タイムスリップ、という現象をご存知だろうか。
タイムトラベル、時間渡航…同義の言葉はいくつもあるが、やはりタイムスリップという呼ばれ方が一番メジャーなところだろう。
「このブルーベリーケーキ、はなまるおいしい…!よく知ってたね、こんなお店」
「探偵やってるあんな達よりは暇な時間多いし少しは詳しくなるよ……んで?そっちは最近どう?」
ほんのりと湯気を立たせたコーヒーの注がれたマグカップを傾けながら、テーブルを挟んで向かいにいる人物へと言葉を投げかける。
「ばっちり!依頼もたくさん来るし!」
紅茶と一緒に頼んだケーキを食べていた少女は、口の中のものを飲み込んでから、満面の笑みでそう答えた。
俺と彼女は、ただの幼馴染……しかし、そのなんてことのないはずだった繋がりも、この1999年という時代においては、『2027年の記憶を共有できる』という互いにとって唯一の人物であることを示す証となっている。
つまるところ、俺と彼女─────
「それにみくるとジェット先輩も色々気にかけてくれてるし」
……自分から話題を振っておいた手前、話を遮ることはしないけど、同じ場所に住んでるのだから日々の様子なんて聞かなくても大抵のことは分かる。
というのも、あんなに巻き込まれる形でこの世界に来てから初めて会った人物─────小林みくると共に訪れた探偵事務所に、紆余曲折あってあんなが住むことになり……ついでに俺もそこでお世話になることが決まった。俺とて高校一年生、いくら幼馴染とはいえ、歳の近い女子と一緒に暮らすことに抵抗がなかったわけではない。
しかし、手持ちのお金は、スマホに入っている分の他には少額の入った財布だけ。まず、この時代においてキャッシュレスは使えない。加えて、デザインが変わっている紙幣は当然のこと、
スマホを売って訳ありの人でも住めそうな場所に行くことも考えたが、下手に未来の物を流してしまえば未来に影響が出てしまうかもしれないのでスマホは売れない。*1
戸籍……というよりも確かな身分証明ができないと、アパートを借りるどころかアルバイトもできない。
おまけに、ジェット先輩とみくるを除けば頼れる人物もこの時代にはいない。
当然だが、この三つがなければ普通の生活は送れない。
未来に帰る目処も立たない状態で、その日を生き延びるだけでも精一杯な暮らしといくつか歳の離れた二人の少女(+二匹の妖精)との同居を天秤にかけ─────2027年にあんなと二人揃って帰るためにも後者を取ったというわけだ。
……そもそも、あの場にいた俺を除いた四人は、人を見捨てることを良しとする性格の持ち主たちではなかった。俺が何を言ったところであれこれと理屈をつけて押し切って探偵事務所に住まわせただろう。
「そういえばスマホは?」
「充電切れ。ジェット先輩がこの時代の規格に合わせた充電器作ってくれるらしいけど、なんだっけ…あの…プ……プリ…そう、プリキットの開発もしなきゃいけないからもうしばらくかかるって」
『なんでそんなことを聞くのか』という疑問が浮かぶのと同時に、少しだけ声音が小さくなったみくるの姿が視界に入ってきた。
(今のが本題か)
この喫茶店にやってきたのは、普段は人目を憚らずに話しかけてくるあんなが、珍しく同居人《みくるたち》の視線すら避けるように『二人で話したい』と切り出してきたからだ。
なにかしら人に知られたくないことがあるのだろうと判断して、その場では深く詮索せずにこの喫茶店に連れてきたわけだが………表には出さないようにしているものの明らかに落ち込んでいる様子を見れば、スマホについて聞きたかったのだと分かる。
「あー…っと……スマホになにかあったっけ?」
かれこれ十年近い付き合いになるが、ここまでしょんぼりしてるあんなを見たのは数える程度だ。普段が普段なだけにこの状態だとやりにくい。
「大したことじゃないんだけど……写真が見たかったんだ…みくるとジェット先輩にはあんまり心配かけたくないから二人きりのときに見せてもらおうと思って…ほら、写真見たらお母さんたちのこと思い出しちゃうから」
充電があったところで、この時代では圏外。
ほとんど使えないものに関する発明よりも、あんなとみくるの安全にも直結することを優先して欲しいと、ジェット先輩には伝えたものの…それが裏目に出てしまったか。
いや、でも……あんなたちは下手すれば命を失いかねない状況でも戦ってるのだからやっぱり……………やめよう。これ以上考えてもたぶん意味がない。あんなたちの安全は最優先にするべきだが、あんなの郷愁も同じくらい大切にすべきであって、そこに優劣をつけるべきではない。
「……」
「……」
彼我の間に気まずい沈黙が流れる。
……あんなは、『強い』という表現がよく似合う。
困っている人がいたら見過ごせずに手を差し伸べる。その上で、周りに心配をかけまいと自分の負の感情は滅多に外に出さない。
かれこれ十年来の付き合いであるが故に、これがあんなの美徳ではあるが、今の状況では大きな弱点になってしまっていることも分かる。
『家に帰りたい』
『元いた時代の友達の皆に会いたい』
『家族に会いたい』
そういった後ろ向きな感情を溜め込んでいたらどうなってしまうかは簡単に分かる。故に、俺はあんなの……特に未来に向けた感情の捌け口として少しでも機能するように振る舞っていた訳なのだけれど……。
─────この際だから、はっきりと言おう。
明智あんなは、俺に依存しそうになってる。というか既に半分くらい依存してる。
相談相手というだけならこうならなかった。はずだ
極論、あんなから『2027年からタイムスリップしてきた』と言われて、聞いた側が信じるか信じないかを別としてそれを証言できるのは同じく2027年からやってきた俺のみ。
それがよくなかった。
自分の存在を主観以外では一切証明できない時代で、『明智あんなが明智あんなである』ということを証明できる人間に、自分の手の届く範囲にいて欲しいと願うのは至極当然。
『忘れられたくない。見放されたくない。離れて欲しくない』
きっと、あんなはそんな風に思ったのだろう。
最初の頃は、家の中で子犬みたいに後ろを着いてくるだけだったが、それも仕方ないと思っていた。
いきなり知らない時代に飛ばされ、近くには見知った顔の幼馴染がいるのみで、他は知らない場所に知らない時代に知らない人間…そんな状況下で頼りにされないという方が無理がある。
目に見えて分かる不安を抱えた年下の幼馴染に、『あんまり俺のことばっか頼んなよ(意訳)』みたいなことを言えるほど、俺も非道でもなかった。
それが、ここ最近は明らかにエスカレートしてきてる。
家の中で後ろにくっついてくるだけならまだいい。探偵事務所に依頼人が来たときは、俺は奥に引っ込むし、あんなも依頼人を蔑ろにするつもりはないので自重しているので問題はない。
──────問題は、それ以外…つまり、身内しかいないとき。
『……今日、ほたるくんの部屋で眠っていい?この前悪い夢見ちゃって…ほたるくんの隣ならはなまるよく眠れそうな気がするんだ』
あんなが、そんなことを言ってきたのが昨夜のことだった。
本人が『悪い夢を見て寝れない』と言ってるのにつっけんどんに返すこともできず……昨夜はなんとかみくるの部屋で眠らせることに成功したけど……あれがこれから毎晩来るようでは2027年に戻ったあとのことも心配になる。
このままでは、あんなが自立できなくなるのは時間の問題だろう。
だから、ここは心を鬼にしてでもあんなの現状をあんな自身に示し、少し距離を置く必要がある。
幼馴染だからこそ、多少踏み入ったことを言っても許されるし、出会ってからの十年来でそれに足るだけの関係は築いてきた…はず。
「……あんなはさ…もう少し周りを頼った方がいいんじゃない?」
「……え?」
「日常生活とか戦いの話じゃなくて、そういう弱音を打ち明けられる人間を俺以外にも探せってこと。それこそ、みくるとか打ってつけだと思うけど?お前の相棒なんだし」
突拍子もないことを言われてか、ケーキのスポンジが刺さったままのフォークを胸の前に運んだ状態であんなの動きが止まる。
「……ご、ごめんね。もしかして昨日のこと…迷惑だった?」
「別に。そういう訳じゃない。ただ、俺以外にも相談相手がいた方がいいってだけ。一人の相手に話してるばかりだと、どうしても視野が狭まる。探偵やってるなら視野の狭さが大きなミスに繋がることくらいは分かるだろ?」
『だから、そうなる前に周り…特に相棒とは腹を割って話しておいて欲しい』というのが半分。
もう半分は、さっきも述べた通り、『このままだとあんなが一人で立てなくなるから』という理由だ。
先程は、少し強めの口調で指摘したが、2027年にいた頃のあんななら素直に受け止めていたはずだ。それなのに、あの声の震え方と傍目から見ていても分かるくらいには顔に出てた動揺…間違いないだろう。
昔から、あんなの前では『頼れるお兄さん』みたいなムーブをしていたことが、あんなが早い段階で俺に依存し始める一因になってしまった。幼馴染とはいえ、俺の方があんなより年上だから良かれと思ってやっていたことだったのだけれど……タイムスリップとかいうとんでもない事象に巻き込まれたことで、これまでの積み重ねも完全に裏目に出た。
……なんにせよ、あんなが完全に依存して自分一人で立てなくなる前に、あんな自身と周りを上手いこといい方向に誘導してやるしかない。
そのためにも協力者は必要不可欠。
この手の話なら、みくるよりもジェット先輩の方が適任だろう。ジェット先輩は、222歳なだけあってみくるとあんなよりかは遥かに分別を弁えてるし、知識も豊富だ。なによりも、二人とは一線を引いて客観的な立場から物事を見れる。事情を知って力になってくれるのなら、あの人…人?……まあいいや、あの人よりも頼り甲斐のある人物というのはそういないだろう。
「………そう」
─────なんて。あんなに視野だなんだと言っておきながら、この時点では俺の方が自分の視点だけで物事を決め付けて視野が狭まっていたことに気付けていなかった。
「……ほたるくんがそんなこと言うなら、わたしだって我慢しなくていいよね」
「……あんな…?」
内容は声量的にギリギリ聞き取れなかったが、先程までの動揺した様子はなく、むしろ落ち着いた声色であることだけは分かった。
あんなの変化に少しだけ戸惑っていると、なにかしらを決意したように感じさせる揺るがない瞳に貫かれる。
「ほたるくんは、わたしのこと嫌い?」
「……嫌いじゃないよ」
「じゃあ付き合おっか」
「…………は?…ごめん、もう一回言って?」
「だからわたしたち付き合おう?」
「なに言ってんの?」
いけない、衝撃が大きすぎて素で返してしまった。……いや、でも、本当に。話が飛びすぎじゃないだろうか。
だが、続けるようにあんなが告げた言葉で、なぜこんなことを言われたのか理解できてしまった。
「でも、わたしならほたるくんのこと独りにさせないよ?どんなことを考えてても…ね?」
甘い言葉は、それこそ
……だが、その甘美な響きをすぐに頭の中から追い出す。
俺の中の2027年への未練。
あんなが俺のことを『自分が明智あんなである』ということの証拠でもあると見ているのと同様に、あんなは『俺が文代ほたるである』ということの証拠であり、元の関係よりも距離が開くことは避けたいと思ってしまっていること。
最近のあんなの状態なら、実際に互いに離れない……否、離れられない状況を作れてしまうと考えてしまったこと。
こんな自己中心的な思考と打算とで、あんなの人としての成長を妨げるような振る舞いをすることは俺自身が許せなかったこと。
俺なんかよりも余程大きな使命を背負っているあんなたちの前だからこそ、せめて日常では『頼れる年上の人間』でいるために、それらを全部隠していたということすらも。
いつバレたのかは、さして重要ではない。
一番の問題は、さっきの会話をいくつか飛ばして出てきたような言葉は、『あんなを自立させる』という意図の裏に隠していた『あんなから距離を置くことで、こんな薄汚れた考えがバレる可能性を少しでも減らそう』という俺の心理すらも読み切って発していたこと。
そして、読み切った上で、その心理を逆手に取ってきた。
距離を嫌われることを避けて本音を隠していた人に対して、本音を知った上で受け入れることを告げる…これ程までに甘美な提案もそうないだろう。
明智あんなという人間は、昔からときどきこういうことをしてくる。
理論的なものではなく、生まれ持った感の良さでこちらの本質を見抜き、核心に迫った言葉をそのまま投げかけてくる。……今回は、核心に迫るだけでなくさらに一歩踏み込んだ言葉だが、本人にその自覚はないことと嘘を嫌う性質から、これが彼女の本音だと分かってしまうからこそタチが悪い。
あんなの言葉の示すところは、あんなは既に半分なんてレベルじゃなく、とっくに俺に依存しきっているということ。
あんなの心中で俺の存在がどれくらいの割合を占めるのか、過去に飛ばされてからあんながどれだけ俺を頼りにしていたのか……完全に見誤っていた。
「悪いけど……それは無理」
だからこそ、この提案を受けるわけにはいかない。
二人揃って無事に2027年に帰るためにも、ここで俺が折れたら、俺だけでなくあんなの今までの努力まで水泡に帰す。
「……」
「……」
再び沈黙が訪れる。
先程の気まずい沈黙とは違い、今度は触れたら爆発とか…そういった類の、なんかとんでもない問題が発生しそうな、ピリリとした空気。
その空気を破ったのは、あんなの持つプリキットの一つだった。
確か、携帯みたいに通話ができればボイスチェンジャーとしても使えるとか。俺も同居人ということで持たされそうになったけど……男子高校生が持つにはちょっとかわいすぎるデザインだったのでジェット先輩が開発に取り掛かる前に丁重にお断りしておいた。
「みくるから?」
「うん、買い物の途中で事件に巻き込まれたから来てほしいって」
「分かった。俺が払っておくから早く行ってきな」
「それじゃあ、また後でね………気が変わったらいつでも言ってね」
席から離れる直前に一瞬だけ見せたあんなの顔は、これまでに見たことのない蠱惑的な表情だった。
「はぁ……」
ため息とともに余計な考えを頭から追い出す。
行動に移すならもっと早くにすべきだったという後悔が湧いてくるが…過ぎたことをいつまで言っても変わらない。
これから、俺はどう動くべきなのだろうか。
「……」
先の話の内容も踏まえると、当事者たるあんなに黙って第三者に相談するというのはあまりしたくない。
かといって、距離を取るには今のあんなは余りにも危うすぎる。精神的にも物理的にも距離を取ろうとすれば、それこそいつ壊れてもおかしくなくなる。
─────なによりも、あんなと距離を取ることはできない、という事実に安堵している自分がいることが心の底から嫌になる。
名字の元ネタは言わずもがな。
原作五話みたいなすれ違いが起きそうになってもこいつが爆速で飛んできて間に入るのでそこまで大きな問題に発展する前に解決する。
こいつはこいつで今は根性と気力で耐えてるだけなので弱ってる時にハイパー美少女明智あんなに甘やかされたらズブズブ共依存ルート一直線。
スパダリ幼馴染に脳破壊されながら育った。
頼れる相手が最初からいるので、(ほたるがいなくならない限りは)メンタル絶対折れない。
まだ原作で何も言われてないから今はなんとも言えないけど、諸々の条件が重なると幼馴染が幼馴染兼初恋兼母親の若い頃の恋人に進化する。この場合、SANチェックの後に発狂する。