時からこの姿を手に入れた」
「元々はもっと歪なゲンエイン態を持っていたが、今の姿になったのもそのタイミングだ」
青年はディスプレイの後ろに回り込むと、記録と書かれたブログを指さした。
「お前が追われているこいつ、名前は
「こいつはゲンエイン、人間に危害を加えることに快楽を示すゲンエインだ。人間を絶望に落とすために人と瓜二つの感情態を持つ」
「お前がゲンエインを広め、こいつの目的を阻害するようなことをした。だから、お前は狙われた」
「……でも、そんな意図はなくて」
「意図は関係ない。こいつはやりたいことが出来ないなら徹底的に邪魔者を排除する」
「当面は俺とお前、ゲンエインを殺す邪魔者とゲンエインを拡散したお前を排除しに来る」
郡上は体を小さくまとめて顔を膝に埋めた。
青年は目を細めて薄く笑うと郡上の横に立ち、静かに座った。
「だから、俺が来た」
▼
『ガンバレジェンズ!』
暗闇の中から仮面ライダーイルシオンが登場しポーズを決める。
『仮面ライダーイルシオン、堂々登場!』
背景にガンバレジェンズの筐体が現れる。
『お店で貰える俺のカードで世界を守ろう!』
ガンバレジェンズの筐体と数枚の写真が画面に並べられ、中央上部にロゴが置かれた。
『ガンバレジェンズ イリュージョンシャドウ第1弾』
ガンバレジェンズの筐体の前で仮面ライダーイルシオンがポーズを決めるとカードと日付が大きく出現した。
『仮面ライダーイルシオン、今ならお店で貰える!』
△
山奥の廃墟の中、ひび割れた外壁には蔦が這い、今にも朽ち果てそうなほど塗装は剥げ、無機質なコンクリートが露出している。
庭は一切手入れがされておらず、雑草は伸びきったままであり、木は枯れ果てたまま放置されていた。
しかし、屋敷の中に入ると小綺麗に片付けられた中世風の室内が広がっていた。
玄関から入って赤い絨毯を進み、客間に行く間、壁と色が同化した扉がある。その扉の中にはデスクトップ一式と黒を基調としたベッド、そして冷蔵庫、姿見の鏡が置かれた寝室があった。
鏡の前に置かれた椅子に、スーツを着た男が一人座っていた。
その男は部屋の片隅に立ち尽くしている三つの黒い影に対して言葉を投げている。
「それで、名無しくんは見つかったんですか?」
「ミつかりまシタ が、タオされてしマい」
「見つかったんですか、それは良かった。それで、倒された……?」
「えぇっと、私は四人で行かせましたよね。四人もいれば、相打ちになるという算段でしたが……違いましたか?」
「いや、三人も帰ってきてますからね。きっと相当な痛手を与えたんでしょう」
黒い影の一人が首を振った。
「ヒトりで、タオせると言っタから」
「一人で行かせた?」
黒い影の一人が首を縦に振る。
「……ふふ、何も成し遂げられなかったと」
「ハい」
スーツの男は片手をあげた。
「今話した人、ゲンエイン態になってください」
「エっと」
「早くしてください」
黒い影の一人が刀を二本持ったゲンエインに変化した。
スーツの男は手をパチパチと叩くと片手を蛇が絡みついたようなゲンエインの手に変化させた。
「ご苦労さまです」
腕から五匹の蛇がしゅるりと解けると、ゆっくりと宙に浮かび上がった。二本刀のゲンエインは蛇を見て逃げようと動き出したが、隣にいた影が実体化し長い二本の鉤爪で足を切りつけた。
蛇は二本刀のゲンエインへと勢いよく飛びかかっていき、体に噛み付いた。必死に抵抗していたゲンエインは次第に手足から力を失い、黒い影となって霧散した。
「良き働きです」
「私としても使える個体数を減らすのは本意ではない」
「新たに二体のゲンエインに連絡しました。しばらくしたらここに来るでしょう」
「エントランスでお待ちください」
二体の影は頭を下げると壁の中に消えた。
部屋に男が一人だけ。彼はむくりと立ち上がると鏡の前に立ち、自分の姿を凝視した。
「あぁ、何と醜い姿でしょう」
ため息を吐いてから、デスクトップに立てかけられた額装された証明写真に目を向けた。
写真には前髪を右へと分け、額を出したアシンメトリーな髪型の男が映っていた。人を品定めするように薄く引き伸ばしたような細く鋭い眼、鼻筋は高く中央部は鷲の嘴のように下に向かって曲がった鷲鼻、薄ら笑みを浮かべた薄い唇、線が曖昧にすら見えるエラの少ない面長な輪郭、整っていて穏やかに見えるが、どことなく信頼できない表情を浮かべた男。
「すぐに戻ります。待っていてください私」
「仮面ライダーを殺して、元の顔に戻りますから」
鏡に映った男の顔は、証明写真とは異なっていた。
つり上がっているが丸みがあり大きく開いた目、焦げ茶色と薄茶色のオッドアイ、鼻筋は通っているが主張は少なく、唇は下唇にやや厚みがありキュッと唇を引くと強い意志を感じさせられる。
顎の厚みはあるが雄々しいわけではないが、精悍にも見えるエラのある輪郭。表情こそ胡散臭く、目も細めているが、写真とは全く異なる顔つき。
彼は、仮面ライダーと呼ばれるあの青年と瓜二つな顔立ちをしていた。
*
「動きはあったか?」
真っ白な部屋の中にレジ袋を持った青年が中に入ってきた。
パソコンに向き合っていた郡上は中に入ってきた青年を見て「うわぁ!!」と驚き椅子から転げ落ちた。
「動かないで! そのまま!」
「すみません……終わります!」
デスクを伝って立ち上がり、マウスを動かし何度かクリックして、画面に映ったカメラ映像を停止した。
「……急に入らないでくださいって、鍵渡してないですよね!」
「いや、まぁ、入れるってのはわかるだろ」
「幻影態かぁ……」
「配信中だったか?」
「そうですよ!」
青年はレジ袋の中から商品を取り出し、一つ一つデスクに並べていく。
「野菜、ホットスナック、おにぎり、味噌汁……」
「食え」
「食いませんよ!!」
「僕はねぇ、好きなもの食べて死ぬんです」
「……うるせぇ、食え、育たねぇぞ」
「もう育たないんです!」
青年が彼を強く睨みつけると、文句を言いながらもサラダを食べ始めた。「美味しくない」「でもドレッシングなら」とぶつぶつ呟きながらサクサクと野菜を食べ続けている。
「それで、進展はあったか?」
チキンにかぶりついていた郡上は彼の言葉を聞いて目をパチクリすると、ウェットティッシュで手を拭いてからマウスを操作し始めた。
「ひょうひょうほあふへへるんへふへほ」
「飲み込んでから喋れ」
「情報を集めてるんですけど、どうにもこの蛇腹って人の情報がなさすぎて」
「ただゲンエイン多発スポットは何ヶ所か見つけています」
画面をマップに切り替えた。日本地図に六箇所の円が書かれており、円をクリックすると地図が拡大した。
「蛇腹とは何回か遭遇しているが、基本は東京だな」
「それだけですか?」
「……そうだ」
「ちょっと弱いです」
郡上は頭を抱えた。青年はそれを見ながらおにぎりを手に取って包装を解いた。おにぎりを食べようと口に近付けた瞬間、ピタリと動きが止まり上を向いた。
「……隠れろ郡上、来る」
部屋から郡上を追い出すと、彼は天井を見ながら身構えた。
彼の体から影が吹き出し、全身を黒いモヤがまとわりついた。黒い影となりながら、周囲を見回す。
すると天井から真っ黒い足が見えた。
「しつこいな」
四人の影が室内に降り立つ。四人の影が実体化すると、同時に青年も眩い光とともに仮面ライダーに変化した。
「爪、ハンマー、鎌……お前は?」
四人のゲンエインを見てそう言う。何も持たないゲンエインは手のひらを合わせ、少しずつ開くとバチバチという音と共に電気が発生した。
「電気か……厄介だな」
爪ゲンエインが仮面ライダーに襲いかかる。
間一髪で回避し爪を踏みつけると、後ろから殴りかかってきたハンマーを篭手で受け止める。
爪を踏み台にハンマーのゲンエインに突進し、ハンマーゲンエインを鎌ゲンエインに押し込んだ。
遠くから電気が放たれる。怯んだ鎌ゲンエインを盾にし、電気を浴びせると、そのまま電気ゲンエインに向かって投げつけた。
仲間が投げつけられ躊躇った電気ゲンエインに足をかける。体勢を崩したのを確認すると足を引っ張り転ばせた。
後ろから迫り来る爪ゲンエインの一撃を持ち上げた電気ゲンエインで防いだ。鎌が電気ゲンエインに刺さり、電気ゲンエインは黒いモヤとなって霧散した。
「遠距離ひとり」
仮面ライダーは周囲に居る敵の場所を把握する。
爪ゲンエインは目の前で構えていてハンマーゲンエインは体勢を立て直し、鎌ゲンエインはまだ痺れて転がっている。
まず集中すべきなのはハンマーと爪、鎌は立ち直るまでまだかかるだろう。
「来いよ」
ハンマーゲンエインと爪ゲンエインが同時に動いた。
一斉に爪とハンマーが襲いかかるが仮面ライダーはしゃがみ込んだあと、爪を掴み押し上げハンマーに当てた。
ハンマーの衝撃で爪は砕け散り、仰け反る爪ゲンエインに向けて勢いよく跳ね上がり頭突きを食らわせた。
「近距離ひとりめ」
振り向きざまに爪ゲンエインの体を手刀で貫いた。黒い影は空気中に散り散りになり消えた。
残るは二人。
仮面ライダーには企てがあった。
二人のうち一人を倒し、一人は無力化する。
無力化した方に蛇腹の居場所を吐かせるという寸法だ。
ならば、単体戦力が低く言語能力が高いゲンエインを残すべきである。
電気ゲンエインは電気を扱うという特性上、残しておくのは危険であり、最優先に倒す必要があった。
爪ゲンエインは頭部はあるものの形が最も歪だった。ゲンエインは感情に応じてゲンエイン態も変化する。形が歪であるほど思考は働きにくい。
残る二人、ハンマーと鎌。
ゲンエインには武器が近代的であるほど言語能力が高い傾向がある。
姿形としてはハンマーは全体のバランスが人の形に近いが、鎌は首から上が動物の頭蓋骨になっており、背中からは小さな腕が数本生えている。
「となると、鎌か」
ハンマーの猛攻をいなしながら、少しずつ鎌ゲンエインへと近づいていく。鎌ゲンエインは電気から立ち直り、起き上がると鎌を振り上げた。仮面ライダーはすかさず蹴りを浴びせ、足と壁で挟み込む。
「近距離ふたりめ」
体を踏みつける足に全体重を乗せ、鎌ゲンエインを貫いた。
鎌ゲンエインの振り上げていた鎌は力なく落ち、黒い影となって大気中に消えた。
「残り一人」
残りはハンマーを無力化するだけ。
周囲に拘束出来る道具はない。倒さない程度にダメージを与えて気絶させるのが得策だろう。
仮面ライダーはそう考えて、ハンマーの猛攻の隙を突いて腹部に掌底を叩き込んだ。ハンマーゲンエインは身悶えして体を折る。
だが、すぐに立ち直りハンマーを振り上げた。
「来い」
仮面ライダーは拳を顔の前で構える。
ハンマーが振り下ろされると同時に左に体を避け、そのままハンマーゲンエインの顎に目がけてアッパーを打ち込んだ。
よろめくハンマーゲンエインの顔をつかみ、床に叩きつけると力を失い、地面に伸びた。
「入っていいぞ」
扉の隙間から覗いていた郡上が、頭を低く下げながら部屋の中に入ってきた。ハンマーゲンエインの頭を足で押さえつける仮面ライダーに若干怯えているようで、郡上の目は明らかに泳いでいた。
「なんだ、しおらしい」
「戦い方えぐくないですか?」
「えぐい?」
「もっとキック! パンチ! スラッシュ! シューティング! って感じかと……」
「現実は殴る……蹴る……掴む……盾にする……叩きつける……って感じで」
「ヒーローらしくないというかぁ」
モジモジと体を動かしながら仮面ライダーの目をチラチラと見ながら言葉を出す。
「仕方ねぇだろ。戦いなんだから」
「そうですけど……」
「ウゥぅ……ヤメろ!」
目を覚ましたハンマーゲンエインが動き出した。仮面ライダーの足を掴んでジタバタと動いてる。
「ひぃ! なんで倒してないんですか!」
「ヤメろ、ヤルナらやれ!」
「郡上マップ開け」
郡上は言われた通りに急いでマップを開いた。仮面ライダーはハンマーゲンエインの顔を掴み、パソコンの方へと引きずっていく。
郡上は後退りしていつでも出ていけるようにと扉の前に逃げた。
「幻影態になって逃げるやつの対処法はわかるか?」
ハンマーゲンエインの中から黒いモヤが吹き出す。
「幻影になる前にキャンセルすればいい」
ハンマーゲンエインの頭を軽く小突くと体を纏っていたモヤが晴れた。
「ほら、見ろ。蛇腹はどこだ」
「指させ早く!」
ハンマーゲンエインの体を何度も殴りつける。
七度も殴り続けた末、ハンマーゲンエインは山奥を指さした。東京都の外れにある山奥、ゲンエイン多発地帯とも被っている。
青年が地図を拡大すると再び指さした。山の中にある廃墟の屋敷。
「……そのゲンエインはどうするんですか?」
「始末する」
「……ダメです!」
郡上は仮面ライダーに体当たりした。
仮面ライダーは微動だにしないが、郡上の咄嗟の行動に驚いたようであり、ハンマーゲンエインの頭を掴んでいた手を離した。
「お前……っやめろ!」
「早く逃げて!」
彼は動こうとする仮面ライダーを抑えこもうと体にへばりつくが、力では少しも勝てない。ただまとわりつかれるのは鬱陶しいようで、郡上を引き剥がそうと腕を掴んだ。
「仮面ライダー、人間傷つけるの?」
「……くそったれ!」
腕を離して、仮面ライダーはそのまま静止した。
「アりがとウ」
ハンマーゲンエインは影となって地面に潜り込んで消えた。
「お前、何のつもりだ」
仮面ライダーの装甲が溶け、中から青年が現れる。青年は郡上の胸ぐらを掴むと自分の顔に近付け、力強く睨みつけた。
「こんなのヒーローじゃないよ!」
「はぁ?」
「ヒーローはかっこよくて正しいものだろ!」
「こんな拷問みたいなことをするのはヒーローじゃない!」
「知ったことか! 俺はヒーローなんて名乗ってねぇ!」
「お前らが勝手に名付けて祭り上げて、いい迷惑だ!!」
胸ぐらから手を離して、小さくため息をついた。
デスクの上から食べようとしていたおにぎりを手に取って、部屋の外に出ていこうとする。
「待って、これ、連絡取れるように」
郡上は青年を追いかけ、腕を掴むと手のひらにスマホを握らせた。
「いらねぇ」
「持ってるんですか?」
「持ってねぇけど……」
「じゃあ持っていってください」
「あと、僕、明日、あの廃墟行きます」
青年は目を丸くして驚いたあと、目を細めて「はぁ?」と声を出した。
「何を言われようと行きます」
「決着をつけにいきましょう」
郡上の覚悟を決めた表情を見て青年はこれ以上、否定することは出来なかった。
スマホをポケットに入れると、いつも通りの無気力な表情に戻り背を向けた。
「勝手にしろ」
▼
『仮面ライダーチョコ』
コンビニによった青年が仮面ライダーチョコを見つけた。
「仮面ライダーチョコ、こんなのあるのか」
青年が袋を開けると、チョコが飛び出しサクッと割れた。
「サクサク食感のチョコがマジで美味い」
箱の中から、イルシオンのマークが書かれたカードが飛び出した。
「大当たりは特別なシャドウバルブが貰える!」
画面が切り替わり、金色のシャドウバルブが映し出される。
「仮面ライダーチョコ! 俺のお墨付きだ」
カメラが少し引いて、しゃがんでいた郡上が映る。
「郡上、これでいいのか?」
郡上は親指を立てて笑った。
△
屋敷の廃墟の前に重装備の男が一人立っていた。
防刃ベストと警棒、背負ったリュックの中にはスタンガンや縄などの武器が詰め込まれている。手にはアタッシュケースとスマホが握られている。
「お前マジで来たのか」
「本気ですよ」
後ろからいつものTシャツとトラックパンツスタイルの何も持たない青年が現れた。
「軽装備すぎませんか?」
「お前が重装備すぎんだよ」
「入んねぇのか?」
「これ、玄関から入ったら爆発するとか」
「まぁ、ありえなくはない」
郡上は屋敷の周りをうろちょろと回った。裏口とか入れそうな箇所がないか探したが、窓には全て格子がつけられ、裏口らしき扉は厳重に鉄板が打ち付けられている。
廃墟の周りを一周して中央玄関に戻った。
「俺が見てくる」
青年は影の姿に変化し、廃墟の中に入っていった。
中に入り扉を見ると、施錠されてる様子もトラップが仕掛けられている形跡もない。
「大丈夫だ。行くぞ」
扉から通り抜けて出てきた影が青年の姿に変わった。
「入ったら俺から離れるなよ」
「わかってます」
大きな扉を二人で押し開けた。外から中に空気が流れ込み、赤い絨毯がふわっと浮いた。
「猫ちゃん」
赤い絨毯の上に猫が座っている。首輪がつけられたキジトラの猫で、二人の顔をじっと見つめていた。
「ここで飼ってるんですかね……」
「いや、ゲンエインだ。逃げるぞ」
「え?」
猫の体から黒いモヤが染み出し、シルエットがどんどんと膨らんでいく。変形する猫を横目に二人は屋敷の奥へと走っていった。
「戦わないんですか?」
「温存したい」
「追いかけてきてますよ!」
郡上はポケットから鏡を取り出すと、鏡面越しに後ろを見た。
猫のような形をした人型のゲンエインがゆっくりと歩みを進めながら二人を追いかけている。
「マタタビとかねぇのか」
「あるわけないでしょ!」
「食いもんは」
「……サラダチキンなら!」
「それ投げろ!」
リュックを前に背負って中から押し潰れたサラダチキンを取り出した。封を開けて肉を出すと猫ゲンエインの方へと投擲した。
猫ゲンエインはサラダチキンに目を奪われて、動きを止めた。地面に落ちたサラダチキンに走っていくと、それに覆いかぶさりかぶりついた。
「どっかに隠れるぞ」
廊下を走っていく。
赤い絨毯に足を取られて走りづらい。郡上の方を見ると明らかに息を切らしており、これ以上、走り続けるのは限界だと青年は理解した。
「あれ、部屋じゃないですか?」
連なる壁に紛れるように、壁と同じ柄で塗装された扉を見つけた。よく見ると境目と蝶番があり、違和感がある程度の偽装。
二人は扉の前で立ち尽くした。扉が目の前にあるのにドアノブがない。
「どうやって開けんだ」
青年は押すなり、隙間に指を引っ掛け引っ張るなりしてみたがビクともしない。
「バールねぇか?」
青年が郡上の顔を見た。郡上は「それなら!」と言いリュックの中からバールを取り出した。バールを受け取り先端を隙間に差し込み固定した。バールを勢いよく踏みつけると、ガコっと何かが破損したような音とともに扉が開いた。
「寝室ですね」
黒い壁紙に白い床、毛足の長い緑色の絨毯が敷かれ、その上にはデスクトップ一式と黒を基調としたベッド、そして冷蔵庫、姿見の鏡が置いてある。
「これ、蛇腹ですか?」
デスクトップの横に置かれた写真を見て郡上が尋ねた。額の中には証明写真が入っており、証明写真には胡散臭い表情の男が映されている。
「元のな」
「元の?」
「ゲンエインは特別な感情に見た目が引っ張られる。執着、殺意と言った強い感情は尚更だ」
「蛇腹は今は違う顔だ。殺意に引っ張られたんだろうな」
「は、はぁ……」
納得してない郡上に追加説明することもなく、青年は背を向けて証明写真を机に伏せた。
「一旦休憩。蛇腹の部屋ならアイツらも入ってこないだろ」
「食い物はあるか?」
「ポテチなら」
「遠足じゃねぇんだぞ」
リュックから出てきたポテトチップスを見て「コンソメか……」と下瞼を細めた。
「じゃあ、何が好きなんですか」
「うすしお」
「じゃがいもじゃないですか!」
「じゃがいもだろ全部」
郡上が開けたポテチをつまんで口に入れた。「味が濃い」と言いながらパリパリと咀嚼していく。
「昨日はすみませんでした……ついカッとなって」
「どうでもいい」
「どうでもいいって……口癖ですよね」
「そう言えば、仮面ライダーさんって名前とかないんですか」
「ない」
「適当に名乗ったり偽造することはあるが……固定の名前はない」
「そぉなんですねぇ」
郡上はどこか嬉しげに笑みを浮かべた。
「僕、考えてきたんですよ!」
手に持っていたアタッシュケースを青年の前に置いた。アタッシュケースの上には仮面ライダーの胸に書かれた太陽の紋章と、ローマ字が書かれている。
「仮面ライダー……イルシオン?」
「そう! イルシオン!」
「仮面ライダーって名前があるんですよ。クウガとかエグゼイドとかゼロワンとか! だから、あなたにも名前が必要だと思って」
「イリュージョンのスペルからイルシオン!どう?」
目を大きく開け興奮したように語る郡上に、青年は多少、引いた様子であり、目を細めて小さくため息をついた。郡上がぐいぐいと押してくるアタッシュケースを軽く押しのける。
「却下する。俺は仮面ライダーになったつもりはない」
「じゃあ、入間シオンとかどう?」
「どうじゃねぇよ。イルシオンだろそれも」
「うぅ……」
不服そうに目を細め縮こまる郡上。彼はアタッシュケースを自分の方に寄せ、彼の方に向けてから蓋を開けた。
「せっかくこんなのも作ってきたのに……」
アタッシュケースの中には中央に丸いディスプレイがついた白と青のラインが入った黒い機械装置のようなものと、プラスチックで出来た電球のようなガジェットが三つ入っていた。
「これは?」
「変身ベルト イルシオンドライバーです!」
「……イルシオンじゃねぇか」
「見ててくださいよ!」
郡上はイルシオンドライバーを腰に当てると、青色のベルトが中から射出され、腰に巻き付き背中で結合した。
「特オタ憧れの自動装着!」
「電球型ガジェット シャドウバルブを回して起動!」
『イリュージョン!』
青色の電球型ガジェット・シャドウバルブを手に取ると、指先で電球の頭を回した。電球から男性のシステムボイスが流れる。
「シャドウバルブをセット!」
イルシオンドライバーの右側にある差し込み口にシャドウバルブの頭を差し込んだ。
「ネタバレ配慮のため、電源を消してるから無音です!」
「思い思いの変身ポーズをして!」
両腕をバッと大きく開いた。覚悟を決めた表情を浮かべると、勢いよく手を閉じ、腕を胸の前で交叉させた。
小指から一本一本指を力強く閉じていく。
全ての指が閉じると共に、指をバッと開き、腕を交差させたまま、掌を力強く前に出した。
「変身!」
両腕を振り下ろすように腕を開き、胸を張る。腕を開く勢いで親指をシャドウバルブの口金に当て回転させた。
「これで仮面ライダーイルシオンに変身します!」
「しねぇよアホか」
郡上の額に軽くデコピンをした。「いてっ」と情けない声を漏らすとその場に蹲り頭を抑えた。
青年はシャドウバルブの一つ、剣が書かれた水色のシャドウバルブを手に取り、灯りにかざして眺め始めた。
「よく出来てんな。自作か?」
「結構前から発注してて、仮面ライダーなのにベルトしてなかったから、会った時渡したいなって」
「仮面ライダーじゃねぇって」
青年は素直に感心したようで「ほぉ」と言いながら、もう一つのバイクが書かれた工業的なデザインの黒いシャドウバルブを手に取った。
「バイク?」
「ライダーと言ったらバイク!」
「俺原付しか乗んねぇけど」
「それもまたライダー!」
「何でもいいじゃねぇか」
郡上は自分に巻いたイルシオンドライバーを外し、アタッシュケースの中に収めた。アタッシュケースを閉めて青年に押し付ける。
「持っていってください」
「いかねぇよ。邪魔だろ」
「いやいや、アタッシュケースで殴りつければいいんです!」
「このアタッシュケース最高品質のものですよ! 皇室も使ってます!」
「最強の武器です!」
「あぁ、もう! めんどくせぇ」
渋々、アタッシュケースを受け取り、眉を顰めた。
口と眉こそ嫌がってはいるが、口元はいつもよりも少し口角が上がっている。
「俺はもう行く。お前はここで待ってろ」
「でも」
「でもじゃねぇ。邪魔だろ」
「守るものがあったら上手く戦えねぇ」
アタッシュケースとポテチを手に持ち、扉を開けて外に出ていった。部屋の外に出た青年は小さくため息をついて部屋の奥へと戻っていく。
「にゃあお!」
道の先に猫ゲンエインが立っていた。
襲いかかる猫ゲンエイン。青年は咄嗟にアタッシュケースで殴打した。相手の頭にアタッシュケースの角が直撃したかと思うと、「にゃあ……」と言う情けない声とともにその場に転がり、ピクピクと痙攣しながら泡を吹いている。
「こいつ使えんのか……」
アタッシュケースについた猫の毛を払い除け、痙攣する猫型ゲンエインを尻目に屋敷の奥へと進んでいった。
▼
「てれびくんで勇気を掴め!」
ファイティングポーズを取る仮面ライダーイルシオンが宇宙のような空間の前に立っている。
「仮面ライダーイルシオン 超豪華シャドウバルブ付録!」
イルシオンが両手を交叉するポーズと共に、白いシャドウバルブが画面上に現れる。
「イリュージョンの特別カラー! イルシオンが白く輝いているぞ!」
画面が切り替わり、ガンバレジェンズのカードとイルシオンのシールが並べられる。
「ガンバレジェンズのカードとシールもついてくる!」
宇宙のような背景に火花がぱちぱちと散るような映像になり、その中央にイルシオンと並列フォームが並ぶ映像に切り替わった。
「イルシオンの最強最速スクープも盛りだくさん!」
カラフルな背景の左側に仮面ライダーイルシオンが立ち、その横にてれびくんと発売日のテロップが映し出される。
『てれびくん!』
「発売中!」
△
屋敷の最奥には仰々しい装飾が施された重厚な扉があった。
中央には巨大な木が掘られており、その木を蛇が巻きついている。木の周りには翼を失った天使がラッパを持って落下しており、地面には無数の蛇が口を開けて待っていた。
「悪趣味だ」
青年は扉の装飾を見てそう吐き捨てた。
巨大な扉を全体重をかけて開けると、中には王室に置かれているような非常に長いテーブルがあり、上には見るからに高級そうな赤いテーブルクロスが敷かれていた。テーブルの上にはロウソクが何本も立てられている。
椅子は入口側とその対面、最も長い対角に二つだけあり、椅子の前、机の上には銀色のドーム型の蓋が置かれていた。
「ようこそ、名無しくん」
対面の椅子には青年と瓜二つな顔のスーツを着た男、円呑蛇腹が座っていた。
「戦いの前に食事としようじゃないか」
「生憎、使用人はいなくてね。勝手に開けてくれ」
青年は言われるがままに席に座って蓋を取った。
中にはステーキとクレソン、そして塩が乗ったプレートが入っていた。濃厚な肉の香りと蒸気が辺り一面に漂う。
「これは?」
「人の肉ではないよ。ただの高級な牛肉さ」
「食事で遊ぶようなことはしない」
蛇腹はナプキンを二つ折りにし膝の上に置いた。ナイフとフォークを手に取り、適量に切り分けると口の中に入れゆっくりと咀嚼していく。
「……いただきます」
青年はナプキンをテーブルに置いたまま、ナイフとフォークでステーキを等間隔に切り分けた。口の中にステーキを頬張り、急いで咀嚼していく。
「名無しくん、最近はなんのバイトをしているんだい?」
「黙って食え」
「食事はコミュニケーションが大事だ。黙々と食べるよりも賑やかに食べた方が美味しいだろう」
蛇腹は口についた肉汁をナプキンの内側で拭った。
「君は戸籍を持っていないだろう」
「お互い様だ」
「いやぁ、おかしなことに私は持っているんだよ。使えなくなったがね」
「……そんなに俺が好きか?」
青年が挑発をするように相手に微笑みかけた。
蛇腹は目を丸くしてフォークを皿に落とした。明らかに青筋が立っているが、彼は自分の項をトントンと二回叩くと表情は収まり静かに目を細めた。
「ゲンエインは”特別”な感情に左右されて姿を変える」
「俺の顔になったお前は俺のことを意識してんだろ」
「……えぇ、忌々しいことに」
青年はなおも挑発を続けるが蛇腹はそれに乗ることもなく、落ち着いた口調で肯定した。
「あなたに邪魔をされる度に私はあなたを意識してしまう」
「早く排除しなければ……とね。嫌いですよ」
「嫌いだからこそ考えるんです。あなたを排除するにはどうしたらいいのかを、どうすれば効果的にあなたを潰せるのかを」
「そうした夜を過ごすうちに、顔が醜くなっていました」
切り分ける肉がどんどんと大きくなっていく。
終いには残った三分の一ほどの肉をフォークにさし、口いっぱいに詰め込み、そのまま飲み込んだ。
「はは、蛇の丸呑みだな」
「あなたを早く排除しなければ、私は元に戻れない」
ナプキンを軽く畳みテーブルの上に置いた。蛇腹はゆっくりと立ち上がると、足を大きく上げテーブルの上に乗り上がった。
「私、円呑蛇腹は賢く生きてきた」
「人に疑われず、人に気付かれず、人の信頼を得て、人を絶望に落とす」
赤いテーブルクロスの上をカツカツと足音を立てて歩いていく。ロウソクは蛇腹の足に触れ倒れ、テーブルクロスに引火した。
「それなのに、あなたは無計画に無秩序に私の計画を邪魔し」
「最も美しくない結末に導いてしまう……忌々しい」
燃え盛るテーブルの上で一人、食事を続ける青年。
彼は黙々と切り分けられたステーキを口に運んでいく。最後の一口を食べ終わると、顔を上げて目の前に立った蛇腹を睨みつけた。
「私はあなたが嫌いです」
「奇遇だな。俺もお前が嫌いだ」
油で汚れた口を畳まれたナプキンで拭い。ぐちゃぐちゃのままテーブルの上に置いた。
「ご馳走様」
手を合わせてお礼を言うと、彼は静かに立ち上がり、蛇腹と同じようにテーブルの上に立った。
蛇腹と青年はお互いに向き合う。
二人の体から黒いモヤが染み出る。黒いモヤが全身を覆うと蛇腹の体からは無数の蛇が飛び出し、青年の体からは眩い光が放たれた。光が冷めると、燃え盛るテーブルの上には蛇が絡みついた人型の怪人と、青と白の仮面ライダーが立っていた。
仮面ライダーは踏み込み蛇腹の体に掴みかかった。蛇腹は咄嗟に後方に飛び、蛇を一匹放った。
仮面ライダーは咄嗟に篭手に噛ませると蛇の体を片手で掴み、グッと引き寄せた。蛇は蛇腹の体から容易く抜け、影となって消え、抜け落ちたところから蛇がぬるりと生えた。
「無限かよ」
蛇腹から放たれた無数の蛇が仮面ライダーの体に噛み付こうと襲いかかる、仮面ライダーは殴り、蹴り、躱し、相手との距離を詰めようとするが、蛇の猛攻により一歩も前へ進めない。
「めんどくせぇ」
青年は現状の打開策を考える。
ゲンエイン態はエネルギー効率が悪い。このまま蛇で遅延されていたら、どちらかが先にエネルギー切れする。
蛇腹が先にエネルギー切れするのが最適解だが、相手がこの戦い方を選んでいるということは、おそらくエネルギーが切れるのは自分。
ならば、この進めない状態を打破しなければいけない。
しかし、仮面ライダーは一撃の威力は高いが、手数が多いわけではない。こうやって手数で押されると身動きは取れなくなってしまう。
「まずは一撃」
襲いかかる蛇にわざと自分の体を噛ませ、蛇腹との距離をじわじわと詰めていく。蛇腹の肩に手を伸ばし、どうにか掴んだ。拳を力強く握り振りかぶった瞬間に思考が走る。
蛇腹がここまで簡単に捕まるか?
蛇で遅延するだけ、決定打になる攻撃は一度もしてこなかった。
となると、蛇による猛攻は何かを隠すためのブラフ。こうやって無抵抗に掴まれているのも、殴られることで何かを作動させるつもりなのか?
青年は思考する。
「よく考えてくれました」
テーブルを突き破るように下から巨大な蛇が現れた。
足場を失い姿勢を崩した仮面ライダーの腹を大蛇が齧り付き、壁に向かって突進していく。仮面ライダーは壁に叩きつけられ、大蛇はどろりと溶け落ちた。
「あなたは意外にもよく考えている」
「こんなにも何も考えてない顔をしてるのに、深く深く」
「何も考えずゴリ押しされていたら負けてましたよ」
「あなたが無駄に考えて止まってくれたから……ははは!」
「愉快です!」
蛇腹の足元から影が広がる。
影は倒れる仮面ライダーの足元まで広がると、中から無数の蛇が現れ仮面ライダーの体を絡め取り、空中で磔にした。
「これまで、何度も何度も私の邪魔をしてくれましたね!」
「私が描いた美しい絵を何度も何度もその汚い絵の具で!」
「あなたのせいで私の絶望は希望に差し替えられた!」
「……ただこれでそれも今日で終わり。私の主導権を私が握れる」
仮面ライダーの体を何度も何度も殴り続ける。
そうすると仮面ライダーの体から黒いモヤが吹き出し、装甲はどろりと溶け落ちた。
「エネルギーが尽きましたか」
低コストの感情態、青年の姿に変化した仮面ライダーにもう一度、力強く殴りつけた。
蛇腹は体に巻きついた蛇を溶かし、スーツの姿に戻った。青年を磔にしていた蛇も溶け落ち、青年は地面に転がった。
「満足か?」
青年がわざとらしく微笑んでそう言った。
「ッ!!」
蛇腹は思わず激昂し、青年の腹を力強く蹴った。青年は勢いよく転がっていき、口から黒いモヤが溢れ出た。
「あなたもゲンエインでしょう?」
青年は這いつくばってアタッシュケースとポテチの元へと進んでいく。
「人を守ることは素晴らしい行いかもしれません。環境愛護のようなものです」
「しかし、どうでしょうか? あなたがやってるのは同族殺し」
「人間の法律では同族殺しが最も罪深い」
「貴方は我々にとって悪なのです!」
「ゲンエインなのですから、ゲンエインらしく生きましょうよ」
青年はようやくポテチの元に辿り着いた。
袋を手に取り、手のひらいっぱいにポテチを取ると無理やり口の中に詰め込んだ。蛇腹は「無駄な抵抗を……」と呟きながら、青年の行動を眺めている。
「……俺はゲンエインじゃない」
視界にアタッシュケースが見えた。
彼はそのアタッシュケースを開けると、中からイルシオンドライバーと青色のシャドウバルブを手に持った。
「何を戯言を!」
あいつから言われたことが全て思い出す。
あいつから貰った名前、あいつから貰った矜持、あいつから貰った精神性。ただの理想論、ヒーローに対する幻想。本当なら成立しない救済者思想。
ただ、その幻想はその幻影は青年を立ち上がらせるのに事足りるものだった。
無理矢理、足に力を込めて立ち上がり、余裕そうに見下す蛇腹に対して大きく手を広げて見栄を切る。
「俺は仮面ライダーだ」
シャドウバルブの頭を指先でカチッと回す。シャドウバルブは青白く光り、男性のシステムボイスが流れた。
『イリュージョン!』
イルシオンドライバーを腰に当てるとベルトが射出され体に巻きついた。シャドウバルブを装填すると跳ねるような待機音声が鳴り響く。
『Light UP……Light UP……』
両腕をバッと大きく開いた。覚悟を決めた表情を浮かべると、勢いよく手を閉じ、腕を胸の前で交叉させた。
小指から一本一本指を力強く閉じていく。
全ての指が閉じると共に、指をバッと開き、腕を交差させたまま、掌を力強く前に出した。
一度瞼を閉じて静かに息を整える。力強く瞼を開けると、濃淡の異なる双眼に確かな意志が宿り、けらけらと笑う蛇腹の顔を強く睨みつけた。
「変身!」
両腕を振り下ろすように腕を開き、胸を張る。
腕を開く勢いで親指をシャドウバルブの口金に当て回転させた。
口金の回転が収まると、中心部のディスプレイに太陽の紋章が映し出される。
『shadow on!』
青年の体から青と白の影が吹き出す。
赤、青、黄色、緑、白、影の中から小さな花火がカラフルに咲き乱れる。
『イリュージョン イリュージョン イルシオン!』
青と白の影から黄色い瞳が輝いた。
『仮面ライダーイルシオン!』
強風と共に影が勢いよく晴れると、そこには青と白の鎧を身につけたヒーロー、仮面ライダーイルシオンが立っていた。
▼
「イルシオン!」
黒に青いスモークが炊かれた背景に、仮面ライダーイルシオンが立っている。
画面が変わり青年が電球型アイテムを持った映像に切り替わった。
「幻影の電球・シャドウバルブを回して起動!」
指先で電球の頭を回すと、青白く光った。
『イリュージョン!』
青年の腰に巻かれた、中央に円形のディスプレイがついた黒をベースに白と青のラインが走ったベルトがアップで映し出される。
「イルシオンドライバーにセット!」
シャドウバルブの頭をベルトの右側に差し込むと、ベルトのラインが発光した。
『Light UP……Light UP……』
「シャドウバルブをひねって変身!」
差し込まれたシャドウバルブを捻ると、ディスプレイにイルシオンの太陽の紋章が映し出される。
『shadow on! イリュージョン イリュージョン イルシオン!仮面ライダーイルシオン!』
「仮面ライダーイルシオン!」
仮面ライダーイルシオンが現れ、両腕を大きく広げたあと、拳を構える。
「DXイルシオンドライバー!」
「イルシオンスラッシューで敵を斬れ!」
白をベースに青いラインが入った剣が地面に刺さった。イルシオンが剣を抜き取ると、胸の前で構えた。
「DXイルシオンスラッシュー&スラッシュシャドウバルブ」
日付とともに、一作前の仮面ライダーが電球に書かれたシャドウバルブが現れる。
「今ならシャドウバルブが貰える!」
△
「悪しき影は俺が払う!」
イルシオンの変身を見て、蛇腹はぱちぱちと疎らに手を叩いた。
「素晴らしいショーです! すぐに負けるというのに!」
蛇腹の体を影が覆う。影の中から大量の蛇が飛び出すと、その蛇は蛇腹の体に巻き付いた。影が晴れると体に大量の蛇が巻きついた怪人が現れた。
「いくらやっても虚仮威し!」
「エネルギー切れに変わりはない!」
大量の蛇をイルシオンに放つと、イルシオンは転がって回避し、アタッシュケースの中から水色のシャドウバルブを手に取った。
シャドウバルブの頭を回すと『スラッシュ!』とシステムボイスが鳴り響く。
「使えるか?」
イルシオンドライバーにスラッシュシャドウバルブを装填し、口金を回した。
ゲンエインは特別な感情をトリガーに姿を変える。
イルシオンドライバー、音が鳴って光るだけのおもちゃは青年の感情を、自己定義を揺らがし、姿を変えるのに十分なトリガーであった。
『shadow on!』
『イルシオンスラッシャー!』
イルシオンの体から青と白の影が現れ、手元に集まる。ベルトからなる音声と共に、影の中から白に青いラインが入った工業的なデザインの剣が現れた。
「よし」
迫り来る蛇の猛攻をイルシオンスラッシャーで次々と切り捨て、蛇腹の元へと走り寄っていく。
剣を振り上げると共に飛び跳ね、体重を乗せて蛇腹の体を切りつけた。振り下ろした勢いのまま、刃を返して振り上げ、二撃目を入れた。
「邪魔ですね!」
影の中から大蛇が現れた。
大蛇はイルシオンに噛みつき、再び壁へと激突しようとするが、イルシオンは剣で口を割り、身を翻すと大蛇の上に乗った。
「この剣、入れられるぞ……!」
イルシオンは剣の柄にシャドウバルブが入りそうな穴を見つけた。ベルトからスラッシュシャドウバルブを抜くと、その穴にシャドウバルブを入れた。
剣から軽快なポップサウンドが流れ始める。
『Slash Shadow……Slash Shadow……』
『Slash Shadow……Slash Shadow……』
柄の引き金を引くと、剣身が青と白に輝きだした。剣の中から白い影が現れ、剣身の周囲を渦巻き、カラフルな火花が散った。
『イルシオンスラッシュ!!』
剣を振り下ろし、大蛇の頭を両断した。
大蛇の体は影となって溶け落ちていく。イルシオンは飛び降り、鮮やかに膝から着地した。
「何ですか、そのふざけた力は!」
「知らねぇのか?」
イリュージョンシャドウバルブをベルトに装填し、口金を四回回した。待機音のテンポが早くなり、システムボイスの読み上げるテンションも高くなっていく。
『Shadow up……Shadow up! Shadow up!!』
イルシオンはクラウチングスタートのように両手と両足を地面につけ、片足を軽く引いた。
「人の希望、ヒーローの力だ!」
シャドウバルブを押し込むと彼の周囲に青と白の影が漂い、多彩な火花が迸った。
彼は地面を蹴り、蛇腹の方へと目にも止まらぬ早さで猛進する。途中で高く飛ぶと、彼は身を翻し右足を前に出した。
『イルシオン! イリュージョンアプローズ!!』
右足に影が集まり、鮮やかな火花が渦巻く。
白い影に押され、段々と加速していき、イルシオンの足は蛇腹の体を貫いた。
体に大きな穴を開けた蛇腹を背に、膝から着地し、ゆっくりと立ち上がる。
「私の、私の絶望がぁ!!」
蛇腹の体から大量の影が吹き出した。悔しさの籠った叫び声と共に、体が爆発すると、爆風は黒いモヤへと代わり、空中に霧散し消え去った。
「影で眠れ……」
イルシオンはイルシオンドライバーからシャドウバルブを抜き取り、横についたホルダーに戻した。
青と白の装甲は風と共に消え、中から青年が現れる。アタッシュケースを手に取り、崩壊したテーブルの上に置いた。シャドウバルブを元の場所に戻し、ベルトも外そうと試みるが外れない。
「あれ、あれ」
郡上が外すところをよく見ていなかった。外せそうなボタンを探したり、無理矢理引っ張ってみるがびくともしない。
「……外れない」
「おい、郡上!」
扉の方に目をやると、扉が少しだけ開いていた。
その隙間から郡上が中を覗き込んでいる。青年が声を上げると郡上は扉を開いて中に入ってきた。
「外せ」
郡上は小走りで青年の元に行くとベルトをカチャカチャと操作し始めた。
「服に噛んでます! ダボダボの服なんか着るから!」
「何着てもいいだろ、こんなの巻くつもりで服選ばねぇよ」
「こんなのってなんですか! ノリノリだった癖に!」
郡上が軽口を叩くと、青年は彼の体を小突いた。
郡上はよろめくも笑顔を浮かべ、またベルトをカチャカチャといじり始めた。
青年の表情もどこか満ち足りたように笑みを浮かべていた。
主題歌 ILLUSION's『イルミネーション』
夜の住宅街、青年はコンビニのロゴが印刷されたレジ袋を片手に一人、孤独に歩みを進めていた、ら
あの一件以降、青年は郡上の家に寄り付かなくなった。
蛇腹と言う脅威が郡上から去った以上、もう関わる理由はないからだ。
力の源になるベルトとシャドウバルブを貰い、それからは一切、顔を合わしていない。
自分が関わることで人を不幸にすることもある。郡上が他の誰かから狙われるかもしれない。
青年はその感覚が体に染み付いてしまっていた。いくら楽観的になろうとしても、どこかにその不安が定住しており、生涯かけて守り抜くという覚悟は持てなかった。
「おい、落としたぞ」
すれ違った酔っぱらいが財布を落とした。
青年は財布を拾うと、酔っぱらいを早足で追いかけ、肩を軽く叩いた。酔っぱらいは青年が自分の財布を持ってることに気付くとペコペコしながら財布を受け取った。
「兄ちゃん、金持ってなさそうだしこれやるよ」
中から一万円を取り出し青年に渡そうとした。
青年は受け取らずに「いらねぇ」と言って押し返すと、酔っぱらいは不服そうな顔をしながら財布にしまった。
「じゃあ、名前だけ、兄ちゃん名前なんて言うんだ?」
名前、青年は自分に名前がないことを思い出す。
バイトでは適当に名前を名乗っているし、必要ならそう言う人に頼んで戸籍を買うこともある。
色んな名前を名乗ってきたが、その名前が自分に定着している感覚はなく、自分を示す名詞は存在しない。いや、存在しなかった。
「俺は……入間シオン」
初めて自分の名前になったような感覚を受け取った。
入間シオン、イルシオン。郡上はイリュージョン、幻影から来ていると言っていた。
なら、自分にぴったりじゃないか。
シオンはそんなことを考えながら、静かに笑った。
次回予告
『仮面ライダーイルシオン!』
地面に倒れているシオンとそれを発見するギャル風の女性。
「お兄さん、大丈夫!?」
郡上の家に運ばれるシオン。心配そうに郡上とギャル風の女性がシオンの顔を覗き込む。
「僕の方が介抱できます!」
「あんたいっつもコンビニでコーラ買ってんのに?」
「関係ないでしょ!」
郡上にポテトチップスが入ったお粥で介抱されるが食べたくないと拒む様子。ギャル風の女性が作ったお粥を美味しそうに食べるシオン。
「私、追われてるみたい」
ギャル風の女性を追いかける黒い影。
シーンは変わり、郡上の家の中で料理をするギャル風の女性。
「バイクなんか出せねぇって!」
青と白のヒロイックな見た目のバイクに乗り、怪人と並走しながら戦うイルシオン。
「ライダーと言えばフォームチェンジ!」
「黄色いイルシオン、イルシオンライフルフォーム!」
青と白に黄色い差し色が入り、左目にスコープのような装備をつけたイルシオンが青と黄色のライフルのような武器を構えている。
『2話 絆を撃ち抜く極光』
シオンが黄色いシャドウバルブを回すシーンと共にタイトルのテロップが入り、提供画面に移った。
終わり