ブルーアーカイブ~Wish of Blue Devil~   作:ロキシード

1 / 2
贖罪と願い

 そこは、息をするだけで意識を蝕まれていくような世界だった。空は血のように赤く染まり、雲の代わりに濃密な瘴気が渦巻く。日の光が届くことはなく、あたり一帯が怪しい昏さで包まれている。

 

 魔界。悪魔が蔓延る地獄絵図。そこに満ちるのは、大気などではなく、あらゆる存在を侵食せんとする毒そのもの。この世界は生命が生存していくにはあまりに過酷であった。ただ、暴力と飢えだけが支配する空間。弱いものは淘汰され、強いものが他を蹂躙する世界。

 

 だが――

その中心に、二つの影があった。伝説の魔剣士スパーダの二人の息子たちが。

 

 

 

「こいつをくらいな!」

 

 赤いコートに身を包んだ男、ダンテが空中から驚異的な速度で降りかかる。その手には禍々しい大剣が握られており、それを落下の勢いを乗せながら地に立つもう一人の男へ振り下ろされる。兜割りを繰り出した彼は、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ちっ...あまり調子に乗るな。」

 

 強烈な一撃を刀で受け止めんとするもう一人の男、全身を青と黒で染め上げたバージルが憎々しげに言いながら、上空から迫る剣に自らの刀を構える。身を低くしながら抜刀の構えを見せる彼は、頭上から迫る攻撃に合わせ、鞘から自らの刀を引き抜く。

 

「はぁっ!」

「ふん!」

 

 両者の攻撃がぶつかり合う瞬間、空間が爆ぜる。二人を中心に眩い光が広がり、岩肌がひび割れていく。衝撃が空間を歪ませるように波及していく。

 

「どうした、もうばてちまったか?」

 

 鍔迫り合いの最中、ダンテがおどけた口調で言うと、

 

「ほざけ。貴様のほうこそ、優位をとっておきながら簡単に防がれているだろう。」

 

 バージルが返す刀で応える。両者が膠着した姿勢のまま、ぶつかり合う剣が火花を散らせる。互いに一歩も退かず数秒ほど維持されたそれは、突如現れた存在によって中断させられる。――悪魔の出現によって。

 

「ったく。いいとこだったのによ。まあいい、いい加減同じ相手との喧嘩にも飽きてきたところだ。」

「ふん。ならばとっとと俺の勝利を認めるんだな。そうすれば決着もつくだろう。」

「おいおい、俺の記憶が正しければ同点のはずなんだがな。」

「貴様の記憶などあてにならん。」

 

 今度は剣ではなく言葉の応酬が続く中、出現した悪魔を瞬く間に屠っていく。今この時において、彼らに並び立つ者は存在しなかった。銃弾と斬撃が周囲にふりまかれ、圧倒的な力が悪魔を蹂躙していく。そうして、彼らを中心にした暴力が魔界に広がっていくのだった。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。無数の悪魔の死体が積みあげられたなか、岩に腰掛けながらダンテが気だるげに口を開く。

 

「......ふぁぁ。なあバージル、いい加減飽きてきたぜ。悪魔狩りも、そろそろマンネリってやつだ。」

 

 バージルは返事をしない。ただ、閻魔刀を静かに振り血を落とす。大量の悪魔狩りは、最後にはダンテがバージルに丸投げしたため彼一人ですべてを斬り伏せていた。

 

「無視かよ。はぁ......ピザが食いてえ、チーズたっぷりのやつ。もちろんオリーブはなしだ。」

 

 ダンテは一人でぼやき続ける。

 

「魔界じゃピザもストロベリーサンデーも食えねぇし、そろそろ戻ろうぜ?」

 

 バージルはダンテに背を向けたまま言い放つ。

 

「......くだらん。」

「下らんってお前......人間界の飯が恋しくならねぇのか?」

 

 バージルは青い瞳で魔界の地平を見つめる。

 

「食事など必要ない。俺たちは魔力を取り込めば、飢えることはない。」

「いや、そういう問題じゃなくてだな......俺が言ってるのは"味"」

とか"楽しみ"の話なんだが。」

「興味はない。」

 

 取り付く島もない様子にダンテは肩をすくめる。

 

「相変わらずの石頭だな。ったく,,,,,,お前は平気でも、俺はあのじゃじゃ馬たちが事務所を滅茶苦茶にしてないかどうか気が気じゃないんだが。」

 

 レディとトリッシュを思い浮かべながらダンテが呟く。

 

 一方で、バージルはその場で腕を組みながら何か考え込むように視線を地面に落とす。

 

『ダンテは死なせねえ。あんたもだ。』

『殺し合いしか能がねえのか?』

『ほかにいくらでも方法があるだろうが。』

 

 脳内には、ネロ――自分の息子が言った言葉が反芻されていた。そして、自分の言葉も。

 

『なあ...俺は正しかったのか?』

『私はママじゃない。自分で考えて。』

 

 それは自身の行動がもたらした結果に対する問いだった。双子の弟に勝つため、息子の腕を奪い、閻魔刀でその身から人としての弱さを捨て去ることで力を得ようとしたこと。その結果、世界を飲み込む凶悪な悪魔が誕生し、同時に人の魂だけの存在になって理解した自分の所業と失ったものの大事さ。

 

『なぜだ...!なぜそれほどの力を...!何も失っていない貴様がッ!』

『失ったからって強くなるわけじゃねぇ...失いたくないから強くなるんだ。』

 

 悪魔として対峙した記憶の中で、ダンテが言った言葉。それは、Vとして歩んだことでようやく理解した真実だった。失わないために強くなる。ダンテの根源にあるのはいつもそれだった。そして、それを理解したときには、すべてが手遅れだった。――あの瞬間までは。

 

 ダンテがユリゼンを破るその瞬間に立ち会ったことで、自分の中にある微かな望みが強まった。それは――

 

 ダンテに勝つこと。

 

 すべてを見届け、終わるつもりだった。最後に人として最低限の役目を果たし、彼の悪魔を打ち倒すために行動した。しかし、願ってしまった。もしかしたら、自分にも違った生き方があったのではないかと。その考えを自覚してしまったが故に、彼は再びバージルとしてダンテと戦うことを選んだ。

 

 すべては、己の存在を肯定するために。

 

 あるいは、ダンテに討たれることで、納得するためだったのかもしれない。

 

 かつて力に固執していたバージルがダンテと対峙し敗れたときから、わずかに抱いていた疑問、そしてトリッシュに投げかけた問いの答えが、ようやく得られると思ったのだ。いや――

 

 答えは最初から分かっていた。わからないふりをし続けていた。人の道を外れた自分には許されない答えだと、そう信じて進み続けてきた。その結果がこれなのだ。魔界が人間界に侵食し、多くの命を奪った。テメンニグルのときだってそうだ。大勢が死んだ。そんな自分に、今更人として生きることはできないと、そう考えていた。だからこそ、ダンテと戦った。そして――ネロとも。

 

 ネロの考えは、まさに人間として生きてきた者のみが許される理想と高潔そのものだった。彼に敗れた以上、死んで終わるという選択肢はなくなってしまった。しかし、いやだからこそ、バージルは魔界に残るという選択をした。人の道を生きることは許されず、しかし殺されることもかなわないのなら、せめて魔界でクリフォトを断ち、事態を収束させる。それが自分自身で納得できる、最低限の"責任"の取り方だった。そう考えたからこそ、以前とは違う理由で魔界に残る選択をしたというのに。

 

「はぁ......何故ついてきた、ダンテ。」

 

 この男は態々自分についてきたのだ。

 

「ネロ一人では、人間界も心許ないだろうに。」

 

 バージルは顔だけを後ろのダンテに向けて言う。

 

「おいおい、負けておいてその言い草か?」

 

 ダンテは岩から飛び降りて煽るように応える。そして、バージルに真剣な眼差しを向けて続ける。

 

「...あいつは強ぇよ。だから任せたんだ。」

 

 バージルがダンテに体ごと向ける。数秒、沈黙が二人の間に流れる。

 

「......そうか。」

 

 バージルはどこか納得したように一言呟くと、再び背を向ける。

 

「それはそれとして、ピザは食いてぇな。おいバージル、閻魔刀かしてくれよ。」

 

 ダンテが右手を差し出して言うと、

 

「ふざけるな。俺はそんな下らん理由では戻らんぞ。」

 

 バージルの言葉に対し、ダンテがわずかに眉を上げる。

 

「はーん。やっぱりな。石頭の兄貴の考えそうなことだ。」

 

 ダンテがしたり顔で言う。バージルが訝しげにダンテに顔を向けると、

 

「お前、やっぱりここに残るつもりなんだろう?」

「......」

 

 バージルは何も言わず、ダンテの次の言葉を待つ。

 

「今更人らしく生きられねぇとでも考えたんだろうが、やっぱりついてきて正解だったな。」

 

 バージルは見透かされていたことに対し、露骨に顔を顰める。

 

「贖罪のために死ぬことはネロが許さねぇ。でも合わせる顔もないってか?」

「黙れ。......とにかく、戻る気はない。」

 

 そうだ。こうして魔界から悪魔を駆逐し続けることこそ、せめてもの償いになる。改めバージルはそう考える。しかし、そんな考えを見抜いたかのようにダンテが言う。

 

「あのなぁ、こうして魔界に残り続けたって償いにはならねぇぞ?」

 

 バージルがわずかに反応する。

 

「大勢の命を奪ったなら、より多くの命を救え。そうして一生かけて償ってくんだ。それがネロの望みのはずだぜ?」

「......俺に人として生きろというのか?そんなこと......」

「できるさ。親父だってそうしたんだ。」

 

 ダンテの言葉にバージルは口を噤む。少しの間沈黙して、バージルが呟く。

 

「......もし、やり直せるのなら」

 

 その言葉は自分でも驚くほど弱く、しかし確かに本心からくるものだった。

 

「別の世界でなら......今度こそ、人として生きられるのだろうか」

「バージル?」

 

 その言葉は、魔界の風に消えるほど弱々しかった。だが――閻魔刀は聞き逃さなかった。刀身が、かすかに震える。複数の色が綯い交ぜになったような濁った光が、刃の縁を走る。

 

「おいバージル...その光、なんだ?」

 

 バージルは答えられなかった。胸の奥で、何かが軋む。罪悪感でも、後悔でもない。もっと切実な願い。"救われたい"という願い。

 

 その瞬間――魔界の空間が裂けた。世界そのものが悲鳴を上げるような音。

赤い空に、何色とも形容しがたい亀裂が走る。

 

「ちょっ...待て待て待て!お前、何やらかしたんだよ!」

 

「......わからん。だが、これは......俺の意志ではない」

 

 閻魔刀が、持ち主の“無意識の願い”に反応した。

裂け目の向こうはよく見えない。だが、なぜかそこへ向かうべきだという確信があった。一歩、バージルは裂け目に踏み出す。

 

「おい!待てよ、そこは人間界じゃ...」

「だが、行かねばならない気がする。」

 

 構わず歩みを進めるバージルに、ダンテは驚きながら言う。

 

「ったく、どうなってもしらねぇぞ!」

 

 裂け目に入っていったバージルに続いてダンテが手を伸ばす。ダンテが踏み込む瞬間、裂け目が一瞬強い光を放った。そして次の瞬間、魔界から二人の姿は跡形もなく消えた。

 

 

 

「先生......?」

 

 黒い衣装で身を包んだ銀髪の少女が呟く。

 

【外部因果の侵入を検知しました。】

【観測対象外・階層外宇宙からの干渉を確認。】

 

 白髪に黒い制服の少女が機械的に告げる。

 

"――――"

【原因不明。対象からの空間接続を確認。】

 

 白髪の少女の言葉を受け、彼――プレナパテスは銀髪の少女に何かを告げる。

 

"――――――"

「...わかった。侵入者を排除する。」

 

 少女――砂狼シロコは、銃を握る手に力を籠め、一言応じた。

 

 




初投稿です。ブルーアーカイブ初めて1か月ほどの新規先生ですが、世襲う以上にシナリオが良く複数のキャラクターに脳を焼かれたので投稿します。

ちなみに好きなキャラはカンナですが、先生とのカップリングでは連邦生徒会長過激派です。

何故魔界とキヴォトス(厳密にはアトラハシースですが)がつながったのかについては一応次回説明をいれるつもりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。