ブルーアーカイブ~Wish of Blue Devil~   作:ロキシード

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一杯のラーメン

「それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」

 

 畏まった口調でアヤネが告げる。

 

「本日は先生にもお越しいただいたので、いつもよりまじめな議論ができると思うのですが……」

「何よ、いつもは不真面目みたいじゃない……」

「うへ、よろしくねー、先生」

「時間は有限だ。下らん内容ならば帰らせてもらう」

「まあまあそう言わずに、それとも何か用事でもあるのー?」

「………」

 

 ホシノの投げかけた疑問に思わず口籠る。実際、現状ではアビドスの置かれている状況を打破するには情報が不足している。一人で行動したところで得られるものは少ないだろう。

 皆が口を閉ざす中、仕切りなおすようにアヤネの咳払いが部室に響く。

 

「では、早速議題に入ります。本日は、私たちにとって非常に重要な問題――学校の負債をどう返済するか、具体的な方法について議論します」

「ご意見のある方は、挙手をお願いします!」

 

 ホワイトボードの前に立ったアヤネが高らかに言い放つ。すると、机に手をつき立ち上がったセリカが元気よく手を挙げた。

 

「はい!はい!」

「はい、1年の黒見さん。お願いします」

「……あのさ、まず名字で呼ぶの、やめない?ぎこちないんだけど」

「せ、セリカちゃん……でも、せっかくだし会議らしく……」

 

 口調にツッコまれたアヤネが、狼狽えながらも会議然とした進行を続けようと主張する。

 

「いいじゃーん、お堅い感じでもさ。それに今日は珍しく、先生もいるんだし」

「珍しくというより、初めて」

「ですよね!なんだか委員会っぽくてイイと思いま~す☆」

 

 在校生組から次々に援護射撃が送られる。

 

「はぁ……先輩たちがそう言うなら……」

「……なんでもいいから早く会議を進めろ」

「うるさいわね、わかってるってば……とにかく!対策委員会の会計担当としては、現在我が校の財政状況は破産の寸前としか言いようがないわっ!」

「このままじゃ廃校ってこと!みんなわかってるよね?」

 

 語気を強めたセリカが対策委員会の面々に順に目をやる。

 

「毎月の返済額は、利息だけで788万円!私たちも頑張って稼いではいるけど、正直利息の返済もギリギリ」

 

 借金の額は知っていたが、返済額については初耳だった。いや、そんなことより――

 

「まて。お前たち、学生だろう。どうやってそんな大金を毎月納めている?」

「ん、襲撃してきた不良から装備を奪って換金した」

「苦情の解決や自治区の整備で謝礼をいただくこともあります」

「あとは、指名手配犯を突き出した際の報酬ですね!」

「………」

 

 一部を除いて、あまりにも学生らしくない金策に面食らうバージル。キヴォトスでは普通のことなのか、アビドスの少女たちが特別なのか。

 

「それでも追い付かない程の金額か」

「そう。それだけじゃ限界があるわ」

「このままじゃ埒が明かない!何かこう、でっかく一発狙わないと!」

「……ん?」

 

 これまでの事実に基づいた論調からいきなり突拍子のない方向へ舵を切るセリカ。何故だろう、嫌な予感がする。

 

「でっかくって、例えば?」

 

 アヤネが尋ねると、セリカは待ってましたと言わんばかりにポケットから紙切れを取り出す。

 

「これこれ!街で配ってたチラシ!!」

「これは……!?」

「どれどれ……『ゲルマニウム麦飯石ブレスレットであなたも一攫千金』、ねえ……?」

 

 チラシにでかでかと書かれた文字をホシノが読み上げる。

 

「そうっ!これでガッポガッポ稼ごうよ!」

「………」

 

 満面の笑みのセリカ。沈黙する一同。アヤネは、かける言葉を探しているようだ。

 

「はあ……お前、どこでそれを手に入れたんだ」

 

 眉間に手を当てながらバージルが問いかけると、セリカが意気揚々と語り始めた。

 

「この間、街で声をかけられて、説明会に連れていってもらったの。運気を上げるゲルマニウムブレスレットってのを売ってるんだって!」

 

 典型的すぎる展開に思わず口をついて出たのは――

 

「……正気か?」

「しっ、先生。一旦聞いてあげましょう」

 

 ノノミが慌てて袖を引っ張り制止する。セリカは喋りに夢中で気づいていない。

 

「これね、身に着けるだけで運気が上がるんだって!で、これを周りの3人に売れば……?」

「みんな、どうしたの?」

 

 ふと顔を上げると、生暖かい視線を向けられていることに気付く。セリカが疑問に思っていると、ホシノが短く息をついてから口を開いた。

 

「却下ー」

「えーっ!?何で?どうして!」

「セリカちゃん……それ、マルチ商法だから……」

「儲かるわけない」

「へっ!?」

「そもそもゲルマニウムと運気アップって関係あるのかな……こんな怪しいところで、まともなビジネスを提案してくれるはずなんてないよ……」

 

 端末でチラシに記載されている企業を調べていたアヤネが淡々と正論を口にする。

 

「そっ、そうなの?私、2個も買っちゃったんだけど!?」

「それが奴らの手口だ。結果お前は必要のない在庫を抱え、奴らは倍の利益を得た。しかもその効果は何の根拠も信憑性もない。ガラクタだな」

 

 セリカがカバンから取り出したブレスレットを見て冷たく言い放つバージル。

 

「なっ…!」

「セリカちゃん、騙されちゃいましたね。可愛いです☆」

「まったく、セリカちゃんは世間知らずだねー。気を付けないと、悪い大人に騙されて、人生取り返しのつかないことになっちゃうかもよー?」

 

 ホシノの言葉に、セリカがその場で膝から崩れ落ちる。

 

「そ、そんなあ……せっかくお昼抜いて溜めたお金で買ったのに……」

「大丈夫ですよセリカちゃん。お昼、一緒に食べましょう?私がご馳走しますから」

「ぐすっ……ノノミせんぱぁい……」

「えっと……それでは、黒見さんからの意見はこの辺で……他にご意見のある方は……」

「はい!はい!」

 

 泣きつくセリカを尻目に次の意見を募るアヤネの言葉に、椅子から立ち上がったホシノが食い気味で手を突き上げてアピールする。ついさっきの光景がデジャブし、バージルはまた妙な儲け話でも持ってきたのかと一瞬身構える。

 だが、相手はホシノ。最年長で、警戒心も強い。セリカの持ち込んだマルチ商法にもすぐにノーを突き付けるのだから、変な商売に手を出すことはないと思いたい。

 

「えっと……はい、3年の小鳥遊委員長。ちょっと嫌な予感がしますが……」

「奇遇だな、俺もだ。だが、ここは代表らしく建設的な発言を期待しよう」

「うむうむ、えっへん!」

 

 得意げに胸を張るホシノが、皆の前に出る。

 

「我が校の一番の問題は、全校生徒がここにいる数人だけってことなんだよねー」

「生徒の数イコール学校の力。トリニティやゲヘナみたいに、生徒数を桁違いに増やせれば、毎月の学費でかなりの金額になるはず」

「え……そ、そうなんですか?」

「ふむ、道理だな。学校の規模が増えれば、費用以上に収入の増加が見込めるだろう」

「そういうことー!だからまずは生徒の数を増やさないとね、まずはそこからかなー」

「そうすれば議員も排出できるし、連邦生徒会での発言権も与えられるしね」

 

 いつもの眠そうな調子ではあるが筋の通った主張に、バージルは内心で舌を巻く。やはりホシノはアビドスの代表、その肩書に恥じぬ聡明さを持っている。問題は――

 

「鋭いご指摘ですが……でも、どうやって……?」

 

 当然行き着くのはそこ。理屈はわかるが、実際に生徒を増やす手段は何か。彼女のことだ、きっと具体的な考えあってのことだろう。

 

「簡単だよー、他行のスクールバスを拉致ればオッケー!」

「……は?」

 

 今、何と言ったのか。スクールバスを拉致?

 

「はい!?」

「登校中のスクールバスをジャックして、うちの学校への転入学書類にハンコを押さないとバスから降りられなくするの」

「うへ~、これで生徒数がグンと増えること間違いなーし!」

「それ、興味深い。ターゲットはトリニティ?それともゲヘナ?ミレニアム?」

「お?……えーっと、うーん……そうだなあ、トリニティ……いや、ゲヘナにしよーっと!」

「ちょっと待ってください!そんな方法で転校ってありなんですか!?それに、ゲヘナの生徒に手を出したら、風紀委員が黙ってませんよ……」

 

 実に具体的な犯罪計画を立て始める二人にアヤネが割って入る。

 

「うへ~やっぱそうだよねー?」

「やっぱそうだよねー、じゃありませんよ……もっと真面目に会議に臨んでいいただかないと……」

「冗談のつもりか……?まったく……」

「いやーシロコちゃんが乗ってきたときは焦ったよ、どこにするか考えてなかったもん」

「ん、私は別に冗談で言ってない」

「いや、やめてくださいよ……」

「なら、私にもいい考えがある」

「……じゃあ、2年の砂狼シロコさん」

 

 流れ的に嫌な予感しかしない、といった表情でアヤネが指名する。そして、シロコの口から出たのは、案の定とんでもない内容だった。

 

「銀行を襲うの」

「はいっ!?」

「確実かつ簡単な方法。ターゲットも選定済み。市街地にある中央銀行」

「金庫の位置、警備員の動線、現金輸送車の装甲ルートは事前に把握しておいたから」

 

 アヤネの反応に構わずすらすらと強盗の内容を説明しだすシロコ。完全に下調べを済ませているところをみるに、以前から画策していたに違いない。

 

「5分で1億は稼げる。はい、覆面も準備しておいた」

 

 シロコは机に置いた紙袋から数字の刻まれた目出し帽を取り出す。そのうちの一つを被ると、残りを委員会にそれぞれ渡していく。

 

「いつの間にこんなものまで……」

「うわー、これ、シロコちゃんの手作りー?」

「わあ、見てください!レスラーみたいです!」

 

 渡されたピンク色の覆面を手に取り広げるホシノ。ノノミに至っては、既に着用している。

 

「いやーいいねぇ。人生一発でキメないと。ねえ、セリカちゃん?」

「そんなわけあるか!!却下!却下ー!!」 

「そっ、そうですっ!犯罪はいけませんっ!」

 

 1年二人から猛烈にストップがかかると、シロコは押し黙ったままジト目を向ける。

 

「……」

「そんなふくれっ面をしてもダメなものはダメです!」

「はあ……みなさん、もうちょっとまともな提案をしていただかないと……」

 

 ツッコみすぎて疲れたのか、肩で息をしながらアヤネが次の意見を煽る。

 

「あのー!はい!次は私が!」

「はい……2年の十六夜ノノミさん。犯罪と詐欺は抜きでお願いします……」

「はい!とってもクリーンな方法があります!」

「ずばり、スクールアイドルです!」

「ア、アイドル……!?」

 

 これまでとは違う方向で予想外の意見にアヤネは意表を突かれる。

 

「そうです!アニメで観たんです!学校を復興する定番の方法はアイドルです!私たち全員がアイドルとしてデビューすれば……」

「却下」

 

 食い気味にホシノが一声、否定の言葉を発した。意外そうな表情でノノミが尋ねる。

 

「あら……これも駄目なんですか?」

「なんで?ホシノ先輩なら、特定のマニアに大ウケしそうなのに」

 

 犯罪でもないというのに何が問題なのか。理解できないとセリカが続く。

 

「うへー、こんな貧弱な体が好きとか言っちゃう輩なんて、人間としてダメっしょー。ないわー、ないない」

「決めポーズも考えておいたのに……」

 

 残念そうな声でノノミが俯いたかと思えば、急に顔を上げてポージングを披露した。

 

「じゃーん!水着少女団のクリスティーナで~す♧」

「………はあ。おい、なにか言ってやれ」

 

 空気に耐え兼ね、バージルがそう零す。

 

「なにそれ……ダサ……」

「えー、徹夜で考えたのに……」

「じゃあ徹夜テンションのせいでその意味不明なネーミングセンスになったんじゃない?」

 

 話題があらぬ方向へ逸れていくのを察したアヤネがそろりと手を挙げる。

 

「あのう……議論がなかなか進まないんですけど、そろそろ結論を……」

「それは先生にまかせちゃおうー。先生、これまでの意見で、やるならどれがいい?」

「まて、この中から選ぶのか?一つもまともなものがないぞ」

「そうですよ!もう少しまともな意見を出してからの方が……」

「大丈夫だよー。先生が選んだものなら、間違いないって。ね?先生」

「……お前」

 

 ホシノが横目でバージルに視線を送り、挑発するように口角を上げる。選べるものなら選んでみろ、ということか。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!なんでそう言い切れるんですか?」

 

 アヤネが待ったをかけるが、既に他の者はここで結論を出すつもりらしい。

 

「まさかアイドルをやれなんて言わないよね?」

 

 セリカがそれだけは避けたいとバージルに詰め寄る。

 

「アイドルで☆お願いします♧」

 

 即座にノノミが真っ向から頼んできた。

 

「……」

 

 隣に目をやれば、シロコが目出し帽を無言で装着し、じっとこちらを見つめている。

 

「私の案も忘れてないよねー?」

 

 ホシノが負けじとバスジャックの件を掘り返す。先程冗談と認めていたはずだが。

 

「おい、いい加減に……」

 

 あくまでも見守る立場に徹していたが、これ以上は無視できない。一度自分たちの置かれた状況を理解させなければ。そう思い立ち、バージルが言葉を紡いだところで、大きな音が部屋に響き渡る。

 

「いい加減にしてください!その中から選んだものでいいわけないじゃないですか!!」

 

 堪忍袋の緒が切れたアヤネが、机をひっくり返して吠える。筆記用具やチラシが散乱するなか、アヤネが肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。初めて見るアヤネの姿に、バージルは意外なものを見る目で口を閉ざす。

 

「出たー!アヤネちゃんのちゃぶ台返しー!」

 

 ホシノがさながらプロレス実況のように技名を叫ぶ。

 

「きゃあ、アヤネちゃんが起こりました!非常事態です!」

 

 わざとらしい悲鳴を上げながら楽しげな声でノノミが続く。

 

「うへ~キレのある返しができる子に育ってくれてママは嬉しいよー」

「誰がママですか!もうっ、ちゃんと真面目にやって下さい!」

「いつもふざけてばっかり!銀行強盗とかマルチ商法とか、変なことばっかり言って!!」

 

 堰を切ったようにくどくどと飛び出す文句に、セリカは肩をびくつかせ、シロコは返す言葉もない。

 その後も、我慢の限界が訪れたアヤネの説教はしばらく続き、その場にいた全員がアヤネから詰められる羽目になった。

 バージルは、次回以降の会議への参加を見送ることを決意した。

 

 

 

 

「機嫌直してよーアヤネちゃーん。悪かったって、ラーメン奢るから怒らないでー」

「怒ってません……」

 

 ホシノの言葉にラーメンをすすりながら、不機嫌そうに返事をするアヤネ。

 

「はい、お口拭いて。よくできましたねー☆」

「赤ちゃんじゃありませんからっ!」

 

 ノノミにハンカチで口元を拭われると、すぐさまその手を振り払う。

 時刻は昼過ぎ、対策委員会とバージルは紫関ラーメンを訪れていた。セリカはちょうどシフトが入っていたため、バイト先に向かう彼女に同行した一行は紫関で昼食をとることにしたのだ。

 

「なんでまたウチに……はあ。もういいけどさ」

「アヤネ、チャーシューもっと食べる?」

「ふぁい」

 

 口いっぱいに食べ物を詰め込んだアヤネに更に追加でチャーシューを与えるシロコ。一同は完全にアヤネの召使と化していた。

 そこへ突然、勢いよく扉が開かれる。紫色の髪を肩まで伸ばした少女がビクビクと店内を見渡す。

 

「あ、あのぅ……」

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

 

 素早く駆け付けたセリカが尋ねる。しかし、返ってきたのは人数ではなく――

 

「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」

「……はい?一番安いもの、ですか?ええと……」

 

 想定外の質問に一瞬答えに詰まるも、セリカは正確にメニューの中から最も安いものを提示した。

 

「580円の紫関ラーメンです!看板メニューなんで、美味しいですよ!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 少女は笑みを浮かべると、そのまま一度店の外へ飛び出した。セリカが首をかしげていると、すぐに再び戻ってきた少女に続いて、続々と少女が店内へ。

 

「えへへっ、やっと見つかった、600円以下のメニュー!」

 

 どこか楽し気な笑みを浮かべた小柄な少女が元気に言い放つ。すると、後ろからコートを羽織った赤髪の少女が当然といった態度で応えた。

 

「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」

「そ、そうでしたか、さすが社長。なんでもご存じですね……」

「はあ……」

 

 そのやりとりを横目に、最後に入ってきた白髪の少女がため息を零す。少女が視線を上げたところで、様子を窺っていたバージルと目が合った。

 

「……ふん」

「……あの腕章は……」

 

 大方どこかの生徒だろう、と見切りをつけ、意識を正面へ戻す。今はとにかく、目の前の一杯だ。カウンターには湯気を立てる特性味噌ラーメン。あの日以降、バージルはこればかり頼んでいた。

 セリカが少女たちに改めて声をかける。

 

「4名様ですか?お席にご案内しますね」

「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」

 

 小柄な少女――浅黄ムツキがそう言って断る。

 

「一杯だけ……?でも……どうせならごゆっくりお席でどうぞ。今は人も少ないですし」

 

 店内にはバージルと対策委員会以外の客はいない。ある程度の融通は効くだろうとセリカが奥へ案内しようとする。

 

「おー、親切な店員さんだね!ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて」

「あ、わがままのついでに、箸は四膳でよろしく。優しいバイトちゃん」

「えっ?四膳ですか?ま、まさか一杯を四人で分け合うつもり?」

 

 先の発言の意味を理解したセリカが思わず聞き返す。すると、一番最初に入店した紫髪の少女――伊草ハルカが突然ペコペコ頭を下げて捲し立てる。

 

「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!!お金がなくてすみません!!」

「あ……い、いや……!別に謝らなくても……」

 

 咄嗟に飛び出した発言に思わぬ反応が返ってきたことで、セリカがわずかにたじろぐ。

 

「いいえ!お金が無いのは首が無いのも同じ!生きる資格なんてないんです!虫けらにも劣る存在なのです!虫けら以下ですみません……!」

「はあ……ちょっと声でかいよ、ハルカ。周りに迷惑……」

 

 ハルカの止まらぬ卑下に後ろから白髪の少女――鬼方カヨコが止めに入る。しかし、なぜか感化されたように声を大にしたセリカによって遮られた。

 

「そんな!お金がないのは罪じゃないよ!胸を張って!」

「へ?……はい!?」

 

 ラーメンに意識を集中させていたバージルも、騒がしくなってきた背後のやり取りに振り返る。

 

「お金は天下の回りもの、ってね。そもそもまだ学生だし!それでも、小銭をかき集めて食べに来てくれたんでしょ?そういうのが大事なんだよ!」

 

 話すうちにどんどん熱を帯びていくセリカの言葉には、とても実感がこもっているように感じられた。自分たちと目の前の困窮する少女を重ねたのだろう。

 

「もう少し待っててね。すぐ持ってくるから」

 

 急ぎ足で厨房へと向かうセリカの背中を、ハルカはぽかんと見つめていた。

 

「……なんか妙な勘違いをされてるみたいだけど」

「まあ、私たちもいつもはそんなに貧乏ってわけじゃないんだけどね。しいて言うなら、金遣いの荒いアルちゃんのせいだし」

 

 カヨコとムツキが向き合ってそんな話をしていると、赤髪の少女――陸八魔アルが聞き捨てならないと口を出す。

 

「『アルちゃん』じゃなくて社長でしょ?ムツキ室長、肩書はちゃんと付けてよ」

「ん?だってもう仕事は終わった後じゃん?ところで、社長のくせに社員にラーメン一杯奢れないなんて、どうなの?アルちゃん」

「……」

 

 ムツキの返しにアルは口を閉ざす。痛いところを突かれたらしい。

 

(さっきから室長だの社長だの……どこかの学生かと思ったが、獣人やロボット以外にも企業勤めの連中がいるのか?)

 

 賑やかな会話を繰り広げる少女たちの会話になんとなく聞き耳を立てていたバージルが訝しんでいると、興味深い内容が聞こえてきた。

 

「今日の襲撃任務に投入する人員を雇うために、ほぼ全財産使っちゃったし……」

「ふふ、でもこうして実際ラーメンは口にできるわけでしょ?それぐらい想定内よ」

「たったの一杯分じゃん。せめて人数分のお金は確保しておこうよ……」

「ぶっちゃけ、忘れたんでしょ?ねえアルちゃん。ご飯代とっておくの、忘れたんでしょ?」

「……ふふふ」

 

 表情を崩さぬまま余裕の笑みを浮かべるアル。しかし、図星を突かれた彼女の手はプルプルと震え、お冷の水は今にも零れそうだ。

 

「……はあ。ま、リスクは減らせた方がいいし、今回のターゲットはヘルメット団みたいな雑魚じゃ手に負えないってことには同意する」

「でも全財産をはたいて人を雇わなきゃいけないほど、アビドスは危険な連中なの?」

「それは……」

(……!!)

 

 カヨコの言葉にスープを掬おうと伸ばした手が止まる。まだ断片的な情報だが、彼女たちはアビドス襲撃を画策しているのだ。

 バージルは、一つも聞き漏らすまいと意識を耳に集中させる。

 

「多分アルちゃんもよくわかってないと思うよ。だからビビッていっぱい雇ってるんだよ」

「誰がビビってるって!?全部私の想定内!」

「失敗は許されない。あらゆるリソースを総動員して臨むわ。それが我が便利屋68のモットーよ!」

「初耳だね、そんなモットー……」

(便利屋68……奴らの組織名か)

 

 黙り込んだまま静かに麺を口に運び、平静を装う。しかし眉間に皺をつくり目をギラつかせる様は、いつもの彼を知る者なら間違いなく異常だと言うだろう。だが、厨房にいる大将は調理の真っ只中であり、その顔に気付くことはなかった。

 

「はい、お待たせいたしました!お熱いのでお気をつけて!」

 

 セリカが彼女たちのテーブルの前に盆を持って現れた。盆にのせた大きなどんぶりには、山盛りに麺とチャーシューが盛り付けられている。

 

「ひえっ、何これ!?超大盛じゃん!」

「ざっと10人前はあるね……」

「こ、これはオーダーミスなのでは……?こんなの食べるお金、ありませんよう……」

 

 常に余裕そうな態度を崩さないムツキも、目の前に積み上げられた巨大なラーメンに冷や汗を浮かべている。カヨコは冷静ながらも、あまりの量に呆気に取られているようだ。ハルカは、注文を取り違えたのではないかと、代金の心配をする始末。そんな彼女たちを前に、セリカが口を開く。

 

「いやいや、これで合ってますって。580円の紫関ラーメン並!ですよね?大将」

「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」

「大将もああいってるんだから、遠慮しないで!それじゃ、ごゆっくりどうぞー!」

 

 有無を言わさず注文票を卓に置いてその場を後にするセリカに、残された便利屋の少女たちは大きなどんぶりに目を移す。漂ってくる湯気から濃厚な香りが鼻腔を満たし、無意識に生唾を飲み込む。

 

「う、うわあ……」

「よくわかんないけど、ラッキー!いっただっきまーす!」

「……ふふふ、さすがにこれは予想外だったけど、ご厚意に与ってありがたくいただきましょう」

「食べよっ!」

 

 空腹が限界まで来ていた彼女たちは、ほぼ同時に箸とレンゲを手に取り、一口スープを啜る。途端、ムツキが、アルが、カヨコさえもがあまりの美味しさに目を見開いた。

 

「お、おいしいっ!」

「なかなかイケるじゃん?こんな辺鄙な場所なのに、このクオリティなんて」

「でしょう、でしょう?美味しいでしょう?」

 

 ハルカとムツキが舌鼓を打っていると、突然横合いから別の少女が話しかけてきた。通路を挟んで反対側の席にいたノノミが、自慢げな表情で語りだす。

 

「あれ……?隣の席の……」

「うんうん、ここのラーメンは本当に最高なんです。遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ」

 

 いきなり話しかけられ困惑する様子にもお構いなしに、ノノミはつらつらと紫関の良さを述べる。

 

「ええ、わかるわ。いろんなところでいろんなのを食べてきたけど、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの」

 

 アルはノノミの言葉に深く頷いている。

 

「えへへ……私たちここの常連なんです。他の学校の皆さんに食べていただけるなんて、なんか嬉しいです……」

「その制服、ゲヘナ?遠くから来たんだね」

 

 食事を終えた他の対策委員会も、続々と集まってきた。

 

「私、こういう光景を見たことがあります。一杯のラーメン、でしたっけ……」

「うへ~、それは一杯のかけそばじゃなかったっけ?」

「……」

 

 アルの隣で会話を聞いていたカヨコが、神妙な面持ちでムツキに耳打ちする。

 

「連中の制服……」

「あれ、ホントだ」

 

 アルと楽し気にお喋りをする少女たちの制服は、先程話した襲撃対象の学校のものだ。幸い計画については聞かれていなかったようだが――

 

「アルちゃんは気づいてないみたいだけど?」

「……言うべき?」

「……面白いから放っておこっ」

 

 視線の先には、すっかり打ち解けた様子で会話に花を咲かせるアルと対策委員会の少女たち。アビドスの生徒たちはともかく、襲撃対象と仲良く言葉を交わすのはどういうことだ。もしここで彼女たちがターゲットだと伝えたら、アルはそれを上手く隠せるだろうか。

 

「………はあ」

 

 カヨコは様々な考えが過ったのち、ただ深く息を吐いた。

 

 

 

 

「それじゃあ、気を付けてね!」

「お仕事、上手くいくといいですね!」

「あははっ、了解!あなたたちも学校の復興、頑張ってね!私も応援してるから!」

 

 セリカとノノミ、アルは満面の笑みを浮かべながら、互いの健闘を祈り別れを告げる。

 

「じゃあね!」

 

 そうして、対策委員会と便利屋68はそれぞれの帰路へ着いた。

 

「ふう……良い人たちだったわね」

「……」

 

 しんみりとした口調でそう零すアルに、カヨコはムツキと顔を合わせる。そして、一拍置いてからとうとうネタばらしを決意した。

 

「……社長、あの子たちの制服、気づいた?」

「えっ?制服?何が?」

「アビドスだよ、あの子たち」

「………」

 

 笑いを堪えながらムツキが言うと、アルは足を止め、その場で固まる。そして数秒後――

 

「なななな、なっ、なんですってーーーーーー!!!???」

 

 口をあんぐりと開け、白目をむきながら驚愕の言葉を叫んだ。

 

「あははは、その反応うけるー」

「はあ……本当に全然気づいてなかったのか……」

 

 もしかしたら、万に一つ、相手の懐に潜り込むためにすべて分かったうえで仲良く話している、というカヨコの希望――もとい現実逃避は見事にアルの絶叫で打ち砕かれた。

 

「えっ?それって私たちのターゲットってことですよね?わ、私が始末してきましょうかっ!?」

 

 一方、ハルカは既に切り替え、銃を構えて今にも来た道を戻ろうとしている。

 

「あははは、遅い遅い。どうせもうちょっとしたら攻撃を仕掛けるんだし、その時暴れよっ」

 

 そう言ってハルカを引き留めるムツキ。もちろん今更戻ったところで手遅れというのもあるが、彼女たちの襲撃には前準備が重要。用意した人員も罠もなしで挑むのは無鉄砲だ。

 

「う、うそでしょ……あの子たちが?アビドスなんて……」

「うう……なんという運命のいたずら……」

 

 未だに受け入れられずにぶつぶつと独り言を漏らすアルにムツキが歩み寄る。

 

「何してんの、アルちゃん。仕事するよ?」

「バイトのみんなが、命令を待ってる」

 

 アルを現実に引き戻そうと既に待機させた傭兵バイトたちの存在を引き合いに出すカヨコ。

 

「本当に……?わたし、今から……あの子たちを……」

「あはは、心優しいアルちゃんには、ちょっとキツいねー」

「『情け無用』『お金さえもらえればなんでもやります』がうちのモットーでしょ?今更何を悩んでるの?」

 

 対してムツキの方はまるっきりドライな態度。アルと違ってアビドスの生徒だと分かったうえで会話していたのもあるだろうが、彼女が最優先するのは仲間のみ。故に余計な情は持たない。

 

「そ、そうだけど……」

「完全に参ってるね……」

 

 そしてそれは、カヨコも同様。彼女たちには悪いが、こちらも仕事だと割り切っている。そんな彼女たちを前に、アルは息を呑み、そして両手でパンと自分の頬を叩く。

 

「こ、このままじゃダメよ、アル!一企業の長として、このままじゃ!」

 

 ようやく腹を決めたのか、自分を鼓舞するように拳を胸の前で握りしめたアルが、部下たちに呼びかける。

 

「行くわよ!バイトを集めて!」

 

 

 

 

「待たせたわね」

「なんだよ、遅かったじゃん」

 

 作業服に安全ヘルメットを着用した工務員のような恰好の武装集団――傭兵バイトの一人が地面に蹲ったまま不満を口にする。

 

「少し野暮用よ。準備はできてるわね?」

 

 しかし、ほんの軽口だったようで、アルの確認に即座に立ち上がって答える。

 

「もちろん。なんでもいいけど、残業はナシでね。時給も値切られてるし」

「今は細かいことは置いておいて!さあ、行きましょう!アビドス襲撃作戦を開始するわ!」

「出勤~!」

「はあ……」

「アル様!わっ、私っ……頑張りますから!」

「一人残らず、ぶっ潰しちゃいますっ!」

 

 意気揚々とコートをはためかせ突き進むアルの後ろを、部下たちが続く。アビドス高校に、便利屋68率いる新たな軍勢が迫っていた。




運営だんまりで延焼続いてる感じがしますが、PU全部出たので文句言えねぇ……いやでも3日前に課金要素変更はダメなのではなかろうか()

マコトの絆ストーリーで胸が苦しい……褐色相手にはクソきもセクハラするくせになんでここだけまともやねん……逆にイロハは会話が全部エッチに聞こえてもう駄目。当たってますってなんだよ。何が?どこに?大当たりだジャックポットってコト!?


今回の話はなるべく原作ままにしたかったんですが、急に一万文字超えちゃって驚きました。ていうか普通にゲームの方でも明らかにテキスト多いわこの回。

次回以降オリジナル要素足していきたいですね……自分で適当に張った伏線を回収し忘れるのは処女作だからってことで見逃してもろて……なるべく回収します
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